2021/3/21 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、山の天気予報サービス「ヤマテン」の代表で、山岳気象予報士「猪熊隆之(いのくま・たかゆき)」さんです。
猪熊さんは1970年、新潟生まれ。中央大学卒業。在学中は登山部で山の経験を積み、卒業後は海外の山にも遠征。そして2007年に気象予報士の資格を取得。2011年に国内唯一の山専門の気象予報会社「ヤマテン」を設立し、山岳気象予報のエキスパートとして多方面で活躍されています。
きょうは猪熊さんに、山で見かける雲の特徴や、急変する山の天候から身を守るリスクマネジメントのお話などうかがいます。
☆写真協力:猪熊隆之
平地と山の天気の違い
※本のタイトルにある「観天望気」という言葉、いまはあまり馴染みのない言葉だと思うんですが・・・猪熊さん、どんな意味なんでしょうか。
「簡単に言うと空を観て天気を読むということで、例えば雲とか、風の変化ですね、そういったものから今後の天気を予想していく、そういう方法を観天望気と言います」
●この本では山で見かける雲というものがキーワードになっていますけれども、やはり雲にまつわる観天望気というのが多いんですか?
「はい。空気っていうのは残念ながら目に見えませんよね? ですが、雲っていうのは見えない空気がですね、気持ちというか状態を表してくれるものなんですよ。ですから、雲の動きとか変化から、そのあとの空気の変化を読むことができますので、雲を使うことがいちばん多いですね」
●山で見かける雲については、後ほど詳しくおうかがいしたいと思うんですけれども、まずは初歩的な質問からさせてください。山と平地ではどうして天気が違うんですか?
「それはですね、平地はあまり凹凸(おうとつ)がないですよね。山はでこぼこしていて、凹凸があります。天気が崩れる要因としては雲ができて、雲が成長することがあるんですけれども、曇は水蒸気を含んだ空気が上昇して、その水蒸気が冷やされることで水滴とか氷の粒になって、それが雲になっていきます。
で、平地は低気圧とか前線とか、そういったものが近づくと天気が崩れていきます。それは低気圧とか前線の近くは、空気が上昇する上昇気流という現象が起きているからなんですね。そうするとその中に水蒸気が含まれていれば、それが冷やされてどんどん雲になっていくということになります。
でも山は低気圧とか前線が来なくてもですね、簡単に上昇気流が起きてしまうんですね。それは平地では、風が吹いても上昇気流が起きないのに対して、山では風が吹くと風によって空気が動いていきます。それが山にぶつかると山の斜面に沿って昇っていきますので、どうしても上昇気流が起きてしまうんですね。ですから山は上昇気流が起きやすいので、その分、雲ができやすくなります」
●山の天気ってとにかく変わりやすいっていうイメージがありますけれども、登山中の天気の変化ってどんなところに注意したらいいですか?
「やはり事前に、観天望気より前にですね、登山に出発する前に、天気図とか天気予報からしっかりとその日の天気の状況を、どういった危険があるのかっていうのを把握しておくことが大切になります。その上で実際に山に行った時には、特に風上側ですね、風が吹いてくる方向の空とか、あるいは日本付近では西から東に天気が崩れていくことが多いので、西側の空をチェックしていくといいと思います」
●今はスマホなどで最新情報も入手できますけれども、山では電波が繋がらない! とかそういったこともありますよね。
「そうですね。そういったこともありますし、あと、平地の、皆さんが一般的にテレビとかラジオとかインターネットで入手できるような予報と、山の天気っていうのは大きく変わってしまうこともあるんですよね。そういう風に平地と山の上とで天気が大きく違う時に、気象遭難が発生しやすくなりますので、どうしても天気予報だけではリスクを減らせないということがありますから、やはり雲を観ていくことが大切になっていきます」
要注意! 積乱雲とレンズ雲
※具体的に、天気が崩れてしまう雲について、これは知っておいた方がいいという例をいくつか教えてください。
「やはりいちばんリスクが大きいのは、突然の雷とか強い雨に襲われる時です。そういったものをもたらす雲は積乱雲と言いまして、入道雲ってご存知ですか? 夏によくソフトクリームみたいなモクモクした雲が出ますよね? あの雲が成長していくと積乱雲になります。
あの雲が周囲にどんどんやる気を出していく、雲がどんどん成長していく、そういった時は危ないので、早めに避難した方がいいということと、あともうひとつ、山では天気だけではなくて風の強さが登山において大きなリスクになっていきます。
晴れていても風がものすごく強く吹いていると、風にあおられて滑落してしまったり、あるいはテントが飛ばされたりっていう非常に危険な状態になりますので、風の強さっていうのも知っておくことが大切なんですね。
で、その強風を知らせるサインとなる雲がレンズ雲という雲になりまして、よく地震雲とか、あるいはUFOみたいな形の雲なので、UFOがきたとか間違えられることがあるんですけれども。メガネのレンズありますよね、そういったレンズの形をした、厚みが一定で、強風に流されたような、そういった雲が出ることがあるんです。
見ていただくとすぐ分かると思うんですけれども、そういったレンズ雲が出ている時は山の上では風が強くなっていますので、あるいはこれから風が強くなるサインになりますので、無理をしないということが重要になります」
●へ〜! 入道雲やレンズ雲が出てきたら早めに下山するなどした方がいいということですね?
「そうですね。あるいは風が強くなるところは、樹林帯から樹林がない草原状のところに出るところなんですよね。ですから樹林帯の中までは比較的安全ですので、草原に出るところで雲をもう1回チェックして、その場所の風の強さと合わせて判断していただくといいと思います」
●これから春から初夏にかけて、最も注意しておきたい山の気象の変化っていうのはありますか?
「春、特にゴールデンウィークには登山者がすごく多くなるんですけれども、ゴールデンウィークによく起きる事故として、低体温症による事故っていうのがあるんですね。低体温症っていうのは低い体温の症状と書くんですけれども、体温がどんどん下がっていく、そういう怖い症状で、熱中症の逆みたいな感じですよね。
この症状は特に、雨風が強いところを長く歩いたり、雪と風が強いところを長く歩いたりする時に、体温ってどんどん奪われていきます。で、先ほども言いましたように平地ではそれほど天気予報は悪くなかったりしても、山の上で風雨が強かったり吹雪になったり、まだゴールデンウィークだと高い山は吹雪になることがあります。
こういった時に遭難事故が多発していますので、特に低気圧が日本列島を通過していって抜けたあとに。天気図には等圧線っていう線が必ず引かれているんですね。その線が混み合っている時は日本海側の山で猛吹雪になります。そういった時に事故が多発しています。 関東地方とか平野部では晴れていても、山の上では吹雪いていることがありますので、低気圧が抜けたあとも、1日くらいは日本海側の山では吹雪になることが多くなりますから、もう1日待っていただくのがいいと思います」
山の人たちに恩返し
※本格的に登山を始めたのはいつ頃なんですか?
「私は小さい頃から田舎育ちだったんですけれども、本格的に始めたのは大学の山岳部に入部してからですね」
●どんな山を登っていたんですか?
「最初はもう訳も分からず、やはり雪山が目標ですから、雪の上を1年を通じて、春のうちから歩いていく、そういう訓練を積んでいくんですよね。ですから、いきなり谷川岳とかの雪のあるところに連れて行かれて、もう傾斜もすごくあって、怖くて降りられないんですよね。その時期の雪ってすごく固くて滑るんで、それでもう本当に怖かったのを覚えています(笑)」
●そうだったんですね! 海外にも行ってたんですか?
「そうですね。卒業してからは海外の山に興味を持ちまして、ヒマラヤですとか、アメリカのヨセミテ国立公園っていうところがありまして、そこに大きな岩壁があるんですけれども、そこに登りに行ったりとか、そういったことをやっていましたね」
●へ〜! そんな中、山岳気象予報士になろうと思ったのは何かきっかけがあったんですか?
「そうやってずっと山を登っていたんですけれども、大学時代に1回すごく大怪我をしたことがあって、その怪我がもとで慢性骨髄炎っていって完治が非常に難しい病気になって、日常生活もままならなくなったんですね。入退院をずっと繰り返して、闘病生活が5〜6年続いたんですけども、その時に、一生この病気と付き合っていかなきゃいけないので、それまでは山中心の生活を送って、登山専門の旅行会社で働いていたんですが、そういった仕事をするのはもう難しくなりましたので、こういった病気と付き合いながらやれる仕事、それまでは身体を使った仕事がメインだったんですけれど、今度は頭を使った仕事をしていかないと生きていけないっていうことになりましたので。
それで小さい頃から天気が大好きだったんですよね。私にとって他の人よりも少しでも興味があって、勝てる可能性があるものは天気かなと思って、気象予報士の勉強をして、たまたま受かってしまったので、それだったら今まで散々お世話になってきた山の人たちへの恩返しをしたいということで、山の天気予報を始めようと、そういう風に思いました」
●山岳気象予報士っていう資格があるわけではないですよね?
「これは私が最初にヒマラヤの登山隊に予報を出して、当時はですね、日本の気象予報士が出すことはなかったんで、欧米の、アメリカとかヨーロッパの気象会社がヒマラヤの登山隊に出していたんですよ。当時はまだ精度が低くて、その時にヨーロッパとかアメリカの登山隊がみんな大雪になるって(予測していた)日に、私が、“7500メートルから上は晴れます。風も弱いです。絶好の登山日和になります”って言ったのが本当に当たってしまって。
今、エベレストの登山ってすごく混んでいるんですよ。渋滞して酸素がもたなくて亡くなってしまう方もいるくらいなんですね。そんな中、本当に貸し切り状態で山頂を独り占めにできたっていうことで、それを新聞社に取り上げていただいたんですよね。記者の方が命名してくださったのが山岳気象予報士で、それで私も気に入って使わせてもらっています」
山のプロが信頼する「ヤマテン」の天気予報
※猪熊さんが設立した山専門の気象予報会社「ヤマテン」では、どんな気象予報サービスを行なっているんですか?
「いろいろやっているんですけども、メインのサービスとしては、登山者向けに日本の国内の、主要な山の山頂の天気予報を配信したりとか、そういうページを作っていまして、それを皆さんにご利用いただいて、登山のリスクを事前に察知して、安全登山に繋げていただくっていうことをやったりとか。
あるいは三浦雄一郎さんとか、竹内洋岳さんとか、野口健さんとか、そういった登山家の方に登山をする際に予報を利用していただいて、安全登山に繋げていただいたり。“世界の果てまでイッテQ!”のイモトさんにも毎回、海外の登山の時、あるいは国内の登山でも情報を利用していただいて、この日がいちばん登るのに安全だよとか、この日はちょっと大雪の可能性があるから、高所順応とか、そういったのに行かない方がいいですよとか、そういったアドバイスをさせていただいたりしていますね」
●今はなかなか山にも行けない状況ですけれども、登山の準備期間として安全に繋がる装備の見直しとかあってもいいかもしれませんね。
「昨年から山に行けない期間だからこそ、山に対しての知識を深めていったり、安全登山に対して勉強していく、いい機会なのかなと思いまして、うちの方でもですね、ヤマテンチャンネルをユーチューブで作りまして、誰でも天気について勉強できるような、そういった仕組みを作ったりしました」
●具体的にそのユーチューブではどんなことを教えてくださるんですか?
「やはりですね、天気予報だけだと登山のリスクっていうのは減らせないので、天気図を、特にヤマテンでは、先ほど申し上げた“山の天気予報”って有料サイトがあるんですけれども、そこでいろんな天気図を見ることができるんですね。その天気図をどういう風に使っていったらいいのかっていうのを詳しく解説したり、そういった動画を公開しています」
●改めて、猪熊さんが思う山のいちばんの魅力とは何でしょうか?
「難しいですね。若い頃はやはり自分の限界に挑戦できる場、自分が成長していくことが、やればやった分だけ成長していくことが分かるっていうことがありました。自分の限界への挑戦とか、危険な場所とかを登ると、アドレナリンがすごく出てきて、そういったものに対する面白さっていうのもあったんですけど(笑)、今は純粋に楽しい! っていうことと、やっぱり色んな楽しみ方ができるっていうことですね。
老若男女それぞれ、あるいは森に興味があったり、花に興味があったり、川に興味があったり、なんでもいいんですよね。どういった形でも自分が興味のあるものを深められる、そしてやっぱりその場にいると、すごく幸福感を感じるってこともありますし、山から降りてくると、すごく日常生活がハッピーに感じられるんですよ。
あと山って食べる料理とか、山で飲むお酒とかコーヒーは、本当に下界で飲んだり食べたりするものよりも遥かに美味しいんです! 極端にいうと本当にレトルト食品でもすごく美味しいって感じられるぐらいなんで、そういった何か日常にないものを感じられるっていう、そういう楽しさとか、幸福感っていうのがやっぱりあると思いますね」
INFORMATION
『山の観天望気〜雲が教えてくれる山の天気』
雲のイラストや写真も豊富に掲載されていて、とてもわかりやすく、登山が趣味のかたはもちろんですが、雲や気象に関する知識は日常生活でも役立ちます。また、落雷や強風のリスクから身を守ることにもつながるかと思います。ぜひ読んでください。ヤマケイ新書シリーズの一冊として絶賛発売中です。詳しくは山と渓谷社のサイトをご覧ください。
◎『山の観天望気〜雲が教えてくれる山の天気』HP:
https://www.yamakei.co.jp/products/2820510720.html
◎ヤマテンチャンネルHP:
https://www.youtube.com/channel/UCdl4pfoWmvUCUc3K8CwqNLA/featured
『山の観天望気〜雲が教えてくれる山の天気』を、この番組のリスナーのかたに、抽選で3名さまにプレゼントいたします。
応募はメールでお願いします。件名に「本のプレゼント希望」と書いて、番組までお送りください。メールアドレスは flint@bayfm.co.jp です。
あなたの住所、氏名、職業、電話番号を忘れずに。番組を聴いての感想なども書いてくださると嬉しいです。応募の締め切りは3月26日(金)。当選発表は発送をもって代えさせていただきます。たくさんのご応募、お待ちしています。
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