2025/12/7 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、世界を股にかける写真家「竹沢うるま」さんです。
「大地」と「人間」をテーマに撮影を続ける竹沢さんの作品は、国内外で高い評価を得ていて、2014年には「日経ナショナルジオグラフィック」の写真賞を受賞。そして2015年にニューヨークで開催した個展は、多くのメディアで取り上げられるなど、大きな反響を呼びました。
きょうは、そんな竹沢さんに100カ国以上を巡った旅の本質や、「大地」と「人間」の写真に込めた思い、そして、銀座のキャノンギャラリーで開催される写真展のことなどうかがいます。
☆写真:竹沢うるま

気がついたら3年、世界を放浪!?
竹沢さんは1977年生まれ、大阪府出身。18歳の時に初めて行った沖縄の海に感動し、水中写真を撮るようになったそうです。そして同志社大学の3年生の時に、就職活動が嫌になって1年間アメリカに滞在。半年ほど西海岸で過ごし、LAの沖に浮かぶカタリナ・アイランドでよく写真を撮っていたとか。その後、アメリカを転々としながら、出会った写真家に撮り方を教わるなど、独学で写真を学んだとのこと。
そして帰国後、仕事をするなら、やりたいことをやる、という思いで、ダイビング雑誌の出版社に写真や履歴書を送り、めでたく採用。社員カメラマンとして、おもに海外で撮影の仕事をこなし、2004年24歳の時に独立し、フリーランスに。
ところが、食べていくために写真を撮る日々に疑問を感じ、このまま写真を仕事として続けるなら、自分の写真について考える時間が必要だと思い、思い切って仕事をストップ。1年ほど日本を離れて、海外へ。結果、2010年から2012年までのおよそ3年間、103カ国を巡る旅になったそうです。
※この3年にわたる旅では、どんな国々を巡ったんですか?
「1年くらい日本を離れて旅してみようかなと思って、で、考えていたのは南米に半年、アフリカにちょこっと、ユーラシア、それで1年。長くなったとしても1年半かなと思って日本を出ました。
その時は海から離れて、いろんな伝統とか文化が色濃いところを訪ね歩いていってたんですけども、日本で考えていたよりも世界って広いんだなっていうのを、すごく実感して旅をしていましたね。
で、ここいいな〜、あそこも行ってみたいな〜っていうのを追い求めてやっていると、気がついたら1年経った時点で、南米にまだいたんですよ。やばいな〜、アフリカに行かないと、と思って、そこから中東に行ってアフリカに行きました。
全部陸路で、大陸を渡る時は飛行機ですけども、大陸の中では全部、バスとか鉄道だったんですね。で、アフリカを縦断して、アフリカは面白いな〜と思って、そのあとまた北のほうに上がって行って、気がついたらアフリカが終わった時点で2年経っていましたね。
こうなったらもういいや、行くだけ行こうと思って、結局、最後はユーラシアも最西端のポルトガルのロカ岬から陸路でずっと日本まで帰ってきたと・・・それでさらにまた1年かかって結局3年弱ぐらい・・・別に望んでいたわけではないんですけど(笑)、結果そうなった感じですね」

●バックパッカーみたいな旅だったんですか?
「そうですね。思いっきりバックパッカーですね。たぶん誰よりもバックパッカー的なバックパッカーだと思いますよ(笑)。バックパッカーの方法論はすべて実践してきた感じではありますけども、本当にいいスタイルだと思います。
今でも時々バックパックを担いで旅をしますけれども、バックパッカーの自由さというか、縛りがない感じは自分を解き放つ感じがして、それを旅の世界で表現していくっていう感覚がありましたね。
ある意味、バックパック・スタイルで旅をするっていうのは、自己表現なんだなっていうのもあったので、すごくいい旅をしていたんだなって今思いますけどね」
旅の本質は「移動」、「線」にある
※世界を巡る旅では、インフラが整っていない国や地域にも行ったんですよね?
「そういうところを中心に行ってましたね。そういったところのほうが、より人間の営みが濃いというか、大地の力強さがより強いとか、そういった感覚があったので、そういったところを好んで行ってたっていうのはありますね」
●目的地に着くまでも大変そうですけど・・・。
「まあ大変ですよ(笑)。大変だけど、目的地っていうのはただの目的地。旅の本質ってやっぱり移動にあるので、充実した移動であればあるほど・・・僕が言っている充実した移動というのは、効率的な移動ではなくて、自分の足で動いて行っている・・・きちんと途中の風景なり出会いというものを大切にして移動していく。
そこが旅の本質だと思うので、目的地は単なる便宜的なゴールであって、そこに着いて何かを見るっていうよりかは、移動中にこそ旅の見るべきものがあるんじゃないかなという感覚がありましたね。でも大変っちゃ大変でしたね。バスに乗って24時間の移動とかは近いなって感じだから・・・」
●ええ〜っ!?
「アフリカでは、おんぼろバスに40時間乗り続けるってこともあったし、いちばん長い移動だったのは中国ですね。ウイグルから四川省まで列車で移動したんですけれども、国慶節にかぶっていて、すごく大混雑する時期だったんですよ。
それで速い列車が取れなくて、しかも指定が取れなくて、席の奪い合いみたいなことをして、なんとか席を確保して、そこから80時間列車の中、乗りっぱなし・・・寝台でもなんでもない普通の列車に80時間乗りっぱなしとかもありましたけどね」
●80時間〜! でもその移動が竹沢さんにとっては、大事なポイントになるんですよね?
「そうですね。移動こそが、飛行機を使わなかったっていうのが、やっぱりそこなんですけども、点として旅を捉えるのではなくて、点と点がつながって線になっているっていう、線として自分の動いていった軌跡を残したいなっていうのもあって、線となったその旅の軌跡はやっぱり人それぞれ違うんですよ。どういう線になるのかっていうのは・・・。
旅が終わって振り返った時にひとつの線になっているわけですよね。それってやっぱり自己表現なんじゃないかなって、その人がやってきた旅の個性なんじゃないかなと思っていて、だからこそ線が大切である。で、線はどういうことかって言うと移動、そこが最も本質的なところなんじゃないかなと思っていますね」
(編集部注:竹沢さんがこれまでに訪れた国は、なんと145から150カ国ほどだそうです。とはいえ、この5〜6年は日本で撮影していることが多く、最近では鹿児島県三島村の黒島・硫黄島・竹島、トカラ列島の悪石島などに行って写真を撮っていたそうですよ)
日本にいちばん違和感!?
※2010年から2012年までの世界を巡る、およそ3年間の旅は竹沢さんにとって、どのような意味がありましたか?
「あの旅に関してはWalkaboutってタイトルにつけているんですけども、ひとことで言えば、”通過儀礼”だったなと思いますね。そのWalkaboutって何かって言うと、オーストラリアの先住民アボリジニのかたがたは、ある一定の年齢に達するとひとりで旅に出るんですね。
ひとりで旅に出て、半年から1年ぐらい何も持たずに、ずっと大地を旅するんですよ。その旅を終えて帰ってきた時にその村の一員として、大人として受け入れられるんですけども、その旅のことをWalkaboutって言うんですね。
一種の通過儀礼、ひとりの人間として成立する上での通過儀礼、自分にとって、この3年間の旅は通過儀礼だったんじゃないかなというところで、Walkaboutというタイトルをつけているんですよ」
●旅をする中で、やっぱり自分は日本人だなって思う瞬間はありましたか?
「異文化の人たち、全く違う価値観の人たちと会うので、どんどん自分っていうのは、こういう人間なんだなっていうアイデンティティは明確化していくと思うんですよ。自分ってやっぱり、日本人だなとは思わないんですけども、彼らとは違うんだなっていうのはすごく思います。
最終的に3年、旅して日本に帰ってきて、最後、韓国の釜山から船に乗って福岡にフェリーで帰ってきたんですね。
ちょうどクリスマスのタイミングで夜着いて、福岡市の駅に着いた時にイルミネーションがすごくて、人が多くて、みんな綺麗な服を着ていて、すごく歩くのが早くて・・・その時に、3年ぶりに帰ってきた時に思ったのは、この旅で103か国をまわったけど、日本がいちばん違和感があるなっていう(笑)、なんかちょっと違うとこに来ちゃったなみたいな感覚がすごくありましたね。
要は、もちろん旅をしている間に自分は、日本人っていうのを自覚することは多かったけれども、やっぱり会う人々、価値観、文化、伝統を出会うたびに自分の中に取り入れてきてたんだな、それが3年分集積されていて、自分を形成していたと・・・なので、3年ぶりに日本 帰ってくると、日本がすごく外国に見えたというか、そういう感じはありましたね」
人を撮る時、敬意を持って接する
※竹沢さんの撮影のテーマは「大地」、そして「人間」ということなんですが、特に人間を撮る時に心がけていることがあったら、教えてください。
「第一はやっぱり相手を尊重することかなと思いますね。相手の文化だったり価値観というものに、まずそこに対して敬意を持つこと。それプラス、写真を撮るっていう行為は結構、暴力的な行為なんですね。
その人に属している時間を写真に撮ることによって、写真に落とし込んで、それをいわゆる写真家である僕で言うと、自分の作品として発表するわけですね。その人に属している時間だったりとか、というものを自分のところに引き寄せてしまうという行為でもあるんですね。
非常に暴力的で、だからこそやっぱり相手に対しては、撮影する時は敬意を持って接する必要があるんだろうなと、そういうふうに考えていますよね」
●竹沢さんの作品を見ていると、人々の熱狂だったり祈りだったり、少女の笑顔があったり、その一方で厳しい自然の風景があったり、はたまたどういう状況の写真なのかなっていうのをすぐには掴めずに、じ~っと作品に見入ったりすることもあるという感じだったんですけれども、写真家として見る人に考えてもらうっていうことを意識されて作品を作られているんですか?
「いや、特に考えてもらうということはあまり意識してなくて、一時的には衝動的には撮っていますけども、僕としては見る側に、こうであってほしいなっていうのは、考えてもらうっていうよりかは、その写真がその人の中に深く長くとどまってくれるものであったら嬉しいかな~っていうのは、常々考えているとこではありますね」

●シャッターを押す時って、構図を考えてじっくり待ってから押すんですか? それとも、これだ! と思って瞬間的に押すんですか?
「僕の場合は瞬間的に押す場合が多いですね。写真って考えたものがビジュアルに落とし込まれると、だいたい退屈なんですよ。人間の想像の枠の範囲内のものしか出てこないので・・・そういったものは、見る側も読み取れてしまうので、この人こうやって考えたって・・・要は感覚として伝わってこないんですね。
表面的に、この人はこういうふうに考えたんだったなっていうのが先に伝わってしまうので、それよりかは何も考えずに衝動的に撮っていくほうが、よりその相手に何かしら伝えるものになっていくんじゃないかなとは思っていますね」
写真展「Boundary | 中心」〜世界の中心は?
※12月9日からキャノンギャラリー銀座で、写真展「Boundary | 中心」が開催されます。これはどんな写真展なんですか?
「この『Boundary(バウンダリー)』というシリーズは、これで2回目なんですけれども、1回目は『Boundary|境界』というテーマで、境界ってどういうことなんだろうかと・・・自分と相手を隔てる境界、もしくは国と国を隔てる境界、価値観と価値観を隔てる境界って何だろうか? そこを考えるシリーズだったんですね。
今回の『Boundary|中心』は、世界の中心って一体どこにあるんだろうか? その問いを自分の中に持って世界各地を旅して、撮影したところはインドネシア、ベナン、モンゴル、ペルー、クック諸島、インド、日本ですね。
世界のそういう国々の、いわゆる我々日本人から考えると、とても異質なもの、自分たちの価値観と遠く離れた価値観を持っている人たちを訪れて、果たして世界の中心ってどこにあるんだろうか? っていうのを写真で問いかける内容になっていますね」
●何点ぐらい展示されるんですか?
「展示は、60点ぐらいですね」
●写真展の開催に向けて、ここを見てほしいというようなポイントがあれば、ぜひ教えてください。

「写真展で展示している写真には、こっちを見つめている人の写真が多くあると思うんですよね。彼らの目線を捉えた時に、自分の中でどういった問いかけが起こるのかっていうのをぜひ感じてもらいたいなと・・・。
そういった写真の中で、彼らの目線から世界に中心ってどこにあるんだろうかっていう問いかけが来ると思いますので、それに対して自分はどういうふうに答えるんだろうかと、そういうふうに考えながら見てもらえると嬉しいかなと思いますね」
●これからの写真家人生のテーマも、変わらずに「人間」であり「大地」ですか?
「そうですね。これで一段落するわけですけど、次のテーマとしてやるとしたら・・・まあでも『人間』っていうのは変わらないかなと思います。やっぱり自分が旅を始めた頃に接した人たちは、今も変わらず、そこにいると思うんですよ。もう一回訪れてみたいなと思うんですよね。
それは何でかって言うと、やっぱり自分の考え方が変わったから・・・世界の中心はどこにあるんだろうかとか、境界って何なんだろうかって、そうやってこの5年ぐらいで多く旅をしてきたからこそ、辿り着いたテーマではあるんですけれども、その上で自分なりに結論みたいなものを得たので、そういった自分の今の感覚を持って、もう一度、人間に会いに行きたいなっていうのはありますね」
●では最後に、竹沢さんにとって写真とは?
「自分にとって写真とは、“存在証明”かなと思っていますね。自分が確かにその場に立って、風景でも人間でもいいけれども、その前に立って自分の心の揺らぎというか、流れみたいなものを確かに感じていたと、それが写真としてビジュアル化されたもの、それが写真なんだと、自分にとっての写真なんだと・・・だから自分が確かにそこに存在していたっていう存在証明なのかなと思っています」

INFORMATION
写真展「Boundary |中心」

12月9日から24日まで、キャノンギャラリー銀座で開催。
開館時間は午前10時30分から午後6時30分まで。入場は無料です。
見るものに問いかけるような竹沢さんの作品をぜひご覧いただき、
「世界の中心」はどこにあるのか、考えてみてはいかがしょうか。
12月13日と20日のいずれも土曜日の午後2時から、
竹沢さんのギャラリートークが予定されています。
写真集『Boundary |中心』
12月中旬に青幻舎から発売予定の写真集にもぜひご注目ください。
384ページにも及ぶ渾身の一冊で、
日本人には想像もつかないような世界の写真が掲載されているそうです。
写真展「On The Shore〜波の音が生まれる場所」
竹沢さんは地元鎌倉でも、別のテーマで写真展を開催されます。
二拠点生活をしていた南太平洋のクック諸島と、鎌倉で撮った
およそ30点の写真を展示。
開催は12月15日から年明け1月18日まで。
会場は隣接するふたつの店舗「OFF SESSiON」と「海と本」のギャラリー。
入場は無料。
写真展や写真集について
詳しくは竹沢さんのオフィシャルサイトをご覧ください。
◎竹沢うるま:https://uruma-photo.com
2025/11/30 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、「アリ先生」として知られる岡山理科大学・理学部の教授「村上貴弘(むらかみ・たかひろ)」さんです。
村上さんは1971年、神奈川県生まれ。茨城大学卒業。北海道大学大学院で博士号を取得。研究テーマは「菌食アリの行動生態」。菌食アリは「菌を食べるアリ」と書くんですが、おもにハキリアリのことだそうです。
きょうは村上さんが出された新しい本『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』を参考に、農業をするアリ「ハキリアリ」の、音を使ったコミュニケーションや、コロニーを維持するための高度な社会性など、驚くべき生態に迫ります。

地球はアリの惑星!?
※本の最初に「地球はアリの惑星」と書いていらっしゃいます。その心は?
「意外に思われるかもしれないんですが、地球上にいるアリを全部集めて重さを測ると、全人類の重さより重くなるっていう研究があるんですよ」
●あんなに小さいアリなのに!?
「はい、しかも数的には二京、それぐらいの個体数がいて、地球のあらゆるところにいるので、実は地球は『アリの惑星』って言えるんじゃないかっていうことですね」
●ええ~っ! アリはいつ頃地球に出現したんですか?
「かなり昔で、だいたい1億1千万から2千万年前ぐらいにこの地球上に誕生したと言われています。人間が20万年前ぐらい前なんで、そう考えると随分(アリは)先輩だなという感じですね」
●大先輩なんですね~。現在、世界で何種類のアリが確認されているんですか?
「これも毎年新種が出るので、なかなか難しいんですけど、だいたい1万1千から2千種ぐらい記載されていまして、日本国内だと300種類ほど、記載されていますね」
●その中から村上さんがメインに研究されているのが「ハキリアリ」なんですよね?
「はい、そうです」
●改めて、どんな生態を持つアリなのか教えていただけますか。
「テレビとかで、葉っぱ運んでいるアリをよくご覧になることもあるかとは思いますが、あれがハキリアリです。日本には生息してなくて、アメリカ南部とか中米、ブラジルとかパナマとか、そういったところにしか棲んでないんですね。
森から葉っぱを切り出して、行列で運んで巣に持って帰るんですけど、直接あの葉っぱを食べるわけじゃなくて、それを細かくちぎって丸いボール状にして、そこにキノコを植え付けて、育てたキノコを女王とか幼虫が食べるっていう、そういう農業をするアリなんですよ」
●キノコは、どうやって育てているんですか?
「どうやってっていうか・・・我々、農業をするかたがやっているのと一緒で、肥料をあげたりとか、伸びすぎたら切り取ったりとか、雑草っていうか、ほかの菌が生えたら取り除いたりとかっていうのを、本当に日々細々、ず~っとお世話をして維持しているっていう感じですね」
●キノコアリということですよね?
「基本は、はい」
●そのキノコアリは世界に何種類いるんですか?
「キノコアリは、それも250種か260種ぐらいです」
●ハキリアリも、キノコアリの仲間なんですよね?
「仲間ですね。その中で、いっぱい葉っぱ切るのをハキリアリって呼んでいます。
●キノコを食料としているんですか?
「そうです。ただ働きアリがキノコをいっぱい食べるわけじゃなくて、女王アリと幼虫がメインでキノコを食べています」
●働きアリたちは何を食べているんですか?
「これが意外とご存知ないというか、なかなかシビアな話なんですけど、働きアリになると、実はあんまりご飯を食べないんですよね。だから葉っぱを切っている時にしみ出たお汁をちょっと吸うぐらいで・・・」
●ええ~っ!
「そうなんですよ」
●ハキリアリの女王アリは、ひとつのコロニーに1匹・・・?
「そうです」
●女王アリの寿命は、だいたいどれぐらいなんですか?
「これも非常に驚かれるんですけど、僕が調べた中でも21年ぐらい生きたやつがいて、だいたい20年ぐらいは生きているって言われています」
●その中で生涯産む卵の数はどれくらいなんですか?
「1個体で3000万個以上って言われているんで、それだけいっぱい卵を産むんですよ」
巨大な巣に、天然の換気システム
※ハキリアリの巣の大きさは、どれくらいなんですか?
「これも地域によってサイズがばらつくんですけど、ブラジルの草原に作るやつがいちばん大きくて、それはショベルカーで掘るほどの大きさで、だいたい直径が10mぐらい、深さが5mぐらいの巣になっちゃいます」
●どんな構造になっているんですか?
「だいたい直径15cmぐらいのキノコ畑が、その地中にマンションのように埋まっていて、10mぐらいの巣だと、2000個とか3000個ぐらいのキノコ畑がありますね」
●部屋が分かれている感じなんですね?
「そうですね、はい」
●本に「天然の換気システム」と書かれていました。これはどういうことなんですか?
「僕はテキサスとパナマで、ハキリアリの巣を10個ぐらい掘ったことがあるんですけど、そういったキノコ畑の部屋のほかに、脇のほうにもっと深い地中につながる大きな穴が開いているんですよ。
そこから冷たい空気がわ~と吹き込んできて、キノコが発酵している熱と混ざって、巣の中が27度、湿度がだいたい70%から80%ぐらいで、ず~っとキープされていて、余分な空気は煙突みたいなところから排気されるっていうふうになっています。なので、全く電気も使わないのにエアコンが完備されているっていう素晴らしいシステムになっていますね」
生まれた時から、仕事が決まっている!?
※そんな大きな巣は働きアリが作っていると思うんですけど・・・「働く」といっても、いろんな仕事があるんですよね?
「そうですね。僕は最初そういう研究をしていました。ハキリアリのワーカー、働きアリに1個1個、点を付けてマーキングして、どの個体がどんな仕事しているのかなっていうのを100時間ぐらい観察して、そうするとだいたい30ぐらいのタスク、お仕事しているっていうことがわかっています。33ぐらい・・・?」
●どんな仕事があるんですか?
「ありとあらゆる仕事があるんですけど、葉っぱを切ってきて戻ってきたら、その葉っぱを綺麗にする係もいれば、細かくちぎって組み上げるのもいれば、肥料をあげる係もいて、ゴミ捨てをする係もいて、巣の掃除、それから幼虫の世話、いろんな仕事がありますね」
●「私、ゴミ捨てやる」とか「私、掃除する」とか、そういうのって、どうやって決まるんですか?
「社会があんまり大きくないアリだと、年齢で決まっているんですよ」
●え~っ!
「これもちょっとなかなか、人間に当てはめると大変なんですけど、歳を取ると危険な仕事するんですよ」
●そうなんですか・・・?
「はい、若いうちに危険な仕事して命を落としちゃうと、コロニー全体の労働力にとって、すごく損失が出ちゃうんで、老い先短いほうが外に出て、何かあったとしても、ほぼ寿命だろうということにするんですが、ハキリアリぐらい(コロニーが)大きくなっちゃうと、それだとなかなか間に合わないので、基本的にハキリアリは遺伝的に生まれた時からだいたい仕事が決まっています」
●そうなんですか。生まれた時から決まっているんですか?
「はい、だから“私はキノコの世話しかしない”ってなったら、死ぬまでキノコの世話しかしない」
●ず~っと同じ仕事やり続けるっていうことなんですか?
「はい」
●え~っ!
「ただ先ほどハキリアリの女王アリは20年、生きるって言ったんですけど、働きアリは3ヶ月しか生きないので、一生と言っても短いんですよね」
●なるほど。働きアリって、休むこともありますよね?
「ハキリアリの働きアリは、ほとんど休まないです」
●そうなんですか。
「だから3ヶ月しか生きない・・・」
(編集部注:ハキリアリに限らず、働きアリは全部メス。女王アリはオスも産むそうですが、オスは1年のうち、限られた時期にしか出てこないそうです。
村上さんがおっしゃるには、オスは遺伝子的にいろんなことができないため、普段はなにもせず、巣の中をうろうろしているだけ。働きアリからは、煙たがられているそうです。
オスは翅があるので飛んでいって、ほかの巣の女王アリと交尾して、一生を終えるとのこと。言ってみれば、オスは繁殖のためだけにいるってことなんですね。
ちなみに、村上さんが初めてハキリアリに出会ったのは、1993年10月、パナマ運河に浮かぶ「バロ・コロラド島」という無人島。子供の頃から昆虫図鑑で知っていた、憧れのアリの実物に出会えたのは22歳の時で、その後、毎年のようにバロ・コロラド島に通ってハキリアリの調査・研究をされています)
ハキリアリはおしゃべり!?
※村上さんの本『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』のタイトルにある「おしゃべりなアリ」、これは村上さんが2012年から研究されている、ハキリアリが発する声というか、音なんですよね。
●ハキリアリってしゃべるんですか?
「そうなんですよ。ハキリアリだけじゃなくてアリの(種の)半分ぐらいがしゃべれるんですけど、我々の研究グループで開発した録音装置を使うと、ハキリアリだと、すごくおしゃべりをするっていうのを見つけたのが2012年ですね」
●言葉のようなもので、コミュニケーションをとっているっていうことなんですか?
「まあ言語と言っちゃうと怒られるんですけど、解析している感覚だとやっぱり言葉に近い、言語に近いものを使っているんじゃないかなって思って解析を進めています」
●どうしてそれに気づいたんですか?
「最初にハキリアリの巣の中に録音装置を入れてイヤフォンで聴いた時に、めちゃくちゃしゃべっているんですよ。音がすごく溢れていて、なんか宇宙人の会話を聴いているような、それぐらい音のやり取りがあって、何かしら意思の疎通をしているんじゃなかろうかっていうぐらい活発な音があって、これはちゃんと解析せにゃいけんなっていう感じでしたね」
●初めて聴いた時はどうでした?
「もう本当にびっくりして・・・なんかちょっと感動というよりは怖かったですね」
●なんだ、これという感じ?(笑)
「なんだ、これはっていう・・・これはやばい世界をそれこそ覗いてしまっている、盗み聴きしてしまっているんじゃないだろうかって・・・」
●ハキリアリにはその声というか、音を出す器官みたいなものがあるっていうことですか?
「はい、半分ぐらいのアリはそもそも発音する器官を持っていて、それは電子顕微鏡とかで確認しているんですね」
●会話ができているっていうことは、耳のような音を聴く器官もあるっていうことですよね?
「はい、意外なことにアリの耳がどこにあるかっていうのを、正確にはまだちょっとわかってなかったんですけど、一応我々の研究チームで耳の研究もしていまして、今のところアリの耳は確実にちゃんと、しかもいっぱいあるっていうのがわかっています」
●いっぱい、あるんですか?
「いっぱいあったんですよ」
●へぇ~、どこにあったんですか?
「各足に2個ずつあって、触覚にもあるので14個あるんですよ」
キュキュ、キョッキョッ・・・アリ語!?
※村上さんはハキリアリの、ごくごく小さな音を録音するために、15年ほど前に専門家と一緒に録音装置を共同開発。それは秋葉原などで市販されている安価なコンデンサーマイクを使って作った録音機材で、アンプとパソコンにつないで増幅して、音を聴くそうです。
●これまでにどれくらいの時間、録音して、どの程度、解析できたんですか?
「いちばん一生懸命、研究しているときだと3ヶ月まるまる使って・・・それでもファイルの時間数でいうと、合計で10時間分くらいなんですね。その解析に例えばひとつ15分のファイルで1ヶ月半ぐらいかかっています。その解析まで含めたら膨大な時間をかけてやっています」
●言葉のようなものをひとつひとつ拾っていくってことですよね?
「しかも別に参照するデータがあるわけじゃないので、この音は例えば僕らが聴こえる音の感じだと、“キュッ”なのか“キョッ”なのか“ギッ”なのかっていうのをちょっと当てはめてメモして、それを切り出して、音素解析っていうのをやっていくんですけど、さっき言った15分のファイルで1ヶ月半かかったファイルだと、7700回くらい音が出ているんですよ。
大学にいる間に解析が終わらないので、家に帰ってもやるんですけど、あまりに大変で寝落ちしちゃって、娘が起こしてくれたんですけど、その時に娘に向かって“キュキュキュキュ、キョッキョッキョッ”って・・・(笑)。(娘が)“お父さん、お父さん、アリ語、喋っているよ?”ってなってしまったぐらいな感じにはやっています」
●本当にたくさんの時間をかけて研究されていたんですね(笑)。これまでにわかった言葉のようなものって何種類ぐらいあるんですか?
「統計的に優位な差が出ているのは15種類あって、そのうち体のサイズも合わせてやるとなると、条件を厳しくして11種類になっているので、日本語で51音、英語で26音と考えると、音のタイプとしては結構多いんじゃないかなと思います」
●それぞれ意味があるんですよね?
「基本的には、この刺激とかこの状況でこういう音っていう・・・」
(*放送ではここで、特別にお借りしたハキリアリの音のデータを聴いていただきました。流した音は3つ。いずれも働きアリで「マメ科の葉っぱを切る時に発する音」「キノコ畑での警戒音」「幼虫の世話をいている時の音」)
●女王アリも音を発するんですか?
「女王アリの出す音は、ちょっと怖い音を出すっていうのがわかっています」
●ほかのアリとはまた別の音ですか?
「全然違いますね」
●どう違うんですか?
「(女王アリは)ものすごく大きい音を出すんですけど、その音を聴かせると働きアリはその場でフリーズしちゃうんですよ。
僕が女王アリの音を録っている時の状況は、どうしても巣を破壊している時が多いので、働きアリが右往左往としている時に、女王アリが大きい音を出すと、働きアリはそこで一瞬フリーズするんですね。
おそらくその隙に女王アリは逃げちゃうと・・・だからその音の役割としては、“あなたたちは、ここに留まって闘いなさいよ”っていう意味なんじゃないかなっていうふうに推測しています」
(*放送ではここで特別に、女王アリが発する音をお聴かせました)
●ハキリアリ以外のアリも、おしゃべりはするんですか?
「そうですね。これも僕の研究なんですけど、社会があまり大きくないグループって、おしゃべりじゃないんですよ。ちっちゃいコロニー、あまり働きアリがいっぱいいないやつは、すご~く静かな社会です。
社会がどんどん複雑になればなるほど、すごくおしゃべりになっていくので、これは別にアリに限ったことじゃなくて、やっぱり社会を維持するところでは、結構、普遍的な原理なのかなっていうふうに思っています」
アリとネゴシエーション!?
※村上さんの研究で、ハキリアリの言葉のようなものがわかってきて、今後「アリ語」の解明がもっと進めば、どんなことに役立つと思いますか?
「基本的には純粋にサイエンスを追求したいというのがあるんですが、ハキリアリは習性を知っていただければわかるように葉っぱを切っちゃうんで、非常に人間の社会にとっては影響が大きいと・・・。
例えば農作物とか果樹園の木の葉っぱを切っちゃって農業被害が出ちゃうんですが、ブラジルの国家予算の10%くらいがハキリアリ対策予算って言われていて、それがだいたい化学物質、農薬とか殺虫剤を使っちゃうんですけど、かなり環境の負荷が大きいんですね。
音を使ってアリに言うことを聞かせるっていうかネゴシエーションして、腹を割って話して、“こっちに来ないで”とか、もうちょっと進んだら、“うちの雑草を刈ってよ”とか、そういうふうなことができると、とてもいいなって思って研究しています」
●村上さんがアリ語をしゃべれたら、アリに何を聞きたいですか?
「もう30年くらいアリを飼育していたり、研究しているので、なんとなくはアリの言っていることはわかる気がするんですね。特別にこれを聞きたいっていうことはないんですけど、まあなんか日常会話をしてみたいなっていう気はしています」
●いずれは「アリ語辞典」とかも作ったりできるってことですよね?
「そうですね。だから一部、そういうふうなものを作りつつあるっていうことだとは思うんですけど・・・」
●寝言でアリ語をしゃべっちゃう村上さんですけど、アリになりたいと思ったことはありますか?(笑)
「だからそういうことしている時って、アリと人間の境目は割とない感じはしていて(笑)、一生懸命、行動観察とかしていても、どっちかっていうとアリの世界の中に降りていっている感じがしているから、既にアリの一部にはなっているんじゃないかなって思っています」
●では最後に、この本『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』を通して、どんなことをいちばん伝えたいですか?
「そうですね・・・さっきもちょっと言いましたけれど、やっぱりアリの多様な世界を見て、そして我々がなんとなく先入観で、進化ってすごくいいものが残るみたいに思っているんですけど、そうじゃなくて、多様でいろんなものがこの地球上には残る可能性があって、それはあまりカチカチと考えるんじゃなくて、アリをのんびり眺めていれば、よくわかるんじゃないかなっていうのが伝わるといいな~って思っています」
(編集部注:村上さんは小・中学生の子供達と「アリリンガル」プロジェクトを進めていらっしゃいます。アリとおしゃべりするための、アリ語翻訳機を子供たちと一緒に作っているそうですよ)では、結構、普遍的な原理なのかなっていうふうに思っています」
INFORMATION
村上さんの新しい本には、アリの生態に魅せられた村上さんの、少年時代のエピソードから、研究者になってからの、とんでもなくユニークな日々が綴られています。老若男女が楽しめるエッセイをぜひ読んでください。
巻末には、村上さんが描いたイラストによるアリ図鑑も掲載。そしてQRコードからハキリアリの発する音が聴ける特典がありますよ。ぜひ本をお買い求めのうえ、特典にアクセスしてください。
扶桑社から絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
2025/11/23 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、国立科学博物館・生命史研究部・進化古生物研究グループ長の「矢部 淳(やべ・あつし)」さんです。
現在、上野の国立科学博物館で好評開催中の『大絶滅展〜生命史のビッグファイブ』。この特別展は、地球に生命が誕生して40億年の間に起こった「大量絶滅」にスポットを当てた、これまでにはない展示となっています。
海の古代生物の化石や恐竜の骨格標本など、なかなかお目にかかれない貴重な標本が工夫を凝らして展示。迫力のある映像にも圧倒されます。
さらに音声ナビゲーターとして「福山雅治」さんが出演。また、福山さんが世界の秘境や辺境で撮った写真も展示されていて、こちらも話題になっています。
今週はそんな『大絶滅展〜生命史のビッグファイブ』をクローズアップ!
この特別展の総合監修を担当された国立科学博物館の古生物学者、矢部 淳さんをお迎えし、これまでに地球で起こった5回の大量絶滅を紐解きつつ、今回の特別展の見どころなど、お話しいただきます。
☆写真協力:国立科学博物館

5回の大量絶滅「ビッグファイブ」
※矢部さんは1971年、茨城県生まれ。筑波大学から大学院、そして福井県立恐竜博物館を経て、2012年から国立科学博物館の古生物学者として活躍されています。
ご専門は植物の進化。日本全国、北は北海道から南は沖縄まで調査に出かけ、植物の化石などを採取。植物がどんな環境で移り変わってきたのかに注目し、研究。古代の植物から当時の環境と生き物との関係性を知ることができるそうです。
●それでは矢部さんにお話をうかがっていきます。今回の特別展は「大量絶滅」にフォーカスした展示になっています。大量絶滅をテーマにしたのは、どうしてなんですか?
「大量絶滅、今回は大絶滅という言い方もしているんですけども、みなさん一般的には、おそらく恐竜が絶滅したことがよく知られていると思うんですよね。多くのかたのイメージとしては、恐竜は隕石が衝突して絶滅した、その研究はもう終わってしまっていて・・・というふうな印象があるんじゃないかと思ったんですね。
実はこのあとお話をする5回の大量絶滅、全部について、現在も多くの研究が行なわれていて、研究会というか学術会ですごくホットなんですよね。
そういったことを紹介したいなっていうことがひとつと、もうひとつは現在、私たちが暮らす環境において、いろんな生物が絶滅の危機に瀕していることが知られていると思うんですけれども、過去に学ぶことで、私たちの今のことを考えるきっかけになればいいな、そういったふたつの思いがありました」

●この特別展の副題に「生命史のビッグファイブ」とあります。改めてこのビッグファイブとは、どういったことなんでしょうか?
「目に見えるサイズの化石が見つかるようになったのが、およそ5億4000万年ぐらい前なんですね。それ以降、化石がたくさん見つかるようになります。それはなぜかというと、殻を持つもの、あるいは骨格を持つものがその時期に現れたからなんですね。
それ以降の時代で、生物の多様性を並べてみた時に5回、多様性がすごく減る時期があることが知られていて、それが大量絶滅と言われるものなんですけれども、その5回を『ビッグファイブ』と呼んでいます」
●先ほど矢部さんからお話がありましたけれども、巨大な隕石が衝突して恐竜が絶滅したという話は聞いたことはありました。それ以外の大量絶滅は、どんな原因があったんですか?

「まだわかってないこともいろいろあるんですけれども、最近の研究でようやくわかってきたのが、5回のうちの4回、要は恐竜の絶滅以外の4回は、いずれも大規模な火山の活動によるものだったと考えられるようになってきています。
火山の活動が活発になると、小尾さんもたぶん想像できると思うんですけど、温室効果ガスがたくさん含まれているんですよね。CO2ですけども、それがたくさん含まれているものが放出されると、例えば温暖化するとか、逆に火山灰が地球の成層圏を覆ってしまうと、太陽の光が届かなくて寒冷化するとか、火山の活動がきっかけとなって、いろいろな環境の変化が起こる、それがいろんな生物に影響した、そういったことだと考えられるようになっています」
(編集部注:矢部さんによると、学者や研究者が大量絶滅に気づいたのは、意外に早くて、19世紀の中頃で、地層に残っていた化石が地質年代の前後で大きく変わることから、大絶滅があったとわかったそうです)

3番目の大絶滅が最大級!
※5回の大量絶滅それぞれで、どんな生き物が絶滅し、そのあと、どんな生物が繁栄していったのか、教えてください。
「5回の絶滅は古くなればなるほど、みなさんにあまり馴染みのない生き物が多くなるので、ちょっと難しいかもしれないんですが・・・いちばん最初の絶滅、これは古生代の前半、オルドビス紀とシルル紀という時代の境、およそ4億4500万年ぐらい前だと言われているんですね。
この時期の絶滅は、まだ陸上に生き物がほとんどいなかった時代なので、おもには海で起こっていて、その頃生きていた、例えば三葉虫とか腕足動物とか聞いたことありますかね・・・そういった生き物が大きな影響を受けていますね。
その後の世界は、実はそれまでにいなかった珊瑚の仲間がすごく発達して、そのお陰でそれを中心とした、例えば顎を持った魚とか、様々な生き物があとの世界で繁栄したと考えられています。
2番目の絶滅、これはデボン紀という時代の終わり頃に起こったと言われていて、3億7000万年前ですね。この時の絶滅では先ほど言った珊瑚類が結構、実は影響を受けて、三葉虫の仲間も影響を受けて、顎を持たない魚・・・これらの仲間が絶滅をしたと言われています」
その後の世界に出てくるのが、今私たちの身のまわりにいる魚に近い軟骨魚類、サメとか、硬骨魚類とか、そういった仲間が現れたり・・・この時期、ちょっと特徴的なのは、それより前の時代は海の生き物ばっかりだったっていう話をしたと思うんですけども、このデボン紀という時代の終わりの絶滅以降は、陸上の世界がすごく華やかになったと言われています。
で、3番目の絶滅ですが、これは古生代末、ペルム紀と中生代の最初の三畳紀という時代の境で起こった絶滅ですね。2億5000万年ぐらい前なんですけども、この時には先ほどまでずっと紹介してきた三葉虫の仲間、ここまでかろうじて生き延びてきたんですけれども、それが完全にいなくなったり、腕足動物もほとんどがいなくなったりというようなことが起こりました。陸上でも非常に大きな絶滅が起こりました。
実はこの時期の絶滅が5回のうちで最も大きくて、陸でも海でも90%を超えるような絶滅が起こったと考えられているので、本当にありとあらゆるものが絶滅したと言っていいと思うんですね。
その後は、かろうじて生き残ったものとして、私たち哺乳類につながるような仲間、キノドン類って言うんですけれども、そういった仲間とか・・・海の中では爬虫類の仲間なんですけど、魚竜と言って海の中で生きるような仲間がいるんですけれども、そういった生き物がその絶滅の後に繁栄したと言われたりしています」
進化のきっかけは大量絶滅!?
※続いて、4番目と5番目の絶滅について説明していただきました。
「4番目の絶滅、これは中生代の前半の三畳紀とジュラ紀の間、およそ2億年ぐらい前なんですけども、この時には海にいたアンモナイトであるとか、先ほど言った原始的な魚竜の仲間が絶滅して、その結果として、実は一般にすごく馴染みのある恐竜とか、いわゆる中生代を特徴づけるような生き物がこの後、華やかになっていったと言われています。

5番目が、最初のほうにもお話をした中生代と新生代の境界、白亜紀と古第三紀の境界ですね。6600万年前、小惑星の衝突によって起こったという絶滅イベントなんですけども、この時にいわゆる鳥以外の恐竜が絶滅し、ほかにも海ではアンモナイトとか、海生の爬虫類の仲間が絶滅したり、様々な生き物がこの時も絶滅したんですね。その後の世界に私たち哺乳類の繁栄が訪れたということになります。
植物で言うと、それ以前から現れてはいたんですけれども、この後の時代に花を咲かせる植物、被子植物っていうんですが、それが非常に繁栄した、そんな変化がありました」
●絶滅っていうと、どうしてもネガティブなイメージがありますけれども、生命の進化というふうに考えるとネガティブではなさそうですね?
「いいところを強調していただいてありがとうございます。普段の絶滅というのも、進化の陰でというか、進化と同時に起こっているんですが、大量絶滅が特にその進化に影響したと考えられているんですね。
なぜかというと、例えば何十%とかっていう種がいなくなってしまうと、それらがいた場所がぽっかりと空くわけですよね。そうするとわずかに生き残った生き物がそこで多様に広がっていく機会ができる、そういった捉え方ができるのかなと思っています」
(編集部注:先ほど、最も大きかった3番目の大量絶滅では、陸でも海でも90%以上の生き物が絶滅したというお話がありましたが、ひとくちに大量絶滅といって40%から70%のこともあったりと、まちまちだそうです。それでも、生き物が60%から70%も絶滅するというのは凄まじいことだと矢部さんはおっしゃっていました)
6つのコーナーを束ねる「大絶滅スフィア」!
※今回の特別展は、総合監修の矢部さんを含め、10人の研究者のかたが監修にあたり、6つのコーナーに分けて、海の古代生物や恐竜の化石などを展示しています。その中から、見どころというか、特徴的な展示をいくつか教えてください。
「実は6つのコーナーを束ねる場所があって、展示のちょうど中央付近、私たち『大絶滅スフィア』って呼んでいるんですけど・・・スフィアってわかりますか? 地球儀のような球体を言うんですが、それが中央にでーんと鎮座しているんですね。

そこで何をしているかっていうと・・・先ほどまでお話してきた大絶滅、その大部分が火山の活動で起こっていることがわかってきていて、その火山の活動は、大地の動きが火山の原因であったり、火山の噴火の結果であったりするんですけども、大地の動きと火山の噴火、それがわかるようなモニターとして、大絶滅スフィアを置いています。
そこが展示のイントロであるとか、展示の全体の関連性みたいなのを知るのにすごくいいところなので、大変美しいモニターですし、ぜひ見ていただきたいなと思っています。
それ以外にも、本当にたくさんあるんですけども、実は6つのコーナーのそれぞれに、その時代を特徴づけるようなハイライト展示みたいなのを置いているんですね。それはお立ち台のようになっていて、そこにその時代を特徴づける生き物の化石であるとか、それを説明するための原寸大の模型のようなものを置いていて、それが非常にわかりやすいし、迫力があるかなと思っています。

展示しているものとしては、チラシとかでも紹介しているんですけど・・・オルドビス紀で言えば、『アノマロカリス』というカンブリア紀を代表する生き物がいるんですけども、それの仲間であるとか・・・。
私が好きなところでは、2番目の絶滅に関連しているところに『ダンクルオステウス』っていう、甲冑魚みたいな・・・体の外側に甲冑を持っているような巨大な魚で、そういったものが展示されていたり・・・。

あとは4番目の絶滅、三畳紀やジュラ紀のところでは、巨大な恐竜と恐竜ではない爬虫類が展示されていたりとか・・・そういったものをぜひ見ていただきたいなと思っています」
(編集部注:今回の特別展では、世界有数のコレクションで知られる、アメリカ・コロラド州にあるデンバー自然科学博物館の貴重な標本の数々が展示されています。その中には日本初公開の標本もあるんですよ)
「大絶滅展」のためにモロッコで発掘調査
※この特別展のためにモロッコで発掘調査をされて、その展示もありました。どうしてモロッコだったんですか?
「モロッコは、実は5回の絶滅事変の1番目、2番目、4番目に関係する地層、そして化石が見つかる場所なんですよ。なので今回『大絶滅展』を展示で扱うにあたって、新しい情報を自分たちで見つけて提供したいなって思った時に、その3つの絶滅事変に関係している地層があるっていうのはすごく魅力的で、それでモロッコで調査をしたいなと思ったわけなんですよね」
●いつ頃、どれぐらいの期間、発掘調査をされたんですか?
「2023年の12月年末ですね。3週間ぐらい発掘をしていました」
●矢部さんも参加されたんですね?
「あ、いえいえ、いかにも(発掘調査に参加)したかのよう言い方をしていましたけども、そうではなくて10名のうちの3名が参加して調査をしてきました」
●どんな化石が見つかりましたか?
「第1章、第2章で展示をしているような様々な無脊椎動物、脊椎動物の化石が見つかっているんですね。ちょっと聞き慣れない言葉かもしれないんですけども、オルドビス紀という、最初の絶滅の前の時代で、今世界的に注目されている化石群集っていうのがあって『フェゾウアタ化石群』っていうんですけども、そこの様々な化石を収集することができました。
その中には例えば、ウニやヒトデの仲間のとても原始的なものであるとか、先ほど言った『エーギロカシス』っていうアノマロカリス類の仲間であるとか、そういったものが見つかっているところなんです。そのフェゾウアタ化石群で、様々なものを見つけたっていうのがひとつあります。
もうひとつは、これは共同で発掘した、東京都市大学の発掘で見つかったものなんですね。デボン紀、2番目の絶滅イベントの絶滅前の時代ですけど、先ほど言ったダンクルオステウスっていう甲冑魚、その実物の化石が見つかっていて、それを模型と一緒に展示をしています。
あとは化石ばかりではなくて、絶滅イベントに関係した、そのきっかけとして火山活動があったと言いましたけども、その大規模な火山活動によって出てきた溶岩流とか、これは三畳紀末のものだったりするんですけども、それを観察して調査をして岩石を採取することができて、それも展示室で見ることができます」
●では最後に「大絶滅展」の総合監修を担当された矢部さんから、ここは特に見てほしい、そしてこんなことを感じてくれたら嬉しい、ということがあれば、ぜひお願いします。
「何度か申し上げていることかもしれないんですけども・・・絶滅というと、どうしてもネガティブに捉えがちだと思うんですけど、実はそうとばかりも言えない側面があることを知っていただきたいなというところですね。
展示会場は、さすがに(照明が)明るくてってことはないんですけども、デザインもすごくポップで楽しげな展示室にもなっているので、どういうふうにして今の多様な世界につながっているのか、そんなことを感じていただければいいかなと思っています」
INFORMATION
開催は来年の2月23日まで。開館時間は午前9時から午後5時まで。入館は4時30分まで。入場料は、当日券で 一般・大学生2,300円、小・中・高校生600円。福山雅治さんが音声ナビゲーターとして出演されている、音声ガイドのレンタル機器はおひとり1台650円。矢部さんもナビゲーターとして登場されますよ。

第二会場では特別企画として、福山さんが世界の秘境や辺境で撮った生き物や風景の写真を展示。つい最近取材で出かけたというガラパゴス諸島で撮った最新の写真も見ることができます。ぜひお出かけください。
詳しくはオフィシャルサイトをご覧ください。
◎『大絶滅展〜生命史のビッグファイブ』:https://daizetsumetsu.jp
2025/11/16 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東海大学・海洋学部の准教授「佐藤成祥(さとう・のりよし)」さんです。
佐藤さんは1980年、北海道札幌市生まれ。北里大学水産学部を卒業後、北海道大学 環境科学院で学位を取得。
ご専門は、動物の行動や進化を研究する「行動生態学」。おもな研究対象はイカやタコ。いろんな生き物がいる中で、なぜイカやタコを選んだのか、それは海の中で独自の生き方をし、面白い特徴があるからだそうです。
そんな佐藤さんが先頃『イカの恋、タコの愛』という本を出されました。本のタイトルにとても興味を持った当番組のスタッフがどうしてもお話をお聞きしたいということで、学会のために沖縄に出張していた佐藤さんをつかまえて、リモートでお話をお聞きすることができました。
きょうは、イカやタコの不思議な生態の中から、特に繁殖のための駆け引きや、子孫を残すための驚くべき戦略のお話などをお届けします。
☆写真提供:佐藤成祥

貝の仲間、頭足類
※まずは、イカやタコがどんな生き物なのか、お聞きしました。
「基本的なところで言いますと、イカやタコは海の中の生き物でいちばん近いのが貝です。貝というと、どっちかというとあまり表情がない・・・みなさん食事でシジミとかアサリとか食べていると思うんですけれども、(イカやタコは)貝殻を失って、その代わりに機動力が増した、動けるようになった仲間がイカやタコですね。
動けるようになる、そういう進化の過程で、賢くなったり目が良くなったりという・・・我々が見ても顔がなじみのあるような形にどんどんとなっていったということです。今はもう貝とは似ているなという感じには思わなくなってはいるんですけれども、もともとは貝と非常に近いところにいた生き物なんです」
●体付きは人間とは全く違っていて、胴体と足だけに見えますけど、どんな構造になっているんですか?
「よく漫画で、火星人とか頭でっかちで足だけで歩いているような感じで描かれているので、特にタコなんかは胴体というか、頭でっかちって印象があるのかもしれないですけども、あれが全部胴体なんですね。
頭自体は目があるところの中心に脳みそがある。実は頭はそれほどでかくないんですけれども、その頭から直接手足が生えている。なので、“頭足類”の仲間たちというところですね。体の仕組みは我々とはだいぶ違っている感じになっています」

●骨はないですよね?
「そうですね。もともと貝類もイカ・タコ類も含めて軟体動物と総称で言われるんですけれども、その名の通り柔らかいんです。それは体を支持する、我々だったら骨があるわけですけれども、そういうのが一切ない。
逆に骨で体を保つのを外側に持ってきた、いわゆる“外骨格”って言うんですけれども、貝殻を外に持ってきて、それで身を守る。あるいは形を保つようになったのが貝なんですね。
なので、もともとは骨があって、それが外側にある。我々のように体の中にある骨とは違って、体の外にあるんですけれども、それすらもイカとタコはなくなってしまった、ちっちゃくなってしまったということです」
●イカ焼き食べると、透明なプラスチックのようなものが出てきたりすると思うんですけど、あれは何ですか?
「まさにそれが骨の名残りですね。貝殻は身を守るにはいいんですけれども、やっぱり鎧っていうのは重いですから素早く動けない。そんな時に彼らは素早く動きたい方向に進化したので、外側の殻をどんどん小さくして体の中に収まるようにしていった。なので、いわゆる貝殻の名残り、骨のような名残りみたいな感じなのが、“軟甲(なんこう)”と言われているプラスチックの棒のようなものです」
(編集部注:イカの足は10本、タコは8本ありますが、佐藤さんたち研究者は、足ではなく、腕という認識で、その腕には吸盤と強力な筋肉がついているので、大きい獲物を捕まえることができるそうです)
水を噴射して自由自在!?
※イカやタコは、海中を自由自在に動き回っているようなイメージがありますが、何を使って、どんなふうに泳いでいるんですか?
「イカもタコも昔の漫画とかで、おちょぼ口のような感じで描かれているのが頭に思い浮かぶかと思うんですけれども、あれは口ではなくて “漏斗(ろうと)”と言って水の噴出する管なんですね。
体の中に水を取り込んで、それを管から水をビュッーと噴射する。それが推進力になって、ジェット噴射をして、高速で移動できるんですね。その管は上下左右いろんな方向に曲げることができるので、その曲げた方向によってはバックもできますし、飛びかかったりっていうことが可能になっています」
●イカやタコの目って大きいですよね? 視力はいいってことですか?
「人間の測り方でどれぐらい遠くまで見られるかっていう視力自体は、なかなか測ったことがないので、どの程度、遠くまで見られるかわからないんですけれども、脊椎動物じゃない、いわゆる背骨のない無脊椎動物の中で、我々人間と同じような目の作りをしているんですね。
それは“カメラ眼”と呼ばれているんですけれども、我々の目には瞳、レンズがあって、目の筋肉を調整することで、レンズの厚さを広げたり細くしたりして、それでピントを合わせることができるんですね。
なので、我々は非常に細かく詳細な形を知ることができる、目がいい生き物なんですけれども、ほかの無脊椎動物は、そういう力はかなり劣っていると言われています。はっきりとした形を見ることができない無脊椎動物の中で、イカやタコは目がいいという・・・独自に進化したんですね」
●タコが墨を吐くのは、あれは敵から逃げるためなんですか?
「そうですね。タコもイカも普段は体の色を自在に変化させて、とにかく見つからないように生きているんですね。防御力が非常にある。貝殻を失った生き物たちなので、見つかって攻撃されるとすぐ傷つくし、食べられてしまうんです。それを補うようにとにかく見つからないように生きているんですよね。
そんな中でもやっぱり見つかってしまう。そうなったときにどうするかと言うと、墨を吐いて相手を混乱させる。タコの場合は煙幕のようにバーっと散って視界を塞いでいく。イカの場合はダマになった墨をポンと吐いて、自分の分身を作るような形で、狙いを定めさせないようなことで、その隙に逃げるというそういうことをしています」
(編集部注:イカやタコは墨をはいて、敵から逃げるという話がありましたが、イカやタコのいちばんの天敵は、クジラやイルカなどの鯨類、そしてサメやマグロなどの大型の魚だそうです。特にクジラやイルカは音を使って獲物を探し、捕まえるので、逃げるために吐く墨は役に立たないとか。
ちなみに世界にはイカの仲間がおよそ500種、タコが300種ほど。日本にはイカがおよそ200種、タコが70種ほどいるそうですよ)
精子のバトンの受け渡し
※ここからは、佐藤さんが先頃出された本『イカの恋、タコの愛』をもとにお話をうかがっていきます。この本はタイトルからもわかるように、ほかの生き物にはない特徴を持つイカやタコの繁殖方法を、ぜひ知ってほしいと思って書いた本だそうです。

第二章に、頭足類の繁殖方法は「精子のバトンの受け渡し」と書いてありました。これはどういうことなんですか?
「生き物の繁殖というと子供を作るための行動なんですけれども、普通は交尾をする。オスの交尾器をメスの交尾器に挿入して精子を噴出し、受精がメスの体内で起こるというパターンと、あるいは海の動物にあるように、卵と精子をそのまま海中に投棄して、それが体の外で受精するという、大体そのふたつのパターンに別れると思うんですね。
イカとタコに関しては体内受精っぽいですね。いわゆる組み付いて繁殖が開始されるんですけれども、交尾器というもので精子を渡すというよりは、精子のカプセルをオスが手渡しでメスにパスするというそういう特徴があるんですよね。これはほかの動物には全くない、ちょっと変わった行動だったりします」
●確かに面白いですよね。しかも“交尾”じゃなくて“交接”っていうふうに本に書かれていましたけれども・・・。
「そうですね。交尾というと、先ほど言ったように“交尾器“のようなものを交わせて、精子の受け渡しをするということなんですけれども、交尾器がないものっていうか、精子のやり取りをしないので、“交接”というふうに言っていますね」
●その交接方法でも、イカとタコそれぞれに違いがあるんですよね?
「そうですね。イカは先ほど言ったように、精子のカプセルをオスが手渡しでメスに渡すリレー競争のバトンパスのような方式で行われるんですね。
タコの場合はちょっとその方法が違っていて、繁殖専用の腕“交接腕”というものをオスがまずメスの体内に入れて、その腕には先端から根元までずっと溝があるんです。その溝に沿って精子のカプセルをずっと走らせて、メスの体内に運んでいく。だから電車をイメージするといいかなと思います。精子のカプセルがメスに向けて走っていくような感じで、受け渡しが行なわれています」

※交接のあと、メスが産卵しますが、イカやタコ、それぞれ好んで産卵する場所はどんなところなんですか?
「今回の場合はタコから先にお話しします。タコは巣を持っているんですね。海の底にべったりと這うようにして生きているタコは、普段は岩の陰であったり、あるいは砂の中に穴を掘って巣を構えて、そこを拠点に行動します。産卵の時はその巣の中に卵を産み付けて、それを守るような形です。
イカに関して言うと、そういう巣は作ることはなくて、自由に遊泳したりしているんですね。産卵の時はサンゴだったり、岩の下だったり・・・産卵基質(さんらんきしつ)と言われている、何か物に対して卵をひとつずつくっつけていくような形で産卵が行なわれます。」
●産卵したら、その後はどうなるんですか?
「イカの場合は、そのまま産みっぱなしです」
●産みっぱなし・・・?
「はい、そうです。産卵したらメスは役割を終えたということで、その場を立ち去ります。しかし、タコに関して言うと、そこからがタコの長い繁殖のスタートで、メスが卵をかいがいしく孵化するまで世話するというようなことが知られています」
(編集部注:タコのメスが巣にとどまって卵を守り、お世話するのは、種類によりますが、数週間から1ヶ月ほど。新鮮な海水を卵に吹きかけて酸素を供給するなど献身的に世話をし、その間、飲まず食わず。そのため、筋肉も細り、体はぼろぼろ。卵が孵化したあと、メスは一生を終えるとか。
ちなみに寿命はマダコで1年から2年ほど、ミズダコで3年から4年ほど。繁殖期はイカもタコも一生に一回だそうです)
求愛は「ゼブラ・ディスプレイ」
※子孫を残すための求愛行動は、イカやタコでもありますか?
「これに関してはタコは非常に乏しいんですね。この本の中でも書きましたが、“タコの愛”と銘打って、本当はたくさんのタコの繁殖の例を紹介したかったんですけども、研究していてもほとんどその例がないんですね。とても淡白で求愛とかほとんど行なわないんですね。
それに比べてイカは、沿岸性のコウイカとかヤリイカは、オスがメスに向けて体の色を激しく変化させて求愛を行なことが知られています」

●いろんな柄になったりするんですよね?
「そうですね。それがイカやタコの面白いところですね。やっぱり普段、身を守るために周りに体の模様を溶け込ませる能力が、ここで求愛に役に立つ。本当に一瞬で体の色をパっと変えることができるんですね。
とても顕著なのは“ゼブラ・ディスプレイ”といいまして、シマウマ柄ですね。白と黒のシマシマになって、メスに対してアピールをするっていうことが知られています」
●モテるオスの特徴として挙げられることって、どんなことですか?
「はい、これもイカ・タコに限定されず、多くの動物はやっぱり力強いオス、それからキラびやかな、要するにかっこいいオス、強いオスはモテるんですね。それは子孫を残しやすかったり、できた子供が強かったりっていうことがあるんですね。
しかし、だからといって、絶対必ず大きいオスの交尾を受け入れて、小さいオスの交尾を受け入れないかっていうと、そんなことは全然なくてですね。そこら辺の基準っていうのは、実際に我々もそうですけど、聞いたらわかるものではないので、一体何が起こっているかっていうところがあるんですね。だから必ずしも強いオスだとか、かっこいいオスがモテるわけじゃないっていうのが、イカ・タコの世界でも確実になっています」
(編集部注:近年発見されたタコの興味深い繁殖方法を、佐藤さんが教えてくれました。そのタコは、オーストラリアの「ブルーラインオクトパス」という、毒を持つヒョウモンダコの仲間で、多くのタコと同じようにメスが大きく、オスは小さい。そのため、オスがメスに不用意に近づくと食べられてしまうそうです。
そこで、ブルーラインオクトパスのオスがとった戦略は、なんと! メスに毒を注入。その毒はフグの毒くらい強いもので、メスは動けなくなり、その間にオスは、精子のカプセルを渡します。メスはその後、ちゃんと回復し、産卵に至るそうです。
小さなオスが子孫を残すために編み出したひとつの戦略なんですね。詳しくは佐藤さんの本『イカの恋、タコの愛』に載っていますので、ぜひ読んでくださいね)
繁殖の駆け引きが複雑!?
※改めてになりますが、イカやタコの研究をされていて、どんなところにいちばん面白さを感じますか?
「ほかの動物と違って、今回の話でも最初にご紹介していただきましたけれども、精子のやりとりが、普段は我々は見ることができないんですね。我々人間もそうですし、ほかの哺乳類とか多くの動物は、体内でのやりとりで完結するんです。
イカ・タコの場合は、それを体外でやるので繁殖したあと、メスがやっぱり嫌っていうことで排除することができたりするんですね。そういうふうな駆け引きがイカ・タコの場合は、ほかの動物よりもちょっと複雑で、それを我々は見ることができるのが何よりも特徴なんじゃないかなというふうに考えています」
●では最後にこの本『イカの恋、タコの愛』を読む方が、どんなことを感じ取ってくださったらいいですか?
「単純にイカやタコが面白いなと思ってくれるだけでいいかなと思います。イカやタコに興味を持った人が、さらにプラスで、繁殖についてはこういう側面もあるんだというような感じで、興味がもうちょっと深くなるようなことがあれば、書いて本当によかったなと思う次第ですね」

(編集部注:佐藤さんのおもな研究対象は世界最小といわれるイカ「ヒメイカ」。体の大きさは1〜2センチほど。ヒメイカを選んだのは、日本各地の浅い海のアマモ場に生息し、網などで採りやすいという理由のほかに、実は飼育が難しいイカやタコの中で飼いやすいからだそうです。

ヒメイカは背中に吸着器という器官があって、海藻にくっつくことができる、そんな特徴もあるそうです)
INFORMATION
この本には、佐藤さんの研究対象「ヒメイカ」の、これまた面白い恋の駆け引きも紹介。ほかにも、私たちとは似ても似つかない不思議な体を持つイカやタコの、風変わりで面白い生態や繁殖にまつわる研究や情報が満載です。ぜひ、あなたもイカやタコのディープな世界にダイブしてみませんか。
岩波科学ライブラリーの一冊として絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎岩波科学ライブラリー:https://www.iwanami.co.jp/book/b10140096.html
2025/11/9 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東京都市大学・准教授で、古生物学者の「中島保寿(なかじま・やすひさ)」さんです。
中島さんは1981年、東京都生まれ。東京大学から大学院に進み、2013年に理学博士に。現在は東京都市大学・准教授として活躍されています。
子供の頃から博物館や図鑑に親しみ、化石や恐竜が身近な存在だったという中島さんは、ある科学雑誌の表紙になっていた小型の恐竜「デイノニクス」の絵に釘付けに。
その絵は、今までのイメージを覆すように活動的に描かれていて、それを見た中島少年は「デイノニクス」がまるで生きているかのように活発に動いている様子をリアルに想像できたそうです。そのことがきっかけとなり、古生物の魅力に取り憑かれ、現在は古生物学者として活躍中。
そんな中島さんが先頃『ジュラシック水族館へようこそ〜日本の化石からわかる海の古代生物』という本を出されました。
きょうは、その本をもとに、海の古代生物を再現した架空の水族館や、水中に暮らしていた爬虫類の特徴のほか、化石が密集している地層「ボーンベッド」のお話などうかがいます。
☆写真提供:中島保寿、イラストレーション:工藤なくる(化学同人)

海の爬虫類「魚竜」
※中島さんのご専門は古生物学ということなんですが、その中でも海の古代生物、特に爬虫類や魚などの脊椎動物グループを研究されているそうですね。陸上の生き物ではなく、海の生物を専門にしたのはどうしてなんですか?
「もちろん海の生き物は水族館にいたりだとか、ダイビングをして観察したりだとか、それだけでもかなり魅力的なものだと思うんですけれど、そもそも陸の生き物と海の生き物、どっちの化石が多いかっていう話になると、これは圧倒的に海の生き物の化石が多いですね。
というのも、地球の7割以上は海で覆われていて、その中で砂や泥がたまって地層ができて、そこで化石ができあがっていくわけなんですけど、それが陸上の地層に対して圧倒的に(海のほうが)地層の量が多いと・・・。
化石もやはり(海のほうの)量が多くて、特に日本でいうと、陸上の動物よりも海の動物の化石がやっぱり圧倒的に多く見つかっています。実際にフィールドに行って化石を発掘して研究を行なっていると、最初に出会うのはやはり海の生き物なんですね。なので、より身近でよりアクセスしやすい化石っていうことで、海の生き物を中心に自然と研究するようになりました」
●おもに海のどんな古代生物を研究されているんですか?
「代表的なところでいうと日本の東北地方、宮城県とかで見つかっている化石で、『魚竜』っていう生き物がいるんですけれど、その魚竜は海に棲んでいた爬虫類の仲間です。爬虫類はトカゲとかヘビとかカメだとか、陸上に棲んでいたり、水辺に棲んでいたり、いろんな生き物がいると思うんですけど、特にその魚竜は完全に海の中で生活ができるように進化した生き物ということがわかっています」

●魚ではなく、爬虫類・・・?
「そうですね。形でいうと魚竜は、魚そっくりの形をしているんです。ただよく見てみると、例えば魚に特徴的なエラがなかったりだとか、鱗みたいなものがなかったり、よく見ると手足の形がちゃんとヒレに残っていたりということで、骨格から爬虫類だということがはっきりわかるんですね」
●化石を採取して研究していくんですよね?
「はい、実際に海岸付近の地層を観察したりとか、海岸に落ちている石をよく見てみたりすると、化石が入っていることがあるんですね。骨だとかそういったものの化石がよく見つかります。それを発掘してきて研究をするということを行なっています」
●メインフィールドはどこなんですか?
「先ほど挙げた東北・宮城県の南三陸が、ひとつの大事なフィールドになっています。この辺りはだいたい2億5000万年ぐらい前の化石が発見されるところです。2億5000万年前というと、かなり古い時代になるわけですけど、その頃に海の爬虫類が一斉に進化してきた、そういった記録が化石として見つかっています」

「ジュラシック水族館」その真意
※中島さんの新しい本が『ジュラシック水族館へようこそ〜日本の化石からわかる海の古代生物』。タイトルにある「ジュラシック水族館」というのが気になったんですが・・・どんなコンセプトで書いた本なんですか?
「古生物学者の研究とはどういうものなのかを、包み隠さずに全てをお伝えしたいなというのが、ひとつのコンセプトなんですね。その中で我々(古生物学者)は何を目標にして、どんなことを目指して研究をしているのかを、一言で言い表すとどんなことだろうなって考えたんです。
で、我々の研究はどんな生き物がいたのかっていうことだけではなくて、どんな場所で何を食べて、どのように生活していたのか、その過去の生き物がどのような生き様だったのか、ということを総合的に明らかにしていくこと。言ってみれば、生き物を飼育したりとか、実際に観察したりということができるようになるっていうのが、究極の理想なんだなっていうことを気がついたんですね。
我々の研究はまるで、過去の生物が飼育されている水族館を建設するような、そういう作業なんだということで、ひとつの例えとして『ジュラシック水族館』という言葉をつけさせていただきました」
●本の最初にあるカラーの口絵が、まさにこの本を象徴しているような感じですね。日本近海に生息していた古代生物をジュラ紀とか白亜紀などに分けて、それぞれ巨大な水槽で飼育しているように再現しているということで、本当に水族館のような絵ですね!

「そこはコンセプトとして、実際に水族館のような形で、過去の生物を展示したらどうなるかというのを、イラストレーターのかたにいろいろとアドバイスをしながら描いていただいたという、そういう口絵になっています」
●これ全部、中島さんがイメージされたものなんですか?
「イメージ、デザインというか、こんな感じでどうかなっていうのを私のほうでアドバイスして、実際に描いているかたは、SNSなんかでも活躍されているイラストレーターのかたなんですけども、研究者でもあるんですね。いろいろ情報を提供して、それを形にしていただいているという感じです」
●具体的に何をもとに、どのようにイメージしたのかってありますか?
「やはり生き物の形だとか姿っていうのは、図鑑を見ればある程度、把握はできるんですけれども、それが実際にどういった動きをして泳いでいたのかだとか、何を食べていたのかだとか・・・・。
あとは、過去の生き物の集合体で、生態系がありますけれど、生態系の中での生物の組み合わせだとか、相互関係がどこか垣間見えるような、そんな形で描いてほしいと・・・。
なので、ここで描かれているひとつの水槽の中の生き物は、実際に同じ場所で生活していた生き物たちが、同時に描かれているというコンセプトになっています」
●この本は日本で発見された化石に絞って書いた本ですよね?
「そうですね。おもに日本で発見された化石が、もしかしたら、みなさんが知らないかもしれないけれども、こんなに魅力的な古生物の化石は見つかっているんだよということを紹介するのが、ひとつの本のコンセプトになっています」
(編集部注:中島さんによると、発見される化石の量や質はアメリカやモンゴル、中国などには敵わないそうですが、日本は地形的に化石が見つけづらい。それ故に見つかっていない化石が多くあるはずで、日本の化石発掘には、まだまだ可能性があるとおっしゃっていました)

海の生き物か、陸の生き物か、その違いとは
※化石を見て、これは海にいた生き物だとわかるのは、どうしてなんですか?
「それはいろんな理由がありますね。ひとつはまず化石は地層の中から出てくるものなので、岩石だったりとか堆積物って言われている、海底や陸上だったら湖で、たまった砂や泥の中から見つかるわけですね。
で、その砂や泥が陸ではなくて海でたまったものであろうということは、いろいろな特徴から推測ができるわけです。その堆積物がたまった昔の環境から、生きていた場所を推測するという意味で、海の生き物か陸の生き物かを分けることはあります。
ただ、ほかにもいろいろ理由はつけられることがあって、今も昔も海にしかいない生き物は、中にはいるわけですね。例えばヒトデだとかウニだとか、そういった棘皮動物って言われているものは、どの時代も淡水とか陸上に上がったことはないんですよね。そういった生き物が出てくると、”ああ、ここは海だったんだな”っていうことが推測できたりとか・・・。
ほかにも例えば、陸上で生きている生き物たちと、水中で生きている生き物たちとの骨格の違いというのもありますね。
陸上のほうが生活するには結構、制約が大きくて、重力に骨格が耐えなければいけない。そうすると体を支えるための十分な強度の骨があって、しかもそれは体を動かすために不便にならないように、多少軽くなってないといけないとか、いろんな制約が陸上だと、かかってくるんですね。
で、海の中だとその制約から、ある程度解き放たれて、骨が例えばスカスカでもいいんじゃないとか、もうちょっと浮力に対して重力を加えて骨が重くなっていったりとか、いろんな変化が起こります。それによって、この生き物は陸上だけではなくて水中にも適応していたんだということがわかったりということも、研究としては行なっています」
古生物学は物的証拠次第!?
※以前この番組で「恐竜展」を取材した時に、最新の研究で映画「ジュラシック・パーク」でもお馴染みのスピノサウルスが陸上で暮らしていたのではなく、水中を泳ぐ生き物だったことがわかったということでした。何がわかって、そう結論づけられたんですか?
「スピノサウルスという生物は、もともとは部分的な骨格しか見つかっていなかった、そういう恐竜なんですね。部分的に例えば、顎だとか背骨の一部だとか、そういったものだけを見ると、恐竜であることはわかっていても、近い生き物からすると陸上で生活していた、例えばティラノサウルスとかアロサウルスだとか、そういった陸上の肉食恐竜と近い生き物だろうということで、最初に陸上動物だという仮定がされていたわけですね。
ところがその後に何十年もかけて、追加の化石が少しずつ見つかってきて、その中で例えば、手足の骨だとか頭の骨、下顎の骨だけじゃなくて頭の骨が出てきたり、最終的には尻尾の骨が出てきたりしたんですね。
その結果、全身を復元すると、陸上を歩いていた二足歩行の恐竜としてはちょっと短足すぎると、足指も鋭い爪というよりは平たい爪を持っているし、水かきが付いていたんじゃないかなというふうに考える人もいます。
最終的には尻尾がうなぎみたいに平たくって、それを使えば水の中で泳ぐことができただろうと、どんどん復元図というのも変わっていったし、それに伴って生活のスタイルもどんどん想像が変わっていったという結果で、イメージがどんどん変わってきた、そういう生き物なんですね」
●化石から読み解くのは楽しいですね!
「そうですね。まさにその物的証拠で、我々がその証拠として持っている部分以外は、推測するか想像するかしかないわけなんですね。やはりそれがこちらの期待とか予想を裏切る形で、何か証拠が新たに出てくると、これは大発見! ということで非常に古生物学の面白い部分になってくると思いますね」

(編集部注:中島さんが初めて化石を発見したのは、大学2年生の時。鉱物・化石サークルに入部して、福島県いわき市のアンモナイトセンターに化石発掘体験に行った時に、たまたま先輩から渡された割れた岩盤の中に、黒光りしている細長い三角形の物を発見!
それはエナメル質で、鋭く尖っていて滑らかなだったことから、紛れもなく、サメの歯だとわかったとか。化石発掘の経験のない中島さんが白亜紀の地層からあっけなく化石を見つけてしまい、それが古生物の研究にのめり込むきっかけになったそうです)

「ボーンベッド」を見つけたら大成功!
※本の中に「ボーンベッド」という聞きなれない用語が出てきます。これは何なのか、ご説明いただけますか?
「『ボーンベッド』っていうのは、ボーンが骨とか脊椎動物の化石っていう意味で、ベッドが地層っていう意味ですね。ボーンベッドはそれだけで『骨の化石が密集している地層』という意味になります。
原因はいろいろなんですが、過去にその地層ができる時に骨だとか歯だとか脊椎動物の死体、遺骸っていうのが密集して堆積するっていうことで、地層の中に骨ばっかりが密に集まっている、そういう地層ができることがあるんですね。フィールドでこれが見つかると大成功というか、いろんな生き物の情報がそこに詰まっているわけですから・・・」
●確かにワクワクしますよね。
「そうですね。これ自体を見つける経験は僕も数回しかないですけれど、非常にこれまでの研究で大きな意味を持っていますね」
●ボーンベッドはどうやって見つけたんですか?
「はい、ボーンベッドは、ぱっと見で骨が密集しているとか、化石が密集しているっていうことがすぐにわかるようなものでもなかったので、コツコツと『地質柱状図』っていう地層の記録を1枚1枚取っていく過程で見つけたんですね。
地質柱状図は地層の特徴から、例えば環境の変化だとか、どのくらいの時代だったのかを推定するために、基礎的なデータを地層から記録していくんですね。
その中で例えば、砂が多いだとか石が多いだとか、化石が入っているとか入ってないかっていう細かい記録を取っていく中で、これは魚の歯じゃないか! っていうものが最初に見つかって、その周りを見たら同じような化石が同じ層にずっと続いているっていうのがわかったんですね。
それは1メートルとか5メートルとかではなくて、数キロにわたって同じような地層が続いているということがわかって、これは大きなボーンベッドであるというのが見つかったと、そういうケースがありました」
●見つけた時は、うわぁ~という喜びや感動があったっていう感じなんですか?
「そうですね。大感激大感動なんですけれど、多くの人がやっているような集団でというか、チームで発掘をしていた時ではなくて、ひとりでコツコツと調査していた時だったので、喜びを分かち合う人がいなくて、こっそりガッツポーズをするという、そんな様子でした(笑)」
(編集部注:中島さんが発掘調査の時に心かげているのは、思い込みを捨てること。経験を積めば積むほど、過去の知見にとらわれて見逃してしまうことがある。だから常に初心に立ち返って、先入観なく見ることを心がけているそうです)

古生物学の醍醐味は、大逆転!?
※海の古代生物の研究者として、今後解き明かしたいことは何ですか?
「キーワードのひとつとしては、“大量絶滅”というキーワードがあります。大量絶滅というのは生物がこれまで少しずつ進化をしながら、現在の生き物になるまで変化を続けてきたわけなんですけども、それは必ずしもちょっとずつ変化してきただけではなくて、どこかで大事件があって変化を余儀なくされるというような、そういったことがあったんですね。
それが大量絶滅というやつで、生き物は40億年ぐらいの歴史があって、その後半に5回ぐらい存亡の危機にさらされている、これを“ビッグファイブ”っていうふうに言ったりするんですが、5回のピンチに陥っているんですね。
完全に生き物がいなくなってしまった可能性もあったぐらいのピンチに陥っていると・・・それはどうして起こって、そこから生物はどうやって回復して、今までなんとか命をつないできたのかということが、ひとつの大きなテーマになっています。
私が研究している魚竜もひとつのピンチを乗り越えた生物のひとつで、2億5000万年前に大量絶滅という事件が起こって、これは火山の大噴火があったわけなんです。
その影響で環境が大きく変わって、生き物の8割か9割ぐらいが死滅してしまうという、そういう大事件が起こったんですが、その直後に登場した魚竜たちは、いったいどうしてその後の時代を生き延びることができたのかということが、ひとつの謎として残っています。これを調べていきたいなと思っています」
●古生物学の魅力って何でしょう?
「先ほども少し申し上げましたが、生き物とか地球の歴史を明らかにする方法には、いろんな方法があると思うんですね。今生きている生き物からいろいろ推測をしたりとか、おそらくこうだろうなと推定をしたりとかもできるんですが、古生物学はやはり化石っていう進化の物的証拠を材料としているために、大逆転が起こることがあるんですね。
これまでの定説を覆すということが、化石発掘っていうすごくアナログで原始的な方法で引き起こすことができる、大逆転することができる新しい発見を野外で行なえるというのが、ひとつの魅力なんじゃないかなと思います」

●最後にこの本を通してどんなことを伝えたいですか?
「この本は古生物の魅力そのものだけではなくて、古生物学という学問の魅力も同時にお伝えしたいなと思って書きました。
学問の魅力っていうのは、まさにその学問に携わる人たちの魅力だと思うんですね。いろんな人たちがいろんな形で古生物学や化石に関わっています。それぞれの人たちの視点に立って古生物学とか化石を眺めてみると、いろんな楽しみ方ができるというのをお伝えしたいなと思いました」
(編集部注:古生物学を目指すかたへのアドバイスとして、好きは揺るがない。そこは持ち続けてほしい。そして小学生や中学生、高校生で学ぶ、すべて科目は無駄になることはない。生物学の研究に必ず必要になってくるので、しっかり勉強してほしいと中島さんはおっしゃっていました)
INFORMATION
『ジュラシック水族館へようこそ〜日本の化石からわかる海の古代生物』
中島さんの新しい本をぜひ読んでください。お話にも出てきましたが、中島さんが日本産の化石からイメージして、細かいところまでこだわって、巻頭の口絵にした 架空の古代生物水族館、これは必見です。読み物としては、中島さん個人の数々のエピソードが記され、古生物学研究の舞台裏を知ることができる興味深い内容に溢れています。
化学同人のDOJIN選書シリーズの一冊して絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎化学同人:https://www.kagakudojin.co.jp/book/b654034.html
中島さんの研究室のサイトもぜひ見てください。
2025/11/2 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、旅行作家の「吉田友和(よしだ・ともかず)」さんです。
吉田さんは1976年、千葉県生まれ。早稲田大学卒業。2005年に、初めての海外旅行で、新婚旅行を兼ねた世界一周の旅をまとめた本『世界一周デート』で作家デビュー。その後、夫婦で作った世界一周の旅行ガイドや、会社員生活の中で海外旅行の体験を綴った本が話題になり、旅行作家としての活動を本格化。これまでに訪れた国はおよそ90か国だそうです。
現在は雑誌やWEBメディアなどでの執筆のほか、編集者として旅行ガイドの制作を手がけるなど、旅のスペシャリストとして幅広い活動をされています。
旅のいろんな楽しみ方を提案されている吉田さんに、3年半ほど前にご出演いただいたときは、自分のうちの近所を、旅感覚で楽しむ『ご近所半日旅』について、いろいろお話をうかがいました。
今回は、新しい本『橋旅のススメ!』をもとに、海に沈む橋や、ピンクの鉄骨が複雑にからむ橋のほか、吉田さんおすすめの「いい橋」のお話などうかがいます。
☆写真協力:吉田友和

橋は面白い!
※今回の新刊は国内での「橋旅」がテーマになっています。改めて「橋旅」とは、 何か定義があるんでしょうか?
「定義というかその名の通りで、橋を旅しようっていうコンセプトです。全国各地にある面白い橋を、そこを目的地として旅行に出かけて、その橋を見たりとか渡ったりというのを楽しもうっていう、そういった旅ですね。
で、橋というとやっぱり交通のインフラで、土木とかそういったところの興味なのかなって、よく聞かれるんですけど、実はあまりそういうところはないんです。
学術的に橋の成り立ちとかテクニカルな知識に興味があるというよりは、橋そのものの歴史だったりとか、その土地の感じとか、風景だったりっていうところに純粋に興味を持って旅行するような感じですね」
●「渡りたい時が渡りどき」と本にも書かれていました。この新しい本には30の橋旅が載っていますが、今までどれくらいの橋旅を体験されたんですか?
「橋旅と自分の中で明確に意識するようになったのは、ここ数年ではあるので、それに関しては今回の新刊で8割ぐらいは掲載したかなと思っています。ただそれまでにもいろんなところを旅する中で、結構、橋って各地にあるので、その都度、渡ってきたかなっていうような感じではあるんですけど・・・」
●今まで渡った橋は大体、数で言うとどれくらいになりますか?
「橋自体は相当渡っているんじゃないですかね。海外とかも含めれば、100とかは渡っていると思います」
●橋にこだわった旅を始めたのは、何かきっかけがあったんですか?
「いちばん最初は、ミャンマーに『ウーベインブリッヂ』っていう、すごく長い木の橋があるんですよ、ミャンマーのマンダレイっていうところなんですけど・・・。そこの橋が面白そうだったので、結構前になるんですけど、そこを目的として旅行で行きました。それがきっかけと言えばきっかけというか、橋は面白いなと思ったんですよね。
で、そのあとコロナもあって、ご近所旅で東京のレインボーブリッジとかを渡ってみて、やっぱり橋は面白いなみたいな・・・そこで改めて実感して、そこからいろいろと日本各地の橋を周るようになったかなって感じですね」
(編集部注:参考として、日本全国にはどれくらいの橋があるのか、国土交通省のサイトにはおよそ73万の「道路橋」があると記載されています)
渡れば長生きできる橋!?
※ここからは、本に載っている橋の中から、特に気になった橋についてうかがっていきましょう。

●まずは本の表紙にもなっている石川県の「あやとり橋」。赤色で可愛いというか綺麗な橋ですよね、鉄骨の橋!
「そうなんですよ。表紙にここを選んだのも、やっぱり見た目のインパクトがあるかなって思いました。『あやとり橋』っていわゆる、あやとりのように鉄骨が入り組んでいる、そういった造形になっています。なんかちょっと現代アートみたいな感じなんですよ、橋と言っても・・・。なので、外観もユニークですし、渡ってもすごく変わった景色が楽しめます。
石川県の加賀温泉郷の山の中にありまして、温泉街なんですけど、山歩きをちょっと楽しめたり・・・。下に川が流れていて、川床があって、そこにカフェがあったりとかして、ちょっとスウィーツを食べたりとかしつつ、夜は温泉宿に泊まってゆっくりしたりという、旅行のついでに橋も一緒に楽しめるみたいなところで、非常におすすめですね」
●それから青森県の「鶴の舞橋」。「渡れば長生きできる? 日本一長い木の橋を目指して!」ということで、橋の全長がおよそ300メートルもあるんですね?

「そうですね。ここも見た目にインパクトがあって、湖の上に太鼓橋がかけられていて、絵になるようなところなんですね。都内でも駅の構内とかにポスターが貼ってあったりして、目にしたことがある人は結構いるんじゃないかなと思っているんです。
先ほどお話ししたミャンマーの、最初に私が行った橋とすごく似ているなと思ったんですよね。やっぱり木でできた橋で、ミャンマーのほうが1キロぐらいあって長いんですけど、それでも国内で300メートルは結構長い橋です。長い木の橋って木の長さが長いっていうのと、長生きできる橋みたいなそういった意味もあるらしくて・・・長生きの橋ですね」
●長〜い木の橋、長生きの橋!
「そうです。長生きの橋みたいな、そこもちょっと面白いかなと思いますよね」
水没する橋!?
●あと沖縄県の「シールガチ橋」、こちらは「海にかけられた不思議な橋を見に南の島へ行く」というふうに書かれていましたけれど、久米島なんですね?

「久米島ですね。満潮の時に(橋が)水没しちゃうんですよね。潮が引いている時にしか歩いていけないみたいなところです」
●橋の一部が水没するということですね?
「そうですね。水没してそこだけ陸につながらなくなってしまうので、何て言うんですかね・・・『モンサンミッシェル』みたいな感じですよね」
●タイミングを見て渡るっていうことですよね?
「そうですね。タイミングを見て渡る感じで、干潮時も岩場だったりして、歩いても結構大変なところではあるんですけど、橋に着くまでが冒険みたいな感じですよね」
(編集部注:吉田さんによると、特に珍しい橋として「日本三奇橋」といわれる橋が3つあるそうです。諸説あって、山梨県の珍しい構造の「猿橋(さるはし)」と山口県の木造の橋「錦帯橋(きんたいきょう)」は、どの説にも入っているそうですが、あとひとつはいろいろあって断定できないとのこと)
旅行プランは地図アプリ!?
※橋の名前で、これはいいネーミングだな〜と思った橋はありますか?
「ネーミング、そうですね・・・『ニライカナイ橋』というのが(沖縄の)本島にあります。ニライカナイというのは、沖縄で“理想郷”みたいな意味の言葉だそうなんです。

名前からして素敵ですし、沖縄って絶景もすごく多いと思うんですけど、そこはかなり私、個人的に沖縄で1、2を争う好きなスポットですね。海に向かって橋が伸びていて、ちょっと(橋が)カーブしていて美しい曲線を描いているみたいなところなんですよ。なので、晴れた天気のいい日に行くと、海をバックに青い空に橋が伸びているみたいな写真が撮れたりして、すごく素敵なところですね」
●お目当ての橋の情報は、どうやって集めるんですか?
「地図を見るのが好きで、地図アプリですね。地図をいろいろぐるぐる動かして拡大とかしていくと、たとえば半島とその先の小島の間に橋がかかっていたりとかわかるじゃないですか。“ここは橋でつながっているんだ”とか、そういうのがわかったりして・・・大きな湖にやたら長い橋がかかっているのを見つけたりとか、そういうきっかけがいちばん多いですね。そこから、気になったら細かく調べていく、みたいな感じですね」
●地図アプリを見て、それをもとに橋旅のプランを立てるっていう感じなんですか?
「そうですね。やっぱりどこの橋に行くかっていう、橋ありきではあるので、橋の所在地がわかったら、そこにどうやって行くのか、そこに行ったらほかにどんな楽しみ方ができるのか、どんな美味しいものがあるのかとか、そういうのを調べていくと、橋だけではなくて、ほかも含めて旅のプランってできていくのかなっていうふうに思います」
見た目が素敵、渡って楽しい
※橋旅は、その土地の文化や歴史を知るきっかけにもなりますよね?
「そうですね。きっかけは“橋”なんですけど、実際その地に行ってみると、ほかのものにもいろいろ興味がわいてきて調べたりもします。やっぱり橋だけではなくて橋を含めて、その土地や街のことを知るいいきっかけになるのかなとは思っています」
●橋の大小にもよると思うんですけど、渡り切った時とか渡っている最中にどんなことを考えているんですか?
「そうですね・・・橋旅に行く時って最初にまず橋にいきなり行くんですよ。いちばんのメインのテーマなので、それを逃しちゃいけないって、最初に行くんですよね。なので、渡り終わってお腹が空いていたりとかすることが多くて(笑)、じゃあ何を食べようかなみたいな・・・無事にミッション達成! みたいなところがあるので、渡り終えて打ち上げじゃないですけど、その土地の美味しいもの食べに行ったりとかっていうふうになりますね」
●吉田さんが思う“いい橋”ってどんな橋ですか?
「やっぱり見た目が素敵なのと、渡って楽しい! このふたつかなと思いますね。両方満たしている橋は、なおいいかなっていう・・・」
●吉田さんにとって「橋旅」とは?
「先ほども話が出ましたけど、橋だけではなくて橋のある街を旅するきっかけになって、結果的にその街を好きになったりとか、その土地のことを詳しくなったりとか、興味を持ったりとかっていうことがあるので、橋だけじゃなくて旅であるので、旅のひとつのテーマとして、自分の中ではすごく熱いテーマかなというふうに思っています」

●著者として新しい本『橋旅のススメ!』で、改めてどんなことを伝えたいですか?
「橋によっては、橋自体で観光地化していて名所になっているようなところもあるんですけど、割と今回の本では特に観光地ではないような橋も取り上げています。そういうところって昔から地元に普通にあって、地元のかたにとっては見慣れた景色みたいな感じだと思うんですけど、意外とそういうところは面白かったりするので、日本の各地にある橋が実は面白いっていう視点が、少しでも伝わればいいかなというふうに思っていますね」
INFORMATION
この本では日本全国の橋を巡る旅の中から、30の橋旅を紹介。橋そのものの魅力はもちろん、街の名物やグルメなどの情報も載っていて、橋旅を体験しているような感覚になると思いますよ。この本を参考に、あなたも「橋旅」に出てみませんか。
産業編集センターから絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎産業編集センター:https://book.shc.co.jp/22052
吉田さんのオフィシャルサイトもぜひ見てください。
◎吉田友和:http://tomotrip.net
2025/10/26 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、NPO法人「海さくら」の理事長「古澤純一郎(ふるさわ・じゅんいちろう)」さんです。
今回は、シリーズ「SDGs〜私たちの未来」の第26弾! 「SDGs=持続可能な開発目標」の中から「つくる責任 つかう責任」そして「海の豊かさを守ろう」。
古澤さんは1975年、船具屋、船の用具を扱う会社の長男として誕生。慶應大学では体育会テニス部に所属し、部活に没頭。卒業後は大手デパートを経て広告代理店に入り、マーケティング営業に従事。その後、実家の船具屋・古沢工業に入社し、現在は代表として活躍されています。
そして2005年に大好きな江の島をきれいにしたいという熱い思いで、NPO法人「海さくら」を設立。「目指せ! 日本一楽しいゴミ拾い!」をキャッチフレーズにユニークで楽しい、いろんな活動に取り組んでいらっしゃいます。
古澤さんは、ゴミ拾いを楽しくするために、いろんな企画を考えるアイデアマンなんです。
きょうは「どすこいビーチクリーン」や「ブルーサンタ」などとってもユニークなゴミ拾いイベントのほか、タツノオトシゴが生息できるきれいな海を取り戻す活動のことなどうかがいます。
☆写真協力:NPO法人「海さくら」

目指せ! 日本一楽しいゴミ拾い!
※「海さくら」という団体は、おもに江の島でゴミ拾い活動をされている、ということなんですが、どんな思いで「海さくら」を立ち上げたんですか?
「単純に海が好きで、海が汚かったので、絶対にきれいにするぞ! という気持ちで立ち上げました」
●何かきっかけがあったんですか?
「きっかけはいろいろあったんですけれども、第一子が生まれるタイミングであったり、私自身が船の道具屋さんってこともあったり・・・。
BEGINっていうバンドが沖縄で『うたの日コンサート』っていうのをやっています。それが押し付けがましくないんだけれども、戦争のこととか、おじいやおばあへの感謝の気持ちを伝えるようなコンサートに出会って、社会貢献っていうのは押し付けなくても、こんなに楽しく展開できるんだとか、そういういろんなことが重なって、この活動をするって決めました」
●最初はおひとりで始めたんですか?
「そうです。ひとりでもこの浜ぐらいだったらきれいにできると思っていたんです。そしたら全然できなかったっていう(苦笑)」
●最終的な目標としては、どんなことを掲げているんですか?
「江の島に昔、タツノオトシゴという魚がいたんですけれども、それが戻ってくるくらい海をきれいにするという目標を持っています」
●「海さくら」というネーミングも素敵ですよね。どんな思いでこの「海さくら」という名前にしたんですか?
「ちょっとロマンチックなんですけど、江の島近辺から海を見ていて、夕陽が沈む時に海面がキラキラキラってゴールドになるのは、みなさんご存知だと思いますが、ピンクにキラキラキラって桜の花びらみたいに見える瞬間があります。だけど、足もとは汚かったので、足もとまで海の桜を守っていきたいという気持ちで、恥ずかしながら(笑)(そう名付けました)」
●いや〜素敵です! 江の島を活動場所にされたのは、やはり地元だからっていう感じですか?
「いえ、地元は東京の隅田川付近なんですけれども、好きでTUBEだったりサザン(オールスターズ)だったり、加山雄三・・・昔からの憧れもあって、デートも常に江の島だったので、江の島をきれいにしたいと思いました」
●「海さくら」のオフィシャルサイトを拝見すると、とっても賑やかでいろんなイベントをされていますよね。キャッチフレーズが「目指せ! 日本一楽しいゴミ拾い!」ということで、楽しいというのがポイントなんですか?
「そうですね。なかなかゴミ拾いしようって言っても、僕も行きたくないですし、みんなも来てくれない。僕は本当に単純なことだと思っていて、ゴミ拾いをもっと楽しくすれば、海に来て海の素晴らしさを感じてもらって、一回でもゴミ拾いをすると、ガラッと変わるんですよね。
まずは来てもらいたくて、来てもらうためには、どうしたらいいのかって思ったら、やっぱり楽しくないとみんな来ないし、僕たち自身の(活動の)継続も危うくなってくるので、始めて5年ぐらいしてから『目指せ! 日本一楽しいゴミ拾い!』という合言葉をつけました」
●初めは違ったんですか?
「最初はめちゃめちゃ真面目にやって、どんどん人を無理やり呼んで、あんなに押し付けちゃダメだと思いながら始めたのに、実際自分が始めると、プライドだったり、見栄だったりあるのかわからないんですけど、電話して”来てよ!”とか、みんなに言って無理やり来てもらって、疲弊しちゃったんですよ、友達たちも・・・。それはいろんなボランティア団体でもあるとは思うんですけれども、そこから脱却したんですね」

(編集部注:江の島の海岸で行なっている月一回のゴミ拾いは、誰でも参加できて、現在は400人から500人規模の大イベントになっているそうです。古澤さんがおっしゃるには、ゴミ拾いに参加すると江の島の海・空・風を感じることができるし、なにより海に来ると気持ちがいい。それがいちばんの醍醐味だそうです。
ちなみに参加者のかたには、スタンプカードを配っていて、12回参加すると、ゴミ拾いの達人T シャツ! 5年がんばると、ゴミ拾い用の「ブラック・トング」がもらえるそうですよ。どんな景品なのか、「海さくら」のオフィシャルサイトを見てくださいね)
どすこいビーチクリーン!
※スタンプカードもそうなんですが、ゴミ拾いを楽しくするために、そして誰もが参加したくなるような、いろんな仕掛けをされています。特に面白いと思ったのが「どすこいビーチクリーン」! ネーミングでわかるようにお相撲さんと一緒にゴミ拾いをするんです。
お相撲さんが参加するようになったのは、古澤さんがマーケティングの仕事で、江東区にある大鵬道場・大嶽部屋に行ったのが始まり。親方にゴミ拾いの話をしたら、協力してもらえることになったとか。現在は、5つの相撲部屋に協力してもらっているそうです。
●砂浜でお相撲さんと相撲をとったりしている写真がサイトに載っていましたね。
「ピッカピカにした、要は自分たちがゴミ拾いをして、土俵というか遊ぶ場所もピッカピカにして、投げられてもいいぐらいにピッカピカにして、そこで子供たちも大人たちも現役のお相撲さんに闘いに行くわけですよね。はっけよい、のこった! って言って、ぶん投げられたりしても最高のイベントです!」

●楽しそうですね〜!
「なかなかお相撲さんと触れ合う機会はないので、一回、僕もお相撲さんのおへその中に指を突っ込んだらイソギンチャクみたいな感じだったし、なんかね、とってもいいんですよ、お相撲さんって(笑)」
●それもきれいな砂浜じゃないとできないですよね?
「その通りですね。汚くても土俵の円ふたつは絶対にきれいにすれば遊べますし、きれいにしたらやっぱり笑顔も広がりますよね。遊ぶ場所も増えるから、とてもシンプルなゴミ拾いだと思います」
●ほかにもスポーツチームと一緒にゴミ拾いをする「LEADS TO THE OCEAN」というのをやっていますよね。スポーツチームと組むのは何か意図があるんですか?
「『海さくら』を2005年に立ち上げて、拾っても拾ってもゴミがやってくるということに気づくわけですね。なんでだろうって思っていろいろ調べていったら、海ゴミの約7割、8割が川、町からやってくるってことに気づくんですね。
だから最初、ひとりでやり始めた時は、ひとりで全部拾っちゃえば、長い時間、海はきれいにできると思っていたんですけど、町がきれいになれば、逆に海がきれいになるってことがわかってきました。
でも町の人に伝えるって、ものすごく大変で、どうしたらいいかなと思っている時に、我々の本拠地、神奈川県藤沢市のチームは湘南ベルマーレなので、湘南ベルマーレの選手が『海さくら』のゴミ拾いに来てくれていたんですよ。
選手が来るから、ゴミ拾い行こうっていうのもひとつの・・・お相撲さんが来るからゴミ拾い行こう、ベルマーレの選手がいるからゴミ拾い行こうと一緒で・・・。それで当時の社長、大倉社長と、実は町からゴミがやってくるから、湘南ベルマーレのホームスタジアム、今は『レモンガススタジアム平塚』って言うんですけど、1万5千人も収容するんですよ。
そこの大画面で、海のゴミは町からやってくるっていうのを伝えさせてもらって、試合終了後にホームゲームは全部ゴミ拾いをさせてほしいと・・・それで始まったのが2015年で、今では24チームのプロスポーツチームと協同してやっています」

●あと「BLUE SANTA」というのもありました。これは何でしょうか?
「これは、つるの剛士さんとも協力して、いろいろやっているんですけれども、『海の日』というのは海の恩恵に感謝をする日ですよね。ただゴミ拾いをする、感謝するっていうのではインパクトがないので、たくさんの人に『海の日』だけでも海への思いをアクションに変えてもらえないかと思っています。
赤いサンタクロースは、クリスマスの日に白い袋から子供たちにプレゼントする、青いサンタクロースは『海の日』に白い袋にゴミを入れて、未来の子供たちのためにいい浜を作っていくというコンセプトで、これも10年ぐらいやっています」
(編集部注:スポーツチームと一緒にやるゴミ拾い「LEADS TO THE OCEAN」にはJリーグのチームはほとんど参加していて、ジェフユナイテッド市原・千葉とも一緒に活動しているそうですよ)
エノシゴくんに、ブルーマン!?
※ゴミ拾いイベントに、キャラクターが登場することがありますよね。
「そうなんです。特に10代の子供たちの、”海離れ”のデータがあるんですけれども今、海に関心がない10代の子供は4割もいるんですよ。その子たちが大きくなったら、海なんかどうでもいいやって(なると思うんです)。
僕は危機感をすごく持っていて、やっぱり自然の中で遊ぶと、怖さもありますし、感謝の気持ちもわきます。僕は子供のうちにいろんなことを体験するべきだと思っています。
子供たちにゴミ拾いがあるから来てって言っても、なかなか来てもらえないので、いろんなキャラクターを作って、子供たちに来てもらえるような、親御さんにも来てもらえるような、子供たちのために(キャラクターを)作っていますね」

●「エノシゴくん」というキャラクターもいますけれども、これはどんなキャラクターなんですか?
「これは江の島の『エノ』と、僕たちが(江の島の海に)戻したいタツノオトシゴの『シゴ』を取って、『エノシゴくん』と名付けたキャラクターの着ぐるみです。黒く汚れちゃって怒っているんですね、人間に対して。で、その着ぐるみはお腹が金色で、触ると金運が上がると、大人たちにもPRしています(笑)」
●ほかにも全身をブルーのタイツに身を包んだ「CHANGE FOR THE BLUE MAN」というキャラクターがいますけれども、これは・・・?
「これは僕なんですよ。すごく評判が悪くてですね」
●ええ〜っ!? すごく素敵です! 面白いなと思って・・・(笑)
「本当ですか・・・? コンプライアンス的にギリギリだって言われているんですけども・・・」

●リスナーさんに、写真をご覧になっていただきたいんですけれども、古澤さんだったんですね!
「そうなんですよ」
●ブルーのタイツに身を包んだブルーマンは、何をアピールするキャラクターなんですか?
「本当にこれはふざけているわけじゃなくて、”Change for the blue”と胸に書いてあるんですけれども、ゴミ拾いとか環境活動って、どうしても始めた時に、”偽善者だ”とか、”仕事じゃないの?”とか、なかなか受け入れてもらえない、今でもそうなんですけど、そんなことがあって・・・。
ゴミ拾いって誰でもできるんだよっていう、決して真面目じゃなくたっていいんだよと、思いがあればできるってことをちょっとPRしたくて、真面目な人=ゴミ拾いじゃなくても、ふざけていてもゴミ拾いはできると、いろんなやり方があるんじゃないかってことを体で表してます!」
●全身で表現されていますね!
「どうやらその趣旨がなかなか伝わらないので、聞いていただいて、ありがとうございます」
(編集部注:ほかにも「海洋戦士シーセーバー」というキャラクターがいて、スーパーヒーローとして番組を制作し、TVKで放映していたそうですよ)

※月一回のゴミ拾いで、どれくらいの量のゴミが集まりますか?
「日によって全然違うんですね。先ほど町からゴミがやってくる、川を通じたり下水道を通じたりしてやってくるんですけれども、雨が多い次の日はものすごく海岸にゴミが打ち上がります。
台風のあとなんて、拾っても拾ってもとんでもない量になりますので、基本的に日によって違うというのが正直なところですね」
●拾っても拾ってもなくならないよ~っていう、諦めに似た気持ちになったことはなかったですか?
「ないですね。絶対にきれいにしたい! という本当に夢があって、ひとりから始めて、今は『BLUE SANTA』でも全国で1万人以上やってくれるようになったりして、諦めなければ絶対にきれいにできると思っています。
本当に海はきれいなほうがいいと思うので、できる! と思ってやっています。だから一回も思ったことないです」
(編集部注:古澤さんは、町と海は川や排水溝とつながっている。排水溝は「海の入り口」だと思ってもらえたら、とおっしゃっていました)
タツノオトシゴを江の島の海に!
※ゴミ拾いのほかに「海さくら」の大きな柱として「海創造プロジェクト」というのがあります。どんなプロジェクトなのか、ご説明いただけますか?
「僕たちの目標のタツノオトシゴを(江の島の海に)戻すということにおいて、ゴミを拾っているだけだと、どうやったらタツノオトシゴが戻ってくるかってわからないじゃないですか。
本当にタツノオトシゴを戻したいと思って、いろいろ勉強していくうちに、海底に森がないとタツノオトシゴが戻ってこないということがわかったんです」
●海底に森・・・!?
「はい、ワカメとかヒジキとか、アカモクとかホンダワラとか、そういった海藻類があることを『海の森』と言っているんですね。
それがあると、まず植物性プランクトンが生まれて、動物性プランクトンが生まれて、それを食べる小さな魚が生まれて、それを食べる中くらいの魚が生まれて、それを食べる大きな魚、頂点のところにはサメとかクジラとかがいるんですね。
その生物生態系とか食物連鎖って言われているピラミッドの底辺、いちばん大事なところというか、どこも大事なんですけど、海底の森がなければ、タツノオトシゴも戻ってきませんし、その頂点にいる魚にも影響するので、海底に森を作ろうと思いました。
ここ10年ぐらいで海底の森が本当になくなったんですよ。海藻類も10年前は海岸に上がってきちゃって浜が磯臭くなったり、鎌倉とかドライヴすると、ワカメとかたくさん上がっていたんですけど、今はほぼゼロです。
実際ダイビングを僕もするんですけど、15年前ぐらい前、同じ湘南の葉山でダイビングしたら、海藻をかき分けながら水中を潜るんですよ。今ほとんどないですから・・・江の島周りなんてもう何もなくなっちゃっています」
●海底に森を作るには、どんなことが必要になってくるんですか?
「僕たちは『アマモ』という海藻を選択して、どこかから根こそぎ取ってきたら、そこがなくなっちゃうので、そこからタネを・・・タネと根から育つのがアマモなんですよ。そのタネをもらってきて、ちょっとだけお借りしてきて、それを水槽で育てて、大きくなったらダイバーと一緒に植えるという作業を繰り返しています」

●もともとは江の島の海にタツノオトシゴはいたんですか?
「いたんです! 本当にいたんです! 海底に森を作る時にダイバーさんと潜っていると『ハナタツ』という、タツノオトシゴとほぼ見かけは一緒なんですけど、見つけました」
●ご覧になったこともあるんですね!
「あります! 葉山にはいます。江の島の住民のかたたちも、“昔は泳いでいたら見られたよ“っていうこともいろいろ調査して・・・もちろんいたから、それを戻すということですね」
●専門のかたがたにも協力してもらって、海底に森を作ろうっていうことをやっていらっしゃるんですよね?
「そうなんです。海底に手を入れるというのはものすごくデリケートで、何か変なことをしてしまって駄目にしちゃいやなので、神奈川県水産技術センターの工藤孝浩さんという、さかなクンの師匠だったり、いろんな人に協力していただいて慎重にやっています」
(編集部注:アマモを植えているのは、もともと藻場があったエリアで、江の島の裏側、稚児ケ淵(ちごがふち)あたりだそうです。
現在、五代目のアマモを植えてあるそうですが、ヘドロが堆積していて思うように増えていかないとか。海底の土の改善ができれば、一気に増える可能性もあるとのことです)
海が大ピンチ! みんなで一緒にきれいに!
※古澤さんが「海さくら」を立ち上げて、20年が経ちました。振り返ってみて、どんな思いがありますか?
「もうね、あっという間っていう感じで、もう20年経ったんだっていうのが正直なところと、結果が出ていないので悔しい思いと、本当に(江の島を)きれいに絶対したいので頑張っていきたいなって思っています」
●20年が経って本も出版されたんですよね?
「はい、しました!」

●『目指せ! 日本一楽しいゴミ拾い! 行動力が海を変える 20年の軌跡』という本ですけれども、これはどんな内容なんですか?
「今『海さくら』のホームページを見たかたは、たぶん(これまでの活動が)順風満帆で、たくさんのスポンサーがついてっていうふうに思われがちなんですけど、そんなことないよと・・・ひとつひとつやって失敗してきて今があるっていったところと、これを読むと、海の現状がちょっとわかってくるような本になっています」
●今後のゴミ拾いで、また何か新しい仕掛けとか考えていらっしゃいますか?
「あまり考えていないんですね(笑)。誠実にしっかりやっていきたいと思っています」
●今後、特に力を入れていきたい活動はありますか?
「やっぱり二本柱の一本『海底に森を作る』というところで、今、土壌改善に燃えています」
●改めて「海さくら」の活動を通して、どんなことを伝えていきたいですか?
「とにかく海が大ピンチだと思っています。一瞬きれいに見える浜でも膝をつくとプラスチックだらけ、やっぱりゴミがある海が当たり前と思っちゃいがちなんで、いやそんなことないと。
自分の町にある浜にゴミがなくなってきれいになったら、魚もやってくるし、そういうのを子供たちと一緒に見たり、恋人と見たり・・・おじいちゃん、おばあちゃんになって見たら、絶対幸せだと、絶対はないけど、いいと思うんですよ。
それは力を合わせれば、町からゴミをなくしていけば、絶対できるので、やりましょう! っていうか、ワクワクの海を、ひとりじゃ無理なので、みなさんと、できると思えば、できるので、一緒にやりたいなと思います」
☆この他のシリーズ「SDGs〜私たちの未来」もご覧ください。
INFORMATION
次回のゴミ拾いイベントは、11月15日(土)の予定です。今回はスクーバダイビングの団体PADIとの対談や、海岸で拾ったプラスチックでアート作品を作るワークショップなどが予定されているそうです。参加ご希望の方は、事前に「海さくら」のオフィシャルサイトからお申し込みください。参加は無料です。
『目指せ!日本一楽しいゴミ拾い! 行動力が海を変える 20年の軌跡』
「海さくら」の発足から20年の節目に出版した本は、古澤さんの情熱と挑戦と、20年の奮闘ぶりが手に取るようにわかる力作です。ぜひ読んでください。
「はるかぜ書房」から絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎はるかぜ書房:https://harukazeshobo.com/2025/09/01/
「海さくら」の活動についてはぜひオフィシャルサイトを見てください。いろんな活動をされていて、きっと驚くと思いますよ。
◎海さくら:https://umisakura.com/
2025/10/19 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、モデルのkazumiさんです。
ファッションモデルとして活躍中のkazumiさんは旅が大好きで、旅先で撮った写真をSNSで発信。また、ナチュラルなライフ・スタイルも注目され、フォロワー数が10万人を超えるほどの大人気なんです。
kazumiさんは奈良県出身。もともと旅好きで、気づいたら休みのたびに旅行に行っていたそうです。国内では温泉地や神社仏閣巡り、海外はここ数年、韓国にハマっていて、月に一度は出かけているそうですよ。
ちなみに初めての海外はグアム。学生時代にモデルのお仕事として、CM撮影のために行ったとか。同じ国に行くことも多くあるそうで、これまでにプライベートを含め、20カ国くらいを旅したそうです。
そんなkazumiさんが先頃、大好きな韓国のガイドブック『わたしの週末ソウル』を出されました。
きょうは韓国ソウルのお話はもちろん、今年、プライベートで出かけたインドやメキシコでのアクティヴィティ体験のことなどうかがいます。
☆写真協力:『わたしの週末ソウル』宝島社
『リンネル』宝島社

旅先の情報はガイドブックで収集!?
※韓国ソウルのお話の前に、kazumiさん流の旅のスタイル的なことからうかがっていきましょう。プライベートな旅の場合、どこに行くのか、決め手になることはどんなことですか?
「決め手は・・・ひとりで行く時は、近場の台湾だったり韓国だったりするんですけれども、プライベートだと夫と行くことがいちばん多いので、ふたりともちょこちょこ海外には行くので、ふたりとも行ったことがない国を、ここ数年は探すようにしていて、去年はインドに行ったりとかしています」
●旅先の情報は、どうやって調べるんですか?
「ガイドブックが好きなので、ガイドブックを読むこともありますし、SNSをたくさん見て、そこから行きたいところをピックアップしたりですとか・・・。YouTubeも見ますし、情報収集はすごくするほうなので、事前に下調べはたくさんしてから旅に出かけることが多いです」
●旅先でのスケジュールも、きっちり決めてから行く感じですか?
「ひとりの時はすごく効率よく回りたいなと思うので、きっちりスケジュールを決めていくことが多いんですね。友人とだったり夫婦の旅は、割とゆったりでもいいのかなと思うので、決めては行くんですけど、ゆとりあるスケジュールで動いたりですとか、何もせずにホテルでのんびり過ごしたりみたいなこともあります」
●旅先で必ずやることはありますか?
「旅先で必ずやることは、ローカルフードを食べに行くことですね。ご飯を食べるのがすごく好きなので、少しいいお店に行くのも好きですし、地元の人が通うようなお店に行くのも好きなので、探して行くことが多いです」
●今まで食べたローカルフードの中で、いちばん美味しかったものは何ですか?
「いちばんって言うとすごく迷うんですけれども・・・近々だと去年、インドで食べたカレーはすごく美味しかったです!」
●本場のカレー!
「はい! とっても暑かったので、すごく汗もかいていますし、香辛料のあるちょっとピリッと辛いものだったりとか、刺激的なものを食べた瞬間にすごく生き返った感じがしました。
あとローカルフードではないですけれども、すごく暑かったので、その時飲んだコーラも美味しく感じて(笑)・・・っていうのが思い出にありますね」
旅のファッションは、その土地の「色」!?
※去年はインド、今年はメキシコの高級リゾート地、ロスカボスへ行かれたそうですね。
インドでは民族衣装を着ている写真もSNSで拝見しました。インドは気温や湿度が高い場所だと思いますが、実際にインドの民族衣装を着て、どうでしたか?

「すごく可愛いんですけれども、インドの気候に慣れていないので、日本よりはるかに暑くて、すごく汗だくになっちゃいました」
●やはりモデルという職業柄、着こなしにもこだわりがあるんじゃないですか?
「そうですね。旅のファッションにはこだわりがあって、事前に行く場所を調べて、その土地その土地に合ったお洋服を選んで着ていくことが多いんですね。
民族衣装もそれの延長というか、せっかく現地に行ったなら、民族のその土地ゆかりのあるお洋服を着たいな~と思って、民族衣装を着るのが最近ちょっとした趣味になりつつあります」
●土地に合ったファッションをするというのは、具体的に選ぶポイントはどんなところになるんですか?
「まず、行く場所にどういう建造物があるのかを調べて、その色合いとかを見ます。写真は必ず思い出として(残すために)撮るなっていうのは思っていますし、仕事柄、写真を撮る機会もすごく多いので、そこの土地に合った色合いであったり、TPOに合わせたファッションを選ぶようにしています。
土地によっては、肌を見せたりしてはダメなところもありますし、それも事前に調べたりとか、気温も調べたりとかして行きますね」
好奇心旺盛、何にでもチャレンジ
※kazumiさんが今年行ったメキシコの高級リゾート地、ロスカボス。その印象は、治安もよく、街もきれいで、夢のような場所だったそうですよ。
ロスカボスではクルーズ船に乗ったそうですね。

「クジラを見に行くホエール・ウォッチング・ツアーがあって、クルーズ船というか、比較的コンパクトな船ではあるんですけれども、それに乗ってクジラを見に行きました。
ロスカボスはクジラの遭遇率が96%を超えるぐらいの確率なんですね。なので、それを目的に観光に来られるかたもいらっしゃるくらいなんですけれども、そこでクジラを見たことはすごく感動しましたね。
想像以上に近い場所でクジラを見られるんですね。なので、すごく迫力も満点でしたし、クジラがジャンプして、また海に潜っていく姿だったりですとか・・・ロスカボスは親子の、大きいクジラと子供のクジラが泳いでいるのも見られたので、すごく神秘的な感じがしました」
●乗馬にもチャレンジされていましたよね?
「はい!」

●乗馬は結構されるんですか?
「そんなに頻繁にというわけではないんですけれども・・・。メキシコの地で初乗馬というわけではなくて、もともと高校時代の友人が馬の競技の選手をやっていたっていうのもあって、割と学生の頃から馬に乗る機会はちょこちょこありました。馬がすごく好きなので、またメキシコの地でも乗られて嬉しいなと思っています」
●旅先ではいろんなことにチャレンジされている印象があるんですけど、いかがですか?
「割と好奇心が旺盛な性格なので、何でもチャレンジするほうです。アクティヴィティもそうですし、食べたことないものも、とりあえず食べてみようかなみたいな感じで、ちょっと軽い感じで何にでもチャレンジします。
ダイビングをやったりですとか、気球に乗ったりパラグライダーをやったりとか、できるアクティヴィティは可能な限り挑戦するタイプですね」
●ダイビングは「海」で、気球は「空」ですけれども、どんなことを感じられましたか?
「そうですね・・・どちらも言えることなんですけれども、海は静かで穏やかで広~い世界が広がっていて、空も広大な景色が広がっていて・・・自分が小さいというか、悩みとかもあまり気にしなくていいな~って、いつもアクティヴィティを体験すると、悩んでいることとか、そんな大したことないな~っていうふうに思ってしまいます(笑)」
韓国は行くたびに発見、刺激的!

※ここからはkazumiさんが先頃、出されたガイドブック『わたしの週末ソウル』についてお話をうかがっていきます。この本はひとことでいうと、どんなガイドブックなんですか?
「韓国のソウルをメインに今回、ガイドブックを作らせていただきました。すぐに韓国に行く予定はないよというかただったり、行ったことないよっていうかたもいらっしゃるかなと思ったので、日本でも楽しめる内容にしています。
雑誌『リンネル』で『kazumiが学ぶ、ときめきの韓国』という連載を1年間やらせていただいていたんですけれども、そこでは日本にいながら、韓国料理だったり、韓国のお菓子のレシピだったりとかを学んだりする機会があったので、それを再編集して載せていたりもします。なので、韓国だけじゃなくて日本でも楽しめる内容になったかなと思っております」
●食、ファッション、美容、カルチャー、それから韓国料理のレシピまで載っていますけれども、コンセプトと言うとどんな感じになっていますか?
「コンセプトは・・・私が本当に行って良かったというところだけを厳選して載せています。私が大切な家族や友人たちを連れていくなら、どこに行きたいかっていう視点で、本当にお勧めだけを載せた厳選のガイドブックにしています」

●本の最初に子供の頃、ガイドブックを見ながら旅のしおりを作るのが好きだったと書かれていました。kazumiさんの原点が込められたような本ですよね。
「そうですね。夢が形になった本と言いますか、私のやりたいことを全部詰め込められたので、今回すごく満足の仕上がりになっています」
●料理研究家の「コウケンテツさんに学ぶ家庭料理」というページもありました。「キムチスンドゥブチゲ」が美味しそうでした!
「あっ、よかったです! すごく美味しいですけれども、コウケンテツさんのレシピは比較的簡単にとり入れやすくて、作りやすいレシピが多いんですね。YouTubeでも美味しいご飯のレシピをたくさん紹介されています。
この本に載っているレシピも、家にあるようなもの、スーパーで買えるようなもので、すぐに韓国料理を楽しめるレシピを今回教えていただいたので、そちらもぜひチェックしていただけたら嬉しいなと思っております」
●今回のガイドブックには、スケジュール別モデルコースというのが載っていて、弾丸24時間帰国とか、1泊2日、2泊3日とか、いろんなモデルコースが載っていました。弾丸24時間っていうのもできちゃうんですね!
「そうなんですよね。深夜の便で発っていただいて早朝に着くようにしていただけると、弾丸24時間で帰って来られるというモデルコースも、この本ではたっぷり紹介しております。
私がこの『わたしの週末ソウル』の撮影に行った後に、実際に追加で、自分で体験してきて、無理なく回れるかを確認してきたコースを載せております。そちらもぜひ本でチェックしていただけたら、その通りに行ったら24時間でも大満足していただけるんじゃないかなと思っております」

●kazumiさんを惹きつける韓国の魅力をひとつ挙げるとしたら、どんなことがありますかね?
「そうですね・・・韓国は行くたびに新たな発見があるんですね。というのも、韓国は割と流行りの移り変わりが激しいので、半年行かないだけで、その土地が全然違う様子になっていたりですとか、すごく人気店だったのがもう閉店していたりとか・・・。
逆に新しいホットスポットができていたり、行くたびにすごく刺激的で、行っても行っても、また次の新しいものに出会えるので、新たな発見があって飽きないところかなと思っております」

新たな自分を発見できる時間
※kazumiさんが旅先で心が躍るのは、どんな時ですか?
「見たことのない景色だったりとか、食べたことのないご飯、あとは人に出会った時はワクワクしますね!」
●今でも忘れられない風景はありますか?
「雑誌『リンネル』の撮影でニュージーランドに行ったことがあるんですけれども、『テカポ』という、星空がすごくきれいに見える地域があって、そこで見た星空は、今まで見た中でいちばん美しいなと思って、本当に感動したので忘れられない風景になっています」
●いろんな国を旅されていますけれども、逆に日本の良さを感じたことはありますか?
「帰国すると、日本の良さをやはり感じます。海外はすごく好きで、“いつか少し住んでみたいな~“とか淡い夢もあったりもするんですけれども、やはり帰国すると日本はトイレも綺麗ですし、道も綺麗ですし、人も親切ですよね。
あと、特にご飯がやっぱり美味しいというか口には合うので、帰ってからご飯とお味噌汁と納豆を食べると、すごく生き返る感じがして体に染み渡るなと思って、そこで日本の良さをいつも感じます」
●旅を経験していく中で、ご自身の日々の生活で何か変化ってありました?
「そうですね・・・どんどん身軽になってきているような気はします。なんだろう・・・韓国に行くようになって特にそうですけれども、韓国は海外とは言え、大阪に行くような感覚だったり、福岡に行くような感じで、私はふらりと24時間日帰りで行くことも多いので、旅をしているとそんな感じですぐにアクティヴになるというか・・・」
●では、kazumiさんにとって「旅」とは?
「新たな自分を発見できる時間かなと私は思っています。仕事でもプライベートでもやはり旅に出ると、どんどん興味が湧いてきて、やりたいことも、“もうちょっとこういうのもしたいな~”とか、どんどん好きが増えていく感じがするので、楽しいですし、人生が豊かになっていくなっていう気がします。なので、旅はすごく好きですね」

INFORMATION
kazumiさんの新しい本をぜひ読んでください。最新の 食やファッション、美容やカルチャーの情報、そして韓国料理のレシピなど、韓国が大好きなkazumiさんの「好き」がいっぱい詰まったガイドブックです。写真が豊富に載っていて、見ているだけでソウルを旅しているような気分になりますよ。実際にkazumiさんが検証した、おすすめモデルコースもたっぷり! 宝島社から絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎宝島社:https://tkj.jp/book/?cd=TD068477
kazumiさんのインスタグラムやYouTubeチャンネル「kazumi room 」もぜひ見てくださいね。
◎Instagram:https://www.instagram.com/kazumi0728/?hl=ja
◎YouTubeチャンネル「kazumi room 」 :https://www.youtube.com/c/kazumiroom
2025/10/12 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、庭師の「山下力人(やました・りきと)」さんです。
山下さんは1977年生まれ、東京都八王子市出身。お母さんの実家、東京都檜原村での 自然との触れ合いが、植物を愛おしく思う気持ちを育み、小学生の頃にテレビ番組で見た 庭師の半纏(はんてん)姿に憧れ、庭師の道へ。
高校生の時から造園会社でアルバイトを始め、卒業後にそのまま就職。剪定の技術などは、師匠のやり方を見て学んだそうです。
そして12年修行して独立し、ひとり親方、いわゆる個人事業主として、庭師の仕事に打ち込んだそうです。ちなみに、庭師には造園技能士や造園施工管理技士という資格があるそうです。
日々仕事として、樹木と向き合っている山下さんは植物のリユースと言える「植木の里親」という活動を行なっていて、多くのメディアで紹介されたり、また、さまざまな賞を受賞するなど、大変注目されています。
きょうは、そんな山下さんに「植木の里親」を始めたきっかけや植木を保管する「もらえる植物園」、そして樹木と対話する庭師の思いなどうかがいます。
☆写真協力:やましたグリーン

人と植物が親友に!
※ひとり親方としての活動のあと、2012年に地元八王子に株式会社「やましたグリーン」を設立されました。会社を立ち上げたのは、どうしてなんですか?
「個人で2008年から約4年間(庭師を)やっていたんですけど、2012年に伐採作業をしていた時に大木の下敷きになって、頸椎を骨折する大怪我をしてしまったんですね。半年間の入院中に、いろいろなことを考えて、そこで考え方を改めて、初心に戻って、もっとお客さんに思いを伝えられるようなことをやっていきたいと、思い切って会社にしました。
入院している間に造園の資格より上位の造園施工管理の一級を取ったりとか、個人から法人にするための勉強をして、退院してからすぐ法人にしました」
●「やましたグリーン」の業務は、いわゆる造園業っていうことになるんですよね?
「そうですね。やましたグリーンは造園会社ですね」
●「やましたグリーン」のテーマみたいなものってあるんですか?
「テーマは『人と植物が親友になれるように』って、みんなに言っているんですけど、その中でもやっぱり庭師っていう職業を子供たちが憧れる職業NO,1にするっていうテーマを持って日々活動を行なっています。
半纏を着て仕事をして、僕自身が半纏姿の庭師さんに憧れたので、半纏を着て庭師が働く姿も庭の景色の一部だっていうことをみんなには言っています。剪定したりとか植物と関わっている時も、カッコよくあろうっていうことを意識してやっていますね」

●「やましたグリーン」のサイトを見ると山下さんの写真が載っています。背中に猫の絵が書かれていましたけれども、これはロゴですよね? なぜ猫をモチーフにしようと思われたんですか?
「庭師さんの半纏ってだいたい家紋を入れるんですね。家紋になると子供たちにとっては、少しわかりづらいマークになってしまうので、子供たちが見た時に、すごくキャッチーなマークにしたいな~と思って、猫を選んで猫を背中に背負っていますね。
●猫がお好きなんですか?
「そういうわけじゃないんですけど、やっぱり日本庭園には猫が似合うなと思って猫にしました」
(編集部注:半纏の背中に猫のロゴマーク、どんなマークなのか、ぜひ「やましたグリーン」のサイトを見てください。ちなみに猫の名前は「ベスティ」、これは「親友」という意味があるそうです。
「やましたグリーン」の社員は現在10人、事務担当のおひとりを除いて、みんな職人さんだそうですよ)
☆「やましたグリーン」:https://www.yamashitagreen.com

※庭師のかたの1日のスケジュールは、どんな感じなんですか?
「朝、まずトラックに道具を積み込んで、お客さんの家に行って、たとえば剪定の作業をするんですね。枝葉が伸びた庭木の剪定作業を行なって、まあ10時ぐらいになるとだいたいお客さんがお茶を出してくれます。
そこで一緒にお茶を飲みながら庭木について話をしたりして、その後、午前中いっぱい仕事をしてお昼休み挟んで、午後の3時にもう一回お茶を出してくれるタイミングっていうのがあるんですね。
午後3時にお茶を飲みながら、お客さんとまた話をして、夕方5時ぐらいになったら仕事を終えて会社に帰ってくるっていうのが、だいたいのルーティンですね。
●お客さんとの会話も大事な時間になりそうですね。
「そうですね。お客さんの要望とか、植木に対する思いとか、ヒアリングしながら、それに見合ったような剪定の方法をやるとか、すごく大事な時間ですね」
「庭じまい」〜家族のストーリー

※山下さんが取り組んでいる「植木の里親」について教えてください。今回、初めて「植木の里親」という活動を知りました。具体的にはどんな活動なんですか?
「造園業界では、庭を新しく造るというお客さんがだんだんと減っているんですね。逆に庭木がある庭を駐車場にしたり、駐輪場にしたりと、いわゆる『庭じまい』と呼ばれる、庭をどんどん解体していくようなことが広まっています。
私たちも庭じまいの仕事を受けていたんですけど、そんな中でお客さんが“本当はこの植木は伐採したくないのよね”というふうにおっしゃったんですね。
“どうしてですか?”って聞いたら、“実は家族がとっても大事にしていた植木だから伐採しないで、何とか生かしてあげたいんだけど、しょうがないわよね“と言われたんです。
それだったら“私たちが生かしたまま移植して育てますよ”と言ったのを皮切りに、植木を引き取っていきました。その引き取った植木を育ててくれる里親さんを探していくっていうのが、この事業の内容ですね」
●庭木にはその家庭ごとのストーリーがありますよね。
「そうですね。みなさん、お話を聞いていると、“もう亡くなったおばあちゃんと一緒に梅を収穫して梅ジュースを作ってもらったんだ“とか、”毎年この花が咲いた時に家族みんなで写真を撮ったんだ“みたいな、本当にたくさんのストーリーがありますね」
●植木のリユースみたいな感じですかね?
「そうですね。わかりやすくいうと植木のリユースになりますね」
●うちの庭木を引き取って欲しいっていう依頼は多くなりましたか?
「はい、かなり多くなりましたね。この事業を始めたのが2012年なんですけど、その時に比べると、もう本当に何十倍っていう数の問い合わせが来ています」

●そうなんですね。ちなみに月何件ぐらいの依頼がありますか?
「月でいうと・・・実行されるのが6件、7件ぐらいの引き取りを行なっています」
●無料で引き取るんですか?
「引き取る時にかかる職人の労務費だったりとか、運賃をいただいているっていう形です」
面会は「もらえる植物園」

※引き取った樹木はどこに保管しておくんですか?
「会社の前に『もらえる植物園』って呼んでいる植木の管理地があるんですね。そこに置いて植木を管理しています」
●その「もらえる植物園」は「やましたグリーン」の中にあるんですか?
「はい」
●敷地ってどれぐらいの広さなんですか?
「敷地は約2000坪です」
●誰でも入れるんですか?
「そうですね。開放していて、“誰でもいつでも来て、お散歩してください”っていふうにしているので、そこで気に入った植物があれば、里親になれるっていう仕組みですね」

●樹木の種類はいろいろあると思うんですけれども、現在は何本ぐらいの樹木を預かっているんですか?
「今は500本ぐらいの樹木を預かっています」
●どんな樹木でも預かるんですか?
「はい。どんな樹木でも樹種を問わずに預かっています」
●断るケースとかはないんですか?
「断るケースはないですね」
●今、預かっている樹木は具体的にいうと、どんな種類の木があるんですか?
「やっぱり花が咲いたりとか、実がなるものが結構多くて、梅、桜、柿とか、あとみかんとか、そんなものが多いですかね。松も多いですね」
●里親をネットで募ったりとかされるんですか?
「はい、ホームページで発信して、ネット上から問い合わせをいただくこともあるんですけど、最終的に里親になってもらう時は、実際に見に来ていただいて、大きさとかをちゃんと見てもらってから、里親になってもらうっていう仕組みにしています」

●実際、見てもらって里親になりますって決まったら、その後の流れはどうなるんですか?
「その後の流れは(樹木を)植える場所まで私たちが運搬して植栽する。その時にかかる運搬費と労務費をいただくという形になりますね」
●そうなんですね。植栽までしてくださるんですね。里親になるかたに、もとの持ち主のストーリーや、思いというのをお話しされるんですか?
「聞かれればお伝えしていますね。こんな場所で育っていましたとか・・・」
(編集部注:山下さんは「植木の里親」を広めるために、定期的に「もらえる植物園」で剪定教室、枝を使ったクラフトやドライフラワーづくりのワークショップなどを開催しています。
また、山下さんの活動を知った小中学校から、SDGs授業の講師を依頼され、「植木の里親」活動が事業としても成り立っていることなどを説明するそうです。生徒さんは樹木を生かすために、別の場所に移植できることを知って、驚きの表情を見せることもあるとか)
お客さんを笑顔に!
※庭師としてのキャリアは30年以上になるかと思いますが、日々樹木と向き合って、どんなことを感じますか?
「樹木と向き合っていると、30年間いろんな樹木の状態を見たりとかしていると、人間の言葉はしゃべらないけど、彼らは彼らなりに葉っぱの色を変化させたりとか、幹の水分量が変わったりとか、彼らなりに話しているなっていうのは、なんとなくわかる感じがするんですよね。その辺を見ていると、やっぱり生きているんだな~っていう感じはしますね」
●親友にっていうことですよね。
「そうですね。やっぱり同じ地球で生きる仲間、そして私たち人間が生きる上でなくてはならない存在なので、こちらから歩み寄ってどんどん親友になっていきたいと思っていますね」

●樹木と対話するような仕事だと思うんですけれども、どんなこと望んでいるのかって、どういうふうにしたらわかるんですか?
「やっぱりよく見てあげることですよね。さっきも言った通り、人間の言葉をぺらぺらとしゃべってくれれば、すごくわかりやすいんですけど、それができないので、葉っぱの様子とか幹のしなり具合とかをよ~く見ていると、何かわかってくることがあるんですよね。そのあたりをよく見ていると、なんとなく対話ができるのかな~っていう気はしますね」
●どんな時にやりがいとか幸せを感じますか?
「やっぱりこれまでやってきた『庭じまい』の仕事とかは、植木を処分することでお客さんが悲しい状態になって、仕事が終わるっていうことが多かったんですよね。だけど、この『植木の里親』っていう仕事にチェンジしたことで、お客さんは植物を手放ことは同じだけど、笑顔になってくれたんですよね。
お客さんが笑顔になる時がすごく大好きで、里親さんが見つかった時も育てていたかたに写真を送ったり、手紙を送ったりするんですね。“これからはこんなところで育ちますよ!”みたいな、その時にまたすごく喜んでくれて、お礼言ってくれたりとか手紙を返してくれたりするので、そんな時にすごく喜びを感じますね」
●自分のもとでは育てられなくても、どこかでまた輝いてくれているって思うと、もとの持ち主さんたちも嬉しいですよね。
「そうですね。そこで命が終わるんじゃなくて、次の場所でセカンドライフを送ってくれている。それがたとえば保育園に植えられて、子供たちが楽しんでくれる木になったとか、そんなことが起こったりすると、すごくやりがいを感じて嬉しくなりますね」

サステナブル・ガーデン!?
※今後、チャレンジしてみたいことがあったら、教えてください。
「この取り組みをやっているのがあまりいないので、全国的に協力してくれる会社とかを広めていって、全国どこでも手軽に利用できるような仕組みにしていきたいなと思っています」
●サステナブルなお庭というお話も聞いたんですけれども、具体的にどんなお庭なんでしょうか?
「やっぱり庭木って成長するものなので、その管理が大変だから、庭じまいをするっていうかたが一定数いらっしゃるんですよね。
そんなかたに対してのご提案として、庭木全部をなくすんじゃなくて、自分たちで管理できる本数を残して、あとは私たちが引き取って、こちらで里親を見つけるので全部、庭を潰してしまうんじゃなくて、庭のボリューム感を減らして維持していきましょうっていうのが、この『サステナブル・ガーデン』のコンセプトなんですね。
それによって、今まで10本あったから毎年管理が大変だったけど、2本ぐらいだったら自分でちょっと剪定に挑戦してみようかなっていうかたも中にはいらっしゃます。そういった、庭という形を縮小させて持続させていこうっていうのが、このサステナブル・ガーデンの趣旨ですね」
●では最後に「植木の里親」活動を通して、どんなことをいちばん伝えたいですか?
「『植木の里親』活動を知らなかったことで、自分とか自分の家族が大事にしていた植木を伐採しちゃったりすると、罪悪感が残ってしまったりすると思うので、植木を生かす選択肢が今はあるんだっていうことを伝えていきたいですね」
(編集部注:山下さんは、女性の職人さんをもっと増やしたいという思いもあって、「やましたグリーン」には、現在2名の庭師がいらっしゃいます。山下さんがおっしゃるには、女性は仕事がきめ細やかだし、お客さんとの対話も上手で、すごく助かるし、活躍してくれているとのことでした)
INFORMATION
山下さんが取り組んでいる「植木の里親」にぜひご注目ください。ご自宅の樹木の処分をお考えのかた、伐採する前に一度「やましたグリーン」にご相談されてみてはいかがでしょうか。
また、「やましたグリーン」が預かっている樹木を引き取ってもいいというかた、「もらえる植物園」のサイトに、いろんな樹木の写真がアップされていますので、ぜひ見てください。
◎「やましたグリーン」:https://www.yamashitagreen.com

「やましたグリーン」では「植木の里親」活動をさらに進めるために、現在、新たにクレーン車を導入するための資金を、クラウドファンディングで募っています。
いまある1台のクレーン車では、1日に対応できる件数に限りがあるため、引き取り依頼があってもお受けできないことがあるそうです。ぜひご支援ください。詳しくは専用サイトをご覧ください。
◎クラウドファンディング専用サイト:https://camp-fire.jp/projects/836485/view
2025/10/5 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、天文学者の「渡部潤一(わたなべ・じゅんいち)」さんです。
渡部さんは1960年、福島県生まれ。東京大学理学部から大学院を経て、理学博士に。専門は太陽系天文学で彗星や流星、小惑星などの観測や研究を行なっていらっしゃいます。
国立天文台・上席教授でもいらっしゃる渡部さんは、国際的に活躍されている天文学者のおひとりで、天文に関する本も数多く出していらっしゃいます。
先頃出版された『眠れなくなるほど面白い 図解 天文学の話』という本の監修もされたということで、渡部さんがいらっしゃる国立天文台・三鷹キャンパスを訪ね、宇宙や星の不思議、そして今年から来年にかけての注目すべき天体ショーのことなど、いろいろお話をうかがってきましたので、きょうはその時の模様をお届けします。

1972年10月8日、ジャコビニ流星群
※まずは、渡部さんのプロフィール的なお話から・・・子供の頃から、将来は天文学者になろうと思っていたのか、お聞きしました。
「小学生の時代はほとんど理科少年だったので、天文に限らず、石ころを集めたり虫を採ったり植物を採取したり、ラジオの工作をしたりっていうのを手広くやっていましたね。
宇宙時代ってこともあって、アポロの月着陸もありましたので、だんだん天文に寄っていったんですよね。決定的だったのは1972年の10月8日の夜『ジャコビニ流星群』が大出現するという予報があったんですよ。1時間に10万個100万個っていう流れ星が流れるっていう、こんなことは滅多にないので、理科少年みんなで観測しよう!と学校の校庭に集まって、夜通し流れ星を待っていたんですよね。
ところが、ひとつも出なかったんですよ・・・。ものすごくがっかりしたんですけど、逆にすごく面白いと思ったんです。何が面白いかって、専門家の先生がたがたくさん(流れ星が)出るって言ったのに出ないってことは、まだわからないことがあるってことがわかったんですよ。
流れ星って30分、空を見上げてりゃ、きょうは多い少ないって小学生でもわかるんですね。肉眼で観察するわけですから、望遠鏡なんかいりませんからね。これは自分でもフロンティアに立てると思ったんですね。
わかってないんだから、専門家の先生がきょうは出ないって言った日にたくさん出る可能性もあるわけですよ。それを監視しなきゃと思って、天文学者になろうと思ったんですね」
●わからないことが多いからワクワクしますよね。
「そうですね。自分がそれに貢献できると思ったんですね。ほとんど毎晩のように晴れれば、流れ星を数えていましたね」
●天文について、しっかりと学ぶようになったのは、大学に進学されてからになりますか?
「そうですね。やはり専門的に学ぶ場所が当時は少なかったですね。いわゆる帝国大学ぐらいしかなかったので、そういう場所に入ろうと思って、私の場合は東京大学を選んで、理学部の天文学科で専門的に学ぶようになりましたね」
●天文学といっても幅が広いと思うんですけれども、いろいろなジャンルがあるんですよね?
「そうですね。天体ごとに研究が分かれていますし、また光で見る研究者、紫外線やX線で見る研究者、電波で見る研究者と波長ごとにも分かれています。さらに実験で宇宙を問い直して謎解きをする、それからコンピューターを使って理論的に宇宙の謎を解こうとしているっていう、そういういろんな手法があります。
私の場合は光で流れ星をもともと見ていましたので、光でほうき星や流れ星といった太陽系の小天体を探っています」
(編集部注:国立天文台は「自然科学研究機構」という法人で、国内外に観測や研究のための施設があります。
海外ですと、ハワイ島マウナケア山頂にある「すばる望遠鏡」や、南米チリのアタカマ砂漠に設置された「アルマ」という電波望遠鏡、この建設・運用は国際共同プロジェクトです。
国内ですと、長野県野辺山や岡山、石垣島や小笠原のほか、以前この番組に出演してくださった、ブラックホールの研究者「本間希樹(ほんま・まれき)」さんが所長を務める岩手県「水沢VLBI観測所」などがあります。

今回、私たち取材班がお邪魔した三鷹キャンパスは国立天文台の本部で、国内外にある観測施設のまとめや天文学の研究、新しい観測装置の開発、そして大学院生の教育などを行なっています。
一般のかたが見学できるということで、私たちは歴史を感じる「50センチ公開望遠鏡」や、日本最大の口径65センチの屈折望遠鏡がある「天文台歴史館」などを見学させていただきました)

スーパームーンは目の錯覚!?
※ここからは、渡部さんが監修された新しい本『眠れなくなるほど面白い 図解 天文学の話』を参考にお話をうかがっていきます。
私たちの身近な天体といえば、「月」だと思います。先月9月には「皆既月食」が話題になりました。11月には大きな満月が見られると聞いたんですが、これはどういうことなんですか?
「お月様というのは地球の周りをまわっているんですが、実は完全な円軌道でまわっているわけではなくて、少し歪んでいるんですね。そのために地球に近づく時と遠ざかる時があるんです。
平均して38万キロぐらいなんですが、36万キロぐらいまで近づくこともあれば40万キロを超えることもあって、大体1割ぐらい距離が違うんですよ。
そうすると、ちゃんと測ったり写真を撮ったりすると、1割ほど大きさが違って見えるんですね。11月の満月というのは、ちょうど地球に近い時に起きますので、それで1割ほど月が大きく見えますよという、いわゆる“スーパームーン”と呼ばれているんですけれどね」
●肉眼で見ても、ちょっと大きいなっていうのはわかりますか?
「それはわかりません。わからないです(笑)。それは比較しないと、やっぱり人間ってわからないんですよね。
お月様って、みなさん大きいな~大きいな~って思われるかもしれないですけど、実は5円玉を手に取って手を伸ばして、その5円玉の穴に入るぐらい小さいんです。
周りが暗かったりするので、とっても大きく錯覚しているだけで、人間の目ってものすごく錯覚を起こしやすいので、どうしてもスーパームーンだって言うと、みなさん、“あ~、きょうは確かに大きい!”っておっしゃるんですけど、わかっているはずがないんですね(笑)」
●そうなんですね(笑)。
「しかも地平線に(月が)ある時は大きく見えますよね。でも空の高いところにあると、月ってちっちゃく見えるんですよね。これも錯覚なんです。しかも理由がよくわかってないんです」
●へえ~〜〜。
「地平線に近いと、地平線近くにあるビルや山と一緒に見るので、大きく見えるんじゃないかというふうに言われているんです。心理学者の先生がたがいろいろ実験して試すんですけれども、どうも違うようなんですよね。理由がわからない・・・。まだまだ人間の脳っていうのはわからないんですね」
●面白いですね。夜空を見ていると星の色がオレンジの時もあれば、青の時もあるという感じで、違って見えますけれども、星の色が違うのはどうしてなんですか?
「星は基本的には、星座を作っている星は自分で光っている、太陽のように自分で光っているんですが、その表面の温度が違うんですね。温度が低い星は実は赤くて、温度が高くなればなるほど青白くなっていきます。
電熱線は、オーブン・トースターもそうですけれど、電源を入れると真っ黒な状態から赤くなりますよね。今のオーブン・トースターはちゃんと安全装置が働いているので、あまり温度が上がんないようにはなっているんですけれども、わざと電流を流して温度を高めていくと、実は電熱線がギラギラと白くなっていくんですよ。色が変わっていきます。それと星の色は同じなんですね」
●キラキラ点滅しているように見えるのは、どうしてなんですか?
「昼間、割と浅い川で(水が)流れているのを見ると、川底の石がゆらゆら揺れていますよね。あれと同じで、実は地球は大気がありますので、風が吹くとそういう大気の疎密があって、それを通して星の光を見るので、どうしても星の光がちらつくんですね。
言って見れば、我々は川底に住んでいるようなもので、川の底から空を見ると、川の流れで星や太陽がゆらゆらするのと同じなんですね」
知的な生命体はいる!?
※地球は自転していますが、回転のスピードは時速に換算すると、どれくらいなんですか?
「地球の一周がだいたい4万キロぐらいあるんですけど、それを24時間でぐるっと一周すると、だいたい時速1666キロ、まあ1700キロぐらいですかね。だからものすごいスピードでまわっているんですよね、僕ら(笑)」
●そうですよね。遠心力で飛ばされたり、みたいなことはないんですか?
「実は多少、遠心力が効くんですが、地球の場合は重力がものすごく強いので、我々もそうだし、地球そのものも遠心力によって、あまり歪んだりはしてないですね。重力があるためなんですね」
●ほかの惑星も自転していますか?
「基本的に天体は自転しているものなんですが、特に木星はものすごく速くて、地球よりもデカい惑星なんですけれども、10時間っていうスピードでまわっていますので、そのスピードが時速4万7000キロになります」
●ええ~〜〜っ!
「ですので、あまりにも速いので、木星を望遠鏡で見てもわかるんですけど、さっき言われた遠心力で、1割ぐらい南北と東西が違うんです。平べったくなっちゃう・・・」
●うわ〜〜、速すぎますね! 地球のある太陽系は天の川銀河の一部だと思うんですけれども、天の川銀河にはどれくらいの星があるとされているんですか?
「天の川銀河の星を全部数えた人はいないですけど(笑)、その質量とか近くの星から類推すると、1000億から2000億個ぐらいは星があるんじゃないかと言われています」

●その中には地球と同じような星、生命体がいるような星もありそうですか?
「2000億っていうこの数値は、太陽のような自ら輝いている星の個数なんですね。その周りをまわっている、例えば太陽系の場合は太陽の周りに8つの惑星があって、そのうちのひとつが地球なんですけど・・・だからいわゆる恒星の数に比べてもっと多いはずなんですね。
8分の1としても10分の1だとしても2000億の10分の1っていうと200億ぐらいになるので、控えめに見積もっても1パーセントって言われているんですね。
だから20億ぐらいは地球のような天体があるだろうと・・・。
そうするとその中には、地球と同じように安定した気候で、安定した進化をして生命が進化して、もしかしたら知的な生命、我々のような宇宙を見つめて、何かいろいろ考えている人たちはいるでしょうね。
20億の1パーセントだって2000万ですから、2000万個の地球、しかも生命を持っている地球と似た星はあるでしょうと、今言われています。実際この星は怪しいっていうのは、もう見つかり始めています」
行けるとしたら「火星」へ
※天文学の発展には、最新のテクノロジーが欠かせないと思います。ガリレオ・ガリレイが使っていた望遠鏡から、今やNASAが中心となって開発した、宇宙空間にある「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」の時代になっています。
この宇宙望遠鏡がとらえた画像を渡部さんが初めて見た時は、どんな思いになりましたか?
「これはずいぶんよく見えるようになったな~と思いますね(笑)。結局、視力がよくなるっていう・・・人間の目って実は双眼鏡なんですけどね、ある意味で・・・。
瞳の直径が6ミリとか8ミリぐらいしかない、ちっちゃなちっちゃな双眼鏡をそれぞれの個人が持っているわけですけど、ガリレオがそれを5センチにして、さらに後世、我々がどんどん大きくして遠くまで見えるようになったっていう・・・。


しかも地球の大気圏の外にその望遠鏡を持って行けば、大気の揺らぎがなくて鮮明に、しかもこの望遠鏡は赤外線なんですけど、赤外線で宇宙の彼方を見られるようになった、130億光年という、今まで手が届かなかったような場所の天体を調べ始めていますから、ひとつの時代が来たんだなと思いましたね」
●テクノロジーの発達で民間人が宇宙に行ける時代にもなってきました。宇宙に行けるとしたら渡部さんは、どの星に行って何をしたいですか?
「私は行きたくないです(笑)。宇宙に行くってやはり非常に厳しい・・・事故率は高いんですよ、実は今でも・・・。だからそういうことを考えると、ちょっと危ないなと思っちゃうんですけどね。
でも、もし行けるとしたら、やっぱり隣の惑星“火星”になると思います。火星は唯一、長期滞在、あるいはもしかしたら将来的には移住が可能じゃないかと言われている惑星なので・・・地球と同じように24時間ちょっとでまわっていますし、大気も薄いながらありますし、いい所じゃないかなと思いますね(笑)」
●今、いちばん注目している星は・・・では火星になりますか?
「火星ですね。火星はもしかしたら過去に生命が、地球と違った生命がいたかもしれないということで、今でも多くの探査機が探査をしています。
移住計画を進めている人たちは、本当に真面目に火星の地下都市計画も図面まで描いていますからね。どうやってエネルギーを取り出して、資源を循環させながら住むということを真面目に考えています。
遠い将来いつになるかわかりませんけど、技術的にはもう可能だと言われているので、移住する時代が来るかもしれませんね」
●最近、火星に生命の痕跡があったという記事が新聞に載っていましたけれども、それはどういうことなんでしょう?
「火星からの直接、サンプル資料、砂とか岩を持ってきてはいないんですけど、火星に隕石が落ちて、その破片が宇宙空間に飛び出して、それがしばらくして地球に落ちてくる“火星由来の隕石”っていうのが見つかっているんです。
この隕石の中から、どうも生命の痕跡ではないかというようなものが時々見つかるんですね。どうしても今までは決定的なことが言えないので、(生命体が)いたかいないかわからないってことで、探査機を送って実際調べているんですけど、まだ確証は得られてないですね」
12月14日、ふたご座流星群、条件良し!
※今年2025年後半から来年にかけて、注目すべき天体ショーがあったら、教えてください。
「12月の14日に毎年あるんですけど、ふたご座流星群というのが見られます。この流星群は、毎年ほぼ同じ数の流れ星を降らせることで有名で、安心して見ることができますね。
今年は月明かりの影響がないので・・・月が明るいと流れ星の数が減っちゃうんですね。ですので、今年は非常に条件よく見られると言われていますね。
ほかの流星群だと明け方にならないと数多くならないんですが、ふたご座流星群は日が沈んで夕方になったらもう飛び始めて、明け方までずっと見えているっていう、子供さんにも優しい流星群になりますね。
それから来年になりますと3月3日のひな祭りに、皆既月食があるんですね。先日の9月8日の皆既月食は明け方だったので、子供さんが見るにはちょっとしんどい時間帯、しかも月曜の朝だったんですね。
今回は時間帯がすごくよくて、午後7時から10時ぐらいまでの間です。真っ赤な月が現れるのが午後8時から9時という時間帯なので、多くの人が見ることができるんじゃないかと思いますね」
●いいですね! 夜更かししなくても見ることができるんですね。
「そうです」
●楽しみです。では新しい本『眠れなくなるほど面白い 図解 天文学の話』を通して、どんなことを伝えたいですか?
「この本は天文学っていう難しそうな話を、割と簡単に理解できるように工夫された本です。天文学ってなんか“学”って付いていると、なんとなく難しそうだなと思うかもしれないんですけど・・・。
確かに天文学は難しい本もあるんですが、誰でも気軽に単純な疑問から読み解いていけるような作りになっています。だから今まで天文学を敬遠されていたかたや、ちょっと読むには難しそうだなと思っていたかたも、ぜひ手に取って読み進めて、少し興味を持っていただけたらなと思っています」
●天文学を志す若いかたがたに向けて、何かアドバイスなどあればお願いします。
「もし天文学をやりたいと思ったら、門戸は開かれています。天文学は本当にオープンな学問で、会社に勤めながらアマチュアの研究者として、ガンガン面白い研究やっている人もいれば、あるいは夜な夜な新しい天体を探している人もいるぐらいです。そういう人たちも実は天文学にすごく貢献されているんですよね。
いろんな方法で天文学を学んだり、あるいは自分で研究したりもできますので、ぜひやりたいと思ったら臆せずに頑張っていただければな~と思っていますね」
INFORMATION
渡部さんが監修された新しい本をぜひ読んでください。天体の雑学から宇宙の不思議と素朴な疑問、天体観測の進化、天文学の歴史などを図形やイラストを使って、それぞれを見開き2ページでわかりやすく解説。巻末には88星座の一覧も載っています。この本を読むと、きっと夜空を見上げたくなると思いますよ。
日本文芸社から絶賛発売中! 詳しくは出版社のオフィシャルサイトをご覧ください。
◎日本文芸社:https://www.nihonbungeisha.co.jp/book/b659225.html
国立天文台・三鷹キャンパスは一般のかたに公開されていて、随時見学できます。また、定例観望会などのイベントも開催。
10月25日(土)には、特別公開として「三鷹・星と宇宙の日2025」が開催されます。普段は公開していない施設の見学のほか、最新の天文学研究などの展示や企画、天気が良ければ、観望会も行なわれる予定です。
開催時間や参加方法、アクセスなど詳しくは国立天文台・三鷹キャンパスのオフィシャルサイトを見てくださいね。
◎国立天文台・三鷹キャンパス:
https://www.nao.ac.jp/about-naoj/organization/facilities/mitaka/













