2024/7/28 UP!
◎坂尾篤史(スペシャルティ・コーヒーの専門店「ONIBUS COFFEE」を展開する株式会社ONIBUSの代表)
『シリーズ「SDGs〜私たちの未来」第21弾:「コーヒーとサステナビリティ」
〜スペシャルティ・コーヒーの専門店ONIBUS COFFEEをクローズアップ!』(2024.7.28)
◎河西 恒(長野県上水内郡信濃町認定の森林メディカルトレーナー)
『日々の健康や幸せのために〜信州信濃町「癒しの森」プログラム』(2024.7.21)
◎柏倉陽介(ネイチャー・フォトグラファー)
『オランウータンの命運を握っているのは、私たちです。』(2024.7.14)
◎Wakaこと「大島わかな」(新潟県南魚沼市を拠点に活躍する山岳ガイド)
『「山は人生を豊かにしてくれるもの」by 登山ガイドWaka「大島わかな」』(2024.7.7)
2024/7/28 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンは、シリーズ「SDGs〜私たちの未来」の第21弾:「コーヒーとサステナビリティ」。今回はSDGsの17のゴールの中から「つくる責任 つかう責任」、そして「働きがいも 経済成長も」。
お迎えするのは、スペシャルティ・コーヒーの専門店「ONIBUS COFFEE」を展開する株式会社ONIBUSの代表「坂尾篤史(さかお・あつし)」さんです。
坂尾さんは、コーヒー・ビジネスを軸に、サステナブルな取り組みや、コーヒー豆生産地の支援活動などを積極的に行なっていらっしゃいます。
ONIBUS COFFEEは、代表の坂尾さんが2012年1月に世田谷区奥沢に第1号店をオープン。開店当初は、なかなかスペシャルティ・コーヒーが浸透せず、苦戦していたそうですが、その後、しっかりと着実に店舗を増やし、現在は都内に6店舗、栃木県那須に1店舗。海外ではタイのバンコク、台湾のタイペイ、ベトナムのホーチミンにそれぞれ1店舗ずつ、展開されています。
そんな坂尾さんを先日、「ONIBUS COFFE」の自由が丘店に訪ね、サステナブルな活動のほか、コーヒー専門店を始めたきっかけや、豆と挿れ方のこだわりなど、いろいろお話をうかがってきました。その時の模様をお届けします。
☆写真協力:ONIBUS COFFEE
オーストラリア〜カフェが街の文化
※私たちが取材でうかがった自由が丘店は、自由が丘駅から徒歩4分ほどのところにあり、店内は白を基調にしたシンプルでウッディなしつらえになっていて、とても落ち着く空間でしたよ。
まずは、コーヒー専門店を始めようと思ったのは、どうしてなのか、お聞きしました。
「僕が若い頃って東京にカフェブームみたいのがあったんですよ。お洒落なカフェがあって、古民家カフェだったりとか、古いビルの上にルーフトップ・カフェみたいなのが流行っていて、漠然とカフェっていいなって思っていたのが、いちばん最初のきっかけですね」
●いいな〜と思っていて、それを自分でやってみようと思ったのは、どうしてなんですか?
「その当時は建築の仕事をしていたんですよ。ゼネコンで働いていて、父親は大工さんだったので、ゼネコンで働いたあとに、父と大工さんを一緒にやっていたことがあるんですね。その時に自分の仕事はこれでいいのかな〜みたいな、若い時なりに思っていて、まずはいろんな世界をもっと見てみようっていうので、バックパック(の旅)に1年間くらい行っていた時期があったんですね。
いちばん最初に訪れた国がオーストラリアだったんです。そのオーストラリアでカフェに行った時に、エスプレッソ・マシンが置いてあって、お洒落なバリスタがコーヒーをサーブしていて、お客さんとスモールトークをしていく中で、地域のコミュニティを作っていくみたいなのを見た時に、”あ、こういう世界ってあるんだ”みたいなことを感じたのが、コーヒーの仕事をしようって決めた時でしたね」
●それは、おいくつの時ですか?
「25歳だったと思います」
●オーストラリアのカフェの何が、そんなに魅力的だったんですか?
「まず、いちばんいいなと思ったのは、地域のコミュニティになっているんですよね。オーストラリアの人って毎日カフェに行くんですよ。朝必ずカフェに行って、ちょっとおしゃべりをして、たまたま隣に座った人ともちょっとお喋りをして、1日がスタートするみたいな・・・だからみんな顔見知りなんですよね」
●いいですね〜!
「そうやってカフェが街を作っている、カフェが街の文化になっているみたいなのを肌で感じた時に、すごく感動したっていうのがありますね」
●居心地よさそうですね〜。
「そうですね。なんて言うんですかね・・・自分の居場所みたいなのを、知らない街に行ったにも関わらず、顔見知りがそこでできていく感覚みたいなのは、本当に自分の居場所ができたなっていう、空間がただ居心地がいいだけではない、居心地の良さみたいなのがありましたね」
●バックパッカーとして最初に訪れたのがオーストラリアで、そこでカフェの魅力に気づき出会い、そのあともバックパッカーは続けられたんですか?
「そうです。そのあとはアジアを1年間くらいバックパックしていました」
●そのアジアの旅でもカフェにはよく行かれていたんですか?
「アジアはその当時2007年だったと思うんですけど、コーヒー屋さんって全然なかったんですよ。ただインドに行けばチャイを飲んだり、例えばバンコクに行ったらミルクティーを飲んだり、中国に行けばお茶を飲んだりっていう、その土地その土地のドリンクを飲みながら、カフェではないんですけど、お茶屋さんだったりとか、街角のチャイ屋だったりみたいなところに行ってましたね」
ONIBUSは「公共バス」!?
※「カフェ愛」が高まり、帰国した坂尾さんは、日本でカフェをやりたい! そのためにはまず修業だと考え、バリスタの世界チャピオンが手がけるコーヒーショップ「ポールバセット」で2009年から2年ほど本格的にコーヒーを勉強し、その後、独立されました。
ONIBUS COFFEEを創業したときは、どんなお店にしようと思ったんでしょうか?
「やっぱり自分のコーヒー店を始めようって思ったきっかけは、オーストラリアのカフェだったので、地域の人たちが来るような、地域のコミュニティの一端を担えるようなお店作りっていうのがいちばんの目標というか、そういうお店にしたいなっていうのがありましたね」
●暮らしの一部になるような・・・。
「そうですね。まさに本当にそうです」
●ONIBUS COFFEEには、どういう意味があるんですか?
「ONIBUS COFFEEのONIBUSがブラジルの、ポルトガル語なんです。公共バスっていう意味があって、ブラジルって国土がめっちゃ広いので、バスで12時間とか20時間とか、長い移動をする国なんですね。
そういうバス網が発達しているので、バス停が地域の起点になっていたりとか、経済の起点になっていたりとか、僕の名前のお店も地域の起点になれるような、人と人とが集ってまた次に進めるようなお店を目指して、ONIBUS COFFEEっていう名前にしています」
果実のような味わい
※ONIBUS COFFEEで出しているコーヒーの特徴についてお話しいただきました。
「僕らの扱っているコーヒーの特徴がすべてスペシャルティ・コーヒー豆を浅煎りで焙煎しているので、まず苦さがないっていうのがひとつ大きな特徴かなと思いますね」
●コーヒーと言えば、苦いというイメージがありますけど・・・。
「コクとか苦さみたいなのがあると思うんですけど、そういったものよりはコーヒー本来の、ひとつひとつコーヒチェリーって言われるような果実からできているので、味わいを楽しんでもらえるようなものをお出ししていますね」
●へ〜! では早速いただいてもよろしいですか? いろんな種類がありますけれども、今回は何を・・・?
「今回はホンジュラスとルワンダのお豆を、2種類ご用意しています」
●では早速、ホンジュラスからいただきます。見た目はいわゆる普通のコーヒーという色合いですけれども・・・。
「そうですね。ただ焙煎が浅いので深煎りのものと違って、濃い黒っていうよりは少し褐色的な色になっていますね」
●あ、そうですね! ではいただきます! う〜ん美味しいですね。確かに全く苦くないですね!
「そうですね。それよりも果実感だったりとか・・・」
●すごく優しい味がします〜。このホンジュラスのコーヒーには、どんな特徴があるんえすか?
「ホンジュラスは中米にある国で、甘さが特徴的ですね。僕らは、リンゴみたいな甘さだったりとか、果物の甘さに表現することが多いんですけど、ホンジュラスはまさに熟したリンゴのような甘さを持っているコーヒーだなと思います」
●美味しいです〜! で、こちらがルワンダですね。いただきます。あ、また違った柔らかさというか・・・。
「そうですね。ホンジュラスが中米なのに対して、ルワンダはアフリカの国で、アフリカって結構、酸味がぎゅっと凝縮したようなコーヒーになっていて、ベリー系の酸だったりとか、あとはシトラス系の酸みたいなのを感じるコーヒーとなっています」
●ちょっと紅茶みたいな感覚もありますね。
「そうですね。紅茶だったりとか、あとワインのような酸味を楽しんでもらえるようなものになっています」
●美味しいです! 挿れ方にもこだわりがあるんですか?
「そうですね。挿れ方はドリップコーヒーでお出ししているんですけど、例えばグラインダーだったりとかお湯の温度だったりとか、お湯の注ぐ量みたいなのを細かくレシピで決められていますね」
●この味の決め手っていうのは?
「味の決め手は・・・農作物なので、やっぱり農家さんたちがどういう環境でどういうふうに育てているのかみたいなのがいちばん大きく影響してきます」
(編集部注:コーヒー専門店などで販売されているコーヒー豆、私たちは「豆」と呼んでいますが、正しくは、アカネ科の植物「コーヒーノキ」の実の中に入っている種子、タネなんですね。この実は、さくらんぼのように赤く熟すので「コーヒーチェリー」と呼ばれています。
コーヒーの品種はたくさんありますが、飲むために栽培され、流通しているのは、「アラビカ種」と「カネフォラ種(通称ロブスタ)」のふたつだそうです。
コーヒーノキは、苗木から2〜3年かけて成長し、ジャスミンのような香りがする白い花が咲くそうです。そして実が8ヶ月ほどかけて、徐々に大きくなり、完熟した赤いコーヒーチェリーになります)
スペシャルティ・コーヒーとは?
※初歩的な質問なんですが、改めて「スペシャルティ・コーヒー」というのはどんなコーヒーなのか、教えていただけますか?
「認証とかがあるわけではないんですけれども、アメリカを中心としたスペシャルティ・コーヒーの協会と言われるようなところで、厳しく審査されて点数付けされたものですね。通常のコーヒーの10%くらいしか流通していないものになっています」
●とても稀有なものなんですね。
「稀有っていう表現が正しいかどうかはわからないんですけど、最近この5〜6年、お洒落なカフェが増えて、エスプレッソ・マシンが入っていてドリップコーヒーも出しているみたいなお店だと、スペシャルティ・コーヒーを使っている傾向が高いです」
●特別な地域と気候が生み出すコーヒーっていうことですよね。
「まさにそうですね。特別な気候が複雑な味わいを生み出すコーヒーって言われています」
●具体的にはそのスペシャルティ・コーヒーの生産地っていうと、どのあたりになるんですか?
「スペシャルティ・コーヒーも通常のコーヒーも生産地域は一緒になるんですけど、中米、南米、アフリカ、あとアジアでもインドネシアとかタイとかでは生産されていますね」
●スペシャルですね〜!
「そうですね。農家さんへの対価の還元だったりとか、自然環境と長く、持続可能な農業をしていこうみたいな考え方を反映しているコーヒーになるので、本当に稀有なコーヒーであることは間違いないかなとは思いますね」
コーヒー農園が鬱蒼とした森!?
※ONIBUS COFFEEでは、どの生産地のコーヒー豆を輸入するのかを決めているのは、坂尾さんなんですよね?
「焙煎をするチームがあるので、その焙煎チームと僕とで決めていますね」
●コーヒーを仕入れる農園は何ヶ所か、決めてあるんですか?
「やっぱり(コーヒー豆は)農作物なので、なるべく継続して買うみたいなのは結構大切になってきますね。もう10年ぐらい使っている農園もあったりとか、それプラス、新規で数件、毎年開拓しているっていうような形ですね」
●現地に行って買い付けをするみたいな・・・?
「そうですね。そういうロットも多く揃えています」
●現在だと具体的にどの生産地から仕入れているんですか?
「直近でいうと、6月にルワンダに行ってきたり、4月にグアテマラに行ったりしていましたね」
●ブログで拝見したんですけど、定期的にコーヒー豆の生産地に出かけていらっしゃるんですよね?
「そうですね。僕だけではなくて、社内のチームで担当の国みたいのがあるので、それぞれなるべく、できる限り生産地域を訪ねるようにしています」
●グアテマラのコーヒー農園に行った記事も載っていましたけれど、鬱蒼とした森みたいな感じでしたね。
「そうですね。僕らが(コーヒー豆を)買っているグアテマラの農園は特に、特にというか、ほかでは見ることがないぐらい森です!」
●森ですよね! コーヒー農園なんですよね?
「そうです、コーヒー農園です! たぶんみなさんコーヒー農園をイメージすると、ブラジルの広大な農園をイメージするかたが多いと思うんですね。僕らが買いつけているところは、グアテマラとメキシコの国境付近にあるんですけど、すごく切り立った石の山なんですよね。たぶん昔は海の底だったところが隆起してできた山になっているので、石がゴロゴロしていて、険しい山の合間にコーヒー(の樹木)が生えているっていうような感じですね」
●標高も高いんですか?
「そうですね。1800メートルから2000メートルぐらいの標高になっています」
●コーヒー栽培には適した場所っていうことなんですね?
「そうですね。クオリティの高いコーヒーを作るのには、適している場所になっていますね」
ルワンダ“堆肥”プロジェクト
※ONIBUS COFFEEでは、去年からアフリカ・ルワンダの生産地でプロジェクトに取り組んでいると、ブログにありました。これはどんなプロジェクトなんですか?
「ルワンダは森は全くないんですよ。アフリカだから自然いっぱいみたいなイメージだと思うんですけど、結構切り開かれていて、原生林みたいなのがなく多様性がないんですよね。
そうすると土の微生物の量だったりとか、落ち葉が堆肥になるみたいなのがなかなかなくて、優良な有機肥料を自分たちで作ることが難しいんですよね。それを日本の農家さんたちの知見をルワンダに持っていって、自分たちで優良なオーガニックな肥料、堆肥を作るプロジェクトを一緒にやっています」
●プロジェクトを始めてどれくらいになるんですか?
「始めてまだ2年ですね。1年目はトライアルで少しだけやって、去年から(本格的に)やり始めました」
●どうですか? 進捗具合は・・・。
「実際に(コーヒー豆の)クオリティに反映されているとか、例えばそこの土の微生物が増えたみたいなのって、まだまだわからないことなんです。今年から去年作った堆肥を使ったコーヒー豆ができ上がってきて、それが11月ぐらいに入ってくるんですけど、実際に販売できるっていうところまでは来ています」
●すごいですね~! 生産地の課題でいうと、今どんなことが挙げられますか?
「本当に国によって全然違うんですけど、ルワンダにおいては賃金の問題もありますし、教育ですね。コーヒーの教育っていうよりは全体的な教育の課題だったりとか・・・あと先ほどもお伝えした微生物の多様性の少なさっていうところですね」
(編集部注:農作物であるコーヒーは当然、環境の変化に影響を受けやすく、温暖化による気候変動が品質の低下や収穫量の減少につながり、このままいくと2050年頃には美味しいコーヒーが供給されなくなる恐れがあるそうです)
ONIBUS COFFEEとサステナビリティ
※ONIBUS COFFEEは、会社としての2023年の取り組みを「サステナビリティ・レポート」として、数字にしてブログで公開されていますよね。これにはどんな意図があるんですか?
「スペシャルティ・コーヒーを扱っていく上で、スペシャルティ・コーヒーの定義みたいなのがあるんですよ。その中に『サステナビリティ』と『トレサビリティ』の意識をもちましょう! みたいなのが書いてあるんですよね。
それって本質的なことだな~と思っていて、東京でこういうカフェを営んでいく中でも、自分たちが何ができるのかみたいなのを考えていく必要があるなと思っています。ただそれってなかなか伝えるのって難しいじゃないですか。なので数字に落とし込めるものは落とし込んで、レポートとしてあげようみたいなのを昨年から力を入れてやっています」
●具体的には会社でどんな取り組みをされているんですか?
「取引の価格を公表したりしていますね。例えば農家さんの『FOB』って言われる、コンテナに積む前の金額って、コーヒーの原価に関わることなので通常だとなかなか知ることがないんですけれども、そういうのも公表したりしていますね」
●社内にサステナブル担当っていうかたがいらっしゃるんですよね? サステナブル担当のかたとは結構頻繁にアイディアの交換とかされるのですか?
「そうですね。実際にいろんな農園に行ったりもするので、その時にいろんな話をしますね。今年出た話でいうと、実現するかはわからないんですけれど、焙煎機のある店舗を、例えばソーラーパネルを付けて自分たちで電気を作れるようにしたりとか・・・。
あと今、力を入れているのは“援農”ですね。農家さんのところに行って農業をお手伝いするっていうのを会社の中のひとつの仕事として、月に1回何人かで行って土に触れるみたいな機会を作ろう!みたいなのを提案して、実際に動いているっていうのをやっています。
ひとつは練馬のほうにある農家さんと、あとは東久留米にある農家さんですね。ブルーベリーを有機栽培で作っていたりとか、そこは自由が丘店で出た(食品廃棄物の)コンポストを肥料にしてもらって、カブにしてもらったりルッコラにしてもらったり、それをお店で出したり、みたいなのもしているので、そこにお手伝いしに行ったりしていますね」
●30年後のONIBUS COFFEEはどうなっていると思いますか?
「30年後・・・そうですね・・・たぶん今後もっと環境への意識はひとりひとりが高めていく必要があると思いますね。飲食店ってどうしても消費のカルチャーなので、そういったのをなるべく循環できるような仕組みを作りながら、ロールモデルになるようなお店作りをしてみたいなとは思いますね」
●改めて、坂尾さんはコーヒーを通してどんなことを伝えていきたいですか?
「そうですね・・コーヒーってめっちゃロマンがあるなと思うんですよ。きょう来ていただいている自由ヶ丘店のカフェで、いわゆるお客さんにサーブする、お客さんに提供するっていうところから、世界の裏側に行って買い付けてくる、その物流を自分たちでする、さらに土だったりとか、その土地の風土を理解するとかって、本当に多岐に渡るので、その全部をできる仕事ってなかなかないですよね。ひとことでは言えないですけど、本当にロマンがある仕事だなとは思いますね」
INFORMATION
ONIBUS COFFEEは奥沢店、自由が丘店、中目黒店、八雲店のほか、道玄坂と渋谷一丁目にそれぞれ1店舗、そして栃木県那須に1店舗と国内には7店舗あります。お近くにお出かけの際は、ぜひ立ち寄って、美味しいコーヒーを召し上がってみてください。
ONIBUS COFFEEでは、もちろんコーヒー豆の販売も行なっています。ルワンダ、エチオピア、ケニア、コロンビア、そしてホンジュラスなどから輸入した豆のほか、オリジナル・ブレンドや、ギフト用にドリップバッグなども販売。オンラインでも購入できますよ。
詳しくはONIBUS COFFEEのオフィシャルサイトをご覧ください。
◎ONIBUS COFFEE :https://onibuscoffee.com
2024/7/28 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. コーヒールンバ / 井上陽水
M2. YOU’RE THE CREAM IN MY COFFEE / NAT KING COLE
M3. コーヒー / スガシカオ
M4. ONE MORE CUP OF COFFEE / ROBERT PLANT
M5. コーヒーとシロップ / OFFICIAL髭男DISM
M6. BLACK COFFEE / ELLA FITZGERALD
M7. COFFEE / LEDISI
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2024/7/21 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、長野県上水内郡(かみみのちぐん)信濃町(しなのまち)認定の森林メディカルトレーナー「河西 恒(かさい・ひさし)」さんです。
町の面積のおよそ7割が森に覆われている信濃町では、森を活かした「癒しの森」という事業を行なっていて、森林メディカルトレーナーの育成にも力を入れています。
「しなの町Woods-life Community」の事務局も担当されている河西さんは1969年、東京都日野市出身。高校卒業後、将来は森で仕事をしたいと思い、東京環境工科専門学校で自然や生き物について学びます。
卒業後は、野生のニホンザルの調査や富士山周辺を案内するガイドなどを経て、一般社団法人「C.W.ニコル・アファンの森財団」に勤務。そして、信濃町の「癒しの森」に関わるようになり、現在は町認定の森林メディカルトレーナーとして活躍されています。
きょうは「癒しの森」や、森の中での体験プログラムが心身にもたらす効果について、活動の中心的な役割を担っている河西さんにお話をうかがいます。
☆写真協力:しなの町Woods-life Community
信濃町認定「森林メディカルトレーナー」
※まずは「森林メディカルトレーナー」とは何か、そのあたりのお話から。「信濃町認定」というご紹介になりましたが、これは町の事業として行なっている、ということなんですよね?
「はい、そういうことなんです。約20年ぐらい前、2003年からスタートしているんですけれども、森林セラピーを主軸として地域活性の事業に取り組み続けています。 いらっしゃったお客様を森の中へご案内する、いわゆるガイドの役割を『森林メディカルトレーナー』と名付けて信濃町でお迎えをしています」
●信濃町が認定する資格制度があるっていうことですか?
「そうですね。信濃町が主催して養成講座を開き、受講いただいた面々が受講を終えてからもずっと研鑽を続けて、お客様がいらした時にそれを大いに発揮して、一緒に森の中に出かける、そんなふうにしています。
ただ単に植物を紹介するような自然観察会でもないですし、環境学習ということでもないです。森林メディカルトレーナーというその名前からも想像できるかもしれないんですけれど、メディカルと付いているので、心身の健康のために森に入る意味についても、どういうふうに(お客様を)ご案内をしていくのがいいのか、ということをやったりとか・・・。
あとは実際にご自身にもお客様の体験もしていただいて、”やっぱり森に入るのは、こんなふうにいいんだな” なんていうことも、実感していただくことも大事な講座のひとつですね」
(編集部注:現在、森林メディカルトレーナーは講座を受講して、認定されているのは140人ほどだそうですが、例年、お客様を森にご案内するのは20〜30人くらいだということです)
C.W.ニコルさんの存在
※信濃町が「癒しの森」の事業を始める至った経緯を少し説明しておくと・・・
1990年代後半から2000年代にかけて、市町村が合併する、いわゆる「平成の大合併」が進む中、もともと「観光」と「農業」の町だった信濃町は、東京農業大学の教授「上原巌(うえはら・いわお)」先生が提唱する「森林療法」に出会い、合併はせずに、町の7割以上を占める豊かな森を活用することで、町の活性化につなげる選択をしたそうです。
それが「癒しの森」という取り組みにつながるわけですが・・・森には人を癒す力がある、これを活かしていこうとされたのは、信濃町に暮らしていた作家「C.W.ニコル」さんの存在が大きかったようですね?
「そうですね。ニコルさんの存在は大きかったと思います。同じタイミングで、ニコルさんと長野県の林務部がどうやらお話をされていたそうなんですよね。
ニコルさんがおっしゃるには、”欧米の方々は、日常的に森の中を散策しているよ”と。『ウッドパス』っていう小道が森の中に通っていて、気軽に散歩できるようになっているし、日常の周りにもやっぱり散歩している人が多いんだと・・・。日本は欧米よりもこれだけ豊かな森があるのに、”そうやって散歩している人、少ないよね?”って(ニコルさんは)おっしゃるんですよ。
さらに、特に英国ではお医者さんが処方箋で薬を出すのと同じように、”あなた、こういう状態だったら、もうちょっと森に出かけて歩きなさい”みたいなことを言うんだそうです。
そういう取り組みを日本でもやろうよと言って、当時、長野県林務部の担当者と話をしていて、林務のかたがたが補助金の事業を形にまとめて発信をしたと・・・。信濃町で当時、そんなことを考えていた住民8人のグループがその情報を見つけて、本来であれば町役場に相談をするんですけれど、それを飛び越して、いきなり県の発信元に”私たちにやらせてくれ!”って直談判をしたそうです。
なので、ニコルさんの発想がきっかけになって、この癒しの森事業がスタートしているんだよっていうふうに聞いていますね」
●海外では、こういった癒しの森のような事業はあるっていうことなんですか?
「はい、ニコルさんの周りにはあったみたいです。処方するっていうお話もしましたけれど、ちょっと体調を崩したかたが森に出かけることも日常だったし、森の中で勉強をする、小学生が森の中に入って数学の勉強をしたりということもあったりとか、そんな取り組みは日常的にあったそうです。
ドイツで参考にしたのは『クナイプ療法地』というところなんですが、1万2000人ぐらいの人口の町に保養のかたが、年間50万人以上訪れるんだそうです。ドイツでもそうやって自然環境の豊かなところに出かけることで、自分自身の心と体調を整えましょう、みたいな取り組みがあったようなんですね」
(編集部注:河西さんが「癒しの森」に深く関わるようになったのは、実は河西さんがスタッフとして関わった「C.W.ニコル・アファンの森財団」の「5センス・プロジェクト」の影響があるんです。
このプロジェクトは、児童養護施設や盲学校に通う子供たちを森にいざない、いろんな体験をすることで、心と体を癒し、心身の健康を取り戻してほしい、そんな目的で行なわれているそうなんですが、ある時、河西さんは信じられない光景を目にします。
それは全盲の子供が、なんとなく周りの様子がわかるからと、森の中を走ったんだそうです。おそらく、その子が持っているすべての感覚が、森の効果で研ぎ澄まされて、奇跡のようなことにつながったんでしょうね。
そんなプロジェクトに参加して、心から笑顔になる子供たちの存在が糧となり、それが、河西さんの大きな原動力になっているんです)
閉じていた感覚を開く
※ここからは、森林メディカルトレーナーが実際に森の中で、どんなプログラムを行なっているのかを聞いていきましょう。森林浴というのは以前からあったと思いますが、森林メディカルトレーナーが行なうプログラムは、森の中をただ歩くだけじゃないんですよね?
「そうですね。これまた難しいんですけれど、何か特別なことをしているわけでも実はないんです。 なんですけれども、一緒に森に出かけて、まず私たちがご案内をしているのは、例えば木の枝をポキって折った時に、ほわ〜って香ってくるその香りを嗅いでいただいたりとか・・・。あるいは水の音がしませんか? と言って、耳を傾けてもらったりとか・・・五感ですね・・・臭いとか音とか・・・食べられる野草なんかも生えているので、ちょっと味見してみません? ってご紹介したりとか・・・まず森の中で、感覚を使うものにアプローチをしているんです。
特に都市部に住んでいる、とても忙しいかたは、その感覚が閉じてしまっていると僕らは思っています。実際にそうなんですけれど、(森に)ご案内することでなんか変わってきたみたいなことをおっしゃったりとか、半日ぐるっと森を回ったあとに、自分から鳥の声に気づけるようになったとおっしゃるかたは結構いらっしゃいます。まずは感覚を開いていただくことをやっています」
●具体的にどんな効果が見込めるんですか?
「森の中に出かけることの、ひとつの大きい効果だと思うんですけれど、『フィトンチッド』と言われているんですが、植物、木々、草花は動けないので、虫とか菌にやられないために、自分を守るための忌避剤(きひざい)として、そういう科学物質を製造して放っているんですよね。
それを人間が(森に)出かけて普通に呼吸することで、とても心と体の、ひと言で言えば、バランスが整うなんていう表現をしているんですけれど、ストレスホルモンの値が下がったりであるとか、いい睡眠につながったりであるとか、様々な効果がその香りを普通に呼吸にすることで得られるんですよって言われていますね」
●医学的にも効果が検証されているということですか?
「はい、エビデンスはたくさん出てきています」
●へぇ〜! 「癒しの森」プログラムを行なうエリアには、いくつかコースがあるんですよね?
「信濃町では代表的なコースは3つありますね。あまりアップダウンがない池の周りにたくさん道がある『御鹿池(おじかいけ)』っていう池があるんですけれども、そこに出かけるコース。あとは野尻湖があるんですが、その野尻湖をちょっと見下ろせるような森の中を歩く『象の小径コース』というのもあります。
で、もうひとつ新潟県境に『地震滝(ないのたき)』という日本の滝100選に選ばれているような立派な滝があるんですけれど、そこをゴールに目指す『地震滝コース』っていうその3つがあります。
その滝コースは1日かけて、お弁当を持って出かけましょう! っていう場所なので、どっぷり1日森の中にいたいっていうかたには地震滝コースをご案内しています」
森の中で、ひとりたたずむ時間
※森の中で行なうプログラムについて、もう少しうかがっていきましょう。森に入ったら、ほかにどんなことをやるんですか?
「森に入って、まず感覚を開いていただいたあとに、丁寧に呼吸してみましょうかと言って、胸式呼吸ではなくて腹式の呼吸を丁寧にご案内したりとか 、あとは素足になって”水の中に入りませんか?”と言って、(小川に)入って”きゃー!”って言ってもらったりとか・・・。
あとは感覚が開いて、そうやって体験をしていただいたあと、ひとりで森の中にいても大丈夫だな、安心だなっていうふうにお客様の様子が変わってきたら、ちょっとひとりたたずむ時間も取っていますね。レジャーシートをお渡しして、そうですね、15分とか20分、あるいは長いかただと30分ぐらい森の中でひとりで過ごしていただく時間を取るようにしています」
●リラックスできそうですね〜。
「そうですね。とてもその時間、ひとりたたずむ時間のあとは表情が変わるかたが多いです」
●参加者のみなさんの反応はいかがですか?
「様々なんですけれど、忘れかけていたものをちょっと思い出した気がしたとか、あとはこれ、女性なんですけれど、森の中に半日出かけて戻って、美容室に行ったそうなんですよ。そうしたら(美容師さんに)「どこに行ったんですか?」と言って、髪の毛を美容師さんに触ってもらって、髪がとてもツヤツヤしていたって言うんです。
”そんなことを言われたわよ”と言っていただいたお客様がいらっしゃったりとか、いろいろなかたがいるんですけれど、だいたいみなさん表情が柔らかくなって優しくなりますよね。人当たりが優しくなる、表情も言葉も・・・僕はそんな感じがしています」
●まさに河西さんがそんな感じがします。優しさが出ています。溢れ出ています。
「いやぁ〜、ははは、ありがとうございます。おそれいります(笑)」
●河西さん自身も仕事とはいえ、プログラムが終わる頃には変化を感じますか?
「私自身は終わった時は、とにかく何事もなく無事に終えられたなって、ちょっとほっとしている部分が大きいんですけど、必ずトレーナーはお客様を迎えることが決まったら下見をするんです。その下見の時にひとり、あるいは一緒に案内する仲間と下見するんですけど、その時間はとても自分にとっては気持ちいいですよね、リラックスできるなって・・・。
やっぱりこのコースは、改めてこういうふうに回るのが自分には合っているなって実感して、お客様をお迎えするっていうふうになるんですけれど、私はやっぱりその下見の時間はいいなと思いますね。で、やっぱり眠くなります」
●癒されるんですね〜。
「はい、緩むっていう表現がいいですかね」
企業や団体がもっと活用すべき「癒しの森」
※河西さんが所属する「しなの町Woods-life Community」としては今後、どのようなことに取り組んでいく予定ですか?
「これまでもそうだったんですけれども、おもに企業で頑張っているかたがたをお迎えをして、なんて言うんでしょう・・・ちょっとバランスを崩しているようであれば、ご自身を取り戻していただいて、いつもの調子とあまり変わらない、大丈夫っていうかたは森に来ることで、より生産性が上がったりとか、コミュニケーションが活性化するっていうデータもあるので、企業にお勤めのかた、あるいは団体や組織で動いているかたに、もっと活用いただいて・・・。
今『健康経営』なんて言われて久しくなりましたし、『ワークエンゲージメント』であるとか『心理的安全性』みたいなキーワードも出てきているので、従業員の心と体の健康プラス、従業員同士の関わりがもっと活性化していって、より組織であるとか企業が元気になるっていうところに貢献できればいいな、そんなことを意図してみなさんにいらしていただければいいなと思っています」
●確かに企業の福利厚生や社員の健康管理などにこの「癒しの森」プログラムを
活用したらすごくいいですよね?
「もうぜひぜひ! そう言っていただけると、とてもありがたいですね」
●では最後に、森林メディカルトレーナーとしての夢や目標があれば、ぜひ教えてください。
「一緒に出かけていただいて関わるかたが日常に戻られた時に、森の中で表情が緩んで、いい表情になることはもちろんなんですけれど、そうなった時にその状態で日常に戻って、そのかたの日常がよりよくなる・・・健康っていう面もそうですし、幸せっていうことも言えるのかもしれません。そのかた本人が望んでいる人生が歩めるようなサポートができるといいなと思っています。
そのために日々勉強することしかないのかなって、ちょっと実は思っていて・・・なかなかバタバタして仕事に追われる日々ではあるんです。森にいてもその事実は変わらないので・・・。でも時々、森のそばにいる人間もちょっと森に出かけて、新しい情報であるとか、学ばなくちゃいけないよなって思うことは少しずつ勉強しつつ、でもお客様と楽しい時間を過ごすっていう・・・すいません、答えになっているかどうかわかんないんですけれど、何かすごく大きな目標があるかっていうことよりも、日々研鑽し続けることが大事だな、なんて今思っています」
(編集部注:信濃町が取り組んでいる「癒しの森」は、日本初の事業で、ほかの市町村からの視察も多いそうです。提携している企業や団体は、現在39ほどあるとのことです)
INFORMATION
「癒しの森」のプログラムに参加してみたいと思ったかたは、「しなの町Woods-life Community」の事務局に、できれば、メールでご連絡くださいとのことです。
宿泊は「癒しの森の宿」に認定されている宿を選ぶことができるそうです。宿泊プランやガイドツアーの料金など、詳しくは、信州信濃町「癒しの森」のオフィシャルサイトをご覧ください。
◎「癒しの森」:http://iyashinomori.main.jp
2024/7/21 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. TAKE IT EASY / THE EAGLES
M2. HAPPY EVER AFTER / JULIA FORDHAM
M3. SAIL DOWN THE RIVER / C.W.NICOL
M4. WATERFALLS / TLC
M5. WITH / 幾田りら
M6. YOU’RE BEAUTIFUL / JAMES BLUNT
M7. RELAX, TAKE IT EASY / MIKA
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2024/7/14 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、ネイチャー・フォトグラファー「柏倉陽介(かしわくら・ようすけ)」さんです。
柏倉さんは1978年、山形生まれ。写真家として、自然風景、野生動物、環境問題など幅広い分野で撮影を続けていらっしゃいます。作品は、アメリカのスミソニアンやロンドンの自然史博物館などで展示。また、「ナショナル・ジオグラフィック」ほかの国際フォトコンテストで入賞するなど、世界的にも注目されています。
そして先頃、写真集『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』を出されたということで、番組にお迎えすることになりました。
柏倉さんは、国内では北海道・礼文島に撮影の拠点を置いていらっしゃいます。
礼文島は、稚内市の西の沖合60キロに位置する最北の離島で、柏倉さんによれば、島には北から南へ1本の道路があり、それが約25キロ、車で30〜40分で走れる、それくらいの大きさの島だそうです。人口は2300人ほど。
野生の哺乳類は、意外に少なくて、イタチなどがいる程度。ヒグマやキタキツネは生息しておらず、海岸に行くとアザラシや、冬になるとトドがやってくるとのこと。首都圏からのアクセス方法は、羽田から稚内空港、そこからはバスとフェリーになるそうです。
今回は、礼文島にいる柏倉さんにリモートで島の自然や星空、そしてボルネオ島の「オランウータン・リハビリテーションセンター」のお話などうかがいました。その時の模様をお届けします。
☆写真:柏倉陽介
礼文島は「花の浮島」
※まずは、礼文島のどのへんに撮影の拠点があるのか、お聞きしました。
「礼文島のいちばん北のスコトン(須古頓)集落という場所にあります。歩いて300メートルぐらい先に“日本最北限の岬”みたいな看板がありまして、そこが有名な『スコトン岬』という場所になっています」
●空き家を改装されたんですよね?
「はい、取材中に偶然そのスコトン集落があるエリアに出会いまして、空き家があるかな? どうかな? ってインターネットで検索してみたら一軒だけありました。それで(借りる人を)募集されていたんですけれども、そこに応募したら偶然選んでいただいたという形ですね」
●そこからは、どんな景色が見えるんですか?
「花畑! 一面の花畑なんです。礼文島って実は高山植物が有名な島で、“花の浮島”とも呼ばれているんですが、ここに高山植物が300種類ぐらい年間咲き誇るんですね。僕が見た光景は『ゴロタ岬』という展望台から風景写真を撮ったんですけれども、その一面の花畑の向こうに半島のような突端があって、その突端にスコトン集落があるという、そういう見事な光景でした」
※柏倉さんの生活の拠点は神奈川だそうですが、なぜ礼文島に撮影の拠点を置くことにしたんですか?
「風景撮影の仕事で偶然(礼文島に)行ったんですね。そこでとにかく一目惚れしてしまったというか・・・。
風景の中に人が住んでいるっていう世界観というか、世界中いろんな場所に撮影に行くんですけれども、その中には大自然の中にぽつんと一軒家があったりとか、とにかくすごい風景の中にある家がいつも目に入ってきたんですよね。それにすごく近いなと思いまして、そこがポイントですね」
季節的には6月の上旬から礼文島の固有種が咲き始めて、だいたい8月の上旬までは花の時期が続いていますね。この時期は、礼文島の固有種『レブンウスユキソウ』という花が咲いています。
「エーデルワイス」の仲間なんですね。これが礼文町の町花に選ばれている花で、実際に白く雪が積もったような白っぽい花なんですけれども、花びらに見えているのが実は葉っぱなんです。花弁はちょっと黄色っぽいんですけど、それを包み込むような、そこから広がっていくような花のようなものに、白い雪が積もっているみたいな見た目ですね。とても美しいので見てもらいたいです」
●街の明かりとかもないから、夜も綺麗なんじゃないですか? 星空が・・・。
「そうですね。とにかく異様なぐらい星が美しいんですよ。やっぱり周りが海に囲まれていることと、それから島の中に街灯も少なくて街明かりもあまりないということで、天の川がすごく立体的に浮かび上がっているような感じで見ることができます」
<コラム:日本列島、その島の数が倍に!?>
あす7月15日は「海の日」。「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国家日本の繁栄を願う日」なんですね。
海に囲まれている、いわゆる島国日本は多くの島で構成されていて、その数はこれまで「6852」とされてきましたが、36年ぶりに国土地理院が調べ直したところ、
なんと、倍以上の「14,125」の島があったそうです。
これは、新たに島が発見されたのではなく、航空写真による測量技術が進化したことで、正確に数えられるようになったからだそうです。ここでいう島の条件は、周囲の海岸線の長さが100メートル以上。
では、都道府県でいうと、島の数が最も多いのはどこでしょうか?
答えは長崎県、その数1479。五島列島などがありますから、確かに多いイメージがありますよね。
2位は、長崎県よりも6つ少ない北海道で1473、3位は鹿児島県で1256 ということです。
ボルネオ島のオランウータン・リハビリ施設
※ここからは、柏倉さんの最新の写真集『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』について、お話をうかがっていきます。この写真集は、おもにボルネオ島にある「セピロク・オランウータン・リハビリテーションセンター」で撮影した写真で構成されています。
●表紙は水色のタオルを頭から被って、つぶらな瞳で天井を見上げている保護された赤ちゃんオランウータンの写真になっています。なんだか切ない表情というか、寂しそうで不安そうですよね?
「ええ、そうなんです。幼い赤ん坊に近いオランウータンは、ずっと母親の体にしがみついて、一緒に何年も何年も生活していくんですけれども、開発に巻き込まれて母親とはぐれてしまった孤児たちは、しがみつく母親の体を失ってしまったんですね。なので、毎日泊まる場所、檻の中にタオルが敷かれていたりするんですけども、その檻の中のタオルを頭から被って、なんというか・・・寂しさを紛らわしているというか、そういう光景がありましたね」
●この写真からすごく寂しそうな雰囲気が伝わってきました。人間がタオルを被せたわけじゃないってことですよね?
「そうですね。ある日の朝、彼らの寝床のある建物に入って行ったら、やっぱり頭から(タオルを)被っていたりとか、それから体中にタオルを巻きつけていたりとか、そういう光景をよく目にしましたね」
●あんなにちっちゃな赤ちゃんオランウータンが、自分でタオルを身にまとっているんですね?
「そうですね。オランウータンは記憶もすごく優れているので、おそらく自分の母親のことを思い出したりとかしているのかなと思うと、胸が苦しくなりますね」
※柏倉さんがこの施設を知ったのはいつ頃で、どんなきっかけがあったんですか?
「もう15年近く前になるんですけれども、環境保全の撮影ツアーがあって、そのツアーに同行して写真を撮るという仕事で行ったんですね。
『キナバタンガン川』という長大な川がボルネオ島にありまして、そこの川の両岸に野生動物がたくさん出てくるんですよ。で、それを僕は “わ〜、すごいすごい!”と言いながらたくさん写真を撮っていて、その時に同行してくれた環境保全団体の理事長さんが、“どうしてこんなにたくさん動物が現れるかわかりますか?”っていう質問を僕にしてくれました。
僕はわかんなかったんですけれども、そのなぜかっていうのは、川の両岸にある森の、数十メートルすぐ向こうには人間が開発したアブラヤシ農園がどこまでも広がっていって、動物たちがそこに棲むことができないので、川の両岸に残されたわずかな森の中にどんどん追いやられていることを教えてもらったんですね。
僕はその追い込まれていた動物を“すごいすごい!”と言いながら撮っていたんですね。それを教えてもらって、これではカメラマンとしても、おかしな方向に進んでしまうし、もっと誰も撮らないようなテーマを見つけて撮影を進めなければいけないなって思ったのがきっかけですね」
熱帯雨林がアブラヤシ農園に!
※ボルネオ島というと、熱帯雨林のイメージがあったんですけど、どんどん伐採されている現状があるんですね?
「そうですね。この100年で相当、森林伐採が進んでしまいました。オランウータンは、1960年ぐらいには11万頭ぐらいいたのが、今では3万頭ぐらいまで減ってしまったという状況ですね。ボルネオ島は世界第3位ぐらい広い島なんですけれども、その半分ぐらいの熱帯雨林がなくなってしまったとも言われていますね」
●先ほどのアブラヤシから採れる油はお菓子などの食品から、洗剤とかシャンプーとか口紅とかにも使われているんですよね?
「そうですね。日常の本当に想像もできないところまで深く浸透しているというか、もうこのアブラヤシから採れるパーム油、この植物油なしにはおそらく生活が成り立たないっていうぐらい私たちの生活の身近にありますね」
●私たちの生活に欠かせないものになっているっていうことですよね?
「はい、世界中のパーム油の85%が、実はボルネオ島と隣のスマトラ島かな・・・そこから輸出されているっていう現状があります」
●そうなんですね。柏倉さん自身はアブラヤシ農園に行かれたことはありますか?
「何度かあります」
●どんな印象を受けましたか?
「車で農園の中を走っていても、1時間経っても2時間経っても風景が変わらない感じで、ドローンを飛ばして上から撮影したり、ヘリに乗って上から撮影したりもしているんですけれども、とにかく地平線の果てまで人工的に開発されたアブラヤシ農園が広がっているんですね。50〜60年かけて人間が作った光景とは言っても、大災害に近いような迫力がありましたね」
(編集部注:ボルネオ島は、世界で3番目に大きな島で、その面積は日本の国土のおよそ2倍。インドネシア、マレーシア、ブルネイと、3つの国に分かれています)
木登り、綱渡り、毎日練習!?
※写真集の舞台となっている「セピロク・オランウータン・リハビリテーションセンター」は、マレーシアのサバ州にあって、設立は1964年。親から引き離されてしまった孤児たちが常時、約70頭、世話をするスタッフは50〜60人ほど。
センターに収容される孤児たちは、森でさまよっているとか、ペットとして密輸されるところを発見されるなど、通報を受けて、スタッフが現場に急行して保護するとのこと。
●保護されたオランウータンの孤児たちは、いずれは森に返すんですよね?
「そうですね。オランウータンの子供は7〜8年、母親の体にしがみつきながら、どういう果物が食べられるか、木の上でどうやってベッドを作るか、寝床を作るかっていうのを何年もかけて、母親がしているいろいろな仕草を見て覚えていくんですね。
ここのオラウータンは、それができなくて保護されてしまったので、このセンターの中で、だいたい10年ぐらいの時間をかけて、木登りの仕方だったりっていうところから教えて・・・10年ぐらい経って森に戻れると判断された個体に関しては、保護区の森に放されたりしていますね」
●その10年はどんなステップがあるんですか?
「10年のステップ・・・まず初めは保護されてすぐは、健康診断とかいろんな予防注射とかそういうのをして、まずは元気になってもらう・・・。それから人間の母親のような立ち位置にいるスタッフがミルクをあげたりして、ある程度体力を回復させることが始まりで、その後は消防ホースをちょっとねじったようなロープを、木の間に渡して・・・2メートルぐらいですかね。そういう高さのところを孤児たちに渡らせる練習をしますね。
そこから先は、ロープを張ってある場所がどんどん高くなっていくんですけれども、自由に綱渡りができるようになった子は、近くにある木々に自分で登ったりとか、いろいろできるようになります。
それができたら今度は、センター自体が保護区の森の中にあるので、近くの保護区に実際(オランウータンを)放すんですね。その保護の森の中でしばらく生活できてOKだなってなったら、ようやく森に返されますね」
●オランウータンは、生まれた時から木に登ったりできるのかと思っていたんです。
でもこの写真集に、毎日毎日練習を、っていうふうに書かれていました。そうやってトレーニングしていたんですね?
「そうですね。僕も初めて見た時はびっくりしまして、生まれながらの能力かなと思っていたんですけれども、やっぱり人間が、“ここをつかむんだよ。ここだよ。次はここだよ”って感じで、手で教えてあげないとわからないんですよね。高いところに登ってしまうと怖くて、体が硬直してしまうような子もいましたね」
●そうなんですね。スタッフの方々がいちから教えていくっていう感じなんですね?
「はい、結構途方もないプロセスというか、途方もない作業に思えるんですけど、お話を聞いてみると、10年はあっという間に経って、自分たちが面倒を見てきたオランウータンが無事に外に行ったっていう話も聞いたりしています。
ただ、無事に外に行ったとしても、今度は外の世界が本番の自然の中なので、いろんな危険があったりして、そこから先は彼らの勝負というか、そういう世界になっています」
●ミルクを与えたりとか食事の世話をしたりとか、そういうのも全部スタッフさんたちがするんですよね?
「そうですね。もう何から何まで、本当に人間の赤ん坊とほとんど一緒のことですね」
(編集部注:トレーニングは朝から1日に行ない、中には、高いところを怖がって渡らない個体もいるそうです。トレーニングしないと森には戻れないので、人間がどこまで教えられるかの挑戦でもあると、柏倉さんはおっしゃっていました)
動物にも心がある
※オランウータン・リハビリテーションセンターで撮影をしていて、特に印象に残っている出来事があったら教えてください。
「オランウータンの瞳を撮った時にものすごく綺麗な目をしていて・・・ずっと一緒に生活はしてないんですけど、撮影現場でずっと一緒にいたので、どのオランウータンがどういう性格かっていうのも、見ているとだんだんわかってくるんですよね。
いたずら好きだったりとか、ひとりを好むオランウータンもいたりとか、親友同士いつも遊んでいるオランウータンがいたりとか、オランウータンとひとことで言っても本当に個性豊かな動物たちですね。
やっぱり改めてそういう姿を見ていると、動物にも心があるんだっていう当然のことがより実感できたというか・・・。(リハビリ施設には)コロナ禍以降はちょっと行けてないんですけども、今でも思い出すような出来事でしたね」
●このリハビリ施設に出会って以来、柏倉さんの写真に対する向き合い方に何か変化はありましたか?
「最初はより綺麗な世界とか、より野性的な瞬間とか、いろんな人がすごいねって言ってくれる写真を撮りがちだったんですけれども、ボルネオに行ってこのセンターの撮影を経験して、その素晴らしい、感動する横にあるストーリーっていうのもすごく大事だなっていうか、それも同じく撮って、人に“こんなことがあったよ”と伝える写真が撮れたら、それはカメラマンとしても、より充実した・・・充実というか、自分の理想的な仕事のあり方って、そっちのほうなのかなっていうのも感じることができましたね」
●では最後に、写真集『Bsck to the Wild〜森を失ったオランウータン』を通して、最も伝えたい思いをぜひお話しください。
「自然っていうのは接しないと、例えば山の中でも森の中でも分け入っていかないと、大切な存在って気づきにくいんですよね。山の中に行って登山道を歩かないと、そこに咲いている貴重な花の存在、存在自体がわからないっていうことがあると思うんですね。
なので、自分たちの自然、自分の身近にある自然を大切にすることが、大切なものの存在に気付くっていうことにもつながりますし、それがいつかボルネオのほうにも波及していけばみたいな、そんなことを考えています」
INFORMATION
『Back to the Wild〜森を失ったオランウータン』
柏倉さんの最新の写真集をぜひご覧ください。ボルネオ島の熱帯雨林がアブラヤシに浸食されている実態や野生動物の現状、そしてリハビリセンターに暮らすオランウータンの孤児たちの姿をとらえたリアルなドキュメンタリーです。水色のタオルを頭から被る赤ちゃんオランウータンの表情が、すべてを物語っているように思えませんか。
エイアンドエフから絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎エイアンドエフ:https://aandfstore.com/products/08730043000000
写真集の印税はセピロク・オランウータン・リハビリテーションセンターに寄付されます。寄付の方法ついては現在、検討しているとのこと。
私たちが日本にいてできることとして、ボルネオ島の無謀な開発に手を貸さないためにも、RSPOという認証マークの製品を買うことがあります。
このRSPOとは、持続可能なパーム油の生産を目的に設立された国際NPOの認証制度です。適性に栽培されたアブラヤシから採れる油を使っている会社の製品を買うことが大事、ということですね。
ボルネオ島の現状については認定NPO法人「ボルネオ保全トラスト・ジャパン」のサイトを見てください。
◎ボルネオ保全トラスト・ジャパン:https://www.bctj.jp
柏倉さんの作品や活動については、以下のオフィシャルサイトをご覧ください。
2024/7/14 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. THE GIRL FROM IPANEMA / FRANK SINATRA & ANTONIO CARLOS JOBIM
M2. STARLIGHT / TAYLOR SWIFT
M3. A SONG FOR MAMA / BOYZ II MEN
M4. A FOREST / NOUVELLE VAGUE
M5. EVERYDAY LIFE / COLDPLAY
M6. CHERISH / KOOL & THE GANG
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2024/7/7 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、新潟県南魚沼市を拠点に山岳ガイドとして活躍するWakaこと「大島わかな」さんです。
大島さんは1995年、静岡県出身。子供の頃、たまに両親に連れられて、近くの山にハイキングに行く程度の山経験だった大島さん、会社勤めをしていた19歳の時に、当時通っていたスポーツジムの富士登山プロジェクトに参加、初めて本格的な山登りを体験します。その時、木が生えていないゴツゴツとした岩場を見て衝撃を受け、山のイメージが一新。標高の高い山にもっと登りたい、と思ったそうです。
それから毎週のように山に行くほど、のめり込み、いつしか山の仕事がしたいと思うようになったとのこと。でも、一時の気の迷いかもしれないと考え、とりあえず5年間、趣味として山登りをして様子を見ることにしたそうですが、益々、山への思いは強まり、ついには、ご両親に内緒で会社を辞め、山岳ガイドへの道に踏み出します。そして東京にいる頃から、着々と準備に取り組み、ブログで山登りの記録を発信するなど、PRにも力を入れていたそうです。
そんな大島さんにガイドとしての心得や初心者におすすめの山、そして古民家暮らしのお話などうかがいます。
☆写真協力:大島わかな
登山ガイドという資格
※大島さんは、いくつか登山ガイドの資格をお持ちですが、ひとくちに登山ガイドといっても、いろんな資格があるみたいですね?
「登山ガイドは国家資格じゃないので、それぞれ民間の団体がいろいろと・・・その山域に精通した認定資格とかもあるんですね。私が持っているのは2種類あって、日本でいちばん規模の大きい『日本山岳ガイド協会』の資格と、あと花が好きなので、尾瀬ヶ原の、『尾瀬の認定ガイド』っていう資格を持っています」
●どんなお勉強をされたんですか?
「やっぱり動植物とか、歴史とか山に関係するものは全部勉強しましたね。登山ガイドは、自然解説だけじゃなくて、お客さんの安全管理もとっても大事なので、お客さんをいかに安全に怪我させずに案内するかっていう、そういう実践的なことも本で勉強しました」
● 山での講習はあるんですか?
「結構ありますね。私が受けるのは雪山の雪崩講習ですね。もし雪崩にあった時にどうやってお客さんを助けるかとか、そもそも雪崩に合わないためには、どういうことに気をつければいいのかっていうのは専門的すぎて、自分では勉強できないので、やっぱりプロのかたにおうかがいして勉強しました」
●どんな試験を受けるんですか?
「私が受けたものは、筆記試験があって、花の名前ですとか歴史とかの知識を問われますね。あと天気のこととかですね。で、そのあとに実技試験があって、お客さんにどういうふうに解説しながら歩くのかとか、いざとなった時にどうやってお客さんを助けるのかとか、そういうことを実際に山に入って、試験として受けました」
(編集部注:大島さんは、いくつかの山小屋でのアルバイト経験もあります。接客にご飯の用意、掃除、登山道の整備、さらには食材などの荷物を山小屋に運ぶ「歩荷(ぼっか)」もやっていたそうですよ。繁忙期は目の回る忙しさだったようですが、山小屋のオーナーやみんなのために一生懸命がんばったとおっしゃっていました)
東京から新潟へ、夫が勝手に・・・
※大島さんは現在、新潟県南魚沼市にお住まいですが、いつ移住されたんですか?
「去年の3月に東京から引っ越ししました」
●南魚沼を選ばれたのはどうしてですか?
「全く縁もゆかりもないんですけど、今の夫も私も新潟の山がすごく大好きだったので、住むなら新潟に引っ越したいねっていう話をずっとしていたんですね。ちょうどその時に南魚沼市に住んでいる山仲間のかたが、”空き家があるんだけど、どう?”って聞かれて、(そこに)行ったんです。そうしたら、もともと旅館だったお家で、とても巨大な古民家だったので、うちの夫は乗り気だったんですけど、私は掃除が大変だからちょっとここは無理かなって言って、うーんってなっていたんですね。
で、東京に住んでいて、その時、登山ガイドの仕事もちょっとずつ増えてきたところだったので、今新潟に引っ越したら、その仕事が全部なくなっちゃうのも嫌だなって、ちょっと不安になっていたんですけど、私がガイド(の仕事)で家をあけている時に、うちの夫が勝手に新潟に住民票を移してしまって・・・。
(夫から)住民票を移しておいたよ〜、感謝してよね〜みたいなことを言われて(笑)、えっ!?ってなって・・・。東京と新潟の2拠点でやっていこうみたいなことを言っていたのに、結局、東京の家賃は高いから解約しようってなって、気づいたら新潟に引っ越しせざるをえなくなっていました(笑)」
●そうだったんですね〜! かなり勢いでっていうところもあったのかもしれませんね。現在暮らしているのはどんなエリアなんですか?
「南魚沼市の市街地からちょっと離れて、周りは畑とかが多い場所で、八海山というギザギザしていて、かっこいい山が近くに見える場所に住んでいます」
●2拠点生活にしようなんて話もあった中で、でもやっぱり新潟に移住して頑張っていこうと決まって、実際に住んでみてどうですか?
「意外といいなってなりましたね(笑)」
●どんなところがいいなって思っていますか?
「まずやっぱり田舎なので、みなさん優しくて・・・家が大きいので、近所に気を遣う必要がないって言いますか、東京に住んでいた頃はアパートだったので、騒音とかにすごく気を遣って暮らしていたんですね。新潟は家も広いし、大きい庭も畑もあって、本当にやりたいことをのびのびとできる環境なので、引っ越してよかったかなって思います」
(編集部注:ご主人が勝手に住民票を移したとおっしゃっていましたが、おそらくご主人は大島さんが絶対に気にいるという確信があったんでしょうね。事実、住めば都、いまは古民家暮らしを楽しんでいらっしゃいますよね。
広い畑もあるということで、ナス、トマト、メロン、カボチャ、ネギ、スナップエンドウ、ホウレンソウなどなど、いろんな野菜を育てているほか、鶏も飼っていて、とっても可愛いとおっしゃっていましたよ)
山スキーが大好き
※大島さんのオフィシャル・サイトを見ていたら、ハイキング、ボルダリング、フリークライミング、さらに、縦走、沢登り、そして山スキー、雪山などなど、山のことなら、なんでもやっているように感じました。
それは登山ガイドとして意識して、そうしているのか、それとも好きでやっているのか、どうなんでしょう?
「両方あるんですけど、やっぱりいちばんは自分が好きだから、行きたいからっていう気持ちで取り組んでいますね。でも登山ガイドとしても必要だなっていうのは思っていて、そう思わせたのはやっぱりお客さんたちですね。
みなさん、すごく熱心で毎週毎週、山登りに行かれているんですね。もし私が仕事の山しかやっていなかったら、多分お客さんに技術も体力もそのうち抜かされるんじゃないかって思っていて、それがひとつと・・・やっぱりガイドが、岩とか沢登りとか雪の上でも、どこでも安全に歩けないと、いざという時にお客さんを守れないので、お客さんを守るためにも、そういう登山はこれからも頑張っていこうかなっていうのはあります」
●それぞれに技術や装備、そして経験が必要になってきますよね?
「でも全部楽しいので、装備はあんまりお金は気にせず(笑)、ちょっといろいろかかっていますけど・・・」
●大島さんがいちばん好きというか得意とする山のアクティビティは、どんなことなんですか?
「いちばん好きなのは、山スキーっていうアクティビティです。新潟の山って雪が深いので、そのまま歩くと腰とかまで浸かっちゃうんですよね、雪の中に。で、全然山登りができないので、スキーを履いて山に登るんです。そうすると冬でも雪に(体が)沈まないから山登りを楽しめるんですよ。山スキーは雪があればどこでも歩けるので、やっぱり自由なところが好きで、私のいちばん好きなアクティビティです」
●植物も詳しいようですけれども、山で見る植物とかお花からどんなこと感じますか?
「やっぱりたくましいなって思います。山ってやっぱり気象条件が厳しいので、とっても植物が育つのには厳しい場所だと思うんですけど、そういうところでもちっちゃく、たくましく咲いているのを見て、私も頑張んなきゃなみたいな気持ちになります」
●気象のことも勉強されたんですよね?
「そうですね。もともと気象は好きなことでもあるので、意外と勉強はしていないんですけどね。今登山者には『ヤマテン』という会員制の天気予報サイトがあって、そこで山に詳しい気象予報士さんが予報文を出してくれているのと、あと高層天気図というちょっと専門的な天気図を見ることができるんです。
その高層天気図の見方も、ヤマテンですごく丁寧に解説してくれているので、その天気図をまず見て自分なりに天気予報を考えて、そのあとにその気象予報士さんの文章を読んで、答え合わせをするっていうのをやっていたら、結構自分で天気は読めるようになったかなってところはあります」
南魚沼周辺の山々
※現在お住まいの南魚沼市は、山がたくさんあると思うんですけど、周辺の山々の特徴を教えてください。
「登山者に人気の、日本アルプスや北アルプスとかは標高が高いんですよ。山脈が天高く隆起しているんですけれども、新潟の山はそこまで標高が高くなくて、広い範囲で小さい山がポコポコいっぱいあるんですね。だからちょっと山に登れば、すぐに町の景色がなくなって、もう山しかない、山深い景色が広がっているんですけど、それが新潟南魚沼周辺の山々の特徴かな・・・」
●私のような初心者におすすめの山はありますか?
「南魚沼市に坂戸山(さかどやま)っていう山がありまして、地元のかたにも愛されていて、大体往復で3時間半ぐらいで登ってこられる山なんですね。4月頃になると“スプリング・エフェメラル”っていう“春の妖精”って呼ばれている、雪解け後にお花がすごくたくさん咲いて、それを見に東京とか遠方の登山者もはるばる来られるんですけど、そこの山がやっぱりお花の時期に行くと素敵だなって思います。おすすめです。」
●大島さんに、私だけとか、私と家族だけ山に連れてってくださいとか、そういうプライベートなツアーをお願いするっていうのもできるんですか?
「はい、できます!」
●どんなツアーに今までご案内されたんですか?
「やっぱり新潟の地元の山も多いんですけど、日本アルプスですね・・・南アルプスの光岳(てかりだけ)っていう山があって、4泊5日、5日間で行くんですけれども、そういう山を個人的にお願いされたこともあります」
●女子だけ参加のガイドツアーとか、そういったこともあるんですか?
「1回やったんですけど、今はちょっとやってなくて・・・男性のお客さんに“俺もその山行きたかったよ”って悲しい顔をされたんで(笑)、ちょっと今は可哀想だからやめております」
自分の体力に見合った山に
※安全に山を楽しむためには、どんなことが大事になってきますか?
「いちばんはやっぱり体力かなって思っています。やっぱり自分の体力に見合った山に行かないと、すごく疲れて楽しいものも楽しくなくなってしまうので、体力に見合った山に行くってことと、もし行きたい山があったら頑張って体力作りをするのが大事かなって思っています」
●登山ガイドとして登山客を案内している時に、どんなことに注意を払っていますか?
「いちばんはやっぱりお客さんの体調にすごく気遣っています。意外とお客さんは、体調が悪かったり怪我していても言わないかたがいらっしゃるんですね。
以前私が失敗したのが(参加者の中の)ひとりのペースがちょっと遅いなって気になっていたんですけれど、(その時は)何も言わずに帰宅後に、“実は足首をひねって痛めていました”ってあとから連絡が来て、すごく反省したことがあります。
それ以降はやっぱりこまめに後ろを振り返って、お客さんが転んでないかなとか、あと(参加者の方に)言ってくださいって言ってもやっぱり言わないので、表情とか雰囲気とかをよく観察して、体調を悪くしてないかっていうのを見るようにしています」
●大島さんにとって山は仕事場だと思うんですけれども、大島さんにとって山とはなんでしょうか?
「そうですね・・・いろんな意味を込めて、人生を豊かにしてくれるものかなと思います」
(編集部注: 大島さんはプライベートでもご主人と新潟の山へ出かけるそうです。
それも4泊5日から6泊7日とわりと長めに山に入って、大好きな沢登りや山スキーを楽しむとか。大島さんいわく、山にはリスクもあるけれど、夫といるとなんとかなるし、がんばれるとおっしゃっていました。山という共通の趣味がある、仲むつまじいご夫婦、いいですね)
INFORMATION
大島さんは、新潟の山を始め、富士山、南アルプス、北アルプスなどなど、1泊2日から4泊5日ほどの、いろいろなガイドツアーを企画されています。
4人から6人くらいまでの少人数のツアーで、3ヶ月から4ヶ月先まで、すぐ定員に達するほど人気なので、大島さんのツアーに参加したいというかたは、早めにご予約されることをおすすめします。
また、大島さんにプライベートなツアーを頼みたい場合もオフィシャルサイトからお問い合わせくださいとのことです。
2024/7/7 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. River Deep, Mountain High / Celine Dion
M2. Higher Ground / Stevie Wonder
M3. Take Me Home Country Roads / Olivia Newton-John
M4. 晴れたらいいね / DREAMS COME TRUE
M5. はんぶんこ / 小尾渚沙
M6. I See The Great Mountains / Cecile Corbel
M7. Climb Every Mountain / Peggy Wood
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」