2022/10/30 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東洋大学・助教で、
キリン博士として知られる「郡司芽久(ぐんじ・めぐ)」さんです。
郡司さんは1989年、東京都生まれ。子供の頃から動物、特にキリンが大好きで、
好きな動物の研究をしたいという強い思いで大学に入学。27歳の時に、キリンの研究で念願の博士号を取得、「キリン博士」と呼ばれるようになったそうです。
そして、東京大学大学院から国立科学博物館、筑波大学を経て、現職の東洋大学・生命科学部の助教として活躍。専門は解剖学と形態学。2019年には『キリン解剖記』という本を出版、話題になりました。そして先頃、新しい本『キリンのひづめ、ヒトの指〜比べてわかる生き物の進化』を出されています。
きょうはそんな郡司さんに、知っていそうで知らないキリンの不思議や、生き物のユニークな進化のお話をうかがいます。
☆写真:郡司芽久
大発見! 8番目の首の骨!?
※郡司さんは、2016年に「キリンには8番目の首の骨がある」という論文を発表され、注目されました。改めて、これはどういうことなのか、ご説明いただけますか。
「キリンと私たち人は、同じ哺乳類というグループの仲間なんですけれども、哺乳類に含まれる動物は基本的に首の長さに関わらず、首の中にある頚椎(けいつい)っていう骨の数がみんな7個という体づくりの基本的なルールが存在しています。
キリンであっても私たち人であってもクジラであっても、首の中の頸椎という骨の数はみんな7個と、今までの研究でわかってきたんですが、色んな動物園からキリンの遺体を献体していただいて、内部の筋肉の構造であったり、骨の構造であったりっていうのを調べていくと、確かにキリンは頚椎という骨の数は7個なんだけれども、実はほかの動物ではほとんど動かない胸椎(きょうつい)という胸の骨がよく動いていて、それによって7個の頚椎と、あとひとつ胸の骨がグニグニ動くことによって、頭の位置とか首の位置を動かしているんだということが明らかになりました。
その胸の骨が、あたかも8番目の首の骨みたいにふるまっている、動いているんじゃないかということで、これまでキリンは私たちと同じような首の骨格の構造をしていると考えられてきたけれども、やっぱり首が長くなって柔軟に動くようになるのに関連した、構造の変化が存在するんじゃないかということが明らかになりました」
●大発見ですよね!?
「そうですかね〜(笑)」
●専門は解剖学なんですよね?
「はい、そうです」
●病理解剖とは違うってことでしょうか?
「そうですね。病理解剖は一般的になぜ亡くなってしまったのかっていう、いわゆる死因を調べるために行なうものです。多くの方がたぶん解剖と聞いてイメージされるのは、この病理解剖かなと思うんです。
私が行なっている解剖はなんで死んでしまったのか、というよりも、それぞれの動物の体の構造がどんなふうになっているのかを調べて、いろんな動物の体の構造を比較することで、動物が進化の過程で体の構造をどんなふうに変化させてきたのか、その進化のプロセスみたいなものを明らかにしていくことをやっています」
(編集部注:解剖といっても郡司さんが取り組んでいらっしゃるのは、比較解剖学というものなんですね。
郡司さんは、全国の動物園から、亡くなったキリンを献体という形で託され、解剖するそうです。キリンに限らず、動物の亡骸は大学の研究用として、または博物館に骨格標本を展示するような教育普及用として活用されるとのこと。
郡司さんは年間3頭から5頭のキリンを解剖、これまでに46頭の解剖を行なったそうです。あんなに大きなキリンの解剖は、さぞかし大変な作業だと思ったんですけど、郡司さん曰く、キリンはスレンダーな動物なので、楽ではないけど、体のわりにそれほどではない、とのことでした)
キリンの首が長くなったのはなぜ!?
※郡司さんが先頃、出された本『キリンのひづめ、ヒトの指〜比べてわかる生き物の進化』にはご専門のキリンの研究成果も引用されています。キリンの大きな特徴というと、なんといっても長い首になりますが、これも進化なんですよね。
「そうですね。進化の結果として長い首を持つようになったという感じですね」
●首が長くなったのは、高いところにある木の葉っぱを食べるためなんですよね?
「いくつかの仮説がありまして、その仮説も本書の中でご紹介しています。なんとかのためっていう表現は、すごくわかりやすいのでよく使うんですけど、実際の進化は何か目的があって、これがしたいから、こうなるみたいなことができているわけではないんですね。
私たちも空を飛びたいから羽が欲しいなと思っても、そんなものが生えてくるわけではありませんよね。やっぱり体はそんなに自由に変化できるものではなくて、私たちの祖先に当たるような生き物から、変えられる部分がちょっとずつ変わって、今の多様な生き物が生まれてきてるんです。
キリンの場合は、例えば首が長い個体が長生きできたりだとか、子供をたくさん残せたりだとかっていう、生きていくのに有利なポイントがどうやら長い首には存在しています。それによって首が長い個体が生んだ子供は、やっぱり首が長い子が多くて、それが何世代も何世代も積み重なることで、最終的に首が長い子ばっかりになったと考えられています」
●キリンは首も長いですけど、足も長いですよね? 大人のキリンの背の高さや足の長さは大体どれぐらいなんですか?
「大人のキリンだと、オスとメスで背の高さは違うんですけど、大体4メートルから5メートルぐらいですね。 足の長さが180センチぐらいです」
●足だけで180センチ! すごいですね。体もかなり重いですよね?
「そうですね。メスのほうがやっぱり軽くて、メスで700キロぐらい、オスだと1トン近くなる子もいますね」
●首が長くて足も長いと、水を飲むのも一苦労な感じがしますけれども・・・。
「そうですね(笑)。けっこう不格好に水を飲んでいて、大変そうだなと思いますね」
●そういうのもいずれ進化していくんでしょうか?
「もともとそこまで水をたくさんは飲まない生き物だっていうことも 知られています。葉っぱとかを食べて生きているので、葉っぱの中に含まれる水分をかなり利用して、あまり水を飲まなくても大丈夫なようには、どうやら進化しているらしいんです。それでも動物園では普通に水を飲んでいるところとか、当然、野生でも見られるので、なんか大変そうだなって思いますね(笑)」
キリンは高血圧!?
※新しい本には「キリンは地球上でもっとも高血圧な生き物」とありました。これも首が長くなったことに関係があるんですよね。
「そうですね。キリンはとても首が長くて、しかも頭を高く持ち上げているので、心臓から脳までがすごく離れているんですね。 心臓は血液を送るんですけど、重力が地球上には存在しているので、重力に逆らって高いところの脳まで血液を送らなければなりません。 首が長くて高いところにある体型の進化に伴って、どんどん高血圧になって、高いところにある脳までちゃんと血液を届けられるような体になっていったと考えられています」
●キリンが高血圧は数値でいうと、どれぐらいになるんですか。
「キリンの血圧は上が250ぐらいです。だいたい人の平均的な血圧の倍ぐらいあります」
●かなり高血圧な感じがしますね。
「人間だと病院に行かなくちゃ、っていう感じですね」
●ちなみに心臓は大きいんでしょうか?
「もちろん人間に比べると大きいんですけれど、体のサイズも大きいので、あの体のサイズに対する心臓の大きさっていう意味では、そこまですごく大きいっていうわけでもないと言われています」
(編集部注:国内の動物園で飼育されているキリンは、今は意外に多くて、200頭ほど。一方、生息地のアフリカ大陸には、およそ12万頭いるそうです。
そんなキリンは長い間、1種とされてきたんですが、2016年の遺伝子解析で、4種に分類されたとそうですよ。その4種とは、キタキリン、アミメキリン、マサイキリン、そしてミナミキリン。
とはいえ、キリンが1種なのか、4種なのかは研究者の間でも意見が分かれるところで、今後の研究によって、また変わる可能性があるそうです)
キリンと人の共通点
※キリンと人では見た目も大きさもまったく違う生き物ですが、見方を変えると共通するところはありますよね。
「そうですね。先ほど紹介した首の骨はとてもいい例で、あれだけ首の長さが違うんですけど、中に入っている骨の数はキリンでも人でも一緒だったりとか・・・。あとは体の全体的な構造も大きく見ると、足の骨格であったり手の骨格は、もちろん違う部分もあるんですけど、大枠としてはかなり共通したものが存在しています」
●首の骨以外の共通点というと、どんなところになるんでしょうか。
「例えば、手足の骨格の仕組みでいうと、外から生きているキリンを眺めていると、足の真ん中あたりに関節があって、私たちの膝とは逆方向に曲がってるんですね。動物園で“キリンの膝って人間とは逆向きに曲がってるんだね”って、お母さんとお子さんでお話されてたりするんですけど、実はそこはキリンの膝じゃなくて踵(かかと)なんですね」
●踵!?
「そうなんです。実はキリンの場合は、踵が足の真ん中辺にあります。私たちも膝と踵は逆向きに折れ曲がってるんですけど、キリンの場合は、足の真ん中に踵があって膝みたいに見えるので、逆向きかなと思うんですね。でも実は踵なので、人間と同じような曲がり方をしています。
膝はもっともっと高い位置、お腹の近くに実はありまして、なので膝の曲がる向きとか、踵の曲がる向きは、骨格の構造からすると人間とよく似た、ただプロポーションは随分違うけど、中の構造はかなりよく似ている仕組みになっています」
●本には、生き物を解剖して、比較することが非常に重要だと書かれていましたけれども、やはりそれは進化を知ることにつながるっていうことですか?
「そうですね。もちろんそれもそうなんですけど、やっぱり何かを理解しようと思った時に、例えば人のことを理解しようと思った時に、人のことだけを調べていても何が人特有のことなのかっていうのは、なかなか見えてこないんですね。
これは人にしかない、これは人以外にもあるっていうのを知るためには、いろんな生き物を見比べて比較してあげて、共通するところと違うところをそれぞれはっきりさせてあげるっていう、そういった作業の果てに、人の特徴はこういうことなんだねっていうのが見えてくると思っています。なので、キリンでも人でもなんでもそうですけど、理解する時にはほかの生き物との比較がとても大事になってきます」
進化は変化、退化も進化!?
※生き物たちの進化とは、環境に適応していくのが進化なんでしょうか。退化することもありますか?
「進化って一般的にいうと、”すごくなる”みたいなイメージがたぶん多くの方が持っていらっしゃると思うんですけど、生物学 においての進化っていう言葉は”変化”とけっこう近い言葉です。
世代を超えて親から子供に引き継がれていく、変化みたいなことを進化と呼んでいます。なので一般的な言葉だと、進化と退化っていうのは反対の言葉みたいな扱いだと思うんですけど、実は学問の世界では退化も進化のひとつだと考えられています。
基本的に生物学の進化は、体の構造だったり行動だったり、様々な部分が変化して、しかもそれが親から子へと引き継がれていくような変化のことを進化と呼びます」
●生きる環境にどんどん適応していくっていうことなんですね?
「そうですね。やっぱり生きている環境でより生き長らえるというか、より子供を残すのに有利な特徴を持っている個体がたくさん生き延びる、そうすると子供にもその特徴が引き継がれていって、だんだんその特徴を持っている個体が増えていく、最終的にその特徴を持っている個体ばっかりになることが、これが大まかにいう進化のプロセスです」
●人間はまだ進化の途中なんでしょうか?
「人間もここ何千万年の間にも変化が起きていると考えられているので、やっぱりあらゆる生き物はまだ進化の途上にあると、進化の途中であるというのは言えるかなと思います。
ただ、人間の場合は環境を自分たちに合わせて、作り変えることができてしまっているので、例えば、ちょっと過ごしにくいなっていうような場所でも、建物を作ったり洋服を着たりとか・・・基本的なところで言えば、そんなことから始まって、環境のほうを自分たちに合わせることを、人間は行なっているので、これまでの生物の進化の形とは、やっぱり変わってくるかなと思います」
●何億年先も人類が存在するとして、大きな進化や変化はないかなという感じなんでしょうか?
「そうですね。姿形が全く変わるような進化が起きるかって言ったら、起こらない可能性のほうが高いのかな、というふうに思います」
一家団欒の話題になる研究!?
※郡司さんは解剖学をご専門とされていますが、ご自身にとって、解剖学とは?
「私は普段、生き物の体の中を調べているんですね。さっきの比較の話ともつながってくるんですけど、いろんな動物の体の中を調べて、それぞれの動物がどんなふうに進化してきたのかをたくさん見ていくと、そこと自分の体、人間の体を改めて見比べることにもつながってきます。
人間はこういう生き物なんだなとか、自分はこういう体なんだなっていうことを、動物を通じて改めて見返してきたっていうのが、解剖学をやっていく中で、すごく感じてきたことなんですね。
自分と向き合ったりだとか、体ってやっぱりすごいなとか、生きていて、ご飯を食べる、寝るとか、そういう日々の当たり前の活動の中にも、すごいことがいっぱい詰まってるんだなっていうのを改めて分からせてくれた学問です」
●では、最後にキリン博士として、今後やりたいことを教えてください。
「私は普段、研究をしています。みなさんが日常の一家団欒みたいな時間に、きょうこんな話を聞いたんだけどねって、話題にあげたくなるような面白い研究をしていきたいなというのが、研究者としての目標のひとつなので、今後もみなさんに面白いなとか楽しいなって思ってもらえるような発見を、たくさんできたらなと思っています」
INFORMATION
郡司さんの新しい本をぜひ読んでください。人とキリンは見た目はまったく違いますが、骨格など似ている部分に注目すると、進化の仕組みが理解しやすくなります。この本では手足、首、心臓など8つの器官を通して、いろいろな動物に刻まれた進化の不思議を垣間見ることができます。とても面白い進化の話が満載です。自分の体を知るきっかけになるかもしれません。
NHK出版から絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎NHK出版HP:https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000819172022.html
郡司さんの研究についてはオフィシャルサイトを見てください。
◎郡司芽久さんHP:https://megugunji.wixsite.com/giraffesneck