毎回スペシャルなゲストをお迎えし、
自然にまつわるトークや音楽をお送りする1時間。

生き物の不思議から、地球規模の環境問題まで
幅広く取り上げご紹介しています。

~2020年3月放送分までのサイトはこちら

Every Sun. 20:00~20:54

「人類学」入門〜ボルネオ島の狩猟民プナンから「人間」が見えてくる!?

2023/10/8 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、立教大学・異文化コミュニケーション学部の教授で、人類学者の「奥野克巳(おくの・かつみ)」さんです。

 奥野さんは1962年生まれ。高校生の頃の、将来の夢は日本脱出、ということで大学に進学後、メキシコ、インド、東南アジアなど、自由な旅に没頭。卒業後、商社に就職するも、20代後半で退職し、今度はインドネシアを放浪。その後、大学院で文化人類学を専攻、博士号を取得されています。

 現在は人類学者として多方面で活躍、数多くの本も出版。そんな奥野さんの新しい本が『はじめての人類学』です。

 入門書的な本を出された奥野さんに、人類学とはどんな学問なのか、初歩的なことをお聞きしつつ、奥野さんが研究のために長期間滞在し、寝食を共にしたボルネオ島の森に暮らす狩猟民の興味深いお話をうかがいます。

☆写真:奥野克巳

奥野克巳さん

人類学の礎を築いたマリノフスキ

※この本は、人類学のおよそ100年を、4人の最重要な人類学者を紹介しつつ、振り返り、今後の人類学を示唆するような内容になっています。まずは、人類学とはどんな学問なのか、教えてください。

「人間探究ですね。ティム・インゴルドっていう人が『Anthropology is philosophy with the people in.』っていうふうに言っているんですね。つまり人類学とは哲学だと。で、哲学って何かっていうと、人々と共にする哲学。その人々というのが、最後にinがついていて、人々がいるところに行って、人々と共にする哲学だというふうに言っているんです。

 まさに人類学というのは現地のフィールドワークを通じて、人々と共に行なう哲学ということになっています」

●フィールドワークに基づいた新しい人類学を切り開いたのが、重要人物のひとり、ポーランド出身のイギリス人、マリノフスキというふうに本に書かれていましたけれども、このマリノフスキというかたはどんなかたで、どこに行って、何をされたのか、かいつまんで教えていただけますでしょうか?

「出身はポーランドなんですけれども、イギリスで勉強していて、オーストラリアのトーテミズムの研究をしていたんですね。そのトーテミズムを文献の中で研究していたんですけれども、わからないので行ってみて、実際のところを知りたいと思ったんですね。

 最終的にオーストラリアの隣のニューギニアの島、トロブリアンド諸島というところに行って、それまでは現地語をマスターするということはなかったんですけれども、彼は現地語をマスターして、そこに長期滞在してフィールドワークを行なったんです。その成果を、エスノグラフィーって呼んでいるんですけれども、ある民族、文化が体系的にまとめて、それを出版したと、そういったことをした人です」

●当時ニューギニアってまだまだ未開の地と言ってもいいですよね。そんなニューギニアで長期滞在するって相当大変だったんじゃないですか。

「そうだと思いますね。それまでは椅子に座って本を読んで、文化の姿を空想していただけだったんですね。実際にマリノフスキが現地のフィールドワークを始めて、様々な困難もあったんですけれども、それ以降の現代の人類学の礎を築いたんです。
 現地に行ってフィールドワークを行なって、そこで見えてきた人々の生き方、こういったものを記述、それから分析することを始めたのが、マリノフスキということです」

(編集部注:奥野さんによると、人類学という学問は15世紀の大航海時代まで遡るそうです。当時ヨーロッパの人たちが異文化に出会い、興味関心を高めていくなか、キリスト教の宣教師が持ち帰った記録や旅行記、船乗りの航海日誌などが情報のリソースとなり、知見を広めていったということですが・・・

 ということは、大航海時代は文献だけで「人間」を探究していたわけですから、
フィールドワークという手法を取り入れ、礎を築いたマリノフスキの功績は大きいと言えますね)

『はじめての人類学』

人類の原初のあり方を探る

※奥野さんの調査・研究のメイン・フィールドはどこになるんですか?

「インドネシアを1年間放浪していました。その中でカリマンタン島、これはボルネオ島なんですけれども、そこの放浪を終えて、大学院に入ったんですね。フィールドワーク中はボルネオ島ですね。そこで最初、90年代の半ばに焼畑農耕民の『カリス』という民族の調査を行なって、そこから今度はマレーシア側のボルネオ島にシフトして、そこで狩猟民の研究を行なってきています。2006年からその狩猟民の研究をしています」

●その狩猟民が「プナン」ということですよね。ボルネオ島の狩猟民プナンを研究対象として選ばれたのは、どうしてなんですか?

「人類学ですから、その大きなテーマというのが人間とは何かなんですね。かつて私は農耕民の研究を2年間やっていたんですが、そこではシャーマニズムとか呪術というものをテーマにしていたんです。
どちらかというと農耕民ですから、我々日本人の古い姿というか、懐かしいあり方というのが見えてくるんですけれども、もうちょっと遡って、人類の原初のあり方、人間とは元々はどういう存在であったのかを探るために狩猟民の研究を始めたんですね。
 で、狩猟民がボルネオ島には、プナンという非常に魅惑的なというか魅力的なグループがいたんですね。そこに入って行って、調査研究を始めたという、そういった経緯です」

●どう魅力的なんですか?

「魅力的っていうのは、あまり狩猟民が残っていないんですね。地球上に残っていなくて、農耕が行なわれ始めたのが、今から1万年とか8000年ぐらい前のことなんです。それまでの人類は約25万年ぐらい前からずっと、1万年とか8000年くらい前までは、すべての人類が狩猟採集を行なっていたんです。

 そのあと農耕、牧畜に移行してきたわけですけれども、古い人間のあり方が残っていると言いますか、そこから想像することができるという意味で、人類の古い姿、もともとこういったことを考えていたんじゃないか、あるいはこういったことをやっていたんじゃないか、ということを探る手がかりとして、非常に魅力的だということですね」

(編集部注:奥野さんは、狩猟民プナンの人たちと、当初は、マレーシア語を介してコミュニケーションをとり、徐々にプナン語をマスターしていったそうです。プナン語はマレーシア語とよく似ているそうですよ)

狩猟民プナンの暮らし

※プナンの人たちは、どんな暮らしぶりなんですか?

「1980年代までは、だいたい森の中で流動生活をしていたんです。流動っていうのはノマディックな生活ですね。獲物、食べ物があるところに住んで、それがなくなると、別のところに移動するというライフスタイルだったんですね。

 政府が定住地を見つけて、そこに住みなさいということで、80年代以降は(定住地に)住むようになったんですが、でも狩猟という生業そのものをやめてしまうのではなくて、定住地から森の中に入って行って、狩猟キャンプを建てて生活するということ、これは半定住って言っていますけれども、半定住の暮らしが今日に至るまでの主流です。だから森の中に狩猟キャンプを作って、そこでいろんな動物を獲って食べて生きていく、そういった人たちですね」

写真:奥野克巳

●どんな動物たちを食べているんですか?

「森の中にいる動物たちです、すべて。例えば・・・いちばんの好物がヒゲイノシシなんですね。シカ、ホエジカ、あるいはサルをいっぱい食べるんです。リーフモンキーであるとか、カニクイザル、ブタオザル、テナガザルとかですね。あとはオオトカゲであるとか、あと魚も食べますので、森の中にいるもの、川の中にいるもの、こういったものをすべて食べます」

(編集部注:プナンの人たちの家族グループには、母親や父親が違う子供たちがたくさんいるそうですが、分け隔てなく、みんなで育てる、そんな文化があるそうですよ)

※奥野さん自身は、どんな暮らしをしていたのでしょうか?

「基本的には人類学者は誰でもそうですけれども、彼らと同じキャンプの中に住んで、一緒に労働もしながら、労働っていうのはこの場合狩猟ですね。狩猟をしながら一緒に食べ物を獲りに行って、彼らと同じような暮らしをすると、そういったことを原則として彼らと一緒に暮らしていました」

●今でこそアウトドアブームですけれども、奥野さんご自身はそういう経験はあったんですか?

「そうですね。(キャンプは)子供の頃からとても好きでしたし、ある時は中学校に1回キャンプから通ったこともありました」

●そうだったんですね〜。では現地での暮らしには最初から馴染めましたか?

「これはですね、なかなか馴染めない面があるんですよ。というのは、私が自分のために持ち込んだ食料を、例えば、米であるとかラーメンであるとかそういったものを、彼らが何も食べ物がない時に料理して食べるわけですね。段ボール箱で持っていったんですけれども、私がいない時に段ボール箱がなくなっていた、そういうことがちょくちょくあるんです。
 彼らは別に悪いというふうに思っていないんです。それはあとからわかったんですけども・・・。馴染めたかっていうことで言うならば、とんでもないところに来たなって思っていたというのがありますね。

 それは彼らの贈与交換の仕組みと言いますか、シェアリングなんですね。あるものをみんなで分けると。つまり個人所有がないんです。そういうことがあとからわかってきて、その生活に溶け込んでいくことができたわけですけれども、最初からは馴染めなかったですね」

写真:奥野克巳

寝転がって調査!?

※プナンの人たちの調査も17年ほどが過ぎ、最近は、人々が暮らしているど真ん中に、寝っ転がって調査していると、本のあとがきに書いてありました。これはどういうことなんでしょう?

「寝っ転がって調査を最近はしていると・・・つまり文化人類学者って基本的にはアンケート調査なんか行なわないんですよね。参与観察、言葉ができるようになってインタビューをしたりはしますけれども、その場で参与観察という、参加しながら観察をするというような調査をしているんです。

 最近、私はインタビューもせずに、狩猟キャンプで寝っ転がって調査をするというか、そこにいるということでわかってくることが、けっこうあるなって思っています。

 言葉もできるようになると、神話であるとか民話であるとか人々の話、これがなかなか面白いんですね。これ、寝転がって聞いていると非常によくわかるんです。言語以前に理解できると言いますか、これをノートにつけようとしたりすると、何を言っていたのかが、なかなか整理できないことに気付くんですね。

 なんて言うのかな〜、彼らが言っていることは、人々が言っていることは、ロジカルにまとめて理解しようとすると、なかなか理解できない、その部分が彼らの日常生活における、実際の生活の数値化できない部分なんですよね。データになかなかできない部分なんですけども、それが寝っ転がっていると、つかむことができると最近わかってきたということです」

●そういうプナンでの生活があって、日本に帰られた時に、逆に日本の生活にすんなり戻れなかったこともあったりしますか?

「1年間プナン(のキャンプ)に滞在していた時に、先ほど言ったように最初はなかなか馴染めなかったんです。これは例えばトイレがないとか、そういうことも含めて馴染めなかったんですが、帰る近くになると、もう彼らの暮らしが非常に心地よくて、逆に日本に帰ったら、またあの地獄が待っているのか! そういうふうに思うようになりました。逆転したっていうことですね、反転してしまったっていうことです」

●そうなんですね〜。

三者の視点で森を見る!?

※今はそうでもないかも知れませんが、欧米人のかたにとって「自然」は征服するもの。一方、日本人は自分も自然の一部、そんな考えかたがあるように思います。「先住民」のかたたちと、似たような価値観があるのではないかと思ったんですが・・・そのあたり、どうでしょう?

「日本もかつてはそうだったんでしょうけれども、たぶん日本は、”脱亜入欧(だつあにゅうおう)”という明治の時代、そのあとに自然と人間と言いますか、自然と文化というものを大きく分断させたっていう、けっこう複雑な歴史があるんだと思うんですね。

 人間も自然の一部だというのが、具体的にどういうことなのかを探るのが、実は私の調査と言いますか、フィールドワークの大きな目的なんですね。

 先ほどプナンの話をしましたけれども、ここでのその経験を少しお話したいと思います。それは何かと言いますと、彼らは狩猟ために森の中に入っていくんです。様々な動物がいるんですけれども、先ほど言ったようにサル、リーフモンキーっていうサルがいるんですね。これは葉っぱばっかりを食べているサルです。

 リーフモンキーとそれから鳥に、リーフモンキーの名前が付いている鳥がいるんです。リーフモンキー鳥っていうふうに一応言っておきます。リーフモンキー鳥と、ちょっとややこしいんですけど、リーフモンキーってサルがいるんですね。

 狩猟に行くと、リーフモンキー鳥が木の上で鳴いているんです。すると、そこにリーフモンキーがいると彼らは察知するんですね。そのリーフモンキーを獲りにプナンは行くわけですけれども、リーフモンキー鳥が鳴いて、リーフモンキーを獲りに駆けつけると、もうすでにリーフモンキーはそこから逃げていると、そういうふうに彼らはよく言っています。

 これはどういうことかというと、リーフモンキー鳥は木の上から見ていて、リーフモンキーに、つまりサルに人が近づいて来ているということを警告するんだって言うんですよ、プナンの人たちは・・・。

 つまりプナンは、その三者の視点から森を想像しているんです。つまりリーフモンキーというサルがいて、狩猟で(森に)入っていく人間がいて、そしてリーフモンキー鳥がその二者を、上から鳥瞰図的に見ている、これを想像しているんですね。

 何が言えるのかというと、リーフモンキー鳥に見られる人間を組み入れているわけですよ。これは何を示しているのか・・・必ずしも人間は自然に向かう主体ではない、場合によっては自然から見られる客体になる、こういうことをよく知った上で狩猟をしている、リーフモンキー鳥という名前が付けられているっていうふうに見ることができる。

 つまり、自然は征服するものではなくて、人間が主体的に征服するものではなくて、自然の側が人間を客体視しているということでもあるんだ、ということを分かった上で狩猟をしている、ということが言えるんじゃないかということです」

(編集部注:昨今では、未開の地に暮らす人たちもスマホを持つ時代ということで、プナンの人たちもスマホを持っているそうです。奥野さんは、スマホを介して連絡を取り合っているそうですが、彼らは文字が読めないので、おもにボイスメッセージでやりとりしているとおっしゃっていましたよ。人類学に新しい手法が加わるかも知れません)

※奥野さんのお話を聞いて、人類学に興味を持ったかたたちにひとことお願いします。

「人類学は、これはマリノフスキがそうだったんですけれども、いくら文献や本を読んでもわからないので、実際に現地や現場に行って、そこで本当のことを探ろうとする学問です。
 人間が生きるとはどういうことか、ということを知るために、この本ではこの学問が発展してきた歴史を、4人の人類学者を通じて明らかにしていますので、人類学に興味を持ったかたはこの本を読んでいただきたいと思います」


INFORMATION

『はじめての人類学』

『はじめての人類学』

 奥野さんの新しい本をぜひ読んでください。きょうご紹介したマリノフスキはじめ、人類学を学ぶうえでは欠かせない、最重要な4人の人類学者を中心に構成されています。個性的な4人の足跡や功績がとても興味深く、一気に読み進めてしまうと思いますよ。人類学の入門書の決定版、おすすめです。
講談社現代新書シリーズの一冊として絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎講談社HP:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000380075

 奥野さんのオフィシャルサイトもぜひ見てください。

◎奥野克巳さんHP:https://www2.rikkyo.ac.jp/web/katsumiokuno/

前の記事
次の記事
サイトTOPへ戻る
WHAT’s NEW
  • 世界を放浪する自転車の旅人、山下晃和。自転車とキャンプのすすめ!

     今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、自転車の旅人、モデルの「山下晃和(やました・あきかず)」さんです。  山下さんは1980年生まれ、東京都出身。高校生の時に海外に行きた……

    2024/4/14
  • オンエア・ソング 4月14日(日)

    オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」 M1. BICYCLE / LIVINGSTON TAYLORM2. CONVERSAT……

    2024/4/14
  • 今後の放送予定

    4月21日 ゲスト:福井県立恐竜博物館の主任研究員「柴田正輝(しばた・まさてる)」さん  柴田さんが監修された「オダイバ恐竜博覧会2024」の見所や恐竜王国・福井についてうかがいます。 ……

    2024/4/14
  • イベント&ゲスト最新情報

    <山下晃和さん情報> 2024年4月14日放送  5月開催の「BIKE & CAMP」、日程は5月25日(土)から26日(日)。開催場所は福島県いわき市の「ワンダーファー……

    2024/4/14