2022/9/18 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、フリーライターで写真家の「山本高樹」さんです。
山本さんは1969年、岡山生まれ。出版社勤務と海外を巡る旅のあと、2001年からフリーランスとして活動、2007年からはインド北部の山岳地帯、標高3500メートルの地に広がるチベット文化圏「ラダック」地方を長期取材。
その後もラダックの取材をライフワークとし、現地の人たちやその土地の気候風土と向き合い、丁寧な取材をもとに文章を書き、本として出版されています。そして2020年に出版した『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』が第6回「斎藤茂太賞」を受賞。
そんな「山本」さんが3年ぶりにインド北部を訪れ、先頃帰国されたということで、改めて番組にお迎えすることになりました。
きょうは最新版のラダックの旅、そして先頃出された本『旅は旨くて、時々苦い』から世界の旅で出会った「食」のお話をうかがいます。
☆写真:山本高樹
インド北部、へき地をまわるひとり旅
※山本さんはこの夏に、次に出版する本の取材のためにインド北部を訪れています。3年ぶりの海外ということで、最初は英語のフレーズがすぐに出てこなかったり、荷造りに手間取ったりと、勘が戻らなかったそうですよ。
今回訪れたのは、山本さんのメイン・フィールド、インド北部のラダック地方ということなんですが、日本から目的地まで、どうやって行ったんですか?
「僕が取材した範囲に関しては、インドの首都デリーまで日本から直行便が飛んでいますので、それに乗って行きました。
デリーからラダック地方の中心地になるレイという町までは、飛行機で1時間ちょっとで飛ぶので、往路は飛行機でそこまで行って、そのあとはひたすら1ヶ月半ぐらいずーっと車だったりバスだったり、陸路でだいたい1800キロぐらい移動しました。平坦な道は最後の300キロぐらいしかなくて(苦笑)、あとはずっと悪路でしたね」
●えぇ〜、そうなんですか。タフな旅でしたね。
「そうでしたね。トレッキングはしなかったので、そういう意味では体力は使わなかったんですけど、ずーっと悪路で揺られている状態だったので、別の意味で体力を使う旅だったのかなと思います」
●行かれたのは8月ですか?
「7月の中旬から8月の下旬ぐらいまで、1ヶ月半ぐらいという感じです」
●その頃のインド北部はどんな気候なんですか?
「僕が行った地域は、ほとんど標高が3500メートル以上の富士山ぐらいの標高のところが多くて、日差しは強くて暑いんですけれども、夜は涼しくてクーラーとか全然なくても眠れるような、乾燥してすっきりした気候ですね」
●今回もやっぱり、へき地を巡る旅っていう感じだったんでしょうか?
「そうですね(笑)。本当にへき地ばっかり。ただ、行き慣れている場所ではあるので、新鮮な驚きを持つ旅というよりは、どっちかというと帰省したみたいな感じの(笑)、久しぶりに戻ったなみたいな感じの旅でしたね」
●どのあたりを重点的にまわられたんですか?
「本のための取材という目的があったので、陸路で少しずつ移動しながら、行く先々を少しずつ、町や村の調査をしながらまわってましたね」
●今回もおひとりで行かれたんですか?
「そうですね。僕は職業がライターで、写真も撮る人間なんですね。人件費を余分にかけられないので、写真が撮れなかったらカメラマンさんをお願いするんですけど、僕は自分で撮れるので、より予算を節約するためにひとりで行くというパターンです。どんな仕事でもひとりで取材に行っていますね」
忘れられない衝撃の味
※へき地の旅は体力を維持するためにも、特に食事が大事になってくると思いますが、今回の旅で美味しいものとの出会いはありましたか?
「まわっている中で、スピティというチベット文化圏の、標高4000メートルぐらいのところにあるデムルという村に行ったんですけれども、そこに10年以上前から友達の実家があって、彼の家に泊めてもらったんです。
昔も食べさせてもらったんですけども・・・その村はたくさん牛を飼っていて、新鮮なミルクでヨーグルトやバター、チーズとか作るんですね。そこで朝ごはんにパンに付けて食べたバターやヨーグルトがすっごいフレッシュで、忘れられない衝撃の味で、本当に美味しいんですよ!
標高4000メートルの青い草しか食べていない、牛から採った牛乳で作ったバターとかヨーグルトなので、混じりっけなしのスッキリとした味なんですよ。10年ぶりぐらいに食べさせてもらって、やっぱり感動しましたね」
●いいですね〜。今回そのお友達のおうちにずっと泊まっていたんですか?
「その家に泊まっていたのは、3日間ぐらいでした。たまたま彼と連絡がとれて、行っていい? って言ったら、ちょうど今町まで車で来ているから乗っけてってあげるよって言われて、(彼の家まで連れて行ってもらって)泊まったんです」
●本当にそういうフランクな感じで旅をされているんですね。
「行く先々で知り合いの馴染みの宿のおうちに泊めてもらったりとか、友達が車を出してあげるよって言って、乗っけていってもらったりとか、その友達のやっている宿に泊めてもらったりとか、そのパターンがすごく多いですね」
●今回の旅で印象的な出来事ってありましたか?
「その友達の家に泊めてもらった時に、スピティのデムルという村に滞在している最中に、その村で夏の終わりに収穫祭をやるんですけれども、その儀式に立ち合わせてもらったのがすごく印象的でした。
あまり詳しくは話せないんですけれども、まだマル秘の部分があるので・・・(笑)、すごくいい体験をさせてもらって、いい写真を撮らせてもらって・・・それもたまたま呼んでもらって、たまたまその場に居合わせて、たまたま天気がよくってっていうパターンだったので、本当に運がよかったなと思います」
●次回の本を楽しみにしていますね! 今回の旅を通してインドやラダックの方々に対する思いとか、何か変化はありましたか?
「いや〜どうなんですかね〜。3年ぶりぐらいに行ったので、みんな感動の再会をしてくれると思ったんですけど、全然普通でなんにもなかったです(笑)。あ〜また来たの、みたいな感じで、当たり前のように扱われて、全然なにもなかったですね(笑)」
●ある意味いいですね。家族のような感じでね!
「まったくなんにも・・・親戚に久しぶりに会ったぐらいの感じです(笑)」
旅の記憶は、味の記憶に結びつく
●山本さんは先頃『旅は旨くて、時々苦い』という本を出されました。私も読ませていただいたんですけれども、「人は旅に出るとそのうちのかなりの時間を食べるという行為のために費やす」と書かれていましたね。それぞれの国で出会った「食」と共に、様々な思い出が綴られていて、情景をすごくイメージしながら、一緒に旅をしている気分になれました。
「ありがとうございます!」
●今回、「食」を切り口にした本を出そうと思ったのは、どうしてなんですか?
「もともと僕30年ぐらい前から、あっちこっち旅を繰り返してきていて、その度にまめに日記とか書いていたので、ノートは全部手元にあるんですね。そういう旅の話を、いつか振り返って書く機会があればいいなと思っていたんです。
すごく雑多な記憶の集積だったので、何をどうまとめていいのかみたいなところで考えていたんですけれども、ある時、あ! 食べたことの味の記憶っていうのは、意外とその時、経験した旅の記憶と結びついてよく覚えているなと。
やっぱり味覚って結構、五感全部を使って感じるものなので、そうやって自分の記憶に深く結ぶついた状態で保存されているんじゃないかなと思って、味の記憶を手がかりに記憶を振り返っていくと、たくさん思い出されることがありました。そういうのをまとめていくと、どうなるんだろうと思いついて書き始めたのが、今回の本のきっかけですね」
●確かに旅先での食事は、ただ空腹を満たすだけじゃない何かがありますよね?
「そうですよね。成功する時もあれば、あまりうまくいかないこともあったりとか(笑)、こんなはずじゃなかったものが出てきたりとかしますよね」
●それも思い出になりますよね。
「そうですよね。よく覚えていたりとか・・・あとトラブルにあってすごく困っている時に食べた物ってよく覚えているじゃないですか」
●確かににそうですね。
「逆に誰かに助けてもらった時に食べさせてもらった物もすごくよく覚えているし、そういう物ってずーっと思い続けていくと思うんですよね。そういうのを手がかりに本を、文章を書いてみたらどうだろうって思ったのが、この本のスタートラインだったというところです」
ドイツの安いパンと、ラダックのコーヒー
※この本に載っているエピソードから、いくつかお聞きしますね。「スーパーでいちばん安いパンとベルリンの壁」という記事がありましたが、これはどんなお話なんですか?
「これはひとつふたつ前の話から始まるんですけど、中国を旅したあとに、同じ最初の海外旅行の時に、北京からモスクワまでシベリア鉄道に乗ったんですね。
その時にたまたま同じコンパートメントになったドイツ人の若者がいて、僕とほぼ同じ歳ぐらいの人で、僕がベルリンに行くと言うと、彼がベルリンに来たらうちの大学の学生寮に泊めてあげるよって、夏休みだから空いている部屋あるから来い来い、って言ってくれて、僕はバカ正直に本当に行ったんです。
住所を頼りに出かけて行って、彼のところに1週間ぐらい泊めてもらって、居候させてもらった時の話を書いたんですけれども、今考えると、すごいなと(笑)、無茶やっているなと思うんですけどね。
その時に彼の住んでいた学生寮のすぐ近くにスーパーマーケットがあって、彼に案内してもらって、毎朝、朝ご飯に食べるパンとか、間に挟むハムとかをそこで買っていたんです。彼がいちばん安いパンがいちばん美味いぞ! って言ってくれて、確かにいちばん美味しかったんですね(笑)。
ドイツなのでパンがとても美味しくて、しかもいろんな種類のパンがスーパーに山積みになっていて、店の中にパンの焼きたての香りがふわ〜っと漂っているんです。その中でいちばん安いパンを3つ4つ買って、持って帰って半分に切って、サワークリームを塗ったりハムを挟んだり、みたいな形で食べていたっていうのを思い出して・・・」
●いいですよね〜。
「そういう話はやっぱりよく覚えているんですよね。あの時に食べたパン、美味かったなぁ〜みたいな感じで、なんか似たような匂いとか嗅ぐと、あ! あの時のあれ! みたいな感じで思い出したりとか、そういうことありますよね」
●そうですよね。記憶が蘇ってきますよね〜。あと「スノーキャップ・カプチーノと勉強の日々」、こちらはインドのお話でしたけれども・・・。
「そうですね。今年の夏も行ったラダックという場所での話なんです。僕は2007年から1年半くらい足掛け、時間をかけて、ラダックで長期取材をしていた時期があって、それはラダックについて本を書こうと思い立ったからなんですけれども、そのためには現地の言葉を学ばなければということで・・・」
●ラダック語、ですよね?
「チベット語の方言で、チベット語とも少し発音が違うんですけれども、とにかく学ぶしかないと。ちょっとでも現地の人に近づきたいなと思って・・・やっぱり現地語を喋れると現地の人の心のハードルも下がるので、なんとかしてそういう技術を身につけたいと思っていました。
時間だけはあったので、取材に行かない時に、町にいる時にはずっと勉強していたんです。その時によく通っていたお店の、当時はまともなコーヒーを出してくれる店が、そのレイという町にはあまりなくて、貴重なカフェインを摂取しながら、勉強していた時期を思い出しながら書いた文章ですね」
●「砂漠に降る恵みの雨のような存在」っていうふうに本に書かれていましたね。
「お店の名前が「Dessert Rain Café(デザートレインカフェ)」という名前だったんですね。もう今は閉店してしまったんですけど、あの頃あのお店の中で涼しい風に吹かれながら勉強していた日々を今でもよく覚えています」
(編集部注:山本さん流の美味しいご飯の探し方として、行った先でぶらぶらしながら、地元の人たちが集まっているお店に入って、おじさんたちが食べているものを注文するそうです。ほかにも宿のおかみさんが作ってくれる「おうちごはん」的なものがいいとのことでした。つまり土地の人が食べているものが、いちばん美味しいということなんですね)
※今まで旅先で食べたもので、強烈に印象に残っているお料理はありますか?
「またラダックで食べた物なんですけれども、トレッキングに行っている時に食べさせてもらった”トゥクパ”って言って、すいとんとか、ほうとうみたいな感じで、小麦粉を練ったものを汁で煮込んだ料理があるんですね。
ガイドしてくれた男の人がきょうはヤクの干し肉があるぞ! って言ってくれて・・・ヤクは毛長牛という、ヒマラヤの高地に住んでいる毛が長い牛なんですけど、その肉が美味しいんです。さらにそれを干し肉にしているものがあって、それをトゥクパにして煮込むと素晴らしい旨味が出て、お肉自体もホロホロに美味しくて、それはすごく美味しかったですね。
干し肉は、ラダック人でも高地に行って遊牧民と交渉して、もしあったら買ってきてくれって言われるぐらいすごくレアなものらしくて、とても美味しくいただいた記憶です」
時々いただけるご褒美
※都会で暮らしていると、食材は買ってくるもので、お腹が空けば、食べるものはすぐ手に入ります。でも山本さんが取材に行くへき地では、そうはいきませんよね。
「そうですね。まず大地を耕しタネを蒔くところから始めますからね」
●そうですよね〜。やっぱり現地では食材は育てる物、収穫する物っていう感じなんですか?
「全部が全部、もちろんそうではなくて、やっぱり近代化に伴って外部から輸入している物だったりとかもたくさんあるんですね。でもやっぱり伝統的な料理であったり、そもそも生活を支えている基盤は、農業だったり牧畜だったりしている部分が未だにたくさんあるので、その辺はすごく大事にしているというか、生活に根ざしている、生きるために働いているっていう感じがすごくあると思います」
●食べることと生きることが直結しているんだろうなっていう印象があるんですけれども、実際にいかがですか? 感じられることはありますか?
「やっぱり旅に出ると、食べることと生きることの結びつきみたいなものが、すごく解像度が上がったように感じられる部分があると思うんですよ。
路頭に迷ったら困るじゃないですか。泊まる宿が見つかんなかったり、どこかでご飯を食べようと思ったら、お店が全部閉まっていたりとか、ストライキかなんかでとか、実際にそういうことが時々あるんですね。
そういう時に、どうしようって思った時に、たまたまご飯を見つけられたりとかすると、あ〜食べる物があって良かったなってしみじみ思いますし、お腹を壊して辛い時に、だれか優しい人がお粥とか作ってくれたりすると、なんかそれもしみじみ美味しかったりしますよね。
そういう時にありがたみを感じることがあるので、やっぱり旅は僕たちが生きている、当たり前のことをわかりやすく示してくれる効能があるのかなって思いますね」
●山本さんは旅をされていて、どんな瞬間に幸せを感じますか?
「どうですかね〜。人によっていっぱいあると思うんですけど、今回に関しても自分が想像もしていなかった時にとてつもないギフトを貰える時があって、あまり詳しくは話せないんですけど・・・(笑)。
今までの旅でも、本当に奇跡なんかじゃないかと思うような瞬間に立ち会えることがあったりしたんです。それは狙って体験できるものでは、絶対ないんですけれども、ずっと現地のことを見守り続けていると、時々そういうご褒美をもらえることがあるのかなと思える時があります。
そういう自分がいただいたものを、僕は物書きであったり写真家であったりするので、ひとりでも多くの人に本という形で伝えていけたらなと思っています」
☆この他の山本高樹さんのトークもご覧下さい。
INFORMATION
30年以上、世界を旅してきた山本さんが訪問先で出会った「食」をテーマに書き上げた本です。味の記憶とともに綴られた旅の紀行文を、じっくり味わうことができますよ。ぜひ読んでください。「産業編集センター」から絶賛発売中です。
詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎「産業編集センター」HP:https://www.shc.co.jp/book/17377
本の出版を記念して、鎌倉市大船の書店「ポルべニール ブックストア」で現在、ラオス写真展と、世界の食文化フェアが開催されています。会期は10月3日まで。ぜひお出かけください。
詳しくは「ポルべニール ブックストア」のサイトをご覧ください。
◎「ポルべニール ブックストア」HP:https://www.porvenir-bookstore.com/
山本さんのオフィシャルサイト「ラダック滞在記」そして個人サイトもぜひ見てください。
◎「ラダック滞在記」HP:https://ymtk.jp/ladakh/
◎山本高樹さんの個人サイト:https://ymtk.jp/wind/