2020/8/1 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、高知大学・農林海洋科学部・准教授で、進化生態学者の「鈴木紀之(のりゆき)」さんです。
鈴木さんは1984年、横浜市生まれ。京都大学・農学部から大学院を経て、2016年からカリフォルニア大学バークレー校に特別研究員として在籍。2018年から現職の高知大学・准教授として活躍されています。2017年に出版した『すごい進化』という本が話題になり、そして先頃、岩波書店から出た本『博士の愛したジミな昆虫』に原稿を寄せるとともに編集にも携わっていらっしゃいます。
きょうはそんな鈴木さんにテントウムシの、あまり知られていない生態や、生物の多様性を保つ「すみわけ」についてうかがいます。
☆写真提供:鈴木紀之
昆虫少年が学者に進化!?
※それでは、進化生態学者の鈴木さんにお話をうかがいましょう。進化生態学とはどんな学問なんでしょうか。
「生態っていうのは分かりやすいと思いますけれども、生き物がどういう風にして暮らしているか、何を食べてどういう風に行動しているかということなんです。全ての生き物は進化の産物として今ここにいるんで、生態と進化っていうのはすごく密接に関わっているんですよね。そういう意味で進化生態学という研究分野になります」
●昆虫の分野に限定した進化と生態の研究ということですか?
「そうですね。僕は昆虫が好きなので昆虫を対象に進化と生態の研究をしています。他に魚の研究している人もいるし、植物とか哺乳類の進化とか生態の研究している人もいて、学会とかでよく情報交換しているんです。虫で分かったことが他の生き物にも通じていたら、面白いなと思って研究しています」
●なるほど、もともと小さい頃から昆虫がお好きだったんですか?
「そうですね。いわゆる昆虫少年だったんですけど、それがそのまま大人になった感じです」
●すごい! 好きなことが仕事に繋がるわけですね。
「そうですね。夏休みの自由研究とか中学校のときとかしていましたけど、それを未だに続けているような感じです」
●実際に虫を捕りに行ってたんですよね?
「そうですね。虫を捕って標本もよく作りましたし、あとは調べるのが好きだったので、そういった自由研究とか本当に中学校の頃は大好きでした」
●ちなみに好きな昆虫はなんですか?
「いちばん好きなのは蝶々なんですけども、よく蝶々を捕りに行って、大学生、大学院生になってからも蝶々の研究は少ししていて、今も継続中です」
●昆虫学者になって今の研究のメインというのは何になるんですか?
「好きなのは蝶々なんですけど、メインはテントウムシの生態について研究していて、特に2種類のテントウムシの種類同士の関わり合い、関係について研究しています」
●どうしてテントウムシなんですか?
「生態の研究は何よりたくさん観察しないといけないんで、身近にしっかり分布していてデータを取りやすい、そういった昆虫の特徴も必要です。そういう意味でテントウムシがすごく扱いやすかったんで、研究の対象として選びました」
●進化生態学ということですから、テントウムシも進化しているということなんですか?
「進化っていうと、今もう進化の結果として生き物が地球上にいるので、進化はもうしきった感じなんです。その一方で最近ですと地球温暖化とか環境変動とかあるんで、それに応じてテントウムシが、例えば赤い色をしているとちょっと涼しいとか、黒い色をしていると暑苦しいとか、そういうことがあるかもしれません。テントウムシの生態が年を追うごとに変化している、そういった報告もあります」
●え、色ってそういう感じで変わっていくんですか?
「そうですね。1匹のテントウムシが赤から黒に変わることはないんです。進化っていうのは世代を追うごとに、去年出てきた虫はこういう色が多かったけど、今年はこういう色が増えて次の年はどうなるとか。世代を超えて、どんどん生き物の形とか行動が置き換わっていくというプロセス、それが進化になります」
多種多様なテントウムシ!
※鈴木さんが研究されているテントウムシ、日本には何種類くらいいるのでしょうか。
「実は結構いて200種類近くいるらしいんですけれども、僕もほとんど見たことがなくて、本当に小さい種類がたくさん生息しています。普段はなかなかお目にかかれない種類もたくさんいます」
●へー! どんな生きかたをしているんですか?
「基本的にテントウムシは、多いのはアブラムシとか他の昆虫を餌として食べるような虫です。それで幼虫もハンター、捕食者なんで、そういった餌を食べて成長するし、成虫になってからも同じような餌を食べて生活をしています」
●模様は水玉模様のイメージがありますけど、水玉じゃない模様もあるんですか?
「そうですね。本当に種類によって様々で黒だけの地味な種類もいるし、水玉模様もいろいろあって、本当に点々が丸いやつとか、ちょっと三日月というかクロワッサンみたいな、いろんな形があります」
●どうしてそんな多種多様なんですか?
「それは実はよく分かっていなくて、例えばナナホシテントウっていうのがよくいるんですけど、ナナホシって赤地に黒い点が7個あるからナナホシっていうんですね。それは黒い点が7つだけの種類なんですけども、同じ種類でも点の形とか数が様々、個体によって個性と呼んでいいんでしょう。本当に多種多様で、それが何故かと言われると、結構分かっていないことが多いので、僕みたいな研究者が頑張って調べていると、そういう感じですね」
●奥が深いんですね! テントウムシって。
「そうですね。色とか模様は見れば分かるんですけども、それが何故多様なのか、そういった模様にどういう役割があるのか、というのは調べてみないとまだまだ分からないと、そういう状況です」
●アブラムシを食べてくれる益虫のイメージが、テントウムシってすごく強いと思うんですが、種類によって食べるものとかも違うんですか?
「アブラムシが害虫なんで、それを食べるテントウムシはおっしゃったように益虫と言われることが多いんですが、その一方で葉っぱを食べるテントウムシの仲間もいます。ジャガイモとかを育てていると、よく害虫として別の種類のテントウムシがくるんですけど、それは人間にとっては害虫ということになって、種類によってアブラムシを食べるものと葉っぱを食べるもの、そういう風に分かれています」
<テントウムシの雑学>
テントウムシの名前の由来をご存知でしょうか。テントウムシの語源は「お天道様(てんとうさま)の虫」、枝などに登って、先まで行くと上に飛び立つ習性があるため、「太陽、つまりお天道様に向かって飛ぶ、天道虫」となりました。
英語では「ladybug」や「ladybird」と呼ばれ、このladyは「聖母マリア」を意味するため「縁起の良い虫」とされてきました。日本でも海外でも、古くから人々に「好かれてきた虫」ということが分かります。「テントウムシが体に止まると幸せになる」などポジティブなジンクスも多く、そのためテントウムシをモチーフにしたアクセサリーなどは有名ブランドからも多く発売され、人気です。
そんな「みんな大好き、テントウムシ」は、実際に人間の役に立ってくれています。鈴木さんのお話にも出てきましたが、花や野菜に付いて栄養を吸い取ったり、病気やカビを媒介する厄介な害虫・アブラムシの天敵がまさにテントウムシで、アブラムシをもりもり食べてくれる益虫なんです。
最近では、テントウムシの背中に特殊な接着剤を塗り、一時的に飛べなくしてアブラムシの駆除をする方法もあるそうで、接着剤は2カ月ほどで取れてしまうため、役目を果たしたあとは自然に帰っていきます。
さらに、もっと壮大な分野で人間の役に立つことが期待されているんです。それは、なんと宇宙! テントウムシが柔らかい「後ろ羽」を折り畳んで、硬い「さや羽」の中に収納するメカニズムを東京大学が解明し、人工衛星のアンテナの展開方法に応用できるのではないかと期待されています。ほかにも、身近なところでは折り畳み傘や扇子の構造の改善にも活かせそうとのことなんです。
「ジミ」にこめられた想い!?
※鈴木さんも寄稿し、編集なども担当された新刊『博士の愛したジミな昆虫』、私も読ませてもらったんですが、まず、タイトルが面白いな〜と思ったんです。そこで、本のタイトルに込められた想いをお聞きしました。
●ジミな昆虫っていうこのタイトル、地味な昆虫がいるということは派手な昆虫もいるんですか?
「そこがいいポイントなんです。地味というのはタイトルを見て欲しいんですけど、実はカタカナで“ジミ”と書いてあって、そこに一応想いを込めています。色の派手とか、ちょっと茶色っぽかったら地味とか、地味にはそういう意味もあると思うんですけども、そうじゃなくて。
昆虫採取とか昆虫の研究というと、夏の時期ですとクワガタムシとかカブトムシとかオニヤンマを捕りたいとかあると思うんですけども、いちばん最初に言った昆虫の生態とか進化の研究をしようとすると、やっぱり数をたくさん集めてデータを取って、そういったプロセスが必要なんですね。
そういう意味では昆虫界のヒーローとかではなくて、本当に足元にいるような、身近な自然の中に暮らしているような昆虫を研究するのがやっぱりやりやすい。まだまだ分かっていないことが身の周りにたくさんあるんだよという意味で、カタカナで“ジミ”と、そういう風に表現しています」
●なるほど。この本の中には10人の昆虫学者の方々がそれぞれ愛した昆虫のお話を書かれていますけれども、鈴木さんはテントウムシの“すみわけ”について書かれていますよね? 登場するのがナミテントウとクリサキテントウというテントウムシなんですけれども、初めてこの名前を聞いたんですが、それぞれどんなテントウムシなんですか?
「ナミテントウの“ナミ”っていうのは普通っていう意味ですね、牛丼並盛りの“並”と同じ意味なんですけど」
●あの並ですか?
「そうですね。身近によくいるという意味でナミテントウという名前が付いていて、春先とかですと、いろんな木にいるアブラムシを食べています。よくいる身近な昆虫なんですが、その一方でクリサキテントウっていうのはちょっと珍しくて、栗崎さんっていう方がかつて発見した種類だから、クリサキテントウっていう名前になっているんですけども、ナミテントウが100匹捕れるとしたら、クリサキテントウは1匹くらいしか捕れない、そのくらいの差があります」
●写真で見ると見分けがつかないくらいそっくりなんですけれども、レア感が違うんですね?
「そうですね。全然レア度が違います」
●では棲んでいる場所とかも違うということですか?
「ナミテントウのほうはいろんな環境にいて、いわゆるジェネラリストと呼ばれているんですけれども、クリサキテントウは松の木にしかいないんですね。松の木っていうと赤松とか黒松っていう木があるんですけど、その松の木にだけ生息しているのがクリサキテントウです。特定の環境にしかいないということで、スペシャリストと専門的には呼ばれています」
●私たちがよく見るテントウムシと言ったらナミテントウになるんですか?
「そうですね。木の上にいるのはナミテントウが多いですね」
●別々の環境で暮らしているっていうことですよね。
「そうです。そういう風にして生息している環境が違うことを、“すみわけ”と呼んだりしています」
●よく似ているからこその“せめぎあい”とかもあったりするんですか?
「そうですね。私の考えだと似ているからこそケンカをしやすいと。ケンカが起きやすいので、だから実際にはお互い出会わないようにすみわけをしているところなんですけれども、その昆虫でいうケンカっていうのは具体的に別に殴りあうわけでもないんで、どういうことをしているかっていうのは是非本を読んで参考にしてほしいと思っています」
虫が教えてくれる!?
※鈴木さんは、「すみわけ」が生物の多様性が保たれているひとつのメカニズムだともおっしゃっていたんですが、生き物の世界では「すみわけ」していることが多いのでしょうか。
「“すみわけ“という現象はテントウムシ以外でも知られていて、例えば蝶々では、モンシロチョウの仲間とかでよく似ている種類が実は何種類かいて、それぞれの種類によって食べる餌、青虫が食べる葉っぱの種類が実は違うんですね。
そういった”すみわけ“っていうのは昔から知られていたんですが、どうしてそういった”すみわけ“しなきゃいけないのかというのが極最近、研究成果で分かってきていて、それも先ほど紹介していただいた本に、私とは別の研究者の方が調べた成果が載っているので是非読んでいただければと思います」
●虫たちがお互いに影響しあいながらバランスよく生きているっていう感じなんですね!
「そうですね。まさにそれが生態学の研究テーマの大きな部分です」
●テントウムシですとか昆虫の研究を続けられてきて、日々どんなことを感じられていますか?
「研究って簡単じゃない面もあるんで、なかなか研究が進まなかったりですね。自分の思い通りにいかないことっていうのは、研究だけじゃなくて人生そのものもそうかもしれませんけれども。でも、虫を観察していくうちに虫がアイデアのきっかけを教えてくれるというか、やっぱり人間の想像を超えた行動とか生態を虫が見せてくれるんですね。それがやっぱり研究の突破口というか、大きな新しい研究をスタートする大切なきっかけになって、そういう意味でもじっくり観察したいと思っています」
●例えば虫はどんなアイデアをくれるんですか?
「先ほどテントウムシの色の話をしていましたよね。僕もいろんな地域でテントウムシ、ナミテントウとクリサキテントウを捕ってきて、どういう模様をしているのかなと調べていたんですけれども、沖縄に行った時にある島で全然、他の地域と違う模様をしているテントウムシが同じ種類なんですけど、見つかったんですね。そういうのがきっかけで新しい研究のプロジェクトがスタートする、そういう風に進めています」
●同じ種類でも模様が違うことがあるんですね!?
「そうですね。所変われば品変わるみたいな感じです」
●へ〜! 面白い! 子どもたちも昆虫にどんどん興味を持ってもらえたらいいですね!
「そうですね。僕自身が昆虫少年だったんで、次世代の研究者、昆虫が好きな人が増えてくれれば嬉しいです!」
●私、正直、虫は苦手だったんですけれども、こうやって生きているんだ! っていう風に、この本を読んですごく虫に興味をもてました(笑)
「ありがとうございます」
●なので、是非女性にも読んでもらいたいなって思うんですけれども、今後の研究ですとか解き明かしたい昆虫の謎とかって何かありますか?
「僕は今高知県に住んでいるんですけども、本当に自然が豊かな場所なんで、地元のローカルな自然、足元の環境にいるようなそういった生物、虫たちを対象に研究したいと思っています。 でも別に、高知みたいな自然豊かな場所じゃなくても、都会のど真ん中でも昆虫って本当にいろんな環境にいろんな種類が生息しているんですよね。皆さん都会に住んでいる方も地方に住んでいる方も、そういった足元の自然、虫とか植物とかに目を向けて、是非自然観察を楽しんでほしいなと、そう願っています」
INFORMATION
鈴木紀之さん情報
『博士の愛したジミな昆虫』
鈴木さんも寄稿されたこの本をぜひ読んでください。鈴木さん含め、10人の昆虫学者がそれぞれの研究をもとに書いた面白い話が満載です。タイトル通り、ジミな昆虫かもしれませんが、想像を超える摩訶不思議な生態にきっと驚くと思います。岩波ジュニア新書シリーズの一冊として絶賛発売中です。詳しくは岩波書店のサイトをご覧ください。
◎岩波書店のHP:
https://www.iwanami.co.jp/book/b505831.html
鈴木さんの活動などはオフィシャルサイトを見てください。
◎鈴木紀之さんのHP:http://noriyuki.moo.jp/home/