2023/10/15 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、信州大学の助教「笠原里恵(かさはら・さとえ)」さんです。
笠原さんは1976年、長野県生まれ。子供の頃は、里で当たり前に見られる鳥よりもリスやネズミなどの小動物が好きだったそうです。
そして、大学進学後に、自然を観察するサークルに入部、1年生の時に、先輩から鳥を見に行かないかと誘われたことが転機となり、野鳥研究の道に進むことになったそうです。
現在は、信州大学理学部附属・湖沼高地(こしょうこうち)教育研究センター・諏訪臨湖(すわりんこ)実験所の助教。専門は鳥類生態学や保全生態学など。
具体的には、水辺の自然環境が多様性に富んでいる千曲川の中流域をメイン・フィールドに、野鳥たちが川のどんな場所に暮らし、どこに巣を作り、何を食べて生活しているのかなどを研究されています。
そんな笠原さんが先頃『知って楽しい カワセミの暮らし』という本を出されました。きょうは野鳥好きの心を捉えて離さないカワセミの、意外に知られていない生態や、変化する河川環境を利用する鳥のお話などうかがいます。
☆写真協力:笠原里恵
カワセミの色は構造色!?
※カワセミは、特にバードウォッチャーにはとても人気がありますよね。カワセミの特徴といったら、まずは、コバルトブルーに見える羽の色だと思うんですが、どうしてあんなに綺麗に見えるんでしょうか?
「日本で見られる鳥は600種と少しって言われているんですけれども、みなさんが身近な鳥を思い浮かべると、やっぱりカラスの仲間だったり・・・。もちろんスズメもよく見ると複雑な色をして綺麗なんですが、全体としては茶色であったり、派手な色をした鳥って少ないと思うんですよね。そういう中にあって確かにカワセミは非常に目立つ色、綺麗な翡翠色をしていると思いますよね」
●光の加減によって、また色の見え方が違いますよね。
「どうして見る角度によって変わるのかは、色の見え方、私たちの色の認識の仕方に関係しているんですけれども、私たちは通常、色素で色を見ています。
光の三原色が赤・青・緑だっていう話は聞いたことがあると思うんですけども、その光の波長が太陽とか室内光の明かりに含まれていて、それらの波長が何かに当たるとします・・・リンゴに当たる、葉っぱに当たる、そうするとリンゴとか葉っぱとかが持つ色素がその波長の一部を吸収して、吸収されなかった波長の光が我々の目に届いて、色として認識されることになります。
けれども、実はカワセミの羽の色は、そういういわゆる色素とは違っていて、その光の構造を説明する上でよく挙げられるのがシャボン玉になります。石鹸水で作ったシャボン玉って、透明なのに光に輝いてキラキラ虹色に光りますよね。
それは実は色素によるものではなくて、シャボン玉の薄い膜内の、光の屈折によって生じた光の波長同士の干渉なんですね。それによって特定の光成分が強まって発色しています。
こういうのを『構造色』って言うんですけれども、カワセミの羽の色も構造色の一種です。カワセミの場合は、シャボン玉のように薄い膜というわけではなくて、その羽毛の内部に、網目状のスポンジのような微細な構造があって、その並び方から青色の光が強められるようになっているんだそうです」
●カワセミの色以外の、ほかの特徴も教えていただけますか?
「色もとても美しいんですが、やはりその形ですよね、全身の形・・・。頭がちょっと大きくて、くちばしが非常に長い。くちばしの長さがだいたい3.6センチあって、頭よりもくちばしのほうが長いんですね。それに対してずんぐりした体と非常に短い足をしています。
足の形も、ほかの鳥と違っていて、足の指・・・みなさん、なかなか鳥の指先って見る機会がないと思うんですけれども、普通の鳥と少し違っています。これは彼らが巣を作る場所に関係しているんですけれども、指の一部がちょっとくっついて、シャベルのような形になっているのも大きな特徴だと思います」
(編集部注:カワセミの羽の色や形については、笠原さんの本に、山科鳥類研究所の研究員、森本 元(もりもと・げん)さんの解説が「豆知識」として載っていますよ。
ちなみにオスとメスの見分け方で、いちばん分かりやすいのが「くちばし」。オスが上も下も黒なのに対し、メスは下のくちばしがオレンジ色になっています」
水辺に特化した能力
※カワセミが水辺を好んで暮らしているのは、どうしてなんですか?
「現状、彼らが水辺で暮らしているのは、やっぱり魚を獲って・・・彼らの主食は魚なんですけれども、魚を獲りやすく、また彼らは子育ての時に土の崖に巣穴を掘って、中に卵を産むんですね。そういった食べ物についてもそうだし、巣を作って子育てをする場所についても、やっぱり水辺に特化している種類と言えますね」
●魚を獲るとおっしゃっていましたけれども、水中にダイブして獲物をゲットして、水面に戻って羽ばたくんですよね。それってすごい能力ですよね。
「そうですね。特にカワセミは、水辺に張り出した枝先から水の中の魚を狙って一瞬で飛び込みます。で、飛び込んで水の中に入っている時は、目が『瞬膜』っていう膜で覆われていて、目を保護しているんですね。
彼らは水の中で泳ぐとかではなくて、水の中に飛び込んだ勢いで魚のところまで到達して、あっという間に咥えて、すぐに戻ります。水面に上がった時にはもう羽ばたいていて、枝に戻って獲った魚を食べるわけですけれども、そういうことができる種類は、やはりあまり多くないと思いますね」
(編集部注:カワセミの求愛行動はよく知られていますが、そこに至るまで、オスとメスはどう過ごしているか・・・笠原さんによると、冬の間はそれぞれのなわばりで過ごし、春先になるとオスがメスのなわばりに進入、当然メスはオスを追い出しにかかり、追いかけ合うそうです。
そんなことを繰り返していくうちに、オスがメスに小魚をプレゼントし、メスが受け取って飲み込んでくれたらカップル成立! オスはメスが飲み込みやすいように、小魚の頭を向けて渡すそうですよ)
※カップルになったら、次は巣作りだと思うんですけど、カワセミはどんな巣を作るんですか?
「彼らは露出した崖、川の近くのあまり草木が生えていない、ちょっとだけオーバーハングって言って、下よりも上の方が水面に向かってせり出すような、そういったオーバーハングした崖を好みます。
その崖に・・・彼らの足はちょっと特殊で、短い足ですけれども、その足とくちばしで横穴を掘って、おおよそ50センチから80センチと言われていますけれども、彼らの体がだいたい17センチですから、自分の体の3倍とか4倍とか、そういった長さの穴を掘って、いちばん最後に『産座』と呼ばれる場所、卵を産んで温める場所ですけれども、少し大きめの空間を作ってそこに卵を産みます」
●その穴を掘る作業って大変な作業ですよね。オスとメス、共同で作業するんですか?
「こちらについても、つがいによってけっこう違うと言われていますが、やっぱり基本的にはオスが巣を作る場所をメスに示して、メスが気に入ったらオスが掘り始めます。オスが掘っていって、その間 手伝うメスもいれば、オスが掘っているのをただ見ているだけのメスもいます。オスはなかなか偉くて、巣穴を掘っている間にもたびたび魚を持ってきて、ちゃんとメスにプレゼントするんですね。
確実なのは、ある程度巣穴ができて、最後に卵を産む産室(産座)ができますが、その産室ができる頃になると、メスも積極的に参加して・・・卵を産んで温める作業はオスもメスもするんですけれども、メスにとっては特別なことだと思いますので、やっぱりとっておきというか、お気に入りの産室にするように、自分で掘って整えているんじゃないかなと思います」
●1回にどれぐらいの卵を産むんですか?
「これは私の調査をしている千曲川の例ですけれども、おおよそ7つくらい卵を産みます。多ければ8つっていうこともあるし、少なければ5つっていうこともあります」
●育つまでどれぐらいの日数がかかるんですか?
「だいたい卵を産み始めて、産んでから雛(ひな)が孵化するまでがおおよそ20日間前後と言われています。カワセミの雛は孵った時に全然羽毛が生えていません。もちろんくちばしも非常に短いんですけれども、翼がある程度生えて、外の世界に飛び出して飛べるようになるまでが、だいたい24日間というふうに言われています。ですので、卵を産んでから育つまでを考えると1ヶ月以上、ずっと巣穴の中にいることになりますね」
カワセミの仲間、ヤマセミとアカショウビン
※日本で見られるカワセミの仲間には、おもにどんな種がいますか?
「私たちがよく見かける、日本で子育てをしているカワセミの仲間は『ヤマセミ』っていう非常に体が大きい、みなさんが公園で見かけるドバトくらいの大きさのカワセミの仲間がいるのと、それからその姿から火の鳥なんていうふうに呼ばれる『アカショウビン』という、くちばしから姿が全体的に真っ赤なものがいます。その3種がメインだと思います。日本でこれまで確認されているカワセミの仲間は8種ですね」
●カワセミとヤマセミは、暮らしているエリアは違うんですよね?
「そうですね。みなさん、カワセミっていう鳥は名前を聞くと、あの青いちっちゃいやつだなっていうふうに思い浮かぶと思うんですけど、ヤマセミと聞いて思い浮かぶかたって少ないと思うんです。
ヤマセミは鹿の模様、鹿の子で“かのこ”っていうふうに呼ばれたりもするんですけれども、全体的に体が白いんですね。そこに黒が鹿の子模様のように入った美しい姿をしています。
そんなヤマセミをどうして見る機会が少ないのかと言いますと、ヤマセミのほうが一般的に上流域に、カワセミのほうが下流域に棲むというふうに言われています。上流域でも、けっこうヤマセミは渓流なんかが好きですので、あまりみなさんが普段生活しているような範囲では(ヤマセミの)姿を見ることはないからですかね」
●日本には8種類とおっしゃっていましたけれども、海外には何種類いるんですか?
「これがまた海外はけっこうたくさんいます。国際鳥類学会が出している『世界の鳥のリスト』っていうのがあるんですね。そこから(引用)すると、2022年の時点ですけれども、世界のカワセミの仲間は116種記載されています」
●そんなにいるんですね!
「はい。最も多いのがアカショウビンの仲間で、72種記載されていて、カワセミの仲間はおよそ35種、先ほどお話したカワセミと似ているけど、棲んでいる場所が違うヤマセミについてはけっこう少なくて、9種が記載されているような状況です」
川は人間だけのものではない
※笠原さんはカワセミを含めた、水辺の鳥たちや河川の環境を長年、調査・研究されてきて、こんなことを感じているそうです。
「川と鳥の関係ですごいなと思ったのは、これまでは多くの増水は8月とか9月の台風で起きているものが多かったんですね。8月9月っていうと、多くの鳥は繁殖を終えています。子供も育って、ある程度飛べるようになっていてという時期ですので、そういう時期に増水が起きても、そんなに次世代に命をつなぐという点では影響が小さいですね。
その一方で、そういう水の流れで木や草が流されて、できあがる環境に生息しているような種類にとっては、台風による増水が翌年の生息地の維持につながるわけですね。
なんですけれども、近年、今年もそうでしたけど、6月とか、明らかに鳥の繁殖の真っ只中に豪雨が降って、水が溢れたり、家が流されてしまうような大きなことがありました。そういった気候の変化がこれまでは、鳥たちの繁殖の間には増水がなく(繁殖が)終わってから増水があって、翌年の生息地が作られるみたいに、うまく回っていたメカニズムが壊れてきているというように非常に危惧しています。
もうひとつは、やっぱり最近は人の生活に影響を与える水害が毎年のように起こって、胸が痛いんですけれども、そういったことが頻繁に起こることによって、川、もしくは川の管理、そういったものがより治水に、自然との調和っていうよりは、人の命を守りましょうっていうほうに急速に傾いていると思います。
それは当然、当たり前のことだと思います。やっぱり人の命を第一に治水は行なわれるものですので、それはそれでいいんですけれども、その一方で鳥だけではなくて、川で生活しているいろんな生き物への配慮が、やっぱり置いてきぼりになってしまう・・・ここは非常に難しいです。
人の命より鳥の命のが大切ですか? って言われると、やっぱり答えにくいところは非常にあるんですけれども、やはり自然ですね・・・我々が生きていく中で、川からいろんな、水をもらって水田を作ったりとかして、我々は生活しています。川はもちろん人間のものだけではなくて、そこで生きている生き物がいるわけですから、治水がどんどん進められていく一方で、それでもやっぱり、川がもともと持っている変動性に依存した生き物がいるんだよっていう部分は、忘れてはいけないのではないかなと思っています」
(編集部注:笠原さんの調査・研究のメインフィールド千曲川は、笠原さんいわく、生き物にも人々の生活にも配慮した治水の方法がとられているそうです。上流に大きなダムがほとんどないこともあって、自然の力に任せた河川環境の維持につながっているとのこと。詳しくは、笠原さんの本の第7章「生き物に配慮した川づくり」をご参照いただければと思います)
可愛らしい、ワイルド、したたか
※この時期でも、カワセミを見ることはできますか?
「はい、今も見ることはできますね。多分これから冬に向かっていきますと、今まで子育てをするために川の近くだったりとか、巣がある場所の周辺にいたカワセミも、子育てがだんだん終わってきます。
それから今年生まれた若いカワセミが、親元にいつまでもいられるわけではありませんから、独り立ちをした子供が別の住処を探して移動したりとかしていて、みなさんの近くの公園とか、それから小さな河川でも見られる時期になっていると思います」
●笠原さんが思うカワセミのいちばんの魅力はなんでしょうか?
「私自身がカワセミに感じているところとしては、カワセミのその愛らしい姿がけっこう人気はあると思うんですけども、その愛らしい姿に対して、割とワイルドな採食方法、飛び込んで魚を捕えて、その魚を捕らえたあと、枝に戻って叩きつけるんですね。叩きつけて食べるという、そういった野性味溢れる部分もあって、そういう可愛らしい姿と、行動のギャップみたいなところですね。
それからもうひとつ、これは2005年に起きた増水のあとなんですけれども、水が引いたあとに、私が調査していて、カワセミが通らないような河畔林を歩いていたんです。河畔林って言ったら木が茂っているわけですね。そこに増水のあとの大きな水たまりができていて、そこでカワセミを見る機会があったんですね。
なんでこんな森の中にカワセミがいるんだろうと思ったら、増水のあとでしたので、その河畔林の中の水たまりに取り残された魚がいっぱいいました。カワセミはそれを目ざとく見つけて、普段は使わないような場所だと思うんですけれども、そこに素早く現れて魚を獲っているっていう姿だったんですね。環境の変動が激しい中で、増水のあとですら、その増水で残った魚を捕るというしたたかな部分、そういったところに非常に魅力を感じています」
INFORMATION
国内外のカワセミを中心に、ヤマセミやアカショウビンなどの基礎知識ほか、調査・研究から分かってきた意外な生態、そして水辺に暮らす鳥たちと川との関係や、これからの川づくりなど、興味深い解説が満載です。カワセミの生態をとらえたカラー写真は必見ですよ。
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笠原里恵さんのオフィシャルサイトもぜひ見てください。
◎https://soar-rd.shinshu-u.ac.jp/profile/ja.WVLNOakh.html