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番組のシンボル、風間深志さんが登場!「生きている限り、青春だ!」

2024/4/7 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、記念すべき第1回目の出演者、冒険ライダー、そして地球元気村の大村長「風間深志」さんです。

 風間さんは1950年生まれ、山梨市出身。1982年に日本人として初めて「パリ・ダカールラリー」に参戦。さらに、バイクによる史上初の北極点と南極点に到達など、前人未到の大冒険を成し遂げたレジェンドなんです。

 そんな風間さんが1988年に仲間と設立したのが「地球元気村」で「人と自然が調和している社会」の実現を目指して活動しているNPO法人です。

 今回は、20年以上続けているモンゴルでの植林活動のほか、地球をナビゲートする「テラなびサミット」のことなどうかがいます。

風間深志さん

モンゴルのゴビ砂漠で植林活動

●今週のゲストは、この番組の記念すべき第一回目のゲスト、冒険ライダーそして地球元気村の大村長、風間深志さんです。ご無沙汰しています。よろしくお願いいたします!

「どうもどうも! あれからあっという間の1年だね〜、早いもんですね、本当に」

●風間さんには、毎年4月の第1週目にご出演いただいています。

「そうだ。この時期にお声がかかるんですよね、なぜかね」

●この番組「ザ・フリントストーン 」がこの4月から33年目ということで、長いお付き合い、本当にありがとうございます!

「33年! すごいな〜、よく続いているね、フリントストーン。まあ続かないとね!」

●長寿番組として頑張っております!

「意味は火打ち石でしょ? フリントストーンっていうのは・・・みなさん、わかっていますか〜?」

●今回は、この話題からいきたいと思います。地球元気村では2013年からモンゴルで植林活動などを行なっていらっしゃるということで、モンゴルで活動するようになったのは何かきっかけがあったんですか?

「きっかけ? モンゴルに通い始めてから20年は経つんですよ。ただ行くだけじゃ、と思ってね。どうせなら、ゴビ砂漠が好きだから、あそこは砂漠化していて、遊牧民のかたたちの牧草地も草がなくなってきているって話を聞いたんですよね。だったらゴビ砂漠で植林やっちゃおうって・・・。で、行き始めたのが2013年で、まあそれからもう10年経ちましたね」

●どのあたりに行くんですか?

「僕がよく行っているのは・・・いろいろあるけど、最初に行ったのはドルノゴビ県って言って、中国との国境に面しているっていうかね。まあモンゴルのいちばん暑いところだね。ラクダに乗って、それで時として馬にも乗りながら内陸のほうに入っていって(植林を)やるんですね」

●植林は毎年されるんですか?

「毎年! 大変なんですよ。植林はするだけだとだめでね。(植林)した後のメンテナンス、それで水をちゃんとあげるとかやらなきゃいけないから、やっぱり井戸掘りからだなっていうんで、いちばん最初の2013年は植林だけやったんだけど、2014年には井戸を掘りました」

●すぐに水って出るんですか?

「いやもう大変・・・150メートルとか掘って、それで水がピューって出るわけ。出るんですよ、結構!」

●どうでした? その時。

「すごく気持ちよかった! あそこはある意味、永久凍土なんだよね。地下水はすんごい冷たいから、夏でも手が痺れるほど冷たい。その水も美味しかったな〜」

●感動しそうですね、水が出た時! 

「もう感動、感動しまくりのゴビ砂漠(笑)」

●モンゴルの活動には地球元気村の村民(会員)のかたがたも参加されているんですよね。

「行けるんだよ、いつでも。いつでも行ってもらいたいし、今年も行くからね。今年もたぶん7月の終わりくらいに行くかな。行こうと思っているので、ぜひ興味のあるかたは行ってもらいたいですね」

●行ってみなさんで何をされるんですか?

「僕の場合バイクに乗るのが好きだから・・・植林するでしょ? で、植林を3日間くらいやるんだよね。そうしたら飽きるじゃないですか。バイクでトレッキングに行くわけ。あちこちを見学しながら、それがすごく楽しい」

●いいですね〜!

「あんまり早いマシンに乗ると、かっ飛びたくなるから、あれはだめなの! パワーのない125ccくらいのマシンで行くといいね。モンゴルはやっぱり草原が魅力ですから、遊牧民のかたたちがいっぱい住んでいて、もう本当にピースフルだね」

ノマド文化に学べ

※地球元気村では、モンゴルの遊牧民の生き方や伝統ともいえる「ノマド文化」に学ぶことを提唱されています。改めて「ノマド文化」について教えてください。

「ノマドっていうのは遊牧民っていう人たち、定住しない人たちのことをノマドって言って、例えばサハラ砂漠周辺にはトゥアレグ族って人たち、ラクダの民がいて、200万人くらいいるんだよね。

 一方モンゴルにも、モンゴル全体で300万人だけど、ウランバートルに180万人が住んでいて、300万人引く180万人、120万人がノマドなんですね! って言ったら、いやそこまではいかないと(笑)。ということで、80万人くらいいるんだよね。その人たちが本当に昔ながらの生活をしているわけ。南米のパタゴニアに行くとガウチョっていう人たちがいて、それもやっぱりノマドの人たちなんだよね。

 で、僕らは定住して、物質文明に、氾濫する物質に覆われていて、幸せの単位が物の数とか、たくさん物を持つとかっていうところに幸せを感じるけど、大間違いなんでよね。

 モンゴルの人たちは、1年間に5回くらい場所を変えて住むわけ。そうすると、持っていく物は本当に必要最低限の、これはいらないかなっていうのは、絶対捨てていくっていう流儀なんだって。そのくらい、俺たちの1%にも満たない物で過ごして、幸せを感じて子供も作って、豊かな生活を送っているんだよね。

 だから僕らはそこの人たちに、あなたたちにとって幸せとは何ですか? とか聞いてみたい。そういう勉強を今、俺たちはしなきゃいけないなと思って、地球元気村で、一生懸命ノマド・ノマド・ノマド! って言っています(笑)」

●2019年には「地球元気村 in モンゴル」を設立されました。その拠点はどこにあるんですか?

「向こうに地球元気村モンゴルがあるの。Googleで調べて、モンゴル地球元気村って(検索)やるとパシっと出てくる。ウランバートルから南に40キロくらい走ったところにキャンプがある。そこがモンゴル地球元気村で、そこで楽しくやっています。
 来てくださいね、ぜひ。いいんだよ〜本当に! 夜は満点の星空なんていうもんじゃない。ものすごい。星が降るっていうのはあのことだね。そうやって焚き火して、みんなモンゴルの人たちはやっぱり遊びがないから、結構みんな歌を歌うんだよね。代わる代わるにみんな歌を歌って夜を過ごすわけ。心が高揚して、人情も濃いし、本当に現代社会の人間たちが忘れかけてしまったことや物が全部あるね」

●あったかい場所ですね。

「そうです。だから今モンゴルの遊牧民たちに目を向けて、全員あの真似はできないけど、俺たちはね。でもそこにある心の持ち方、俺たちはやっぱりすごくそこを学ばなきゃいけない時期かなと思って・・・」

「テラなびサミット」開催!

※地球元気村では、先月の3月6日から7日に山梨市で「第一回 テラなびサミット」を開催しました。これは2022年に「地球元気村」のサポートメンバーと作った「テラなび委員会」がもとになっているということなんですが、改めて「テラなび委員会」とは何か、説明していただきました。

「『テラ』はギリシャ語の地球、『ナビ』はナビゲーションのナビで、地球をナビゲートするっていう委員会を作って、それでなんか考えようってね。

 この夏、くそ暑い夏がまた来るんですよ。お年寄りみんな、いやだって、なんとかしてほしいって言うじゃん。でもこれは文明が作った、様々な部分で作ったひとつの結果だから、直そうったって、そうはいかねえんだ。だからそれを考えての結論は、ひとりひとりのライフスタイルを変えていくってことに、そこにゴールするんだけど、みんなの生活の価値観を変えるってことなのね。

 例えば10何年前に計画停電があったよね。あの時、真っ暗になったよね。8時以降は電気を止めようとかね。みんな、できるのかなって(思って)やったけど、やったらさ、気持ちよかったじゃん。夜なんて暗いのは当たり前だよって。何も夜中に落とした10円玉探さなくていいだろうって。
 そういうことで、夜の闇は闇として受け入れるほうが気持ちいいねっていう気づきがあったよね。そういうふうにライフスタイルを、みんな自然に寄り添うような形で変えていくっていうのは、大事な時代になったね」

●「テラなびサミット」は山梨市で行なわれたんですよね?

「やった! このあいだね、すげえウケたよ! 小学生たち30人呼んでね。テラなびサミットの人たちは、だいたい先生ばっかりだから、大学の教授、校長先生を40年やりましたとか、なんかの先生だから、子供たちに話しかけるのが上手でさ。(小学校の)校長先生がすっげえ感動しちゃった。”素晴らしい1日をきょうは過ごしていただきました”ってすごく喜んでくれた。

 この時代はみなさん、こういうふうに変えましょうなんて言わないでしょ。だから俺は地球元気村を36年やって、何のために地球元気村を今までやっていたんだろう・・・やっぱりこういう時に、言わない大人が言おうと、みなさん変えましょうって、生活のベクトルっていうかね、そういうものを変えていくっていうのが、どっかですごく必要だ。
 そうしなかったら、また40度を超える夏は来るし、生物多様性もこの30年で8割の昆虫がいなくなって、それから脊髄動物の67%がこの27年でいなくなっちゃったんだって。そのぐらいひどいんだよ、今」

風間深志さん

能登の被災地で炊き出し

●今年の初めには能登半島で大きな地震があって、多くのかたが被災されて、風間さんも地球元気村のスタッフのみなさんと一緒に現地で炊き出しされたんですよね。

「行きましたよ! ちょっと(名刺を)あげるね」

●お名刺、ありがとうございます。石川県観光大使!?

「去年の10月に(石川県観光大使に)なったの、観光大使だからね。能登半島は羽咋市と輪島市の観光大使もやっているからね。3つに関係するからじゃないんだけど、非常に馴染み深いのね。あの人たちが大変なことになったので、できることって何かと思ってね。
 とんでもない倒壊とかね、道が混乱するほどの状態になったから、なかなか近づけなかったけど、先月は行ってきました。今月も再来週に行きます。山梨のほうとうを持って行ったの! 喜んでくれたよ!」

●風間さんがネギを切っている写真がホームページに載っていましたね。

「ネギをあんだけ切るとさ、400人分切ったの、目にすげえ染みるね! 玉ねぎだけかと思ったら、ネギもこんなに染みるのかって、やってみなきゃわかんないことをやりましたけど。もうなんだろう、あんなに時間が経っているのに、こんな料理を食べたのは初めてだっていうんだよ。ほとんどカップラーメン、あれが定番化していて、ああいうものばっかり食べているみたい・・・」

●風間さんは能登にバイクのイベントで何度も行っていますよね。

「SSTR(*)ですごくお世話になっているんですよ。SSTRで(参加者が)1万人を超えたでしょ。調査とそのあとにも行くから、数万人のかたたちがお世話になっているからね、年間。だからそこにはみんなふるさと意識を持っているしね。やっぱり困った時は本当にお助けさせてもらいたいと思うんですよ」

●今後も支援活動は続けていくんですか?

「これから2年から3年続くね。間違いなくずっとやりますよ」

(*「サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー」の略)

自然と共存できるように

※風間さんは去年、この番組のインタビューで、2026年頃に4輪で「ダカールラリー」にチャレンジしようかな〜というお話もされていたんですが・・・その後、4輪の国際ライセンスを取得するなど、着々と準備を進めているようですよ。

「なんか自分でも思うよ。なんつーのかな・・・富士スピードウェイのストレートを200何十キロで走って、そんなこと、俺やっていいのかよって・・・現実に潰されちゃうような歳だからね、今(笑)。
 そういう心の葛藤がありながら、でも生きている限り青春でね、頑張ろうと思っています。そういったことでみなさんが、なんか勇気をもらえるって言ってくれるから、俺はそういう役割だなと思って、向こう見ずみたいなことやっていますけど、要は簡単に言うとバカなんだけどね(笑)」

●生きている限り青春ってかっこいいです!

「あ、本当ですか? 言ってみたいでしょ!」

●素敵です!

「言っちゃたら、自分も」

●はい! メモらせていただきます。

「言えばいいんですよ、生きている限り青春だって!」

●全力で遊んで全力で学ぶって、かっこいい!

「遊ぶってのがいちばん大事なこと。仕事は誰でもやるんだけど、遊びがうまくできるか、遊べる時間を確保できるか、これはやっぱりね、人生の生き方上手かもしれないね。だからみんな楽しく過ごしたいじゃない? どうせこの地球に生まれたら、楽しく笑って死にたいよね、年寄りっぽいけど(笑)」

●改めて、今後の地球元気村としてのチャレンジがあれば、教えてください。

「今ね、この時代でしょ、地球温暖化、気候変動、ひどいじゃん。こういったものさ、笑って見ていられないから、本当にみなさんが地球元気村で感じたような、自然に親しみを持って、自然に優しい生き方が、まず自分のそれぞれのスタンスでできるようになってくれればいいなっていう・・・。
 そういうかしこまった言い方をするとすごくウケないんだけど、本当にそれをやんないといけないんですよ。 だから俺は本当にみんなが楽しく、そういったことを受け入れられて、それが実践できる方法がないかなって、もう20年も考えていますね。

 昔はよかったんです。(自然を)好きになることがいちばんの普及だって言って、キャンプも流行らせました。アウトドアも思いっきり流行らす原動力になりました。でも今この状態じゃん。
 で、それがどういうことかって・・・この自然というものに対する向かい方、人間と人間が生きることっていうことを、みんなで考えなきゃいけないね。俺ひとりの力では何にもできないから、みなさんの力を借りて、メディアの力も借りながら、みんなと自然と共存できる方向に歩いていきたいね」

☆この他の風間深志さんのトークもご覧ください


INFORMATION

 山梨市の地球元気村ファーム「天空のはたけ」では5月中旬にサツマイモの植え付けが予定されています。また、地球元気村が運営している山梨県山中湖村の村営山中湖キャンプ場では、だれでも参加できるイベントを月に一回開催しているそうです。

 そんな地球元気村では、随時村民を募集中です。プレミアム村民は会費が年間10,000円、村民になると年4回、会報誌「地球元気村」が届くほか、イベントの参加費が割引になるなどの特典がありますよ。
詳しくはNPO法人「地球元気村」のオフィシャルサイトをご覧ください。

◎地球元気村:https://chikyugenkimura.jp

 風間さんが主宰されている一般社団法人「日本ライダーズフォーラム」でもイベントが目白押しです。
 地域社会を元気にするための「にっぽん応援ツーリング」が4月27日からスタート。そして世界環境デーにあわせて、6月2日にはライダーの立場で地球環境の未来について考える「第2回 へそミーティングin山中湖」が開催されます。ほかにも、女子だけのツーリングラリーなども予定されていますよ。
詳しくは「日本ライダーズフォーラム」のオフィシャルサイトをご覧ください。

◎日本ライダーズフォーラム:https://www.round4poles.com

次の世代に! 〜「地球元気村」35年目の決意

2023/4/2 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、冒険ライダー、そしてNPO法人「地球元気村」の大村長「風間深志」さんです。

 風間さんは1950年生まれ、山梨市出身。1982年に日本人として初めて「パリ・ダカールラリー」に参戦、さらに、バイクによる史上初の北極点と南極点に到達など、前人未到の大冒険に挑戦され、輝かしい記録を残されています。

 そんな風間さんが1988年に仲間と設立したのが「地球元気村」で「人と自然が調和している社会」の実現を目指して作られたプロジェクトです。

 きょうは、人も地球も元気になる活動の最新情報などうかがいます。

風間深志さん

番組タイトルに込めた願い

 風間さんにお話をうかがう前に、新年度ということで、改めて番組タイトルについてご説明しておきましょうね。

 「フリントストーン」は「火打石」という意味がありますが、実は1960年代に日本のテレビでも放映されたアメリカのアニメーション「原始家族フリントストーン」にもあやかっています。原始時代は人間が自然を壊さず、その恵みをいただきながら、ともに生きていた時代、ということで、今も、そしてこれからも、そうあって欲しい、という願いが込められています。

 そんな番組「ザ・フリントストーン」のシンボルが風間深志さんなんです。
 それでは風間さんにお話をうかがっていきましょう。

地球元気村の思い

●今週のゲストはこの番組の記念すべき第1回目のゲスト、冒険ライダーそして地球元気村の大村長、風間深志さんです。よろしくお願いいたします。

「はい! よろしくお願いいたします。大村長っていつも言ってくれるんだ、毎年ね。何が大村長かなと思うんだけど、大村長の風間です!(笑)よろしくお願いいたします」

●こちらこそ、お願いいたします。この番組「ザ・フリントストーン 」がこの4月から32年目に入ったんですけれども、風間さんが仲間とともに作ったNPO法人「地球元気村」は今年で35年目になるんですよね?

「はい、もう35年、あっという間ですね」

●あっという間ですか?

「35年前と今は変わんないから面白いね。自然っていうものに対してのテーマ、みんなやっぱり自然が好きだね。
 昔は自然を好きになってくれっていうメッセージを、広く訴えていこうってことで始まったけど、今は空前のキャンプブームだよね。なんかもうアウトドアの洋服とか、そういったものを普通に街でも着るのが当たり前になったしさ。そういう意味ではすごく普及したけど、人は自然が常に好きだなっていう感じは、今も昔も変わんないなと思って見ています」

●風間さんには、毎年4月の第1週目にご出演いただいているんですけれども、30年を超える長いお付き合いということで、本当にありがとうございます。

「昔ね、4月1日に、むちゃくちゃホラ話をしたのよ(笑)っていうのが思い出。俺は太平洋でトビウオになるとか言っちゃってさ(笑)。トビウオになってどうするんですか? アメリカまでトビウオで行くのさ!(笑)みたいな、そんな話をよくしたよね(笑)。今は通用しないんだよ、そんな話。いいよ!(きょうも)嘘話でも」

●ダメです、ダメです(笑)

「ダメですか。きょうはちょっとリアリティを持っていくんですね」

●お願いします。改めて地球元気村のテーマを教えてください。

「そういう意味では、昔より今のほうが馴染んだかも知れないね。要するにもともと足もとにある自然と、もうちょっと仲良くしながら、会話をしながら、文明文化を進めていきましょうよっていうメッセージなのね。

 (「地球元気村」を設立した)当時1988年、思いっきり工業化とか、思いっきり生産力を高めていくっていう、国とか世界中はそっちの方向に必死になっていた時代で、時はバブルという時だったんだよね。

 そんな時にやっぱり足もとをもうちょっと見て、そして人間は自然に触れながら、子供を育てたりとか、やっぱり伝統文化っていうものをもうちょっとちゃんと継承しながら、人間らしくっていうと変だけど、何が人間らしくだよっていう感じになるけどね。やっぱり人間には自然は不可欠だし、自然との調和社会を目指していきましょうっていうわけで・・・。

 折に触れて自然との触れ合いで・・・アウトドアのことが最初はちょっと多くて、なんだか俺はアウトドアの伝道師みたいだなって・・・。
 別にアウトドアに限ったことはなくて、村祭りにしても郷土芸能にしても、そういった日本の古き良き文化を、みなさんに伝えながらいきたいなと。でも結果、みなさんが好きだったのは、自転車に乗ったり、川で釣りしたりとか、そういうのが好きだから、アウトドアをメニューにしながら、自然と触れ合うきっかけをここまで作ってきました」

(編集部注:「地球元気村」といっても特定の場所があるわけではなく、豊かな自然が残る市町村と連携するなどして、自然体験型のイベントを開催してきたそうです。風間さんは「地球元気村」をひとつの「理想郷」と表現されていました)

地球元気村ファーム「天空のはたけ」

●地球元気村のホームページや会報誌を拝見すると、ここ数年、風間さんは農業に視線を向けていらっしゃるのかなって感じるんですが、どうですか?

「あ、見てくれた? ありがとうございます。まあそうだな・・・地球元気村の真髄は結局(シンボルマークの)地球元気村の焚き火の炎みたいなのがあるでしょ。あれはとりあえず焚き火の炎なんだけど、実は命の炎なんだよと、命のときめきを表していまして、それは元気の証拠でもあるよね。

 人間が醸し出す、元気や喜びや幸せは、どっから来てるかって、やっぱり自然から来ていて、足もとの土をいじって、そこに作物を育てて、それを食して、人間は命から命をつないでいくっていう、その循環がうまく、滞りなくスムーズにいくことが健康のひとつの循環ね。

 みなさん(お店で)買ってくれば(手に入る)ホウレン草やネギを自分で作って、そしてそれは土から生まれて、土の元気がネギの葉っぱに伝わって、その葉っぱを食べることによって、僕らに元気が伝わってくるっていう循環型ね。そういったことを意識してもらうために農業をやっているんだけどね。

 もうちょっと言えば、そこで見てもらいたいのは、命なんですよね。命は、スプーン一杯の土の中にも70何億の微生物がいて、生命なんだよね。その生命そのものが、強い生命力を持っていることが、我々の元気であるっていうことを考えようよということだよね。分かり切っているけど、なかなかこれは忘れちゃうんだよね」

●そうですね。山梨市に地球元気村ファーム「天空のはたけ」というものがありますよね? それはどんな畑なんですか?

「それはね、天空のはたけなんですよ!(笑)」

●あははは〜(笑)。広さはどれくらいあるんですか?

「えっとね、どんぐらいあるかな・・・3000坪ぐらいあるかな。畑が46区画あって、標高が700メートルぐらいの、ちょっと高いところにあるのね。そこから見下ろすと時々、甲府盆地がたなびく雲の下に見えたりとか、正面には富士山がどんと五合目以降、顔を出して、おーい、こんにちは! みたいな感じで挨拶ができるわけ。だからそこを『天空のはたけ』って名付けたんですよ。

 みなさんすごく喜んでくれて、そこが嫌だっていう人は誰もいない、大人も子供を喜んで、その大空間の中で、心も体も羽を広げるっていう気分なんだよね」

(編集部注:お話に出てきた「地球元気村」のトレードマークは焚き火の炎で、ロゴも含めて制作されたのは、段ボール・アートで知られるアーティスト、現在は東京芸術大学の学長でいらっしゃる「日比野克彦」さんなんです。どんなマークとロゴなのか、ぜひ「地球元気村」のホームページを見ていただければと思います)

美味しいは農業から

風間深志さん

※山梨市にある地球元気村ファーム「天空のはたけ」では、ジャガイモやサツマイモなどを育てているそうです。去年は、オリーブの木も植えたそうですよ。ほかにも村民のみなさんと味噌作りを行なったり、秋には収穫祭を開催し、大地の恵みをわかちあっているということですが・・・天空のはたけで作物を育てたり、収穫したりする作業からどんなことを感じますか?

「畑に来るってことは、土をいじるってことは、命とちょっと触れ合うってことになるんだけど・・・そうだね〜“美味しい”を感じるね! いつも畑に行くとね、昼飯が美味しいんだよね。それに入れ込む大根にしても、人参にしても作るからね。だから特に美味しい。なんだろ・・・農業から始まんのかな、美味しいは! 本当に汗をかいて、美味しくて、作業をして、語りをして、大人も子供も跳ね回ると、この世の楽園ですね!」

Jomonさんがやってきた!

※「地球元気村」では、縄文大工「雨宮国広(あめみや・くにひろ)」さんのプロジェクトを応援されています。以前、この番組にも出てくださった雨宮さんは、縄文時代の人たちがそうであったように、石斧(いしおの)だけで木を倒し、加工する特別な大工さんなんです。

 そんな雨宮さんが進めているのが「Jomonさんがやってきた!」というプロジェクトなんですが、どんなプロジェクトなのか教えてください。

「あのね、もう元気村と同じね。縄文時代は1万数千年続いたんだよね。それだけ長く続いたのは、平和で安定した時代だったんだろうと。その人たちのライフスタイルが何かっていうと、自然と密接につながって、自然の摂理とか原理原則みたいなところから、はみ出していないライフスタイルをやってきたから、長く続いたわけ、無理がないからね。

 人間は物を作るから、そういう時に手に持ったものは、鉄のアックスじゃなくて石の刃に枝をつけて、それで木を倒したりね。言ってみれば、石斧(いしおの)の文化だね。それを通じて人間本来の、縄文時代にやっていた人間の生き方、それから生き方による考え方、方向性をもう1回考えてみましょうよっていうメッセージなんだよね。

 雨宮さんが何をやっているかっていうと・・・例えば、鉄斧(てつおの)は石斧よりか9倍とか10倍の威力を持ったわけだ。つまり作業が早くはかどるわけ。その分、手返しっていうか、早い分、人間はそれに追いつくために無理をするんだよね。

 人間には人間のサイクルがあるよね。つまり人間にはひとつの一定した心拍があり、生きてくための呼吸は1分間に何回しているとか・・・それを早い機械を使うと、例えばチェーンソーを使うと(石斧の)200倍とか伐っちゃうわけ。それに合わせようとするから、せせこましくなるわけだね。

 作業効率とか、きょう中にこれを作ろうってなってくると、本来の人間の動きから飛び出したことになって、それでいいのかってことをやっぱり雨宮さんはすごく感じているんですよ。

 彼は今、日本縦断をやっているんですね。丸木舟を、北海道から沖縄まで、毎週どっかの都道府県に持って行って、子供たちと一緒に(石斧で)コンコンやって深く掘り下げているんですよ。僕も今まで3回ぐらい行ったけどね。コンコンやっていくと、なんかいいんですよね」

全国ネットワーク「テラなび」

※「地球元気村」の会報誌に全国ネットワーク「テラなび」の記事が載っていました。この「テラなび」はどんなネットワークなんですか?

「テラは地球、なびはナビゲーション、地球をナビゲートしていこうっていう、そのためにはどういう考え方で、どういう見地が必要なのかを、みんなで考えようっていうひとつの委員会なんですよ。

 それを今まで地球元気村をやった全国の市町村の元首長さんとか、自然学校を専門にやっている学校の校長先生とか、あるいは大学のそういうことを専門に研究している人とか、そういう人たちに集まってもらって委員会を作ったんですよ。そこからもう1回出直そうかっていうための、準備のためのシンクタンクも去年作りまして、真剣にやっていこうと思っています。

 ずっと考えているんですよ、実はここ10年ぐらい、次の一手はなんだろうと・・・以前キャンプはむちゃくちゃ流行ったし、今も流行っているからね。今度、次の一手はなんだろうなって考えていますね。

 しかし、SDGsって言葉がむちゃくちゃ流行っているよね。それでなんか答えが出ましたかってこと・・・。それはひとつの一環で、取り組みのひとつですっていうことであって・・・いずれにしても物作りだったり、会社のひとつの事業やひとつの指針だったりするよね。その言葉を使うことによって、みんなそれで気が済んでいる部分もあるけど、実際に生活を少し変えていくってことは、やっぱり容易なことじゃないよね。

 そこも含めて、変えていけるようなインパクトを与えられたらいいなっていうふうに、地球元気村はもう30何年考えているからさ。パイオニアとして見本を見せるような活動とか、メッセージが発信できればいいなって思っています」

●最後に、今後、風間さんとしては、どんなことに挑戦していきたいと考えていらっしゃいますか?

「そうですね・・・僕もいい歳になったんですけど、歳を忘れながら、地球元気村を本当にブレイクさせていきたいなと思っています。 次の世代につなげていくような、何か伝えて手渡してくような、何かを手にしたいなと思っています。

 一方、僕個人とすれば、何年も前から言っていますけど、ダカール・ラリー、これに出るために、今、国際ライセンスを取っていますね。去年は国内Bを取ったんだけど、今年は国際ライセンスを、4輪ですよ、今取っています。

 2026年あたりに行ってみようかなと思っていますけどね。そうしたら何歳だっていうと、やばいんですけどね(笑)。そんなことを忘れて、いろんなことをやるのがいいんですよね。歳を考えているうちは、まだダメだね」

●また、来年お話をうかがえるのを楽しみにしています。

「まあ、生きていたら(笑)お会いしたいと思います」

●ありがとうございました!

「はい、どうも、ありがとうございました!」

風間深志さん

INFORMATION

「地球元気村」

 お話に出てきた山梨市の「天空のはたけ」では5月中旬くらいにサツマイモの植え付けや、梅の畑で小梅の収穫を行なう予定です。また、「地球元気村」では、山梨県山中湖村の村営山中湖キャンプ場を運営しています。時々鹿が出てくるような森の中のキャンプ場だそうですよ。どなたでもご利用になれます。

 そして「地球元気村」では随時村民を募集中です。プレミアム村民は会費が年間10,000円、村民になると年4回、会報誌「地球元気村」が届くほか、イベントの参加費が割引になるなどの特典がありますよ。

 詳しくは「地球元気村」のオフィシャルサイトをご覧ください。
https://chikyugenkimura.jp

 縄文大工の「雨宮国広」さんのプロジェクト「Jomonさんがやってきた!」もぜひ応援してくださいね。
https://jomonsan.com

30周年記念! 番組のシンボル、風間深志さん登場!〜「地球元気村は笑顔と元気の源」!

2022/4/3 UP!

 1992年4月に始まったこの番組「ザ・フリントストーン」が丸30年を迎え、今回の放送から31年目に突入! そして、新年度に入った4月最初の放送ということで、改めて番組名についてご説明しましょう。

 「フリントストーン」は「火打石」という意味がありますが、実は1960年代に日本のテレビでも放映されたアメリカのアニメーション「原始家族フリントストーン」(原題 THE FLINTSTONES)にもあやかっているんです。

 原始時代は人間が自然を壊さず、ともに生きていた、いわば「共生」していた時代ということで、今もそうあって欲しい、という願いが込められています。そんな思いを多くのかたと共有できたらいいなと思っています。

 今週は30周年記念!ということで、記念すべき第1回目のゲスト、冒険ライダー、そしてNPO法人「地球元気村」の大村長、風間深志さんをお迎えします。いつも元気でガハハハと笑う風間さんはこの番組のシンボル的な存在なんです。

 風間さんは1950年生まれ、山梨市出身。1982年に日本人として初めて「パリ・ダカールラリー」に参戦、さらに、バイクによる史上初の北極点と南極点に到達など、数々の大冒険に挑戦されています。

 そんな風間さんが1988年に仲間と設立したのが「地球元気村」で「人と自然が調和している社会」の実現を目指して作られたプロジェクトです。

 「地球元気村」といっても特定の場所があるわけではなく、全国各地の、豊かな自然が残る市町村と連携し、いろいろな分野で活躍されているかたを講師に迎え、自然体験型のイベントを開催しています。

 きょうは、人も地球も元気になる活動と、専用キャンプ場のお話などうかがいます。

☆写真協力:NPO法人 地球元気村

風間深志さん

番組は30周年! 地球元気村は34年!

●今回は、この番組の記念すべき第1回目のゲスト、冒険ライダーそして地球元気村の大村長、風間深志さんをお迎えしています。よろしくお願いします。

「いい声だね〜、渚沙ちゃんは!」

●ありがとうございます! 

「はい! よろしくお願いいたします。今、簡単に言ったけど、第1回って30年以上前なんだよ!」

●そうです! そうなんです! この番組が放送開始から30周年を迎えて、今回の放送から31年目に突入します。そして風間さんには毎年4月の第1週目にご出演いただいていて、30年以上のお付き合いということで、ありがとうございます!

「そうだね! そこを強く言ってもらわないとね!(笑)」

●そうですね。

「よく生きてたもんだよ、30年もね。普通は、お亡くなりになっているよ(笑)」

●いやぁ〜(苦笑)。風間さんが、仲間と共に創られたNPO法人「地球元気村」が1988年の創立ですから、今年で34年ですか?

「34年ね! 無駄に年が経過しましたけど、本当はもっともっと社会にお役に立ちたい活動でいるつもりだったんだけどね。とにかく実績は年だね」

●すごいことですよ〜。

「34年経ったことだけは、もう大きな足跡っていうかね」

●そうですね。やっぱり自然の中で遊んで学ぶことが、大事ってことですよね?

「そうだね。だって古来、人間っていうのは自然の中で育ち、自然に育まれ、その自然との対話が大事なのに、いまはあまりにも様々快適な空間を演出し、それを追い求めているから、自然体験がそもそも少なくなっちゃうんだよね。

 子供は特に自然と触れ合うのが好きだし、都会の真っ只中に生まれて、何も知らない子供が山に行って川に行っても、虫とか動物とか鳥とか大好きなんだよね! なぜだと思う? 教えていないのに。

 これはやっぱり人間本来のDNAがちゃんと備わっていて、自然の中でたくましく生きていくためには、そういう経験とか体験とかが必要だから、自然にそこを吸収しようって子供は思っているわけ。

 だけど、見える景色が全部、高い高層ビルから街を見て、眺めて、その子はどうやって育っていくの? 難しいよね。だから自然体験はすごく僕は大事だと思って、みんなに伝えようとしているんだけど、なかなか成果があがらないね(苦笑)」

●そんな〜、だってもう34年ですから、見事なことですよ〜。

「もう何十万人ってかたが、元気村のワークショップなんかを経験して、それが社会に何気に役立っているかも知れない。それは思いながらも、僕が昔、思い描いた人間社会のライフスタイルがそんなに大きくは変わっていないところをみると、お前、何にも出来ていないな〜って、自戒の念に浸るんですよ」

写真協力:NPO法人 地球元気村

自然との対話

※「地球元気村」はこれまで多くの都会生活者を自然のフィールドにいざなってきましたが、改めて、どんな思いがあったのかをお話しいただきました。

「人も自然も共に永遠な元気、健康であるために、私たちが自然っていうものを考えていくためのコミュニティ、村ってことはコミュニティ、社会を意味するんですよ。社会全体がそういった思考の方向性にいったら、もっと素晴らしくなるんじゃないかなって。
 僕が”地球元気村”っていう呼び名を使って30何年間、この先何年あるかわからないけど、これが終わって50年経った先も、”地球元気村”っていう名前はないかも知れないけど、同じテーマを人間は持ち続けるんだと思うんだよね。

 つまり普遍的に自然の中で、この宇宙の中で、営み続け生きていくんですね。それはやっぱり自然との対話なんだよね。人間は人間を食わしてくれない。人間は何か勇気を与えたり、お互い慰めあってスクラムを組んで頑張っていこうっていう、まあ運命共同体。その運命共同体が向き合っていくのは自然そのもののシステム。その中でどうやって生きていくのがいちばん最善なのか、最良なのかっていうことをやっぱり考えようよっていう(地球元気村の)活動なんだよね」

●今までで、全国何か所くらいで地球元気村を開催して来たんですか?

「大体110の市町村が、今まではやってくれました。元気村っていうイベントですね。そういったテーマを持ったイベントを開催してくれて、その土地や近隣の人たちが集まって、川に山に空に、あらゆる方法でそこに触れる。
 それで本当の夜の闇とか、本当の冬の寒さとか、夏の水の素晴らしさとか、そういったものを体験して自然っていいなって感動して、それで自然ファンを作っているんだよね」

●具体的にどんなことをやっているんですか?

「いや〜ありすぎて・・・燻製を作ったり、釣りもするしね、絵も描くし、ハーモニカも吹くし、カヌーも乗るし、あるいは空も飛ぶし、自転車も乗るし、言ってみれば、いろんなアウトドア・アクティビティをやっているんだけれど、本当はそうばっかりじゃなくてね。

 例えば、村祭りに行って奉納する神楽の舞を見たりとか、あるいは歴史や文化、そういう郷土芸能なんかにも触れるってことは、人間がどうやってその地域に密着して生きてきたか。その逞しい知恵とか、踊りから垣間見たり、あるいは絵画や彫刻から省みたり。文芸とかを学ぶことも地球元気村のカテゴリーだよね。

 僕は今までアウトドアの普及係みたいだなって思ったぐらい、やっぱりみんなが好きなのは外で遊ぶことだったんだよね。もちろん遊びを通じて自然を知ろう、自然に親しみを感じようっていうテーマだったからいいんだけど、もう少し今言ったような、そういったことにも目を向けてもらいたい、そういうのがあるね」

地球元気村キャンプ場

去年4月に番組に出ていただいた時に、「地球元気村」のキャンプ場を作るというお話をされていましたが・・・?

「よく覚えているねー」

●はい! あははは(笑)

「あのね、山中湖に村営キャンプ場っていう大きなキャンプ場があるんですよ。湖畔にね。それを地球元気村がその事業を受け継いで、キャンプ場経営をします。
 経営っていうか、そこを我々のフィールドにして、色んなことを体験して学び、自然を詠おうよという。
 まだ名前が・・・いま愛称を決めている最中で、元山中湖村営キャンプ場、これが地球元気村キャンプ場に生まれ変わります」

写真協力:NPO法人 地球元気村

●どんなキャンプ場にしたいですか?

「やっぱりね〜そうだね〜、いいキャンプ場にしたいね(笑)。いいキャンプ場って何かっていうと、いま“グランピング”っていう言葉があるように、快適で自然が豊富でロケーションがいいとかって、そういうことになるけど。

 もちろんそういうことは完全にひとつ基本をマスターした上で、広々としたキャンプサイト、自然がいっぱいあるキャンプサイト、それで素晴らしい眺望、景観が臨めるキャンプ場。それに、テーマを持って来るのが地球元気村だから(地球元気村のキャンプ場は)それだけじゃ駄目なんだ。

 元気村だからこそ、お年寄りもここのキャンプ場に行ったら、例えばアンチエイジングについて学べたよとかね。体験が出来て、なんだか本当に元気になったみたいだなとかね。あるいは障害を持つ子供たちにも自然を体験してもらいたいってことで、そういった子供たちに対するキャンプ、野外体験のチャンス、こういったものを創出していきたい。福祉関係もそうだしね。例えばキャンプをやるってことは、焚き火を眺めながら、みんな何を思う?」

●うう〜ん。

「この火ってやっぱり人間本来のひとつの姿だよな〜。これがひとつの科学の始まりだったんだよな〜。そしてこうやって、いま自分たちは生きているけども、俺の人生って何だろうって、ちょっと物思いにふけったりするんですよ、キャンプっていうのは。

 そういう日常を離れたところにぐっと日常を垣間見ることがよくできるのね。そういった意味では非常にカルチャーショック、一種のカルチャーショックに陥ったりする。その思考性をキャンプっていうのはすごく深めることが出来るんですよ。
 自分の人生を客観視したり、家族をもう一回考えてみたり、職場を考えてみたりね。そういった良さがあるのがキャンプ場なんだね。

 例えば、やっぱり元気村だから、文学について語ってみようじゃないかとかね(笑)。それを講師を招いてやってみたりとか。山中湖のキャンプ場、横に”三島由紀夫文学館”があって、”徳富蘇峰(とくとみ そほう)”って人の文学館なんかあるわけね。だから、文学をちょっと見てみたり、あるいは緑と自然の中で思いっきり深呼吸をして、酸素を入れて思考をクリーニングして、また明日に(日常に)戻っていくみたいな、なんかそういう色んなちょっと深みのあるキャンプ場にしていきたいと思っています。是非期待してもらいたいと思います」

写真協力:NPO法人 地球元気村

(編集部注:実はキャンプ場はもう一箇所あります。山梨市にある「地球元気村」の「天空のはたけ」の一部に1日1グループのみ利用できるキャンプ・サイトがあるそうです。富士山が見える最高のロケーションだそうですよ)

C.W.ニコルさんとの出会い

※実はきょう4月3日は、作家で日本の自然保護にも尽力されたC.W.ニコルさんの命日なんです。この番組にも何度もご出演いただき、その存在と叡智に大きな影響を受けたと番組スタッフから聞いています。

●ニコルさんは地球元気村の特別講師としても活動されていたんですよね?

「最初っからやってもらって、肩の荷を一緒に背負ってよってことで、彼にもずーっとお世話になりました。彼という個性は北極探検の経験もあるし、アフリカのワイルドアニマルなんかのレンジャーとして従事したし、僕らの見識より広い広い見識を持って自然を眺めていたし。そんな中で人間はこうありたいとか、こうあったほうがいいんじゃないかっていうことを、よく知識として知っていたから、非常に色んなことを教わりました。僕は元気村をやるより以前に、彼と知り合ったんですよ」

写真協力:NPO法人 地球元気村

●どこで知り合ったのですか?

「僕が北極に行ったのは1986年でした。(北極に行く前に)ラフォーレ原宿っていうビルでトークショーやったんです。トークショーの相手がC.W.ニコルだったわけ。
 彼と対談して、彼は北極の経験がすでにあって、その北極に僕はバイクで乗り込んで極点まで行ってやろうなんてことを言って・・・その対談で、僕は北極へバイクで行きますっていう話をしたら、ニコルが”なんでバイクで行くんだ”って言うのね。”バイクじゃなくて、犬ぞりだろ!”。今だったらスノーモービルもあるし、バイクで行くことはないだろうっていう、単純にそういった疑問を僕に投げ掛けてくれました。

 僕は”いや僕はバイクが好きなんだよ!“と。好きな物を眺めていると、それを使ってどこまでも行ってみたいという夢が広がっていくと。その夢の延長が北極点なんだ! だから(バイクで)行くんだ! って言ったら、普通の日本人は怒るんですよ、怒り出すんですよ。自分の許容範囲から外れるから、そんなのおかしいよって。理由として自然をけなしちゃいけないとか、知った風な口をだいたい叩くんだよ。ところがニコルはねそんなこと言わなかった。

 自然が厳しい所に挑んでいくってことが、どれだけ勇猛果敢なトライであるかっていうことも知っているから、”よしそうか、おまえ頑張れよ”と彼は言ってくれたから、こいつはよく自然も知っているし、機械って物も知っているなと。だから最初から僕はいい人だなって懐きました。僕よりいくつか上でね。僕のほうがバイクが上手いけど、彼がすごいのは、僕よりたくさんビールが飲めるっていうことね(笑)」

●あははは(笑)。そんなニコルさんからどんな学びがありましたか?

「学びっていうか、いつもニュートラルで大らかですね。僕が地球元気村でなかなか苦戦しているのは知っていました。やっぱり自然の中では自然のことばっかり考えているわけじゃなくて、目先の利益を考えている人が多分に多いんですよね。そういった中でこういった思想を普及することは、ものすごく大変だってことはよく知っていて、”お前がやっていることは、お前に対する投資だよ”と。それはだから”当然苦しいだろうが頑張っているよ、お前は”と褒めてくれました。そういう意味では、褒めてもらったしね、色んな話で非常によく会ってはいましたね」

地球元気村をアジアへ

※いま「地球元気村」で進めているプロジェクトはありますか?

写真協力:NPO法人 地球元気村

「まずね、畑(笑)。畑っていうのは、土そのものの環境を整えることによって、そこに種を蒔いたら、トマトにキュウリにナス、何でも上手く育つんだよね。土の環境をよくするってこと、つまり地球の環境を適正に持っていくってことが、良質な作物を生み出すってことになるわけだね。そういった観点で地球元気村は農業をやっています。
 要するに土壌は生き物の塊、その生き物が存在し、土を作るってことが農業の始めだね。そういうことで農業体験もみんなに、命との触れ合いってことでやっているけどね。これから元気村をアジアに持って行きたいね。

 これちょっと結構、前にも言っていたんですよ。そうやって大風呂敷広げてね。アジアにこの活動を持って行きたいって永遠のテーマですね。つまり日本人の、かつてのライフスタイルにもどんどん、むしろ追いついて、しかももう追い越してた国々もいっぱいあってね。アジアがやっぱりいちばん近い、近隣諸国の中でね。みんな人々が元気を求めながら生きているじゃない。そういったところにこういう永遠のテーマを持って行って、みんなで考えてみるのも面白いじゃないって思っています」

●では最後に風間さんにとって地球元気村とは?

「僕たちの笑顔と元気の源だね。要するに、地球元気村、これは地球を意味します。もう地球そのものだね。地球を愛し、また人も愛する人たちが住む星の、理想的コンテンツだね。地球元気村、これを眺めていれば元気になりますよ!」

※この他の風間深志さんのトークもご覧下さい


INFORMATION

写真協力:NPO法人 地球元気村

お話に出てきた山中湖キャンプ場のプレオープン記念イベントが決定! 
開催は4月23日(土)。縄文大工の「雨宮国広」さんほかを迎えたトークショーや
ピアノ・ライヴも行なわれる予定です。
チケットの収益は全額、「雨宮」さんのプロジェクトの応援資金になります。
ぜひご参加ください。

「地球元気村」では随時村民を募集中です。
登録料はビジター村民で500円、個人村民で2,000円、家族村民6人までで3,000円。村民になると年4回、季刊誌「地球元気村」が届くほか、元気村イベントの参加費が割引になります。この機会に村民として登録しませんか。

◎地球元気村 HP:https://chikyugenkimura.jp

「ザ・フリントストーン」1500回放送 & 30年目突入記念!〜番組のシンボル! 風間深志さん登場!

2021/4/4 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは冒険ライダー、そして「地球元気村」の大村長「風間深志(かざま・しんじ)」さんです。

 風間さんは1950年生まれ、山梨市出身。1982年に日本人として初めて「パリ・ダカールラリー」に参戦、2輪500CCクラスで6位入賞! その後、エベレストにバイクで登り、6005メートルという世界記録を樹立! さらに、バイクによる史上初の北極点と南極点に到達と、数々の大冒険に挑戦し、輝かしい記録を残しています。

 そんな風間さんが1988年に設立したのが「地球元気村」。大冒険の挑戦から学んだ、自然の中での人間のあり方などを多くの人に伝え、「人と自然が調和している社会」の実現を目指して作られたプロジェクトです。

 きょうは再び風間さんにご登場いただき、「地球元気村」というプロジェクトへの思いや、抱いている大きな夢、そして夕陽に向かうバイクのツーリングラリーのお話などうかがいます。

☆ 写真協力:風間深志事務所

写真協力:風間深志事務所

番組名は「火打石」!?

●今回が1500回目の放送ということで、ゲストはこの方をおいて、ほかにはいません! この番組の記念すべき第1回目のゲストでいらっしゃいます。冒険ライダー、そして地球元気村の大村長、風間深志さんです。よろしくお願いいたします! 

「はい! どうも〜! 1500回目の私です〜。風間深志です。どうぞよろしくお願いいたします」

●この番組がスタートしたのが、今から29年前の1992年4月4日ということで、きょうの放送から30年目に突入いたします! 

「30年目に入るんですか、すご〜い!」

●風間さんには毎年4月の第1週目にご出演いただいています。

「そうなんです。僕の人格と性格にぴったりの日にちを選んでいただきましてですね、何を言ってもいいという(笑)」

●この番組「ザ・フリントストーン」とも30年のお付き合いになるということで、NPO法人、地球元気村はもっと長い歴史がありますよね? 

「まぁちょっとね、今年で33年になるね。ところで“フリントストーン”って何だか分かっていますか?」

●風間さん、教えてください! 

「ほら! これだからね!(笑)番組の主として解説しますけど、やっぱり人生とか生活のいちばん基本、原点を見つめようってわけで、まずは生活は火からですね。この火を起こすのに昔は火打石ってやつを使ったんですよ。それがフリントストーンです」

※風間さん、番組名の解説、ありがとうございます! そうなんです。番組名には「火打石」という意味があるんです。そしてもうひとつ、こんな思いも番組名には込められています。

 1960年代にアメリカのアニメーション「原始家族フリントストーン」(原題 THE FLINTSTONES)が日本のテレビでも放映されていました。毎回オープニングで主人公が「ヤバダバドゥー!」と叫んでいたので、覚えている方もいらっしゃると思います。このアニメはその後、1994年に映画の実写版としても公開されました。

 「原始家族フリントストーン」は原始時代のサラリーマン家庭の、ほのぼのとした物語なんですが、原始時代は人間が自然を壊さず、恵みをいただきながらともに生きていた、いわば「共生」していた時代ということで、今の時代もそうあって欲しい、という願いを込めて、この番組の生みの親、初代プロデューサーの「村上太一」さんが「ザ・フリントストーン」と命名したということです。

変わらず伝えていきたい

※33年の歴史を誇る「地球元気村」ですが、いまはどんな活動を行なっていますか?

「当時、僕たちがキャンプブームの第一世代を作って、キャンプがすごく流行ったね。で、アウトドアがものすごく開花した。ここへきてまた、ひとつの普及段階を経て、みんなはやっぱりパソコンとかiPhoneとか、そういったものが手元に常にあるようになって、何となく自然っていうか、アウトドアの方たちの多くは都会志向っていうことが否めない部分もあったよね。
 そんな中で急にとにかくキャンプブームじゃないですか。むちゃくちゃ、みんな焚き火が好きじゃないですか。火は付けられるのかな〜?とか僕はちょっと疑って見ているんだけど(笑)、でも好きだよね。まぁどんな形にしろ、初心者っぽいキャンプをしていても構わないと思う。

 外にあるのはやっぱり自然だし、森だしね、川だから、そういったものを、前進基地のようなものを作って見るっていうことはとても有益なことだからいいんですけど、現在の元気村は昔ほど毎週(イベントを)やるような感じにはなっていなくて。というのも、やりたいっていう地方自治体が少なくなったんですね。

 これはちょっと冷めた話ですけど、自然じゃ食えないんだよっていう本音を、地方自治体の皆さんは抱いてます。平成の大合併ってありましたよね。3つある、4つある市町村が1つになって、強固な財政とか産業を生み出していこうっていうような形でやっているんですけど、日本の地方はやっぱり、今は地方創生っていう言葉があるように、地方を元気にしなきゃダメなんだ、一極集中ではダメなんだって声高に言ってますけど、やはり集中型で経済は回っている部分は否めないのでね。

 つまり何かっていうと、地方自治体の中で主な産業がなかなか育成できない。そうなるとやっぱり地方自治体は、うちらはやっぱりこの森ですよね! っていうところになってくるわけですよね。また、地域に残っていく文化とか、都会にない素晴らしいものがいっぱい残っているから、そんなものを僕らも、昔と変わらずみんなに伝えていきたいなって」

写真協力:風間深志事務所

地球元気村キャンプ場計画!?

※いま私たちは新型コロナウィルスに仕事も生活も大きな影響を受けていますが、そんなコロナ禍のなか、風間さんはこんなことを感じているそうです。

「どうやって生きていくんだっていう、生きるってことに非常に皆さんの関心がフォーカスされている時代が、コロナによって急にきました。そういう意味で、もたらしたものは、本当に人間が生きることに真剣になったっていう時代だよね」

●そうですね。

「何か潤ったり、より多くを得たりっていうものに、生産性っていうものにひっちゃきになっている時代から、デジタルを使ってすごく効率よく得られる時代から、(コロナが)一気にここで嵐のように降ってきて、みんなが身体を剥き出しにさせられて、生きるか死ぬか、とにかくマスクをして、呼吸にさえも気を遣いながら生きている現在ですよね。

 そんな中でやっぱり、マスクの向こう側に見えるのは、解放された、のびのびと生きていく社会なんだっていうことで、そういうものがどこにあるんだ、どういう方向に行けばいいんだ、医療や、あるいは社会のシステムや、そういったものはどうなんだ、っていうことを一回ここでリセットして考える時代がやってきたような気がするんですね。

 そういう意味からすると、非常に多くの方たちから“おい、また地球元気村の出番だぞ!”という風に言ってくれるように、昨今すごく感じてます。だからまたここで頑張らなきゃいけないなっていう風に、おじいさんはね、昔おじさんだったんだけど(笑)もう一回考えていますよ!」

●先ほどキャンプブームというお話もありましたけれども、地球元気村キャンプ場計画というのもあるそうですね? 

「あ、早いですね!?」

●はい! 情報、手に入れました!(笑)これはどんなキャンプ場なんですか?

「あのね、昔から地球元気村って“その村はどこにあるの?”って言われ続けたんですけど、これはやっぱりひとつの、心のユートピア、理想郷の意味での村なんですね。だからどこにっていうと、強いて言えば山梨県の山梨市にある“天空のはたけ”っていう畑が42枚あって、それが具体的には、ある特定の場所なんですね。

写真協力:風間深志事務所

 地球元気村ってテーマに取り組んでいただいている、和歌山県や福島県の市町村で開催するイベントもありますけども、やっぱり固定した地球元気村を作りたいなっていうのは32年間ずっと悲願だったんですね。こんなアウトドアブームだったら地球元気村キャンプ場を作ったらどうですか? っていうプレゼンテーションがあったので、じゃ〜やるかな! って今思っていて、そういうところが八ヶ岳の裾野にできるかな? って感じ」

●楽しみです〜! 

「楽しみだよね。そこはそんなにむちゃくちゃ広いわけじゃないので、まぁ火起こしだけ専門にやるキャンプ場とか、あるいはアウトドア料理だけをやろうとか、何かカテゴリーでスペシャリティを作っていくことも手だなと思っているんですけどね。まぁ夢は膨らむ一方ですよ」

南極点に集まって、イエーイ!

※ところで風間さん自身の冒険の予定はあるんですか?

「ここ数年実現できていません。今年パラリンピックができそうですよね? パラがこれだけ脚光を浴びる以前から僕は、障害者が思いっきり世界的な檜舞台に立つステージを、ある特定のパラリンピック選手だけじゃなくて、障害者が南極点に立って、そして夢は思えば叶うみたいなことをいうのが、南極点がいいなと思ってね。南極点に障害者を連れて行くプロジェクトをもうずっと温めているんだけど、このパラリンピックが終わったら出番ですね!」

●おお〜! 

「やっぱり、パラリンピックを見送ってからの方がやりやすいんでね。ちょっと冷めた話だけど、お金もすごくかかるのでね。また何よりも安全面の対策を講じないと、障害者による南極点到達っていうのもできないし。
 それも世界の人、ユーラシアからこの人、南米からこの人っていう風に思っていまして。冒険はやっぱり何かを生み出すものじゃなくて、やることに意義があるわけですから、できれば世界各国の人たちに集まっていただいて、そして南極点に集まって“イエーイ! やったー!”みたいなことが言えたらいいなと。とにかく夢はすごく大事ですよ」

朝日から夕陽に向かうラリー

写真協力:風間深志事務所
写真協力:風間深志事務所

※風間さんが発案したオートバイのツーリング・イベント「SSTR サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー」とはどんなラリー・イベントなんですか?

「これ“ラリー”って言っても、集まるっていう意味のラリーなんだけど、やはりラリーって付けている以上、皆さんに多少冒険心を持って走っていただきたいと。
 やっぱり冒険は扉を開ける感動、それから行き着く感動っていうのがあって、ゴールの感動はサンセットにあるんですね。最初の扉はサンライズにあって、東の海の任意の場所、自分が行きたい、気に入っている海辺に立つんですよ。それでじっと夜明けを待つわけ。やがて空がしらけてきて、海からぽこっと太陽が出るわけですね。

 この悠久の時を刻む天体、宇宙の中で、きょうこの日、一瞬っていうのは一回しかないんだよね。その時に自分はここに立っていた。そしてこの海を眺めている自分がこんな想いなんだ。バイクと共にそれを見ている自分がいる。いざ、ここから出発だ!っていうわけで、冒険が始まるわけですよ。

 そして冒険の先にあるものは、今度は反対側の日本海に沈むサンセット、夕陽なんですね。そこまでを、例えば関東であったら、房総半島の犬吠埼から出発して、東京を越えて、それで長野県の松本から安房峠を越えて行くとか、あるいは岐阜の方に一回南下してから、飛騨高山を越えて、そして白山を眺めながら能登半島に行くっていうね。

 行き先を、サンセットの場所を、僕は石川県の千里浜(ちりはま)っていう、羽咋市(はくいし)と羽咋郡宝達志水町( はくいぐん・ほうだつしみずちょう)っていう2つの市町村にまたがっている8キロの、日本で唯一バイクや車が走れる砂浜があるんですよね。そこを終点にゴールを設けて、サンセットのビーチとして、ここまでみんなおいでと、太陽が沈んじゃったらもう完走はダメだよと、沈む前にゴールすれば完走だっていうわけで、ものすごくシンプルにサンライズ・サンセット・ツーリング・ラリーは、朝日に出発して夕陽にゴールするっていう、このプロセスの旅を演出するのはキミのアイデアと、1つのモチベーションなんだっていうわけでね、自分の旅をしてきてほしいんだよね」

写真協力:風間深志事務所

●改めて、風間さんにとってオートバイとは? 

「オートバイとは、何だろうな〜、大好きなものって感じだね(笑)。乗っちまえばオートバイっていうのは、ほかの乗り物と違ってですね、これただじゃ動かないんですよ、バランスとらないと。だから二輪っていうのは四輪とえらい違いなのは、バイクが自分の身体の一部になるんですね。身体の一部なんですよ、オートバイは自分になるんですね。

 それくらい大切なものだし、切っても切れないものだし、身体の一部がやっぱり、よりいい環境の中で、思いっきり出先で呼吸をしたいし、歓迎されたいなって思うので、僕は日本にモーターサイクル文化がいい感じで根付いていくことが自分自身の成長だし、自分自身の環境作りだと思っているから、バイク=僕ですね!」

※この他の風間深志さんのトークもご覧下さい


INFORMATION

 NPO法人「地球元気村」では山梨市で農業体験ができる「天空のはたけ」を運営、ほかにも縄文体験教室や、土のう袋を重ねる自然と調和するハウス作りなどのイベントを開催しています。

 そして「地球元気村」では随時村民を募集中です。登録料はビジター村民で500円個人村民で2,000円、家族村民6人までで3,000円。村民になると年4回、季刊誌「地球元気村」が届くほか、元気村イベントの参加費が割引になります。ぜひ、この機会に村民として登録しませんか。
 いずれも詳しくは「地球元気村」のオフィシャルサイトをご覧ください。

◎「地球元気村」HP:https://chikyugenkimura.jp

 「風間」さん発案のオートバイのツーリング・イベント「SSTR サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー」は、今年は9月から10月にかけて開催される予定です。詳しくはSSTRのサイトを見てください。

◎ 「SSTR サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー」HP:https://sstr.jp

地球元気村から元気の輝きを! 〜人があって自然がある、自然があって人がある〜

2020/4/4 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、冒険ライダー、そして地球元気村の大村長「風間深志」さんです。

風間深志さん

 風間さんは1950年山梨市生まれ。バイクでエベレストの6005メートルまで登ったり、同じくバイクで北極点や南極点に到達と、人類史上初の3つの偉業を成し遂げた冒険家です。82年には、日本人として初めて「パリ・ダカールラリー」に参戦し、二輪部門で6位入賞という快挙!

 88年には大自然の素晴らしさや自分の体験を伝えたいという思いで、「地球元気村」を創設、現在はNPO法人として、自然体験イベントなどを実施しています。
 冒険への熱い思いは健在で2017年と2018年には息子の晋之介さんとともに「ダカールラリー」に出場、2年連続完走を果たしています。

 実は風間さんはこの番組の、記念すべき第1回目のゲスト! 以来、毎年4月の第1週に出てもらっています。きょうはそんな「風間」さんに、改めて「地球元気村」に込める熱い想いなどうかがいます。

理想社会ってなんだろう?

※まずは「地球元気村」とはどんなプロジェクトなのか、改めて教えていただきました。

「今も変わらないんですけれども、僕らはやっぱり、物に囲まれて豊かに過ごしている。で、本当に豊かってなんだろう? 本当の幸せってなんだろう? って考えていくとやっぱり、自然っていうベースに立った上で、人間が健やかに生きていくっていうクオリティの問題ね。

 ご飯がありさえすればいい、これって大事なことですけど、便利になればいいだけではない、やっぱり人間の幸せっていうのは、足元から考える活動として、自然の中で原理、原則を学びながら、人間の生きていく方法をよりいい方向に考え直そうよ、っていうことなんですね。

 で、当時1988年っていうのはね、文明や文化がどんどん進んでいって、その中に人間性とかそういったものを忘れさっていく時代だったんですね、そんな中“ちょっと待った! “って感じで、色んな文化人の方たちに協力してもらって、きょうに至っているんですけど、やっぱり目的は達成してない。

 なかなか人間難しいですね、人と自然の関わり、人があって自然がある、自然があって人がある、そんな中で人がいて、そしてそのコミュニティがあって、村があるっていうね。人と人との調和のとれた渾然一体となった理想社会ってなんだろう? ってことを常に考えていく。

 おそらくこれから10年、100年経ってもね、その答えは常にみんな見出そうとして、よりいい方向を、もっといい方法があるんじゃないか、って考えることが大事なことだと思ってやっています! 」

炎のマークは命の輝き

※続いて、地球元気村のシンボルにもなっているマークについてお話いただきました。

風間深志さん

「あのマークは炎のマークなんですね。最初は焚き火の炎だったんだけどね。人間は火を使うでしょ? まあここにいろいろ会社や家族のありかたや、自分の未来っていうものをね、枝葉を付けていくっていう、基本はここからなんだ、っていう意味合いだったんだけど、よく考えてみるとあれは最近は“命の輝き”だって言っているんですよ。

 で、元気ってなんだろう? っていうことを考えていくとなかなか難しいでしょ? これを僕は地球元気村の村長だからいろいろ考えました。元気っていうのはこれ!っていう形ではなくて現象なんですね。今この一瞬に元気が輝く、っていう一瞬のことを言っててね。

 それはやっぱり身体の健康を確保しながら、心が非常に豊かで幸せな時に元気が一瞬光るんですね。その一瞬の輝きこそが元気であって、例えば幸せとか豊かっていう価値観が、例えばですよ。古い人間だから古い言いかたをするけど(笑)高級乗用車をよその家のお父ちゃんが乗っていると、でも自分の家は軽トラ、これで寂しいなって思ったら元気じゃないんだよ。

 物とかそういうものに非常に囚われるから、ありとあらゆる自分を取り囲む生活、境遇の中で豊か、幸せを感じるってことはすごく大事で、その時に身体の健康状態がいいと元気が生まれるんですね。よし、行こう! って前向きなね。だからそこは身体ひとつで幸せに思えなかったり、非常に脆い部分なんだけど、人生っていうのは幸せをなんだろうと考えることも大事だし、元気を抽出するためにはいろんな組み立てがあるからね。そんなことを考えながらやっているんですけどね。

 だから僕らはアウトドアが中心だから自然の中で大いに遊ぼう、学ぼう、っていうわけで、カヌーやっている瞬間が一番楽しかったり、ハイキングやっている時が楽しかったりね。その手法をこの自然という部分をベースに考えているから、自然と人間が関わると遊びが生まれるじゃない? 結局そこで今まで取り組んできたのは結構アウトドアの啓蒙だったんですね。  ただ、アウトドアだけじゃないんだよね。やっぱり自然の中に芽生えたいろんな芸能だとか、郷土の民芸品だとか、そういうものもやっぱり豊かな自然の中に育んだ人間の生きる力だったり、創造性だったり、そういったものの中から常に学んでいこうよと、楽しいんですよ。あんまり楽しすぎて答え出てない(笑)」

小さい頃の経験はすごく大事!

※続いて、地球元気村では、どんなイベントをやっているのか、お聞きしました。

「アウトドアっていうと何を想像しますか? 」

● うーんなんでしょう……。釣りだったりとかカヌーだったりとか、木登りだったりとか。

「そういうのをやってきました」

一同(笑)

風間深志さん

「もう単刀直入にそういうのをやってきました(笑)。ただね、生きることを考えることだから、まあ遊びだけじゃなくてね。例えば狩猟、罠、とか、そういったこともやっぱり考える。その中に生きるための猟ってこともあるし、そういうので他の動物や昆虫とか、そういったものとの共存も大きなテーマですね。僕がいくら言ったって何も変わらないんだけど、人間のひとりとして、そういうことを考える人もいますってことですね」

●どんな方が参加されているんですか? 

「ほとんどね、中心はやっぱ家族が多いですね。まあ大人も子ども、家族が非常に多くを占めるっていうのは、やはり子育てに一生懸命従事している親御さんは、子どもにとっての遊びの環境、学びの環境とか体験っていうのは、どういうものがいいんだろうって真剣に考えているってことなんだよね。

 その人たちがこの地球元気村に来て、自分たち家族以外の人たちと交わること、それからまたそれを教えてくれる人たちに疑問を投げかけて答えを貰ったりとか、そういう学習。あるいは渓流の周りをトレッキングしたとか、石がゴツゴツしたアスファルトじゃない道を歩いた、そこで足が川に落っこちたら、冬だったから随分冷たかったとかね。

 で、凍っている雪のところを歩いたら、すべすべでどうやって歩いたらいいかとか。それはやっぱり、片方は慎重に歩きながらも片方はバッて大胆に踏み出していくっていう、両方があってこそ上手く人間は歩行出来るんだよ、とかいろんなことをやれば学ぶんですよ。やらないと口で言っても分からないっていう部分があるからね。小さい頃覚えた体験は一生覚えているね。

 僕が冒険活動をやってきて、冒険で例えば誰もいない北極の氷のところで、さてどっちに行くんだ、って選んだ時に、こういう時に真価が出るんですよ。誰から教わったんじゃなく僕の感性で、第六感でこっちだ! ってやった方向で、結果僕は死に至らなくて、ある目的を達成してゴールしたのね。

 あの時のひとつひとつの、選択肢の方向をどうやって選んでいたんだろう?って、何が基準だったんだろう?と思うと、これは僕が小さい時からね、僕は山梨県の山村の生まれですよ。山で育ってキジを猟犬と一緒に追っ掛けたりとか、それが春夏秋冬ね、寒い冬と暑い夏があって、その中でなんか俺こっちがいいなっていう風景があって、だから非常に厳しい地獄絵図のような中でも、こっちがいいって選んだ直感は、昔僕が培った経験値に基づいた、ひとつの美学なんですよ。  その美学は何に焼き付けられるかって、幼少の頃からのここまでの体験なんだよね。そうやって人間は体験や経験の中から自分のサバイバルの、煌めき、そういったものを培っていく、だから小さい頃の経験はすごく大事ですね」

土を作るのが農業!

※地球元気村では、農業の体験プログラムも実施しているそうです。

風間深志さん

「農業は、土をいじって、種をまいて、土を被せて、肥料をやって、水をあげて、ひとつの生命、生き物が出来上がるっていう、植物という生き物を種から育てて食する立体感を感じてほしいね。

 スーパーに行っていくらだったとかっていうことじゃなくて、自分が育てた食べ物ね、生き物と接するってことがすごい大事なんですね。

 僕たちはほかの生き物を自分たちの身体の中に入れて、自分たちは生きているんだと。つまりお互い様のひとつの食物連鎖とかあるでしょ? 

 農業をやることは、ナスを育てるキュウリを育てるっていうだけが農業じゃなくて、もうちょっと深いところ、例えばナスやキュウリやトマトは自然になるんだよね、自然に付くんですよ、実。ちゃんと日光があって水分があればね。

 それは俺が作ったんじゃなくて、もとを正せば土壌、土は全て微生物の塊です。何十億の生命の中でその種が生まれた。だからナスが勝手になったんだよね。そのナスがなるような環境を人間が整えるっていうことが農業であって、トマトを作ることが農業じゃないんだよね。土を作ることが大事だってことをやってみると学ぶんですよ。
 だからこの地球は全て自分たちのためにあって、全てのものの生み出すもとなんだよね、だから杉も松も一個一個の名前っていうものは大事だけど、それ以前にもっと大事なものは自然っていう大きな生き物のもとになるやつね、こういったものを考えるのも面白いですよね」

夢はエンドレス

※最後に、冒険を続けるモチベーションはどこからくるのか、うかがいました。

風間深志さん

「言っちゃいけないけどフェミニストではないけども、自分を好きであることね。自分自身の夢を大切に思う気持ちがやっぱりその夢の先にある想像性とかね。夢ってのは捨てられないわけよ、夢を諦めきれないわけ。

 だから絶対やりたいなというポジティブさだね。ポジティブっていうのはいたずらにポジティブになれないんだよね、やっぱり夢でしょ、もっとやるぞ! っていう今よりさらに、っていう何か、まぁそういうことなんだよね、それが冒険屋さんとか、アグレッシブにバイタリティを持って歩む人のひとつの共通項はその辺だと思うね」

●風間さんの夢はなんですか?

「夢? 夢はですね、僕はもう何年か夢を持ちながら実行できていない夢が南極点に障害者たちを連れていって、それも全世界のありとあらゆる国々の人たちと一緒に南極点まで行って、イェイ! イェイ! ってやりたいわけ(笑)。

 それが出来ていないからそれもあるし、僕自身の頭の中でもちろん諦めちゃった夢もありますよ。僕はバイクで一生今まで走ってきましたよね。それはバイクに乗ること自体を楽しんでいるんじゃなくて、バイク=俺は何を目指しているのか、地平線を目指している、地平線をどこまでも手繰り寄せていくんだっていうこと。

 僕のスタイルはバイクを使った旅のスタイルになっているでしょ。その先に見た夢は、月をバイクで走る。僕はこれは出来ていないんですよ。空間を手繰り寄せていく旅人は結局宇宙空間に行くんですね。人間がやっぱり宇宙空間にひとつの未来を見つめるってのは正しい、あっているひとつのベクトルなんだよね。
 やっぱり僕も、たかがバイクでも月を走りたかった、でも月を走ってもその先に見えるものは、太陽系を離れて銀河の中でまた銀河を眺めて、その銀河をさら違う星雲の中から眺めるっていうわけでね。究極、夢というのはエンドレスですね。そこに至ればまた次の夢が見えるんですよ。だからこれはね、遠大なひとつの生命活動だね」


INFORMATION

風間深志さん情報

 NPO 法人「地球元気村」では今年も風間さんの出身地、山梨市ほかで、アウトドアでの体験イベントや、畑での作物づくりなどを実施する予定です。

 また「地球元気村」の活動を支えてくださる村民を随時募集しています。ビジター村民で500円、個人村民で2000円、家族村民で3000円、村民になると年4回の季刊誌が届くほか、元気村イベントの参加費が割引になる特典もありますよ。

 詳しくは「地球元気村」のオフィシャルサイトをご覧ください。

・地球元気村のHP:https://www.chikyu-genkimura.com

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