2020/7/11 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、エッセイストの「森下典子(もりした・のりこ)」さんです。
森下さんは神奈川県生まれ。日本女子大学・文学部卒業。週刊誌の記事を書く仕事を経て、1987年に作家デビュー。2002年に出版した『日日是好日』が大ヒット! 2018年に映画化され、森下さんの役を黒木華さんが演じ、また、茶道教室の先生を演じた樹木希林さんの遺作となったことでも記憶に残る作品となりました。

きょうはそんな森下さんに茶道と自然、そして茶室で感じる季節の移り変わりのお話などうかがいます。
イメージは絵巻物!?
※森下さんが『日日是好日』、その続編『好日日記』に続く、第3弾『好日絵巻〜季節のめぐり、茶室のいろどり』を出されました。前2作との違いは、どういうところなんでしょうか。
「視覚的にお茶の魅力をお伝えしたかったんですよ。本当にお茶室って美しいものがたくさんあるので、是非それを皆さんにお伝えしたいと思って。それと私、子供の時から絵を描くのがすごく好きだったので、それで絵を描いてみたかったんですね」
●ではやはり、タイトルが示すように“絵で読ませる”というのが特徴なんですか?
「そうですね! 絵巻物を描きたいというのが最初のイメージだったんですね。それで、絵巻物をさーっと広げると、お正月から春になって、夏になって、秋になって、だんだんと季節が変化していく・・・お茶の花もそうなんですけど、お菓子とかお道具って、その季節によって色合いが変化していくんですね。その色合いの変化を絵巻物にしたら、1年の色の変化っていうのが見えてくるんじゃないかと思ったんです。でも流石に巻物だと本屋さんに置けないでしょ(笑)。だからそれで本にしたんです」
●まさに絵巻物のようでした。本当に美しくって! 先ほどお話にもありましたけれども、季節ごとに描かれていまして、春は光から始まる、夏は水の美しさ、秋は透き通った風を聴く、冬は火を見つめるということで、本当に茶室の中の移りゆく季節っていうのを感じることができました。
「ありがとうございます! 小尾さんはお茶をなさったことはあります?」
●高校の時に少しやっていました! こんなに季節を感じられる場所ってなかなかないですものね。
「そうなんですよ。お茶室っていうのは本当に広くても8畳、それから小さいところでしたら、4畳半くらいのお部屋だったり、中には2畳くらいのところもあるんです。とっても小さいお部屋なんですけれども、小さいからこそね、さっと小窓を開けた時とか、障子戸を開いた時とか、そこから見える、本当に切り取ったような茶庭の小さな景色の中に季節感が本当に見えるんですね」
茶道から学べること
※森下さんは20歳の時に、お母さんの勧めで茶道を始めました。最初は、気乗りはしなかったそうですが、お稽古に行ってみたら、こんな発見があったそうです。
「私はお茶っていうのは日本のとっても古臭い行儀作法なんだろうって想像していたんです。ところが行ってみたら、なんて言うのかな? そこに私の知らない日本があったというか、日本じゃなかったというかね、本当に知らない日本があったんですよ。知らない世界ばかりで、お道具もそうですし」
●やはり茶道で学べることってお作法だけではないですものね。

「まさにそうで、私は茶道っていうのはそもそもお茶のたてかたを教えてもらう場所だと思っていたんですね。あと行儀作法とか、そういったものを教えてもらう場所だと思っていて。ところが実際習ってみたら、茶っていうのはそういうことじゃなくって、季節の移り変わりの中に身を置くっていうことの訓練。それから日常から自分を切り離して、今の瞬間を味わうという訓練。実はそういうことだった気がするんですね。
あともうひとつね、ものを習うということはどういうことかっていうことをすごく最初に感じました。つまり学校で何か習う時の習いかたとは違う、分からないことがあったら質問しなさいって、私たちは教育されてきたわけですけど、そういうことじゃなくって、とにかく自分を相手に対してオープンに開いて、言われることを受け止めて、そして繰り返していくんですね。それがなぜそうするのかっていう質問はできないんですよ。しても答えが返ってきても分からないんですよ(笑)。長い間やっていくうちに、本当に長い時間をかけて、こういうことだったのか!ってことが分かってくるんですね。
そうなって初めて、ものを習うって結局何も知らない自分を知ることなんだなと思って、それがとっても気持ちいいんですよ。大人になってこんなに何も知らない自分を恥ずかしげもなく人前にさらせますか? だって歩きかたから何もかも教えてもらって、左の足から入りますとかここで一礼しますとか、そこはお隣に先にお辞儀しなさいとか、もういちいち言われるんですよ(笑)」
●そうですよね!(笑)茶道をやっている時って、本当に茶道以外のことは何も考えられないというか、悩みごとがもしあったとしても、その時は何も考えられないというような、夢中になれますよね。
「そうですね。他のことを考えられないように作られていると思います。何でこんなにまで細かい決まりがあるのかなと思うんですけど、それって結局、他のことに心がいかないようにわざわざ、がんじがらめにされているんじゃないかなと思うんですよ。
そうすると何がいいかっていうと、私たちは生きている間にものすごくいろいろな、不安であるとか心配であるとか、そういうことで心が揺れますよね。何かに心を集中しようと思っても集中って難しいんですよね。だけどお茶をやっている時って、そういう細かい決まりがあまりにもたくさんあるので、集中せざるを得ないんですよ」
おぼんの上に天の川!
※新刊の『好日絵巻』には、森下さんが七夕というテーマで描いた「星のしずく」という、サイコロ型のとても可愛いお菓子の絵が載っています。その絵にまつわるエピソードを話してくださいました。
「その絵を描く時に、その“星のしずく”っていうね、銘もすごく可愛い銘なんですけど、小さいサイコロみたいな形でしょ。で、いろんな色が入っていて、ちょうど七夕の短冊の色みたいで本当にこの季節って薄ぼんやりと空が霞んでいて、その向こうに天の川が見えるでしょ。そこに星があって、らくがんで作ってあるんですけども、お菓子の淡い色合いがすごく綺麗だなと思うんです。

実は私、色が綺麗に映えるようにと思って、黒いおぼんに絵を描いたんですけど、そのお菓子が出てきたおぼんが素晴らしかったわけ。黒い塗りもののおぼんの真ん中に金粉でふわーって天の川が!」
●えー! 素敵〜!
「そうなんですよ〜! もうね、そういうところがね、お茶の素敵なところなんですよ」
●やはり季節感も和菓子から感じとれるっていうことですよね。
「そうなんです!」
●目で楽しめますね!
「いちいちね、菓子器の蓋を開けた時とか、それからお茶をたてる時、なつめ(*)の蓋を取った時、それからお茶が出てきて、お茶をいただいて最後まで飲みきって前に置いた瞬間に、そのお茶を飲み終わったお茶碗の底に、例えば秋だったら落ち葉が一枚とかね、それから春だったら舞い散った桜の花びらが一枚とか描かれていたりするんですよ」
(*)抹茶を入れておく容器
●いや〜素敵ですよね、いいですね〜。
「そういうところがね、魅力なんです〜!」
匂いや音も楽しむ
※お茶室に入って、お茶をたてる一連の流れの中で、いちばん好きな瞬間はどんな時なのでしょうか。
「私すごく好きなのは、茶筌(ちゃせん)通しっていうところがあるんですね、お茶碗の中にお湯を少し注いで、その中に茶筌を浸して、中で茶筌を動かして。ひとつにはお茶碗を温めること、もうひとつは茶筌の穂先を柔らかくすること、そういう意味があると思うんですけども。
茶筌通しをして、その茶筌をちょっとお茶碗からぐるーっと回しながら、穂先が折れていないかをチェックするんですけど、上に回してあげながら目の前まで持ってくるシーンがあるんですよ。茶筌って竹でできていて、私が習っている流派は黒竹でできているんですね。その黒竹の茶筌はお湯で湿っているでしょ。竹の匂いがするんです。その瞬間が何かすごく好きですね。
あとね、ちゃんとお点前(おてまえ)できるかなーって思いながら(お稽古に)行って、座って最初に蓋置を置いて、それで柄杓(ひしゃく)を構えるんですよ。その竹の柄杓を置くときに、コトンって小さい音がするんですね。そのコトンって音がした時に、“大丈夫、ずっとやってきたじゃないか“って言われた感じがするんですよ。自分を信じなさい、みたいなね、そんな感じがするんですね。すごくその時が好きですね」
●茶道って本当に目でも耳でも、五感すべてを使っている感じがしますよね!
「そうですね! 私たちも日常的にお湯を沸かしてお茶を入れてますけど、茶道は本当に火を起こすっていうところから始まって、お湯を沸かしてお茶をたてるわけです。いちいち火の起こり具合とか、茶碗の温まり具合とか、そういうことに五感を使って確かめながらやっていくんですね。今の現代人の日常生活の中ではそれもうないでしょ!? うちとかはIH(コンロ)なのでピピピってやって火加減とか(笑)。でも昔の人はそれを全部肌で感じながらやっていたんですよね。それをお茶をやることで、そういう人間の皮膚感覚で何かを確認しながら、お茶一杯でも入れていく、そういうことを取り戻せるような感じがしますね」
野の花一輪で部屋に季節が!

※茶道を始めて、日々の暮らしの中で、いろんな変化があったのではないでしょうか。
「私がすごくそれを感じるのは、野の花をたくさん覚えたんですね、茶花っていうのは山野草なので。今まで私はお花はすごく好きでお花屋さんに行って、よくお花も買いましたし、知っているつもりだったんですよ! ところがね、お茶を始めて何も知らないっていうことが分かったの、もうね、全然違う花の世界なんですよ!
生け花とも違うんですね。生け花だと枝を溜めたりするでしょ。そういうことはなくて、本当にただ野に咲いているままに見えるように、採った花を花入れに入れる。本当にもう投げ入れたように入れるっていうのが茶花なんですね。
それによって毎週、今まで知らなかった花の名前、そういえばこんな雑草が生えていたな〜みたいな感じの花まで全部名前を覚えたんですね。そしたら道を歩いていても、たくさんのいろんな花が目に飛び込んでくるんです! だから自分の足元の世界が変わりましたね。
実は『好日絵巻』の中にヒルガオの絵があるんですけども、あれも実は籠(かご)は人に頂いた和菓子が入っていた籠なんですよ。その竹籠の中にヒルガオを採ってきて挿して、ツルをグルグルって巻いたんですけど、そのヒルガオなんて本当にどこにでもある花なんだけれども、それを花としてそこに入れてみると、部屋の中に季節が入ってくるんですよ。他に何もない部屋の中でも花が一輪あるだけで本当に季節が入ってくる」
●そうかもしれませんね!
「だから私、本当によくお勧めはありますかって言われるんですけど、お茶をやってみたいと思ってもなかなかお仕事が忙しかったり、すぐにお茶を始められない状況にあるってことあるでしょ? それだったら例えば、お茶を買って茶筌1本だけ用意して、後はカフェオレボールでもなんでもいいです。それでお湯を沸かしてお茶をたてて飲んでみてください。そこに是非! 野の花を一輪、それをテーブルの上に飾ってくださいってお話しているんですよ。それだけで季節が入ってくるし。
で、和菓子ね、和菓子はまさに今の季節というものが描かれているわけなので、そうするとこの季節ってこんな綺麗なものがあったんだって思えるんですよね〜」
●日々ワクワクが増えそうですね。
「よく私たちは簡単に日本には四季があるからって決まり文句のように言いますでしょ? だけど“四季“じゃないんですよね、4つじゃないんですよ。本当にたくさんの季節があるんですね。季節に詳しくなるってことは日本に詳しくなるってことですよね」
●では最後に改めて、森下さんにとって“茶道”とはなんでしょうか?
「自分に会いにいく時間みたいな感じ。お点前中にそっと何か自分に話しかけてくれる自分が寄ってきたりする時があるので、そういう自分と対話のできる時間を持つためにお茶にいくって感じですね」
INFORMATION
『好日絵巻〜季節のめぐり、茶室のいろどり』
『日日是好日』、その続編『好日日記』に続く、第3弾。視覚的にお茶の魅力を伝えたかったという森下さんご自身が描いた、茶室の中のお花、道具、お菓子など、73のイラストと心に染みる言葉がとても素敵です。ぜひ見て、そして読んでください。
パルコ出版から絶賛発売中です!
◎パルコ出版のHP:
https://publishing.parco.jp/books/detail/?id=325