2023/10/29 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東北大学大学院の准教授「深澤 遊(ふかさわ・ゆう)」さんです。
深澤さんは1979年、山梨県生まれ。信州大学 農学部卒業、京都大学大学院 農学研究科修了。そして、研究職から、森林組合やトトロのふるさと財団の職員を経て、現在は東北大学大学院の準教授として活躍されています。
子供の頃の深澤さんはコケが大好きな少年で、小学校3年生の夏休みの自由研究が「リアルコケ図鑑」。その後、やはり小学生の頃に、国立科学博物館の子供向け講座でアメーバの仲間「変形菌」に出会い、その時もらった飼育セットで変形菌を育てたり、自分で見つけた変形菌をスケッチしたりと、夢中になっていたそうです。
現在、深澤さんは、森林の生態に関する研究をされていて、特に枯木が生き物や環境に対してどんな役割を果たしているのかを調査・研究されています。そして先頃『枯木ワンダーランド』という本を出されました。
きょうはそんな深澤さんに枯木を舞台に繰り広げられる、生き物たちの驚くべき営みや、枯木が人間にもたらす恩恵のお話などうかがいます。
☆写真協力:深澤 遊
枯木のスペシャリスト
※まずは、深澤さんのご専門を教えてください。
「森林の生態学を研究しています。生態学っていうのは生物がどのように暮らしているかとか、環境やほかの生物と、どのような関係性を持って暮らしているのかを調べる学問分野です。
その中で森林生態学は森にどのような生物がいて、それらによって森がどのように成り立っているのかを調べています。僕はその中でも特に木が枯れたあとの枯木ですとか、そこに棲んでいる菌類など、微生物の生態に注目して研究しています」
●具体的には、どんな研究をされているんですか?
「具体的には、森の枯木の中にどんな種類の菌類がいて、それによって枯木がどのように分解されていくかを調べています。最初は同じ枯木でも分解に関わる菌類の種類によって、全く違うように腐朽していくんですよ。それが森林の炭素貯留量に影響する可能性ですとか、森林の生物多様性に影響する可能性のようなものを探っています」
●どんな菌類なんですか?
「枯木に生えているシイタケとか、そういったキノコを想像していただければいいと思うんです。キノコは、要は花みたいなもので、枯木の表面に菌が花を咲かせたような状態なんですよね。
その菌の本体は枯木の中の菌糸。カビと同じような形で枯木の中にいて、それが本体なわけですね。その本体の菌糸が、枯木を分解して栄養にして生活しているんですけども、枯木の中でどういう菌がいて、どういうふうに菌が枯木を分解しているのかっていうようなことを研究しています。
枯木の中を削ってみると、枯木の断面に黒い線が見えるんですよね。その黒い線は枯木の中にいる菌類のコロニーの境界線なんです。それを見ると本当にモザイク模様みたいになっていて、枯木の中でいろんな菌類のコロニーがあって、それが空間の獲得競争をして、陣地争いみたいな状態になっているんですね。そういうのを見ると面白いですね」
(編集部注:深澤さんは大学の2年生まで山岳部で活動、大学院生の時にはアメリカのカリフォルニア州にあるヨセミテ国立公園に行き、クライミングを楽しんだこともあるとか。研究者になって調査のためにひとりで山に出かけることもあるので、やはり、安全を確保する山の経験は活きているそうです)
生き物で賑わう枯木!?
※ここからは深澤さんが先頃出された本『枯木ワンダーランド』から、番組で気になったワードや項目についてお話をうかがっていきます。
前書きに「枯木も山のにぎわい」ではなくて「枯木こそ山のにぎわい」と表現されています。枯れてしまった木が「にぎわう」とは、どういうことなのか、教えてください。
「これは枯木に棲んでいる生き物が、非常に多様だっていうことですね。森に虫を探しに行って何も見つけられなかったら、多分枯木をひっくり返せば、大抵何かいますし、例えば、クワガタが好きな人だったら、枯木の中にクワガタの幼虫が棲んでいることをよく知っていると思います。
それだけではなくて、腐った倒木の上にはよく苔や木の芽生えも生えていますし、目を近づけてみるといろいろなキノコが生えていたり、小さい虫が歩き回っていたり、何かを食べていたりします。
さらに、先ほど言いましたようにノコギリで切って中を覗いてみると、菌類のコロニーの境界線が見えたりしますので、それらを見ているだけでも面白いんですよ。さらに培地の上に培養してどんな菌類なのか調べたりですとか、枯木の成分の分析をして、どんな物質が残っているかを調べると、枯木の中の生き物の営みがわかってきて、さらに面白いです。
そういうことが見えてくると、枯木は多種多様な生き物の営みでにぎわっているということがよくわかると思います」
●枯木ってものすごく情報量があるんですね?
「そうですね」
●2015年からは森の中にあるご自宅の庭で、枯れたコナラをそのままにしておいたり、伐採した同じくコナラなどの丸太を庭に放置してあるということですけれども、お庭が研究のためのフィールドになっているっていうことですか?
「はい、そうです。庭はやっぱりいちばん近いフィールドなので、大事にしています。生態学で新しい発見をするのに、やっぱりどれだけ生き物を観察できるかっていうのが肝になることが多いんですね。遠くのフィールドと違って、庭はいつでも観察できるので、誰も知らない発見ができるかもしれません」
●今、特に注目していることはあります?
「実際、本にも書いたんですけれども、ある冬の朝、リスが庭にやってきて枯木の樹皮を剥いて、その下の菌を食べることを初めて発見したんですよ。さらにその樹皮の下に菌が生えていて、その菌に独特な昆虫がやってくることも庭の調査からわかりました」
●ものすごく近いフィールドでいいですね、研究しがいがあって!
「そうです。自分の(部屋の)椅子の上から全部見えるので・・・」
お菓子の家に棲む!?
※枯木は、分解するまでには長い時間がかかると思いますが、年ごとに、季節ごとに、枯木を利用する生き物も変化していくってことですか?
「そうですね。やっぱり分解していくので時間に伴って、分解していく時の成分だとか、いろいろなものが変化していくので、そこに棲んでいる生き物もだんだん移り変わっていきます」
●どういう生き物が、どうやって変化していくのかを教えていただけますか?
「はい、いちばん重要になるのはやっぱり水分で、木が生きている時は、ある程度水分を含んでいて、これによって菌類の侵入を防いでいるっていう側面があるんですけれども、木が枯れると一旦乾燥していきます。この乾燥によって菌類が成長して、木を分解できるようになるんですね。
最初は、木が生きていた時から内部に潜んでいた菌類がいて、”内生菌”っていうんですけれども、これが成長を開始します。 ただこの菌はあまり木材の分解力はなくて、糖分なんかを食べて生きているんですよ。この糖分がなくなるとすぐにいなくなっちゃうんです。
そのあとに木材を分解できるような種類の菌類が胞子とかで定着してきて、枯木を分解していくと、だんだん木材がボロボロになっていきますよね。そうすると水が染み込みやすくなって、含水率がだんだん上がってきます。
そうなると表面にだんだん苔が生えてきたりだとか、乾燥した木材が好きなカミキリムシやゾウムシの幼虫から、湿った材木が好きなクワガタムシの幼虫に、内部の昆虫種も移り変わってきたりします。この頃になると、倒木の表面に木の芽生えが生えてきたりして、次の世代の森が倒木の上で育っていくわけです」
●生き物たちは枯木から、どんな恩恵を受けているんですか?
「枯木に棲んでいる生き物にとって多くの場合、枯木は住処であると同時に食べ物でもあります。イメージとしてはお菓子の家に棲んでいるようなものなのかもしれません」
●枯木って本当にただの燃料みたいなイメージもありましたけれども、そうではないわけですね。枯木には、いろんな生き物に必要な養分があるっていうことですか?
「そうですね。枯木は重さの半分程度が炭素でできています。炭素はすべての生き物が体を作る上でいちばん重要な物質で、あらゆる生き物はどこかから炭素をもらってくる必要があるわけですね。
植物は光合成によって空気中の二酸化炭素から炭素をもらってきていて、ほかの生き物は植物を食べることで、あるいはほかの動物を食べることで炭素を得ています。枯木を食べる生き物は、枯木から炭素を得ているっていうわけです」
枯木は燃料!? バイオマス発電の是非
※本の第2部に「枯木が世界を救う」という見出しがついていて、その中に「枯木が消える」というチャプターがあります。これは森から、枯木が消えてしまうってことですか?
「はい、そういうことです」
●これは日本の話ですか?
「日本では現在まだ、それほど消えていないと思います。ただ心配なのは、枯木などのバイオマスを燃やして発電するバイオマス発電が、とても推奨され始めていることです。
木材は確かに木が成長すれば(発電は)できるので、再生可能エネルギーなんですけれども、燃焼で失われるスピードに対して、木が成長するスピードはあまりにも遅いので、とてもではないですが、現在の人口が必要としているエネルギー量をバイオマス発電で賄って回していくことができるとは思えません。
なので、バイオマス発電が広く行なわれるようになったら、山から枯木はあっという間になくなってしまうんじゃないかと思います」
●あっという間になくなってしまったら、生物多様性がそれこそ損なわれてしまうと思うんですけれども、ほかにはどんな影響が考えられますか?
「やっぱり枯木が燃料として使われると、枯木の中に保存されていた炭素が二酸化炭素として大気中に放出されますので、温暖化が進行するんじゃないかと思います。バイオマスを発電に使うと、化石燃料を使った場合の2〜3倍の炭素を放出する可能性もあるそうです」
●改めてなんですけど、木は光合成を行なう過程で、地球温暖化の主な原因になっている二酸化炭素を吸収してくれているんですよね。で、木はその二酸化炭素を自分の中に溜めているということですよね?
「はい、そうですね。それで体を作っているので」
●その木が枯れてしまったら、その二酸化炭素は・・・?
「分解されたり燃やされたりすると、二酸化炭素として放出されるってことになります」
(編集部注:枯木をバイオマス発電などに広く利用するようになると、森から枯木がなくなってしまうというお話がありましたが、深澤さんは森の中にある枯木を、単なる燃料として見ることに警鐘を鳴らしています。詳しくはぜひ、深澤さんの本『枯木ワンダーランド』をチェックしてください)
枯木の下もワンダーランド
※枯木を観察していて、どんなときにいちばんワクワクしますか?
「やっぱりまだ見たことのない生き物を見つけた時ですかね。初めて見る変形菌とか、キノコ、苔、虫、ナメクジ、カタツムリ、ヘビ、サンショウウオとか、いろいろな生き物を枯木で観察できますので・・・。あとは、ものすごい巨木の枯木を見た時とかは、目の前に保存されている時間の長さにくらくらしたりします」
●都市公園には枯木がそのままにしてあったりとか、丸太が放置されているっていうことはなかなかないと思うんですけれど、もし見かける機会があったら、どんなところを見ると面白いですか?
「もし許されるのであれば、樹皮を少し剥がしてみたりですとか、樹皮の裏側にいろいろな生き物が隠れていたりしますし・・・・。あと丸太、枯木を転がして、その下に隠れている生き物を探してみると面白いと思います。
実際、僕も枯木を調査しながら、いろいろな国で枯木の下を見てみるってことをやっているんですけれども、国とか場所によって、本当に枯木の下に潜んでいる生き物が全然違っていて面白いですよね。
日本だとミミズがいたり、シロアリとかアリがいたり、時々ヘビがいたりとかすることが多いです。アメリカの東海岸では、枯木の下にサンショウウオがいっぱいいたりだとか、ヨーロッパではナメクジが大量にいたりしましたね」
●国によって全然違うんですね! では最後に、今後の研究で明らかにしたいことを教えてください。
「研究テーマは、マクロなものからミクロなものまで、いろいろあるんですけれども、マクロなテーマとしては、枯木を分解する菌類や、その分解機能が世界的に見て、どのような分布をしているのかを明らかにしたいと考えています。これは地球の環境が変わると、菌類の種や枯木の分解がどのように変わるかといった予測にもつながると思います。
ミクロなテーマとしては、個々の菌類が環境に応答しているとしたら、その生理的なメカニズムですとか、これはちょっと違う話になってしまうんですけれども、菌類の菌糸が持つ機能と知能とか、そういったものについて明らかにしていきたいと思っています」
INFORMATION
『枯木ワンダーランド~枯死木がつなぐ虫・菌・動物と森林生態系』
深澤さんの本をぜひ読んでください。枯木が分解の過程で、いかに生物多様性に貢献しているのか、まさに「枯木こそ、山の賑わい」というのがよくわかりますよ。そして、森から枯木をなくすことで、どんな影響が出てくるのか、さらに枯木が地球環境の保全に役立っている仕組みなど、興味深い内容になっています。深澤さんが描いた精密なスケッチも必見! 築地書館から絶賛発売中です。
詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎築地書館:http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1653-2.html
深澤さんのサイトもぜひ見てください。
◎https://www.agri.tohoku.ac.jp/jp/researcher/fukasawa-yu/