2024/7/21 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、長野県上水内郡(かみみのちぐん)信濃町(しなのまち)認定の森林メディカルトレーナー「河西 恒(かさい・ひさし)」さんです。
町の面積のおよそ7割が森に覆われている信濃町では、森を活かした「癒しの森」という事業を行なっていて、森林メディカルトレーナーの育成にも力を入れています。
「しなの町Woods-life Community」の事務局も担当されている河西さんは1969年、東京都日野市出身。高校卒業後、将来は森で仕事をしたいと思い、東京環境工科専門学校で自然や生き物について学びます。
卒業後は、野生のニホンザルの調査や富士山周辺を案内するガイドなどを経て、一般社団法人「C.W.ニコル・アファンの森財団」に勤務。そして、信濃町の「癒しの森」に関わるようになり、現在は町認定の森林メディカルトレーナーとして活躍されています。
きょうは「癒しの森」や、森の中での体験プログラムが心身にもたらす効果について、活動の中心的な役割を担っている河西さんにお話をうかがいます。
☆写真協力:しなの町Woods-life Community
信濃町認定「森林メディカルトレーナー」
※まずは「森林メディカルトレーナー」とは何か、そのあたりのお話から。「信濃町認定」というご紹介になりましたが、これは町の事業として行なっている、ということなんですよね?
「はい、そういうことなんです。約20年ぐらい前、2003年からスタートしているんですけれども、森林セラピーを主軸として地域活性の事業に取り組み続けています。 いらっしゃったお客様を森の中へご案内する、いわゆるガイドの役割を『森林メディカルトレーナー』と名付けて信濃町でお迎えをしています」
●信濃町が認定する資格制度があるっていうことですか?
「そうですね。信濃町が主催して養成講座を開き、受講いただいた面々が受講を終えてからもずっと研鑽を続けて、お客様がいらした時にそれを大いに発揮して、一緒に森の中に出かける、そんなふうにしています。
ただ単に植物を紹介するような自然観察会でもないですし、環境学習ということでもないです。森林メディカルトレーナーというその名前からも想像できるかもしれないんですけれど、メディカルと付いているので、心身の健康のために森に入る意味についても、どういうふうに(お客様を)ご案内をしていくのがいいのか、ということをやったりとか・・・。
あとは実際にご自身にもお客様の体験もしていただいて、”やっぱり森に入るのは、こんなふうにいいんだな” なんていうことも、実感していただくことも大事な講座のひとつですね」
(編集部注:現在、森林メディカルトレーナーは講座を受講して、認定されているのは140人ほどだそうですが、例年、お客様を森にご案内するのは20〜30人くらいだということです)
C.W.ニコルさんの存在
※信濃町が「癒しの森」の事業を始める至った経緯を少し説明しておくと・・・
1990年代後半から2000年代にかけて、市町村が合併する、いわゆる「平成の大合併」が進む中、もともと「観光」と「農業」の町だった信濃町は、東京農業大学の教授「上原巌(うえはら・いわお)」先生が提唱する「森林療法」に出会い、合併はせずに、町の7割以上を占める豊かな森を活用することで、町の活性化につなげる選択をしたそうです。
それが「癒しの森」という取り組みにつながるわけですが・・・森には人を癒す力がある、これを活かしていこうとされたのは、信濃町に暮らしていた作家「C.W.ニコル」さんの存在が大きかったようですね?
「そうですね。ニコルさんの存在は大きかったと思います。同じタイミングで、ニコルさんと長野県の林務部がどうやらお話をされていたそうなんですよね。
ニコルさんがおっしゃるには、”欧米の方々は、日常的に森の中を散策しているよ”と。『ウッドパス』っていう小道が森の中に通っていて、気軽に散歩できるようになっているし、日常の周りにもやっぱり散歩している人が多いんだと・・・。日本は欧米よりもこれだけ豊かな森があるのに、”そうやって散歩している人、少ないよね?”って(ニコルさんは)おっしゃるんですよ。
さらに、特に英国ではお医者さんが処方箋で薬を出すのと同じように、”あなた、こういう状態だったら、もうちょっと森に出かけて歩きなさい”みたいなことを言うんだそうです。
そういう取り組みを日本でもやろうよと言って、当時、長野県林務部の担当者と話をしていて、林務のかたがたが補助金の事業を形にまとめて発信をしたと・・・。信濃町で当時、そんなことを考えていた住民8人のグループがその情報を見つけて、本来であれば町役場に相談をするんですけれど、それを飛び越して、いきなり県の発信元に”私たちにやらせてくれ!”って直談判をしたそうです。
なので、ニコルさんの発想がきっかけになって、この癒しの森事業がスタートしているんだよっていうふうに聞いていますね」
●海外では、こういった癒しの森のような事業はあるっていうことなんですか?
「はい、ニコルさんの周りにはあったみたいです。処方するっていうお話もしましたけれど、ちょっと体調を崩したかたが森に出かけることも日常だったし、森の中で勉強をする、小学生が森の中に入って数学の勉強をしたりということもあったりとか、そんな取り組みは日常的にあったそうです。
ドイツで参考にしたのは『クナイプ療法地』というところなんですが、1万2000人ぐらいの人口の町に保養のかたが、年間50万人以上訪れるんだそうです。ドイツでもそうやって自然環境の豊かなところに出かけることで、自分自身の心と体調を整えましょう、みたいな取り組みがあったようなんですね」
(編集部注:河西さんが「癒しの森」に深く関わるようになったのは、実は河西さんがスタッフとして関わった「C.W.ニコル・アファンの森財団」の「5センス・プロジェクト」の影響があるんです。
このプロジェクトは、児童養護施設や盲学校に通う子供たちを森にいざない、いろんな体験をすることで、心と体を癒し、心身の健康を取り戻してほしい、そんな目的で行なわれているそうなんですが、ある時、河西さんは信じられない光景を目にします。
それは全盲の子供が、なんとなく周りの様子がわかるからと、森の中を走ったんだそうです。おそらく、その子が持っているすべての感覚が、森の効果で研ぎ澄まされて、奇跡のようなことにつながったんでしょうね。
そんなプロジェクトに参加して、心から笑顔になる子供たちの存在が糧となり、それが、河西さんの大きな原動力になっているんです)
閉じていた感覚を開く
※ここからは、森林メディカルトレーナーが実際に森の中で、どんなプログラムを行なっているのかを聞いていきましょう。森林浴というのは以前からあったと思いますが、森林メディカルトレーナーが行なうプログラムは、森の中をただ歩くだけじゃないんですよね?
「そうですね。これまた難しいんですけれど、何か特別なことをしているわけでも実はないんです。 なんですけれども、一緒に森に出かけて、まず私たちがご案内をしているのは、例えば木の枝をポキって折った時に、ほわ〜って香ってくるその香りを嗅いでいただいたりとか・・・。あるいは水の音がしませんか? と言って、耳を傾けてもらったりとか・・・五感ですね・・・臭いとか音とか・・・食べられる野草なんかも生えているので、ちょっと味見してみません? ってご紹介したりとか・・・まず森の中で、感覚を使うものにアプローチをしているんです。
特に都市部に住んでいる、とても忙しいかたは、その感覚が閉じてしまっていると僕らは思っています。実際にそうなんですけれど、(森に)ご案内することでなんか変わってきたみたいなことをおっしゃったりとか、半日ぐるっと森を回ったあとに、自分から鳥の声に気づけるようになったとおっしゃるかたは結構いらっしゃいます。まずは感覚を開いていただくことをやっています」
●具体的にどんな効果が見込めるんですか?
「森の中に出かけることの、ひとつの大きい効果だと思うんですけれど、『フィトンチッド』と言われているんですが、植物、木々、草花は動けないので、虫とか菌にやられないために、自分を守るための忌避剤(きひざい)として、そういう科学物質を製造して放っているんですよね。
それを人間が(森に)出かけて普通に呼吸することで、とても心と体の、ひと言で言えば、バランスが整うなんていう表現をしているんですけれど、ストレスホルモンの値が下がったりであるとか、いい睡眠につながったりであるとか、様々な効果がその香りを普通に呼吸にすることで得られるんですよって言われていますね」
●医学的にも効果が検証されているということですか?
「はい、エビデンスはたくさん出てきています」
●へぇ〜! 「癒しの森」プログラムを行なうエリアには、いくつかコースがあるんですよね?
「信濃町では代表的なコースは3つありますね。あまりアップダウンがない池の周りにたくさん道がある『御鹿池(おじかいけ)』っていう池があるんですけれども、そこに出かけるコース。あとは野尻湖があるんですが、その野尻湖をちょっと見下ろせるような森の中を歩く『象の小径コース』というのもあります。
で、もうひとつ新潟県境に『地震滝(ないのたき)』という日本の滝100選に選ばれているような立派な滝があるんですけれど、そこをゴールに目指す『地震滝コース』っていうその3つがあります。
その滝コースは1日かけて、お弁当を持って出かけましょう! っていう場所なので、どっぷり1日森の中にいたいっていうかたには地震滝コースをご案内しています」
森の中で、ひとりたたずむ時間
※森の中で行なうプログラムについて、もう少しうかがっていきましょう。森に入ったら、ほかにどんなことをやるんですか?
「森に入って、まず感覚を開いていただいたあとに、丁寧に呼吸してみましょうかと言って、胸式呼吸ではなくて腹式の呼吸を丁寧にご案内したりとか 、あとは素足になって”水の中に入りませんか?”と言って、(小川に)入って”きゃー!”って言ってもらったりとか・・・。
あとは感覚が開いて、そうやって体験をしていただいたあと、ひとりで森の中にいても大丈夫だな、安心だなっていうふうにお客様の様子が変わってきたら、ちょっとひとりたたずむ時間も取っていますね。レジャーシートをお渡しして、そうですね、15分とか20分、あるいは長いかただと30分ぐらい森の中でひとりで過ごしていただく時間を取るようにしています」
●リラックスできそうですね〜。
「そうですね。とてもその時間、ひとりたたずむ時間のあとは表情が変わるかたが多いです」
●参加者のみなさんの反応はいかがですか?
「様々なんですけれど、忘れかけていたものをちょっと思い出した気がしたとか、あとはこれ、女性なんですけれど、森の中に半日出かけて戻って、美容室に行ったそうなんですよ。そうしたら(美容師さんに)「どこに行ったんですか?」と言って、髪の毛を美容師さんに触ってもらって、髪がとてもツヤツヤしていたって言うんです。
”そんなことを言われたわよ”と言っていただいたお客様がいらっしゃったりとか、いろいろなかたがいるんですけれど、だいたいみなさん表情が柔らかくなって優しくなりますよね。人当たりが優しくなる、表情も言葉も・・・僕はそんな感じがしています」
●まさに河西さんがそんな感じがします。優しさが出ています。溢れ出ています。
「いやぁ〜、ははは、ありがとうございます。おそれいります(笑)」
●河西さん自身も仕事とはいえ、プログラムが終わる頃には変化を感じますか?
「私自身は終わった時は、とにかく何事もなく無事に終えられたなって、ちょっとほっとしている部分が大きいんですけど、必ずトレーナーはお客様を迎えることが決まったら下見をするんです。その下見の時にひとり、あるいは一緒に案内する仲間と下見するんですけど、その時間はとても自分にとっては気持ちいいですよね、リラックスできるなって・・・。
やっぱりこのコースは、改めてこういうふうに回るのが自分には合っているなって実感して、お客様をお迎えするっていうふうになるんですけれど、私はやっぱりその下見の時間はいいなと思いますね。で、やっぱり眠くなります」
●癒されるんですね〜。
「はい、緩むっていう表現がいいですかね」
企業や団体がもっと活用すべき「癒しの森」
※河西さんが所属する「しなの町Woods-life Community」としては今後、どのようなことに取り組んでいく予定ですか?
「これまでもそうだったんですけれども、おもに企業で頑張っているかたがたをお迎えをして、なんて言うんでしょう・・・ちょっとバランスを崩しているようであれば、ご自身を取り戻していただいて、いつもの調子とあまり変わらない、大丈夫っていうかたは森に来ることで、より生産性が上がったりとか、コミュニケーションが活性化するっていうデータもあるので、企業にお勤めのかた、あるいは団体や組織で動いているかたに、もっと活用いただいて・・・。
今『健康経営』なんて言われて久しくなりましたし、『ワークエンゲージメント』であるとか『心理的安全性』みたいなキーワードも出てきているので、従業員の心と体の健康プラス、従業員同士の関わりがもっと活性化していって、より組織であるとか企業が元気になるっていうところに貢献できればいいな、そんなことを意図してみなさんにいらしていただければいいなと思っています」
●確かに企業の福利厚生や社員の健康管理などにこの「癒しの森」プログラムを
活用したらすごくいいですよね?
「もうぜひぜひ! そう言っていただけると、とてもありがたいですね」
●では最後に、森林メディカルトレーナーとしての夢や目標があれば、ぜひ教えてください。
「一緒に出かけていただいて関わるかたが日常に戻られた時に、森の中で表情が緩んで、いい表情になることはもちろんなんですけれど、そうなった時にその状態で日常に戻って、そのかたの日常がよりよくなる・・・健康っていう面もそうですし、幸せっていうことも言えるのかもしれません。そのかた本人が望んでいる人生が歩めるようなサポートができるといいなと思っています。
そのために日々勉強することしかないのかなって、ちょっと実は思っていて・・・なかなかバタバタして仕事に追われる日々ではあるんです。森にいてもその事実は変わらないので・・・。でも時々、森のそばにいる人間もちょっと森に出かけて、新しい情報であるとか、学ばなくちゃいけないよなって思うことは少しずつ勉強しつつ、でもお客様と楽しい時間を過ごすっていう・・・すいません、答えになっているかどうかわかんないんですけれど、何かすごく大きな目標があるかっていうことよりも、日々研鑽し続けることが大事だな、なんて今思っています」
(編集部注:信濃町が取り組んでいる「癒しの森」は、日本初の事業で、ほかの市町村からの視察も多いそうです。提携している企業や団体は、現在39ほどあるとのことです)
INFORMATION
「癒しの森」のプログラムに参加してみたいと思ったかたは、「しなの町Woods-life Community」の事務局に、できれば、メールでご連絡くださいとのことです。
宿泊は「癒しの森の宿」に認定されている宿を選ぶことができるそうです。宿泊プランやガイドツアーの料金など、詳しくは、信州信濃町「癒しの森」のオフィシャルサイトをご覧ください。
◎「癒しの森」:http://iyashinomori.main.jp