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海底下の微生物の謎、そして人類史上初の壮大なプロジェクトに迫る!

2023/9/24 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、国立研究開発法人「海洋研究開発機構JAMSTEC」の上席研究員「稲垣史生(いながき・ふみお)」さんです。

 JAMSTECは、海洋・地球・生命に関する研究や調査を行なう国立の研究機関で、
科学調査船「ちきゅう」や有人潜水調査船「しんかい6500」、その母船となる「よこすか」などを保有しています。

 この番組ではこれまでにも、横須賀にあるJAMSTECの施設を取材したり、研究員のかたにお越しいただいて、深海に生息する生き物のお話をうかがったりしてきました。

 そして、今回お話をうかがう稲垣さんは、深い海のその下、海底下の岩盤に生きる微生物を研究されているスペシャリストで、国内外の科学に関する数々の賞を受賞、世界から注目されている研究者でいらっしゃいます。

稲垣史生さん

 稲垣さんは1972年、福島県郡山市生まれ。九州大学大学院の博士課程修了。専門は「地球微生物学」。この学問は稲垣さん曰く、地質学や地球科学と、微生物学を融合したもので、1980年代頃からアメリカを中心に広まっていったそうです。

 稲垣さんが、海底下の微生物を研究するようになったのは1994年、大学院生だった頃、図書館で手にした科学雑誌「nature」に掲載されていた論文に出会ったことがきっかけなんです。

 その論文には、それまで生き物はいないとされていた、深海の海底下、500メートルを超える地層に膨大な微生物が存在すると書かれていて、大きな衝撃を受けたそうです。この論文との偶然の出会いこそが、稲垣さんの壮大な研究の始まりだったといえます。

 当時は、そんな海底下の地層に本当に微生物がいるのかと、世界中で議論になったといいます。その後、いくつかの国際的なプロジェクトが組まれ、ようやく少しずつ海底下の生き物の正体が明らかになってきたそうです。そんな海底下の微生物の調査・研究をリードする存在が、今回お話をうかがう稲垣さんなんです。

きょうは稲垣さんが先頃出された本『DEEP LIFE 海底下生命圏』をもとに海底下の岩盤に生きる微生物や、人類史上初の科学プロジェクトのお話などをうかがいます。

☆写真協力:海洋研究開発機構(JAMSTEC)

写真協力:海洋研究開発機構(JAMSTEC)

科学調査船『ちきゅう』は、洋上の研究所!?

※海底下の調査で活躍するのが、日本が世界に誇る船『ちきゅう』だと思うんですけど、稲垣さんの新しい本に掲載されている写真を見ると、豪華客船並みですよね。どんな船なのか、教えてください。

「そうですね。科学調査船としては世界最大かつオンリーワンの船と言っても過言じゃないと思いますね。
 全長は210メートルもあります。幅は38メートルで、総トン数が56000トンということですので、確かに豪華客船並みですよね。港で『ちきゅう』の写真を撮ろうとすると、近くからでは大きすぎて、全体が撮れないぐらい大きいんですよ。 なので、少し引き気味で遠くから撮らないと『ちきゅう』のいい写真は、なかなか撮れないですね」

●写真を見ると、船の上にやぐらのような大きな塔が立っていますけれども、これは何に使うものなんでしょうか?

「掘削をするとなると、パイプをひとつひとつ繋げて降ろしていく必要があるんですね。降ろす時にパイプを縦に引き上げて、それを海底に降ろしていく、そのための設備として、やぐらが必要なんです。

 このやぐら、非常に特徴的で高さは70メートル、水面からだと110メートルぐらいあります。パイプの吊り上げとか、連結のために必要なやぐらの下、船体の真ん中にムーンプールと呼ばれる穴が開いていまして、そこからパイプを降ろしていくというような仕組みになっています」

掘削で使うドリル・ビット
掘削で使うドリル・ビット

●どれぐらい深いところの岩盤まで掘ることができるんですか?

「『ちきゅう』は、現在のスペックですと、水深2500メートルの海底から約7500メートル掘削することができます。 これはライザー掘削という特殊な、石油業界で開発されてきた技術なんですけども、それを使うと2500メートルの海底から大体7000メートルから7500メートル掘れるということなんですね。パイプの長さが1万メートルぐらいと富士山の高さの大体3倍ぐらい、そのパイプを『ちきゅう』の船上に乗せるのに、あれだけ大きな船体が必要ということなんです。

 そういった石油業界のシステムを使わない掘削のやり方というのもあって、そうすると水深が2500メートルではなくて、もっと深い、例えば日本海溝のような数千メートルの深さから掘削をすることもできると、そういうすごい能力を持っています。

 『ちきゅう』の最も大きな特色は、やはり世界トップレベルの分析施設が船の上にあるということだと思うんですね。例えば、医療用のXCTスキャンとか電子顕微鏡まで船の上にあります。掘削によって採取してきた『コア』と呼ばれる棒状の地層のサンプル、これをXCTスキャンで分析をして、どんな地層なのかを瞬時に調べることができます。本当に船上に研究室がある“洋上の研究所”みたいな感じの施設になっています」

『ちきゅう』で作業中の稲垣さん
『ちきゅう』で作業中の稲垣さん

海底下は、キッツキツでアッツアツ!?

※稲垣さんの研究には欠かせないオンリーワンの船『ちきゅう』は、正式には地球の深い部分を探査するための船ということで、「地球深部探査船(ちきゅうしんぶたんさせん)」と呼ぶそうです。
 そんな『ちきゅう』は2005年7月に就航。その後、青森県八戸沖や、高知県室戸沖の海底下の掘削を行ない、地層のサンプルを回収しています。

 そのサンプルからどんなことがわかったんでしょうか。

「いろいろなことが分かりましたよ。私たちの本当に想像を超える膨大な数の微生物細胞がいることが、まず確かめられたということですね。 そして地層のサンプルから直接DNAを抽出して、その配列を読む。例えば、PCRっていう言葉は非常に一般的になりましたよね。あのPCRの原理を使って、微量なDNAを増やして、一体そこにどんな微生物がいるのか、というのを調べたということなんです。

 そうすると、地下にいる微生物は例えば、私たちの腸内細菌であるとか、もしくは発酵食品にいる納豆菌とか乳酸菌、そういう地上のありふれた微生物とは全く違う微生物たちで、その海底下の過酷な環境で独自の進化を遂げた、海底下にしかいない固有の微生物たちだったということが分かりました。そしてそれらが非常にゆっくりと活動することで地球規模の元素循環に重要な働きをしているということが分かってきました」

写真協力:海洋研究開発機構(JAMSTEC)

●稲垣さんは深い海の底の、その下の環境を”キッツキツでアッツアツの世界”と表現されていました。そんな過酷な環境にいる微生物は、どんな生き方をしているんですか?

「過酷なんですよね〜。海底下の世界って深くなればなるほど、古い地層だし、温度や圧力もどんどん高くなっていきます。そういった中で海底下の微生物はどうやって生きているんだろうと・・・極めてゆっくりひっそりと暮らしているようなイメージかと思います。ただただそこにじっとしていて、何百万年もの間、生き長らえていると言ってもいいかもしれません。

 そもそも岩石、もしくは堆積物の世界なので、その現場に水とか栄養が地表のようにバンバン供給されているような場所ではないわけです。食べるものが少ないので、超エコなサバイバル生活をしていると、そういうような世界だと思っています」

●何かしらのエネルギー必要ですけど、どうやってエネルギーを得ているんですか?

「すごくいい質問です! 基本的には我々が住んでいる地表の世界だと、太陽光がバンバンと降り注いでいて、活発にそのエネルギー使っていますね。しかし海底下深部、深海底のさらにその下となると、太陽の光は届きませんよね。そもそもエネルギーはどこから得ているんだろうと思いますよね。

 基本的には、地下に埋没した有機物が餌なんですけれども、非常に使いやすい有機物は地表で食べ尽くされちゃっているので、なかなかそれもご飯としては食べにくい・・・そうすると、何を食べているんだろう? どうやって生きているんだろう? っていうのが大きな謎なんですね。

 最近の学説ですと、岩石と水が相互作用することによって、実は微量な水素とか電子とか、そういったものがゆっくり出てくるということがわかっています。 実は地下の微生物は、そういう岩石と水との反応に生かされているっていうか、地球に生かされているような感じで、地質学的な時間スケールで、それこそ何百万年、何千万年も生きているんじゃないかと、そういう学説もあるくらいです」

回収された地層のサンプル
回収された地層のサンプル

究極のエコシステム!?

※私たち人類は、いま温暖化など地球規模の環境問題や、エネルギー問題に直面していて、SDGsもそうですが「持続可能」という考え方が求められていると思います。海底下の微生物を研究されていて、どんなことを思いますか?

「エネルギーが豊富にある世界に我々は住んでいるわけですけれども、海底下はエネルギーが枯渇した世界と言っても過言じゃない。そうすると、その差について考えさせられますよね。

 地表の世界は、太陽光の恩恵を受けた非常にエネルギーに満ちた世界なんですけれども、そこでは我々人間を含めて熾烈な競争とか自然淘汰のような進化が起きていますよね。
 ですが、海底下の世界だと太陽光が届きませんから暗黒で、本当にわずかなエネルギーしか利用できないということになります。逆にそのような環境では微生物たちはエネルギーを使い果たしてしまうと絶滅してしまうので、それを避けようとしているように見えます。

 つまり争いをやめて、究極のサバイバルモードに入っていると・・・。その差、もしくはその仕組みから、じゃあ人間社会がどういうふうに地球環境に寄り添って今後発展していくのか、持続可能性を創出していくのか、お手本になるといいますか、感覚的に学ぶ点が非常に多いなというふうに感じています」

●確かに微生物の生き方には、いろいろヒントがありそうですね。

「そうなんですよね。究極のエコシステムと言ってもいいんじゃないかと思います。 そこから持続可能性について何がわかるのか・・・。例えば、海底下の微生物生態系はおそらくですけれども、プレートテクトニクスとか、地震や火山活動とか、そういった地球本来のシステムに寄り添った形で進化して成り立っていると思うんですよね。

 また、エネルギーを無駄にする余裕は全くありませんから、自分の体のメンテナンス、例えば、DNAとかタンパク質等々が老化とともに損傷を受けますよね。そういったものを直していくためだけの、最小限のエネルギーしか使わずに、可能な限りのリサイクルをし、長いこと生きていると、そういう世界なんだなというのが分かります」

『DEEP LIFE 海底下生命圏~生命存在の限界はどこにあるのか』

壮大なプロジェクト、マントル・アタック!?

※稲垣さんの本に、海底下の岩盤のその先にある、マントルを目指す構想があると書いてありました。どんな構想なのか、教えていただけますか。

「地球という惑星の体積の83%が『マントル』という物質でできているんですね。私たちが暮らすいわゆる地表の世界、海水とか陸の土壌とか、そういった地表の世界は、マントルの上に存在するシャボン玉の幕のような場所だとイメージしていただければいいと思います。

 で、マントルの色って何? ってよく(みなさんに)聞くと、赤いドロドロしたやつじゃないの? っていう人が多いんですけれども、実はそうじゃなくて、マントルは『ペリドット』っていう緑の宝石の成分を多く含む岩石なんですよね。ドロドロしているわけではありません。ペリドットっていう宝石や、もしくはガーネット、ダイヤモンドも含まれていると言われています。なので、宝石の世界と言ってもいいんじゃないですかね。

 そういったマントルに含まれるエネルギーが、実は地球のシステムを駆動していると言いますか、動かしている。例えば、どうして海洋が循環するのか? どうしてプレートが沈み込んで地震が起きるのか? そういったさまざまな地球の事象は、実はマントルの動きにそのヒントがあると考えられています。

 なので、地球に生命がいるという状態を、マントルが作り出していると言っても過言じゃない。だけど人類は、まだマントルに到達したことがないんですね。そのマントルそのものの実態はまだ不明の点が多いということで、マントルを目指すという構想があります」

●すでに候補の海域とかってあるんですか?

「マントルに到達するにはもちろん深く掘削をしていく、そして調査をするということが必要なんですが、マントルの上に存在する地殻の厚さが重要なんです。地殻は岩石です。もちろんマントルも岩石なんですが、地殻の岩石の厚さが重要で、陸の近くは分厚すぎて、マントルに到達するのはおそらく難しい。でも海洋であれば、地殻の厚さが比較的浅い場所がいくつかあって、マントルに到達することができるんじゃないかと考えられています。

 現在はハワイ沖、コスタリカの沖合、そしてバハカリフォルニアというカルフォルニア半島の沖合、その3地点が比較的マントルに到達するまでの距離が短いので、掘削調査の候補地点として挙げられています」

※マントルへの到達を目指す、人類史上初の国際的なプロジェクトには、日本が世界に誇る科学調査船『ちきゅう』が大活躍することになると思うんですけど、プロジェクトが進行し、実現するのはいつ頃になりそうですか?

「なかなか答えるのが難しいんですが、国際的な科学者コミュニティーが最近、白書と言いますか、意見を取りまとめた文章を公開しておりまして、そこには、2050年までに実現すべき科学目標のひとつとして、マントル掘削というのが位置付けられていると・・・。

 ですから、先ほども申したように、まずその掘削候補となっている場所の地質を調べて、そしてマントルに至る途中の岩石を掘ってみて、どういう技術的な課題を克服しなければいけないのか、そういったものを見定めた上で最終的には“マントル・アタック”をやるというように、一歩一歩前進していくことが大事だと思います」

●ワクワクしますね!

「そうですよね。そもそもハワイ沖ですと日本に近いわけですが、水深4200メートルの海底から大体6000メートルぐらい掘削するとマントルに到達すると・・・、もしくは地殻とマントルの境界を貫いて、マントル、いわゆる宝石の世界に人類が初めて届くということになるんじゃないかと、そういうふうに考えられています」

生命の起源と地球の謎に迫る!

※果たして、アッツアツのマントルに微生物はいるのでしょうか?

「マントルに生命がいるのか? って言われると、いや、いないでしょうというふうに答えるかと思うんですけども、ハワイ沖であれば、上部マントルの温度はだいたい150度ぐらいと考えられているんですね。この間、室戸沖で掘った120度の地層にも微生物はいましたから・・・いや、どうなんでしょうかね・・・その生命が存在するかとか、もしくは生命の起源の鍵となるような化学反応が起きているかどうか等々、生命に関する多くの疑問がマントル掘削によって明らかになるんじゃないでしょうか。

 もちろん地球の構造はどうなっているんだろう? とか、そもそも地球はどんな星なんだ? っていうことが明らかになるわけですから、さまざまなことが発見されると思うんですけど、生命にとっても非常に重要な科学的な問いが、マントル掘削によって満たされるんじゃないかと思います。その鍵になるのは”水”だと思っています」

●水!?

「はい、つまり生命が存在する、もしくは生命の起源となる化学反応が起きる、つまりそれは、岩石と水との反応がないと、なかなか難しいと思うんです。
 岩石の中、地球の中にどれぐらい水があるのか? というのも、実は第一級の科学的な問いになっていて、その水が供給される何らかのメカニズムがあると、低温のマントルを含めて、そこに生命が存在する可能性というのは否定はできない、それを検証したいと思いますよね」


INFORMATION

『DEEP LIFE 海底下生命圏~生命存在の限界はどこにあるのか』

『DEEP LIFE 海底下生命圏~生命存在の限界はどこにあるのか』

 稲垣さんの新しい本をぜひ読んでください。海底下の岩盤に生息する微生物研究の歴史や動向、そして最前線を知ることができますよ。なにより稲垣さんの、研究にかける熱い思いを感じます。
 講談社のブルーバックス・シリーズの一冊として絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎講談社 :https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000377075

 JAMSTECのオフィシャルサイトもぜひ見てくださいね。科学調査船「ちきゅう」の説明や写真も載っていますよ。

◎JAMSTEC :https://www.jamstec.go.jp/j/

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