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繊細で緻密、美しい標本画の世界

2024/10/6 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、標本画家の「川島逸郎(かわしま・いつろう)」さんです。

 標本画とは、科学的な裏付けのもとに描かれ、図鑑や科学論文に掲載される動植物の絵のこと。川島さんは、専門家たちが一目置く標本画の第一人者で、先頃新しい本『標本画家、虫を描く〜小さなからだの大宇宙』を出されました。

 きょうはそんな川島さんに、極細のペンを使って「点と線」だけで描く昆虫、まるでモノクロ写真のように見える精密な標本画についてお話をうかがいます。

☆協力:川島逸郎、亜紀書房

協力:川島逸郎、亜紀書房

必ず本物を見ながら描く

※川島さんが標本画を描くようになったのは、大学に入ってからで、かれこれ30年ほどになるそうです。標本画は例えば昆虫なら、その昆虫の標準的な姿を描くようにすることが大事で技法はいろいろあるものの、基本的に点描画が多いとのこと。

 川島さんも、点と線だけで描く技法に取り組んでいらっしゃいますが、点を打つにしても線を引くにしろ、細かい作業を強いられるので、さぞかし大変かと思いきや、ご本人曰く、根気はいるけれど、30年もやっているので慣れてしまったとか。

 心がけているのは、描くことに熱中し過ぎると実物から離れてしまうので、時々その標本に立ち戻ることだそうです。使っているペンは、漫画家さんが使う丸ペンと、製図用のペンでペン先の直径が0.1ミリから0.3ミリを使っているとのこと。

 また、標本画はモノクロが多いそうですが、何を伝える絵なのかによって、例え、色彩を伝えるためなら色をつけたり、形を示すのであれば、モノクロに留めておくなど、情報を詰め込まず、目的によって使い分けているそうです。

●川島さんが先頃出された本『標本画家、虫を描く〜小さなからだの大宇宙』にカブトムシのオスの標本画が掲載されています。体の黒い色や光沢、そして丸みがかったフォルムなどまるでモノクロ写真のようなんですが・・・これは標本を見ながら描いたんですよね?

協力:川島逸郎、亜紀書房

「そうですね。標本、実物ですね。それ以外から描くってことは、まず、ほぼないですね。必ず本物から描きます」

●細かい部分は顕微鏡で見ながら描くんですか?

「カブトムシは、そうは言っても昆虫の中では巨大なもんですから、顕微鏡も使うんですけれど、そういった場合には触覚だけを見るとか、口の先っちょだけを見るとか、爪の先だけを見るとか、そういった時には使います。全体的には普段私、巨大な虫あまり描かないもんですから・・・。

 カブトムシの場合は、測る道具があるんですけども、コンパスみたいな道具があるんです。それであちこち測っといて、大まかな形を描いといてから、細かな部分は顕微鏡で確認してからということになりますね」

●なるほど・・・。このカブトムシの標本画を完成させるまでに、どれぐらいの時間がかかったんですか?

「え~っと10日ぐらいですね。昔だと大体2日か3日で描いたんですけれど、やっぱりそう描けなくなってきて(苦笑)、10日かそれ以上かかるようになってきましたね」

●細かい作業ですよね~。この絵の対象になる昆虫の標本は、川島さん自身が採取してきた昆虫なんですか?

「私自身が自分で採取することもあるんですけれども、例えば絵を描いてくださいって言われた時に、その虫の専門家が頼んできたりってことがあるもんですから、それはその専門家が採取したものだったり、あとは各地の博物館に収まっているものをお借りしたりとか、それは毎回状況は違います。

 自分でもなるべく捕るようにはしているんです。ただ、昆虫ってのは膨大ですから、自分のところですべてあるってことはあり得ないです」

●海外の昆虫を描く場合はどうしているんですか? 写真を見て描くんですか?

「写真を見て描くことは100パーセントないですね。必ず標本、本物、実物なんですけども、大体その場合はそれを持っている研究者だったり、それを収蔵している博物館だったり研究施設だったり、そういったところからこれを描いてくださいっていう形でお借りすることになって、それで描くわけです」

●なるほど。必ず標本をもとにされているんですね。

「そうですね~。はい」

職人技のスケッチ

※絵にする昆虫の大きさとか、頭や胴体、足などの長さは正確じゃないとだめですよね? どうやってスケッチするんですか?

「昆虫の場合は、やはり外側が硬くて外骨格、海老とかカニと同じで、外側が硬いもんですから・・・比率とか長さとか、みんなちゃんと種類ごとにある程度決まっているので、そこが正確じゃないといけなくて、分かれている節の数とか・・・。

 そういった場合に顕微鏡で写生するんですね。全くお聞きになったことはないと思いますけれども、『描画装置』っていうのがあります。顕微鏡をイメージしていただくと、目で覗く部分がありますよね。レンズがあります。『接眼レンズ』っていうんですけれども、そこの手前にそれをはめるんです。はめるとプリズムだったり、斜めになった鏡がついていて・・・私は右利きなんですけれども、右利きのペンを持った手と、覗いた虫が一緒に重なって見えます。それでなぞってトレースしていくわけです」

協力:川島逸郎、亜紀書房

●へぇ~、そういう装置があるんですね。掲載されている標本画の多くは真上から見た構図になっていましたけれども、それはいわゆる昆虫標本と同じようにされているっていうことなんですか?

「そうですね。全身像を描く場合には、大体真上からっていう場合が多いです。虫によっては、トンボとかハチみたいなものは、側面から見たほうが特徴があって、そこに(その対象の)情報があるので、そういった場合には横向きにしますけれども、大体全身を示す時には背中、真上から見ることが多いですね」

●標本画を描かれている時にその昆虫の体の構造などから、新しい気づきだったりとかってあったりしますか?

「それは非常に多いですね。私たちが例えば、見慣れている蝶々だったりしても、飛んでひらひら舞っている姿はよく見ますけども、例えば口がどうなっているかとか、そういったところを初めて知ったっていうことは、いつもいつも毎回どんな虫でも、身近な虫であっても(気づきがあるので)、それが楽しみでもあるんですけども・・・」

●描く作業されている時は、どんなこと考えていらっしゃるんですか?

「描く作業している時にはあまりものは考えない・・・考えられないってこともあるかもしれません。ただ、例えば点を置いたりしますけれども、そういった時には点をひとつひとつ置きながら、次にどこに点を打つかというようなことは、半分無意識的なんですけど、ここに打ってここに打ってみたいな、その連続ですね」

●へ~〜、次のこと考えながら点を描いているんですね~。

「次に点を、ひとつの点を置く位置を見ながら、次はここに置こう、ここにっていう・・・」

●へぇ~すご~い、職人技ですね~!

「うん、そうですね。それは職人技って言えるじゃないかなと思います」

(編集部注:実は川島さん、30代の頃に目を患い、人工レンズを入れたことで意のままに見えなくなったそうです。画家としてはとても辛い状況になり、絵を描くために、対象である昆虫を顕微鏡で見ることになったそうです。最初はピント合わせがうまくいかず、慣れるまで大変だったそうですが、いまでは当たり前にこなせるようになったとおっしゃっていました)

線一本引くにも根拠がある

※標本画に向き合って、うまくいかないこともあると思いますが、あと少しで完成、というときに描き損じたりしたら、そのときはどうするんですか? いちからやり直すこともあるんですか?

「これは、いちから描き直しだなってくらい大きな失敗はまあ・・・まずない。ところが近年、一度もなかったような大失敗をしたことがあって、それは今回の本に書いたんですけれど、それも(いちから)描き直ししないで、その部分だけ切り取ってっていうことはしましたけども、そのぐらいですね。

協力:川島逸郎、亜紀書房

 あと部分的には紙にインクがにじんだりとか、そういうことがあったり、昆虫の毛を描くときに先がシャープに細くなっていたりっていうか、ちょっと失敗することがあって、非常に細かいんですけど、そういうのは普通に白い絵の具で塗って修正はしますね。でもそれは普通なことなんです」

●すごく緊張感のある作業ですね。

「そうなんですけど、私自身は楽しいんですね。ここを白で修正しなきゃみたいな、それをやってるのも、ものがちゃんと出来上がっている感じで、すごく楽しい!」

●本来、絵は描く人の自由な発想とか表現方法があって、自由奔放なものなのかなって思うんですけれども、川島さんが向き合っている標本画は、正確に昆虫を再現する制約があるように感じるんですが、描くときによりどころにしているものとかってありますか?

「例えば生き物の絵もそうなんですけど、そういった自由自在な、まあ絵っていうのは本来自由自在で、そこが楽しいんですけども、たまには線一本引くにも、これはなぜここの線を引かなければならないか・・・みたいな、そういった根拠がある絵って言うのが、今本当になくなっているんですね。

 逆にそういった絵があってもいいな~と思って、必ずここには理由があって、なぜこう描いているかっていうのは、必ず背景に基づくんですよっていう根拠があるんですね。それが(今)なくなってきただけに、それが生き甲斐っていうんですかね。そういうのを自分は取り込み続けてもいいんじゃないかなっていう、それがよりどころですかね」

●川島さんは大学時代に昆虫を研究されて、現在は「日本トンボ学会」や「日本昆虫分類学会」の会員でもいらっしゃいます。川島さんにとって標本画は、研究に近いことなのかなって思ったんですけれども、いかがですか?

「はい、ほぼ研究ですね。それが私の絵らしさの、おおもとになっているもんですから、やっぱりそういった研究的な視点で対象を見て、それをいかに他者に伝えるために表現するかっていうことが、やりがいっていうんですかね。でも楽しいことではあるんです」

人懐っこい「サラサヤンマ」

※川島さんがいつ頃から生き物の絵を描くようになったのか・・・川崎市に生まれ育った川島さんは、幼稚園に入る前から昆虫が大好きで、当時まだ川崎近辺には武蔵野の名残があり、田んぼなども残っていたことから、トンボやカエルを捕まえたりするような子どもだったとか。

協力:川島逸郎、亜紀書房
小学校3年生のときに描いた絵

 また、絵を描くのも大好きで、図鑑を見ながら、昆虫の絵を描いていたそうです。そして中学・高校では野鳥にも興味を持ち、自宅で鳥を飼うような少年だったそうですよ。

●川島さんは、大学では昆虫の研究をされていたそうですね?

「そうですね。大学に入る時に、私もあまり学校の勉強ができたほうではないので、絵を描くかどうするかなって思った時に、昆虫の絵をしっかり描くには、絵は後からでも勉強できるかもしれないけども、昆虫学っていうのは必ずこれは知ってないと描けないなって、その頃からちょっと思っていたんですね。なもんですから昆虫を学べるところにっていう経緯ですね」

●どんな研究をされていたんですか?

「ただ、そうは言っても学生ですから、特に私なんかあまり・・・周りには優れた学生がたくさんいたんですけどね。
 私はトンボが好きだったもんですから、その頃、熱中していたトンボがいました。それはまだどんなふうに育っていたのかわかっていなかったもんですから、せっかくだから調べてみようって・・・研究っていうか観察日記の延長みたいな、そのくらいのことしかしてなかったんですね」

●ちなみになんていうトンボなんですか?

「それは、サラサヤンマっていう、ちっちゃいオニヤンマなんです」

●サラサヤンマは、どんな特徴があるんですか?

「ヤンマって言うと、普通は例えばオニヤンマだったり、大きなトンボを想像されると思うんですけれど、(サラサヤンマは)すごく小さいですね。それが水辺っていうか、山の谷あいの湿地みたいなところに棲んでいるんですけども、すごく人懐っこいって言うんですかね。

 普通トンボって言ったら、例えば(人間が)近づいていくと逃げていきますよね。ところがサラサヤンマは湿地に棲んでいて、変わっていて、暮らしぶりもわかってない・・・。成虫に向き合った時に、オスは縄張りを張って、ずっとじーっと空中の一点で止まって、縄張りを飛びながらですね。

 例えば写真を撮ろうとしますよね。そしたらレンズに止まろうとして、追っ払っても払っても・・・私は飛んでいるところを撮りたいんですけど、手で追い払ってもまたレンズに止まりに来ちゃうような、そんなところがあったもんですから・・・。
 解明されてなかったことも多かったし・・・すごく色も綺麗なんですね、『サラサ』って名前つくぐらいですから。黄色と緑のちっちゃい波紋が体全体に散りばめられたようなトンボなんです」

●人懐っこいんですね!

「そうですね。ほかのトンボとちょっと趣が違うんですね」

(編集部注:川島さんは、2012年から神奈川県立生命の星地球博物館、2014年からは川崎市青少年科学館で、学芸員をやっていたこともあるんです。学芸員時代にトンボの特別展に向けて、先輩学芸員からポスター用の絵を描くように言われ、手がけたこともあるそうですよ。

 そんなこともあり、自然に生き物の絵を仕事にするようになった川島さんは、時代の変化に伴い、手描きの標本画がだんだん消えていくのを憂い、その素晴らしさを伝えるために、最後の生き残りになっても、標本画を描き続けたい! そんな気持ちを抱くようになったそうです)

『標本画家、虫を描く〜小さなからだの大宇宙』

ハチとトンボはわかりやすい!?

※よく質問されることだと思いますが、いちばん好きな昆虫はなんですか?

「一番目はハチですね。二番目ぐらいがトンボですね」

●えっ、ハチですか? そうなんですね。トンボがいちばんなのかと思いました。ハチがいちばん好きな理由っていうのは?

「小さな頃は、川崎で採取、虫取りしていた頃は、例えばクワガタムシなんかをやっぱり最初は捕るんですね。ところが同じのしか捕れないんですよ。ハチは非常に種類が多くて、形も様々で綺麗な斑紋を持っていたり、それがもう捕っても捕っても次の種類が捕れる、それが非常に楽しかったってことと・・・。

 あと私が大きくなってからは、標本だけじゃなくて野外での虫の生態、それも知ってないと、やっぱり描く大事な要素になりますので・・・。虫の写真を撮った時に、ハチとトンポは、虫が何したいかってのがすごくわかりやすい・・・。野外で昆虫の暮らしを見ていた時に、例えば獲物を狩りたいんだなとか産卵したいんだなってのは、すごくわかりやすいわけです。それが非常に野外で虫の生活を見ていて楽しかったんですね。

 例えばそれがセミだったら、ミンミン鳴いていますけれども、なかなかいつ産卵したいのかなって、表情が鳴いている以外はわかりにくいんですね。今は私でもわかるようになったんですけども・・・。ところがハチとトンボは、見て何したいんだなってわかりやすいってのが、すごく親近感を覚えるっていうか、楽しさもあります」

●昆虫をよく見て絵を描くっていうのは、その昆虫を、ひいては自然を知ることにもつながりますよね? 是非、子どもたちにもやってほしいですよね。

「そうですね。それが例えば虫ではなくても、その虫を描くっていうのではなくても、身近に共に生きている生き物、あとは自然環境ですね。
 それがすごくわかりやすいって言うんですか、虫を見ることによって自然のありよう、環境のありようってのもわかりやすいもんですから、その自然感を一般の人にも持ってほしいなっていうのは、(以前)博物館にも勤めたもんですから、よくそのようなことを考えていました」

●では最後に、川島さんにとって昆虫とは?

「そうですね・・・昆虫がそうしてくれているわけではないんですけれども、人に例えるならば、恩人ですね。私のひとつのキャラクターを形づくってくれたっていうんですかね。虫がなければ、私らしさってのも出せなかったかもしれませんので、そういった意味ではその恩があります」


INFORMATION

『標本画家、虫を描く〜小さなからだの大宇宙』

『標本画家、虫を描く〜小さなからだの大宇宙』

 川島さんの新しい本には専門家が一目置く、点と線だけで描いた緻密な標本画が100点掲載されています。また、文章からは自ら描いた標本画と昆虫に向き合う生き様を感じ取ることができると思いますよ。ぜひ読んでください。亜紀書房から絶賛発売中です。詳しくは、出版社のサイトをご覧ください。

◎亜紀書房 :https://www.akishobo.com/book/detail.html?id=1176&st=4

 川島さんのオフィシャルサイトも見てくださいね。学芸員時代に特別展のポスター用に描いたトンボ「ヤブヤンマ」のカラーの絵も見ることができますよ。

◎川島逸郎オフィシャルサイト:https://www.kawashima-itsuro.com

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