2023/4/16 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、おもにウミガメやクジラなどの海洋動物を研究されている「きのした・ちひろ」さんです。
きのしたさんは岡山県生まれ。子供の頃から生き物が大好きで、虫や魚をつかまえて、おうちで飼ったり、動物園や水族館に行くのが大好きだったそうです。そして東京大学大学院から東京大学・大気海洋研究所を経て、2022年から名城大学に特別研究員として在籍されています。
専門は、生き物の行動を、繁殖の視点で研究する「行動生態学」、そして水中に潜る動物の体内で、何が起こっているのかを明らかにする「潜水生理学」ということで、おもにウミガメや海鳥を研究。その一方でイラストレーターとしても活動されています。
きょうはそんなきのしたさんに、生き物の不思議で面白い行動や生態についてうかがいます。
☆写真&イラストレーション協力:きのしたちひろ
「バイオロギング」という手法でウミガメを研究
※実はこの番組できのしたさんを知ったのは、葛西臨海水族園のイベント情報で、「ウミガメの研究者で、イラストレーター」と紹介されていて、ぜひお話をうかがいたいと思ったからなんです。
きのしたさんのおもな研究対象がウミガメなんですよね。どんな研究をされているんですか?
「私は野生のウミガメの、海の中の行動や生態について8年間ほど研究しています。特にアカウミガメという種類のウミガメを対象としているんですけど、ウミガメはマッコウクジラなどと同じように肺呼吸動物であるにもかかわらず、数時間、息をこらえて潜ることができます。
潜ってそこで何をしているのか、あるいは体の中はどうなっているのかっていうことについて興味を持って調べています」
●水族館では水槽の中を泳ぐウミガメを観察できますけれども、海を広く泳ぎ回って潜ったりするウミガメはどんな方法で研究するんですか?
「(海を)広く泳ぎ回るウミガメたちを、生身の人間が追うのは非常に難しいっていうか無理なので、私たちのチームはウミガメにできるだけ負担にならないような、小型の機械でカメラが付いた、深度とか泳ぐ速度が分かるような装置、データロガーって言われるものなんですけど、これを取り付けて、海の中の行動を追うバイオロギングと呼ばれる手法を使って研究をしています」
●バイオロギング!? その研究方法からどんなことが分かってきたんですか?
「本当にたくさんあるんですね。例えば、私たちはずっと岩手県でウミガメの研究をしているんですけど、そこに来るアカウミガメは結構広い範囲を泳ぐんです。日付変更線を越えるぐらいまで泳いで行ったりとか。
あるいは、ウミガメは暖かいところにいるイメージがあると思うんですけど、移動経路を見てみると、北方領土の歯舞諸島とかあの辺まで泳いで行っている個体もいることが分かりました。今まで想像していたのより広いなっていうことが分かりましたね(笑)」
(編集部注:きのしたさんによれば、ウミガメは日本にはアカウミガメ、アオウミガメ、ヒメウミガメ、オサガメ、タイマイの5種とアオウミガメの亜種としてクロウミガメが生息しているそうです。ちなみに、千葉県はアカウミガメの産卵の北限にあたり、一宮あたりの砂浜で産卵することがあるそうですよ)
論文のエッセンスをイラストに
きのしたさんが先ごろ出された本『生き物「なんで?」行動ノート』を拝見させていただきました。論文で発表されているような内容が元ネタになっているんですね。本には昆虫、魚、鳥、哺乳類など生き物全般の、その行動の理由などがイラストと手書きの文字でとても分かりやすく載っていましたけれども、これだけ多くのネタを集めるのは、すごく大変だったんじゃないですか?
「全部で52個プラス、細々としたコラムが8〜9個くらいあるんですけど、ネタ集めに関しては、学会に参加してすごく面白いと思った話とか、あるいは専門書を読んだりとか、あとは学術雑誌のサイトがあるので、そういったものを行ったり来たりしている間に自然に集まったのかなという気がします(笑)」
●そもそもこの本を出そうと思ったきっかけは、何かあったんですか?
「生き物の不思議とか面白さを取り上げた本は結構あるんですけど、その生き物の不思議がどうやって明らかにされていくのかっていう、そのプロセスに注目した本があまりないなっていうか、多分当時ほとんどなかったと思うんです。
そういったものを解説するのに、学術論文の流れというのが非常にいいのかなと思っていて、それらのエッセンスだけを抽出して、全部イラストにしてみたら、もしかしたら子供から大人まで楽しめるんじゃないかなっていうので、思い切ってやってみた感じです」
ザトウクジラの「トラップ・フィーディング」!?
※それでは、きのしたさんの本『生きもの「なんで?」行動ノート』から、面白い生き物の生態を、いくつか解説していただきましょう。
まずは「あせった魚をだますザトウクジラ 」、これはザトウクジラのフィーディング、つまり、どうやって獲物をとって食事をするか、なんですが・・・説明していただけますか?
「ザトウクジラは世界中にいるクジラなんですけど、場所によって、いろんな餌の採り方をします。有名なのが『バブルネット・フィーディング』です。泡を出してカーテンみたいなものを作って、そこに小魚を閉じ込めて、下からまるのみして食べる、そういった食べ方が有名なんですね。
それ以外にも海底を(あごで)ねこそぎスコップみたいな感じで掘り出して、海底の生き物を食べたりとか、魚が集まっているところに突っ込んで食べたりとか、結構多彩なことをしているんですけど、実はアクティヴに動かないやり方があって・・・(笑)。
口をぼーっと開けているだけで、魚が口の中にピュンピュン入っていくみたいな・・・『トラップ・フィーディング』って言うんですけど、そういうフィーディング方法が報告されつつあります。
口を開けると何が起こっているかっていうと・・・そのトラップ・フィーリングをしている場所は、海鳥に追い込まれているような魚たちが多いんです。クジラが影になってやることによって、ここだったら海鳥から襲われない避難所だと思って、魚が勝手に(開けている口に)入ってしまう、それをクジラが食べる、そういったトラップ・フィーディングというやり方が報告されていて、面白いなと思って取り上げました」
●クジラと言えば、ヒソヒソ声で話すミナミセミクジラも本に載っていましたよね。
「そうですね。クジラは沖合にいるだけじゃなくて、割と浅瀬のほうにも寄ってくるんですね。親子で結構コミュニケーションをとっているのが、ミナミセミクジラと呼ばれるクジラなんです。コミュニケーションをとっているのは、それはそれでいいんですけど、その海域にはシャチもいて、シャチは天敵なんですよね。
見つかると本当にやばいんで、声をできるだけ、親子間ぐらいで聞こえる範囲の、すごくヒソヒソした声で、シャチにギリギリ見つからないぐらいのコミュニケーションの取り方をしているのが、面白いなと思って紹介しました」
●あんなに大きなクジラが小さく囁いているんですね。
「水中はすごく音が通ってしまうので、本当に小っちゃい声だと思います」
フルーティーな匂いでメスを誘惑!?
※きのしたさんの本『生きもの「なんで?」行動ノート』から、続いては「ワオキツネザルの魅惑の体臭」。生き物にとって、匂いは大事なんですよね。
「そうですね。ワオキツネザルが面白い動きをしているのは、結構前から言われていたんですけど、尻尾を手でこすって何をしているんだろう? っていうのをしっかりと調べた研究がありました。
手の付け根にフローラル・フルーティーの香りがする、臭腺(しゅうせん)みたいな匂いが出る腺があるんですけど、そこから匂いを出して尻尾にこすりつけて、尻尾をブンブン振ることによって、メスにアピールしているというような・・・香水をふるような感じですかね、人間で言うと・・・」
●人間の男性もアピールするためにコロンをつけたりとかしますけど、まさにそんなような感じですよね?
「はい、同じ感じだと思います。(フローラル・フルーティーは)結構いい匂いなのかな? 私も実際嗅いだことはないんですけど・・・」
●へぇ〜、嗅いでみたいですね。ほかにも本にメスのライオンの狩りの話が載っていて、得意なポジションで集団ハンティングをするんですよね?
「これも非常に面白いというか、サッカーとかラグビーのポジションみたいなのが、実はメスのライオンが狩りをするときにはあって、センターとか左右のウイングに分かれているってことが報告されている論文なんです。
獲物を追い立てる時にみんなが散りじりになるんじゃなくて、それぞれに馴染みのポジションがあって、そこにきちっとハマった時には、狩りの成功率がすごく高まることが分かったっていう研究です」
●本当にスポーツみたいですね。ポジショニングされているんですね!
「本当にそうですね。かっこいいです」
●あと本には、ぐるぐる回る海洋動物の謎というのもありましたね。海の生き物は観察が難しいと思うんですけど、どんな生き物がぐるぐる回ることがわかったんですか?
「ぐるぐる回っているのは本当に理由は謎なんです。機械みたいにぐるぐる回っている動物としては、アオウミガメ、キングペンギン、ナンキョクオットセイ、アカボウクジラ、ジンベイザメ、イタチザメっていうふうに、魚から哺乳類までバラバラで、いろいろと考察はされているんですけど、本当に謎の行動っていうことで紹介しています」
●なんで回るんですか?
「もう本当にこれは、なんで? っていうのはめちゃくちゃ難しいんですけど、(ぐるぐる回るのは)潜水艇とちょっと似ているかなと思っています。潜水艇が深海に潜っていく時に、どっちが北でどっちが南か、方位を定める時にぐるぐる回りながら補正をしていくという動きをします。
結構それに似ていて、特にアオミガメは生まれた砂浜に卵を産みに行くんですけど、方向転換が必要な要所要所でぐるぐる回っていたので、もしかしたら方向を定めるようなナビゲーションに使っているのではないかと考えているんですね。でも明らかにするのはこれからで、分からないっていうのが今の段階です」
研究とは、研究者とは
※生き物の世界は謎だらけ、だと思うんですけど、だからこそ、面白いんでしょうね。
「そうですね。例えば、夕方になると公園とかにコウモリが飛んでいると思うんですけど、一晩のうちに1000匹近く蚊を食べていて、すごい頻度だと思うんですね。そんな身のまわりで繰り広げられている生き物のドラマ、そういった行動が分かるようになってくると、散歩するだけでも非常に幸せな気持ちになるというか・・・。
あとは目の前の生き物はいろんな進化の過程があって、今ちょうどここにいるっていうわけなんですけど、例えばこれが少しでも過去のシナリオが違っていたら、全く別の状況になっていたことを妄想するだけでも、すごく楽しいし奇跡的だなと思ったりもします」
●今、研究者としていちばん明らかにしたい謎はありますか?
「動物たちは環境によって、体の中の状況をすごく柔軟に変えることが、クジラやウミガメ、そういったものを通してわかってきました。 例えば餌の少ない環境にいると、人間でもそうなんですけど、飢餓状態みたいになって、体を維持するためのカロリー量とかエネルギー量がどんどん少なくなって、調節されていくことが知られています。
こんなふうに環境変動に対して、動物がどんなふうに体の中の状況を変えていって、地球温暖化や気候変動とかに対応できるのか、対応しているのか、そういうことを今後明らかにしていきたいなと思っています」
●では、最後にこの本『生き物「なんで?」行動ノート』を通して、どのようなことを伝えたいですか?
「この本では、おっしゃっていただいた通り、生き物の行動の面白い謎をたくさん紹介しているんですけど、それに加えて研究とは何かを本の中でアピールしています。
研究者は最近、メディアとかにも出演されることが多いと思うんですけど、その研究者たちの普段の研究のプロセスとか、あとは研究者がどういう生活をしているのとか、どうやって研究者になるのとか、そういったものを良くも悪くも知ってほしいなと思って、本の中にコラムをたくさん入れています。
例えば、お子さんが突然、”僕は生き物の研究者になりたい! 目指したい!”って言ったら、多分困惑される親御さんは多いと思うんですけど、そういった親御さんにも見ていただいて、あっ、こういうものなんだっていう現状を知ってもらいたいっていう、そういうメッセージがあります」
INFORMATION
この本では、小さなアリから大きなクジラまで、いろいろな生き物のユニークな行動や不思議な生態が、可愛いイラストと手書きの文字で紹介されています。とてもわかりやすいし、楽しめますよ。おすすめです!
SBクリエイティブから絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎SBクリエイティブHP:https://www.sbcr.jp/product/4815612382/
きのしたさんのイラストレーターとしての活動などについては、オフィシャルサイトを見てくださいね。
◎きのしたちひろさんHP:https://lunlundi.com