2022/7/10 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、ガラパゴスバットフィッシュ愛好家で、NPO法人「日本ガラパゴスの会」のスタッフ「バットフィッシャーアキコ」さんです。
アキコさんは1991年、東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業。在学中にガラパゴス諸島を訪れ、卒業後には、現地のチャールズ・ダーウィン研究所のボランティア・スタッフとして活動。現在は、日本人でもっとも多くのガラパゴスバットフィッシュを観察してきたスペシャリストとして、講演や執筆、メディアへの出演など、幅広い活動をされています。そして先頃、『バットフィッシュ 世界一のなぞカワくん〜ガラパゴスの秘魚』という本を出されました。
アキコさんのインタビューをお届けする前に、きょうのお話の主人公ガラパゴスバットフィッシュについて説明しておきましょう。ガラパゴス諸島の海に生息するへんてこりんな魚で、英語名が「バットフィッシュ」。「バット」はコウモリのことなので、直訳すると「コウモリのような魚」となりますが、写真を見ると、コウモリには見えません。
見た目の最大の特徴は、真っ赤な口紅を塗ったような唇! 体の大きさは15〜20センチほど、正面から見ると甘食パンのようで、上から見ると矢印のような形、胸びれや腹びれが足のようになっていて、海底の砂地を歩き、魚なのに泳ぎが苦手など、およそ魚らしくない特徴を持っています。
そんなバットフィッシュの存在を知り、一瞬にして虜になったアキコさんは、敬愛の意味と、あまりにも知られていない魚だったので、少しでも知名度を上げたいという強い思いで「バットフィッシャーアキコ」と名乗るようにしたそうです。
きょうは、謎だらけのガラパゴスバットフィッシュについてお話いただくほか、どうしても会いたくてとった、信じられない行動に迫ります。
☆写真協力:バットフィッシャーアキコ
なぜ、真っ赤な唇!?
●番組の冒頭で、ガラパゴスバットフィッシュの特徴についてご説明しましたが、写真を見て、特に目を引くのが真っ赤な口紅を塗ったような唇です。なぜバットフィッシュの唇が赤いのか、わかってるんですか?
「これは本当に不思議で、おっしゃる通り、口紅を塗ったかのような真っ赤なリップなんですけど、どうしてこんなに真っ赤なのかは、実は全く解明がされていません。そしてもっと不思議なのは、この真っ赤な唇が海の中で見ると全然目立たないんですよ」
●すごく目立ちそうですけどね。
「そうなんです。海の中は陸上と違って、赤色が吸収されてしまう性質があるので、大体水深3メートルくらいから赤色はだんだん色味が暗くなってきて、10メートルを過ぎたあたりから輪郭もぼやけて黒い感じに見えてしまいます。
ガラパゴスバットフィッシュが生息している水深20メートルあたりですと、その真っ赤な唇はなんとなく黒いぼやけた物体のようで、そもそもちょうど顔面の中央に黒っぽい模様がある魚なんですけども、その模様の中に隠れてしまって、どこに口があるか分からないですね。
これは私の個人的な推測なんですけども、唇が赤い理由はもしかしたら、赤いことによって唇を見えなくさせて、例えば獲物となる魚に、ここに自分の口があるよっていうことを悟らせない戦略なのかなと勝手に推測しています」
●そうなんですね〜。その口の上の部分、割と大きな目の先にある出っ張りのようなものは? 尖った鼻のようにも見えるんですけれど・・・。
「すごく不思議ですよね。横から見るとピノキオの鼻のような物体なんですけれども、これは一応、吻(ふん)と呼ばれる名称が付いています。バットフィッシュの仲間全般そうなんですけれども、釣りでいうルアーのような、擬似餌というのをピロピロと出し入れして、獲物をおびき寄せるんです。
この吻の先から出すのかと思いきや、そうではなく、吻の下からその擬似餌をピロピロと出し入れするので、実質その吻は本当に何のためにあるのかが分からないんですね」
●面白いですね〜! 飾りみたいになっちゃってるんですね。
「本当に飾りなのかな〜みたいな感じですね(笑)」
●魚の分類でいうと、どんな魚の仲間なんですか?
「アンコウの仲間ですね。皆さんもご存知のチョウチンアンコウですとか、そういった類の仲間になります。チョウチンアンコウもそうですけれども、擬似餌のようなものをピロピロと出し入れして、獲物となるものをおびき寄せて、パクッと食らいついて生計を立てていると言いますか・・・」
●生息しているのはガラパゴス諸島の海だけなんですか?
「そうですね。ガラパゴスバットフィッシュに関しては、発見された当初はガラパゴス諸島の固有種だとされていたんです。のちに実はペルー沖でも発見しましたという論文が出たんですけれど、その後、現在に至るまで、ほかにペルー沖で発見されたという例ですとか、論文がひとつもないので、実のところ、私個人としてはガラパゴス諸島の固有種と言ってもいいのではないだろうかと考えていますね」
(編集部注:ガラパゴスバットフィッシュが属するアンコウ目アカグツ科ニシフウリュウウオ属の魚は、世界に13種類いるとされ、そのすべてが南北アメリカ大陸の近海に分布しているそうです)
運命の出会い、そしてスペイン語!?
※アキコさんがバットフィッシュの存在を、いつどんなきっかけで知ったのか、気になりますよね。お話によると、高校3年生の夏、「海の日」に下北沢の本屋さんでたまたま手に取った生き物フォトブック、そこに載っていたガラパゴスバットフィッシュの写真に衝撃を受け、一瞬にして虜に!
そしてレジに走り、即お買い上げ! 家に帰る時間ももどかしく、近くのファーストフード店に駆け込み、バットフィッシュの写真を夢中で見続け、気がついたら、2時間、経っていたそうです。
アキコさん、バットフィッシュのどんなところがそんなに魅力的だったんですか?
「なんでしょう・・・フォルムですか・・・甘食パンのようなボディに前足後ろ足が生えてるようなルックスもそうですし、口紅を塗ったかのような真っ赤な唇もそうですし、何か言いたげな目と言いますか、すべてが自分の中で、こんな生き物が地球上に存在したのかという喜びと興奮で一気に惹きつけられて、魅せられてしまいました」
●確かにインパクトのある魚ですけれども、ただただ面白いなと思うだけじゃなくて、アキコさんは行動に移したわけですよね? バットフィッシュに会うためにまず始めたことはどんなことなんですか?
「まず最初に、きっかけとなったバットフィッシュの載っている本を読んでいた時にすぐに思ったのは、この魚に会いたい、どうしたら会えるんだろう、(本を)見たところ、ガラパゴス諸島というところに生息している、ガラパゴス諸島はどうもエクアドル領らしい、エクアドルという国はスペイン語圏・・・ということはスペイン語を勉強すれば、話せるようになれば、会えるじゃん! っていう安直な考えで、当時高校3年生だったこともあり、大学の希望の進路をスペイン語の学科に設定しました(笑)」
●もともと語学は得意だったんですか?
「それが全くだめでございまして、もう本当にガラパゴスバットフィッシュに夢中になってしまったため、自分が語学が嫌いで苦手だということをすっかり忘れていたので、大学に合格してからやっと思い出しましたね」
●すごいですね! 研究者になろうとは特に考えなかったんですか?
「そうなんですよ。本当に会いたい! スペイン語を喋れれば会えるじゃん! っていうことしか思いつかなかった安直な頭だったので、よし、研究者に! っていう考えが全く浮かばなかったんですよね」
●スペイン語を勉強して、初めてガラパゴス諸島に行ったのはいつ頃なんですか?
「初めて行ったのが大学3年生の夏休みですね。語学がすごく苦手だったので、入学してから大変苦労したんですけれども、3年生になると少しばかりは会話もできるようになってきまして、ダイビングのライセンスも取得できたタイミングだったので・・・」
●もともとダイビングとかもされていたんですね。
「実を申しますと、泳ぎが全くダメなんですね(笑)。ただ唯一、会える方法というのがガラパゴス諸島の海でダイビングするという手段しかなかったので、水がそもそも苦手だしカナヅチなんですけれども、決死の思いでダイビングの講習に申し込みまして、すごく苦労しながら、自分で独自の特訓を重ねながら、なんとかダイバーになったという次第です」
報われた瞬間!
※アキコさんが大学3年生の夏休みに、初めて訪れたガラパゴス諸島は南米エクアドルから西へおよそ1,000キロの、太平洋に浮かぶ火山群島。ほかに類を見ない動植物の宝庫で、あのチャールズ・ダーウィンが「進化論」を書くきっかけにもなった島々としても有名。1978年に世界自然遺産の第1号のひとつとして登録された、世界中の研究者たちが注目している生き物たちの楽園です。
アキコさんによれば、日本からガラパゴス諸島に行くまで、トランジットの時間も入れると30時間ほどかかり、動植物の保護のため、検疫など含め、かなり厳しい規則と検査があり、それをパスしてやっと島に入ることができたそうです。
また、島に上陸してからも、野生生物とは2メートルの距離を取るなど、厳しいルールが課せられ、ダイビングできるのは許可されたエリアだけ。船の数や参加人数も制限されていて、ダイビングするためには必ず事前にツアーに申し込まなければいけないそうです。
ツアーに参加して、ダイビングエリアに潜って、すぐにバットフィッシュに会うことはできたんですか?
「私、すごく幸運なことに、初めてガラパゴス諸島に行った年の、本当に初めての1本目のダイビングでお会いすることが叶いました!」
●どうでした? 初めてお会いして。
「何人かのお客さんのグループと一緒に潜ったんですけれども、先頭を泳いでいるガイドが見つけてくださって、いるよって指をさした先に、うわー! いた! って感じだったんです。
でも、元気に泳いでるねっていうのでは全くなくて、砂地の上に静かに佇んでいる、どちらかというと、例えば落し物が落とされたままになっているみたいな空気のほうが近いんです。
すごく静かにひとりで砂地に佇んでいて、しかしその様子を見て、こちらとしてはもう本当に大興奮で、すべての血管という血管がフルで、血潮が駆け巡るような興奮を覚えました」
●苦手な言語も泳ぎも頑張ってよかったですね!
「報われた瞬間でした!」
※初めての出会いから現在に至るまで、何匹くらいのガラパゴスバットフィッシュに出会っているんですか?
「現在、累計55バットに会っておりまして、これをお話すると、意外と少ないじゃん! って、おっしゃるかたもいらっしゃるんですけれども、ガラパゴスバットフィッシュは、ガラパゴス諸島でダイビングすれば、必ずしも会えるという魚ではないんですね。
時期と場所を選んで潜って、そこまでしてでもやっと一回のダイビングにつき、1バット会えるか会えないかぐらいのレア度なので、私にとってはこの55っていうのはとっても大きいですね!」
●これまで出会った55バット、それぞれ個体差とかっていうのはあるんですか?
「例えば見た目、体の模様のつき方ですとか、ピノキオの鼻のような吻の長さが違うといった身体的な特徴はもちろんなんですけれども、何よりも性格に違いがあるなということは実感しています。
例えばバットフィッシュがいた! と言って、私たちダイバーが駆け寄ってカメラを向けた時に、ずーっとぼーっとしている個体もいれば、どうしようって困って後退りをした末に泳いで逃げていく個体もいれば、後退りをした後に諦めてフリーズしてしまう個体もいます(笑)。
あとはもう見るからに怒った顔で、こちらに向けて口をパクパクして何かを訴えてくるような個体もいたり、もう本当に人と同じですよね。反応の違い、性格、本当に一匹一匹違うなということは、すごく実感しました」
チャールズ・ダーウィン研究所で熱く語る!?
※アキコさんは、ガラパゴス諸島のサンタ・クルス島にあるチャールズ・ダーウィン研究所のボランティア・スタッフとして活動していたそうですが、世界中の研究者たちが憧れる研究所に、いったいどんな経緯でスタッフとして入ることができたんですか?
「これがもとを正せば2度目の渡航の時ですね。大学4年生の夏に再びガラパゴス諸島を訪れたんですけれども、その際にチャールズ・ダーウィン研究所にちょっとお邪魔できる機会を頂戴いたしました。
その時に海洋生物部門のオフィスにご案内いただいて、そこで、”ガラパゴスバットフィッシュって研究されていますか?”ってワクワクしながら尋ねたところ、”ん? バットフィッシュ、やっていないよ”っていうふうに返されてしまって・・・。
もう私は大ショックだったんですね。あなたたちのお住まいのこの海に、こんなにも珍しい魚がいるのに、全く研究の対象にしないなんて、もったいないですよ! みたいなことを、ど素人の私がプロの研究者たちに向かって、思わず熱く語ってしまったところ、”そんなに好きなら、うちに来ればいいじゃん!”と声をかけていただけまして・・・。
その時が大学4年生の夏で、あと半年学校が残っていたので、では卒業したら、こちらに来ます! っていう約束をして、無事に卒業をし、来ました〜という勢いで研究所に戻ってきたところ、”ごめん! 実は今、席が空いていないんだ”と言われてしまったんです。
でももう来ちゃったし、どうしようと思っていたら、”それなら私が引き取ります!”と申し出てくださったかたが現れて、そのかたが長をしている、同じダーウィン研究所の植物部門のプロジェクト『ガラパゴス・ベルデ2050』というチームに所属する運びになりました」
●研究者にとってはすごく憧れの研究所ですよね!
「そうですね。私が在籍していた時にも、世界から毎日(研究所に)所属したいという希望が100通以上メールで届いていましたね」
●すごいですね! そういう研究所に所属できるというのは!
「そうですね。すごく幸運なことでございました。平日は自分が所属していた植物部門のチームで、ガラパゴスの在来植物の保全の研究や調査などを行ないながら、休日は個人的に海に行ってダイビングをして、ガラパゴスバットフィッシュの観察を続けて、自分なりにノートに気付いた点とか疑問に思った点を毎回つけていました。
あとは現地の海洋生物学者の皆さまであったり、ダイビング・ガイドの皆さまに聞き込み調査などを行なったりしていましたね」
ガラパゴスで感じた人間のおごり
※ガラパゴスで暮らした経験のある日本人は、ほとんどいないと思うんですけど、実際に暮らしてみて、ガラパゴスの自然や生き物から、どんなことを感じましたか?
「ガラパゴス諸島の生き物は、基本的に人間をあまり恐れないんですね。野生生物に2メートルを越えて近づいてはいけないよっていうルールがあるんですけど、実際にその2メートル・ルールを破ってくるのは、生き物側が多くて、ズカズカズカってこっちに近寄って来ちゃったりするんですね。島に住んだ当初はベンチに座っていると、アシカにベンチを奪われることもあったりしました。
最初の頃はそれにすごく驚いてしまったんですけれども、住んでいるうちにだんだん、これって、なんというか自分が人間であるおごりだったなというか、人間が座っているのになんで来るんだよっていう思いが、多分どこかにあったのかなって思い始めました。やはりガラパゴスに住んでいると、生き物たちは同じ環境に棲んでいる対等な生物、対等な存在なんだなと思うようになりましたね」
●なるほど〜。今後明らかにしたいバットフィッシュの生態はありますか?
「もうたくさんあるんですけれども(笑)、そのうちのひとつが、私がダーウィン研究所にいた時に海洋生物部門の人に声を掛けていただいたことがあって、その時に”アキコ、この間、自分は海底探査をするために潜水艦に乗ったんだけれど、その時に水深200メートル・エリアにすっごい数のガラパゴスバットフィッシュがいたよ!”って教えていただいて、もうそれを聞いて大興奮ですよね!
普段はダイビングの時だと会えて1バット、基本的に単体でいることがほとんどの存在が、水深200メートル域にすごい数がいたっていうのが、どうしてなんだろうっていうのもありますし、果たしてそこがメインの生息地なのか、もしそこがメインの生息地だとしたら、逆になぜダイビングで見られるような水深20メートル・エリアにも出てくるのか・・・いろいろ謎があるので、とにかくその水深200メートル・エリアのすごい数のバットフィッシュを、自分の目でも是非見てみたいですし、その理由を解明したいです」
●楽しみですね! なんかワクワクしますね!
「ワクワクします!(笑)」
●では、最後にアキコさんにとってバットフィッシュとはどんな存在ですか?
「私にとって最愛の存在であり、人生の起爆剤でもあるかなと思っています。もともと語学も苦手だし嫌いだしっていう人間がスペイン語を勉強して、現地に住むようになったりですとか、泳ぎもダメ、水に触るのも怖かったような人間がダイバーになって、現地の海で潜るようになったりですとか・・・。
ガラパゴスバットフィッシュに出会わなければ、絶対に着手しなかった領域に、私の見識を広めてくれたというか、私の世界を広げてくれた存在なので、本当に人生におけるターニング・ポイントとなってくれたので、本当に感謝していますね」
(編集部注:ガラパゴスバットフィッシュの生態は謎だらけで、何を食べているのかも分かっていません。アキコさんによれば、カニやエビなどの甲殻類や軟体動物ではないか、ということですが、実はだれも捕食シーンを見たことがないそうです。
ガラパゴス諸島の生き物は一切、島外には持ち出せないため、ガラパゴスバットフィッシュは、世界のどこの水族館でも飼育されていないということですが、近縁種のニシフウリュウウオ属の仲間は、国内の水族館で見られるところがあるそうです)
INFORMATION
『バットフィッシュ 世界一のなぞカワくん〜ガラパゴスの秘魚』
ガラパゴスバットフィッシュへの畏敬の念と愛にあふれた本です。ぜひ読んでください。専門の研究者がいない中、地道な観察や、数少ない論文などを参考に書きあげた、世界に誇るバットフィッシュの専門書と言っていいかもしれません。といっても、難しい本ではなく、ガラパゴスでの生活やチャールズ・ダーウィン研究所での体験など含め、楽しく読めます。巻末には、これまで出会った55バットの観察記録が写真入りで掲載されていますよ。
さくら舎から絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎さくら舎HP:http://sakurasha.com/2022/04/バットフィッシュ-世界一のなぞカワくん/
バットフィッシャーアキコさんのオフィシャルサイト、そしてアキコさんがスタッフとして活動されている「日本ガラパゴスの会」のサイトもぜひご覧くださいね。
◎バットフィッシャーアキコHP:https://www.batfisherakiko.com
◎「日本ガラパゴスの会」HP:https://j-galapagos.org/