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オランウータンの命運を握っているのは、私たちです。

2024/7/14 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、ネイチャー・フォトグラファー「柏倉陽介(かしわくら・ようすけ)」さんです。

 柏倉さんは1978年、山形生まれ。写真家として、自然風景、野生動物、環境問題など幅広い分野で撮影を続けていらっしゃいます。作品は、アメリカのスミソニアンやロンドンの自然史博物館などで展示。また、「ナショナル・ジオグラフィック」ほかの国際フォトコンテストで入賞するなど、世界的にも注目されています。

 そして先頃、写真集『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』を出されたということで、番組にお迎えすることになりました。

 柏倉さんは、国内では北海道・礼文島に撮影の拠点を置いていらっしゃいます。

 礼文島は、稚内市の西の沖合60キロに位置する最北の離島で、柏倉さんによれば、島には北から南へ1本の道路があり、それが約25キロ、車で30〜40分で走れる、それくらいの大きさの島だそうです。人口は2300人ほど。

 野生の哺乳類は、意外に少なくて、イタチなどがいる程度。ヒグマやキタキツネは生息しておらず、海岸に行くとアザラシや、冬になるとトドがやってくるとのこと。首都圏からのアクセス方法は、羽田から稚内空港、そこからはバスとフェリーになるそうです。

 今回は、礼文島にいる柏倉さんにリモートで島の自然や星空、そしてボルネオ島の「オランウータン・リハビリテーションセンター」のお話などうかがいました。その時の模様をお届けします。

☆写真:柏倉陽介

柏倉陽介さん

礼文島は「花の浮島」

※まずは、礼文島のどのへんに撮影の拠点があるのか、お聞きしました。

「礼文島のいちばん北のスコトン(須古頓)集落という場所にあります。歩いて300メートルぐらい先に“日本最北限の岬”みたいな看板がありまして、そこが有名な『スコトン岬』という場所になっています」

●空き家を改装されたんですよね?

「はい、取材中に偶然そのスコトン集落があるエリアに出会いまして、空き家があるかな? どうかな? ってインターネットで検索してみたら一軒だけありました。それで(借りる人を)募集されていたんですけれども、そこに応募したら偶然選んでいただいたという形ですね」

●そこからは、どんな景色が見えるんですか?

「花畑! 一面の花畑なんです。礼文島って実は高山植物が有名な島で、“花の浮島”とも呼ばれているんですが、ここに高山植物が300種類ぐらい年間咲き誇るんですね。僕が見た光景は『ゴロタ岬』という展望台から風景写真を撮ったんですけれども、その一面の花畑の向こうに半島のような突端があって、その突端にスコトン集落があるという、そういう見事な光景でした」

※柏倉さんの生活の拠点は神奈川だそうですが、なぜ礼文島に撮影の拠点を置くことにしたんですか?

「風景撮影の仕事で偶然(礼文島に)行ったんですね。そこでとにかく一目惚れしてしまったというか・・・。
 風景の中に人が住んでいるっていう世界観というか、世界中いろんな場所に撮影に行くんですけれども、その中には大自然の中にぽつんと一軒家があったりとか、とにかくすごい風景の中にある家がいつも目に入ってきたんですよね。それにすごく近いなと思いまして、そこがポイントですね」

 季節的には6月の上旬から礼文島の固有種が咲き始めて、だいたい8月の上旬までは花の時期が続いていますね。この時期は、礼文島の固有種『レブンウスユキソウ』という花が咲いています。

 「エーデルワイス」の仲間なんですね。これが礼文町の町花に選ばれている花で、実際に白く雪が積もったような白っぽい花なんですけれども、花びらに見えているのが実は葉っぱなんです。花弁はちょっと黄色っぽいんですけど、それを包み込むような、そこから広がっていくような花のようなものに、白い雪が積もっているみたいな見た目ですね。とても美しいので見てもらいたいです」

●街の明かりとかもないから、夜も綺麗なんじゃないですか? 星空が・・・。

「そうですね。とにかく異様なぐらい星が美しいんですよ。やっぱり周りが海に囲まれていることと、それから島の中に街灯も少なくて街明かりもあまりないということで、天の川がすごく立体的に浮かび上がっているような感じで見ることができます」

<コラム:日本列島、その島の数が倍に!?>

 あす7月15日は「海の日」。「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国家日本の繁栄を願う日」なんですね。

 海に囲まれている、いわゆる島国日本は多くの島で構成されていて、その数はこれまで「6852」とされてきましたが、36年ぶりに国土地理院が調べ直したところ、
なんと、倍以上の「14,125」の島があったそうです。

 これは、新たに島が発見されたのではなく、航空写真による測量技術が進化したことで、正確に数えられるようになったからだそうです。ここでいう島の条件は、周囲の海岸線の長さが100メートル以上。

 では、都道府県でいうと、島の数が最も多いのはどこでしょうか? 
 答えは長崎県、その数1479。五島列島などがありますから、確かに多いイメージがありますよね。
2位は、長崎県よりも6つ少ない北海道で1473、3位は鹿児島県で1256 ということです。

ボルネオ島のオランウータン・リハビリ施設

『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』

※ここからは、柏倉さんの最新の写真集『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』について、お話をうかがっていきます。この写真集は、おもにボルネオ島にある「セピロク・オランウータン・リハビリテーションセンター」で撮影した写真で構成されています。

●表紙は水色のタオルを頭から被って、つぶらな瞳で天井を見上げている保護された赤ちゃんオランウータンの写真になっています。なんだか切ない表情というか、寂しそうで不安そうですよね?

「ええ、そうなんです。幼い赤ん坊に近いオランウータンは、ずっと母親の体にしがみついて、一緒に何年も何年も生活していくんですけれども、開発に巻き込まれて母親とはぐれてしまった孤児たちは、しがみつく母親の体を失ってしまったんですね。なので、毎日泊まる場所、檻の中にタオルが敷かれていたりするんですけども、その檻の中のタオルを頭から被って、なんというか・・・寂しさを紛らわしているというか、そういう光景がありましたね」

●この写真からすごく寂しそうな雰囲気が伝わってきました。人間がタオルを被せたわけじゃないってことですよね?

「そうですね。ある日の朝、彼らの寝床のある建物に入って行ったら、やっぱり頭から(タオルを)被っていたりとか、それから体中にタオルを巻きつけていたりとか、そういう光景をよく目にしましたね」

写真:柏倉陽介

●あんなにちっちゃな赤ちゃんオランウータンが、自分でタオルを身にまとっているんですね?

「そうですね。オランウータンは記憶もすごく優れているので、おそらく自分の母親のことを思い出したりとかしているのかなと思うと、胸が苦しくなりますね」

※柏倉さんがこの施設を知ったのはいつ頃で、どんなきっかけがあったんですか?

「もう15年近く前になるんですけれども、環境保全の撮影ツアーがあって、そのツアーに同行して写真を撮るという仕事で行ったんですね。

 『キナバタンガン川』という長大な川がボルネオ島にありまして、そこの川の両岸に野生動物がたくさん出てくるんですよ。で、それを僕は “わ〜、すごいすごい!”と言いながらたくさん写真を撮っていて、その時に同行してくれた環境保全団体の理事長さんが、“どうしてこんなにたくさん動物が現れるかわかりますか?”っていう質問を僕にしてくれました。

 僕はわかんなかったんですけれども、そのなぜかっていうのは、川の両岸にある森の、数十メートルすぐ向こうには人間が開発したアブラヤシ農園がどこまでも広がっていって、動物たちがそこに棲むことができないので、川の両岸に残されたわずかな森の中にどんどん追いやられていることを教えてもらったんですね。

 僕はその追い込まれていた動物を“すごいすごい!”と言いながら撮っていたんですね。それを教えてもらって、これではカメラマンとしても、おかしな方向に進んでしまうし、もっと誰も撮らないようなテーマを見つけて撮影を進めなければいけないなって思ったのがきっかけですね」

熱帯雨林がアブラヤシ農園に!

写真:柏倉陽介

※ボルネオ島というと、熱帯雨林のイメージがあったんですけど、どんどん伐採されている現状があるんですね?

「そうですね。この100年で相当、森林伐採が進んでしまいました。オランウータンは、1960年ぐらいには11万頭ぐらいいたのが、今では3万頭ぐらいまで減ってしまったという状況ですね。ボルネオ島は世界第3位ぐらい広い島なんですけれども、その半分ぐらいの熱帯雨林がなくなってしまったとも言われていますね」

●先ほどのアブラヤシから採れる油はお菓子などの食品から、洗剤とかシャンプーとか口紅とかにも使われているんですよね?

「そうですね。日常の本当に想像もできないところまで深く浸透しているというか、もうこのアブラヤシから採れるパーム油、この植物油なしにはおそらく生活が成り立たないっていうぐらい私たちの生活の身近にありますね」

●私たちの生活に欠かせないものになっているっていうことですよね?

「はい、世界中のパーム油の85%が、実はボルネオ島と隣のスマトラ島かな・・・そこから輸出されているっていう現状があります」

●そうなんですね。柏倉さん自身はアブラヤシ農園に行かれたことはありますか?

「何度かあります」

●どんな印象を受けましたか?

「車で農園の中を走っていても、1時間経っても2時間経っても風景が変わらない感じで、ドローンを飛ばして上から撮影したり、ヘリに乗って上から撮影したりもしているんですけれども、とにかく地平線の果てまで人工的に開発されたアブラヤシ農園が広がっているんですね。50〜60年かけて人間が作った光景とは言っても、大災害に近いような迫力がありましたね」

(編集部注:ボルネオ島は、世界で3番目に大きな島で、その面積は日本の国土のおよそ2倍。インドネシア、マレーシア、ブルネイと、3つの国に分かれています)

木登り、綱渡り、毎日練習!?

※写真集の舞台となっている「セピロク・オランウータン・リハビリテーションセンター」は、マレーシアのサバ州にあって、設立は1964年。親から引き離されてしまった孤児たちが常時、約70頭、世話をするスタッフは50〜60人ほど。

 センターに収容される孤児たちは、森でさまよっているとか、ペットとして密輸されるところを発見されるなど、通報を受けて、スタッフが現場に急行して保護するとのこと。

●保護されたオランウータンの孤児たちは、いずれは森に返すんですよね?

「そうですね。オランウータンの子供は7〜8年、母親の体にしがみつきながら、どういう果物が食べられるか、木の上でどうやってベッドを作るか、寝床を作るかっていうのを何年もかけて、母親がしているいろいろな仕草を見て覚えていくんですね。

写真:柏倉陽介

 ここのオラウータンは、それができなくて保護されてしまったので、このセンターの中で、だいたい10年ぐらいの時間をかけて、木登りの仕方だったりっていうところから教えて・・・10年ぐらい経って森に戻れると判断された個体に関しては、保護区の森に放されたりしていますね」

●その10年はどんなステップがあるんですか?

「10年のステップ・・・まず初めは保護されてすぐは、健康診断とかいろんな予防注射とかそういうのをして、まずは元気になってもらう・・・。それから人間の母親のような立ち位置にいるスタッフがミルクをあげたりして、ある程度体力を回復させることが始まりで、その後は消防ホースをちょっとねじったようなロープを、木の間に渡して・・・2メートルぐらいですかね。そういう高さのところを孤児たちに渡らせる練習をしますね。

写真:柏倉陽介

 そこから先は、ロープを張ってある場所がどんどん高くなっていくんですけれども、自由に綱渡りができるようになった子は、近くにある木々に自分で登ったりとか、いろいろできるようになります。

 それができたら今度は、センター自体が保護区の森の中にあるので、近くの保護区に実際(オランウータンを)放すんですね。その保護の森の中でしばらく生活できてOKだなってなったら、ようやく森に返されますね」

●オランウータンは、生まれた時から木に登ったりできるのかと思っていたんです。
 でもこの写真集に、毎日毎日練習を、っていうふうに書かれていました。そうやってトレーニングしていたんですね?

「そうですね。僕も初めて見た時はびっくりしまして、生まれながらの能力かなと思っていたんですけれども、やっぱり人間が、“ここをつかむんだよ。ここだよ。次はここだよ”って感じで、手で教えてあげないとわからないんですよね。高いところに登ってしまうと怖くて、体が硬直してしまうような子もいましたね」

写真:柏倉陽介

●そうなんですね。スタッフの方々がいちから教えていくっていう感じなんですね?

「はい、結構途方もないプロセスというか、途方もない作業に思えるんですけど、お話を聞いてみると、10年はあっという間に経って、自分たちが面倒を見てきたオランウータンが無事に外に行ったっていう話も聞いたりしています。

 ただ、無事に外に行ったとしても、今度は外の世界が本番の自然の中なので、いろんな危険があったりして、そこから先は彼らの勝負というか、そういう世界になっています」

●ミルクを与えたりとか食事の世話をしたりとか、そういうのも全部スタッフさんたちがするんですよね?

「そうですね。もう何から何まで、本当に人間の赤ん坊とほとんど一緒のことですね」

写真:柏倉陽介

(編集部注:トレーニングは朝から1日に行ない、中には、高いところを怖がって渡らない個体もいるそうです。トレーニングしないと森には戻れないので、人間がどこまで教えられるかの挑戦でもあると、柏倉さんはおっしゃっていました)

動物にも心がある

※オランウータン・リハビリテーションセンターで撮影をしていて、特に印象に残っている出来事があったら教えてください。

「オランウータンの瞳を撮った時にものすごく綺麗な目をしていて・・・ずっと一緒に生活はしてないんですけど、撮影現場でずっと一緒にいたので、どのオランウータンがどういう性格かっていうのも、見ているとだんだんわかってくるんですよね。

 いたずら好きだったりとか、ひとりを好むオランウータンもいたりとか、親友同士いつも遊んでいるオランウータンがいたりとか、オランウータンとひとことで言っても本当に個性豊かな動物たちですね。

 やっぱり改めてそういう姿を見ていると、動物にも心があるんだっていう当然のことがより実感できたというか・・・。(リハビリ施設には)コロナ禍以降はちょっと行けてないんですけども、今でも思い出すような出来事でしたね」

写真:柏倉陽介

●このリハビリ施設に出会って以来、柏倉さんの写真に対する向き合い方に何か変化はありましたか?

「最初はより綺麗な世界とか、より野性的な瞬間とか、いろんな人がすごいねって言ってくれる写真を撮りがちだったんですけれども、ボルネオに行ってこのセンターの撮影を経験して、その素晴らしい、感動する横にあるストーリーっていうのもすごく大事だなっていうか、それも同じく撮って、人に“こんなことがあったよ”と伝える写真が撮れたら、それはカメラマンとしても、より充実した・・・充実というか、自分の理想的な仕事のあり方って、そっちのほうなのかなっていうのも感じることができましたね」

●では最後に、写真集『Bsck to the Wild〜森を失ったオランウータン』を通して、最も伝えたい思いをぜひお話しください。

「自然っていうのは接しないと、例えば山の中でも森の中でも分け入っていかないと、大切な存在って気づきにくいんですよね。山の中に行って登山道を歩かないと、そこに咲いている貴重な花の存在、存在自体がわからないっていうことがあると思うんですね。

 なので、自分たちの自然、自分の身近にある自然を大切にすることが、大切なものの存在に気付くっていうことにもつながりますし、それがいつかボルネオのほうにも波及していけばみたいな、そんなことを考えています」


INFORMATION

『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』

『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』

 柏倉さんの最新の写真集をぜひご覧ください。ボルネオ島の熱帯雨林がアブラヤシに浸食されている実態や野生動物の現状、そしてリハビリセンターに暮らすオランウータンの孤児たちの姿をとらえたリアルなドキュメンタリーです。水色のタオルを頭から被る赤ちゃんオランウータンの表情が、すべてを物語っているように思えませんか。
 エイアンドエフから絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎エイアンドエフ:https://aandfstore.com/products/08730043000000

 写真集の印税はセピロク・オランウータン・リハビリテーションセンターに寄付されます。寄付の方法ついては現在、検討しているとのこと。

 私たちが日本にいてできることとして、ボルネオ島の無謀な開発に手を貸さないためにも、RSPOという認証マークの製品を買うことがあります。

 このRSPOとは、持続可能なパーム油の生産を目的に設立された国際NPOの認証制度です。適性に栽培されたアブラヤシから採れる油を使っている会社の製品を買うことが大事、ということですね。

 ボルネオ島の現状については認定NPO法人「ボルネオ保全トラスト・ジャパン」のサイトを見てください。

◎ボルネオ保全トラスト・ジャパン:https://www.bctj.jp

 柏倉さんの作品や活動については、以下のオフィシャルサイトをご覧ください。

◎柏倉陽介:https://www.yosukekashiwakura.com

「山は人生を豊かにしてくれるもの」by登山ガイドWaka「大島わかな」

2024/7/7 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、新潟県南魚沼市を拠点に山岳ガイドとして活躍するWakaこと「大島わかな」さんです。

 大島さんは1995年、静岡県出身。子供の頃、たまに両親に連れられて、近くの山にハイキングに行く程度の山経験だった大島さん、会社勤めをしていた19歳の時に、当時通っていたスポーツジムの富士登山プロジェクトに参加、初めて本格的な山登りを体験します。その時、木が生えていないゴツゴツとした岩場を見て衝撃を受け、山のイメージが一新。標高の高い山にもっと登りたい、と思ったそうです。

 それから毎週のように山に行くほど、のめり込み、いつしか山の仕事がしたいと思うようになったとのこと。でも、一時の気の迷いかもしれないと考え、とりあえず5年間、趣味として山登りをして様子を見ることにしたそうですが、益々、山への思いは強まり、ついには、ご両親に内緒で会社を辞め、山岳ガイドへの道に踏み出します。そして東京にいる頃から、着々と準備に取り組み、ブログで山登りの記録を発信するなど、PRにも力を入れていたそうです。

 そんな大島さんにガイドとしての心得や初心者におすすめの山、そして古民家暮らしのお話などうかがいます。

☆写真協力:大島わかな

大島わかなさん

登山ガイドという資格

※大島さんは、いくつか登山ガイドの資格をお持ちですが、ひとくちに登山ガイドといっても、いろんな資格があるみたいですね?

「登山ガイドは国家資格じゃないので、それぞれ民間の団体がいろいろと・・・その山域に精通した認定資格とかもあるんですね。私が持っているのは2種類あって、日本でいちばん規模の大きい『日本山岳ガイド協会』の資格と、あと花が好きなので、尾瀬ヶ原の、『尾瀬の認定ガイド』っていう資格を持っています」

●どんなお勉強をされたんですか?

「やっぱり動植物とか、歴史とか山に関係するものは全部勉強しましたね。登山ガイドは、自然解説だけじゃなくて、お客さんの安全管理もとっても大事なので、お客さんをいかに安全に怪我させずに案内するかっていう、そういう実践的なことも本で勉強しました」

● 山での講習はあるんですか?

「結構ありますね。私が受けるのは雪山の雪崩講習ですね。もし雪崩にあった時にどうやってお客さんを助けるかとか、そもそも雪崩に合わないためには、どういうことに気をつければいいのかっていうのは専門的すぎて、自分では勉強できないので、やっぱりプロのかたにおうかがいして勉強しました」

●どんな試験を受けるんですか?

「私が受けたものは、筆記試験があって、花の名前ですとか歴史とかの知識を問われますね。あと天気のこととかですね。で、そのあとに実技試験があって、お客さんにどういうふうに解説しながら歩くのかとか、いざとなった時にどうやってお客さんを助けるのかとか、そういうことを実際に山に入って、試験として受けました」

(編集部注:大島さんは、いくつかの山小屋でのアルバイト経験もあります。接客にご飯の用意、掃除、登山道の整備、さらには食材などの荷物を山小屋に運ぶ「歩荷(ぼっか)」もやっていたそうですよ。繁忙期は目の回る忙しさだったようですが、山小屋のオーナーやみんなのために一生懸命がんばったとおっしゃっていました)

東京から新潟へ、夫が勝手に・・・

※大島さんは現在、新潟県南魚沼市にお住まいですが、いつ移住されたんですか?

「去年の3月に東京から引っ越ししました」

●南魚沼を選ばれたのはどうしてですか?

「全く縁もゆかりもないんですけど、今の夫も私も新潟の山がすごく大好きだったので、住むなら新潟に引っ越したいねっていう話をずっとしていたんですね。ちょうどその時に南魚沼市に住んでいる山仲間のかたが、”空き家があるんだけど、どう?”って聞かれて、(そこに)行ったんです。そうしたら、もともと旅館だったお家で、とても巨大な古民家だったので、うちの夫は乗り気だったんですけど、私は掃除が大変だからちょっとここは無理かなって言って、うーんってなっていたんですね。

 で、東京に住んでいて、その時、登山ガイドの仕事もちょっとずつ増えてきたところだったので、今新潟に引っ越したら、その仕事が全部なくなっちゃうのも嫌だなって、ちょっと不安になっていたんですけど、私がガイド(の仕事)で家をあけている時に、うちの夫が勝手に新潟に住民票を移してしまって・・・。

 (夫から)住民票を移しておいたよ〜、感謝してよね〜みたいなことを言われて(笑)、えっ!?ってなって・・・。東京と新潟の2拠点でやっていこうみたいなことを言っていたのに、結局、東京の家賃は高いから解約しようってなって、気づいたら新潟に引っ越しせざるをえなくなっていました(笑)」

●そうだったんですね〜! かなり勢いでっていうところもあったのかもしれませんね。現在暮らしているのはどんなエリアなんですか?

「南魚沼市の市街地からちょっと離れて、周りは畑とかが多い場所で、八海山というギザギザしていて、かっこいい山が近くに見える場所に住んでいます」

●2拠点生活にしようなんて話もあった中で、でもやっぱり新潟に移住して頑張っていこうと決まって、実際に住んでみてどうですか?

「意外といいなってなりましたね(笑)」

写真協力:大島わかな

●どんなところがいいなって思っていますか?

「まずやっぱり田舎なので、みなさん優しくて・・・家が大きいので、近所に気を遣う必要がないって言いますか、東京に住んでいた頃はアパートだったので、騒音とかにすごく気を遣って暮らしていたんですね。新潟は家も広いし、大きい庭も畑もあって、本当にやりたいことをのびのびとできる環境なので、引っ越してよかったかなって思います」

(編集部注:ご主人が勝手に住民票を移したとおっしゃっていましたが、おそらくご主人は大島さんが絶対に気にいるという確信があったんでしょうね。事実、住めば都、いまは古民家暮らしを楽しんでいらっしゃいますよね。
 広い畑もあるということで、ナス、トマト、メロン、カボチャ、ネギ、スナップエンドウ、ホウレンソウなどなど、いろんな野菜を育てているほか、鶏も飼っていて、とっても可愛いとおっしゃっていましたよ)

写真協力:大島わかな

山スキーが大好き

※大島さんのオフィシャル・サイトを見ていたら、ハイキング、ボルダリング、フリークライミング、さらに、縦走、沢登り、そして山スキー、雪山などなど、山のことなら、なんでもやっているように感じました。

 それは登山ガイドとして意識して、そうしているのか、それとも好きでやっているのか、どうなんでしょう?

「両方あるんですけど、やっぱりいちばんは自分が好きだから、行きたいからっていう気持ちで取り組んでいますね。でも登山ガイドとしても必要だなっていうのは思っていて、そう思わせたのはやっぱりお客さんたちですね。

 みなさん、すごく熱心で毎週毎週、山登りに行かれているんですね。もし私が仕事の山しかやっていなかったら、多分お客さんに技術も体力もそのうち抜かされるんじゃないかって思っていて、それがひとつと・・・やっぱりガイドが、岩とか沢登りとか雪の上でも、どこでも安全に歩けないと、いざという時にお客さんを守れないので、お客さんを守るためにも、そういう登山はこれからも頑張っていこうかなっていうのはあります」

●それぞれに技術や装備、そして経験が必要になってきますよね?

「でも全部楽しいので、装備はあんまりお金は気にせず(笑)、ちょっといろいろかかっていますけど・・・」

●大島さんがいちばん好きというか得意とする山のアクティビティは、どんなことなんですか?

「いちばん好きなのは、山スキーっていうアクティビティです。新潟の山って雪が深いので、そのまま歩くと腰とかまで浸かっちゃうんですよね、雪の中に。で、全然山登りができないので、スキーを履いて山に登るんです。そうすると冬でも雪に(体が)沈まないから山登りを楽しめるんですよ。山スキーは雪があればどこでも歩けるので、やっぱり自由なところが好きで、私のいちばん好きなアクティビティです」

写真協力:大島わかな

●植物も詳しいようですけれども、山で見る植物とかお花からどんなこと感じますか?

「やっぱりたくましいなって思います。山ってやっぱり気象条件が厳しいので、とっても植物が育つのには厳しい場所だと思うんですけど、そういうところでもちっちゃく、たくましく咲いているのを見て、私も頑張んなきゃなみたいな気持ちになります」

●気象のことも勉強されたんですよね?

「そうですね。もともと気象は好きなことでもあるので、意外と勉強はしていないんですけどね。今登山者には『ヤマテン』という会員制の天気予報サイトがあって、そこで山に詳しい気象予報士さんが予報文を出してくれているのと、あと高層天気図というちょっと専門的な天気図を見ることができるんです。

 その高層天気図の見方も、ヤマテンですごく丁寧に解説してくれているので、その天気図をまず見て自分なりに天気予報を考えて、そのあとにその気象予報士さんの文章を読んで、答え合わせをするっていうのをやっていたら、結構自分で天気は読めるようになったかなってところはあります」

南魚沼周辺の山々

写真協力:大島わかな

※現在お住まいの南魚沼市は、山がたくさんあると思うんですけど、周辺の山々の特徴を教えてください。

「登山者に人気の、日本アルプスや北アルプスとかは標高が高いんですよ。山脈が天高く隆起しているんですけれども、新潟の山はそこまで標高が高くなくて、広い範囲で小さい山がポコポコいっぱいあるんですね。だからちょっと山に登れば、すぐに町の景色がなくなって、もう山しかない、山深い景色が広がっているんですけど、それが新潟南魚沼周辺の山々の特徴かな・・・」

●私のような初心者におすすめの山はありますか?

「南魚沼市に坂戸山(さかどやま)っていう山がありまして、地元のかたにも愛されていて、大体往復で3時間半ぐらいで登ってこられる山なんですね。4月頃になると“スプリング・エフェメラル”っていう“春の妖精”って呼ばれている、雪解け後にお花がすごくたくさん咲いて、それを見に東京とか遠方の登山者もはるばる来られるんですけど、そこの山がやっぱりお花の時期に行くと素敵だなって思います。おすすめです。」

写真協力:大島わかな

●大島さんに、私だけとか、私と家族だけ山に連れてってくださいとか、そういうプライベートなツアーをお願いするっていうのもできるんですか?

「はい、できます!」

●どんなツアーに今までご案内されたんですか?

「やっぱり新潟の地元の山も多いんですけど、日本アルプスですね・・・南アルプスの光岳(てかりだけ)っていう山があって、4泊5日、5日間で行くんですけれども、そういう山を個人的にお願いされたこともあります」

●女子だけ参加のガイドツアーとか、そういったこともあるんですか?

「1回やったんですけど、今はちょっとやってなくて・・・男性のお客さんに“俺もその山行きたかったよ”って悲しい顔をされたんで(笑)、ちょっと今は可哀想だからやめております」

自分の体力に見合った山に

※安全に山を楽しむためには、どんなことが大事になってきますか?

「いちばんはやっぱり体力かなって思っています。やっぱり自分の体力に見合った山に行かないと、すごく疲れて楽しいものも楽しくなくなってしまうので、体力に見合った山に行くってことと、もし行きたい山があったら頑張って体力作りをするのが大事かなって思っています」

●登山ガイドとして登山客を案内している時に、どんなことに注意を払っていますか?

「いちばんはやっぱりお客さんの体調にすごく気遣っています。意外とお客さんは、体調が悪かったり怪我していても言わないかたがいらっしゃるんですね。
 以前私が失敗したのが(参加者の中の)ひとりのペースがちょっと遅いなって気になっていたんですけれど、(その時は)何も言わずに帰宅後に、“実は足首をひねって痛めていました”ってあとから連絡が来て、すごく反省したことがあります。

 それ以降はやっぱりこまめに後ろを振り返って、お客さんが転んでないかなとか、あと(参加者の方に)言ってくださいって言ってもやっぱり言わないので、表情とか雰囲気とかをよく観察して、体調を悪くしてないかっていうのを見るようにしています」

●大島さんにとって山は仕事場だと思うんですけれども、大島さんにとって山とはなんでしょうか?

「そうですね・・・いろんな意味を込めて、人生を豊かにしてくれるものかなと思います」

(編集部注: 大島さんはプライベートでもご主人と新潟の山へ出かけるそうです。
 それも4泊5日から6泊7日とわりと長めに山に入って、大好きな沢登りや山スキーを楽しむとか。大島さんいわく、山にはリスクもあるけれど、夫といるとなんとかなるし、がんばれるとおっしゃっていました。山という共通の趣味がある、仲むつまじいご夫婦、いいですね)

写真協力:大島わかな

INFORMATION

 大島さんは、新潟の山を始め、富士山、南アルプス、北アルプスなどなど、1泊2日から4泊5日ほどの、いろいろなガイドツアーを企画されています。

 4人から6人くらいまでの少人数のツアーで、3ヶ月から4ヶ月先まで、すぐ定員に達するほど人気なので、大島さんのツアーに参加したいというかたは、早めにご予約されることをおすすめします。

 また、大島さんにプライベートなツアーを頼みたい場合もオフィシャルサイトからお問い合わせくださいとのことです。

◎大島わかな:https://bigislandyamaguide.com

「メンズフラ」〜キラキラしていれば、世界は輝く

2024/6/30 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、フラの指導者「クムフラ」の「田中 新(たなか・しん)」さんです。

 最近SNSの動画で話題になっている男性のフラ「メンズフラ」、そのムーヴメントをリードしているのが田中さんなんです。

 田中さんは東京港区三田に本校を構えるフラ教室を主宰、そして先頃『天と地をつなぐ 素晴らしきメンズフラの世界』という本を出されました。

 きょうはメンズフラの魅力のほか、ハワイの人たちにとって、神様に捧げる神事ともいえるフラについて、じっくりお話をうかがいます。

☆撮影:広川智基

撮影:広川智基

フラの祭典「メリーモナーク・フェスティバル」で“絵が見えた”!

※田中さんがなぜフラの指導者になったのか、その経緯をまとめると・・・実はお母さんがフラの先生で、子供の頃から家には当たり前にフラがあったそうです。でも思春期の男の子にとって、当時女性中心のフラを習うには抵抗があり、高校では大好きな野球に没頭。

 そして卒業後、国際弁護士を目指し、フロリダのカレッジに留学。おもに日本とアメリカの文化の違いを学んでいたそうですが、当時の先生から「君が学ぶべきは文化人類学だ」と諭され、先生の紹介でハワイ大学の大学院に移ります。

 そこでハワイの文化をいちから学ぶことになるんですが、その一方で、田中さんを子供の頃から知る有名な男性フラの先生「チンキー・マーホエ」さんから、フラをやりなさいと再三いわれるも、学業が忙しかったこともあり、何かと理由をつけてやらなかったそうです。そんな田中さんがどうしてフラの道に進むことになったのか、気になりますよね。実はこんなきっかけがあったんです。

「2002年かな・・・『メリーモナーク・フェスティバル』にそれこそチンキーさんが出ると・・・。そこのチームから母の教室に通っていた日本人のかたがハワイに留学していて、このチームから出るということなので、いろんなツテから“新も行ってみる?”って話になって、“行ってみますか、せっかくハワイにいるし・・・”ってことで行ったんですよ」

●「メリーモナーク・フェスティバル」はフラの一大フェスで、トップ・レベルのかたがたの大会というイメージがありますけれども、実際どうでしたか?

「トップ・レベルでした!」

●うわぁ~!

「この頃と、今現代のメリーモナークの、ハワイアンたちの向き合い方はだいぶ変わってきてはいるんですけれど、やっぱり自分たちのルーツというものをしっかり大事にして、勝ち負けというよりかは、自分たちが守ってきたフラのリネージ、系譜を代表してみんなで楽しみましょうっていうのが、基本的なメリーモナークのハワイアンたちの向き合い方で、本気なんですよね。

 日本に来るかたがたもいっぱいいらっしゃいますけども、やっぱり日本だとエンターテイメントという要素が大きくなって、ショー的なものというか・・・本当にみなさん真面目にやっているんだけども、やっぱり本気度が違うので、エネルギーの出し方が違ってくる。見ていてなんか違うな~って思っていたんですが、メリーモナークに行った時に、男性のかたがたがみなさん本気で踊っていると、全然違うなと思いましたね」

●どう違ったんですか?

「会場が広いので、人が米粒ぐらい、ペットボトルのキャップぐらいにしか見えないんだけども、ダンサーたちが踊っている上に絵が見えたんですよ、自分勝手な想像ですけど・・・。そのダンサーたちが見ている世界が投影されているみたいな・・・」

●すごく今、鳥肌が立ちました! え~すごいですね~!

「で、僕の知り合いのアンティーというおばちゃんに(メリーモナークに)連れていってもらったんですけど、隣にいるアンティーに“これ、こういう曲なの? こういうことを話しているの? こうなの? これなの?”っていうふうに聞いたんです。そうしたら“新、お前はハワイ語がわかるのか? やっぱりハワイ大学にいるからハワイ語も習うんだろうな“みたいに言われて、“いや、習ったことないし、話すこともできない”って言ったら、“なんで見えるんだ?”って、“だって見えるもん、すげぇ!”って・・・その時にフラってこうなんだ、っていうふうに思いましたね」

(編集部注:メリーモナーク・フェスティバルの、本気のメンズフラに魅了された田中さん、帰国してからすぐにフラに向かったと思いきや、プロの写真家に師事し、ウェディング・フォトなどを撮る写真の仕事に従事。そんな中、お母さんのフラ教室の発表会を撮影することになり、ファイダー越しに見るダンサーの幸せそう表情に魅了されたそうです。

 その後、日本で長年フラを教えてきたクムフラの30周年記念の発表会で男性フラのメンバーとして踊ることになり、そこでフラの素晴らしさに目覚め、ついにはハワイで「フラの神様」といわれるジョージ・ナオぺの一番弟子「エトア・ロペス」先生について、本格的にフラを学んだそうです)

田中 新さん

フラは、あくまで会話

※そもそもフラはハワイ人のかたたちの、神様に捧げる踊りだったり、祈りや、自然とつながる儀式のようなものなんですよね?

「神事なので、基本的には・・・。神様といっても一神教ではなくて、風の神、太陽の神、大地の神、海、植物、木、いろんなところに神が宿っているという、日本の昔からの八百万の神に通ずるような信仰というか会話、彼らにとってフラを捧げるのは神事の信仰行事ではなくて、あくまでも会話なんですよね。

 だから見えないものと会話をしているというか・・・太陽の光が入ってくる、この光の線に対して“ハ~イ”と言ったりとか、あるいは風がふわっと吹いてきた時に“サンキュー・マハロ”と言ったりとか、誰もいないのに風が当たることによって、風に対して“ありがとう”って答えるとか、そのすべてのものを擬人化して“ありがとうね”って、人間が人間同士でボディタッチで、“ありがとうね”ってやるようなことと同じことをやっている会話なんですよね」

●フラには「カヒコ」と「アウアナ」のふたつがあるということですけれども、改めてどう違うのか教えていただけますか?

「どう違うのかと言われると、本質的にはさほど変わらないんですけれど、時代によって変わってきていて・・・『カラカウア』というハワイの最後の国王がハワイアン・ルネッサンスということで、私たちはハワイアンなんだというふうに、一回弾圧されたフラの信仰をもう一度取り戻したという時代から現代までを『アウアナ』と呼んでいて、それ以前のことを『カヒコ』と呼んでいるんですね。

 カヒコは前から受け継いできたものという意味で、アウアナはこれから流れていくものというふうに分けられていて、それ以前はカヒコという名前もなくて『フラ』というものだったりとか『ハア』だったりとか、という言葉で済まされていたんですね」

●カヒコは「古典フラ」、アウアナは「現代フラ」とも言われたりもしていますけれども、曲調も違いますよね?

「曲調は違いますね。実際にカヒコでは『イプヘケ』と言われるヒョウタンを使った楽器、あるいは『パフ』と言われる木をくり抜いた太鼓を中心に踊っています。アウアナに関しては、みなさんよくご存じのウクレレという弦楽器、あるいはギターという弦楽器ベースで行なわれているのが『フラアウアナ』と言われるもの、現代フラと言われるものですね」

(編集部注:田中さんいわく、現代フラは楽器はなんでもありで、そういう意味ではクリエイティヴ。一方、古典フラは厳粛なもので、変えてはいけないしきたりがあるとのこと)

撮影:広川智基

メリーモナークの変遷

※フラの、ひとつひとつの所作には意味がありますが、男性のフラと、女性のフラの所作で、大きな違いのようなものはありますか?

「これ、難しくて、大きな違いは特になくて、力のかけ具合とかスピードとかが変わっていくだけであって、言うてもそんなに変わらず・・・。
 フラにはひとつひとつのモーション、所作に意味があるんだよねっていうこともこの20年間30年間40年間伝わってきていますけど・・・。“手話みたいなものでしょう?”ってことも言われるんですけれど、実はどちらでもなくて・・・。

 我々がこうやって話している時に、“僕はキュンとしてあなたを好きになっちゃいました”っていうジェスチャーなんですよね。それを形として整えるために、“私はあなたを好きになりました、愛しています”っていうことをやっているだけであって、このモーションの意味はこれというよりかは、こういうことを伝えたいからこういうジェスチャーをしているんだっていう考え方があるんじゃないかなと僕が勝手に思っています。自分が心から今こうやっておしゃべりをしている、これと同じことなので・・・」

●なるほど~。ハワイのかたがたって子供の頃からフラを習うものなんですか?

「まちまちだと思います。日本人が昔から空手を習っているの?とか、柔道を習っているの? 日本舞踊を習っているの?って言われるとまちまち。だけども日本のかたがたが幼い頃から日本舞踊を習うという機会があるその幅よりかは、ハワイの人たちにはフラというものが当たり前に存在しています」

●ハワイ人のかたがたは迫害を受けたという悲しい過去もありますけれども、ハワイの伝統とか文化とか歴史は、今の若いかたがたにも受け継がれているっていうことですか?

「特に今のこの10年ぐらいのほうが受け継がれていることもあれば、調べ直して20〜30年前の事実とは違うんだよって言い始めている時代ですね」

●そうなんですね〜。

「これはこうあるべきなんだよっていうことも、実は間違っていたりとか、もっと昔はこういうふうにされていたとか・・・なので1980年代から1990年代のメリーモナーク、それこそさっき話したメリーモナークと、2024年のメリーモナークとはやっぱり形式が違うんですね」

●何がどう違うんですか?

「昔は自分たちが習っている踊り、本気で習っている踊りを披露する場所みたいな・・・もちろん1曲、テーマというか指定曲があって、その指定曲を踊って、全然関係のない曲を踊ったりとかするんです。だから3〜5曲ぐらいを連続で踊っていたりとかするんですね。

 それで競い合っていたんですけれど、今現代はテーマは自分たちで選びます。でもそのテーマがなんなのかっていうことと、それに付随する曲はなんなのかっていうことと、その1曲に対してどういうストーリーがあるのかっていうのをしっかりと固めておかないと点数が上がらないというか・・・自分たちがやりたい曲をそこに詰め込んだところで何も評価されないので・・・っていう違いはあるかなと思いますね。

 なので、今の人たちのほうがハワイ文化に対して真摯に取り組んでいるんじゃないかな・・・もしこれが何か影響を与えるとか、昔のかたがたを嫌な気持ちにさせてしまったら、ごめんなさいね・・・なんだけれども、今現在いろんなツールを使って、インターネットも普及してきた、図書館に行くにも博物館に行くにもインターネットを使ってやれるってなってくると、やっぱり情報の速さが違いますからね。なので、今の人たちのほうがすごく深いところまでお話ができる人たちが増えてきたなっていう感覚はあります」

大事なのは「ありがとう」

※田中さんは2013年に東京港区三田にフラ教室を開校、その名前は「ハーラウ・ケオラクーラナキラ」。

 ハーラウは「教室」、ケオラは「命」、「クー」は立ちのぼる、そして「ラナキラ」は、先ほども少し触れましたが、ハワイでは「フラの神様」とされ、「アンクル・ジョージ」という呼び名で親しまれていた「ジョージ・ナオぺ」のミドルネームの一部を、許可を得て引用。その教室名には、アンクル・ジョージの遺伝子が立ちのぼっていくように、という願いが込められているそうです。

 三田の本校で行なっているメンズフラの教室は現在、年齢別で13歳から40代、40代から60代、60代から80代の3クラス。年齢も職業も多彩な生徒さんが集まり、最年長はなんと、88歳だそうですよ。田中さんがおっしゃるには、生徒さんはみんな「大人の部活」のように楽しんでいるそうです。

撮影:広川智基

 田中さんに教室で、どんなことを大事にして指導されているのか、お聞きしたら、少し間をおいて、こんなふうに答えてくださいました。

「これね、ずっと考えていたんですよ、どんなことを大事にして指導されているのかっていうこと。それは、ありがとう、と思ってくださいってことかもしれないですね。ここに来させてくれて、ありがとうだったりとか、踊れる体が今ここにあって、ありがとうとか、ここに来て踊れるという気持ちを持っていて、帰って、あ〜楽しかったって思える自分の気持ちがあって、それだけでも本当は感謝なので・・・。

 忙しかったらフラに行けないですよね。すごく忙しくてもなんとかこの日は行きたいなって思って、いろいろ工面をしてレッスンに出られますよね。それって時間を作ってくれたのは、もちろん自分なんだけども、いろんな奇跡的なことが重なって、この日は休める、この日は時間を取れる・・・で、取らせてくれた何かがあるわけなので、そこら辺にやっぱり感謝しながらレッスンを受けてもらいたいなと思いますね」

●感謝の気持ち、大事ですね〜。

「レッスンって、僕がお話をします、振り付けをおろします、それを受け取りますということがレッスンではなくて、その場にいることをどれだけ自分の生活の中で感謝できるのかっていうことと、そこで何に気づいたのかっていうことがライフ・レッスンとなるので・・・。

 僕が指導します、あなたこうしなさい、ああしなさい、手は45度で、山が見えるでしょ、山を作りなさいってやっていることはカーナビと一緒で、次は右に行ってください、次は左に行ってください、そこの角に駐車場があります、駐車場に停めて27階まで来てくださいっていうのはナビゲーションじゃないですか、ゴールに到達するわけじゃないですか。それをよしとするのか、何も知らされない状態で、とりあえず自分で探して、ここのスタジオってここにあるんだね、何階だったっけ、あ、27階かって言ったほうがレッスンになるじゃないですか。

 なので、何も教えてくれないわとか、何も伝えてくれないわ、何のレッスンしてるのかしら? っていう、ほかの人が原因で自分にストレスがかかった、じゃなくて、自分が調べないから、そういう状態になるわけなので・・・。自分がこのスタジオってどこにあるんだろう、何階にあるんだろうって調べると、それは自分のためのレッスンになるので、そういうことを僕はしたいなと思っているんですね。

 もちろん振りおろしもしますし、こうして欲しいってことも言いますし・・・でも最終的にはダンサーは自分でその殻を破って、そこから生まれている何かと向き合って会話をしていくということに到達してもらいたいなとは思っています」

撮影:広川智基

思えば、返ってくる

※クムフラとしてレッスンを重ねていく中で、ご自身に何か変化があったりしましたか?

「結局だから、全部自分に返ってきているんだなっていうのがあるので、自分の気を整えないと、ほかの人の気は整えられないかなって思ったりします。もちろん僕が今ものすごく幸せかって言われると、いろいろ思うことはあるけれども、心を豊かにするとか感謝の気持ちを持つとか、自分が感謝の気持ちを持たないと人には伝わらないので・・・例えば、雨が降っている時に雨が降ってうっとうしいな、雨を煩わしいものとして捉えている人たちが多い中で、雨が降ってきて、ありがとうねっていうふうに言えるかどうか・・・」

●素敵な考え方ですね〜。

「我々日本人も雨が降ったら、”恵みの雨”という言葉があるので、本来は感謝していたはずなんだけれども、現代社会になって、それこそテレビで”本日はあいにくの雨ですが・・・”とか、雨をうっとうしいものと思われがちなんだけども、我々は水がないと生きていけないので、ありがとうねって自分から言えないといけないんだなっていうことに気づかされてやっているという感じですね、クムフラとして変化があったといえば・・・」

●改めてになりますが、フラを通して田中さんが伝えていきたいことは、どんなことですか?

「思えば返ってくるっていうことだと思うんです。人を思えばその人から思われることもあるし、自分が本を作りたいって願う、思う、それを自分の現実的なイメージを作り上げていくと現実になったとかするし・・・寂しいなって思った時に実はこうしたいんだなって思うイメージがあったら、どんな形であれ、寂しくない未来がそこにあったりとかする。それに対して、これは僕が思ったことなんだと思って欲しいなと思うので・・・。

 フラを踊る時に見えないものに対して・・・見えないじゃないですか、歌詞の世界なので・・・見えないものに対して何かを思うことによって、その歌詞の世界の中の何か・・・何かっていうとちょっとわからないかもしれないけど、エネルギーとか言われるとわかりやすいかもしれないし、あるいはハワイのかたがただったら『マナ』って言われたらわかるかもしれませんけども・・・何か見えないものが自分の体に宿ってくるので、思えば実現するし、かなうし、いろんなことができるんだよってことはフラを通して伝えていけたらなとは思いますね」

※田中さんに、メンズフラの魅力をお聞きしたら、それは、現在60名ほどいる生徒さんたちが作ってくれている、だから、生徒さんたちに聞いてもらったほうがいいかなと、そうおっしゃっていたんですが、あえていうなら、ということで、こんなふうにお話してくださいました。

「メンズフラの魅力はなんだって言われると、職種も年齢も違う人が集まって部活のように無邪気にはしゃげる場所。男の子が小学生なり中学生なり、仲間たちで一緒に遊んだ、あの記憶を取り戻してくれれば、笑顔が生まれてくるので・・・笑顔が生まれてくれば、その笑顔は感染するし、自分が笑えば人は笑ってくれるので、そのキラキラしたエネルギーというものをみんな伝えてくれたら嬉しいなと思いますね。

 もちろん、キラキラしている女性も魅力的なんだけども、一般人の男性がいつも笑顔でキラキラしていたら、なんとなく嬉しいし、家でお父さんが楽しそうにしていれば、子供たちは輝いてくるし・・・なんか二次的な要素というか、自分たちがキラキラしていれば、世界は輝いていくんだよって思っています」


INFORMATION

『天と地をつなぐ 素晴らしきメンズフラの世界』
田中新著/KADOKAWA刊/定価1870円(10%税込)

天と地をつなぐ 素晴らしきメンズフラの世界

 この本にはフラの用語説明、メンズフラ教室でのレッスンの様子、フラの名曲解説や振り付けのポイントなどが載っていて、メンズフラの魅力を知ることができる一冊です。写真もたくさん掲載されていて、踊っているかたがたの表情がみんな笑顔、見ているだけで幸せな気持ちになりますよ。ぜひチェックしてください。KADOKAWAから絶賛発売中です。詳しくは、出版社のサイトをご覧ください。

◎KADOKAWA :https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322311000438/

 田中さんが主宰する教室「ハーラウ・ケオラクーラナキラ」は東京港区三田の本校のほかに、鹿児島、広島、鵠沼海岸、そして先頃、千葉にも教室を開いたそうです。男性フラの教室は三田の本校だけで行なっていて、中には福岡や兵庫から通う人もいるそうですよ。メンズフラに興味のあるかた、ぜひオフィシャルサイトを見てください。

◎「ハーラウ・ケオラクーラナキラ」 :http://halaukeolakulanakila.com

なんでこんな形!? 不思議でユニークな海の「ほねなし」たち

2024/6/23 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、つくば市を拠点とする自然科学教育普及団体「地球レーベル」の代表で、おもにヒトデの研究をされているサイエンス・コミュニケーター「ひとでちゃん」です。このニックネームは、あの「さかなクン」を意識して、つけたそうですよ。

 そんなひとでちゃんは1988年、栃木県生まれ。子供の頃から、生き物ならなんでも好きだった少女は、中学生のある日、テレビ番組で「タコクラゲ」というクラゲの存在を知り、衝撃を受けます。

 なんとそのタコクラゲは、光合成をする藻類を体の中に共生させて、日向ぼっこをするだけで生きているクラゲ。当時、いろんなことに窮屈さを感じていたひとでちゃんは、そののんびりとした生き方に感動し、一瞬にして虜になったそうです。

 そして新潟大学理学部を卒業後、東京大学大学院へ進学し、ヒトデの系統分類学に没頭。その後、公益財団法人「水産無脊椎動物研究所」を経て、現在は、ひとでちゃんとして、海の生き物の魅力を伝える活動を行なっていらっしゃいます。そして先頃『海のへんな生きもの事典〜ありえないほねなし』という本を出されました。
 この「ほねなし」とは無脊椎動物のことです。

 きょうは海にいる無脊椎動物の中から、ヒトデやウミウシ、フジツボやウミホタルなど、不思議で奇妙な生き物のお話などうかがいます。

☆写真協力:ひとでちゃん

ひとでちゃん

なんでこんな形になった!?

※ひとでちゃんによると、ヒトデはウニやナマコと同じグループで、日本には約350種、世界には2000種ほどもいるそうですよ。

ヒトデには潮だまりや海の底にいて、動かずにじーっとしているイメージがあるんですけど、移動しているんですよね?

「してます、してます!(笑)すっごくゆっくりだけど、しています! 」

●どうやって移動しているんですか?

「ヒトデは星みたいな形をしていて、出っ張っている部分が足だと思っている人が多いんですけれど、あれは一応、学問的には“腕”と呼ばれていて、実は足はひっくり返すと裏側にあるんですね。何百とびっしりチューブみたいな足がたくさん並んでいて、それを使ってゆっくり、もにょもにょもにょっと動きます(笑)」

●へ~!(ヒトデは)何を食べているんですか?

「これもヒトデによって、それぞれ違うんです。ヒトデは結構肉食のものが多くて、貝とかカニとかを食べたり・・・。でも草食のものもいるんで、一概には言えないんですね。ヒトデ自体の動きがゆっくりなので、肉食のものでもやっぱりゆっくりなもの、動かないものを食べていることが多いですね」

●例えばどんなものを?

「巻貝とか二枚貝とかサンゴとか海綿動物とか・・・結構なんでも食べます。死んだ魚とかも・・・」

●へ~!

「死んだ魚にすごく群がっていたりします」

●ひとでちゃんは、ヒトデのどんなところにいちばん魅力を感じていらっしゃるんですか?

「私はやっぱり形ですかね(笑)」

●形!?

「なんでこの形になった!? って思って(笑)」

ヒメヒトデ
ヒメヒトデ

●確かに気になります。どうしてなんですか? 人の手みたいな・・・。

「人の手みたいだし、星みたいだし・・・でも実はそれがまだわかっていなくて・・・というか、いくつか説があるけれど、はっきりとはわかってないっていう状態で、こんな生き物はほかにいないんですよね。

 海にはいろいろ変な生き物だらけなんですけれど、ヒトデは同じパーツが5つ並んで星型になっている、こういうのをちょっと専門的にいうと「五放射相称(ごほうしゃそうしょう)」、5個放射状に等しいものがくっついているって言うんですけど、こんな生き物はほかにいなくて(笑)、とても不思議な魅力的な生き物ですね」

●ヒトデがああいう形になったのは、いろんな説があるということですけれども、有力な説というと、どんなものがあるんでしょうか?

「ヒトデは進化の過程で、最初は「懸濁物食(けんだくぶつしょく)」と言って、海で流れてくるものをキャッチして食べる、動かないで手を広げるみたいに、流れに沿って手を広げて、キャッチして食べている生き物がヒトデの祖先というか、最初の頃に出てきた形だったと言われています。

 その時に流れてくるものをキャッチするのに、広げる手の数が5がちょうどよかったんじゃないかっていう、多すぎても手と手が重なってしまって効率が悪いし、少なすぎると全部すり抜けてしまう、そういった時に5というか5の倍数ですかね、その数が手を広げて効率よく食べ物をキャッチするのによかったんじゃないかっていう説が有力です」

「ほねなし」と呼んで親しみやすく

『海のへんな生きもの事典〜ありえないほねなし』

※ひとでちゃんは先頃『海のへんな生きもの事典〜ありえないほねなし』という本を出されています。この本では、無脊椎動物を「ほねなし」と表現されていて、おもに海にいる「ほねなし」の生き物を、姿形、生態、そして繁殖の方法に分けて、わかりやすく解説されています。

 改めてなんですが、無脊椎動物とはどんな生き物なんでしょう? 

「漢字で書くと、“無い” 脊椎の動物って書くんですけれども、脊椎は平たく言うと背骨のこと、背中の骨。私たち人間も背骨がまっすぐ1本通っていて、それでおもに体を支えている生き物なんですけれど、無脊椎なので背骨がない生き物の総称になります。

 ただ無脊椎動物ってちょっと言葉がお堅いというか、漢字にすると、どんどんどんどん漢字ーって、やっぱりとっつきにくい感じがずっとしていて、それをもうちょっとみんなに親しみ持ってもらえないかなと思って、『ほねなし』という言葉を最近よく使っています」

●ほねなし! すごく親近感がわきやすくなりますよね、無脊椎動物よりも!

「うんうん」

●海の生き物でいうと、ほねなしはイカとかタコとかクラゲとかですかね?

「はい、そうですね」

●陸上だとほねなし、無脊椎動物はカタツムリとかミミズとか、そういう生き物ですか?

「そうですよ! 素晴らしいですね! 実は昆虫もです。昆虫は私たち脊椎動物とは真逆、私たちって背骨は体の中にあって、内側から体を支えているので、内骨格とか言うんですけど、昆虫とかは外骨格と言って、外側の固い皮膚の表面を硬くして体を支えている、だから中身は全部柔らかいもの。骨はもちろんないし背骨もないし固いので・・・。ほねなしと言うと、カニとかエビとか昆虫はどうなの?って思われるかたもいるんですけど、立派なほねなしですね」

●無脊椎動物と脊椎動物は、地球上にはどちらのほうが多くいるんですか?

「もう圧倒的に無脊椎動物です!」

(編集部注:ひとでちゃんによると、分類学では、動物を基本的な体のつくりで、約34のグループに分け、人間のような背骨がある脊椎動物はその34のグループの中の、なんと! ひとつでしかなく、残りの33は無脊椎動物、ほねなし。その多くは海にいるんだそうです)

フジツボは貝じゃない!?

※ひとでちゃんの新しい本には、いろんな「ほねなし」の生き物がイラストや写真とともに紹介されています。ダイバーにも人気のあるウミウシも載っていて、ウミウシは、漢字にするとその名の通り、海の牛と書きますが、巻貝の仲間というのはほんとなんですか?

「ほんとです!(笑)」

アオウミウシ
アオウミウシ

●青い体に黄色のラインとか、すごくカラフルなイメージがありますけれども、とにかく目立ちますよね!

「そうですね~」

●カラー・バリエーションはいろいろあるんですか?

「ものすご~くバリエーションがあって、カラフルで綺麗なので、本当にダイバーさんとかにはとても人気ですね」

●天敵っているんですか?

「天敵・・・魚とかいろんなものに狙われはするんですけど、それこそなんでカラフルかって言うと、敵を寄せ付けないため。貝殻がなくなっちゃっているんで身を守りづらいんですね。貝殻がある巻貝はその殻の中に隠れれば、ある程度防御ができるんですけど、殻をなくしちゃったので、その代わりに体の中に毒を溜め込んでいるんです。

 なので、魚が食べてもまずい! つまんだけど、ぺっと吐き出されるみたいなことがよくあるんですよ。カラフルな色で“私は毒ですよ! まずいですよ!”っていうアピールをしているんです」

●なるほど・・・。

「だから逆に目立って、自分を食べないほうがいいよって」

●それで身を守っているわけですね!

「そうなんです!」

クロフジツボ
クロフジツボ

●海岸に行くと岩などに張り付いているフジツボ、貝の仲間だと思っていたんですけど、そうではないんですね?

「はい、そうなんです」

●固い殻で動かないっていうイメージですけど、貝の仲間じゃないということは、なんなんでしょう?

「これは実はエビやカニに近い仲間で、エビやカニってよく動くので、”動かないフジツボが?”って思われがちなんですけれど、固い殻の中にエビを、なんていうのかな・・・背中を下にして寝かせたみたいな生き物が入っていて、入口から足だけを出して餌を捕る、そうやって生きている生き物です」

ウミホタルはなぜ光る!?

※首都圏を走るドライバーさんにはお馴染みの、東京湾アクアラインのパーキングエリア「海ほたる」、その名前になっているウミホタルは、青白く光る生物として知られています。

改めてなぜ光るのか、教えてください。

「実は何のために光るかっていうのは、ちゃんとはわかってないんですね。なんですけど、ウミホタルの場合は、実は体が光るんじゃなくて、光る物質を海水中に噴射するんです。だから陸の蛍みたいに自分の体が光るわけじゃない、光る物質を噴射する、それでその光を目くらましにして敵から逃げているって言われていたり・・・。

 あとは海ホタル同士のコミュニケーションとか求愛行動として使われているとか、いろんな説はあるんですけれど、噴射するってところからも敵から逃げるっていうのが大きいのかなとは思います」

●カクレガニという生き物も紹介されていました。アサリのお味噌汁を食べると、アサリの貝の中にいたりして・・・。

「そうそうそう(笑)」

●カニの赤ちゃんではないって、本に書かれていて、あれっ!? と思って・・・。

「そうなんです! 」

●赤ちゃんではなくて?

「ではなくて、大人のカニです。あれは子供の頃にアサリの中に入って、もうそのまま一生(アサリの貝から)出ずに成長して、アサリに寄生して生きているカニです」

●あの小ささがもうマックスの大きさ?

「そうです! そうです! だからたまに卵を持っているのとかもいます。お腹に卵を抱えているやつとか」

●そうなんですね~。

「でも見つけると嬉しいですよね!」

●ミニミニの赤ちゃんサイズですけどね!

「ミニミニの赤ちゃんサイズ(笑)」

イトマキヒトデ
イトマキヒトデ

●やっぱりひとでちゃんには、ヒトデのことを聞かないといけないかなと思うんですけれども(笑)、ヒトデは目よりも鼻で世界を見ると本に載っていました。鼻で世界を見るっていうのはどういうことなんですか?

「ヒトデに限らないんですけどね。やっぱり陸は空気で満たされていて、視界、目で見る情報がとても大事な世界なんですけど、海は逆に視界はそんなによくない。水で満たされていて、いろんな物質が海水中に混ざっている。なので、そういう物質をキャッチするほうが生きていくのには有利というか、生きやすいっていうことで、そういうのが発達している生き物が多いです」

地球のことならなんでもあり!?

※ひとでちゃんが代表を務める自然科学教育普及団体「地球レーベル」は、地元のつくば市で知り合った、地球科学を大学で勉強されていたご夫婦と、2020年に立ち上げ、地球を丸ごと楽しもうというコンセプトのもと、子供たち向けの自然観察会などを実施されています。

 具体的にはどんな観察会をやっているんですか?

観察会の様子

「その観察会によりけりなんですけれど、私が講師の場合は海に行って海の生き物を観察したりとか・・・。山に行って“石と地衣類”っていう、またちょっと変わった生き物を見たりとか、星の観察会をやったりとか・・・なんでもありなんです。地球のことならなんでもありで、その講師がそれぞれ行きたいとこ、やりたいことをやるっていう(笑)で、みんながそれを手伝う感じの、とても自由な団体です」

●ひとでちゃんが磯の観察会で、参加者のかたに必ず紹介する生き物がいるということですけれども、どんな生き物なんですか?

「ヨロイイソギンチャクっていう生き物なんですけれど、イソギンチャクって形わかりますかね。お花が咲いているみたいな、あの形を想像する人が多いと思うんです。イソギンチャクは“巾着袋”から来ているんですけど、閉じるんですよね、お花の部分が。そうするとただの丸い物体になってしまうんですけど、ヨロイイソギンチャクは、そのお花を閉じた状態の時に体の表面に砂粒をたくさんつけているんです。

 それが、鎧をつけているみたいだから、ヨロイイソギンチャクって言うんですね。砂粒をつけるといいことがいくつかあって、まずは乾燥から身を守れる。ヨロイイソギンチャクって、潮の満ち引きが結構ある、海中に入ったり出たりする場所に棲んでいることが多いので、水の外に出ちゃう時もあるんですね。そういった時は閉じて砂の粒で(体を)守っておけば乾燥しないっていう・・・。

ヨロイイソギンチャク、開いている状態と、閉じている状態
ヨロイイソギンチャク、開いている状態と、閉じている状態

 もうひとつは敵から見つかりづらいっていうのがあって、まさに私たちからも最初は見つからない。知らないと本当にただの砂の塊にしか見えないので、知らない人には見つからない。ただ一回、これがヨロイイソギンチャクだよ!って教えてあげると、もうそこらじゅうにいるんです」

●そんなに多いんですか~。

「たくさんいます! すごくたくさんいます!」

●誰でも見つけられる、コツさえつかめば、という感じですか?

「コツさえつかめば、一回わかればいくらでも見つけられます」

本物を見に行こう!

※生きている本物を見ることは、子供たちにはいいことですよね?

アカエラミノウミウシ
アカエラミノウミウシ

「そうですね。本当にそこをいちばん大事にしていて、もちろん言葉とか本とかで伝えることも無駄ではないんですけれど、やっぱり本物を見てしまったほうが早いし、やっぱりその子にしか受け取れない感覚が必ずあると思っていて、それを大事にしてほしいですね。

 文章とかだとこっちの解釈が一回挟まっちゃうんですよね。そうじゃなくて、実物そのものから自分で感じたものを大事にしてほしいと思っているので、本当もう実物を見せちゃおう! 行こう!っていうのを大事にしています」

●では最後にヒトデの研究者、または自然科学教育普及団体「地球レーベル」の代表として、改めて伝えておきたいことなどありましたら教えてください。

「私たちこの地球っていう素晴らしい星にみんな生まれているので、本当に一歩でもいいので外に出て、ゆっくり自然とか生き物を眺める時間を作ってもらうと、ひとりひとりが日々豊かな生活を送れると思っているので、外に出ていってもらえたら嬉しいなと思います」


INFORMATION

『海のへんな生きもの事典〜ありえないほねなし』

『海のへんな生きもの事典〜ありえないほねなし』

 ひとでちゃんの新しい本、おすすめです。海にいる無脊椎動物「ほねなし」の生き物を、姿形、生態、そして繁殖の方法に分けて、イラストや写真とともにわかりやすく解説。ひとでちゃんが、海の生き物を研究するようになった、運命のタコクラゲや、磯の観察会で必ず紹介するというヨロイイソギンチャクも載っていますよ。

 この夏、この本を参考書に子供たちと一緒に海辺で生き物を観察されてみてはいかがでしょうか。山と渓谷社から絶賛発売中です。詳しくは、出版社のサイトをご覧ください。

◎山と渓谷社 :https://www.yamakei.co.jp/products/2823064030.html

 「地球レーベル」主催の観察会は、8月11日に「ペルセウス座流星群」を観る会や、8月25日には室内で「海のほねなし動物講座」としてヤドカリの観察などを行なう予定だそうです。また「地球レーベル」では月刊自然観察マガジン「地球らいぶ」を発行しています。詳しくはオフィシャルサイトをご覧ください。

◎地球レーベル :https://chikyulabel126014918.wordpress.com/

シーズン直前!「初めての富士登山」徹底ガイド!

2024/6/16 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、一般社団法人「マウントフジトレイルクラブ」の代表理事「太田安彦(おおた・やすひこ)」さんです。

 太田さんは富士山の頂上になんと!600回以上も立ったベテランの登山ガイド。1982年、山梨県富士吉田市出身。富士山を見て育つも、社会人になって地元を離れて初めて、富士山が特別な山だと気づき、22歳の時に初めて頂上に立ったそうです。その時、なんとも言えない達成感を感じ、毎年登りたいという思いに突き動かされ、ついには登山ガイドの道へ。

 そして、32歳の時に行ったカナダやアメリカの国立公園で導入されている、自然や野生動物の保護、そして安全を目的とした規則や仕組みに感銘を受け、その手法を富士山に活かしたいという思いで、2016年に仲間と共に「ヨシダトレイルクラブ」を設立。その2年後、活動の幅を広げるために「マウントフジトレイルクラブ」に名称を変更。

 現在はガイドツアー、安全対策、環境保全の3つの事業を柱に、富士山六合目の「安全指導センター」の運営や救助の手伝い、ゴミ拾いのプロジェクトなどにも取り組んでいらっしゃいます。

 そして先頃、「マウントフジトレイルクラブ」監修の本『はじめての富士山登頂〜正しく登る 準備&体づくり 徹底サポートBOOK』を出版されました。

 きょうはそんな太田さんに、初心者向けの登山プランやルート選び、装備やウエア、そして絶対に守って欲しい注意事項のほか、今年から始まる「吉田ルート」の通行規制や予約システムについてもうかがいます。

 その前に、富士山の基礎知識。
 日本一標高の高い山、富士山。その高さは3776メートル。第二位の北岳(きただけ)が3193メートルなので、群を抜いて高い山です。そして独立峰で、円錐形のような姿はどこから見ても美しくて雄大で、季節や時間によって、いろんな表情を見せてくれます。

 2013年には、富士山とその周辺が世界文化遺産に登録され、観光で来日される海外のかたにも大人気ですよね。夏の登山シーズンには、多くの登山者が集まり、去年のデータによれば、2ヶ月で、およそ22万1000人が訪れたそうですよ。

 そんな富士山の登山シーズンが、いよいよ今年も7月から始まります。登山期間は
今年は山梨県側は7月1日から、静岡県側は7月10日から始まり、いずれも9月10日まで。なぜその期間なのか、太田さんがおっしゃるには、安全を担保できるのが夏だからでしょうとのこと。

 山開きの7月は山頂付近にはまだ雪が残っていて、毎年、雪かきをして登山道を整備。また、8月末から9月にかけては、みぞれや雪もちらつくことがあるとか。日本一標高の高い山、富士山は夏が短く、高所のリスクも高い山なんですね。

☆写真協力:マウントフジトレイルクラブ

太田安彦さん

正しい情報、そして準備

※私のようなまったくの初心者がまず、準備しなければいけないことは、どんなことですか?

「ふたつあると思っていて、まずしっかり正しい情報を得ること。その情報をもとに自分に何が足りないのか、それを準備する、このふたつですね。情報を得ることとそれに対しての準備を整えることですね」

●体力作りも重要になってきますよね?

「そうですね。情報で、富士山はやっぱり10時間以上行動すると知るので、山を10時間歩くことが自分にできるのかっていうところから、運動を始める。そういったところも準備になると思います」

●足腰を鍛えたらいいんですか? どんなことをしたらいいんでしょうか? 

「やはり足腰の筋力も必要だと思いますし、持久力も必要だと思います。とはいえ、それがなければ、絶対登れないということではなくて、私もガイド経験が長いので、富士山はほとんどが運動してない人が来る山っていう特徴もあると思いますね。

 体力がないと、どうなるかっていう話なんですけども、やはり筋肉がつってしまうケースもあります。心肺機能もいきなり心拍数が上がるのに耐えらなくて高山病を誘発してしまうような、高山病じゃなくても具合が悪くなってしまうようなケースもあります。やはり体力があるっていうのは、基礎的なベースとして必要だなっていうのは感じますね」

吉田ルートと富士宮ルート

※富士山の山頂に行くには、いくつかルートがあるんですよね?

「はい、4つあります。私がおもに拠点としているのが吉田ルート、山梨県側になります。それと、途中ぶつかるコースがあって、静岡県側から入ってきて、途中で吉田ルートにぶつかる須走ルート。で、静岡県では富士宮ルートと御殿場ルートがあります」

●初心者におすすめのルートは、どのルートになりますか?

「いちばんよく言われているのは、吉田ルートか富士宮ルート、そのふたつが上がってくるんですけども・・・とはいえ、明らかな違いがあるかって言ったら、私はそうじゃないと思います。

 どの登山口からも10時間近く歩きますし、高低差はそれこそ1000メートルは登って降りくる条件は一緒なので、大きな違いはないんですが、やはり吉田ルートだと山小屋が多くある。要するにそれだけ安全を担保できる、天気が悪くなった時に避難できるとか、具合が悪くなった時に(山小屋に)入れるとか、アドバイスを受けられるとか、そういったことが吉田ルートが人気な理由でもありますね。ほかにもご来光がどこの斜面でも、七合目でも八合目でも見られるというのが吉田ルートの人気の理由だと思います。

 初心者のかたに富士宮ルートも人気があるんですね、なぜかと言ったら、五合目のスタート地点の標高がいちばん上なんですね。2400メートル地点からなので、要するに山頂にちょっと近い、コースがちょっと短いという理由で、おそらく人気なのかなってのは思います」

●本に登りのルートと下りのルートが別々になっていると書かれていましたけれども・・・。

「そうですね。吉田ルートに関しては別々になっています。富士宮ルートは同じ道を帰ってきます。
吉田ルートは下山道が別になった理由がありまして、昭和55年に吉田大沢という沢の中を(登山者が)下山していたんですけども、そこが崩落によって犠牲者が出てしまったんですね。それまで荷物の上げ下げで使っていたブルドーザー道を再整備して下山道を正式につけた、要するに危険を回避するために別のところに下山道をつけたっていうところがありますね」

初心者はガイドツアーがおすすめ

はじめての富士山登頂〜正しく登る 準備&体づくり徹底サポートBOOK

※本ではモデルプランとして、二泊三日のプランをおすすめしています。利点も含めて、どんなプランなのか、教えていただけますか。

「まずは時間をかけて富士山に登る。体力に自信がない人も時間をかければなんとか登れる。一泊二日に比べて休息する日も1日多いので、体力を回復するポイントが多い。そういった意味で利点があるっていうところですね。あと高山病についてもやはり順応していくという人間の体質がありますので、そういった意味でも二泊三日というのは無理のないペースかなとは思います」

●3日間休みが取れないっていうかたでも、やっぱり八合目ぐらいまで行って山小屋に一泊は、したほうがいいですよね?

「そうですね。ほとんどというか、多くの登山者の中で多いスタイルが一泊二日のスタイルが多いと思うんですよ。やはり先ほど言った通り高度順応のためと、その途中で休息、筋力も休められたり、睡眠も取れたりとか、そういったことが利点で一泊二日もおすすめかなとは思いますね」

●初心者はまずガイドツアーに申し込むのがいいですか?

「そうですね。これは私がガイドだからっていうわけではなく、客観的に見ていても、やっぱりいちばんおすすめだと思います。理由はいちばんは、安全がある程度担保できるっていうところですね。

 例えば、悪天候の時の状況判断、登山を続けていいのかどうなのか、雨は強いし風が強くなってきた、これからどうなるのか、ガイドは当然天気は読めているので、その判断もできたりとか・・・。
 あと高山病になった時、自分が深刻で重度の高山病なのか、それともまだ軽い段階で改善の見込みがあるのか、そういったことの判断・・・。例えばもうちょっと歩幅を狭くして歩きましょうとか、ペースをこうやって安定させて歩きましょうとか、深呼吸を随時促すとか、そういったペースメイクですね。ペースメイクっていうのはすごく重要なので、そういったことを担うのがガイドで、それは富士山の登頂率を上げるという意味では大きく役に立つと思います」

●ガイドツアーはだいたいおいくらぐらいなんですか? 

「年々ちょっと変わっているなとは思うんですけれども、今年のツアーを先ほどちょっと確認したら、だいたい2万円前後ぐらいから4万円台のツアーがありました。それはガイド付きツアーで調べたんですけれども、その中に宿泊ですとか富士山までの交通費ですとか、そういったことはすべて盛り込まれて、もちろんガイド料も盛り込まれていました。富士登山の各ツアーを運営しているツアー会社のサイトを見るっていうのがいちばんですね。それで自分に合うのかどうなのかですね」

登山の3種の神器

※装備やウエアはどんなものを用意したらいいですか?

「まず、山の基本でもある3つ、登山靴とザックとレインウエアですね。これは重要になると思います。
 登山靴は長時間歩く登山に適しているというか、登山をするために作られているので、やっぱり長時間歩いても疲れにくいとか、足首をホールドしてくれるとか、あと濡れにくいっていうのも重要で、ゴアテックスを使っていたりとか、発水性のある素材を使っているっていうのは重要ですね。

 急な雨、レインウエアにもつながるんですけども、富士山の雨というのは短時間でドバドバと、バケツをひっくり返したような雨が降ることもあって、やっぱりそういったものに耐えうるカッパがいいですね。よく『100均で売っているようなペラペラのカッパでもいいんですか?』っていう質問があるんですけど、できればそれは避けたほうがいいなと思います。

 というのは、汗を外に出す機能もない、ビニールなので透湿性がなかったり、要するに汗かいて、中がビショビショになって冷えてしまう可能性もあったりですね。あと富士山は寒いので、ビニールガッパだと硬化してパリパリ割れてしまうケースもあります。風も強くてそういったものが機能しないということがあるので、やはり上下セパレートの防水性に優れた、動きやすいカッパがいいなとは思います」

●確かに富士山は、暑さと寒さ、その両方に対処しないといけないですね。ウエア選びはちょっと大変じゃないですか?

「本当にそうですね。快晴の時は『登山日和だ! 気持ちよかったね! カッパも使う必要なかった』とか『半袖でよかったんじゃないか?』とか、そういった天気もあれば、風速20メートルで気温も寒気が入って、山頂だと5度以下になったりもします。いきなり冬が訪れるのも富士山なので、標高3000メートルを超えているということで、やはり(ウエア選びは)難しいんですけども、要するにそういった悪天候に備えるのが重要かなというのは思いますね」

●トレッキング・ポールはあったほうがいいですか?

「これは必須ではないんですが、筋力に自信のないかたはそれなりのサポートを考えて・・・下山時に特にボールがなかったら、ふらついて筋力に負担をかけるよりかは、やはり4点で、歩けると安定して歩ける、要するに筋肉にそんなに影響を与えずに歩けるっていうところでは、やっぱりポールはあったほうが便利かなとは思いますね」

(編集部注:装備やウエアは、しっかりしたものを買うとそれなりのお値段になるので、予算的に厳しいというかたは、フルセットのレンタルもあるので、それを利用する手もあるとのこと。また、山好きの友人がいたら、事前に借りて、使ってみて、それから自分に合うものを買うというのもいいかもしれませんね)

呼吸は吐くことを意識

※太田さんによると、富士登山には大なり小なりトラブルはつきもので、多く見受けられるのが高山特有の酸素不足による体調不良だそうです。高山での呼吸の仕方に、コツがあったら教えてください。

「これはシンプルで、吐き出すほうを意識することなんですね。(登山客に)深呼吸してくださいって言うと、吸うほうに意識がいきがちなんですけども、例えば、ろうそくの火を消すように、ふ~っと細く長く吐き出す、しっかり吐き出すと人間は苦しくなって深く吸い込むので、吐くほうを意識するとちゃんと吸い込めます。吸った時に肩がぐっと上がったりとか、胸がぐーっと膨らむぐらいまで深呼吸するのはいいと思いますね」

●なるほど! 吐くほうに意識を向けるということなんですね。登りと下りでバテない上手な歩き方はありますか?

「バテないっていう必殺技みたいなのはたぶんないとは思うんですけども(笑)、それこそ、登りは一足ずつぐらい、足の一足26センチとか28センチとか、本当に一足ずつぐらい、30センチぐらいの歩幅で一歩一歩、歩く。要するにすごく小股で歩くんですね。

 お客さんに最初、このぐらいのペースで歩くんですと、五合目を歩き始めてすぐの上り坂で言うんですね。そうすると『えっ? これ、遅すぎないですか?』って、まずみなさん驚くんですよ。でも九合目になったら、その歩き方でさえもちょっと早いと感じるぐらいの体感があるんですね。なので、小股で歩くのは筋力を使わないとか、ペースを安定させ、心拍数を抑えるために重要ですね。

 カメとウサギの話があると思うんですが、それが結構重要で、ゆっくり歩くと何ができるかって言ったら、心拍数もそれほど上がらない、筋肉をガシガシ使わない、筋肉は酸素で動いたりしますので、効率よく吸った酸素を省エネで使う歩き方、小股で歩くっていうのがポイントですね」

●登山にはいろんなルールとかマナーがあると思うんですけど、これだけは絶対に守ってほしいことってありますか?

「いくつも実はあるんですけども、いちばんはルールを守って人をケガさせないことが重要かなと思います。富士山の特徴のひとつが人が多いこと。当然(登山道で)渋滞ができてしまう時間帯とか場所もあるんですね。山頂付近、九合目付近ですとか・・・。そういった時に何が起こるかと言ったら、登山道以外を歩いたりしてしまうんですね。

 登山道のロープを越えて斜面を直登していく人がたまにいるんですけれども、そういった時には石を落としやすいんですね。その石が当たって亡くなってしまったケースもあります。当然、ケガというケースもあって、毎年のようにヒヤリ・ハットは何件も起きているので、やはりルールを守って人をケガさせないことですね。もちろん自分の体調を整え、ケガをしないっていうことも重要なんですけれども、ひとりひとりがケガさせないようにルールを守っていくと、必然的に自分がケガするというリスクも減っていくんだろうと思います」

(編集部注:下山時の歩き方のコツは、太田さんによると、人にもよるそうですが、下る時も歩幅は狭く、足の裏の全体を地面につけるベタ足が基本で、トントントンと一歩ずつ丁寧に、リズミカルに歩くことだそうですよ)

今年から始まる「吉田ルート」の登山規制

※今年から山梨県側の吉田ルートの登山規制と、通行予約が始まると、ニュースなどで報道されました。この背景には、どんなことがあるのでしょうか?

「やはり弾丸登山ですとか、集中する登山者の抑制につながるという施策だと思います。例えば、去年でいうと4000人を超えた日が何日かあって、その中で弾丸登山が・・・宿泊を伴わないで夜に入ってきて、そのまま山頂へ向かうスタイルを、みなさん弾丸登山と言っているんですけども、その人数が1000人〜1300人ぐらい入った日があって、それはとても危険を感じましたね。

 どんなことかって言ったら、当然その時期は山小屋がいっぱいで予約ができませんし、そんな中、いろんなところに弾丸登山者が寝ている、シュラフですとかビニールシートにくるまって寝ているとか、休んでいるケースが多くて、そこで悪天候になったら、『これはほんと大変危険な状況だ!』とかもあります。それこそ登山道をはみ出して歩く人も何人も何人も見受けられたので、今年はこの規制の効果が見込めるのかなとも思いますね」

●規制は1日何人までになるんですか?

「山梨県側では1日4000人を上限としています」

●安全登山のために、これは致し方ないことなんですか?

「重要なのは今やる施策であって、これがずっと4000人の規制があるかっていうことでは多分ないと思うんですね。とりあえず今ある目先の危険なことに対して、4000人をマックスにしたっていうことで、これが今年すごくいいほうに働いて本当に抑制できるんであれば、なおかつ登山者にとってストレスにならなければ、これはいい施策だったっていうことにもなりますし、もしかしたらまだ問題が出てくる可能性もありますけど、まずは今年これで ひとまずやっていくことで、いいのかなとは思いますね」

●吉田ルートの通行予約は、オフィシャルサイトからできるんですか?

「そうですね。オフィシャルサイトからできます。やっぱりいちばんみなさんが不安に感じているのは、自分がその4000人の中に入れるだろうかっていうところだと思うんですけれども、基本的に宿泊の予約をしていれば、山小宿泊の予約をしていて、その証明があれば4000人を超えていたとしても入山できるんですね。

 なので、宿泊予約をして一泊二日、もしくは二泊三日で予約を取って、登山を計画されているかたは、この規制に対しては全く問題ないので心配されなくて大丈夫だと思います。日登りに対して、日登りとは日中、朝早くから登って夕方には帰ってくるっていうスタイルで、4000人を超えるかどうかっていうとこなので、今までの感覚だとそんなに大きな影響があるかって言ったら、冷静に考えるとそうないのかなとも思いますね」

(編集部注:山梨県側から入る吉田ルートでは、今年から2000円の通行料がかかります。収益は安全対策などに使われるとのことです)

◎富士登山オフィシャルサイト:https://www.fujisan-climb.jp/

富士山は宝物、次の世代へ

※富士山の楽しみ方はいろいろあると思うんですけど、太田さんのおすすめはありますか?

「本当にいろいろあって、自分の興味があることでいいと思うんですね。例えば、歴史とか自然とかにも魅力はあるので・・・。
 自分がちょっとおすすめしたいなっていうのは、やっぱり星が綺麗なんですね、富士山は。例えば、流星群の時は数分に1個流れ星が見られるとか、人工衛星も肉眼で頻繁に見えますので、星空を鑑賞するっていうところでは富士山は適しているのかなと思います」

●富士山に登りたいって思っている初心者のかたがたに向けて、改めて伝えておきたいことなどありましたらお願いします。

「富士山は、本当に準備さえしていれば、登頂率が上がる山なんですね。なので先ほど冒頭でも言った通り、情報を取って自分に何が足りないか、例えば体力、ほんとに運動を全くしていなくて、ちょっと歩いただけでも息が上がって、膝が痛くなるっていうことであれば、富士山はトレーニングが必要だと思いますね。

 日頃運動していて、階段登りもだいぶできるということであれば、登頂率も上がってきます。情報と、それに何が必要かを自分で捉えて、計画的にやってもらえたらいいなと思います。

 ひとつ言うとすれば、焦らず、富士山は逃げない場所なので、こういった規制があったとしても富士山に登れなくなるっていうわけでもないです。むしろ焦って、今年しかチャンスはないんだって思ってケガをして、富士山で嫌な思い出を作って、富士山には一生行かないっていうよりかは、丁寧に準備して思い出を深く、いい思い出にしてもらって、毎年恒例にしようって思うぐらいの富士登山にしてもらえたらいいなと思います」

●では最後に、太田さんにとって富士山とは?

「そうですね・・・ちょこちょここの質問をされて、すごく答えづらくてですね(笑)、まだそんなに俯瞰して見られるというのはないんですけども、強いて言えば、むしろかっこよく言えば、富士山は自分にとって『宝物』という表現をしたいなと思います。

 宝物っていうのは、自分にとって必ず必要なものでもありますし、やっぱり大切にしたくなることでもあります。あとやっぱり自分の子供にもその宝物を譲る場面が出てくると思うので、そういった時にはいい状態で譲りたいなとも思います。
 富士山は自分のものだけではなくて、みんなが共有している、かけがえのないものだと思うので、それをそういった思いでいろんな人に体験してもらいたいなとは思います」


INFORMATION

はじめての富士山登頂〜正しく登る 準備&体づくり徹底サポートBOOK

 富士山を目指す、特に初心者のかたは「マウントフジトレイルクラブ」が監修した本 『はじめての富士山登頂〜正しく登る 準備&体づくり徹底サポートBOOK』をぜひ参考になさってください。トラブルを回避する方法、モデルプラン、ルートガイド、装備やウエア、そして快適登山のための事前予習やトレーニングなど、初心者の知りたいことが、まるわかりのガイド本です。
 メイツユニバーサルコンテンツから絶賛発売中。詳しくは、出版社のサイトをご覧ください。

◎メイツユニバーサルコンテンツ :https://www.mates-publishing.co.jp/archives/29913

 「マウントフジトレイルクラブ」では富士山登頂や周辺を楽しむツアーなども企画しています。詳しくはオフィシャルサイトをご覧ください。

◎マウントフジトレイルクラブ :https://mftc.jp/

シモキタ園藝部〜人と蜜蜂が作る緑の循環

2024/6/9 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンは、シリーズ「SDGs〜私たちの未来」の第20弾! SDGsの17の目標から「住み続けられるまちづくりを」ということで、「シモキタ園藝部」の活動をご紹介します。

 下北沢駅周辺は再開発が進み、小田急線が地下に移ったことで、東北沢から世田谷代田あたりまでの約1.7キロの線路跡地に「下北線路街」ができて、そこが緑地になっています。

 一般社団法人「シモキタ園藝部」は「まちの植物を守り育てていく」ことを目的として2020年4月に発足。それまでの経緯をかつまんでご説明すると・・・小田急線が地下に入るということで、地上の線路跡地をどうするかという話し合いが世田谷区と市民グループの間で始まり、区長が交代したことをきかっけに、小田急や京王の電鉄会社も参加し、さらに活発化。

 そして、市民グループからの提案などをもとに、ランドスケープ専門会社がグランドデザインを作り、イメージを共有。植物を中心に活動したいというグループ「緑部会」から現在の「シモキタ園藝部」になったそうです。

 同園藝部は「循環」をテーマに、植栽の管理に加え、コンポスト事業、養蜂、植物の知識を身につけるための園芸学校、世話ができなくなった植物を引き取り、手入れして、新しい持ち主へつなぐ「古樹屋(ふるぎや)」、ワイルドティーなどが飲める「ちゃや」、そして活動の拠点「こや」を運営するなど、幅広い活動を行なっています。

「のはら広場」は子供たちが作った!?

「シモキタ園藝部」

※取材にうかがった日は5月の半ば過ぎで時折、日が射す程度の、そんなに暑くもなく取材日和。小田急線下北沢駅の南西口を出てすぐに、緑あふれる小道が続き、ここが下北沢!? と思うほどでしたよ。待ち合わせ場所の「こや」までは、小道を歩いてすぐなんですが、流れている時間が違うような、そんな感覚にも包まれました。

●それではまず、シモキタ園藝部ができる前から、再開発に関わってこられた「前田道雄(まえだ・みちお)」さんにご登場いただきましょう。

前田道雄さん

 「こや」のすぐそばにある「シモキタのはら広場」は公園の植栽とはちょっと違う印象なんですが、どんなふうに手入れをしているんでしょうか?

「ただ単に植物を愛でるというよりは、小田急線が地下に入り、実際に育っている緑を植栽管理っていう形でメンテナンスしながら、よくある公園の植栽管理だと、あっさり伐採しちゃうというのが多いんですけど、(シモキタのはら広場は)丁寧に見ながら管理をしていく・・・そうすると例えば、そこに生えてきた草を全部採るとかじゃなくて、選択的除草と言って、これは残しておこうとか、その場その場で判断をしながらやっているので、やっぱりその地にあるような植物が残っていくのかなと思います。

 あとは月に一度ぐらいイベント的に集まって、細かく管理をするので、ほかよりも丁寧に目を光らせてやっているんだけれども、一律に管理するっていうことではなくて、その場その場に相応しいやり方をみんなで考えていくみたいな形でやっています。それがほかとはちょっと違う植栽の状況になっているのかなと思っています。一般的な公園と違うのは、やっぱり草が多いですよね。

 普通は樹木を植えるのが、公園の植栽のデザインとしては多いと思うんですけれども、それよりももっと草とかそういったものを中心に仕立てられていて、最初作るときは芝生を敷いたところにタネを撒いているんですね。タネを撒いて草がいっぱい生えてきて、その草地を子供たちに走ってもらって、道がだんだんできていくみたいな感じの作られ方をしているので、誰がデザインとしたというよりも子供たちが走り回ってできた道なんです。

 そこで今、草地として残っているところに生えた草をちょっとずつメンテナンスしながら、しかもタネを蒔いて出てきたものだけじゃなくて、そのうち勝手に生えてくるものもあるんですね。それもこれはいいよねっていうものは残すみたいな形でやっています。だから毎年、1年目2年目3年目と、原っぱの雰囲気がだいぶ違いますよね。生えている植物も違うので、私もわからないものがまた増えちゃうみたいな感じですかね」

(編集部注:水やりや手入れは曜日を決めて、参加できる部員みんなで行なうそうですよ)

のはら広場。奥に見えるのはコンポスト用の小屋。
のはら広場。奥に見えるのはコンポスト用の小屋。

みんなで作る

※前田さんは、おもにどんな活動をされているんですか?

「私は仕事が建築系なので、どちらかというと今使っている拠点、『こや』と呼んでいる建物があるんですけれども、そこのメンテナンスというかとDIYいうか、ちょっと手を入れたりとか、そういったことをおもにやっていますね。

 それも私だけじゃなくて、いろんなかたにお手伝いいただきながら、例えば外にあるデッキをみんなで作ったりとか、2階のテラスにあるデッキをみんなで敷いたりとか、あとは棚をみんなで作ったりとか、そんなことをやる時に、ちょっと専門的な知見でこうするといいよね!とか、こうすると危なくないよね!みたいなことをアドバイスしながら、みんなで作っていくのをサポートしている感じですね」

右が拠点の「こや」、左が「ちゃや」。
右が拠点の「こや」、左が「ちゃや」。

●本業とこのシモキタ園藝部の活動と、ふたつが重なることによって、何か変化はありましたか?

「すごく直接的に何か変わったというわけではないんですけれども、やはり仕事の中で、植物を植えたりとか、そういったことを考えることも多いので、その時の細かさが変わったかなと思います。
 建築という、もう少し大きなスケールで見ると、樹木を何本、こういうふうに植えましょうみたいな、そういうスケール感で見ていたものが、その下に生えている草とか、そういったところも見えながら全体を考えるみたいな・・・少し細かさが出てきたような気がしています」

(編集部注:現在、シモキタ園藝部の部員は200人くらいで、年齢も幅広く、いろんな仕事をしているかたがたが集まっているそうです。世田谷区に住んでいなくても、だれでも部員になれるとのことですよ。興味のあるかたは、ぜひオフィシャルサイトhttps://shimokita-engei.jpをご覧ください)

雑草は宝物、循環は面白い

※続いてご登場いただくのは、コンポスト事業を担当する「斉藤吉司(さいとう・よしじ)」さんです。斉藤さんは、こんな動機でコンポスト事業のリーダーになったそうですよ。

斉藤吉司さん

「自分の自宅でも家の周りに雑草が生えているじゃないですか。それを抜くって本当に嫌だったのが、堆肥にできるって知った瞬間に雑草が宝物に見えてきてんですね。それで自身もコンポストをやり始めていたので、園藝部でもそういうのができるなと思ったら、自分の活動が広がるような感じがして、ぜひ自分にリーダーをやらせてください! って言って始まりました」

●まさに循環を実践されている感じなんですね。

「そう、面白い! 循環は面白いです」

●コンポストの維持とか管理は、斎藤さんをはじめ、何人ぐらいのかたでされているんですか?

「メインで活動しているのがだいだい15名ぐらいで、いろいろな関係で50人ぐらいのかたに関わっていただいています」

●何か所にコンポストを設置されているんですか?

「コンポストは、さっき見ていただいたコンポストを含めて3か所ぐらいですかね。(下北線路街が)1.7キロあるので、それぞれ(コンポスト)工場のほうに持ってきたら大変なので、やっぱり近くにコンポストが必要っていうことになって、それぞれの場所に作り始めています。なので、先ほどお話しいただいた前田さんも東北沢で『竹のコンポスト』を設計されて、すごく素敵なコンポストを作られています」

●堆肥化する落ち葉とか雑草は、下北線路街の植栽から発生したものですよね?

「そうですね。それとプラスして街の、例えばコーヒーかすだったりとか、おそば屋さんのそば殻だったりとか、あと世田谷区はエコな活動しているお店がすごく多くて、例えば果物屋さんが果物の皮を捨てるのがもったいないから、乾燥しているので使ってくれないかっていう提案をいただいたりとか、あとクラフトビールを作っているところは、ビールかすを使ってもらえないかとか、いろんなことがあって、そういうものを集めて堆肥を作っています」

●飲食店から出る生ゴミとかも堆肥化されているんですね。

「自分たちは宝物っていうんですけど、宝物をいただいて、それをまたさらに宝物にするっていう活動をしています」

●現在、年間にどれぐらいの量の堆肥ができるんですか?

「だいたい1回の積み込みでリンゴ箱20個分なんです。あれは50リットル入るんですね。なので1回で1000リットル、それが4回なので、合計で(年間)4000リットルできますね」

●その堆肥は下北線路街の植栽に使っているということですか?

「そうですね。やっぱり線路街はちょっと土がよくなかったりするので、そこに土壌改良的に入れてもらっていたりとか、今は新しい取り組みとして『下北の土』としてちょっと堆肥に土を混ぜて、必要なかたにお分けするっていうことを、これからやろうとしています。あと古樹屋さんでも植え替えの時に土を使ってもらっているということです」

<シモキタ園藝部のコンポストあれこれ>

 シモキタ園藝部のコンポスト事業では、ミミズコンポストも含めて、いろんなタイプのコンポストを試していて、そのひとつが「キエーロ」というネーミングのコンポスト。これは、神奈川県葉山にお住まいの「松本伸夫(まつもと・のぶお)」さんが開発したもので、その特徴は、風と太陽と土を利用すること。

 木の箱に生ゴミと土を入れるだけの、至ってシンプルな構造で、肝心なのは、雨が当たらないように屋根があること。太陽の光を取り入れたいので、屋根を透明にすること。そして、風通しを良くするために密閉しないこと。この3つに注意するだけ。土の温度を上げることで、微生物の活動を活発にする狙いがあるんです。この「キエーロ」は、臭いがしない、土の量が増えない、そしてランニングコストがゼロと、いいことだらけ。

 シモキタ園藝部では、ワークショップで参加者にりんご箱の「キエーロ」を作ってもらったりするそうです。作りかたなどは「キエーロ」のオフィシャルサイトhttps://kieroofficial.wixsite.com/kieroに載っていますので、参考にされてみてはいかがでしょうか。

 また、取材でお邪魔した活動拠点「こや」の2階には、「うみまちコンポスト」が設置してありました。これはコンポストとテーブルを組み合わせた実験的な家具で、なんと椅子の部分が、ロックを外すと回転するコンポストなんです。こうすることで中の土がよくまざり、微生物が元気になるんですね。

実験的な家具「うみまちコンポスト」
実験的な家具「うみまちコンポスト」

 ほかにもコンポスト事業部では「発電するコンポスト」の実証実験も行なっています。これは「ニソール」という会社が考案した仕組みを取り入れているもので、コンポストの土の中に電極を差し込み、微生物などが発するエネルギーを電気として利用しようというものなんです。実際にクリスマスのイルミネーションなどを「発電するコンポスト」の電気で灯したことがあるそうですよ。

下北沢線路街で養蜂に取り組む

※続いてご登場いただくのは、シモキタ園藝部で「養蜂」を担当されている「杉山直子(すぎやま・なおこ)」さんです。杉山さんは園藝部の活動のひとつとして、養蜂をやりましょうと提案されたかたなんです。

杉山直子さん

 なぜ、養蜂だったのか、それは杉山さんの知り合いで、田舎でニホンミツバチを飼っていたかたと話す機会があって、そこで養蜂に出会い、その蜜の味に感動したそうです。

 ところが、ニホンミツバチは野生の生き物で採れる蜜の量が少ないため、セイヨウミツバチの飼育をやってみないかという話になり、そのためには技術と知識が必要ということで、埼玉の養蜂場にお邪魔し、養蜂家に弟子入りを懇願。およそ2年にわたって毎週のように通い、師匠にセイヨウミツバチの飼育方法をみっちり学んだそうです。
 そして現在はシモキタ園藝部の活動として、下北線路街の2カ所に、計10箱の巣箱を設置し、養蜂に取り組んでいらっしゃいます。

 セイヨウミツバチは、天敵のスズメバチから身を守る方法を知らないのでスズメバチが巣箱に侵入しないように、ネットを張るなどの対策を行なっているそうですが・・・ほかに養蜂でいちばん気を使うのはどんなことですか?

「今まさにこの時期なんですけれども、分蜂(ぶんぽう)・・・分かれる蜂と書いて分蜂と読むんですけれども、今新しい女王蜂が生まれる、活発に作ろう作ろうと蜂たちがする時期で、古い女王がいる巣箱に新しい女王が生まれてしまうと、古い女王が嫌がって一家の半分を連れて外に逃げちゃう。
 そうすると、ものすごい数の蜂がわーって集まって、変な話ですけど、電信柱だったり木の幹だったりに、蜂球(ほうきゅう)を作るんですね。

 そうすると、知らないかたが見ると蜂がかたまりになっているって・・・つい先だっても大谷翔平のドジャースタジアムで話題になったんですけど・・・本当にそれと同じ現象です。
 その分蜂する蜂たちは新しい家を探しに出て行くので、お腹の中にしっかり蜜を溜めています。本当はものすごく大人しいんですけど、知らない人が見ると蜂がたくさんいる、怖い〜ってなって、警察沙汰にもなりかねないので、いちばんそこは注意して管理をしなければいけないんですね。ちょっとこまめに、内見と言って(巣箱の)中の様子を見る作業を通常よりは増やして行なっています」

蜂蜜で「下北沢」を味わう

●巣箱のあるエリアに花が咲いていないと、養蜂は成り立たないですよね?

「そうですね。蜜蜂は半径2キロのところを飛ぶんですけれども、もちろん近いところに蜜源の植物があるほうが蜂たちにとったらストレスが軽くなります。お陰様で、園藝部さんの植栽管理の地域が非常に近いところにあるので、私たちの蜂は豊かな花々に恵まれていると思っていて、しかもその花々の質が高い。それがすべて味に反映されていると感じています」

●どんな味がするんですか?

「特にやっぱり4月は桜の花のあとで一斉に花々が開花するので、まずひとくち舐めると桜の味を感じて、そのあとにまた違う、口の中で転がしていくと、違う花の味も感じますね。それで飲み込んだあとは、最後がまたちょっと桜とは違うというか、まるで香水のトップノートとミドルノート、そういうような変わり方をする味わいだと私は思っています」

シモキタハニー

●先ほど3種類の蜂蜜をいただきました。4月26日、5月11日、それから5月21日に集めた蜜ということで、本当に時期によって全然味って変わるんですね!

「そうなんですね、本当に。地域の花々から集めた百花蜜なんですけれども、その花の移り変わりでどんどん味が変わっていく。今年で3年目に入るんですけれども、1年目2年目の同じ時期の味ともちょっとまた違うし・・・となると気候によっても微妙に変わってきますし、まるでワインのヴィンテージというか、テロワールっていうんですか、下北沢を味わっている感じがします。

 園藝部の植栽もさることながら、(下北沢は)割と古い住宅街で、お庭があってお花を育てていらっしゃるお家が非常に多い。あとは近くの公園だったり緑道だったり、東大駒場キャンパスなどにも豊かな蜜源があるので、そういうところから本当に様々な雑味のない蜂蜜というか、すべての採蜜日が外れたことがないというか、私たちは、それがありがたいですね」

●3種類、どれも本当に美味しかったです! 

「自信を持っておすすめします。全く混ざりものがない非加熱の蜂蜜なので、蜂蜜の本来持っている大事な酵素とかビタミン、ミネラルがすべて生きたまま入っています。体にとっても非常にいいんですよね」

(編集部注:杉山さんが愛情込めて世話をしている、蜜蜂たちが集めた蜜は「シモキタハニー」として販売されているほか、蜜蝋も活動拠点の「こや」や「ちゃや」の椅子やテーブルなどのワックスとして使っているほか、シモキタ園藝部のワークショップなどでも活用しているそうです)

まとまり、つながり、循環

シモキタ園藝部の皆さん

※それでは最後に、シモキタ園藝部の良さは、どんなところにあるのか、前田道雄さん、斉藤吉司さん、そして杉山直子さんにお聞きしました。まずは前田さんです。

「誰かが中心になって全部やっているというよりは、いろんなかたがいろんな興味に応じて手を加えているので、すごく統一感のある世界というよりも、少しバラバラなんだけれども、なんとなくみんなの意識が共有されているようなまとまりができているように思いますね。
 それが『のはら広場』の(植栽が)バラバラだとしながらもまとまっている、なんとなく雰囲気があるみたいな感じ・・・それと同じように園藝部自体もいろんな人たちが集まって、みんなちょっとずつ違うほうを見ているんだけれども、全体としてはまとまりがあるっていうのがとても魅力的かなと思っています」

※続いて斉藤さんです。

「コンポストを2年間やってきて、いろんなかたとゴミを介してお会いできるし、そういうつながりがあって、自分たちもその刺激を受けながら、なんか新しいことがどんどん広がってくっていうのがすごく楽しいことですね」

※では最後は、杉山さんです。

「埼玉の(養蜂家の)師匠に弟子入りしたと同時に、やっぱり地元の下北沢で養蜂をやってみたいという思いがさらに強くなって、その間、下北沢で養蜂ができる場所を探していたんですけど、園藝部の先ほどお話しされた前田さんと、割と早い時期から活動されていた男性が私の小中学校の同級生で、たまたま道でばったり会った時に私の思いを伝えたんですね。
 そうしたら実はシモキタ園藝部というのがあって、養蜂もいいよねと話していて、だから君、まず園藝部に入りなさいって言われて、即入部して、そこからみんなに呆れられるほどプレゼンをして、なんとか屋上を貸してくださるかたを見つけるまでに至りました。

 園藝部のかたがたから言われたんですよ。私たちの巣箱を埼玉から下北沢に移動して、丸1年間か2年目に入ったぐらいの時から、花の付きが段違いでよくなったっていうふうに言ってくださって・・・。

 蜜蜂による受粉活動で街の緑が豊かになっていく。それは私が最初に園藝部さんにプレゼンする時の第一の売り文句でもあったので、それを実感してくださる人たちがいるということに非常に感謝しておりますし、植物が豊かになってくれば、より多くの花が咲くので、蜜蜂たちの蜜源もそこで増えていくから、非常によい“循環”が生まれてくると思っています」


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 シモキタ園藝部は活動のテーマが「循環」ということで、その循環の輪の中で、植物も蜜蜂も人も調和しながら、まわっているように感じました。また自治体、地元企業、そして市民が参加する再開発のモデルケースで、まさに「住み続けられるまちづくりを」を形にしていると思います。

 下北線路街は緑あふれる素敵なエリアです。お洒落なカフェやお店も点在しています。まずはぜひ訪れてみてください。

 シモキタ園藝部ではワークショップなどのイベントも定期的に開催。また「ちゃや」では採れたての野花を使ったワイルドティーを楽しめますし、天然はちみつの「シモキタハニー」も販売しています。詳しくは、シモキタ園藝部のオフィシャルサイトをご覧ください。

◎シモキタ園藝部 :https://shimokita-engei.jp

昆虫写真家 工藤誠也〜寝ても覚めてもチョウに夢虫

2024/6/2 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、弘前大学の研究員で、
昆虫写真家としても活躍されている「工藤誠也(くどう・せいや)」さんです。

 工藤さんは1988年、青森県弘前市生まれ。お父さんの影響もあって、子供の頃から昆虫好き。そして岩手大学大学院を経て、現在は弘前大学農学生命科学部の研究員としておもに魚や鳥など、生物が自然環境の中でどんなふうに生きているのかを調査・研究されています。

 また、研究活動のかたわら、青森の野山をおもなフィールドとして昆虫の撮影を行ない、先頃、撮りためた蝶々、約200種を掲載した本『チョウごよみ365日』を出されました。

 この本はタイトル通り、四季折々のフィールドで出会うチョウの写真を日めくり感覚で楽しめて、美しい写真に添えてある、撮った時の状況や、チョウの特徴を解説した文章に工藤さんのチョウへの思いが溢れています。また、カヴァーに載っている「寝ても覚めても チョウに夢虫」というコピーにもチョウへの愛を感じます。

 きょうは、その本をもとに、同じ蝶々なのに翅(はね)の色を変える種や、アリを巧みに利用するチョウなど、意外と知られていない蝶々の生態についてお話をうかがいます。

☆協力:工藤誠也、誠文堂新光社

ミドリシジミ
ミドリシジミ
『チョウごよみ365日』

越冬する日本のチョウ

※日本には何種類くらいのチョウがいるとされていますか?

「240種くらいと言われることが多いです。ただ、いかんせんチョウは飛ぶ生き物なので、ほかの国で普段過ごしているチョウが台風とかで運ばれて、日本に飛んできて、まれに記録されたりだとか、毎年のように日本にはいるけど、実は冬に一度滅んでしまって、また次の年に来るっていうのを繰り返している種だとか・・・あと外来種とか、そういったものが結構多くあります。

 記録のあるチョウをすべて数えたら300種を超えると思います。もっと厳密に昔から日本にいて、越冬しているみたいなやつだけを数えたら、200種よりちょっと多いくらいになるんじゃないかと思います」

●チョウというと、東京でも都市公園とか郊外の住宅地などで春から夏にかけてよく見かけますけれども、その頃が繁殖の季節ということなんですよね?

「春に出るチョウもいますし、夏に出るチョウも秋に出るのもいて、種数でいうなら夏が多いのかなとは思いますが、それぞれいろいろあると思います」

ミドリシジミの羽化
ミドリシジミの羽化

●工藤さんがお住まいの、メイン・フィールドの青森は冬の期間が長いじゃないですか。となるとチョウの活動期間は短くなっちゃうんですか?

「寿命自体は一個体一個体、そう大きく変わらないと思うんですが、どうしても春から秋までの時間や、夏自体も短くなりますので、いろんな種が同じタイミングで出てくる。で、たくさんの種が短い期間に一気に出てくるような状態になります。春から秋までの期間は、虫が見られる期間自体はちょっと短いですね」

●冬を越すチョウは結構多いんですか?

「日本に生息している都合上、何かしらの形では冬を越さなきゃいけないですね。成虫で冬を越すっていうことであれば、タテハチョウの仲間とか、シロチョウの仲間とかに一部成虫で冬を越す種がいて、そういった種が春早い季節に飛んでいます。あとは蛹とか、卵の殻の中で小っちゃい幼虫が冬を越すとか、卵で冬を越すとか、本当に様々な越冬体を持つものがいます」

同じ種なのに、翅の色を変えるのはなぜ?

※この本を読んで初めて知ったんですけど、季節の移り変わりで、翅(はね)の色を変える種もいるんですね?

「一個体の中で色や形が変わることは基本的にはないんですが、一生が短い生き物なので、春に出たあとの次の世代が夏に出たり、1年の中で多い種だったら5回とかそれ以上とか、発生を繰り返すような種が多々います。そういう中には、寒い季節に出現する時の色や形と、暑い時期に出てくる時の色や形が違っているものが結構います。

 例えば、サカハチチョウっていう小ぶりなタテハチョウの仲間だと、春に出てくるやつは綺麗なオレンジ色ですし、夏に出てくるやつは、ほぼ真っ黒というとちょっと語弊があるんですが、かなり黒く地味なチョウになります」

サカハチチョウ春型
サカハチチョウ春型
サカハチチョウ夏型
サカハチチョウ夏型

●どうしてそういうチョウがいるんですか?

「季節で最適な色や形が違う。周りが枯れ草だらけのシチュエーションと、緑で覆われているシチュエーションで、色が違うのはひとつあると思います。

 あとは、どうしても季節というか、世代によって個体の数というか、チョウの密度が変わってきますので、たくさんいる時はむしろ外敵に襲われにくいように地味な見た目をしているほうが有利だったり、逆に寒くてあまり生き残れないような時は、派手な身なりをして、異性の気を引いたほうがって言ったらいいんですかね・・・モテるような姿をしたほうが有利だったりということがあるんだと思います」

アリを巧みに利用するチョウ

※これも工藤さんの本で知ったんですけど、チョウの幼虫に餌を与えて育てるアリがいるんですね?

「そうですね。クロシジミとか、キマダラルリツバメとか、国内で知られているだけでも、その2種かな・・・アリから直接、口移しで餌を与えられて過ごします。特にキマダラルリツバメは、幼虫の最初から最後まで一貫して、アリから口移しで餌をもらって成虫になるはずです」

キマダラルリツバメ
キマダラルリツバメ
キマダラルリツバメの幼虫に口移しで給餌するハリブトシリアゲアリ
キマダラルリツバメの幼虫に口移しで給餌するハリブトシリアゲアリ

●チョウに尽くすアリっていう姿ですけれども、アリに何かメリットはあるんですか?

「シジミチョウの幼虫が背中に蜜腺と呼ばれるものを持っていまして、その蜜腺から名前の通り甘い蜜のようなものを出すんですよ。で、それをアリは好んで舐めるんです。なので、その蜜をもらえることがアリ側のメリットと言えばメリットです。

 ただ、最近の研究で、必ずしもすべての種でそうなのか調べられているわけじゃないと思いますけど、少なくとも一部のシジミチョウが出しているその蜜は、アリ側からしたら好きであって、舐めている嗜好物質ではあるんだろうけど、舐めることで利益を得ていることになるのかはわからないし、どちらかというと寄生的な関係であるみたいなふうに言われることが多いです」

●なるほど〜。ほかにもアリを手なずけて、アリの巣に潜り込むチョウの幼虫もいるんですね。

「ゴマシジミの仲間は、ほかのクロシジミとか、さっきの口移しで餌をもらうシジミチョウ自体もそうなんですが、小っちゃい頃、別の植物を食べたり、アブラムシの汁を吸ったりして、小っちゃい幼虫時代を過ごして、ある程度まで大きくなったら、アリを呼ぶわけじゃないと思いますけど、うまいことやって、くわえてもらって、アリの巣に運んでもらう。

 で、運んでもらって巣の中に入ったら、あとはしれ〜っと仲間のようなふりをして、ゴマシジミの幼虫だったらアリの幼虫を捕食しますし、さっき言ったクロシジミであれば、仲間のふりをして餌をもらうようなことを続けて育っていきます」

ゴマシジミの幼虫を巣に運ぼうとするシワクシケアリ
ゴマシジミの幼虫を巣に運ぼうとするシワクシケアリ

キラキラ光る、くるくる回る

※工藤さんが撮影している中で、いちばん驚いたチョウの生態はありますか?

「今言ったアリに寄生するシジミチョウの仲間は、特にすごい生態をしているチョウだと思います。それ以外にも、そうですね・・・ゼフィルスって呼ばれる翅が緑色にキラキラ光るミドリシジミの仲間がいるんですけれども、これなんかはそんなキラキラ光る必要があるのかな? って思うくらいキラキラ光る翅を持っています。

アイノミドリシジミの飛翔
アイノミドリシジミの飛翔

 モルフォチョウとか、絵のモチーフになったりする青いチョウが海外にいますが、あれほど大きくはないですけれど、輝きの強さだけなら、それと肉薄するチョウが日本にもいます。

 その仲間は成虫が一時期、限られた時間帯だけに陽の当たる空間に出てきて、1時間ぐらいだけ激しく飛び回って、オスとオスがお互いに追いかけ合った都合上、そうなるのかわかんないですけど、輪っかを描くようにって言ったらいいんですかね・・・くるくると二個体で追いかけ合って回るんです。それなんかを見ていると、なかなか不思議なことをする奴らもいるなと思います」

真っ赤なアカオニシジミ

※工藤さんの本の、12月30日のページに、この日は私の誕生日なんですけど、タイで撮影した「アカオニシジミ」というチョウの写真が載っていました。こんなに赤くてきれいなチョウがいるんですね。

「あれは東南アジアとか海外のチョウをひっくるめて、赤色のチョウの中ではトップクラスに美しい種のひとつじゃないかなと思います」

アカオニシジミ
アカオニシジミ

●南方に生息しているチョウは、びっくりするぐらいカラフルなんですね。

「そうですね。もちろん地味な種もたくさんいるんです。なんていうか昆虫はどうしても寒いところに行くと、種数が少なくなって同じ種がたくさんいて、暖かい地域に行くと、種数が多くなってその一種あたりの数が必ずしも多くないみたいな生き方というか生息をしているんですね。

 暖かい地域に行くと、いかんせん種数が増えるので、その派手さのピラミッドみたいなものが、地味な種がとにかくたくさんいるけど、そのてっぺんにすごく派手なやつが少数だけいて、そいつらがかなり目立つみたいなところがあります。

 例えば、大きくて緑色に光るトリバネアゲハの仲間であるとか、それこそ今言ったアオカオニシジミであるとかが、うわずみ的な存在にあたるのかなというふうに思います」

●日本で見られるチョウとの違いは、どんなところにあるんですか?

「いちばんの違いは、たぶん1年中何かしらいることだと、成虫が飛んでいることだと思います。あとは先ほど言った通り、少し一部派手な種がうわずみ的にいて目立ちますすね。

 どうしても種数が多いので、ひとつの種が活動できる時間とか空間が限られてしまって、同じ場所に、例えば1日朝から晩までいても、30分ごとに違うチョウが現れるみたいな、すごく切迫したタイム・スケジュールの中で、いろんなチョウがひとつの空間に生息しているところが、熱帯とか暖かい地域の特徴かなと思います」

(編集部注:工藤さんは青森に冬がやってくると、海外へ。おもに東南アジアのタイ、ベトナム、マレーシア、台湾などにチョウを追い求めて出かけるそうです)

美しい翅は生き残るための進化

※工藤さんの本を拝見していて、改めて感じたんですが、チョウの翅の色や模様は、個性的で美しくて、まさに芸術ですよね。翅の色や模様を決定づける要因はなんでしょうね?

「チョウはどうしても弱い存在というか、生き物全般からしたら食べられて死ぬことがとても多い生き物だと思うんです。なので、そのチョウの色とか模様は捕食者に対する警戒というか・・・例えば、毒を持っているほかの虫に擬態するためのものであったりだとか、あるいは身を隠すためのものであったりすることが多いと思います。

 あとは自分の配偶の相手を探すための標識的な模様であったりするとは思いますね。そういったところで自分の翅を綺麗に着飾ったり、あるいは地味に周りにとけ込むような斑紋を持つことで、うまく生き残るために進化した結果なんじゃないかなとは思います」

●では最後に、工藤さんにとってチョウの魅力とは?

「そうですね・・・昆虫の中ではチョウは、すごく大きい虫だと思うんです。シジミチョウは、チョウの中ではすごく小さい体のサイズのグループですけど、それでもちっちゃいもので1センチぐらいはある。でもほかの甲虫とかだと1センチだったら結構な巨大種なんですよ。なので、人の目で見て扱いやすいというか、分かりやすい体の大きさを持った分類群っていうのがまずひとつ魅力だと思います。

 あとは色とか模様が鮮やかで目を引くことと、それからこれは体が大きくて観察しやすいっていうところにもちょっとつながる部分があるんですけど、昼活動するので、自分の目でそのチョウが実際に生きて活動しているところを見ることができるっていうのが魅力かなと思います。

 例えば、蛾も僕は好きなんですけれども、蛾は夜何しているか実は知ることが難しくて、花に行って蜜を吸ったりする種もいるはずなんですが、ライトを当ててしまったらどうしても驚かれて、行動が変わってしまいます。自然な形で観察がなかなかできないというところがあるんです。

 ただその点、チョウだったら、青空の下で花の蜜を吸ったりとか、交尾相手を探したりとかしますので、気軽にそういう姿を見ることができるのが魅力かなと思います」

夜に蛾を採集するために待つ工藤さん
夜に蛾を採集するために待つ工藤さん

(編集部注:工藤さんの撮影のメインフィールド、青森の野山でチョウが去年より少なくなっていると感じることはよくあるそうですが、多くなったり少なくなったりする「ゆらぎ」なのか、当たり外れなのかはわからないそうです。ただし、外れ年と思っていたら、いっこうに戻らない、復活しない。この十数年、そんな流れになっているとのこと。気候や環境の変化が蝶々にも影響を与えているのか・・・気になりますね。

 また、今後撮りたいチョウについては、インドネシアやパプアニューギニアなどに生息している「トリバネアゲハ」を撮りたいとおっしゃっていました。てのひらサイズの大きなチョウで、翅の色も個性的で美しいので興味のあるかたは、ぜひネットで調べてみてください)


INFORMATION

『チョウごよみ365日』

『チョウごよみ365日』

 工藤さんの新しい本をぜひご覧ください。四季折々のフィールドで出会うチョウの写真を日めくり感覚で楽しめて、美しい写真に添えてある文章にチョウへの思いを感じますよ。ページをめくるごとに、季節が進んでいく感覚も味わえます。「寝ても覚めても チョウに夢虫」な工藤さんの本、おすすめです! 誠文堂新光社から絶賛発売中! 詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎誠文堂新光社 :https://www.seibundo-shinkosha.net/book/science/85779/

「森里海連環学」〜目に見えない「つながり」を紡ぎなおす。次世代の幸せのために

2024/5/26 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、京都大学名誉教授の「田中 克(たなか・まさる)」さんです。

 田中先生は1943年、滋賀県大津市生まれ。京都大学大学院と水産庁の水産研究所で、おもに日本海のヒラメやマダイ、有明海のスズキなど、稚魚の研究に40年以上、取り組んでこられたそうです。

 そして、2003年4月に設立された「京都大学フィールド科学教育研究センター」の初代センター長に就任。ご自身の研究などから、森と海の関係性に着目し、「森里海連環学(もりさとうみ・れんかんがく)」を提唱。

 現在も「森里海を結ぶフォーラム」や「“宝の海”の再生を考える市民連絡会」などで、精力的に活動されています。また「森は海の恋人」運動で知られる気仙沼の漁師さん「畠山重篤(はたけやま・しげあつ)」さんとは、活動をともにする同志的な関係でもいらっしゃいます。

 きょうは、そんな田中先生に「森里海連環学」がどんな学問なのか、改めて解説していただくほか、有明海の再生を願う市民運動のシンボルにニホンウナギを掲げ、
「サステナブル・ウナギ ・ゴールズ」SUGsを提唱されているということで、そんなお話もうかがっていきます。

☆写真協力:田中 克

田中 克さん

「森里海連環学」は『里』が肝心

※2003年から提唱されている「森里海連環学」とはどんな学問なのか、改めて教えていただけますか。

「ちょっと堅苦しい名前なんですが、基本的には森と海とは不可分につながっている。ところがその間の里は人の生活集団みたいなもんですから、その里の、都会も含めた人々の営みと、広くとっていただくと、その営みが海にも森にも少なからぬ影響を与えて、海と森の間の、命の最も大事な源である水の循環を壊してきていると。それが地球環境問題の根源のひとつで、それをもとのまっとうな形に直したいという思いの学問なんですね。

 今までの学問というのは、客観的な事実を明らかにして論文にすれば、事が足りたと。でもここまで地球環境問題が深刻になってくると、研究者の役割もそこでストップするんじゃなくて、得られた科学的データを基にして、森とのつながり、自然の再生、それを壊してきた社会の仕組みの再生も含め、まっとうな方向まで戻す提案までできる学問になればということがひとつの思いですね。

 それからもうひとつは、森は森、海は海、その間の里や、あるいは森と海をつなぐ川、それぞれ個別にこれまで研究も教育もされてきた。でもそれらは一体につながっていることがだんだん明らかになって、そういう個別細分化された学問じゃなくて、バラバラになった専門分野をもう一度つなげ直して、もうちょっと大きな視野で物を見て、物事が多様につながりながら地球が動いている、そういうメッセージを発したいという思いの学問になります」

●森と里と海は、川でつながっている。そのつながりを強く意識するようになったのは、何かきっかけがあったんですか?

「私は、もとは京都大学の農学部に在籍をしていたんですが、農学部はある面では総合学問領域で、森を研究する部門もあれば、海を研究する部門もあるし、里に関わる部門もあるし、川に関わる部門もある。でもそれぞれ10個ぐらいの学科で、森は森の林学科、海は海の水産学科・・・一切の交流がなかったんですね。

 たとえば(農学部は)京都府にありましたから、京都府のいちばん代表的な森というのは、由良川という京都でいちばん大きな川の上流域に、森の研究や教育をする演習林、芦生研究林っていうのがあるんですね。そこから由良川が140キロぐらい流れて、若狭湾の河口近くに海の研究をする水産実験所がある。

 同じ農学部であるのに何十年も一切、教育研究でつながりがなかったというのを、これはちょっとおかしいよっていうので、まずは森の教育研究施設と海の教育研究施設がもう一度、川を介してつながっているんだから、一緒にいろいろ進めましょうというのが思いのひとつにあります。

 確かに森と海は川がつなぐんですが、最近の研究では見えない川があるんです。見えない川というのは地下水で、目に見えないつながりがある。ともすれば、見える川だけに注目しますけれども、地下水も含めて、本来は森と海を水がつなぐという意味では、森川海連環学でいいんですが、 そうではなくて、川の流域に住む私たちの暮らしのあり様、産業のあり様をもういっぺんちゃんと問い直すという意味で、間を『里』にしたんですね。そこが味噌になります」

「森は海の恋人」運動、畠山さんとは同志

※以前、この番組に「森は海の恋人」運動で知られる気仙沼の漁師さん「畠山重篤(はたけやま・しげあつ)」さんにも何度かご出演いただいています。畠山さんは牡蠣などの魚介類が育つには、川が運ぶ森の養分が欠かせないことに、いち早く気づき、気仙沼の海に注ぐ川の上流に、木を植える運動を長年続けていらっしゃいます。

 田中先生は、畠山さんの活動に影響を受けた、そんなこともありますか?

「はい、結果的にはものすごく影響は受けているんです。畠山さんたちの、気仙沼の牡蠣やワカメの養殖漁師さんたちは、海が汚れてきて、それは自分たちが海を汚したわけではなくて、川の流域だとか森の荒廃だとか、そこに感覚的に気づかれたんです。それで漁師が山に登って木を植えようと。それが始まったのが1989年なんですね。それから2003年に京都大学に森里海連環学が生まれて、それまでは基本的には一切つながりがなかったんです。

 私たち研究者が頭をひねって、これからこういう学問が大事だっていう思いを深めたら、既に現場の漁師さんたちは、そんなことは当たり前だと言って、行動に移されて10数年続けていた・・・。それでこれからは社会運動としての『森は海の恋人』運動と、それを支えながら協同する森から海までのつながりの学問、森里海連環学が、その後は一緒にお互いに助け合いながら動いてきた。ですから『森は海の恋人』のほうが先輩ですし、いろんな影響を受けております」

写真協力:田中 克

●では畠山さんとは、志を共にする同志のような関係なんですね。

「そうですね。(畠山さんとは)生まれも1943年で同い年ですし、それから私も、もともとは海の出身で、畠山さんたちは代表的な生き物として牡蠣を指標にして、牡蠣がまっとうに育つためには、森からの栄養分や微量元素が必要だということで、私は魚の研究でしたけれども、魚の子供たちが海辺の水際で育つのも全く一緒の原理だということで、思いはひとつですし、同い年だし、志が一緒ですから、むしろ私のほうが教えられながら一緒に歩んできているというのが現実ですね」

(編集部注:田中先生は、2011年3月11日の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた気仙沼の、牡蠣やホタテなどの養殖業を1日でも早く復活させるために、全国の研究者に呼びかけたそうです。そして2011年4月に予備調査を行ない、5月には全国から手弁当で研究者が集まったということです。

 畠山さんからは、牡蠣やホタテなどの養殖に欠かせない、植物プランクトンが回復しているかを調べてほしい、そんな要望があり調べたところ、予想以上の回復が確認され、養殖業再開への希望の明かりが灯ったとのこと。この調査は現在も続けられているそうですよ。

 実は田中先生は、気仙沼の舞根湾(もうねわん)に2014年に設立された「舞根 森里海研究所」の所長でもいらっしゃいます。この研究所は、漁師さんが漁網などの道具を保管する小屋「番屋」を復活させる、日本財団の「番屋」の復興プロジェクトの一環として作られ、現在も研究者や学生さんの活動の拠点として大きな役目を果たしているそうです)

牡蠣の養殖筏が蘇った舞根湾
牡蠣の養殖筏が蘇った舞根湾

ニホンウナギのブックレット

※田中先生の活動はさらに加速し、2021年10月には「森里海を結ぶフォーラム」を発足。これは森の養分が海の養殖業を支えている仕組みは気仙沼に限らず、全国の主要な河川とその流域でも同じなので、森の人、海の人が一堂に介して相談や情報交換ができる場を作ろうということで、年に一回、フォーラムを開催。また、広場という名目で、隔月でオンラインでも開催しているそうです。

 そんな田中先生は現在、「森里海連環学」を象徴する生き物といえるニホンウナギをテーマにしたブックレットを制作されています。企画と編集は田中先生なんですか?

「そうですね。一応、呼び掛け人的な役割をさせていただきながら(進めています)。ウナギというのはご存知のように、南の遠い海で生まれて、半年かけて日本にやってきて、川の入り口や汽水域や、場合によっては川の上流で、要するに森の中で育って、今度は子孫を残すためにふるさとに帰っていく・・・。どんなふうにして日本にやってきて、どんなふうにして向こうに帰るかっていうのはいまだに謎で、とっても面白い生き物だと。地球のことを我々人間よりもずっと長い年月をかけて、よく知っていると。

 そういう大先輩を絶滅危惧種にしてしまった人間が彼らに謝って、彼らの賢さをもう一度学びながら、まっとうな自然や社会に再生したいと。そんなことで、ウナギはきっと迷惑でしょうね。そんな位置付けにされるのは、ほっといてくれって言われそうですけども・・・(笑)。

 私たちに続く未来の世代がもうちょっと自然を楽しみながら、自然と共存できる、共生できる暮らしをするためには、最も身近な絶滅危惧種のウナギの、彼らが発信しているメッセージを聞き取って、そしてウナギと私たちが共に確かな未来を開こうよと、そういうことをまとめた本なんです。

 (執筆者が)28名にもなると、いろんなかたがおられて、なかなか思うようには原稿が集まらないという・・・(笑)、でもほぼ集まりましたので、今年の土用の丑の日までにはウナギの声としての、いちばん端的には、野生の生き物ウナギにも、こんなに厳しい環境に追い込まれた彼らにも、裁判所に訴えて裁判ができるという、『自然の権利』と言って、今世界中でもそういうことが認知されているんです。

 日本ではまだまだ認知度が低くて・・・ですからウナギ読本、ウナギ・ブックレットは、ウナギにもちゃんと自然をまっとうにしたいということを願う、訴訟する権利があるんですよって、そんな本なんです」

●その本は一般のかたでも入手可能なんですか?

「むしろ一般のみなさんにぜひ! 特に小学校高学年から中高生ぐらいの、これからの時代を担う人に、自然と共生するということの意味だとか、そういうことを世界に発信できる、そういう日本にしていきたいというので、むしろ若い世代の人に読んでもらいたいという本ですね」

「サステナブル ・ウナギ・ゴールズ」=SUGs

※去年の夏に長崎県諫早市で、「“宝の海”の再生を考える市民連絡会」という市民団体が発足したという記事がありました。この運動のシンボルが、ニホンウナギになっていますが、この市民連絡会の代表も田中先生なんですか?

「そうですね。これまで有明海、”宝の海”というのは本当に豊かな海だったんですね。貝も魚もエビもいろんなものがたくさん獲れて、獲っても獲っても獲り尽くせないぐらい豊かな海だったのが、いろんな問題が重なって、そういうものはだんだん獲れなくなってきた。

生物多様性の宝庫から海苔養殖の畑になってしまった有明海湾奥部
生物多様性の宝庫から海苔養殖の畑になってしまった有明海湾奥部

 獲れなくなっただけじゃなくて、日本では有明海だけにしかいない魚介類が、これは中国大陸の沿岸に起源を持つ、氷河期の遺産的なすごく面白い生き物がたくさんいる。要するに生物多様性の宝庫なんですね。その生物多様性の宝庫で、漁業者にとっても暮らしが成り立つし、地域の経済も回る。そういう海が残念なことにこの半世紀の間にどんどんおかしくなって、今では”瀕死の海”と言われるぐらいになってしまった。

 これまでは、そういうことに関心を持った地元のみなさんが、本当に頑張って再生を願っておられたんですが、裁判に訴えてもなかなか認められない。ですから、もう地元のみなさんだけの話ではなくて、この国が多かれ少なかれ関わった、そういう水際を大事にしてこなかったツケとして、今まで関わった人たちだけじゃなくて、もっと広くみなさんにというので、今進めつつあるということですね」

●目指しているのがSDGsならぬSUGs「サステナブル・ウナギ・ゴールズ」と記事に書いてありました。これにはどんな思いが込められているんですか?

「ひとつは有明海全体の、いちばん上に筑後川が流れて、その河口が柳川市なんですね。柳川市は堀割が巡らされて、そこにはいっぱい昔はウナギがいたと。今もウナギのせいろ蒸しで、すごく有名な場所なんですね。
 有明海の、筑後川から流れた砂や水が最後に半時計回りに流れてたどり着くのが諫早湾で、諫早湾の湾奥には本明川という川があって、牡蠣とウナギがたくさん獲れて、そこもウナギがすごく大事な場所なんです。

 でも堤防を作ったりすると、なかなかウナギが来なくなったというので、有明海の森とのつながりの、命の循環を考える上でウナギがいちばんわかりやすいし、しかも人間が絶滅危惧種にしてしまった彼らと共に生きることが、人間にとってもすごく大事ですよっていうので、SDGsのDはディベロップメントですよね。
 これはやっぱり人間中心の人間のためのディベロップメント・・・そうじゃなくて、自然とともに共生するためには、野生の生き物の知恵を借りて物事を考えていくのが大事だというので、これまたウナギに無断でSUGsにしてしまったということです(笑)」

柳川の掘割で再捕獲されたウナギの稚魚
柳川の掘割で再捕獲されたウナギの稚魚

(編集部注:「“宝の海”の再生を考える市民連絡会」には共同代表として、元テレビキャスターの野中ともよさんや、ファッション・モデルのNOMA(ノーマ)さんも名を連ねているそうですよ)

シーカヤックで海遍路

※田中先生は70歳を前にシーカヤックを始め、高知大学の名誉教授「山岡耕作(やまおか・こうさく)」さんたちが2011年にスタートした、四国お遍路の海版「海遍路」に2年目から参加。東北、九州、三浦半島、山陰など、日本の漁村をめぐる旅を、いまもこんな感じで続けているそうですよ。

「年に1週間から10日間ぐらいですけれども、数人のグループ、カヤック2艘ぐらいで、すべての生活機材を積んで、たどり着いた漁村で泊まって自炊をしながら粗食に耐えていると、漁師さんがもの言わず“これ食べろ”って魚をくれる。そうすると自然な対話ができるんですね。もういっぺん、海からものを考えようという旅になっています」

●シーカヤックの魅力ってどんなところにあると思いますか?

「漁師の人から見れば、すぐにひっくり返ってしまうように見えるんですけど、意外に安定性もある。まずは自分の力で漕がないと目的地に行けない。でも頑張れば目的地にも行ける、そんなところですね。

 要するに現代社会が失ってしまった、何かみんなレールの上に乗せられて、自分が行きたいとこじゃないところに連れていかれるようなこととは違う。その代わり危険なことも体感しながら、逆に新しい出会いがある、そんないろんな魅力がいっぱい! とても面白いですね。

 もともと日本人がどこから来たかというのも、大陸説もあるし海洋説もあるし、かつての我々の大先輩もあんなボートの原型みたいなので、暮らしを切り開いてきたのかもしれない。
 そんなことも思うというのと、もうひとつは、一般の船よりはお尻が水の中に入るぐらいの位置ですから、目線が言ってみればアメンボ目線みたいに・・・ですから本当に海の生き物たちと同じ目線でものが見られるというのも特徴かもしれませんね」

写真協力:田中 克

「つながり」をもう一度大事に

※「森里海連環学」を提唱されて20年以上が過ぎました。いまどんな思いがありますか?

「私自身は提唱して4年で現役を退職して、森里海のやっぱり”里”が鍵だと、我々自身の振る舞いですね。ですから、それを畠山さんたちと一緒に現場で取り組んできた。そういうのと、現役の京大フィールド研の研究者のみなさんは研究教育の分野、それが今、両方がかさ上げしながら少しレベルアップして、幸いなことに畠山さんのお力がすごく大きいと思いますが、テレビや新聞とかいろんなニュースにも森と海のつながりが、比較的当たり前のように出始めたというので、それは非常に喜ばしいんです。でも、それで私たちの行動がどう変わるかというのが次のステップで、それをもうちょっと頑張ってやれればという思いでいます」

●では最後に、リスナーのみなさんに特に伝えておきたいことなどがありましたら、お聞かせください。

「いろんなことが本当はつながっている。ところが目先の暮らしの利便性だとか直近の経済の成長とか、どうもそちら側に舵が切られすぎて、この世に自分たちが生まれてきてよかった! っていうような思いが、なかなか実感できない世の中です。

 それは目に見えない、さっきの川じゃないですけれど、地下水が大事な役を果たしているように、縁の下の力持ち的な、目に見えないつながりをもう一度丹念に紡ぎなおす。そして同時に次の世代が幸せになるにはどうしたらいいかっていうのをいちばんに、物事を考えられるようになり行動できれば、地球ももうちょっとよくなるし、日本社会もよくなるんではないか・・・。ですから、いろんなことがつながっていることをもう一度大事にしましょうよ! というのが、いちばんの思いですね」

有明海の干潟は子供たちの遊び場、そして学びの場だった
有明海の干潟は子供たちの遊び場、そして学びの場だった

INFORMATION

 ぜひ田中先生の活動にご注目ください。先生が代表を務める「森里海を結ぶフォーラム」や「“宝の海”の再生を考える市民連絡会」、そして畠山さんの「森は海の恋人」運動のサイトを定期的にチェックしていただければと思います。

◎森里海を結ぶフォーラム :
 https://morisatoumi-forum.studio.site

https://www.facebook.com/p/森里海を結ぶフォーラム-100064565959236/?paipv=0&eav=AfaPsVz7ydw78viDeAirknQr9frCd1f2l1flCfgpgz2XhNe6aa4WOyf22Bhnk7v0HU8&_rdr

◎“宝の海”の再生を考える市民連絡会 :http://www.einap.org/jec/subcategory/projects/49

◎森は海の恋人 :https://mori-umi.org

 今年の「土用の丑の日」に出す予定で進めていらっしゃるニホンウナギのブックレット、発売日や入手方法については、分かり次第、この番組または番組ホームページでもお知らせします。

ブラックホールとは!? 宇宙人はいる!? 暗黒物質はありがたい!? 〜宇宙は謎だらけ! だから面白い!

2024/5/19 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、ブラックホール研究の第一人者、「国立天文台 水沢VLBI観測所」の所長「本間希樹(ほんま・まれき)」さんです。

 本間さんは1971年、アメリカ・テキサス州生まれ、神奈川県育ち。東京大学大学院から国立天文台の研究員などを経て、2015年より、現職。そして国際的なプロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」の日本チームの代表としても活躍されています。

 そして、そのEHTプロジェクトの大きな成果として2019年4月に世界で初めて、ブラックホールの画像を公開し、大変話題になりました。その時も取材が殺到する中、お電話でこの番組にご出演いただき、お話をうかがっています

 きょうは、そんな本間さんが出された新しい本『深すぎてヤバい 宇宙の図鑑〜宇宙のふしぎ、おもしろすぎて眠れない!』をもとにブラックホールや天の川の謎、そして果たして宇宙人はいるのかなど、宇宙や天文の、不思議や疑問をわかりやすく解説していただきます。

☆写真協力:講談社

本間希樹さん

宇宙でいちばん変な天体!?

※本間さんに、宇宙や天体の不思議や謎をうかがう前に本間さんが所長を務める「国立天文台 水沢VLBI観測所」について、少し説明しておきましょう。

 岩手県奥州市にある、この観測所は120年以上前に設立され、その後、国立天文台の一施設となったそうです。観測所の名前にある「VLBI」とは、電波望遠鏡を使って、特殊な観測をする方法や技術を表わす専門用語。宇宙から来る電波を、岩手のほか、鹿児島や小笠原の父島、沖縄の石垣島などにもある観測所の電波望遠鏡がとらえ、総合的に分析するそうです。

 本間さんいわく、複数の観測所を組み合わせることで「視力」があがり、遠くの小さな天体が見えるようになるそうです。このVLBIはもちろん、ブラックホールの研究にも使われています。

 それではまず、本間さんのご専門ブラックホールとは、いったいどんな天体なのか、改めて教えていただけますか。

「ブラックホールは本当に謎めいた天体です。宇宙でいちばん変な天体だと言って間違いないんじゃないかと思うんですけど、とにかく重力が強いんですね。重力が強いからこそ、なんでもかんでも吸い込んでしまって、二度と吐き出すことがない。光が入っても出てこないし、物が入っても二度と出てこない。何も出てこないってことは真っ暗になるっていうことですよね。ブラックホールは英語で”黒い穴”という意味ですけど、まさに真っ黒な球体のような、なかなか難しい天体で、本当に宇宙でいちばん変な天体です」

●どんなものでも飲み込んでしまうんですね?

「どんなものでも吸い込んでしまいますね。で、入ったものは絶対出てこない。ほんとに不思議な天体ですね」

●画像として公開されたブラックホールはどこにあって、どれくらいの大きさだったんですか?

「いちばん最初に撮ったブラックホールは天体でいうとM87っていう、銀河の真ん中にあったブラックホールなんですね。M87をいちばんわかりやすくいうと、ウルトラマンの故郷だって言えば、たぶんいちばん馴染みがあるんじゃないかと思うんですけど、太陽みたいな星が1兆個ぐらい集まったような、とんでもなく大きな天体なんですね。その真ん中に巨大なブラックホールがひとつあって、それを世界中が協力したVLBIで 、むちゃくちゃ視力を上げてみたらブラックホールが見えた! それが2019年の発表ですね」

●どういう感じだったんですか?

「ドーナツみたいな写真を見ていただいたと思うんですけど、穴が開いている状態ですよね。真ん中は真っ暗になっているんですけど、その真ん中の黒い部分、ドーナツの穴の部分がブラックホールの影なんです。だから、なんでもかんでも吸い込んでしまう。天体だからそれ自身の写真を撮ることは、実は不可能なんですね。でも周りに光とか電波が漂っているのを背景にして、影として映し出したのがこのドーナツの写真なんです」

(編集部注:2019年4月に、世界で初めて公開したブラックホールの画像は本間さんが日本チームの代表を務める国際プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」が成し遂げた、天文学の歴史に残る大きな成果なんです。

 このプロジェクトには世界20カ国以上から、同じ夢を持った300人を超える研究者が集い、世界中の複数の電波望遠鏡を結合させて、地球を巨大な電波望遠鏡にするという、まさに地球規模の活動を行なっています)

写真協力:講談社

ブラックホールを画像から動画へ

※現在、この「イベント・ホライズン・テレスコープ」では、どんなことに挑んでいるのでしょうか?

「ブラックホールは今まで写真が2枚撮られているんですね。M87と、もうひとつは私たちの天の川の、巨大ブラックホール『射手座Aスター』って呼ばれている天体なんですけど、そのふたつが静止画として撮られている状況なんです。
 実は3つ目はないんです。地球と同じ大きさの電波望遠鏡を合成して、今見えそうなブラックホールはその2個しかないので、3つ目をやるっていう方向ではなくて、次は動きを見たいと、そういうことを考えていますね。

 というのは、ブラックホールはなんでもかんでも吸い込む。だからガスがぐるぐる回りながら落ちていく。光もぐるぐる巻きつきながら吸い込まれていく。一方で完全に吸い込みきれなかったものが、一部『ジェット』っていうもので外に飛んでいくんですね。水鉄砲の水がシューって飛ぶような、あんなイメージを持っていただくといいんですけど・・・。

 ということで、動きが非常に激しいはずなんですよ。なので、動きを見たいので、そうすると1枚の写真ではダメで、そのデータを積み重ねて何年もやって、あと解析も工夫すると、今度はガスの動きとかそういうものが見えてくるんじゃないかなっていうふうに期待しています」

●静止画だけでもすごく大変なことだったと思うんですけど、それで今度は動きとなると、またもっともっと大変なことになるんですよね・・・?

「大変ですよね。動画といってもみなさんが期待しているような、本当に綺麗な動画になるのは何年かかるかわからない。最初はコマ撮りで1コマ2コマ3コマって、ちょっと動いたかなっていうのが見えるかぐらいのところが当面目指していることですね」

●うわ~、でも動きで見られたらすごいですね!

「はい、それでちょうど、今年の1月に発表した成果として、2コマ目の写真が撮れたっていう・・・M87を2017年に観測した画像と、2018年に観測した画像、ようやく2枚目があって比べることができて・・・そうするとやっぱり1年でほんの少しだけ明るい場所が動いているんですね。これを見るとやっぱり動画にしたほうがいいよなっていうのが明らかになったので、あとは着実に頑張って続けていきたいなって、そんなふうに思っています」

●いや〜、なんか夢が広がりますね!

「子供の頃、教科書の端っこにパラパラ漫画とか描いたと思うんですけど、ようやく2個目が書き終わった、そんな状態ですね」

重力のない宇宙は、誰もいない宇宙!?

※ここからは、本間さんの新しい本『深すぎてヤバい 宇宙の図鑑〜宇宙のふしぎ、おもしろすぎて眠れない!』をもとにお話をうかがっていきます。

 138億年前に誕生したとされる宇宙は謎だらけで、そんな宇宙の不思議を、一般のかたにわかりやすく解説してあるのが、本間さんの本です。まずはこんな話題から。

 本に「宇宙でいちばん大事な力は重力」と書いてありました。これはどういうことなんですか?

「重力がないと天体が存在しないんですね。天体はすべて重力で引っ張られて一箇所に固まっていますから、重力がない宇宙はまず銀河ができません。それから銀河の中で星ができません。だから太陽もできない。地球も重力で一箇所にまとまって球体になっているので、重力がなければ地球もできないということで、重力のない宇宙は誰もいない宇宙ですね。本当に何も存在できない世界なので、それはやっぱり困りますよね」

●とっても大事な力なんですね!

「だから重力が・・・普段はどっちかっていうと、たとえば階段を上がって疲れるとか、ああいうのは全部重力のせいで疲れちゃうわけですけど、重力に逆らって上がるので・・・。だから普段は厄介な存在だなって、みなさんは思うかもしれないですけど、重力がないと僕らは存在しないですね」

写真協力:講談社

●そうなんですね。天の川は本当に流れているというふうに、これも本に書かれてありましたけれども、どういうことなんですか?

「天の川、ご覧になったことはあります? 」

●いや〜ないですね〜。

「千葉だとこの辺は明るいから、なかなか見えないかもしれないですね。もっと暗いところに行って、月がない夜に夜空を見上げて、空のある部分が白くなっているんですけど、それは薄っぺらい、回転している銀河の中から見ているものなんです。

 どう言えばいいかな・・・どら焼きと言ったら、ちょっと極端なんですけど(笑)、ああいう平べったいものを想像していただいて、それを横から見ているようなイメージですね。天の川も含めて銀河は回転していますので、ある特定の方向に星が動いているんですね。

 もちろん僕たちの目では、それを見ることはできないんですけど、電波望遠鏡とか、先ほどのVLBIを使うと、たとえばきょうの星の位置と明日の星の位置は違って見えるので、みんなが天の川の向きに沿って、ある方向に動いていくんですね。

 だから、そういう意味でいうと、流れているんですけれど、望遠鏡で見ないとわからないですね。でも昔の人は天の川を、本当に”川”という文字を当ててるぐらいですから、やっぱり流れを想像しながら見ていたと思うんです。人間の想像力ってけっこう当たっているので、すごいなと思いますよね」

●この本には「ダークマター」という言葉もありました。日本語にすると「暗黒物質」ということで、映画『スターウォーズ』の世界だなって感じたんですけど・・・。

「そうですね。暗黒って出てくると、ちょっと悪いやつに見えちゃうんですけど(笑)、英語でいうと『ダークマター』ですけど、これも天文学あるいは宇宙にまつわる最大の謎のひとつですね。

 どういうことかっていうと、これは『見えない質量』。さきほど天の川の話をしましたけど、天の川はまず見上げると星が光って、白く光ったのは星で、その星の重さを全部足し上げたのと、天の川全体の重さを測ったのを比べると、星だけじゃ全然足りないんですね。どこかに見えない奴らがたくさんいるはずだっていうことで、その見えないもののほうが実は見えている星の重さよりずっと重いんです。

 その見えない質量のことを暗黒物質、あるいはダークマターで、もう100年近くあるということはわかっているんですけど、みんなそれがなんだろう? って知りたいと思っているんですが、これはまだ決着がついていないんですね」

●もう謎だらけですね〜。

「謎だらけですね! さきほど悪役みたいにおっしゃったんですけど、実はダークマターはすごくありがたい存在で、もし宇宙にダークマターが存在しなかったとすると、その宇宙にはやっぱり重力が足りないので 、星も銀河もできないですね。だから、なんだかよくわからない。しかも名前からするとちょっと悪役に見える暗黒物質、ダークマターですけど、これは宇宙に天体が誕生して、最終的には人類が誕生した最大の立役者のひとつ、そんなふうに言っていいんじゃないかと思いますね」

宇宙人はいる? いない?

※ズバリ、お聞きします。宇宙人はいると思いますか?

「はい、これもみなさん気になりますよね!」

●気になります!

「これは僕の個人的な見解ですけど、必ずいるでしょうね」

●必ずいる! その理由は?

「宇宙人が存在するっていうことは、もうこの地球で証明されているんです。僕らは宇宙人なんですよ。宇宙人の一種ですね」

●私たちも宇宙人・・・!?

「宇宙人の一種なので・・・だから宇宙では、ある条件が満たされれば・・・地球の場合ですけど、地球のように適度な温度があって、適度な環境があれば生命が誕生し、それが進化して少なくとも地球人レベルの文明を持ったわけですね。これはもう間違いない事実としてあるので、あとはそれが本当に地球だけなんですか? ほかでも起きるんですか? っていう確率の話になるわけですね。

 宇宙にはどれぐらい星があるかって考えると、天の川の話、私たちが住んでいる銀河でも、少なくとも太陽みたいな星が2000億個あると・・・。その周りに惑星もいっぱい見つかっているので、地球にしか生命がいないって考えるのはやっぱり変かなと・・・。しかも天の川の外に出ると今度はその天の川みたいな銀河が無数に、あと数千億とか、見える範囲だけでありますので、そこまで数えたら必ずどっかにいると・・・。

 問題は彼らに会えるかどうかですよね。それは別ですね。UFOに乗ってここに来ているかって言われれば、まあ来てないだろなと・・・(笑)」

写真協力:講談社

●なるほど! 宇宙開発がどんどん進んで地球以外の星に住めるようになったら、本間さんはどの星で暮らしたいですか?

「それもはっきりしていて、やっぱり地球ですね!」

●そうなんですね! どうしてですか?

「もちろん宇宙人が住んでいる星とか、生命がいる星はあると思うんですけど、たぶん地球人にとってはあまり住み心地がよくないんじゃないかと・・・。たとえば暑すぎたり寒すぎたり、あるいは全然違うシステムの生命がいたりして、やっぱり地球は僕らにとって素晴らしい環境であるのは、宇宙をくまなく見渡して探したとしてもこれほど住みやすい、僕らにとって住みやすいふるさとはないと思います」

●そうですね。地球がいちばん!

「(ほかの星でも)ちょっとどういうところか行ってみたり、様子をうかがってみたいなとは思いますけど、やっぱり自分の星がいちばん、それはもう間違いないと思いますね」

宇宙人、大発見!?

※本間さんがいま取り組んでいる研究はなんですか? やはりブラックホールでしょうか?

「そうですね。ブラックホールはもちろん! 一方で質問をいただいた宇宙人、これも科学としてやっぱり真面目にやりたいということで、宇宙人が何らかの理由で電波を出して、たとえば放送でラジオかテレビをやっていれば、電波が出てきますし、あるいはもっと積極的に地球人に気がついて、電波を送ってくれているかもしれないですよね、コンタクトを取ろうとして・・・。

 そういうものをキャッチすることが、宇宙人を見つけるいちばんの近道だというのが今、天文学者の間で言われています。そうすると電波望遠鏡でいろんな星を順番に探していく、そういうことをやる。僕ら観測所でも試験的にですけど、そういう観測を始めていますので、こればっかりはいつ見つかるかは全くわからないんです。宝くじを買うような部分もあるんですが、ぜひ宇宙人がいるかっていうことを研究としてさらに発展させたいなと・・・」

●ぜひ解き明かしていただきたいです!

「見つかったら見つかったで、もちろん大発見だし、見つかんなかったら見つかんなかったで、地球っていうのはやっぱり本当に貴重なんだっていうことがわかるので、たぶんどっちに転んでも地球人にとっては非常に意味のあることだと思いますね」
 
●なるほど・・・。本間さんが好きな星空で、この季節とかあるんですか?

「僕は天の川に関わる研究をずっとしてきたので、やっぱり天の川という天体、星空の一部ですけど、それが好きですね。天の川って非常に大きいので、何座とかそういう星座では言えないんですけど、暗いところに行って、たとえば私は仕事で沖縄の石垣島に行きますけど、そこで見る天の川が本当に素晴らしいです。何度見ても心が洗われるというか、素晴らしいですね。

 みなさんもちょっと暗いところ、街明かりから離れた場所に行くチャンスがあったら、ぜひ天の川を見てほしいですね。夏のほうが見やすいので、これから夏にかけて非常にいいシーズンになりますから」

●天文学を志す学生さんですとか、宇宙に携わる仕事がしたいと思っているかたに、ぜひアドバイスをお願いいたします。

「宇宙に関わる仕事をするときに、宇宙に対する思い、情熱だったり、あるいは愛情って言ったらちょっと変かもしれないですけど、やっぱり宇宙が好きで、その謎を解き明かしたり、あるいは宇宙に関わる何かを自分で開発したいってその思いですよね。
 最後はそれが決めるので、若い人に宇宙を目指したいんだったら、宇宙に対する熱い思いをまず磨いてほしい。いろんなことに興味を持ったり、やっぱりそれが大事だと思います。ぜひ宇宙に対する思い、憧れ、そういうものを毎日、少しずつ育ててほしいなって、そんなふうに思います」


INFORMATION

『深すぎてヤバい 宇宙の図鑑〜宇宙のふしぎ、おもしろすぎて眠れない!』

『深すぎてヤバい 宇宙の図鑑〜宇宙のふしぎ、おもしろすぎて眠れない!』

 この本では宇宙と生命、太陽系、星と銀河などに関する不思議や謎がわかりやすく解説。好奇心をくすぐられる見出しとともに、写真やイラストを豊富に掲載。見開き2ページで完結するので、とても読みやすいし、興味のあるところから読めますよ。漢字にはふりがながふってあるので、お子さんにもおすすめです。
 講談社から絶賛発売中! 詳しくは出版社のオフィシャルサイトをご覧ください。

◎講談社 :https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000379061

 本間さんが所長を務める「国立天文台 水沢VLBI観測所」のサイトも見てください。

◎国立天文台 水沢VLBI観測所 :https://www.miz.nao.ac.jp

自作の水中ロボットを持って南極へ。工学博士、奮闘す!

2024/5/12 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東京海洋大学の助教「後藤慎平(ごとう・しんぺい)」さんです。

 後藤さんは、ひょんなことから、南極調査用の水中ロボットを作ることになってしまい、そんなつもりはまったくなかったのに、南極地域観測隊の隊員として、憧れの「しらせ」に乗って、南極へ行ってしまった工学博士。

 1983年、大阪生まれ。筑波大学大学院から民間企業、そして海洋研究開発機構JAMSTECを経て、現職の東京海洋大学・助教として活躍。専門は深海探査機の開発と運用。

 2017年から2018年には南極地域観測隊、いわゆる夏隊の隊員として、水中探査機ROVを湖に投入し、湖底に生息する、ある生物の撮影に成功するという世界初のミッションを成し遂げています。そして先頃、『深海ロボット、南極へ行く〜極地探査に挑んだ工学者の700日』という本を出されています。

 きょうはそんな後藤さんに、ROVの開発秘話や、南極の湖底に広がる景色のほか、およそ3ヶ月にわたる南極滞在・小屋暮らしのお話などうかがいます。

☆写真協力:後藤慎平、太郎次郎社エディタス

写真協力:後藤慎平、太郎次郎社エディタス

南極調査用ROVとは!?

※まずは、初歩的な質問になりますが、南極の調査用に作ったROVと呼ばれる水中探査機は、どのくらいの大きさで、どんな作りになっていて、何ができるのでしょうか?

「ROVと言われて、ピンとくる人はそんなにいないかなと思うんですね。一般的には、最近よくある言葉で水中ドローンと呼ばれているものがあるんですけれども、私はずっとROVと言い続けています。水中ドローンはやはり空中用のドローンの水中版だから、水中ドローンっていう造語ができているだけで、やっぱりROVっていう、昔からある言葉を今も使っているというところがこだわりとしてあるんです。

 これがどういうロボットかと言いますと、言ってみれば、水中カメラの一部なんです。そこにスクリューが付いていたりとか、観測機器が付いていたりとかすることで、水中の映像をリアルタイムで見ることができるロボットになります。ケーブルがつながっていますので、手元でその映像がリアルタイムで見られて、しかも手元で操縦した通りにロボットが動いてくれるというものになります。

 で、いろんなROVが世の中にはあります。海溝に潜れるものもありますし、今回の極地に潜れるものもあって、いろんな種類があるんですけれども、今回作ったものは非常に小型のものです。大きさとしてはだいたい40センチか50センチぐらいで、重さが10キロ以下という制約があったので、すごく小型軽量のものを作って持って行ったということになります」

●設計から製作まで、すべて後藤さんが担当されたんですか?

「そうですね。基本的に設計とか電気回路もそうなんですけれども、外の筐体(きょうたい)と呼ばれる、いわゆるケース、そういったところの強度計算だったりとかもすべて自分でやっています。ただやはり金属加工を自分ですることができないので、それは業者さんにお願いをして作ってもらって、自分で組み立ててっていう作業になります」

●開発でいちばん大変だったことは、どんなことですか?

「やっぱり重さを軽くするところですかね。10キロ以下に抑えないことには・・・作っている時は自分が持って歩くとは思ってなかったので、研究者の人にこんな重たいものを持たせて歩かせていいのかっていう思いがあって・・・なので、とにかく軽くしよう軽くしようということをやっていたんですね。結果として自分がそれを現地で担いで背負って歩くことになったので、やはり軽くするっていうところがいちばん神経を使いましたね」

(編集部注:ROVはREMOTELY OPERATED VEHICLE/リモートリー・オペレーテッド・ヴィークルの略で、日本語にすると「遠隔操縦式探査機」。

 南極の調査用に作ったROVの操縦方法についてお聞きしたら、いろいろなコントローラーがあるけれど、壊れたからといって、部品を買いに行けるような場所ではない南極という特殊な環境を考えて、タブレットにソフトウエアを組み込んでコントロールする方法を選んだそうです。もし不具合が起きても誰かのパソコンを借りれば、代用が効くというわけです。

 また、ROVを運用する際に、方位や水深などを知る航法デバイスが必要になるそうですが、それを本体に組み込むと製作費がかさむし、重くもなるので、今回はカシオの協力を得て、時計のG-SHOCKを画面に写すという原始的な方法をとったそうです)

後藤慎平さん

開発費用は小型自動車1台分!?

※水中にいるROVはケーブルで地上、つまり後藤さんとつながっている、ということですよね。ケーブルの長さはどれくらいなんですか?

「ケーブルは、今回は100メートルでした」

●ROV本体の強度も大切だと思うんですけど、ケーブルの強度も大事ですよね。

「そうですね。最悪、探査機が水中で、どこかに引っかかってしまった場合は、ケーブルを引っ張って回収するっていうことがあるんです。なので、ケーブルが弱いと、そこでプチッと切れて探査機が帰ってこなくなるので、なるべく強度も強くしなきゃいけない・・・。

 ただ問題なのが強くするとなると、それだけ素材も太くしなきゃいけないので重くなってしまう・・・それを誰が背負うのかっていうのもあって、今回ケーブル・メーカーさんと協力して、軽量で強くて電送損失とかも少ないケーブルというのを新たに開発しました」

●どれくらいの時間、水中で動けるんですか?

「今回のROVは陸上から電力を送っているので、言ってしまえば、パイロットの体力が持つまでです (笑)」

●そうなんですね。 ROVを1台完成させるのに、どれくらいの日数と費用がかかるんですか?

「今回のROVに限って言うと、約半年で作らなきゃいけなかった(笑)。できれば1年くらい欲しいんですけれども、そんなことを言っている暇がない。10月には船に積み込まなきゃいけないっていうことで半年しかなかったし、費用も本当に軽自動車1台分もないぐらいの費用で作らなければいけない。となると外注すると、それだけ人件費とか外注費用がかかってしまうので、外注できない・・・じゃあ自分で作らなきゃいけないと・・・」

●すごいですね! でもその期間はやっぱり心躍るというか・・・?

「そうですね・・・躍るかどうかって言われると・・・(笑)」

●迫られている感じですか? 

「そうですね。やっぱり自分の目の前に技術課題が山ほどあって、これをどう解決するか、しかも限られた、10月っていうリミットまでに解決しなきゃいけないのに、持っている武器は少ないってなった時に、どうしたらいいのかなという・・・正直行き当たりばったりなところはあったんですね。

 一方で協力してくださるメーカーさんも出てきだして、これはいけるなって思った時には、やっぱりこの探査機が南極に行って、これまで見たことのない水中の映像を明らかにしてくれるかもしれないって思った時には、すごくワクワクしました」

南極の湖には生物がいる!?

※後藤さんは2017年から2018年にかけて、南極地域観測隊としておよそ3ヶ月にわたって南極に滞在され、南極大陸にある湖に水中探査機ROVを投入して調査をされました。そもそもなんですが、南極大陸にはどれくらいの数の湖があるのでしょう?

「これ、ものすごく数があって、正確にはわかっていないんですけれども、今回行ったスカルブスネスっていう地域だけで言うと、30以上の湖があると言われています」

写真協力:後藤慎平、太郎次郎社エディタス

●その中からいくつの湖を調査されたんですか?

「この時は3つですね」

●なんという名前の湖ですか?

「『長池』と『仏池』と『くわい池』という3つの湖で、これらに生物がいるという研究者さんの情報があったので、その生物の観測に行ったということになります」

●いろいろな湖がある中で、3つの湖を選んだのは生物がいるっていう理由なんですね。

「そうです」

●それぞれの大きさってどれくらいなんですか?

「大きさ・・・難しいですね、湖の大きさですよね? いちばん大きいのはやはり仏池っていう湖ですごく大きくて、対岸まで何百メートルもあるようなところでした。それが数百メートルの山の上にあるので、そこに行くのもけっこう大変だったりとかもします。
 一方で今回のメイン・ターゲットであった長池は縦に長いんですよ。対岸まではそんなに距離はなく、“おーい”って言ったら届くぐらいの距離なんですけども、縦に関しては全然声が届かないぐらいの距離だったりするので、いろんな形をしてますね」

●どんな生物がいるんですか?

「苔の集合体で『コケボウズ』と言われるものなんです。苔とかシアノバクテリアが長年かけてタケノコ状に成長したものです」

●初めてモニターでコケボウズを見た時はどう感じましたか?

「やっぱり感動しましたね! これがコケボウズかと。最初映った時に・・・今まで写真では見ていたんですけれども、実際に自分の手で動かしている探査機を通して見えた時は、やはりこれまでの苦労もあって、より一層感動はしました」

●色はどうなんですか?

「色は今回の本に(写真が)載っているんですけれども、緑色に見えるんですよ。ただ(深度を)上げてくると茶色っぽかったりとかして、やはり光の加減があっていろんな色に見えている状態です」

●コケボウズ自体の大きさは、どれくらいなんですか?

「これがいろんな大きさがあって、浅いところでは、浅いところって言っても水深7〜8メートルのところなんですけれども、80センチとか大きいのもいるんです。深いところいくと本当に数センチ、あるいは親指くらいの大きさ・・・ただ親指くらいのは三角形のタケノコ状ではなくて、どちらかと言うとなびくような感じの、草が生えているように見えるマット状のものが多かったです」

●3つの湖を調査されて、コケボウズの違いはそれぞれあるっていうことですね。

「ありましたね。長池のコケボウズがいちばん美しかったです」

写真協力:後藤慎平、太郎次郎社エディタス

●美しいというのは?

「三角形の形もそうですし、密集度もけっこう綺麗・・・綺麗っていう言い方がいいかもわからないんですけれども、見ていてもなんかすごく幻想的な雰囲気を受けました。
 一方、くわい池と仏池に関しては形状が三角ではなくて、くわい池に関しては、ぽこっと丸いマウンド状みたいな形になっている物が多かったですね。仏池に関しては、上の部分がおそらく氷が張って潰されているので円錐状になっている、ペットボトルみたいな形になってしまっているものもあって、やはりいちばん綺麗なのは長池だったなという印象です」

ホタテとウニだらけ!?

※海にも水中探査機ROVを潜らせたそうですね。どんな景色が広がっていましたか?

「海の中が、これが面白くて、この時には一面にホタテとウニがいました!」

●え~! そうなんですね~(笑)。

「はい! 見渡す限りウニとホタテしかいない!」

●すごい景色ですね〜。

「そうですね。数えるとか、そんなこと絶対できないぐらいの、たぶんみなさんが想像を絶する景色でしたね。自然というか生物層がすごく豊かな海だなというふうには感じました」

●ご自身で開発された水中探査機ROVが、実際に期待通りの活躍をしてくれたってことですよね。人間が潜れないような厳しい環境下での調査には、ROVはすごく有効なものですよね?

「そうですね。想像してみていただければわかるんですけども、流氷が来ている北海道の海に潜るのってけっこうきついじゃないですか。そういう時にやはりロボットが行ってくれるっていうのは、すごくありがたい話で、寒い思いをしなくていい、苦しい思いをしなくていい・・・なんて言うんでしょう、3K、4Kと呼ばれるような危険、きつい、怖い、汚い、いろんなKがありますけれども、そういった場所に人間が行くんではなくてロボットが行くっていうのは、すごくそのロボットの理にかなっているかなと思います」

(編集部注:実は後藤さんは子供の頃から、南極観測船「しらせ」に憧れていて、本の口絵に、オレンジ色の船体が特徴の、本物の「しらせ」をバックに、小学4年生の後藤さんが自分で作った「しらせ」の模型を持って立っている写真が掲載されているんです。

写真協力:後藤慎平、太郎次郎社エディタス

 後藤さんは、国立極地研究所の研究員から南極の調査用にROVを作ってくれないかという話があるまで、まさか憧れの「しらせ」に乗って、南極に行くとは、1ミリも思っていなかったそうですよ。ひょんなことから、あれよあれよという間に、南極に行く羽目になったいきさつも、後藤さんの本に詳しく書かれています。ぜひ読んでください)

南極滞在は小屋暮らし!?

※南極は、雪や氷の世界というイメージがありますが、その通りでしたか?

「南極観測船『しらせ』が昭和基地に近づいてくると、定着氷と呼ばれる一面氷で覆われた海を進んでいくんですけれども、実際私が行っていたスカルブスネスっていう地域は雪がほとんどないです」

●南極なのに!?

「そうです(笑)。岩肌剥き出し、ガレ場ザレ場と呼ばれるような、石がゴロゴロと転がっているような場所で生活をするというようなことをやっていました」

●南極っぽくないようなイメージですけれども、実際はそうだったんですね。

「そうですね。実はそういう場所は『露岩域(ろがんいき)』って呼ばれていて、南極の中でも約3パーセントしかないと言われているような場所になります」

●本を読んでいて驚いたんですけれど、後藤さんたちの調査チームは昭和基地ではなくて、最初からベースキャンプというか小屋に滞在されていたんですよね?

「そうですね。ちらちらお話に出ていますけども、スカルプスネスっていう場所が生物の観測拠点になっているので、そこで生活をするんですね。昭和基地からはだいたい50キロから60キロぐらい離れている場所にあって、小さな小屋と言ってもコンテナのようなものが置かれているだけです」

写真協力:後藤慎平、太郎次郎社エディタス

●どんな小屋なんですか?

「中は快適で、快適って言っていいのか、住み慣れると快適なんですけれども、たぶん初めて行く人はびっくりするとは思うんですね。二段ベッドがふたつあるだけで、真ん中にちょっと作業する机があるような部屋ですね」

●そこに何人が滞在するんですか?

「多い時は十何人・・・」

●えっ! 二段ベッドが・・・!?

「なので(ベッドの)取り合いですね(笑)」

●ちょっと計算が合わないですよね(笑)。その小屋ではどんな生活を送られていたんですか?

「あくまでも小屋は生活をする場所なので、その中で寝泊まりをするんです。料理したりとかっていうこともできますので、そこで料理をしてみんなで食事をすると・・・。あとは取ってきたデータの解析だったりとかそういうこともします。

 あとブリザードが来た時・・・小屋の中、ベッドの競争に負けて、負けてっていうわけではないんですけども、あえて外で寝るかたもいらっしゃいます。せっかく南極に来たんだから、外にテントを張って寝たいぜっていう人もいて、そういうかたがたはテントで寝るんですけれども、やはりブリザードが来ている時に外で寝るのは危ないので、そういう時には中に入ってきて、一緒に寝たりとか食事をしたりっていうようなことをやっています」

●厳しい環境下での食事は大切だと思うんですけど、食料はどうされていたんですか?

「これが大変で、最初行きの『しらせ』の中で糧食配布と呼ばれる、ちょっとしたイベントがあります。その時に野外に出る人間が何人なのか、その人たちが何日間野外にいるのかっていうのを計算して、さらにそこに仮に助けに行けなかった場合には、どれくらいの非常食がいるのかっていうような足し算までして、食料が配られるということがあります。

 それを持って出るんですけれども、一度に持って出ると冷蔵庫も何もないところなので腐ってしまうということもあって、3回ぐらいに分けて、観測期間が1ヶ月半ぐらいありますので、その前期、中期、後期ぐらいに分けて運び出すというようなことをしていました」

●どんな食料が配られるんですか?

「これがけっこう日本で食べているものと変わらない食料が多いです」

●それは精神的にもいいですよね?

「そうですね。その辺、やはり長年の南極観測の中で配慮が重ねられていて、普段口にしているものが食べられないと、おっしゃる通りストレスになってしまうということもあるので、ありとあらゆるものが配られます。調味料に関してもこの味の調味料が欲しいなっていうのがたまにあるじゃないですか。そういうのもないようになっていましたね。いろんな種類が配られますし、飲料とかに関してもいろんな飲料が配られるというような状況ですね」

(編集部注:後藤さんたちの調査チームは小屋暮らしなので、当然お風呂はなく、トイレも簡易的なものだったそうですよ。
 そんな隊員たちの活動を支えているのは、実はヘリコプター。食料などの物資の運搬や、隊員の移動に大活躍する様子が本に書かれていますよ。)

小さなことは気にしない!?

●実は後藤さん、2度目の南極での調査を終えて、この3月に帰国したばかりなんですよね?

「はいそうですね。3月の21日に帰ってきたばっかりです」

●お帰りなさいませ! もう2回も行かれているんですね! やっぱり一度経験していると2回目となったら、余裕って感じですか?

「いや〜全然そんなことないですね(笑)。前回行って6年経っているので、前回の手順が通用しなくもなっていますし、忘れていることもありました。
 前回は湖の調査チームだったんですけれども、今回はペンギンの調査チームだったので、調査ターゲットも違う、調査を一緒にする隊員も違うってなると、やはりけっこう準備とかにもいろいろ苦労がありましたね」

●ペンギンの調査で行かれたんですね。何か新しい発見はありましたか?

「そうですね・・・そういう意味では、物資が帰ってきて、いま解析をしているところなので、その成果に関してはこれから乞うご期待! というところですかね」

●楽しみにしています!

「はい」

●2度目の南極で、今後の課題というか目標みたいなものはできましたか?

「今回南極に行くにあたっていろいろと、前回行ったことを踏まえて、どんなことを解決しなきゃいけないのかっていうようなことも考えてはいたんですけれども、2回目行ってみて、やはりターゲットが違う、ペンギンという新しいターゲットになったことで、そのペンギンをこれから観測をどう続けていくのかっていうようなところで、新しい気付きと言いますか、課題っていうのはあったかなと思います」

●南極での経験は、後藤さんにどんなことをもたらしてくれました?

「そうですね。いちばんは、いろんな人に言っているんですけれども、小さなことを気にしなくなる(笑)」

●小さなことを気にしない!?(笑)

「なんて言うんでしょう・・・それって生きていく上で必要? みたいなことを、今まで気にすることもあったんですけれども、南極ってそういう意味では明日死んでいるかもしれない場所なので、むしろそれよりも先に生きることを考えようよっていうふうには思うようになりました」

●南極観測は国家事業ですから、南極地域観測隊の隊員として南極に行けるのは本当に限られたかただけですよね。それでもやっぱり隊員として南極に行ってみたいって思っているかたに向けて、何かアドバイスなどありましたら、ぜひお願いします。

「意外と南極観測隊に参加している人が、どういう人かっていうのが知られてないかなと思います。研究者じゃないと行けないとか、国立極地研究所の人じゃないと行けないとかっていうように思われているかたが、多いのかなと思うんですけれども、実際、観測に来られているかたはメーカーの人だったりとか、私みたいな大学の教員だったりとかっていうこともあるので、いろんなところにアンテナを張って、どうすれば行けるのかなというようなことを探ってみていただきたいなと思います。

 実際、本学(東京海洋大学)を卒業した学生で、南極に行きたいからということで、南極観測に関わっている会社に就職したという話も聞きます。なので、いろんなところに南極に行くチャンスはあるよ! と思いますね」

(編集部注:2度目の調査のターゲットはペンギンだったというお話でしたが、ペンギン用ROVは、泳いでいるペンギンを追いかけるのではなく、ペンギンが海の中でどんな活動をしているのか、何を食べているのかなどを観察するための観測機器にしていたそうです)


INFORMATION

『深海ロボット、南極へ行く〜極地探査に挑んだ工学者の700日』

『深海ロボット、南極へ行く〜極地探査に挑んだ工学者の700日』

 後藤さんの新しい本には南極調査用ROVの開発秘話、憧れの「しらせ」や南極の小屋暮らし、そして湖でのROVの活躍など、慌しくも活気に満ちた日々が、生き生きとした文章で綴られていて、後藤さんの奮闘ぶりが手にとるようにわかると思います。コケボウズや、ホタテやウニだらけの写真も掲載されていますよ。おすすめです。
 太郎次郎社エディタスから絶賛発売中です。詳しくは出版社のオフィシャルサイトをご覧ください。

◎太郎次郎社エディタスHP:http://www.tarojiro.co.jp/product/6423/

◎東京海洋大学・後藤慎平さんの研究者情報
https://tumsatdb.kaiyodai.ac.jp/html/100000613_ja.html

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