2025/12/28 UP!
◎石野昇太(沖縄在住の水中写真家)
『「エコロジカル チャイルド」〜沖縄の海からもらった恩恵を、沖縄の子供たちに還したい』(2025.12.28)
◎長野麻子(ベンチャー企業「モリアゲ」の代表)
『森にハマったモリアゲねえさん、日本の森をモリアゲる!』(2025.12.21)
◎イルカ(シンガー・ソングライター)
『来年、活動55周年のイルカさん、20年ぶりに出演!〜「あいのたね♡まこう!」、地球と人への思いに迫る』(2025.12.14)
◎竹沢うるま(世界を股にかける写真家)
『写真展『Boundary|中心』〜世界の中心は一体どこにあるのか?』(2025.12.07)
2025/12/28 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、沖縄在住の水中写真家「石野昇太(いしの・しょうた)」さんです。
石野さんは、ダイビングショップの経営者3人と立ち上げた一般社団法人「エコロジカル チャイルド」の代表理事でもいらっしゃいます。
石野さんは東京生まれ、沖縄育ち。立教大学卒業。大学時代に先輩に地球の3分の2は海、その海の世界を見たくないかと誘われ、ダイビングサークルに入部し、スキューバダイビングのライセンスを取得。現在は水中写真家、そしてプロダイバーとしてダイビングツアーを企画するなど、ガイドとしても活躍されています。
そして3年前に立ち上げたエコロジカル チャイルドは、地元沖縄の子供たちにシュノーケル体験を提供する活動からスタート。現在は一般社団法人として、活動の幅を広げていらっしゃいます。
きょうはエコロジカル チャイルドで行なっている子供たちの海の体験イベントや、石野さんの海への思い、そして、今年出版した、『神秘的で美しい 海の生きもの図鑑』のことなどうかがいます。
☆写真協力:石野昇太


海の美しさ、大切を子供たちに
※どんな思いで「エコロジカル チャイルド」を始めたのか、教えてください。
「私たちプロダイバーは、日頃から海に接して働いているという職業なので、もともと海への関心は高い部類にいるんですね。それは私たち自身が海の価値を身近に感じているからなんじゃないかな~と思っています。
もともと沖縄に暮らす人々は、あまりマリンレジャーに関心がある人っていないんですけど、もっと地元の人に海の価値を知ってもらいたいというような思いから(エコロジカルチャイルドを)スタートしました。
エコロジカルチャイルドの発想っていうのは、子供の頃から自然に触れていれば、自ずと自然を大切にする大人に育つよねっていう考えからスタートしています。
私自身、弟と年の離れた妹がいるんですけど、子供の頃から弟と私は、沖縄に里帰りしていることが多かったんですね。そのせいというか、沖縄の文化に慣れ親しんでいる幼少期を過ごしたんです。今は弟も沖縄に移住してきていて・・・。
一方で妹はけっこう年が離れていて、あまり里帰りしていないんですよね。なので、あまり沖縄には興味はなさそうなんですけど・・・。
だから・・・何て言うんですかね・・・自由に暮らしている兄ふたりを見て、(妹は)堅実に成長したと言いますか・・・。
要は子供の頃の体験は、将来の人格形成に影響するんだろうということから、自然に対するリスペクトを早めに育んでおけば、その子供たちが大人になった時に、考え方っていうのはどんどんつながっていくんじゃないかと思っていて、子供たちに海の美しさ、大切さを知ってもらおうという活動を始めたっていう感じです」

(編集部注:エコロジカルチャイルドの現在のおもな活動は、地元沖縄の環境保護団体が開催するビーチクリーン・イベントに参加してくれた家族を対象にシュノーケル体験を無償で提供。また、水中で撮った写真や映像を子供たちに見せて、海の生き物について教える、環境教育的なことにも取り組んでいるそうです)
沖縄の子供たちのために
※キッズ・シュノーケルなどのイベントには、沖縄以外の子供たちも参加していますか?
「いや、実はですね、沖縄の子供たち限定でやっているものなんですよ。というのも、沖縄って子供の相対的貧困率が全国でワースト1位なんですね。あと、ひとり親世代の発生率も全国平均の約2倍ぐらいあって・・・。
マリンレジャーの料金がコロナ禍以降、物価高の影響で、いろんな物価高がありますけど、それに合わせてマリンレジャーも料金が上がっています。そんな状況ですので、沖縄の子供たちにマリンレジャーに参加してほしいと思っても、あまりそういう活動に参加できる人っていないかなと思っていて・・・。
なので、観光で沖縄に来られる人は、ちょっと言い方が悪いんですけれども、お金を払ってもらってレジャーに参加してもらう。そのお金を地元の人に還元する・・・。私たちプロダイバー、沖縄で働いているプロダイバーは、沖縄の海の資源をお借りして仕事をさせてもらっているので、地元の人に還元しようっていう思いがあって、沖縄の子供たちを限定にして活動をしています」
●なるほど。近くに海があるのに実際に遊べる子供たちは、意外と多くはないかもしれないってことなんですね。
「そうですね」
●イベントに参加した子供たちの反応はいかがですか?
「実際お子さんたちも、海を見たことがない子ってけっこう多いんですよ。なので、やっぱり楽しそうにしてくれますね。
初めて海に潜るので、水に顔を付けるのも怖がっていたお子さんたちが、何回も参加してくださるうちに、もっと泳げるようになっているんですよ。それを見られるのはやっぱり嬉しいですし、できたら大人になったら(私と)同じようにダイバーになってくれたら、嬉しいな〜なんて思っているんですけどね」

海を見て、知って、体験してもらう
※キッズ・シュノーケルなど、海でのアクティビティを子供たちと一緒にやる時に心がけていることは、どんなことですか?
「私たちは自然を守りたいっていう思いでやってはいるんですよ。それを子供たちに知ってほしいなと思っているんですけど、それを押し付けるつもりはなくて、ただ海のことを見て、知って、体験してもらうっていう、それだけが願いですね。
やっぱり自分のテリトリーというか、例えば自分の家の庭にゴミが落ちていたら拾うでしょうし、ゴミを捨てようなんて考える人はまずいないと思うんですよ。ダイバーがゴミに対して関心が高いのは、たぶんそこにあって、やっぱり子供たちも実際に海に入って遊べば、そこは自分のテリトリーだという意識が自然に生まれるような気がするんですね。なので子供たちには、ただただ海で遊んでもらいたいっていうことだけを考えています」
●海で遊ぶ子供たちとか若い人が減っているなんていう話もありますけれども、やっぱり海に親しむことって大事ですよね。
「そうですね。海ってやっぱり風もあるし、波もあるし、人間の五感を研ぎ澄ませるには、とてもいい場所だとは思うんですよ。
ただやっぱり海に入ると、ちょっと面倒くさいんですよね。潮があってベトベトするし、日焼けもするし、現代の人々にとってはちょっとマイナスなことって、けっこう多いかなとは思うんですけど、実際海に入るとやっぱり童心に返ると言いますか・・・やっぱりいいな! って思うと思うんですよ。
やっぱり自然に触れればリラックスもするし・・・お客さんに多いのが、東京で仕事で忙しい思いをしている人たちが、海に入ってリラックスするっていうことは多々ありますので、なるべく海に入って、それでリラックスしてほしいなと思いますね」
図鑑らしくない図鑑!?
※水中写真家になろうと思ったのは、どうしてなんですか? 何かきっかけのようなものがあったんですか?
「僕は、実は大学を卒業した後に八丈島っていう東京の離島に5年ぐらい暮らしていたんです。そこでダイビング・インストラクターをしていたんですね。
もともと写真家にはなりたいなとは思っていたんですけれども、どういう写真を撮るかって考えた時に、商業的な水中写真というよりは、ホームとなる目の前の海で毎日潜り込んで、生態というんですけど、生物たちの営みを記録していくことが大事じゃないかなと・・・そういうのを観察する上で撮影をして写真にするほうが、人の心を打つんじゃないかなと思ったんですね。
それでしばらくダイビング・インストラクターをしていたんです。そうやってプロダイバーとしてお客様に生物の生態行動を通して、海の変化だとか海の魅力を伝えてはきたんですけれども、次の段階として海に潜らない人々に実際、海の中では何が起きているのかとか、海の中を見て感じてもらいたいなと思って、写真家としての活動をスタートしたっていう感じですね」

●水中写真家として先頃出された新しい本『神秘的で美しい海の生き物図鑑』を私も拝見させていただきました。タイトルの通り本当に神秘的で美しいですね!
「ありがとうございます!」
●引き込まれました! 図鑑というよりも写真集のような印象だったんですけれども、この図鑑のいちばんのアピール・ポイントはどんなところでしょうか?
「今おっしゃってもらったように、図鑑らしくないところがいちばんのアピール・ポイントなんですよね。図鑑ってちょっと堅苦しいイメージがあるんじゃないかなと思うんですけど、この本は写真集的な見せ方をしていて、魚の背景がカラフルな写真が多いことが特徴です。魚も色鮮やかで可愛い種類を中心に選んでいて、ほかにも面白い顔だったり、不思議な形をしている生物を載せています。


その上で長年、海を見続けてきた立場として、繁殖とか生態行動を紹介していて、小さいけど生態系にとっても重要なプランクトンの章もあったりするんですよ。普段、海とは遠い生活をしている人々にとって、海のことに少しでも思いを馳せながらリラックスしてほしいなと思って、この本が作られています」
●やはり沖縄の海で撮った写真が多いですか?
「実は・・・5年間暮らしていた八丈島の写真もけっこう載せてあって・・・あと日本だけじゃなく世界中、例えばオーストラリアとかモルジブ、パラオなんかで撮ってきた海(の生き物)なんかも入っています」
(編集部注:新しい本『神秘的で美しい海の生きもの図鑑』は、水中写真家の茂野優太(しげの・ゆうた)さんとの共著となっていて、掲載している写真は半分ずつくらいだそうです。監修は北里大学・名誉教授の井田 齋(いだ・ひとし)さんとなっています)
オスの求愛行動に感情移入!?

※海の中で生き物たちを見ていて、どんなことを感じますか?
「魚たちは生き残るために、あるいは子孫を残すために巧妙な戦略を練っていて、生物の多様性に日々驚かされているっていう感じですね。あまり擬人化するのは好きじゃないんですけど、産卵のシーンとか求愛のシーンを見ている時はどうしても感情移入してしまいますね」
●それはどんなふうに感情移入されるんですか?
「キンチャクダイ科の魚を例にすると・・・春になると産卵が始まるんですけど、最初はオスもメスも産卵に慣れてないので、ちょっと下手くそなんですよ。なので、産卵に至るまでの求愛行動がけっこう長めに行なわれるんですね。
見ているほうとしては、頑張れ! っていう気持ちになりますね。それが真夏になってくると上手になるので、ポンポンポンポン産卵しちゃうんですよ。だから観察している身としては物足りないと言いますか、もう終わっちゃったの? っていう感じになるんですね。
夏も暮れてきて晩夏になってくると、メスはもう産卵する気がないんですけど、オスだけはまだバリバリやる気で、ずーっと求愛しているんですよ。男としてはそこはちょっと悲しいというか、これはたぶん男にしかわかんないかなと思うんですけどね(苦笑)。一生懸命、求愛しているんですけど、もうメスはやる気ない・・・。
魚の世界は種類にもよるんですけど、基本的にメス主体で産卵が行なわれるので、メスの同意がなければ、絶対に産卵に至れないんです。そういうことを人間の世界に置き換えた時にちょっと悲しくなるというか、そういう感情移入の仕方をしますね」
●そうなんですね。この図鑑を手に取るかたに、どんなふうに楽しんでもらいたいですか?
「ダイビング・ガイドとして長年海に潜っていて、興味深いなと思ったことをなるべく詰め込みました。

卵から生まれて浮遊期間を経て成長して、また産卵するまで・・・そういう魚の一生を見ることができる本じゃないかなと思っているんですよ。なので、生きるために考え抜かれた戦略ですとか、どうしてそうなったんだろう? っていう不思議な形をした魚がいっぱいなんですね。
そういう人の想像を超えてくる生物が、200種以上載っているので、ひとつひとつの生物と向き合いながら1年の流れを感じつつ、ゆっくり読んで欲しいなと思います」
(編集部注:石野さんは南の海だけじゃなく、北海道の海にも通っていて、知床では流氷ダイビングのガイドもやっているそうです。
石野さんご自身は来年、琉球大学大学院に入り、海の生き物の研究者にもなるそうです。ダイビング・インストラクターの地位を高めたいという、そういう思いもあるとおっしゃっていました。)
INFORMATION
水中写真家、石野さんと同じく茂野優太さんのふたりによる新しい本をぜひ見てください。石野さんもおっしゃっていましたが、いい意味で「図鑑らしくない図鑑」、とにかく写真がカラフルで綺麗なんです。海の生き物、およそ280種を紹介。神秘的で美しい生き物たちに癒されること、間違いなしです!
ナツメ社から絶賛発売中! 詳しくは、出版社のサイトをご覧ください。
◎ナツメ社:https://www.natsume.co.jp/np/isbn/9784816377358/
エコロジカル チャイルドとしては、来年6月に開催される「世界海洋デー」に向けて、チャリティ・イベントを予定。現在、その準備を行なっているそうです。また、雑誌を作る計画もあるとのこと。これは去年、高い海水温のため、沖縄のおよそ90%のサンゴが白化し、死滅したそうですが、その後の少しずつ回復している様子を写真に収めているので、それを見てもらうためだそうです。

エコロジカル チャイルドの活動については、オフィシャル・サイトを見てください。寄付という形で支援することもできます。
◎エコロジカル チャイルド:https://www.ecologicalchild.org
2025/12/28 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. CAKE BY THE OCEAN / DNCE
M2. INTO THE BLUE / KYLIE MINOGUE
M3. ONLY THE YOUNG / JOURNEY
M4. PURE SHORES / ALL SAINTS
M5. HERO / 安室奈美恵
M6. OCEAN EYES / BILLIE EILISH
M7. IF EVER / STEVIE WONDER
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2025/12/21 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、ベンチャー企業
「モリアゲ」の代表「長野麻子(ながの・あさこ)」さんです。
長野さんは愛知県安城市(あんじょうし)生まれ。東京大学卒業後、94年に農林水産省に入省。キャリア官僚として食品産業や広報の室長などを歴任後、2018年に林野庁の木材利用課長に。この時に森にハマってしまい、2022年に早期退職。その年にモリアゲを設立。現在、森林業コンサルタントとして全国を飛び回り、日本の森を盛り上げる活動に取り組んでいらっしゃいます。
社名の由来は「日本の森をモリアゲる」から来ていて、ご本人曰くダジャレ。創業した頃は、社名を言うのが恥ずかしかったそうですが、わかりやすくて覚えやすいことや、起業から3年で41の都道府県を巡り、講演活動などに取り組んだことで長野さんの知名度もどんどんアップ! 今では業界で「モリアゲねえさん」と呼ばれ、親しまれているそうです。
きょうはそんな長野さんに、農林水産省を早期退職するに至った思いや、企業と森を結びつける「一社一山(いっしゃひとやま)」運動、そして木の暮らしを取り戻すための「ウッド・チェンジ」プロジェクトのことなどうかがいます。
☆写真協力:モリアゲ

企業と森をつなぐ「一社一山」運動
※長野さんは、日本の森をモリアゲるために会社として、そして森林業コンサルタントとして、いろんな活動をされています。どんなことに取り組んでいるのか、教えてください。
「ひとことで言うと、難しいですけど、好きなことをやっているだけなんですよ。日本の森の現状を考えると、これまで先人が植えてくれた木を育てている間に、森にお金が貯まらなくなっちゃったっていうか、儲からなくなっちゃったっていうのがあるんですね。
森にきちんと、次の森を作るためのお金が戻るように、森への資金循環って言ってますけれども、そういうことができるように企業のみなさんに森に関わってもらう「一社一山」運動とかですね。
あとは森林環境税っていう、国民のみなさんからもらったお金を、森の整備に使う仕組みもありますので、そういうものが地域の森のためにうまく使われるようなコンサルティングをしたりしています。
森と人の暮らしが離れちゃったのはなぜかっていうと、木を使わなくなった・・・森の大きな恵みのひとつである木材を、私たちの暮らしに使わなくなったっていうのがあるんですね。
木のある暮らしをもう一度取り戻すという意味で、建物はもちろん、家具ですとか日用品とかっていうものも、鉄とかコンクリートとかプラスチックから、木に替える『ウッド・チェンジ』っていう活動をやり始めて、木のある暮らしをどうやったら楽しくできるかっていうのをアドバイスしたり・・・。
あとは、みんな森に行かなくなったんですね。これだけ日本には森があるのに、森との距離が離れてしまって、ほとんど森に行かなくなってしまったんですよ。もう一度、森のことを学ばないと、なかなかその距離が近くならないということがあって、自然教育とか環境教育・・・企業のみなさんに森のセミナーで、森での学びを提供するような、そういうのを全体まるっとして、森林業コンサルタントと勝手に自称しております」
●「一社一山」ひとつの会社、ひとつの山っていうことですけども、どんな取り組みなんですか?
「一社一山は、企業のみなさんに森に関わってほしいっていう思いがあります。というのも昔、山は地元の名手とかお金を持っているかたが、きちんとその地域のために森が大事だということで、森を持ってお手入れをしてくださっていたんですけど、そういうかたがたもどんどんいなくなってしまったんですね。
今お金があるのはどこかなって考えると、やっぱり企業さんなんですよね。企業さんが森の恵みを受けて、水であるとか空気であるとか、いろんな木材にしても、森の恵みの資源を受けてお仕事されているので、そういうかたに森に少し恩返ししてほしいという意味で、企業のみなさんに、例えば企業の森ということで、〇〇会社の森とか、あとは社有林を持っていただくとか・・・。
あとは企業のみなさんが研修とかセミナーを森の中でやると、すごくリフレッシュもするし、チーム・ビルディングにも役だったりするんですね。企業のみなさんに森を人材育成などにも活用してもらうというような形で、企業と森との関わり合いはいろんな形でできるようになってきていますので、企業のみなさんにいろんな形で森に関わってもらう、自分ごととして森のことを考えていただく運動の名前ですね」

森への思いが抑えきれなくて
※先ほどもお話がありましたが、「ウッド・チェンジ」という活動にも取り組んでいらっしゃいます。これはどんな活動なのか、もう少し詳しく教えていただけますか?
「私がもともと農林水産省の林野庁で、木材担当をしていた時に立ち上げた運動なんですけど、木材のいちばんの利用先って建物なんですよね。それが鉄やコンクリート作りになってしまったもんですから、それを木材に替えようと、鉄やコンクリートから木に替える、それを『ウッド・チェンジ』っていうことで、国民運動として展開しようっていうことをやっています。
これは今でも林野庁として、森の国を作ろうっていうことで運動が続いているんですけど、実際に現場で、具体的に建物の建て方に木を使うとか、なるべく内装に木を使っていくとか、家具を日本の木にするとか、そういうことを企業さんと一緒に、また生活者のみなさんと一緒に取り組むというそんな活動ですね」
●今もお話ありましたけれども、長野さんは農林水産省にお勤めだったんですよね?
「ですね。28年やっていました」
●なぜ官僚をやめてベンチャー企業「モリアゲ」を立ち上げることにしたんですか?
「農林水産省の中ではいろんな部署を、例えば2年とかで移動する、そういう立場だったんです。その中でたまたま2018年に森の担当の木材利用課長になったんですね。それでウッドチェンジを立ち上げたりしたんですけども、そこでめっちゃくちゃ森にハマっちゃいましてですね。
当時40代後半だったんですけど、森っていいなとか、森を大事にしないと農林水産省全体の、例えば1次産業の農業でも水産業でも、豊かな水があるのは森のお陰げだったり、水産資源もね。
『森は海の恋人』なんて言って、豊かな森があれば海も大丈夫っていうようなことも言われているので、森がいちばんしっかりしないといけないのに、これからもずっと森で働きたいなって思っていた矢先に、また恒例の人事異動があって、森とは全然関係のない部署に行って・・・それもそれですごく大事な仕事ではあったんですけど、森への思いが抑えきれなくなってやめました(苦笑)」
●官僚を辞めるって、かなり重い決断だったんじゃないですか?
「いや、みんなにそう言われたりするんですけど、確かにね。28年もすごくお世話になったし、とても勉強にもなったので、楽しい場所で働かせていただいたんですけど、どうにも森へ行きたいっていう気持ちが抑えられなくなって(笑)、そういう、まあわがままですね。50歳の時に、年齢とか言っちゃうんですけど、やろうということで、遅咲きでやってみました」
国産材が使われない理由
※日本は国土の約7割が森林なのに、国産材があまり使われない現状があると思います。改めてその原因を教えてください。
「木を使うこと自体がなくなってしまって、森から木を出して使えることをみんな忘れちゃったっていうね。
そもそも森とか木への無関心がすごくあると思いますし、林業の現場だと林業をやったりする人たちが高齢化しています。なかなか木材の採算があわなくて儲からないんで、もう林業をやめちゃいます。製材所も儲かんないからやめちゃいます。
そうすると国産材のサプライチェーンがうまくつながりません。輸入材はあんなに遠くから持ってくるけど、ちゃんと安定供給できるのに、国産材はなかなか安定供給できないというのがあって使われてないのかなと・・・。
ひとつだけの理由じゃないんですけど、みんながもっと国産材を、森のために使おうって気持ちが高まらないといけないのかなと思っています」
●木材の地産地消って、なかなか難しいんですか?
「そうですね。(日本の面積の)7割が森なので、自分が飲んでいる水が来る流域の上流には森があるんですよね。なので、そこの木を地産地消で使いたいと思ったとしても、木を伐ってくれる木こりさんが元気かとか、その木を伐ったあと丸太にして、丸太のままでは使えないので、板とか柱に製材してくれる人たちがちゃんといるかっていうのがあるんですね。
今、小さい製材所はどんどんなくなっていて、山から(木を)出してくる人もいない、それを加工する人もいないっていうのがあるので、林業自体は別ですけれども、場所によっては難しいっていうのがあるのかなと思っています。
人工林っていう人の手で植えられた森が4割あるんですよね。せっかく先人が私たちに使って欲しいと思って植えてくださったので、きちんとそれを使って、そして次の世代にどういう森を残していくかを考えていくのが、今すごく大事な時かなと思っています」
●植林されたスギやヒノキは、今が伐り時だと聞いたことがあります。そうなんですか?
「50年くらい経つと、場所によりますよ、育ち方にもよりますけど、一般的に50年くらい経つと丸太のサイズが、柱が取れるぐらいになるので、使い時、伐り時ですよ~なんていうふうになりますけど・・・場所によります。
50年以上経った森が、今日本の森林面積の6割以上なんですよね。そうすると、だいたい過半は50年以上は経っているんですね。
(木を)伐ってちゃん使う当てがあれば、使う当てがなければ、伐るのはよくないと思いますけど、使えるのであれば、伐ったらいいなと思います。
(木材の)自給率は4割なので、6割は今でも海外の森のお世話になっているわけですね。せっかく先人の森が育って伐り時を迎えているんだったら、それを使ってあげたほうがいいなと思っています」

(編集部注:モリアゲの一社一山運動として、長野県木島平村のカヤの平高原で2023年からブナの植林活動を行なっています。活動場所は、もともとブナ林だった所で、牛を飼うために伐採し、牧草地となっていた跡地。10年ほど前にNPO「森のライフスタイル研究所」がブナの植林を始め、その活動をモリアゲが引き継いだ形だそうです。
モリアゲは、木島平村と「森林(もり)の里親」協定を結び、応援してくださるかたたちと秘密結社「モリアゲ団」を立ち上げ、年に2回、夏と秋に植林。長野県林業総合センターのブナ博士、小山泰弘先生の指導のもと、ブナの実から芽を出した、ブナの赤ちゃんを植えているそうです。モリアゲ団では、Tシャツなどのグッズを作り、その売り上げの一部を活動資金に充てているそうです)
森をつないで、次の世代に
※カヤの平高原で行なっているブナの植林活動には、もちろん長野さんも参加されているんですよね。木を植えているときって、どんな気持ちなんですか?
「カヤの平に行って、大きい空の下でブナの赤ちゃんを探して、みんなでいい汗を流して・・・すごくリフレッシュするしね。
今は私たちが植え替えているので、人の手で植えられた森なんですけど、そのブナたちがまた大きくなって、いくつかは育ってタネを出して、天然の更新っていうんですか。小山先生曰く“ブナの森に戻る”、本当の天然林に、自然の力だけでブナの原生林に戻るのは、あと300年くらいかかるって言われているんですね。
私たちは12年間やったんで、あと288年って言っているんですけど、すごく気の長~い話なんですよ。なんですけど、そういう時間の流れの中で私たちは生かされていて、時間の流れの中に身を置いているなっていう気持ちに行くたびになりますね。
毎年、去年植えたブナたちが雪に埋もれながらも頑張って生きていたりすると、あ~そういう時間の流れに乗ったかな、乗らなかったかな、なんてことを考えたりしますね。
町だといろんなこと考えますよね。私は今もう上司はいないけど、会社の人だったら、何とか計画が~とか、これは儲かるのか~とか考えますけど、そういうこと抜きに純粋な気持ちでというか、森と共にあるなっていう気持ちでやっていますね」
●確かに木を育てて森を再生する活動って、本当に成果が出るまでにすごく時間がかかりますよね。
「そうなんですよ。だから自分がその最終形は見られない、そもそも見られないんですよね。現代の人たちからすると、なかなか理解しがたいというか、それは明日どうなるんだ~みたいなタイム・スケジュールで考えていると、なかなか理解できないことではあるんですけどね。
我々の先祖たちは、そうやって森をつないできてくれて、自分がその木を使えるわけじゃないけど、孫のために植えて時間をつないでくれているんですね。そういうことを私たちの世代で諦めちゃいけないな~っていうのを、勝手な使命感として思っているんですね。本当に長い時間がかかるけど、その長い時間が切れないように、微力ながらつなぎたいなと思っています」

目標は人口の7割を、森を想う人に
※森は、私たちが生きていくために必要な「水」や「酸素」を供給。また、温暖化の原因となっている二酸化炭素の吸収のほか、いろんな生き物を育んでくれています。そんな大切な森が荒れている現状を踏まえ、健康的な森を取り戻すためには、どんなことが必要でしょうか?
「難しいことじゃなくて、やっぱりその森のことを思うのがまず大事で、現状を知ることが大事だと思います。そういう危機的な状況にあるってことも、都会に暮らしていると知らないと思うんですよね。
だからそういうことを知ってもらって、そこから何ができるかを少し考えて、例えばその地域の木の製品を生活に取り入れてみるとか、お家を建てることがあれば、国産の木を選んでいただくとか、そういうこともできると思います。
あとはやっぱり森に行ってもらって、もちろん自分がリフレッシュするために行っていただいていいんですけど、その森がある山村地域には日本全体の人口の、今だと多分2.5%ぐらいしか住んでないんですよね。その人たちだけで森を守っていくのはどだい無理なので、そこにどうやって町のかたとか、森の恩恵を受ける企業のかたが関わっていけるかっていうことを、少しでも考えていただいて・・・。
例えば、ふるさと納税でお金を出すってことでもいいですし、本当は森に行ってもらって森林浴をしていただいて、その地域にお金を落としていただくとか。森の整備の手が足りていないところであれば、森林ボランティアっていう形で、町や村、地域の森の人たちを少し助けていただくとか、いろんなやり方があると思うんですよね。そういうことを知っていただいて、考えて行動に移していただく、そのステップをみんなにやってもらいたいな~と思っています」
●今後、モリアゲとして、森林業コンサルタントとして、どんなことにいちばん力を入れていきたいですか?
「モリアゲの目標、勝手な目標は日本の森の面積が7割なので、それと同じだけ、人口の7割は森を思ってほしいっていうことを目標にしています。まず知るっていうことが大事だし、興味を持ってもらうことが大事なので、森のことをひとりでも多くのかたに、ちょっと関心を持ってもらえるような活動をしたいなと思っていますね」
●最後に100年後の日本の森はどうあってほしいですか?
「100年後って、もうすぐなんです! 森の時間からするとね(笑)。だから100年後の森を作るには、今どういう森にするかを考えるのがすごく大事ですね。100年後、自分の孫とかにどんな森を見せたいかっていうことを、地域の人が考えてプレゼントとして残してもらいたいなと思っています。
そして、森林面積は変わらないで、森の国であり続けてほしいと思います。地域地域によっていろんな森があると思うので、そういう地域のいろんな森が豊かになっている・・・そしてみんながもっと森と仲よく暮らして、森とのつながりをもう一度取り戻したら、たぶん動物ともうまく住み分けられると思うし、人間が森を放棄してから、どんどんクマとかが出てきちゃうっていうことがあると思うんですよね。
もう一度、森との暮らし方を、現在のライフ・スタイルにどうやって森を取り入れていくかを、100年後に向けて今やっていって、“森があってよかったよね”と、“日本はやっぱり森の国で7割は森だよね”と、“経済も豊かだけど、森も豊かだね”っていう国のままでいてほしいと思います」
INFORMATION
モリアゲでは「一社一山」運動や「ウッド・チェンジ」プロジェクトのほか、各地の森の課題解決のお手伝いもしていて、お困りごとがあったら、ぜひご相談くださいとのことです。
また、秘密結社モリアゲ団のグッズを販売するオンラインショップも運営。サイトには可愛いTシャツがたくさんアップされていますよ。売り上げの一部はブナの植林活動に生かされます。ぜひご支援ください。
長野さんは森林業コンサルタントとして、日本全国を飛び回って、講演活動もされています。長野さんのお話を聞きたいというかた、ぜひご参加ください。いずれも詳しくは、モリアゲのオフィシャルサイトをご覧ください。
◎モリアゲ:https://mori-age.jp
2025/12/21 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. WONDERFUL CHRISTMASTIME / PAUL MCCARTNEY
M2. BLOWIN’ IN THE WIND / PETER,PAUL AND MARY
M3. WILLOW / TAYLOR SWIFT
M4. IF / BREAD
M5. LONGER / DAN FOGELBERG
M6. HEART OF GOLD / NEIL YOUNG
M7. ORINOCO FLOW / ENYA
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2025/12/14 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、シンガー・ソングライターの「イルカ」さんです。
1975年、「なごり雪」の大ヒットで、シンガーとしての地位を確立。現在も毎年全国ツアーを行なうなど、精力的に音楽活動を続け、来年、活動55周年をお迎えになります。
音楽以外にも絵本作家、エッセイスト、ラジオのパーソナリティ、母校の女子美術大学・客員教授などの顔もあり、幅広く活動。そして2004年にIUCN国際自然保護連合の初代親善大使に就任。2022年からはIUCNの日本委員会と共に活動を続けていらっしゃいます。
きょうはそんなイルカさんに、IUCNでの活動のほか、台所に立つ主婦目線のエコ意識、そして最新シングルに込めた思いなどうかがいます。
☆写真協力:イルカオフィス

「あいのたね♡まこう!」
●今週のゲストは、シンガーソングライターのイルカさんです。この度はありがとうございます。20年ぶりのご出演となります。
「あっという間に20年経ったんですね」
●私は初めてお話をうかがいます。改めて、イルカさん、よろしくお願いいたします。
「よろしくお願いいたします」
●イルカさんは来年、活動55周年をお迎えになるということで、おめでとうございます!
「ありがとうございます。来年の5月からになるので、“5・5・5”という感じになりますね(笑)」
●今年はプレ55周年イヤーということなんですよね?
「そうですね」
●半世紀以上、音楽活動を続けてこられて、今どんな思いがありますか?
「そうですね~、短い感じもするんですけど、いろいろ思い返すと長いな〜と思ったり・・・それから最近思うのは、あとどのくらい歌っていけるのかな~って感じですね」
●去年は紅白歌合戦にもご出演されて、大変話題にもなりました。
「ありがとうございます。32年ぶりということでね」
●そして最新の配信限定シングルが『あいのたね♡まこう!』という曲です。この曲にはどんな思いが込められているんですか?
「この言葉自体がちょうど、おととしあたりかな~、なんかね私、曲が生まれる時っていつも自分の目の前にふわっと現れるんですね。で、“あいのたね、まこう”って何だろう? そんなの当たり前じゃないかって、自分でもすごく否定気味だったんですけれども・・・。
でも周りを見ると、やっぱりニュースを聞いたり見たりしていても、非常に不安定なことがずっと続いていて・・・やはり災害がものすごく多くなった。それから戦争なんていう・・・まさか自分が生きているうちに、こんなにたくさんのところで戦争が起きてしまうなんて・・・というものがあったり・・・。
それから、ウイルスのパンデミックということがあって、そして自然破壊というようなことがいろいろ日々、織り重なるようにどんどん拡大しているような気がして・・・。
そして何よりも、いちばん恐ろしいなと思ったのは、人々同士が憎しみ合ってしまうことですね。やはり悲惨な目にあったら、相手を憎んでしまうタネが生まれてしまうのかもしれないんですね。
じゃあ、どうしたらいいのかということは、ひとりの力ではどうにもならないんですけれども、どんなに小さくてもいいから、一粒でもいいから、私が生きているうちに“愛のタネ”を蒔いていったら、いつか花が咲いて、そこから芽が出るかもしれないな~っていうそんな気がしたんですね。だから、“ばあちゃんの遺言のような歌”って言っているんですよ」

みんな生き物同士、一心同体
※この番組「ザ・フリントストーン」のテーマが「自然」や「環境」です。改めてになるんですが、イルカさんの「自然感」のようなものをお聞きしたいと思います。生まれも育ちも東京ですよね。どんなお子さんでしたか?
「私は自分が思っていることを一切、言えない子供でした。だから学校でも、手を挙げて、“は~い!”とか “先生、わかります!”とか言うことが絶対できない子だったんですよ。
それでいつも心の中にいろんなことが、膨らんで膨らんで膨らんでいるような子で、ひとり遊びばっかりしているような、そんな子だったんですね。その時に相手になって遊んでくれたのは、石ころとかアリンコとか葉っぱとか、そういう身近にあるようなものだったんですね。
(生まれは)東京ですから、そんなにいろんなものに囲まれているわけじゃないんだけど、私の昭和の子供の時代(苦笑)、東京でも中野区で生まれ育ったんですけど、それでもまだまだ身近にいろんな虫がいたりして、そういう虫とかアリンコとか、石ころで遊んでいたので、自分が人間で相手が動物で鉱物で、とかっていう境がないんですよね、私の中には。
だからこの地球の上に棲んでいる、みんな生き物同士っていう、そういう感覚が今でも続いていますね」
●そうだったんですね。お花を摘んだりとか虫取りしたりとか、植物とか小さな生き物に対する好奇心は旺盛だったっていうことなんですね?
「好奇心っていうよりか、横にいてくれる友達って感じですね」
●自然や生き物から教わったことってありますか?
「それはもうたくさんあると思いますね。やっぱり生きる力っていうのがすごいなと思ってね。
アリンコの行列を見ていると、ものすごく小さいのにものすごく大きなものを運んで、頭の上にいっぱい乗っけて、だ~っと・・・(アリは)何のためにやっているのかなとかいろいろ思って、これは冬を迎えるために準備しているのかとか、そういうお話の中から小さな頭でいろんなことを考えてみるんですけども・・・。
それでも中には死んでいるアリがいたりするわけですよね、暑い夏。それから人に踏まれている生き物もいたり、そうすると、あ~あ・・・でもこれが土に返って、またいつか新しい命として生まれるんだな~とかね。そんなことも虫とか土とか葉っぱとか、そういうものから本当に教わった気がしますね」
●そういった子供の頃の体験は、曲作りに活かされているって思われますか?
「活かそうっていう気持ちは全然ないんですよ、私の中には。それしかないから(苦笑)。自分で活かしているのかどうかわからないんだけれども、私の場合は逆にラヴ・ソングを書くほうが難しくて・・・活かせるような恋をいっぱいすれば、よかったなと思うぐらい・・・(苦笑)
だから生き物たちっていうのは、常に何か一心同体のような感じがしているので、風がさ~っと吹いてきたものを見れば、あ〜、葉っぱをひとつずつ揺らしていくんだなとか、そこから一曲生まれたりとかね。すべての、何て言うんですかね、“森羅万象”から受け取れるメッセージっていうものを、今でもとても大切にしていますね」
IUCN親善大使、日本委員会
※イルカさんは2004年7月にIUCN国際自然保護連合の初代親善大使に就任され、2022年からはIUCNの日本委員会と一緒に活動を続けているということなんですが・・・そもそもIUCNの初代親善大使に就任されたのは、何かきっかけがあったんですか?
「これは外務省と環境省が国家会員という形で(IUCNに)入って、外務省のほうから私に“親善大使として、いかがですか?”っていうのが、まずあったんですよ。なぜかというとIUCN自体の歴史は古いんですけども、特にアジア地域においてはなかなか、みなさんに知っていただけないと・・・じゃあ親善大使という形で誰か選出したらいいんじゃないかっていうことだったらしくて、いろいろリサーチされたらしいの。
それでスポーツ選手のかただとか、女優さんだとか俳優さんだとか、いろいろなかたたちをリサーチされていたらしいんですけど、その中で“あっ! イルカっていう人は、いろいろ生き物の歌をたくさん作って歌っているらしい“ということで、調べられたんでしょうね、きっと(笑)。
それで“この人だったら、やってくれるかな?”っていうことで、私のところに“(親善大使をお願いしたいのですが)いかがですか?”ということで(お話を)いただいて、“それは大変光栄なことですね”っていうことで、2004年から(IUCNの)親善大使という形で・・・ですからその時、世界で初めて親善大使っていうシステムを作ったわけですね。
で、先ほど2022年から日本委員会っておっしゃってくださったのは、実はコロナ禍ということもあって、世界中に少しずつ少しずつ親善大使は増えていったんですけれども、なかなか(コロナ禍で)みなさん、あまり活動ができなかったということもあったと思うんですね。それで“親善大使というシステムをやめましょう”ということになったんですよ。
それで私がそのことを受け取ったんですけれども、逆に、“いや、ちょっと待ってよ。私は任命されてから毎年IUCNのためのコンサートをやっているし、募金活動もやっているし、いろいろな形ですごくアピールしてきた。物作りとかそういうものも・・・”。なので今さら“そうですか。はい、やめます”っていうのは、今まで協力してくださったみなさまに対して大変申し訳ないから、私は“何か違う形で、自分たちで進めていく方法を考えたい”って言ったら・・・、
“イルカさんは今まで(IUCNに)大変貢献してくださったことは、本当にみんなが認めていることなので、イルカさんが独自に、IUCNの世界での親善大使システムはやめたとしても、イルカさんはぜひ続けてください!“ということになって、“じゃあ日本委員会のみなさんと頑張りましょう!”っていうことで、公認いただいたという形ですね。これはみなさまにも発表しています」
●イルカさんから日本委員会に、いろいろ提案をされたりもするんですか?
「いや、私はひたすら勉強させてもらう立場です。私はやっぱり物作りをする人間で専門家ではないので・・・。私、小さい頃は本当にジャングルの奥地に行って、調査をしたり、野生生物を救う、そういう仕事しようって決めていた人間なんだけど、気がついたら歌っていたんですよ(笑)。
だから学者のみなさんのことも大変尊敬していて、そういうみなさまは本当に1日も欠かさず、世界中で素晴らしい調査と活動をたくさんのかたがされているんですね。そういう今の地球のレアな情報を聞かせていただき、学ばせていただくってことは、私にとってものすごく大きなことです。それをものすごく噛み砕いて(一般の)みなさんに、“こんな感じなんだよ!”っていうことを、硬くない感じで伝えるのが親善大使としての役目だと思っています」
●もともとは自然の道に進もうと、そう考えていたんですね?
「そうなの! 小さい頃はね。だからまず獣医さんになって、それから密林に入ろうと思っていました(笑)」
ネイチャー・ポジティヴ! ユース世代の育成
※IUCNの日本委員会で、いまいちばん力を入れていることは、なんでしょうか?
「全体としては“生物多様性”ということを基本に置いていますけれども、最近いろんな言葉を提案しています。『ネイチャー・ポジティヴ』という、みなさんもいろんなところでそろそろ聞いていらっしゃると思いますけど・・・。
今まで絶滅危惧種とか、そういう観点からみなさんに提案したり、調査の発表をしているんですけど、やっぱり今の地球は“どんどん悪くなっているよ~。大変だよ~。危機感を持って!”っていうことばかりを伝えてきたんですね。
それだけじゃなくて、私たちが何とか頑張れば回復する力も持っているんだ! ということを、もうちょっと伝えていこうじゃないかということです。事実、回復している部分もあるんですね。
ですから、“最後だ、最後だ、もうダメだ “ってそういうことではなく、まだまだいろんなことをポジティヴに考えていこうってことで、『ネイチャー・ポジティヴ』、それにはやっぱりこれから生まれてくる子供たちとか、それから若い人たちに頑張ってもらわなきゃいけないということで、特に私は2、3年前からユースのみなさん、若者のみなさんの育成に募金を使わせていただいています」
(編集部注:募金で集まったお金は、頻繁に開催される国際会議にユース世代が参加するための渡航費用に充てているそうです。若い人が国際会議の現場に行くと、見違えるように成長して帰ってくると、イルカさんはおっしゃっていました。
イルカさんは、IUCN国際自然保護連合の活動をひとりでも多くのかたに知ってもらいたいという思いで「イルカwith Friends」というコンサートを毎年のように開催。IUCNの活動を紹介するコーナーがあったり、会場のロビーに展示ブースも設置。来年は20回目のコンサートが予定されています。
イルカさんがおっしゃるには出演者の顔ぶれが毎回変わるので、出演してほしいゲストにお手紙を書いて協力をお願いするため、準備に半年ほどかかるとのことでした)
地球を汚すものは買わないぞ! 主婦の権限!?
※イルカさんは、以前のインタビューで「お台所でいろいろ考えることが多い」とおっしゃっていたんですが、これはやはり「食」のことですか?
「そうですね。『わたしのキッチンファーム』っていう歌ができたのは、息子がとってもまだちっちゃい頃なんですけれど、私は働く主婦なので家にいる時も忙しいから、息子が赤ちゃんの頃から台所で遊ばせながら、料理したり家事をやっていたんですよ。
息子がやっと片言で喋れるようになった時に、大根の土を洗っていたら、“お母さん、この土はどこへいくの?”って聞かれたんです。その時に“これはね、ここから流れて、下水から川に行くんだよ。で、川から海につながっているから、うちのお台所は世界の海につながっているんだよ“って言った時に、自分でハッとなって・・・そうだよって。
だから、その当時はまだ息子のママ友っていうのかな? お母さんがた、仕事している人はそんな多くなかった、まだね。もう40年ぐらい前ですから・・・。それで、私は仕事しているけど、そういうお母さんたちが、“主婦業ってなんかつまんないし、それからすごく自分が社会から隔絶されたところにいるような気がして、寂しくなる時がある“っていうそんな話をよく聞かされたんですよ。
私は“いや、そんなことないよ! 本当にこのお台所から地球につながっているんだから、そういうことの根底を握っているのが主婦なんだから、お互いに頑張ろうよ“って話をしたら、”あっ! そうなんだ!“って言って喜んでくれたんですよ、みんな。
それで『わたしのキッチンファーム』っていう歌を作ったんだけど、自分の中では今でもお台所仕事はそういう意味で、洗剤ひとつ選ぶことに関してもそうだし、お野菜も極力、自然農法で作ったものを食べたいと思っているし、自分自身はできないけれども、そういうお仕事をしているみなさんを支持したり応援するってことは、私たち主婦がその権限を持っているんだ!(笑)ということで、“納得しないものは買わないぞ! 世の中、地球を汚すものは買わないぞ!“っていう、そういうことでも私たち環境活動に参加できるんだよ! って、そんな話をよくしていたんですよね」
●私も今年の5月に息子を出産したんですけれども・・・。
「おめでとうございます!」
●ありがとうございます! 確かに今イルカさんのお話を聞いて、ハッとしました!
「あらっ!」
●台所から地球につながっていますね。そうですね~!
「そうなのよ! ですから、子供ってそういうものをいろいろ教えてくれるから、これから楽しみですね! 若いお母さん!」
●ありがとうございます! ちゃんといいものを選ばなきゃっていう感じですね。
「そうよ! だって一日一日食べているものの積み重ねで、私達の体ができているからね。だからそういう意味では、未来の子供たちには、やっぱりこれでいいやっていうことにはならないでしょ、ねっ!」
●自然や環境のために普段の生活で心がけていることってありますか?
「極力ね。ですから生きているだけで、私たちって地球に対して申し訳ないことをいっぱいしているんだって、いつも思うんですね。だからこれ以上、地球に迷惑をかけないように生きていかなきゃって思うと、水や土や空気を汚さないものは何だろうっていうことを、衣食住の中で常に考えてチョイスするということですね。
それには正確な情報がないと自分で選べないじゃないですか。だからそういう意味では、IUCNの学者さんたちが、“今こんな感じで、ここの地域はこんな感じ”って言うことを、レポートで教えていただいたことを、なるべくみなさんにわかるような形で、“今やっぱり海水の温度がすごく上がってしまっているんだってよ “とか、”異常気象っていうのは、私たちが作ったものかもしれないね“とかね。そういうことを私の言葉でお伝えできたらいいなと思っています」
今この地球に生きている
※私たち人間が地球と仲良くして、よりよい地球を次の世代に渡すためには、改めて、どんなことが大事になってくると思いますか?
「まずやっぱり意識ですよね。自分は今この地球に生きているんだって。これ、息子がお腹にいる時に思ったんですよ。 “どんな息子さんを望みますか?”なんてよく聞かれたの。その時なんだろう・・・いちばん何を望む? まず健康で生まれてきてほしいっていうのは、みなさん同じなんだけれども、それ以上、何か? って言ったら、“今僕はこの瞬間にこの地球に生きているんだ!”ってことを、常に意識して生きてほしいと思ったんですよね。
だって、ご先祖様がず~っとつなげてくれた命じゃないですか。これは自分で終わらせちゃダメなんですよ。自分のこの世代で、私達の世代で、この地球を破壊して終わらせちゃったら、本当に申し訳ないじゃないですか。だから次の世代、未来の子供たちのために、今の地球を預かっているんだっていう、そういう意識ですよね。
そう思っているので、常に何千年も先の子供たちのためにっていう、そういう気持ちで生きています。でもできないことのほうが多いけどね・・・」
●本当に私たちの子供の世代、孫たちの世代、ずっとずっとその先も、よりいいものにしていかないといけないですよね。
「そうですね。それができるのは今だからね。今が未来につながっているでしょ。だから今を壊しちゃったら、やっぱり申し訳ないので・・・壊しちゃったら、“ごめんなさい!”って少しでもじたばたして修復しないとね」
●来年、活動55周年をお迎えになります。音楽を通してどんなことをいちばん伝えたいですか?
「そうですね。音楽は本当に音を楽しむものですからね、感性で・・・。メッセージ・ソングっていうことも、とても大切にしているんですけれども、あまりお説教ぽくならないように気をつけていますね(苦笑)。
夫はもう亡くなって18年経つんですけれども、夫がいつも私に言っていたのは、 “活動家になるな!”と・・・。“君はすぐそういう方向に行きがちだから、活動家になるのは、そういう専門の人がやればいいことであって、君はミュージシャンであり、アーティストなんだから、やっぱり作品としての美しさがなければいけない。だから説教くさいことを言ったりとかっていうのは、ほかの人に任せておけばいい。君には君にしかできないことがあるんだから、“美しさ、まあ言ってみれば「真善美(しんぜんび)」を失うな!“ということですね、アーティストとしての。
だからそこはいつも気をつけて、お説教くさい歌は作らないように気をつけて(苦笑)、少しでも芸術性の高いものを作って、みなさんがご自身の心の中で消化していただけるような作品を心がけたいなと思っていますね」
(編集部注:イルカさんは、親戚が呉服の仕事をやっていることもあって、2012年から「生物多様性」をテーマに着物のデザインも手掛けていらっしゃいます。展示会で一般のかたに、生物多様性のことなどをアピールできる良い機会になるとおっしゃっていました。以前は1年に一作つくっていたそうですが、コロナ禍があってストップしてしまったので、来年再開したいとのことでした)
INFORMATION

イルカさんは現在、最新の配信シングル「あいのたね♡まこう!」をツアータイトルにした、プレ55周年の全国ツアーを展開中。年明け2026年1月には、宮城、北海道、福島、2月には栃木、愛知、3月には神奈川でコンサート、その合間にはジョイントコンサートも予定。
そして2026年5月からはいよいよ「イルカ55周年コンサート〜あいのたね♡まこう」のバンド編成ツアーがスタートします。スケジュールや開催場所について詳しくは、イルカさんのオフィシャルサイトをご覧ください。
なお、ソロコンサートの会場には募金箱を設置し、IUCNの支援活動は続けていくとのことです。
◎イルカ・オフィシャルサイト:http://www.iruka-office.co.jp
2025/12/14 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. JOY TO THE WORLD / THREE DOG NIGHT
M2. あいのたね♡まこう! / イルカ
M3. まあるいいのち / イルカ
M4. HAVE YOU EVER SEEN THE RAIN / CREEDENCE CLEARWATER REVIV-AL
M5. わたしのキッチンファーム / イルカ
M6. 人生フルコース / イルカ
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2025/12/7 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、世界を股にかける写真家「竹沢うるま」さんです。
「大地」と「人間」をテーマに撮影を続ける竹沢さんの作品は、国内外で高い評価を得ていて、2014年には「日経ナショナルジオグラフィック」の写真賞を受賞。そして2015年にニューヨークで開催した個展は、多くのメディアで取り上げられるなど、大きな反響を呼びました。
きょうは、そんな竹沢さんに100カ国以上を巡った旅の本質や、「大地」と「人間」の写真に込めた思い、そして、銀座のキャノンギャラリーで開催される写真展のことなどうかがいます。
☆写真:竹沢うるま

気がついたら3年、世界を放浪!?
竹沢さんは1977年生まれ、大阪府出身。18歳の時に初めて行った沖縄の海に感動し、水中写真を撮るようになったそうです。そして同志社大学の3年生の時に、就職活動が嫌になって1年間アメリカに滞在。半年ほど西海岸で過ごし、LAの沖に浮かぶカタリナ・アイランドでよく写真を撮っていたとか。その後、アメリカを転々としながら、出会った写真家に撮り方を教わるなど、独学で写真を学んだとのこと。
そして帰国後、仕事をするなら、やりたいことをやる、という思いで、ダイビング雑誌の出版社に写真や履歴書を送り、めでたく採用。社員カメラマンとして、おもに海外で撮影の仕事をこなし、2004年24歳の時に独立し、フリーランスに。
ところが、食べていくために写真を撮る日々に疑問を感じ、このまま写真を仕事として続けるなら、自分の写真について考える時間が必要だと思い、思い切って仕事をストップ。1年ほど日本を離れて、海外へ。結果、2010年から2012年までのおよそ3年間、103カ国を巡る旅になったそうです。
※この3年にわたる旅では、どんな国々を巡ったんですか?
「1年くらい日本を離れて旅してみようかなと思って、で、考えていたのは南米に半年、アフリカにちょこっと、ユーラシア、それで1年。長くなったとしても1年半かなと思って日本を出ました。
その時は海から離れて、いろんな伝統とか文化が色濃いところを訪ね歩いていってたんですけども、日本で考えていたよりも世界って広いんだなっていうのを、すごく実感して旅をしていましたね。
で、ここいいな〜、あそこも行ってみたいな〜っていうのを追い求めてやっていると、気がついたら1年経った時点で、南米にまだいたんですよ。やばいな〜、アフリカに行かないと、と思って、そこから中東に行ってアフリカに行きました。
全部陸路で、大陸を渡る時は飛行機ですけども、大陸の中では全部、バスとか鉄道だったんですね。で、アフリカを縦断して、アフリカは面白いな〜と思って、そのあとまた北のほうに上がって行って、気がついたらアフリカが終わった時点で2年経っていましたね。
こうなったらもういいや、行くだけ行こうと思って、結局、最後はユーラシアも最西端のポルトガルのロカ岬から陸路でずっと日本まで帰ってきたと・・・それでさらにまた1年かかって結局3年弱ぐらい・・・別に望んでいたわけではないんですけど(笑)、結果そうなった感じですね」

●バックパッカーみたいな旅だったんですか?
「そうですね。思いっきりバックパッカーですね。たぶん誰よりもバックパッカー的なバックパッカーだと思いますよ(笑)。バックパッカーの方法論はすべて実践してきた感じではありますけども、本当にいいスタイルだと思います。
今でも時々バックパックを担いで旅をしますけれども、バックパッカーの自由さというか、縛りがない感じは自分を解き放つ感じがして、それを旅の世界で表現していくっていう感覚がありましたね。
ある意味、バックパック・スタイルで旅をするっていうのは、自己表現なんだなっていうのもあったので、すごくいい旅をしていたんだなって今思いますけどね」
旅の本質は「移動」、「線」にある
※世界を巡る旅では、インフラが整っていない国や地域にも行ったんですよね?
「そういうところを中心に行ってましたね。そういったところのほうが、より人間の営みが濃いというか、大地の力強さがより強いとか、そういった感覚があったので、そういったところを好んで行ってたっていうのはありますね」
●目的地に着くまでも大変そうですけど・・・。
「まあ大変ですよ(笑)。大変だけど、目的地っていうのはただの目的地。旅の本質ってやっぱり移動にあるので、充実した移動であればあるほど・・・僕が言っている充実した移動というのは、効率的な移動ではなくて、自分の足で動いて行っている・・・きちんと途中の風景なり出会いというものを大切にして移動していく。
そこが旅の本質だと思うので、目的地は単なる便宜的なゴールであって、そこに着いて何かを見るっていうよりかは、移動中にこそ旅の見るべきものがあるんじゃないかなという感覚がありましたね。でも大変っちゃ大変でしたね。バスに乗って24時間の移動とかは近いなって感じだから・・・」
●ええ〜っ!?
「アフリカでは、おんぼろバスに40時間乗り続けるってこともあったし、いちばん長い移動だったのは中国ですね。ウイグルから四川省まで列車で移動したんですけれども、国慶節にかぶっていて、すごく大混雑する時期だったんですよ。
それで速い列車が取れなくて、しかも指定が取れなくて、席の奪い合いみたいなことをして、なんとか席を確保して、そこから80時間列車の中、乗りっぱなし・・・寝台でもなんでもない普通の列車に80時間乗りっぱなしとかもありましたけどね」
●80時間〜! でもその移動が竹沢さんにとっては、大事なポイントになるんですよね?
「そうですね。移動こそが、飛行機を使わなかったっていうのが、やっぱりそこなんですけども、点として旅を捉えるのではなくて、点と点がつながって線になっているっていう、線として自分の動いていった軌跡を残したいなっていうのもあって、線となったその旅の軌跡はやっぱり人それぞれ違うんですよ。どういう線になるのかっていうのは・・・。
旅が終わって振り返った時にひとつの線になっているわけですよね。それってやっぱり自己表現なんじゃないかなって、その人がやってきた旅の個性なんじゃないかなと思っていて、だからこそ線が大切である。で、線はどういうことかって言うと移動、そこが最も本質的なところなんじゃないかなと思っていますね」
(編集部注:竹沢さんがこれまでに訪れた国は、なんと145から150カ国ほどだそうです。とはいえ、この5〜6年は日本で撮影していることが多く、最近では鹿児島県三島村の黒島・硫黄島・竹島、トカラ列島の悪石島などに行って写真を撮っていたそうですよ)
日本にいちばん違和感!?
※2010年から2012年までの世界を巡る、およそ3年間の旅は竹沢さんにとって、どのような意味がありましたか?
「あの旅に関してはWalkaboutってタイトルにつけているんですけども、ひとことで言えば、”通過儀礼”だったなと思いますね。そのWalkaboutって何かって言うと、オーストラリアの先住民アボリジニのかたがたは、ある一定の年齢に達するとひとりで旅に出るんですね。
ひとりで旅に出て、半年から1年ぐらい何も持たずに、ずっと大地を旅するんですよ。その旅を終えて帰ってきた時にその村の一員として、大人として受け入れられるんですけども、その旅のことをWalkaboutって言うんですね。
一種の通過儀礼、ひとりの人間として成立する上での通過儀礼、自分にとって、この3年間の旅は通過儀礼だったんじゃないかなというところで、Walkaboutというタイトルをつけているんですよ」
●旅をする中で、やっぱり自分は日本人だなって思う瞬間はありましたか?
「異文化の人たち、全く違う価値観の人たちと会うので、どんどん自分っていうのは、こういう人間なんだなっていうアイデンティティは明確化していくと思うんですよ。自分ってやっぱり、日本人だなとは思わないんですけども、彼らとは違うんだなっていうのはすごく思います。
最終的に3年、旅して日本に帰ってきて、最後、韓国の釜山から船に乗って福岡にフェリーで帰ってきたんですね。
ちょうどクリスマスのタイミングで夜着いて、福岡市の駅に着いた時にイルミネーションがすごくて、人が多くて、みんな綺麗な服を着ていて、すごく歩くのが早くて・・・その時に、3年ぶりに帰ってきた時に思ったのは、この旅で103か国をまわったけど、日本がいちばん違和感があるなっていう(笑)、なんかちょっと違うとこに来ちゃったなみたいな感覚がすごくありましたね。
要は、もちろん旅をしている間に自分は、日本人っていうのを自覚することは多かったけれども、やっぱり会う人々、価値観、文化、伝統を出会うたびに自分の中に取り入れてきてたんだな、それが3年分集積されていて、自分を形成していたと・・・なので、3年ぶりに日本 帰ってくると、日本がすごく外国に見えたというか、そういう感じはありましたね」
人を撮る時、敬意を持って接する
※竹沢さんの撮影のテーマは「大地」、そして「人間」ということなんですが、特に人間を撮る時に心がけていることがあったら、教えてください。
「第一はやっぱり相手を尊重することかなと思いますね。相手の文化だったり価値観というものに、まずそこに対して敬意を持つこと。それプラス、写真を撮るっていう行為は結構、暴力的な行為なんですね。
その人に属している時間を写真に撮ることによって、写真に落とし込んで、それをいわゆる写真家である僕で言うと、自分の作品として発表するわけですね。その人に属している時間だったりとか、というものを自分のところに引き寄せてしまうという行為でもあるんですね。
非常に暴力的で、だからこそやっぱり相手に対しては、撮影する時は敬意を持って接する必要があるんだろうなと、そういうふうに考えていますよね」
●竹沢さんの作品を見ていると、人々の熱狂だったり祈りだったり、少女の笑顔があったり、その一方で厳しい自然の風景があったり、はたまたどういう状況の写真なのかなっていうのをすぐには掴めずに、じ~っと作品に見入ったりすることもあるという感じだったんですけれども、写真家として見る人に考えてもらうっていうことを意識されて作品を作られているんですか?
「いや、特に考えてもらうということはあまり意識してなくて、一時的には衝動的には撮っていますけども、僕としては見る側に、こうであってほしいなっていうのは、考えてもらうっていうよりかは、その写真がその人の中に深く長くとどまってくれるものであったら嬉しいかな~っていうのは、常々考えているとこではありますね」

●シャッターを押す時って、構図を考えてじっくり待ってから押すんですか? それとも、これだ! と思って瞬間的に押すんですか?
「僕の場合は瞬間的に押す場合が多いですね。写真って考えたものがビジュアルに落とし込まれると、だいたい退屈なんですよ。人間の想像の枠の範囲内のものしか出てこないので・・・そういったものは、見る側も読み取れてしまうので、この人こうやって考えたって・・・要は感覚として伝わってこないんですね。
表面的に、この人はこういうふうに考えたんだったなっていうのが先に伝わってしまうので、それよりかは何も考えずに衝動的に撮っていくほうが、よりその相手に何かしら伝えるものになっていくんじゃないかなとは思っていますね」
写真展「Boundary | 中心」〜世界の中心は?
※12月9日からキャノンギャラリー銀座で、写真展「Boundary | 中心」が開催されます。これはどんな写真展なんですか?
「この『Boundary(バウンダリー)』というシリーズは、これで2回目なんですけれども、1回目は『Boundary|境界』というテーマで、境界ってどういうことなんだろうかと・・・自分と相手を隔てる境界、もしくは国と国を隔てる境界、価値観と価値観を隔てる境界って何だろうか? そこを考えるシリーズだったんですね。
今回の『Boundary|中心』は、世界の中心って一体どこにあるんだろうか? その問いを自分の中に持って世界各地を旅して、撮影したところはインドネシア、ベナン、モンゴル、ペルー、クック諸島、インド、日本ですね。
世界のそういう国々の、いわゆる我々日本人から考えると、とても異質なもの、自分たちの価値観と遠く離れた価値観を持っている人たちを訪れて、果たして世界の中心ってどこにあるんだろうか? っていうのを写真で問いかける内容になっていますね」
●何点ぐらい展示されるんですか?
「展示は、60点ぐらいですね」
●写真展の開催に向けて、ここを見てほしいというようなポイントがあれば、ぜひ教えてください。

「写真展で展示している写真には、こっちを見つめている人の写真が多くあると思うんですよね。彼らの目線を捉えた時に、自分の中でどういった問いかけが起こるのかっていうのをぜひ感じてもらいたいなと・・・。
そういった写真の中で、彼らの目線から世界に中心ってどこにあるんだろうかっていう問いかけが来ると思いますので、それに対して自分はどういうふうに答えるんだろうかと、そういうふうに考えながら見てもらえると嬉しいかなと思いますね」
●これからの写真家人生のテーマも、変わらずに「人間」であり「大地」ですか?
「そうですね。これで一段落するわけですけど、次のテーマとしてやるとしたら・・・まあでも『人間』っていうのは変わらないかなと思います。やっぱり自分が旅を始めた頃に接した人たちは、今も変わらず、そこにいると思うんですよ。もう一回訪れてみたいなと思うんですよね。
それは何でかって言うと、やっぱり自分の考え方が変わったから・・・世界の中心はどこにあるんだろうかとか、境界って何なんだろうかって、そうやってこの5年ぐらいで多く旅をしてきたからこそ、辿り着いたテーマではあるんですけれども、その上で自分なりに結論みたいなものを得たので、そういった自分の今の感覚を持って、もう一度、人間に会いに行きたいなっていうのはありますね」
●では最後に、竹沢さんにとって写真とは?
「自分にとって写真とは、“存在証明”かなと思っていますね。自分が確かにその場に立って、風景でも人間でもいいけれども、その前に立って自分の心の揺らぎというか、流れみたいなものを確かに感じていたと、それが写真としてビジュアル化されたもの、それが写真なんだと、自分にとっての写真なんだと・・・だから自分が確かにそこに存在していたっていう存在証明なのかなと思っています」

INFORMATION
写真展「Boundary |中心」

12月9日から24日まで、キャノンギャラリー銀座で開催。
開館時間は午前10時30分から午後6時30分まで。入場は無料です。
見るものに問いかけるような竹沢さんの作品をぜひご覧いただき、
「世界の中心」はどこにあるのか、考えてみてはいかがしょうか。
12月13日と20日のいずれも土曜日の午後2時から、
竹沢さんのギャラリートークが予定されています。
写真集『Boundary |中心』
12月中旬に青幻舎から発売予定の写真集にもぜひご注目ください。
384ページにも及ぶ渾身の一冊で、
日本人には想像もつかないような世界の写真が掲載されているそうです。
写真展「On The Shore〜波の音が生まれる場所」
竹沢さんは地元鎌倉でも、別のテーマで写真展を開催されます。
二拠点生活をしていた南太平洋のクック諸島と、鎌倉で撮った
およそ30点の写真を展示。
開催は12月15日から年明け1月18日まで。
会場は隣接するふたつの店舗「OFF SESSiON」と「海と本」のギャラリー。
入場は無料。
写真展や写真集について
詳しくは竹沢さんのオフィシャルサイトをご覧ください。
◎竹沢うるま:https://uruma-photo.com
2025/12/7 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. LIVING IN THE MOMENT / JASON MRAZ
M2. A TRAVELER / SPEECH
M3. I FEEL THE EARTH MOVE / CAROLE KING
M4. TURNING THE WORLD AROUND / RODDY FRAME
M5. 星の物語 / 松任谷由実
M6. HUMAN / BRANDY
M7. NOTHING’S GONNA CHANGE MY LOVE FOR YOU / GLENN MEDEIROS
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」







