2023/2/12 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、アザラシの音声コミュニケーションを研究されている「水口大輔(みずぐち・だいすけ)」さんです。
水口さんは、石川県出身。動物の音声を使ったコミュニケーションに興味を持ち、様々な動物を研究。2016年に京都大学大学院を修了。その後、北海道区水産研究所でトドの研究、そして韓国の研究所で、歌う鳥の研究を経て、現在はPST株式会社で、ヒトの声を研究されています。
そんな水口さんが先頃『アザラシ語入門〜水中のふしぎな音に耳を澄ませて』
という本を出されました。この本にはアザラシの研究やその調査方法、そして水口さんの奮闘ぶりが記されています。
アザラシの音声と聞くと、なんとなく陸上で発している声と思うかも知れませんが、実は水中で聴こえる鳴き声のような音なんです。いったいどんな音なんでしょうか。きょうはアザラシ語ともいえる音に迫っていきたいと思います。
☆写真協力:水口大輔
水中で音を出すための器官!?
※本を読んで驚いたのが、アザラシが鳴き声のような音でコミュニケーションをとる動物だということ。海洋生物だと、クジラやシャチなどが知られていますが、アザラシもそうなんですか?
「そうですね。意外と知られていないんですけど、アザラシもそうですし、海の動物は音を使ってコミュニケーションをとるやつが多いです。
というのも、音の伝わる速さ、空気中に比べて水の中は3倍から4倍ぐらい早く音が伝わって、とても伝達の効率がいいということで、アザラシもそうですし、あとはジュゴンとかマナティみたいな哺乳類も音を使ってコミュニケーションをとっています」
●アザラシの音声の研究については、今回初めて知ったんですけれども、以前からある研究分野なんですか?
「音声の研究を広く見ると海外では昔からよくやっていました。ただまあ、基本的には野外で水中マイクを垂らして音を録るだけなので、どんな音が録れているかはわかっているんですけど、誰が鳴いているか、どんなふうに鳴いているかが観察できていないので、結局は謎が多いままですね。
それで私は直接、目でアザラシを見ることができる水族館で音声の研究を始めることにしました」
●水口さんがアザラシを研究するようになったのは、何かきっかけがあったんですか?
「実は私、最初からアザラシの研究をしていたわけではなくて、もともとダニの研究をしていたんです」
●ダニ!? へぇ〜!
「ネズミとかモグラとかコウモリに付いているダニの研究をしていたんですけど、その時にお世話になっていた哺乳類の研究者の先生が、アザラシの研究もされていて、解剖でアザラシの体をさばいて、どんな仕組みかを調べている方でした。
その方に今回のテーマの、クラカケアザラシの体の中のことを聞いたんですね。空気嚢(くうきのう)っていうアザラシがおそらく音を出す時に使っているであろう器官の話を聞いて、そんな面白い体の仕組みがあるんだと思って、じゃあ実際どんな音を出しているんだろうとか、そもそも誰が鳴いているんだろう、みたいなことを調べたくなって、ダニからアザラシに変えて研究しました」
●そうだったんですね〜。素朴な疑問なんですけど、アザラシはどうやって音を出すんですか?
「実はまだはっきりわかっていないんです。声帯はもちろんあって、空気中では声帯で声を出すんですけど、水の中で果たしてアザラシが何を使って音を出しているかって、実はわかってないんですよね。
さっき言ったように空気嚢っていう、体の中に空気の袋があるクラカケアザラシだったり、アゴヒゲアザラシも肺の近くというか、首の部分がぷくっと風船みたいにふくれるんですね。おそらく水の中で音を出すために特殊な体の仕組みがあって、それを使って音を出していると思われているんですが、誰もちゃんと調べていないんです」
●研究がまだまだこれからっていうことですね。
「そうですね」
アザラシは耳たぶで見分ける!?
※アザラシの音声に関する研究についてお話をうかがう前に、改めてアザラシとはどんな生き物なのか、教えていただきたいのですが、世界には何種類ほどいるんですか?
「世界で18種類か19種類いると言われています」
●日本では何種類くらいですか?
「日本で見られるのは5種類ですね」
●どんなアザラシなんですか?
「今回、本にも登場するワモンアザラシ、アゴヒゲアザラシ、クラカケアザラシの3種類に加えて、水族館でもおなじみのゴマフアザラシと、ゼニガタアザラシの全部で5種類ですね」
●それぞれどんな特徴があるんですか?
「そうですね・・・5種類の中でゼニガタアザラシだけは北海道に定住している種類になります。あとの4種類については、流氷が来る時期に合わせて、北のほうから南に下ってくるような種類ですね」
●群れで生活する生き物なんですか? それとも単独なんですか?
「どちらかというと基本的には単独性の強い動物ですね。集団で移動する種類もいるにはいるんですけど、例えば協力して餌をとるみたいな、そういう群れでの行動はしないと言われています」
●その餌となるのは魚ですか?
「これも結構いろいろで、もちろん魚も含まれますし、あとは頭足類(とうそくるい)といってタコとか、あとはちっちゃい生き物でオキアミとかですね。小さいものも獲って食べている種類もいます」
●似たような海洋生物と言えば、アシカとかオットセイがいますが、それらと違ってアザラシの大きな特徴は、どんなところですか?
「アザラシはアザラシ科っていう分類になって、アシカとオットセイについてはアシカ科という別のグループになっています」
●なんか似ていますけどね?
「みんな鰭足類(ひれあしるい)、鰭脚類(ききゃくるい)という言い方をします。同じグループの中にはいるんですけど、その中で別れています。
アザラシについては、いちばん見た目のわかりやすい特徴は耳たぶですね。アザラシの場合は耳たぶがない、その見た目でアシカとアザラシの区別がつきます」
●耳たぶがないけど、耳はあるんですよね?
「耳は、穴だけ空いているって感じになるんです。アザラシのほうが水の中での生活に、より適用していますので、体が丸くなっていて、あまり陸上で動くのは得意じゃないですね。なので、水族館で芋虫みたいに動いているやつはアザラシです」
●確かにそのイメージはありますね(笑)
アザラシの不思議な音声
※水口さんの本はおもにワモンアザラシ、クラカケアザラシ、そしてアゴヒゲアザラシ、この3種類の研究について書かれています。
調査方法としては、船に乗って知床半島沖で野生のアザラシの調査もされていますが、多くは北海道「おたる水族館」で飼育されているアザラシに密着して得られた成果が記されています。
アザラシの鳴き声は、水中マイクで録音するわけですが、好奇心旺盛なアザラシがマイクをかじったりするので、防御するために塩ビのパイプでマイクを覆ったりと、いろいろ工夫してやっと録音できるようになったそうです。
とはいえ、いつアザラシが鳴くかわからず、最初は極寒の中、四六時中、飼育されている水槽に密着。その甲斐あって、夜から朝方によく鳴く、繁殖期にオスからメスにアピールするために鳴く、そしてオス同士の縄張り争いで鳴くことがわかってきたそうですよ。
そして今回、根気強い調査で水口さんが録音することに成功したワモンアザラシ、クラカケアザラシ、そしてアゴヒゲアザラシの、貴重な鳴き声のデータをお持ちいただきました。ひとつのデータは数秒ほどなので、何回か繰り返しています。
まずは、ワモンアザラシです。
(※放送ではここで、ワモンアザラシの鳴き声をオンエア)
●これがワモンアザラシ?
「はい、そうなんです」
●これはどんな状況で、どこで録られたんですか?
「これは水族館で録った音なんですけど、メスの若い個体(アザラシ)が、ちょっと大人のオスにちょっかいを出した時に攻撃されまして、その時に逃げながら、やめてくれっていう感じで出している音ですね」
●なんでやめてくれってわかるんですか?
「噛まれたりとか追っかけられたりしている時に、後ろにのけぞってというか、逃げている時にしか出さない音なんですね」
●音を出しているのはメスなんですね?
「はい、でもこれは性別は関係なくて、オスでも出している音ですし、また野外でも北極の海でも全く同じ音声が録られています」
●へぇ〜〜、ワモンアザラシはどんな特徴があるんですか?
「アザラシの中ではかなり小型の種類になります。北極のほうの海にいるんですけど、産室といって分厚い氷の中で捕食者から隠れて子育てをするというか、とにかく分厚い氷のエリアに棲むアザラシなんです。
呼吸をするための穴、哺乳類なのでちゃんと陸上で息をしなきゃいけないんですけど、そういう呼吸穴の数がすごく少ないんで、その呼吸穴の周りにアザラシが集まると、呼吸穴を巡って攻防があるというか戦わなきゃいけないと・・・自分が息をするための場所を守らないといけないので、ほかの種類と比べると、私の個人的な印象としては喧嘩っ早いと・・・」
●面白い!
「そういうことで、さっき聴いてもらったような、逃げる時に出る音声がすごくたくさん録音できます」
●そうなんですね。アザラシの中でもちょっと喧嘩っ早いのがワモンアザラシ! 覚えておきます。
「もしかしたらアザラシのファンの方からすると、いやっ! そんなことはない! って言われるかも知れませんが、愛らしい見た目のアザラシです」
※続いて、クラカケアザラシを聴いてみました。
(※放送ではここで、クラカケアザラシの鳴き声をオンエア)
●ええっ! これもアザラシですか?
「これ、クラカケアザラシの音声ですね」
●テレビとか映画の効果音みたいな感じですけど、これはどういう状況だったんですか?
「クラカケアザラシがいちばん観察されていない種類で、本当にどういう時に鳴いているのかって全くわからない種類なんですよね。
水族館でも2年間ぐらいクラカケアザラシの音を録り続けていたんですが、結局一回も鳴かなくて・・・だから今、聴いていただいた音声は知床で録った音なので、どういう時に鳴いているかはわからず、音だけが繁殖期に聴こえたことになります」
※続いて、同じクラカケアザラシなんですが、前半と後半では微妙に音が違います。
(※放送ではここで、前半にクラカケアザラシの鳴き声・ベーリング海編。後半にクラカケアザラシの鳴き声・知床編をオンエア)
「2種類聴いていただいたんですけど、前半がベーリング海っていう北のほうの海で録ったクラカケアザラシの音ですね。後半が先ほども聴いていただいた知床の音なんですけど、明らかに2種類の音が違っているんですよね。
同じクラカケアザラシなんですけど、地域によって音が違う、方言みたいなものがあるということがわかりました」
●アザラシの世界にも方言があるんですね! オス、メスで鳴き方が違うとかはあるんですか?
「それが知りたいんですけど、まだ鳴いている姿を誰も一度も見たことがないので、オスが鳴いているのかメスが鳴いているかもわからないんですね」
オスとメスがデュエット!?
※続いては、アゴヒゲアザラシの音声データを聴いてみました。
(※放送ではここでアゴヒゲアザラシの鳴き声をオンエア)
●これ、アザラシですか?
「さっきと全然違うんですけど、これは北極海で録ったアゴヒゲアザラシの音になります」
●なんか花火のような音でもありますし、お化けが出てくるような、怪談の話で使われる効果音のような気もしますし、いろんな音に聴こえますね。
「これ、すごく長くて1分以上続くような音になります」
●アゴヒゲアザラシは、ワモンアザラシとは全然違う鳴き声というか、ピロピロピロ〜という音ですけど、これはどんな状況で録った音なんですか?
「これは北極海で録った音です。先ほども言った通り、観察が難しいので、実際どんな時に鳴いているかはわかってないんですよね。おそらくオスが鳴いていて、自分の縄張りを保持するため、示すためとか、メスへアピールするために使っているのかなと思われるんですが、野生ではなかなかそれがわからないですね」
●水中でこういう鳴き声を出しているんですよね?
「はい、そうですね」
●こういう音が聴こえるんですね?
「はい、マイクを垂らすと、そこかしこでこういう音が聴こえます」
●アゴヒゲアザラシの生態とか習性には、どういった特徴があるんですか?
「アゴヒアザラシに関しては、これも個人的な印象ですが、ものすごくおっとりしているというか、繁殖期以外は複数頭、水族館にいたりしても、全然お互い干渉しないというか、のんびりマイペースなんですね。
それが繁殖の時期になると急に一変しまして、オスは一生懸命一日中鳴いて、メスも決まった時期だけなんですけど、オスの歌に、オスの音に対して、返事をするような感じで鳴き返すような行動も見られています」
●オスとメスで鳴き方が違うとかは特にないんですか?
「オスだけに特有な音とか、メスだけに特有な音っていうのもあります」
●アゴヒゲアザラシは、オスとメスでデュエットすることがわかったそうですね。
「そうなんです。その音声があります」
●じゃあ、ここでちょっと聴いてみましょう。
「オスとメスが同時に鳴いている音です」
(※放送ではここで、アゴヒゲアザラシのオスとメスのデュエットをオンエア)
●あ〜〜!
「これが今2頭同時に(鳴いています)」
●綺麗にハモってますね! これは意気投合してハモろうぜみたいな、デュエットしようぜ、みたいな感じなんですか?
「そうですね〜そうかなと思うんですけど、なかなかそこはアザラシに聞いてみないとわからないところではあるんですが・・・(笑)、こんな感じで鳴いています」
●すごい! お互いわかってやっているんですよね?
「そうですね。わかっているっていうのはなかなか難しいんですけど、少なくともタイミングを合わせて、あまり無駄に被らないというか・・・基本的には交互にオス、メスと順番に鳴いて、時々息をぴったり合わせてオスとメスが同時に鳴く、そういうようなことをやっています」
水族館で鳴き声を聴くには!?
※アザラシの音声を研究されてきて、今どんなことを感じていらっしゃいますか?
「いちばんはやっぱり未だによくわからんな〜というのが、正直なところなんですけれども(笑)、音のヴァリエーションがとっても面白いですし、今誰が鳴いているか、いつ鳴いているか、どんなふうに鳴いているかが、水族館でようやくわかってきたところなんですね。
ここからまだまだやりたいことがたくさんあるので、新しくいろんなことがわかっていけばいいなと、やりたいことがもっとたくさんあるなという印象です」
●具体的にどんなことを今後、解き明かしていきたいですか?
「先ほどもおっしゃっていただいたように、繁殖期に相手を探すための音っていうのが通説なんですけど、それだと説明がつかないことが結構あってですね。実は野生で録られている音は繁殖期だけではなくて、全然繁殖期に関係ない時期にもアザラシがたくさん鳴いていることが最近わかってきています。
そうすると結局、果たしてなんで単独で、別に群れで生活するわけでもないのに繁殖にも関係ない時期に鳴くのか、繁殖期じゃない時の音の役割みたいなことがすごく気になるところかなと思います」
●へぇ〜〜不思議ですね、確かに。ぜひ解き明かしてください!
「はい!」
●アザラシが飼育されている水族館はすごく多いと思うんですけれども、今後水族館を訪れるかたに、アザラシのこんなところに注目するといいよ! というアドバイスがあれば、ぜひ教えてください。
「はい、注目よりも何よりも、まずアザラシはほとんど基本的にはゴロゴロしているという・・・(笑)」
●そのイメージあります!
「寝ているイメージがあるかなと思うんですよね。確かにそうで、かなりの時間、寝ているんですけど、意外とじっと待っていると、水の中に入っていろんな面白い行動を見せてくれることがあります。
なので、まず第一に待つことですね(笑)。じっくりと待っていただくと、アザラシの面白い行動が見られるんじゃないかなと思います」
●音声は発してくれないですよね?
「種類によっては一年中出している音もありますので、ねばっていると聴けるかもしれないです」
●ねばることが大事!
「はい(笑)」
●ありがとうございました。
(編集部注:アザラシに会いたくなったな〜というかた、首都圏では、鴨川シーワルドがおすすめですと、水口さんはおっしゃっていました。現在はワモンアザラシ、ゴマフアザラシ、アゴヒゲアザラシ、そしてゼニガタアザラシの4種を飼育しているので、ねばっていれば、水中で発する音を聴けるかもしれませんね)
INFORMATION
アザラシの研究成果やその調査方法など、興味深い話が満載です。なにより水族館に通い詰めて「アザラシ語」の解明に挑んだ水口さんの奮闘ぶりに研究者魂を感じました。面白いです! QRコードからアザラシの声を聴くことができますよ。ぜひチェックしてください。
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