2020/10/18 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、国立科学博物館・動物研究部の研究員「田島木綿子(たじま・ゆうこ)」さんです。
田島さんは日本獣医生命科学大学から東京大学大学院、そしてテキサス大学を経て、2006年から国立科学博物館の研究員。専門は海の哺乳類の進化や形、比較解剖など。そしてイルカやクジラなどが浅瀬や海岸に打ち上がってしまう「ストランディング 」調査の専門家として、その謎を病気という観点から解き明かそうとされています。
もともと大きな動物が好きだった田島さんは、写真家で科学ジャーナリスト「水口博也(みなくち・ひろや)」さんのオルカ(シャチ)について書かれた本に出会い、彼らの生態に興味を持ち、海の哺乳類の研究者になったそうです。
きょうは「クジラの先生」と呼ばれる田島さんに、イルカやクジラの進化、そしてストランディングについてうかがいます。
☆写真協力:国立科学博物館

ストランディングの原因
*それでは「クジラの先生」田島さんにお話をうかがいましょう。まずは、9月の末にオーストラリアで起こった大規模なストランディングの話題から。
●イルカやクジラが海岸に打ち上げられてしまうっていうニュースをよく耳にしますけれども、つい最近もオーストラリア南部のタスマニア州の湾に、270頭のゴンドウクジラが浅瀬に迷い込んでしまったと・・・。
「結局500頭以上死んじゃったんじゃないかな」
●そんなに、だったんですか?
「そう、あれはちょっと本当にひどい話で。みんなで原因を追求したいと思うんですけど、3メートル近くのクジラが500頭だと、もうどうにもできないですね」
●どうしてそういうことになっちゃうんですか?
「大体いつも言われてるのは、あの種類は社会性がすごく強くて、みんな集団で行動してるので、なんとなく1頭がそっちに行っちゃうとみんなで行っちゃって。気づいた時には手遅れみたいなことをよく言われるんですけど、大体、大量に座礁するのは社会性が強い種類が多いですね。
群れのリーダーとかサブリーダーみたいな子達が、ちょっと調子悪くなると全部が行っちゃうみたいな風によく言われてるんですけど、まぁいろいろですね。寄生虫説とか、それこそ彼らもウイルス感染症で死ぬので、例えば、あれ全体が病気で一斉に調子悪くなって死んだとか、それはやっぱり解剖とか調査をやってみないと分からないんですよね」
●そういった解剖や調査を田島さんは、されているということなんですか?
「そうですね。病気を見つけたいので解剖しないと分からないんです。一刻も早くとにかく解剖したいっていうのが、私の一番やりたいことなんですけど、なかなかそうはいかないんですけどね」
●迷い込んでしまうのは、方向を探知する能力がないということですか?
「いや、あるんです。ハクジラの場合は耳から超音波が流れてきて、そこを伝って私たちで言う鼓膜みたいなところに行くんですけど、たまにそれが狂ってしまうとかっていう説もあるんですけどね。大型のヒゲクジラはちょっと違うんですけど。それがおかしくなるっていう報告はあります」
●田島さんはどうしてストランディングが起こるとお考えですか?
「そうですね。大量座礁の時は、そのリーダーが調子が悪くなって群れで座礁、っていうのがあったんですけども、1頭だけが上がる場合はやはり私としては、病気で死んでしまったと思いますね。感染症、あとはちょっと難しいですけど、代謝疾患って言って、人間で言うと糖尿病みたいなのとかそういう病気が、同じ哺乳類なので私たちがかかる病気は基本的に彼らもかかるんですね。
なのでまずそういう病気で死んだ個体とか、あとは網に絡まって死んでしまうっていうのも結構あるし、船と衝突するとか、やはり人為的なものも多いので、どうして死んだのかっていうのは、やはりつぶさに観察しながらチェックしてるんですが、いろんな原因があるのは事実です」
骨から分かること

※博物館というと、化石や標本などがたくさん展示されているイメージがありますよね。田島さんは、骨格標本を集めるのもお仕事のひとつなんだそうです。
「今は博物館の職員なもので、博物館の標本として、標本というのはもうありとあらゆるものが標本になりますので、その中の1つとして骨格標本だったりします。
あとは特に野生動物の場合は分かってないことが多いので、例えば犬、猫とかは2歳って言われると例えば、人間の何歳ですねってすぐ分かったりするじゃないですか。それは膨大な資料があって人と犬を比べた時に分かるんですけど、人間は分かってても、クジラのこの種類とか、タヌキでもなんでもいいんですけど、野生動物の場合は当たり前の基礎情報がわかってないことが多いので、そういう意味ではいろんなサンプルとか標本を採集するっていうのが、今の使命でもあるし私もやりたいことなので」
●そもそもどうやって骨格標本って作られるんですか?
「骨格標本は大きさによりますけど、大きいクジラの場合は海岸とか適切な場所に、発見された場所の近くとかに2年ぐらい埋めますね。あとはうちの場合は5メートルぐらいまでのクジラだったら持って帰ってきて、大きな鍋があるんですけど、グツグツ煮るみたいな、豚骨ラーメンの豚骨じゃないですけど(笑)、ああいう感じでグツグツした骨をピックアップして、綺麗にするっていうこともあります」

●骨から何がわかるんですか?
「いろいろ分かりますよね。例えば、子どもたちとかによく言いますけど、私たちここに肋骨ってあるじゃないですか、なんで肋骨ってあるかご存知ですか?
●なんででしょう?
「哺乳類とかでも、肋骨がない動物もいるんですけど、あと肋骨がずーっとある動物とか。なぜ哺乳類は、まぁ哺乳類だけじゃないけど、胸のところに骨があるのか。息をする時に胸郭が膨らみますよね? 実はその肋骨がないと胸は膨らまないし、肺で呼吸できないんですよね。
そうするとエラ呼吸してる魚も実は肋骨はあるんですけど、ずーっと背中まで、お尻の方まで肋骨があるんですよ。子供たちに聞くと、見た目が魚みたいなイルカだけど、実は骨を見ると肋骨が胸にしかない。でも魚は全部あるとか、爬虫類とかいろいろ見ると、そういうところから(イルカは)我々と同じ哺乳類なんだねって言えたりとか。
あとはヒレ状の手だけど、実は体の中の構成要素は我々と同じ上腕骨があって、橈骨(とうこつ)と尺骨(しゃこつ)があってとか、そういう一緒のところと違うところが分かりますよね」
●骨から得る情報量ってのはかなり多いんですね!
「と思いますけどね、はい」
(日本でも年間に200〜300件、浅瀬や海岸にイルカやクジラなどが打ち上がるそうです。
以前、千葉県袖ヶ浦に12メートルのクジラが打ち上がったことがあると「田島」さんが教えてくださいました。そんな大型のクジラの解剖や調査は、10数人のチームを組んで、クレーン車などの重機を手配して行なうそうです。人間ひとりの非力さを感じるとも「田島」さんはおっしゃっていました)

哺乳類の変わり者!?
※続いては、イルカやクジラの進化について。彼らは進化の過程で、一度あがった陸から、海に戻った哺乳類ですよね?
「そうですね。1回全体的に海から陸に上がって、やっと陸の生活ができたぜ!って、みんなでわーいってしてたのに、何故か、俺たちもう1回海に戻るわ、っていう仲間がいたんですね。それが今私たちが知っている海の哺乳類なんですね。私は最近はよく変わり者だなという風な言い方をしますけど(笑)、せっかく上陸して、やっと陸の生活にも慣れてきたにも関わらず、もう1回戻るわけですから」
●なぜ戻ったんでしょう?
「そこはね〜、分からないんですよ。進化ってそこが分からないんですよ。なぜ?っていうのが絶対分からないんです。みんな知りたい、なぜ恐竜は絶滅したとかから始まり、推測はできますけど、絶対真実は分からない。私たちは進化が終わったあとのものを今見ているので、その後ろで何が起こっていたかってのは、タイムマシンとかなければ絶対に分からないですね」
●食べ物が豊富だったとかですか?
「昔はネガティブなプロセス、例えば陸上では負け組だから海に行ったとか水中に行ったっていう説と、積極的に海に行ったっていう説が2つあったんですけど、最近は積極的な方の選択肢の方が支持されているので、多分彼らは自分たちで海の方がいいと何か思ったんでしょう。それはおっしゃる通り、彼らは非常に本能で生きていますから、エサ生物が多かったとか、子育てしやすいとか、本当に単純な本能的な理由で行ってみたら、意外といけたっていう風に思いますね」
●子育ては陸の方が良さそうなイメージがありますけどね。赤ちゃんのイルカやクジラって肺呼吸ですから、海面に上がってから呼吸しなきゃいけないっていうのを見ると大変そうな感じ。でもあえて海に戻ったということなんですね? 不思議ですね!
哺乳類であり続けることを選んだっていうのも何かイルカたち、クジラたちの理由があったっていうことなんですかね?
「理由は分からないけど、多分水に適応しようと進化しなかったんですよね。エラ呼吸に戻るとか、そういうこともせず。私はだからセンチメンタルに言うと、俺たちは哺乳類でいたいんだ! って意地みたいなものを感じるってよく言っちゃうんですけど、いや分かりませんよ?(笑)そういう風に思うとなんかちょっとシンパシーを感じるなっていうか」
● そうですね〜!
胃の中からプラスチックゴミ
*ここ数年、海洋を漂う膨大なプラスチックゴミが大きな問題となっています。俳優のレオナルド・ディカプリオが製作総指揮の映画「プラスチックの海」が来月日本でも公開されますが、まさに海洋を漂うプラスチックゴミにフォーカスしたドキュメンタリーで世界各国で注目を集めています。
(映画「プラスチックの海」オフィシャルサイト:
https://unitedpeople.jp/plasticocean/)
田島さん、海洋プラスチックゴミは当然、イルカやクジラにも影響はありますよね?
「そうですね。私たちも調査を20年ぐらいやってるんですけど、残念ながら実際20年前ぐらいから、いわゆる海岸に打ち上がってきてしまうクジラたちの胃の中からは、大きなプラスチックはもう見つけてしまっていますので、解剖して胃を開けてみると、胃の中に我々が出したプラスチックゴミを見つけることがまず最初に発見する、初見ですね」
●具体的にはどんなものが見つかるんですか?
「園芸用の苗を植える黒い、育苗ポットって言うらしいんですけど分かります? あれが多いのと、あとはアイスコーヒーとか飲む時の、ミルクとかガムシロップを入れる小さな容器、子どもたちが食べるゼリーの容器とか、あとはPPバンドって言うんでしたっけ? 荷物を縛るバンドとか、本当に皆さんが見たことあるっていうものとかもあります。あとは普通のゴミ袋の破片とか、ビニール片がすごく多いですね」
●私たち人間が作って捨てたものですよね、こういったプラスチックゴミっていうのは。
「まさにおっしゃる通りです」
●私たちは何をすればよろしいんでしょうか?
「それはもう本当にシンプルなことだと思いますけど、とにかくゴミをまず出さない、極力出さない。でも出さないっていうのも難しいので適切に処理をする。ゴミ箱に捨てるとか、リサイクルするとか。
やっぱりこれだけ豊かになってしまうと、そのレベルを下げろっていうのも非常に大変なのは、私含めてもちろん分かるんですけども、やはり周りに迷惑をかけつつ、人間だけが一人勝ちしたところで、その先に明るい未来は待っていないと思うんです。なるべくみんなで一緒に生活する、共存するためには、人間ばっかりが快適な生活を送ってていいのかなと」
●このままの状態が続くと、クジラやイルカたちはどんな風になってしまうんですか?
「一番懸念するのはやっぱり、さっきもおっしゃった海面に息を吸いに上がってきますから、その海面にゴミだらけだったら、彼らは息ができなくなるとか、エサが減ってくるとか、あんまりいい状況は、とにかく彼らにとっていいことは何一つないと思っているんです。
私たちが快適だと思うことは決して、彼らにとって全く快適ではないので、それをもうちょっとね。ちょっと考えるだけで行動って変わるんじゃないかなって思うんですけど、やはり強制されても人ってやらないのは分かってるので、そういう事実を知って、じゃあどうするって、ちょっとだけでも変われば、それが塵も積もればどんどん大きい力になってくるので」
●本当に1人1人の意識が大事ですね。
「本当にそう思いますね 」
INFORMATION
<田島木綿子さん情報>
イルカやクジラなどの海の哺乳類が浅瀬や海岸に打ちあがってしまうストランディング、その国内のデータが国立科学博物館のオフィシャルサイトに載っているので、興味のあるかたはご覧になってください。いつ頃、どこにどんなイルカやクジラがあがったか、ひと目でわかるようになっています。田島さんの研究や活動についても国立科学博物館のサイトをご覧ください。
◎国立科学博物館HP:https://www.kahaku.go.jp
2020/10/11 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、日本シェアリングネイチャー協会の「草苅亜衣(くさかり・あい)」さんです。

日本シェアリングネイチャー協会は、27年ほど前に日本ネイチャーゲーム協会として発足。その後、2013年に公益社団法人となり、現在はネイチャーゲームの普及に加え、「人が自然を尊重し、共生していく社会をつくること」を目的に活動しています。
ネイチャーゲームは、アメリカのナチュラリスト「ジョセフ・コーネル」さんが1979年に発表した自然体験プログラムで、世界各国で親しまれています。現在は179種のネイチャーゲームがあり、日本で生まれたものも多いそうです。

以前コーネルさんが来日されたときに、この番組に出ていただきました。その時のインタビューは番組ホームページに載っていますので、ぜひご覧ください。
◎THE FLINTSTONE HP:http://www.flintstone.co.jp/20161015.html
☆写真協力:日本シェアリングネイチャー協会

自然と遊ぶネイチャーゲーム
*たくさんあるネイチャーゲームは、いくつかジャンル分けされているのでしょうか?
「ネイチャーゲームはジャンルというものはないんですけれども、対象によって結構アレンジをしやすいことも特徴なんですね。例えば、幼児向けにちょっと工夫して、小さい子でも楽しめるように実践したりですとか、高齢者の方向けには記憶にアプローチするような、嗅覚を使ったネイチャーゲームがいいよねっていったようなことはあります。
それから私たちはシェアリングネイチャー・ウェルネスと呼んでいるんですけれども、日常的にセルフでじっくり自然と関わって行なうようなアクティビティを使って、自分自身の内面を見つめて整えていくような活動っていうのにも応用されています。
“自然とわたし”というネイチャーゲームがあるんですけれども、例えば、目の前にある大きな木を見つめて、その木に鳥がやってきたなとか、風で葉っぱが揺れてるなとか、ずっと見ているとそういった変化がありますよね? そういった変化を、膝に両手を押し当てた状態で静かに数えていくんですね。
私が体験した時に思ったのは、それまでいろんな雑念がやっぱり常にあるんですけれども、そのアクティビティをやっている時、あるいはやった後は、次のことを考えてないというか、今だけに集中している状態になっているんですね。それを日々、自分で継続的に続けていくことで内面を整えていくことができる。ヨガなんかでも同じ効果があるかと思うんですけれども、そういった活動になります」


●ちなみに秋におすすめのネイチャーゲームはありますか?
「やっぱり秋って言えば紅葉のシーズンですし、気候も安定してるので、色を楽しむ“森の色合わせ”っていうネイチャーゲームがあるんです。これはたくさんの色が描かれているカード持って、自然の中に入って、そのカードに描かれている色と同じ色を探すっていうネイチャーゲームなんですけど、1人でやってももちろん楽しいですし、一緒に行った方と、例えば赤を見つけたとしたら、同じものではなかったりするんですね。こういう赤もいいね! それも赤だね! っていう、人との感性の違いみたいなものも楽しめると思います。
“雲見”っていうネイチャーゲームもあるんですけど、雲を何秒間か見て、目を閉じて少し経ってからまた目を開けるっていう、シンプルなネイチャーゲームもあるんですけども、秋空を楽しむのもいいかなという風に思いますね」
●自分自身も自然に溶け込めそうですね。
「そうですね。あとは落ち葉に埋もれるネイチャーゲームっていうのも、“大地の窓”っていうんですけど、そういうのもあります。秋におすすめですね!」
*「草苅」さんおすすめのネイチャーゲーム、ほかにも「フィールドビンゴ」があるとおっしゃっていました。これは見る、聞く、さわる、匂いをかぐなど、様々な感覚を使って自然を楽しむビンゴゲームで、事前に用意したビンゴカードを持って、フィールドに出かけて遊ぶそうです。


身近な自然が大自然!?
※新型コロナウィルスの感染拡大に伴ない、日本シェアリングネイチャー協会のイベントや講習会なども中止となり、協会スタッフのみなさんも活動自粛となりました。草苅さんはお子さんがふたりいるママなんですが、活動自粛中はお子さんたちと、どんな風に過ごしていたのでしょうか。
「そうですね。やっぱり三密を避けて、人がほとんどいない神社に出かけたりとか、神社って結構穴場で、自然がいっぱいあるけど人は少ない環境なので、神社に出かけたり。あとは早朝に子どもたちを連れて、土手に自転車で行って過ごしたりしていました。
スタッフ同士でも話に出るんですけども、やっぱり気づいたらネイチャーゲームしていたりするので、そういう土手とか神社に行った先でいい匂いのものを探したりとか、腹ばいになって虫眼鏡で地面を探検してみたりとか、裸足になって歩いてみたりとか、ネイチャーゲームの要素をふんだんに取り入れて楽しんでいたなって思います」
●改めて気づいたこととかもありそうですね!
「やっぱり自然の大切さ、自然の存在の大きさを感じましたし、シェアリングネイチャーは必要だなっていうのを自分はすごく思いました。身近な自然がネイチャーゲームを使うことで、大自然みたいなスケールで楽しめるので、そのことをかなり実感しましたし、毎日すごく頼りに過ごしていた気がします。親としてもすごく感謝という気持ちでした!」
●色んな経験をもとにスタッフの皆さんとアイデアを出し合った中で、実際に始めたことって何かありました?
「スタッフで始めたというよりは、本当に全国のリーダー仲間の皆さんがそれぞれに工夫して活動再開されていく中で、一緒に進めているという感じなんですけれども、まずオンラインでいろんな情報発信を始めました。
有志で発足したプロジェクトで“ハッピーラッキーネイチャープロジェクト”という活動があるんです。これは身近な自然との関わりですとか、おうちの周りでも自然を楽しむ方法を、簡単な写真とか動画で撮影して SNSでタグ付けして紹介するっていう取り組みなんですけれども、これは3月の始めから今も継続して行なっています。
あとは当協会のホームページに“カワウソくんのフィールドノート”というコンテンツがあるんですけれども(笑)、その中でおうち時間を楽しめる活動をいろいろ紹介しています。さらに文部科学省が行なっている、子どもたちの自然体験を推進する授業があるんですけれども、私どもの団体もこれに参加しておりまして、全国各地でネイチャーゲームを体験できる自然教室を今まさに開催しているところです」

コロナに負けない外遊び
※日本シェアリングネイチャー協会では「ハッピーラッキーネイチャープロジェクト」の一環として「コロナに負けない外遊び」を発信しています。具体的にはどんな遊びがあるんですか?
「先ほどお話をしたような活動を通して、コロナ禍であってもネイチャーゲームやその要素を使うことで、身近な自然で思いっきり楽しめるような発信を行なっていきたいなと思っています。SNSや動画を見ていただくと、また、イベントに参加していただいたりすることで、帰ってからも身近な自然を楽しめたりとか、そのためのヒントをたくさん得ることができると思うんですね。そこが“コロナに負けない外遊び”っていうことで、チェックしていただきたいところです!
本当にたくさんアクティビティがあるので、ウェブとかももちろん見ていただきたいんです。例えば、これから秋で落ち葉がたくさん落ちていると思うんですけれど、“ジャンケン落ち葉集め”っていうアクティビティがあります。
例えば、親子でジャンケンして勝ったら落ち葉を1枚拾えるんです。負けたら拾えないんですけど、別のグループなら別の方とジャンケンする。勝ったら落ち葉を拾うっていうことを何回戦かして、手元に何枚か落ち葉が集まりますよね? で、みんなで集まって落ち葉を見せ合うんです。その拾った落ち葉、何気なく拾った落ち葉1枚1枚が、同じ樹種でも色が違ったり、穴空きだったり、形がいろいろ違ったり、本当に個性が豊かなんですよね。
そういう1つ1つの自然の違い、それから一緒にやった人の拾った落ち葉との違い、感じたことなんかをお互いに話したりして、すごくジャンケン自体も盛り上がるんですけど、あとからのシェアもすごく楽しいです。
“同じものを見つけよう”っていうアクティビティで、葉っぱとかどんぐり、木の実とか剥がれ落ちた樹皮とか、小枝とか、そういうものをちょっと集めておいて、15秒ぐらい見て記憶するんです。記憶して今度は隠しちゃいます。で、記憶したものを思い出しながら同じものを集めるっていう、ネイチャーゲームなんです。
これも本当に面白くて、同じもの集めてくる、こんな形だったとか、記憶を頼りにこのくらいの大きさの木の実だった、こんな色だった、葉っぱはもうちょっと茶色だった、みたいなことを思い出しながら同じようなものを集めてくるんです。集まってきたものをみんなで見せ合うんですけど、違うんですよね(笑)。
ちょっとずつやっぱり違っていて、すごく似ているものを見つけてくれたりとかして、それも面白いんですけど、すごいね!っていう本当に感動なんです。どれひとつとして、やっぱり同じものはないよねっていうような気づきもありますし、すごく学びが大きい。シンプルなんですけれども学びがあって、小さい子でも楽しめるので、ジャンケンができれば楽しいかなと思います」
●少しでもお子さんを外の空気に触れさせるっていうのは大事ですよね〜。
「そうですね。やっぱりどうしても家の中にいると閉塞感がありますので、子どもたちの心身の健やかな成長にとって、全身全感覚を働かせることができるので、やっぱり自然での外遊びは重要だと感じています」
おうちでもネイチャーゲーム!
*外に行かなくても、自宅でできるネイチャーゲームはありますか?
「プランターとか、窓から見える空とか景色でできるネイチャーゲームは、実はたくさんあるんです。例えば“森の美術館”っていうネイチャーゲームがあるんですけど、それは白い紙の内側をくりぬいて、枠のような形にして準備していただきます。
それを気に入った自然の前に置いたり、クリップで留めたりして設置するんですけども、それが額縁に収められた美術作品みたいに、本当に素敵に見えて楽しいんですよ! シンプルな工程でできるんですけど、すごくインスタ映えもするのでおすすめです。


それから、単純に耳をすませて音を数えるネイチャーゲーム“音いくつ”っていうものがあるんです。1分間ほど耳をすませて自然の音を数えていくっていう、本当にただそれだけのネイチャーゲームなんですけど、普段あんまりただ耳をすませるってないと思うんですね。今私もテレワークをやっているんですけども、そのテレワークの合間とかにやっていただくとリフレッシュにもなるし、おすすめだなって思います」
●ご家族で答え合わせをするのも楽しそうですね!
「そうですね。何が聴こえたかっていう話ができますし、あとは自分には聴こえなかったけど、一緒にやっている子供たちに聴こえたりとか。そんな音も聴こえたんだ! すごい!っていうそういうシェアもできますね」
●おうち時間を子どもたちと自然を感じて過ごせるヒントや、何かグッズなどあれば教えていただきたいんですけれども。
「私どもの協会ではネイチャーゲーム・ショップという物販も行なっているんです。そういうグッズばっかり扱っているので(笑)一度覗いてみていただきたいんですけれども、虫眼鏡が1つあるだけでもかなり自然との関わりが広がると思います。
今月発売になった“楽しく学ぶ動物のカード”っていうカードゲームがあるんですけれども、動物の生態を、体の大きさや棲んでいるところとか、食べ物など、そういったヒントと共に考えたり想像したりしながら学ぶことができるアイテムになります。
遊び方はいろいろあって、例えば神経衰弱みたいに遊ぶこともできるので、ネイチャーゲーム的な視点で動物のことを学べる、ネイチャーゲーム・ショップならではのカードゲームかなと思っています!」
INFORMATION
<全国一斉ネイチャーゲームの日、リーダー養成講座ほか>
毎年10月の第3日曜日は「全国一斉シェアリングネイチャーの日」ということでその日の前後に全国各地でいろいろな体験イベントが開催されます。その中から首都圏で開催されるイベントをいくつかご紹介しましょう。
10月17日(土)の午前10時から、東京都練馬区にある都立光が丘公園で秋の始まりを、目を閉じて感じる体験イベントが予定されています。参加費は無料。定員は20名となっています。同じく17日(土)の午前10時から、埼玉県・みずほ台中央公園でネイチャーゲームで遊ぼう!体験会!があります。こちらも参加費は無料です。
10月18日(日)の午前9時半から、神奈川県立・相模原公園で植物や昆虫を探す「秋の公園で自然と遊ぼう!」が開催されます。定員は30名。参加費は無料です。ほかにも全国各地で体験イベントが目白押しです。
なお、イベントは天候や諸般の事情で中止になることもあります。お出かけ前に、日本シェアリングネイチャー協会のオフィシャルサイトでご確認ください。

そして協会では、ネイチャーゲームのリーダーの資格を取得するための養成講座も行なっています。この講座では講習や実技を通して、自然と人を結ぶ、自然案内人のノウハウとスキルを身につけられます。18歳以上のかたなら、どなたでも参加できます。
これまでに4万人以上のかたが講座を受講し、現在1万人以上のかたがリーダーとして登録されているそうです。ぜひあなたも自然案内人になりませんか? 草苅さんがおっしゃるには「人生が豊かになる資格」だそうです。
SNSで情報発信している「ハッピーラッキーネイチャープロジェクト」にも注目です。
いずれも詳しくは日本シェアリングネイチャー協会のオフィシャルサイトをご覧ください!
◎日本シェアリングネイチャー協会HP:https://www.naturegame.or.jp/
2020/10/4 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、自転車の旅人「坂本 達(たつ)」さんです。
坂本さんは1968年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、ミキハウスに入社。95年から99年に有給休暇をもらって、4年3ヶ月かけて自転車で世界一周、43カ国、55,000キロを走破。その後、出版した本の印税で、お世話になったギニアの村に診療所を建てたり、井戸を掘ったりと恩返し、そして国内での社会貢献活動にも積極的に取り組んでいらっしゃいます。
そんな「坂本」さんが今、家族と一緒に挑んでいるのが自転車による「世界6大陸大冒険」なんです。いったいどんな冒険なのか、このあと、じっくりお話をうかがいます。
☆写真:Tatsu Sakamoto Office

どうせ大変ならやってみよう!
*2015年に8年計画でスタートしたこの大冒険は、毎年3ヶ月かけて、自転車で旅をするスタイルで、第1ステージのニュージーランド編に始まり、スペイン、ポルトガルほかのヨーロッパ編、続いてカナダ・アラスカの北米大陸編、そしてネパール、ブータンほかのアジア編を経て、2019年の第5ステージ、北海道編まで終えています。
そもそもどうして、幼い子供と奥様を連れて、世界6大陸を自転車で巡る旅に出ようと思ったんですか?
「私が20代から30代にかけて単独で自転車で世界一周をしました。4年3ヶ月ほどかかったんですけれども、その時の経験とか感動とか景色とかそういうのを、今度は子どもたちに伝えたいという風に思いました。本とか写真とか言葉では伝えられても、経験してみないとわからないだろうと思いまして、思い切って今度は家族を連れて行こうと思ったのがきっかけです」
●とはいえ、実行に移すとなるとかなり準備も大変だったんじゃないですか?
「そうですね。まず会社の仕事もありますし、あとは妻の説得もありました。子どもに関してはまだ5歳と2歳だったので、お父さんは冒険家なんだよというところから、行くのが当たり前という風に言ってましたね。
会社に関しては、すでに4年3ヶ月の世界一周を会社員として単独でしていましたので、また坂本が2回目をチャレンジしようとしていると、まあその辺でなんとなく理解はあったんですが、やっぱりちょっと妻の方が大変だったかなと思います(笑)」
●世界を旅しよう! って言われて、奥様はなかなかOK出せなかったと思うんですけれども、どのように説得されたんですか?
「私が結婚する時に、いつか家族ができたら家族で世界を自転車で周りたいねっていうことを言ってたんですね。その時に妻もいいわねと言ってましたので、よっしゃ!と(笑)思っていたんですが。
いざ子どもが産まれ、ふたりも男の子がいると子育ても大変で、そんな日常の中、世界一周どころじゃないという状況ではあったんです。でも日々の子育ての中で思い切って海外に出てみれば、彼女も海外で暮らしていた経験がありましたので、いろんな人に助けられて、毎日同じ時間にご飯作ってお風呂入れて買い物に行って掃除してとかではなくて、全く新しい環境だけれども、どうせ大変なんだったら、やってみようと思ってもらえたのが良かったんだと思います」

毎日が試行錯誤
※2015年に始まった坂本家の「世界6大陸大冒険」は、第5ステージまで終わっていますが、いまどんな思いがありますか?
「私は自転車で単独で行くのに関しては長けていましたが、妻が実はママチャリしか乗ったことのないという女性でした。あとは子どもたちもまだ5歳と2歳というところで、ホームシックもありますし、毎日違う人と出会って違う場所に寝泊まりして、毎日同じなのは親の顔だけという、全く私にとっても初めての経験でしたので、試行錯誤の連続でしたね。
1日に走れる距離も単独だったら100キロ以上走れたのが1日15キロ とか20キロ、食べることと泊まることを考えながら安全面をケアするという、全くひとりの旅とは違うチャレンジでしたね」
●確かに安全面も含めていろんな所に気を使われたと思うんですけれども、一番どんな所に気を遣っていました?
「毎年夏に3ヶ月かけて8年計画で走っているんですけども、子どもがどんどん成長していきますので、だんだん、なんで自分だけ夏休みに友達と遊べないの?とか、キャンプに一緒に行けないの?とか、学校のプールも、だから1回も経験してないんですね。
そんな中で、なんで自分だけがこうなの?というのも感じるでしょうし、行きたい行きたくないに関わらず、行くことになりますので、自分たちがその冒険に関わっていると。やらされているんじゃなくて、自分もそのメンバーとしてこれを作っていく、要するに主体的に関わるような、ホームスクーリングではないですけれども、そういう仕組み作りって言いますか。
ただ旅行に行く、冒険に行くだったらできると思うんですけども、いかに子供から現地の様子を調べたりとか、現地の言葉に興味を持ったりとか、現地の子と関わったりとか、帰ってきてからそれをどう伝えるかとか、その辺の仕組み作りって言うんですかね?
ただの旅行で終わらせたくなかったので、子どもがいかにルート決め、期間を決める、どこに泊まる、そういうのに一緒に、判断に参加させようと、その辺に結構苦労しましたね」
●幼い頃から決断させるというのはすごく大きなことですね。
「本当に大事だと思いますね。やらされてると思うのと、自分が選んだらこうなったんだという、やっぱり成功だけじゃなくて失敗することってすごく必要ですし、失敗した後にどうフォローするか、次はどうしようかというのを一緒に共有することって、やっぱり人を成長させることだと思うので、意識してやっていたつもりです」
●旅をしている時って、お子さんたちにとっても非日常の世界ですけれども、日本に戻ってきてからの生活で、お子さんたちはどんなことを言ってましたか?
「あ、それはですね。遠征中は非日常ではなくて彼らにとって日常になるんですね(笑)。適応力がとにかくありますので、毎日走る、移動するっていうのが当たり前になるんですね。
ですので、帰ってきたら帰ってきた瞬間が非日常って言いますか。もちろんギャップがありますので、例えばお風呂に入れる、シャワーだけの所とか多いですし、トイレに座ったら暖かいとか、洋服箪笥を開けると服がいっぱいとか、そういう素朴な感動が最初はあります。でも子どもたちは別に何とも思ってないというか、ちょっと近くの熱海に旅行に行ったとか、その程度しかないんじゃないかなと思いますね(笑)」
王様に招待される!?

※坂本家の「世界6大陸大冒険」、ハプニングだらけの自転車旅だと思いますが、これまでの旅を振り返って、忘れられない出来事を3つ挙げていただきました。
「子どもたちとも話していたんですが、子どもたちも満場一致だったのが、ブータンを走っていた時にブータンの王様に招待されて、パレス(宮殿)に家族で招かれたことですね。
王様が実は自転車好きっていうのは、私は知っていたんです。また、以前ブータンにはいろんなプロジェクトで、幼稚園を作ったりとか個人的に関わりがあったので、もしかしたらお会いできるかもしれないと思って、(ブータンの)テレビとか新聞に出て、自分たちが王様に知ってもらって、もし機会があったら連絡くださいって言ってたら、帰国する前日に電話がかかってきまして、40分以内にパレスに来れますか?って。行きます行きます!って言ってですね(笑)」
●そうだったんですね〜!
「子どもたちは、本当に優しい王様で、とってもいい時間だったって日記にも書いています。普通の人で王様に会う機会はないと思うんですけども、いろんな美味しい飲み物とか食べ物とかアフタヌーンティーとか出してもらって、最後は記念写真を撮って。
王様の子どもが当時2歳ぐらいだったんですけれども、ちょっと子育ての話をしたりとか、王妃も出てきてくれたので、今度は家族で自転車で走れたらいいですね〜みたいな話をしました。それがいちばんでしたね!

続く2番目はスペインのキリスト教の巡礼路、サンティアゴコンポステーラを目指して約1ヶ月ですね、キリスト教の巡礼者と共に1日に20〜30キロ走るんです。巡礼者は歩くんですけれども、私たちは自転車でほぼ同じ距離を毎日走っていくんですね。
そうするとみんな顔見知りになります。その時は上の子の健太郎がまだ6歳でしたので、初の自分の自転車で漕ぐデビューだったんですね。彼も重たい自転車で慣れない中、みんなが、巡礼者が助けてくれて、上り坂は自転車が重たいので押してくれたりとか、それがもう何回も何回もありました。大人でもそれ結構リタイアする人が多い巡礼路なんですね。長い人はもう1200キロぐらい歩くんですよ、2ヶ月ぐらいかけて。
私たちは1ヶ月かけて550キロを、リタイアする人も多い中、子どもがみんなに励まされて、お前はすごい頑張ってる! お前はチャンピオンだ!って。家族だけだとやっぱり親がいくら励ましても限界がありますけど、 会う人みんなにお前はすごい!って励まされますので、ゴールした時はもうみんな家族。知らなかった人がみんなよく頑張ったね! 本当にすごかったね!って言って拍手をしてくれる、そんな感動があったのが忘れられない2番目かなと思いますね!」
(*忘れられない出来事の3番目はカナダ・アラスカの旅。広大な土地だけに、自転車で移動していても、ほとんど人に出会えない中、出会った人たちの優しさ、そして景色が忘れられないそうです。また、クマが生息している環境でのキャンプだったので、子供たちがクマを怖がっていたのも思い出されるそうです)

子供たちが自費出版!
*実は先頃、これまでの旅の軌跡が本になって自費出版されました。タイトルはズバリ! 『世界6大陸大冒険』。著者は坂本さんの息子さん、健太郎くん10歳と康次郎くん7歳のふたり。坂本さんが本にまとめようと言ったわけではなく、息子さんふたりが、今までの経験を本にしたい、そしてそれを売りたい、と言い出し、本づくりが始まったそうです。絵日記があったり、写真も豊富に掲載されています。食べ物や動物の話もたくさんあって、子供目線のレポートがとても新鮮です。
この本は坂本さんにとっても子供たちの成長が見て取れる本ではないでしょうか。

「はい、そうですね。やっぱり写真を見てるだけで、子どもがどんどん成長していきますね。1年目は次男の康次郎が後ろに座って、まだ2歳だったので、食べるか寝るかあと歌うかだったんですけれども、だんだん連結したトレーラーで自分で漕いだり、3年目にはもう自分の自転車で独走するようになりました。
長男の健太郎はもう4年目から後ろに荷物を積んで走るようになって、自転車も大きくなり荷物も持ってくれるようになりました。もう妻よりは上り坂はダントツで早いですし、本当にいろんな意味での成長が日本にいる時の10倍か20倍ぐらい、とにかく経験だなと思うんですよね。その辺はすごく成長してるなって感じますね」
●どんどんたくましくなっていくお子さんたちの姿にジーンとしちゃいました。
「ありがとうございます(笑)」
●旅を通して坂本さんと奥様ご自身も変化があったんじゃないですか?
「そうですね。まず私はやっぱり子どもが大きくなるにつれて、子どもたちに主体的に関わらせたいと思っています。できるだけ自分からテントの設営をしようよとか、荷物をパッキングしようとか言わない。
日本ではやっぱり忙しいので言わなきゃいけない時もあるんですけども、出発が遅れたらその分、暑くて距離を走れなくなる、そういうのを自分で考えて早く朝出発する、パッキングする。遊びたい時期なんですけども、自分から動けるような、それをどんどん割合を高くしていくように、できるだけ指示を出さないようにしていました。自分自身も我慢というか、大人がやったら全部早いですし、上手くいくんですけど。

今回の本作りも本の発送出荷も全部子どもたちがやっているんです。私たちがやれば一瞬で済むことをもうイレギュラー、トラブルの連続ですよね(笑)。ですけど、やっぱりそれって大事で、本が届いた人からお礼があったらそれを見て、自分が送ったものがこうやって喜ばれているんだとか、関わらないと分からないっていうことをさせたいと思って、私は関わっています。
妻も最初はやっぱり坂本達の奥さんだから、自転車の冒険に一緒に行かなきゃいけないっていう義務感で行ってたんですけども、やっぱり世界でいろんな人に出会って、自分の生き方ってどういうことなんだろうと。
同時に子どものその成長を客観的に見られるようになって、これまでこんなに頑張ってたんだとか、私は自転車に関してはどんなに辛くても何とも思わないんですけれども、妻はそのキツさを知っていますので、これだけ子どもたちが頑張って無理して、でも口に言わずに頑張ってきたんだとか、そういう子どもを客観的に見られるようになってきたところもあるかなって思いますね」
●この本『世界6大陸大冒険』を読まれた読者の方からはどんな反響がありましたか?
「子どもが書いた本なので、すごく幼い内容と思われるんですけれども、読んだ人は文字数も写真もたくさんあって読み応えがあるとか、お母さんの葛藤や悩み、苦悩が伝わってきて共感して涙が出ましたとか、本当に多く幅広い人にしっかり読んでもらっているなって感じてます」

まず動いてみよう!
※日本では幼い子供を連れての冒険は心配されることも多いと思いますが、海外ではどうなんでしょうか?
「子どもに冒険させるさせないっていうよりも、家族単位で1つのプロジェクトって言いますか、例えば家族で夏休みは自転車で南米を走るとか、家族単位でヨットで世界を一周する、その間学校はホームスクーリング、親が子どもの勉強を見ながら、学校とはパソコンで連絡を取り合うとか。
日本はなんとなくですけれども、周りがいろいろ言ってくる、それ危険じゃないの? それどうなの? 学校どうするの? とか。比較的外国は少ないんじゃないかなと、干渉されにくいのでいろんなことができる。
日本でもそれをやりたいけども、冒険しにくい。でも本当はやりたいんじゃないか? っていうのを、こういう活動してるとすごくいろんな方から応援のメッセージをもらったり。どうやって学校を休ませるんですか? 仕事はどうするんですか? という問い合わせをもらうので、実はもっとやりたいんじゃないか。でもそういう社会背景がそうさせてるんじゃないかなって思うので、思いは皆同じなんだなと思っています」

●確かに冒険に出てみたいと思う方は多いと思うんですけど、でもだからといって仕事は休めないよーとか子供の学校はどうするのとか、そうやって思ってしまう方は多いと思うんですよね。一歩を踏み出す勇気っていうのは、なかなか難しいと思うんですけれども、そういった方々に向けて何かアドバイスはありますか。
「そうですね。まず動いてみないと分からないので、仕事のことにしても子どもの学校のことにしても、できるできないって私たち考えちゃいますけど、できるできないよりも、まずやってみると。考えるとできなかったらどうしよう、だめだったらどうしようってやっぱり人間どうしても思いますのでまずやってみる。やってみたら意外に話がスムーズに進んだり、もちろんダメだったりするんですけど、じゃあどうしたらいいかっていう次の道が見えてきたりするんですよ。
私もやりたかったっていう人もいますし、幼稚園の時は園長先生が幼稚園に来るよりいいですから、坂本さん行ってきてくださいって、園長が言うんですよ。私たちすごく感動しまして、とにかく経験が大事だって。
小学校も校長先生に入学する前から、来年からこういう家族が入学してくるんですけれども、学校の勉強は全て親が責任持ちますので、ご理解いただけませんかっていうところから始まって。
授業でも教科書でやるよりも同級生が海外でこういうことをやって、時差のこととか動物のこととか文化のことを、健太郎くんはこういう所に行ってるんだよってのを授業で使ってもらったりして、先生もやりやすかったりとか。
いろんな人に理解してもらって応援してもらうためには、まず動いてみなければ分からない、考えているだけじゃ何も進まないというのが、私の経験からのメッセージかなと思います 」

INFORMATION
坂本健太郎くんと康次郎くんが作った本
『世界6大陸大冒険』

子供目線の素直な感想が微笑ましく、心身ともに成長している姿が見て取れます。坂本さんと奥さまのレポートも載っていて、我が子を思う親の愛情を垣間見られる本となっています。坂本家の思いがこもった自費出版の本をぜひお買い求めください。詳しくは、坂本達さんのオフィシャルサイトをご覧ください。
◎坂本達さんのHP:http://tatsuoffice.com/

2020/9/26 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、昆虫写真家の「森上信夫(もりうえ・のぶお)」さんです。
森上さんは1962年、埼玉県生まれ。子供の頃、おじいさまの影響で、虫取りなどの遊びを通して昆虫が大好きになった、まさに昆虫少年。そして立教大学在学中に撮影の技術を身につけ、現在は、昆虫写真家とサラリーマンを兼業、忙しい日々を過ごしていらっしゃいます。そんな森上さんが先頃、新刊『オオカマキリと同伴出勤〜昆虫カメラマン、虫に恋して東奔西走』を出されました。
きょうは、兼業だからこそのエピソードやベランダ昆虫園、そして昆虫への熱い想いなどうかがいます。
☆写真提供:森上信夫

オオカマキリと同伴出勤!?
※森上さんはサラリーマンとの兼業をされていますが、どうやって昆虫を撮影する時間を作っているのでしょうか?
「それはもう結局は、1日は24時間という上限があるので、寝る時間を削るしかないんですよね。
で、幸いにというか、昆虫の羽化とか孵化とか脱皮のような劇的なシーン、それこそ本で使うためにまさに撮らなければならないシーンというのは、天敵である鳥が寝ている時間、つまり夜に行なわれることが多くて、夜から明け方にかけてですね。だから自分が寝る時間を削りさえすれば、意外に撮れるものなんですよ。
日中にやられてしまうと出勤時間は動かせませんから、そこはどうにもならないんですけれども、夜にそういうことが起きることが多いので、単純に徹夜すればなんとかなるというケースが多いですね」
●でも、徹夜して次の日は普通に仕事に行くわけですよね?
「そうなんですよ。徹夜明けで出勤するというのは、なかなかつらいものがあるんですけれども、撮れた時はそれでも満足感いっぱいで電車に乗れますからいいんです。でも、撮れなくて出勤時間を迎えた時ですね。羽化、孵化、脱皮が起きると踏んで徹夜で待機したのに、結果的に何も起きなかった場合というのは、出勤する時の疲労感といえば相当なものですね(笑)」
●そうですよね〜。この本にも、僕を28時間待たせたオオカマキリ、という風にありましたけれども、本当に徹夜の撮影っていうのは当然のようにあったわけなんですよね。
「そうです。ちょうどお盆の時期だったので勤務先も休みで、28時間待てたことはある意味幸せだったんですけどね」

●オオカマキリと同伴出勤したのは本当なんですか?
「あ、これは本当なんです」
●これはどういうことですか?(笑)
「卵を産みそうなオオカマキリがいまして、お腹がもうパンパンに膨らんでいて、身重な感じだったんです。それで締め切りのある仕事で、オオカマキリの産卵シーンを撮らなければいけなかったんですよ。結局その時も一晩徹夜して朝まで見ていたんですけれども、夜のうちに産まなかったんですね。
スタジオで撮っていたわけですけども、これをそのままスタジオに放置して出勤してしまうと、昼のうちにおそらく産卵してしまうだろうということは予想できたので、もうこれは連れていくしかない! ということで、職場に小さな水槽に入れて連れて行ったんです」
●職場のみなさんはどんな反応されるんですか?(笑)
「それは分からないように、コンビニの袋に入れた状態でデスクの足元に置いて。それで職場で撮影できるわけではないので、何をしたかというと、そのコンビニの袋に入ったミニ水槽の上に足を乗せて、延々と貧乏ゆすりをしながら、上半身は普通に仕事をしているんですけど、下半身は延々と貧乏ゆすりをして、その水槽の中にいるオオカマキリがグラグラ揺れる中で産卵を始めないように、オオカマキリも落ち着かないですから、そういう形で産卵したいという気持ちを妨害し続けたんです」
●へ〜! で、無事に産卵シーンは撮影できたんですか?
「できました! その晩連れて帰って、スタジオの鉢植えに留めて、すぐに産卵するかと思ったけど、意外にそうでもなくて。まあオオカマキリにとっては激動の1日だったわけですから(笑)」
ベランダ昆虫園

※いつ、羽化や孵化、そして脱皮をするのかなど、なかなか予測できない昆虫撮影で楽しい瞬間というのは、どんなときなんでしょうか?
「それは2つあります。1つはそれこそ自分が思い描いていた通りの絵を撮れた場合、つまり目の前でまさに待機中にことが始まった場合というのは1つそうですね。
あともう1つは思い通りっていうのとは全く真逆の、思いがけない出会いがあったという時ですね。それは野外で思いがけない虫との出会いが思いがけない形であって、目の前で面白い行動を見せてくれた時なんていうのは、とても嬉しい瞬間ですね。こういうのは後からじわじわ嬉しさが来るタイプなんですけど」
●森上さんはご自宅にベランダ昆虫園があるということですけれども、それはどういったものなんですか?
「 趣味的に飼っているわけではなくて、スタジオ撮影のためのバックヤードという位置付けなんです。例えば水生昆虫、水に棲む虫がいますね。ゲンゴロウとかそうした虫というのは、野外ではカメラを水に沈めて撮るわけにはいかないので、結局水槽で撮るしかないんですね。
そうするとスタジオには撮影用の水槽があるんですけれども、その水槽で撮る虫を普段飼っておくバックヤードというのが、そのベランダの昆虫園なんです。同じ水槽にタガメが入ったりゲンゴロウが入ったりすることがありますけれども、そういういろんな虫をベランダで生かしているというのがベランダ昆虫園ですね」

●今、何種類ぐらい飼っているんですか?
「おそらく15〜16種類ぐらいいると思いますね」
●え〜!? そうなんですね。その昆虫の世話もしているんですよね?
「そうです、毎日結構な時間がかかりますね。1時間ぐらいは虫の世話で時間を取られます」
●ちなみにどんな昆虫がいるんですか?
「今は水生昆虫ではタガメ、タイコウチ、それからゲンゴロウの仲間が4種類くらいいまして、後は水生昆虫ではありませんけれども、カブトムシ、クワガタムシもやはり継続して飼っていて、それはやっぱり写真の需要が多いからなんですね。毎年新作を撮っておかないと、例えば去年使った写真と同じものは同じ雑誌には出せないっていうようなことがありまして、それでカブトムシ、クワガタムシも結構たくさん飼っています」

虫の感情を撮る!?
※森上さんの新しい本『オオカマキリと同伴出勤〜昆虫カメラマン、虫に恋して東奔西走』に載っている昆虫写真は、どれも表情豊かに見えるんです。何か心掛けていることがあるんでしょうか?
「そう言っていただけると嬉しいですね。それは特に気をつけて撮っていることなので。
昆虫というのは外骨格という体の構造をしていまして、要するに身体の外側に骨があるのと同じですから、表情を作ることができないんですね。要するに柔らかくないので。
そこで表情を感じていただけるというのは、言わばお面をした子ども、お面をしているから表情は分からないんだけれども、手足で何かアクションをとることで、お面の向こう側でどんな表情してるのかっていうことがある程度分かると思うんです。やはり昆虫の顔以外の、手足がどんな形をとってるかというポーズで、ある程度その表情というものを感じていただけるように努めて撮っているつもりなんです」
●へ〜! でも昆虫相手となるとなかなかお面を被った子どもと同じってわけにはいかないですよね?
「でもそこに僕はほぼ同じという認識があって、それは結局、昆虫カメラマンの仕事というのは、大人向けの本より児童書で使われることが多いんです。
そうすると、子どもというのはやはり虫に対して、自分と違う生き物というよりはかなり擬人化して捉えていて、自分との共通した感情とか表情を持つ生き物というような感じで捉えることが多いので、擬人化して見るであろう子ども達に、実際に喜びとか悲しみとか怒りとか、虫の感情を感じてもらえるような撮りかたを、努めてそうしているっていうところがありますね」
●へ〜そうだったんですね! 森上さんが一番好きな昆虫って言うと何になるんですか?
「はい、好きな虫はたくさんあるんですけども、そう聞かれることが多いので、一応ノコギリクワガタと。これは実際、嘘ではなくて、たくさん好きな虫が何種類かいる中で、無理に1位を決めるとノコギリクワガタかなという感じですね!」
●どうしてですか?
「それはね、かっこいいから!」
●そうなんですか〜(笑)
「非常に単純な理由なんですけれども(笑)、姿・形がかっこいいっていう、フォルムのかっこよさだけではなくて、クワガタムシって黒いものが多いんですけれども、ノコギリクワガタはワインレッドの体の色をしているんですよ。この美しい体っていうのがノコギリクワガタが他のクワガタムシより、ちょっと好きだなという理由だと思いますね」

昆虫はチャンピオン!?
※最後に・・・長年、昆虫の撮影を続けていて、昆虫からどんなことを感じますか?
「もともと鳥とか魚も含めて、生き物は何でも好きだったんですけれども、被写体として見た時にやっぱり昆虫が一番だなという感じです。他の生き物に興味が広がっていくタイプの人もいるんですけれども、僕の場合はその昆虫愛というものに収れんしてきたという感じで、どんどんその虫の魅力の奥深さに引き込まれてきたという感じがあります」
●その魅力ってのは何ですか?
「やはり虫の場合は多様性ですね。足が6本とか羽が4枚という、割と小学校の理科的な知識ですけれども、そういった昆虫の体の構造を決定づける制約の中でも、ここまでデザイン的に遊べるのかというような。
鳥とか魚というのは、見れば鳥であったり魚であったりということが、ある程度分かるレベルの多様性だと思うんですけれども、昆虫の場合、本当にこれ生き物なの? っていう、生き物かどうかすら見て分からないというような形の多様性があって、そこが昆虫の一番の魅力だと思いますね」

●本の中に「時として下から見上げるようなかっこいい存在だ」って書いていましたけれども、本当に崇拝しているような感じですよね(笑)
「はい、そう思います(笑)」
●ウルトラマンのような存在だとも書かれていましたけれども、とにかくかっこいいんだ! っていう思いがすごく伝わってきました。未だにかっこいいなって思われてますか?
「そうですね。だからよく虫って可愛いって目線で見る人もいて、どの虫が一番可愛いですか? っていう質問が非常に困るんですけども。可愛いと思ったことはなくて(笑)、それこそウルトラマンを可愛いとは言わないじゃないですか。ですから虫に対してリスペクトに近い感情もあって。
非常にこれは大雑把な分類ですけれども、背骨のある脊椎動物と背骨のない無脊椎動物という2つの生き物に分けると、人間がその脊椎動物という進化のチャンピオンにいるとすると、昆虫は無脊椎動物というもう1つのリーグのチャンピオンという感じがあって。
ですので、僕としてはセ・リーグのチャンピオン・チームが、パ・リーグのチャンピオン・チームを見てるような、そういった感じで昆虫という存在に一目置いてるという、そういう感じが昆虫を見るスタンスと近いかもしれないですね!」
INFORMATION
『オオカマキリと同伴出勤~昆虫カメラマン、虫に恋して東奔西走』
文章がメインの自伝的エッセイ。ご本人曰く、サラリーマンとの兼業写真家の、毎日のドタバタ劇ということですが、昆虫との生活がリアルに描かれていてとても面白いですよ! そして掲載されている昆虫の写真が生き生きとしているので、昆虫の表情にも注目しながらぜひ読んでください。詳しくは、築地書館のサイトをご覧ください。
◎築地書館HP:
http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1604-4.html
森上さんの活動についてはぜひオフィシャルブログを見てください。
◎森上信夫さんのHP:http://moriuenobuo.blog.fc2.com/
2020/9/19 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、海の潜水科学ジャーナリスト「山本智之(やまもと・ともゆき)」さんです。
山本さんは1966年、東京都生まれ。東京学芸大学大学院を経て、朝日新聞記者としておよそ20年、科学報道に携わり、現在も「海洋」をテーマに取材を続け、調査も含め、国内外の海に500回以上も潜っていらっしゃいます。また、今年から朝日学生新聞社編集委員としてもご活躍されています。
そんな山本さんが先頃、新しい本『温暖化で日本の海に何が起こるのか〜水面下で変わりゆく海の生態系』を出されました。番組としても、とても気になる内容で、いったい日本の海で何が起こっているのか!? きょうはたっぷりお話をうかがっていきます。
☆写真協力:山本智之

ここは伊豆なの? 沖縄なの?
※まずは、国内外の海に500回以上、潜っているということで、やはり海の変化を肌で感じていらっしゃるのでしょうか?
「そうですね。自分の肌感覚としても海の変化を感じる場面っていうのはあります。私は元々ダイビングが趣味で水中写真の撮影を30年近く続けています。それで新聞記者としての取材ではヘドロの大阪湾から綺麗な沖縄の海までいろんな海で潜水しましたし、海外では赤道直下のガラパゴス諸島から氷の浮かぶ南極海まで、あちこちの海で潜ってきたんですね。ただ普段、趣味の水中写真の撮影でよく行くのは静岡県の伊豆半島の海なんです。

そこでは、ちょうどこれからの時期は、黒潮に乗って本州の海にやってきたカラフルな熱帯魚の姿がとても目立つようになります。例えば、黄色いビー玉のような姿をしたミナミハコフグの子供ですとか、普通はサンゴ礁で見られるような種類のチョウチョウウオの仲間とか、そういったものが、日本列島に沿って流れる黒潮が巨大なベルトコンベアのようになって、熱帯魚の子供たちを運んでくるんです。

ただ所詮は熱帯魚ですから、冬になると寒さで死んでしまうんですね。それでこういう熱帯魚の子供たちは“死滅回遊魚”と呼ばれています。回遊してきても死んでしまう魚たちという意味です。姿を見せては死んでいくというのが、伊豆半島の海では自然の現象として毎年繰り返されてきたんですね。それで私達ダイバーは、南の海から流れ着いた熱帯魚の子供たちを見つけると、よく水中写真を撮って記録を残します。特に南方系の珍しい魚を見つけると、あ、レアものが出た! なんて言って一生懸命シャッターを切ってきたわけです。
ところが近年は伊豆半島の海で冬になっても、熱帯魚が死なずに生き残るという現象が目立つようになりました。瀬能宏さんという魚類の研究者が調べたところ、伊豆半島を含む駿河湾と相模湾の海では、過去20年間で59種の熱帯魚の越冬が確認されました。そんなわけで長年潜り続けてるダイバー達は、海の変化っていうのを目の当たりにしてるんですね」
●肌で感じてらっしゃるってことなんですね。
「そうですね。最近で言うと伊豆半島の大瀬崎って有名なダイビングポイントがあるんですけども、今年の春には沖縄でよく見られるアザハタっていう赤色の熱帯魚がいるんですが、これが2度冬を越して大きさが30センチぐらいに大きく成長しているのが見つかりました。ですからもうこうなるとダイバーからすると、ここは伊豆なの? それとも沖縄なの? っていうそういう驚きですね」

アワビやホタテが獲れなくなる?!
※山本さんは新刊『温暖化で日本の海に何が起こるのか』で、お寿司のネタが獲れなくなるかもしれないと指摘されています。これはほんとなんですか?

「そうですね。例えば高級な寿司ネタになるアワビですけど、高くてあまり食べられませんけども、既に昔に比べて漁獲量が大幅に減ってしまっています。これまでそのアワビが減った最大の要因として指摘されてきたのは乱獲、獲りすぎですけども、今後は地球温暖化が進んで日本近海の海水温が高くなっていくと、特に九州などの南の暖かい海ではアワビの餌になる海藻が育ちにくくなって、その結果アワビの漁獲量がさらに減ってしまうという可能性が高いです」
●嫌です!(苦笑)
「そうですね。食べられなくなるのは嫌なんですけど、1970年代から90年代の漁獲量のデータがあるんですが、それに比べて近年は平均して60%ほど漁獲量が少なくなってると、これは九州での話ですけども」
●ホタテとかマグロとかも、そういった危機にあるんですか?
「そうですね。ホタテ貝も貝柱がプリッとした甘みがあって私好きなんですけど、刺身もそうですし、寿司ネタでも回転寿司なんかでもよく出てくると思うんですけども、これも海水温が暖かくなるとホタテ貝は将来ですね、今のようには獲れなくなるという風に予測されています」
●秋の味覚のサンマも、また今年も記録的な不漁と言われていますけれども。
「そうですね。サンマはただ、元々10年から20年の周期で漁獲量の変動が繰り返されてきた魚なんですね。なので年によって豊漁不漁というのは昔からあるんです。そのことを踏まえて考える必要があるんですが、ただサンマは水温の低い海域を好んで回遊するっていう性質があります。そして今年に限らず近年の不漁っていうのは、日本近海の高水温が影響しているという指摘があります」

●本来、日本の海は黒潮だったり親潮だったりが流れているので豊かな海なんですよね?
「そうですね。黒潮は暖かい暖流ですし、親潮は冷たい寒流です。南北に3000キロ近い長さがあって、様々な環境の海があるってことが日本の海の豊さの理由なんですね。
で、さっき言いましたサンマで言うと、黒潮と親潮の混ざる混合域ってところがあるんですけども、そういうところでプランクトンがたくさん出て、そういうものを食べて大きくなるっていうところがあるんです。ところが将来、地球温暖化が進んでいくと、そのサンマの餌になる動物プランクトンが減るという風なシュミレーションで予測されています。
そうすると2050年にはサンマの体長が、今よりも1センチ小さくなると、2090年になると今よりも2.5cm小さくなる、そういう予測研究があります。だからちょっとサンマが小ぶりになって、あんまり食べ応えがなくなっていっちゃうかもしれませんね」

サンゴの白化現象
※海で起こっている異変、やはり温暖化が原因なんでしょうか?
「基本的には海の温暖化っていうのは地球レベルで起きています。ただ地球上の全部の場所、陸も海もそうですけど、同じように温度が上がるわけじゃなくて、場所によって温度の上昇率の高いところ、そうでもないところがあります。比較的、日本の近海というのは、世界の平均に比べて海水温の上昇のペースが早いっていうことですね。
●季節によって水温は上がったり下がったりするものだと思うんですけれども、平均の水温が上がっているのが問題なわけですか?
「そうですね。気象庁によりますと日本近海の海面の水温が、過去の100年間で1.14度上昇しています」
●その1度ってそんな重要なんですか?
「我々の日常の感覚で言うと、エアコンの1度だったならば、我慢できる範囲ぐらいかなっていう風に思うんですけども、海の生き物はたった1度の水温の変化にも敏感に反応します。例えばサンゴは、今いくつかの種類が日本列島に沿って分布を北上させてることが分かっています。

問題は1日毎の変化じゃなくて、年間の平均の海水温が1度上がっちゃうっていうことなんですね。例えば、陸上の気候でも猛暑の年って昔からありました。でも全体の気温が、平均気温が1度底上げされるって言うと、その土台に乗っかってまた猛暑が起こりますから、猛暑の年はより強烈の猛暑になるということですね。
これは海の中でも同じで、冷たい海水を好むホタテ貝とかサケ、それから海藻の昆布へのダメージが心配されているのは、これが大きな理由です」
●海水温が上がるとサンゴが死んでしまうということですけれども、どういう現象が起こっているんですか?
「サンゴは、姿は樹木のような形をしていたりとか、テーブル状だったり、ちょっと植物っぽい形をしてるんですが、イソギンチャクに近い種類の動物です。そしてその体の中に褐虫藻という直径が0.01ミリほどの藻類、植物ですけど、小さいつぶつぶの植物が共生しているんですね。
サンゴはイソギンチャクの仲間ですから、触手を使って動物プランクトンを捕まえて、餌として食べることもできます。でも実際は、生きていく上で必要な栄養の大部分を褐虫藻から貰って生きているんですね。褐虫藻はつまり植物なので光合成をして栄養を作り出すんですよ。それをサンゴに分けてあげるんです。サンゴはかなり頼り切って生きてるということなんですね。

さっきおっしゃった海水温が上がるとサンゴが死んでしまうっていう話なんですけど、海水温が高くなってストレスが加わると、サンゴの体に棲んでいる褐虫藻が大幅に減ってしまうんです。そうするとサンゴはどうなるでしょうか? 栄養を褐虫藻に頼っていますから、栄養不足になりますよね。その時サンゴの体が白っぽくなるため、白化現象と呼ばれています。それでこの白化現象が長く続くと、サンゴは栄養失調になって最後は死んでしまうということですね」
●それも全て地球温暖化が原因ということですね?
「そうですね。全体が底上げされていますので。白化現象は昔からたまにはあったんですけども、米国の研究チームによりますと、これから地球温暖化が進んでいくと、白化現象と次の白化現象の起きる間隔がだんだん短くなっていくと。 そうするとどうなっちゃうかって言うと、サンゴは結構強い生き物で、死んでもまた再生して新しく群体ができて増えていく力があるんですけども、ダメージを受けたまま、すぐに次のダメージが来ちゃうので回復する間がなくなっちゃうと。ということはサンゴ礁がどんどん衰退していっちゃう、これが温暖化で今すごく心配されてることですね」
大問題!? 海の酸性化

※山本さんは新しい本『温暖化で日本の海に何が起こるのか』の中でもうひとつの問題として、海の酸性化をあげていらっしゃいます。なぜ酸性化するのでしょうか。
「まずは温暖化の話で言いますと、いちばん原因物質として言われるのが二酸化炭素ですね。他のガスもありますけども、その二酸化炭素にはもうひとつ厄介な性質があって、地球を温めるだけじゃなくて、水に溶けると酸として働くっていう、そういう性質があるんです。
そうするとどうなっちゃうかっていうと、私たち人類が大気中に排出した二酸化炭素が、どんどん海に溶け込みます。そうすると海水を酸性化させてしまうんですね。世界全体では人類が排出した二酸化炭素の約23%、大体4分の1が海に吸収されているという風に推計されています」
●海がそもそも酸性化しちゃうと、どうなっちゃうんですか?
「元々海水は、世界の海の表層の平均が、 pHって理科で出てきますね、pHが8.1の弱アルカリ性なんです。海水は弱アルカリ性なんだけど、二酸化炭素が溶け込んで酸性化が進むと、だんだんpHの値が8.1から7に向けて低くなっていっちゃうと。
だから海の酸性化の問題っていうのは、海水が完全な酸性になるわけじゃないんですけど、弱アルカリ性から中性にpHが下がっていくということだけで、生物にはものすごく影響が出てしまうっていうことですね」
●例えば、海の生態系にはどんな影響が出ちゃうんですか?
「二酸化炭素の濃度で言うと産業革命前は大体278ppmだったものが、最近は400ppmを超えていますね。そうすると世界の海のpHは、産業革命の前に比べると既に0.1ほど低下したという風に見積もりが出ています。
pHが下がってなんなの? っていうのが今のご質問だと思うんですけど、海が酸性化することの最大の問題は、貝とかウニ、それからサンゴといった生物が炭酸カルシウムの殻や骨格を作りにくくなってしまうという、そういう点なんです。つまりさっきもちょっとお寿司の話がありましたけど、海の酸性化が進むと、寿司ネタで言えばウニやホッキ貝などが減ってしまう恐れがあるんです」
●えー! それは困ります。海の酸性化って地球温暖化をどんどんまた進めてしまいそうな気もするんですけれども、悪循環な感じですよね?
「要は、この2つのキーワードは根っこは一緒なんですね。海の温暖化と海の酸性化、これは両方とも私たちが排出する二酸化炭素が原因なんですね。なので同じ二酸化炭素って物質が物理的な変化として気温や海水を上昇させます。それと同時に海に溶け込むことで、まるで生活習慣病のように、海水の海の科学的な性質も変えてしまうと。そして海水のpHが低下すると今度は、大気から海洋に二酸化炭素が溶け込みにくくなって、海はつまり温暖化のブレーキ役としての力があるんですが、その力が削がれてしまって、結果として温暖化の加速に繋がるという風に言われています」
解決できるのか!?

※最後に・・・海の温暖化、そして海の酸性化、その問題を解決する糸口はあるのでしょうか?
「そうですね。風が吹けば桶屋が儲かるみたいな例え話になっちゃうんですけども、私たちの生活に伴って大気中に排出される二酸化炭素の量、これを減らす取り組みが海の温暖化や酸性化から生態系を守り、そして寿司ネタを守ることにも繋がります。
個人のレベルで言えば、日々の省エネの工夫がそうですし、行政のレベルで言えば風力発電や太陽光発電といった自然エネルギーをもっと増やすことなどが取り組みとして挙げられます」
●私たち一人一人が気をつけることで、海の異変を改善できるってことですね。
「そうですね。積み重ねによってそういうことが言えると思います。海の酸性化はもう世界中で同時に進行しています。気象庁が日本近海で行なっている海洋観測でも海水の pHが下がっているっていうのが記録として出ていますし、同じことがハワイの海で観測してもやっぱりあるという風に、地球全体で海の酸性化が進んでるということです」
●そういうことは私たち一人一人が知っていなきゃいけないですね。
「なかなか海の酸性化っていうキーワードは、まだ一般にはまだ知られていないところがあって、我々も伝えていかなきゃいけないところなのかなと思います」
●今後、山本さんが取材したいことはどんなことですか?
「温暖化への対策として今注目されてるのは適応策ですね。つまり地球が暖かくなっちゃった中で、どうやって適応して生きていくのかっていうことなんですけども、例えば農業の分野だと気温が高くてもよく育つような作物を導入する動きは既に始まっています。
東京の八王子市だと、南国のフルーツのパッションフルーツを13軒の農家さんが育てて、今名物にしようってやっています。気温が高くなってそういう環境に適応して農業をこれからもやってこうっていう、そういう取り組みですね。
同じように海の温暖化についても適用策っていうのが研究、それから実践でも始まっています。具体的に言うと昔よりも高い海水温でよく育つワカメ、これ徳島県とかでやっています。あと高い水温でも枯れない海苔ですね。こういった研究が進められています。
今後は海の温暖化に私たちがどう適応していくのかっていう、適応策についてさらに取材を進められたらなという風に思っています 」
INFORMATION
『温暖化で日本の海に何が起こるのか〜水面下で変わりゆく海の生態系』
海の中の変化は、陸上で起こっていることとは違い、なかなか目につかないので気がつかないことが多いですよね。それを海に潜って肌で感じていらっしゃる、海の潜水科学ジャーナリスト山本智之さんが鋭く指摘してしてくださっています。ぜひ読んでください。
講談社からブルーバックス・シリーズの一冊として絶賛発売中です。
詳しくは、講談社のサイトをご覧ください。
◎講談社HP:
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000344368
2020/9/12 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、サバイバル・アイドル、さばいどるの「かほなん」さんです。
かほなんさんは岐阜県生まれ。自然豊かな環境で育ち、キャンプ好きのお父さんと、登山好きなお母さんの影響でアウトドア好きな女の子に。そして、およそ4年半、東海地方をメインに、ご当地アイドル・グループのメンバーとして活動し、2018年からソロ活動をスタート。現在はテレビ、雑誌などのメディアほか、アウトドア系のYouTuberとしても活躍されています。
「さばいどる」という肩書には、厳しいアイドル業界を生き抜くことと、サバイバル生活ができるようになること、そのふたつの意味が込められています。
きょうはそんなかほなんさんにソロキャンプの極意や、こだわりのアウトドア・グッズ、そして夢の無人島暮らしのことなどうかがいます。
☆写真協力:かほなん

ソロキャンプは自由!?
●キャンプ歴20年のかほなんさん、基本はソロキャンプなんですか?
「そうですね、基本はソロです!」
●ソロキャンプのいちばんの楽しみって何ですか?
「ソロキャンプの楽しみはやっぱりひとりなので、好きな時間に好きなことができるっていう、自由ですね、ソロの自由さが好きですね」
●寂しいって思ったりはしないですか?
「結構聞かれるんですけど、寂しいは今のところないです(笑)。楽しくて自由で」
●ソロキャンプで注意すべき点って何かありますか?
「注意すべき点だと、キャンプするところは動物とかもいるところになるので、食べ物を放置して寝ないとか、あとキャンプ場だと他に人がいるので、高価なものを外に出したまま寝たりすると盗っていかれちゃったりとかそういう話も聞くので、そういう防犯とかも大事かなと思います。
あと女子ソロキャンプって今流行ってるんですけど、女の子ならではの危険みたいなものもあるので、SNSとかにキャンプが終わるまでは、自分のテントとか自分がどこにいるかとかをアップしないようにしたりとか。危険になっても叫んだりしたら他の人に気づいてもらえるような場所でキャンプするっていう、ファミリーのそばでキャンプしたり、管理棟のそばでキャンプしたりとか、そういうところも頭に入れておくといいかなと思いますね」

●なるほど〜! かほなんさんの本にアウトドアでも落ちにくいメイク術とか、日帰り山歩きのスタイルとか、あとザックの中身といった、すごく女性にとっても嬉しい情報がたくさん載ってるなという印象があったんですけれども、やはり女性のキャンパーは多いなーって感じますか?
「そうですね。以前はファミリーのお母さんとかはキャンプ場で見かけたんですけど、最近はソロの女性の方とか、女性ふたりとか、ツーリングのキャンプの女の人とか見ますね」
●キャンプ女子増えてるんですね〜。
お金をかけずに可愛くとか、プチプラブランドっていう風に高価なものを買わなくても、手軽にできるんだなーっていう風に今回かほなんさんの本を読んで感じたんですけれども、工夫次第でお金かけなくてもキャンプはできるんですね!
「そうなんですよ! キャンプ道具とか、この本には山登りとかも入ってるんですけど、キャンプとか登山とかのグッズって結構高価なんですよ! なかなか始めるにはちょっとハードルが高いというか、はじめの一歩が踏み出しにくい感じなんですけど、でも探せば、専門店のグッズじゃなくても代用できるものって結構あって、それこそ私は100均のグッズとかも使うので、そういうところを取り入れたりすれば、もっと始めやすいし、続けやすいし、楽しめるかなと思います」
機能性とカッコよさを重視!

●YouTubeのさばいばるチャンネルも見させていただきました!
「ありがとうございます!」
●山登りとかキャンプとか釣りとか、もうあまりにも本格的でびっくりしちゃいました! アウトドアの知識とか技術っていうのはどうやって学んだんですか?
「これはですね、さばいどるに隊長というのがおりまして、私のアウトドアの師匠に当たるんですけど」
●どなたですか?
「名前がですね、ヒロシ隊長っていうんですけど、 あのキャンプ芸人さんのヒロシさんとはまた別の方で、あんまり知られてないんです。さばいどるチャンネルの再生リスト、シーズン1 に、サバイバルを始めた頃によく登場している私の隊長がいるんですけど、その方から学んでおります!」
●その方はどういう方なんですか?
「その方はですね、ご覧になっていただければ分かりやすいと思うんです。大仏っぽいフォルムの、キャラクターに近いんですけど、ヒロシ隊長というスペシャルな方がおりまして(笑)」

●そうなんですね。例えばキャンプ、アウトドアグッズを使いこなされていたんですが、グッズ選びのこだわりっていうのはどんなところにありますか?
「やっぱり見た目のかっこ良さとか、あと機能性を重視していますね。あまりブランドとかもこだわりがなくって、それこそホームセンターとか、100均とかで買ったものも使っています。ひとつのグッズで2つの機能があるとか、そういう多機能なグッズとかも結構好きです。
例えば今使っているナイフだと、さばいどるとナイフ屋さんでコラボレーションして作ってもらったナイフが今2種類、“さばいどるナイフ”っていうのが出ているんです。薪割り用の斧とか鉈と、あと包丁とか、ナイフをいろいろ持っていかなくても、ひとつで済ませられるようにさばいどるナイフを作ってもらいました。
1本のナイフで、先端は鋭いから料理がしやすいとか、刃が6ミリとかで太いので薪割りもしやすいんですよ。1本で何でもこなせるナイフとかそういうのも使っていまして、多機能というか荷物の数を最小限にするっていうか、機能的なグッズとか結構好きで使っています」
●へ〜! 荷物は少ないほうが行動しやすいですよね。
「そうなんですよ。どれだけでも増やせるんですけど、私は持ち運び便利とか、そういうところ好きなので。
キャンプでよく、コンテナボックスって言って60センチ×40センチくらいの、高さも40センチくらいの箱をよく使うんです。その箱にキャンプ道具を詰め込んで、その箱2つ分くらいでよくキャンプをするんですけど、そういうボックスとかにグッズを入れて移動したほうが楽じゃないですか。片付けも簡単だし移動も簡単だし、そうするとやっぱり道具の数を抑えなきゃってなるので、そうやっていろいろ工夫をしています」
山を買って、マイ・キャンプサイト!?

●YouTubeのさばいどるチャンネルを見ていたら、山を購入したと動画にありました。ほんとに山を買ったんですか?
「買いました!」
●どうして山を買おうと思われたんですか?
「やっぱり好きに遊べる場所がずっと欲しかったんですよ。でもキャンプ場とかだとやっぱり使えるもの、木を拾っても良いところとダメなところとあったりとか、いろいろルールとかもあって、キャンプ場でもキャンプは楽しめるんですけど、でも自由がちょっとなかったので、山を買って自由にキャンプしたいなと思って、そういうところで今は遊んでますね(笑)」
●でも手入れされていないと、荒れた状態ってことですよね? それはどうされるんですか?
「結構、雑草というか山なのでいろいろ生えていたので、チェーンソーでいらない木を伐ってみたりとか、草刈り、刈り取り機で草を刈ってみたりとか」
●チェーンソーも使いこなせるんですね!
「そうですね。私はまだまだなんですけど(笑)」
●綺麗に整地された場所でソロキャンプということですけれども、ご自身で作ったキャンプサイトってどうでした?
「愛着ありますよね! 自分が整えたところ以外は草がボーボーに生えているのと、山ってやっぱり斜面じゃないですか。斜面ではなかなかテントで快適に寝られないので、土を掘ったりしてテントが張れるくらいのスペースを平らにしたんですけど、平らのスペースって結構貴重なのでそこに(テントを張って)泊まっていると嬉しくなっちゃいますね! 私が作った土地! みたいな(笑)」
●そうですよね〜特別な場所ですよね! ないものは現場で調達するという感じなんですか?
「枝とか木とかはどんだけでも山にはあるので、そこで木を伐ってキャンプサイトを整えるっていう、ブッシュクラフトって言うんですけど、自然にあるものでものを作ってみたりとかキャンプサイトを作ってみたりして、キャンプを楽しむっていうことをよくやってますね。ないものを工夫して調達するっていうところがまたソロキャンプ、山キャンプの楽しみ方かなと思っています」
<ブッシュクラフトの説明>
かほなんさんのお話に出てきた「ブッシュクラフト」は、最低限の装備だけを用意し、その場にあるものを活用しながら大自然の中で過ごすキャンプ・スタイルで、発祥の地は北欧と言われています。
ガスコンロを使わずに焚火でお湯を沸かしたり料理を作ったり、箸や食器も木を削って自分で作ったりするそうです。食材も現地調達が基本! 食べられる野草やきのこ、木の実を探したり、魚を釣るなど、自力で調達します。
ブッシュクラフトの必須アイテムはナイフ! そして火を起こすためのマッチなど。
キャンプとしてはどちらかというと、上級者向けかも知れませんが、アウトドアで培った知識や経験を活かしながら、より自然と一体になれるアウトドア・スタイルではないでしょうか。
無人島で暮らしたい!?

●本にも最終目標は無人島を買って、そこで暮らすことと書いてあるんです。夢は無人島なんですか?
「そうです。無人島で暮らしたいんですよ! テレビ番組とかで無人島で3日間生き残るとか、無人島脱出とかはあるんですけど、そういうのじゃなくて、私は無人島で暮らしたい! かなりビッグなドリームかなと自分でも思っているんですけど(笑)」
●この本の中にも、支給された最低限のアイテムだけで、無人島模擬サバイバルに挑戦されましたけれども、やってみていかがでした?
「やってみた全体的な感想は、空き缶ってすごいなーって思いました!」
●空き缶、ですか?
「缶詰をいくつか支給してもらってっていう今回の本の企画だったんですけど、料理をするフライパンとかの代わりになるクッカーがなかったんですよ、支給品の中に。どうやってご飯を炊こうかなとか、どうやって煮物しようかなとか色々考えたんですけど、空き缶、缶詰の缶があるじゃないかと思って。中身を食べてから残った空き缶を洗って、ご飯を炊くのに使ってみたりしたんですけど、結構上手に美味しくできまして、全然これでいいじゃんと思って、空き缶いいな〜って思いましたね」
●食料も缶詰とお米だけでしたよね!?
「そうなんですよ。テントも支給されてなくて、その時はブルーシートが1枚あったんですよ。なので木にロープを縛り付けて、ブルーシートをかけてみて、いろんなかけ方を工夫してみて、テントというか タープというか、ちょっと落ち着ける空間を作れたのでそこで寝てみました。朝起きたら結露でベチャベチャでしたね(笑)」

●実際に釣った魚を召し上がったりとかもされていましたけど。
「そうですね。私よく渓流釣りに行くんですけど、最初はみんなリリースしちゃうようなお魚を食べて美味しいって言ってたんです。だんだん釣るのが難しい魚とかも釣れるようになってきて、そういう魚って筋肉があって美味しいんですよ。アマゴとかヤマメとかなんですけど。今回の無人島模擬サバイバルではアマゴを釣ったんですけど、釣った魚美味しいですね〜!」
人間も自然のひとつ
●自然の中に身を置くとどんなことを感じますか?
「心地いいですよね。自然の中にいて、海もだし、川も山もそうなんですけど、やっぱり心地よさから居場所だなーって思いますね。大きい自然の中にいると自分がちっぽけに感じるんですけど、でもそれがまたいいというか 、人間も自然のひとつというか 動物のひとつなんだなーって改めて感じさせられて、心地いいですね、自然の中」
INFORMATION
かほなんさん情報
『お金をかけない! 山登り&ソロキャンプ攻略本』
かほなんさんが実体験で培った知識や技術をわかりやすく解説。高価な道具がなくても、アウトドアを楽しめるヒントが満載です。女子に役立つ情報もあり、巻末には創作野外料理のレシピも公開しています! 初心者の方はぜひ参考にされてみてはいかがでしょう。KADOKAWAから絶賛発売中です。詳しくは、KADOKAWAのサイトをご覧ください。
◎KADOKAWAのHP:
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000957/
真のアウトドアズ・ウーマンぶりが見られるYouTubeさばいばるチャンネルもぜひ見てください。かほなんさんのオフィシャル・サイトから飛んでいけます。
◎かほなんさんのHP:http://survidol.com/
かほなんさんは「おぎやはぎのハピキャン」にゲスト出演中! ぜひご覧ください。
2020/9/5 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、恐竜博士に憧れて古生物学者になった国立科学博物館の研究員「木村由莉(きむら・ゆり)」さんです
木村さんは長崎県佐世保生まれ、神奈川県育ち。早稲田大学卒業後、2006年にアメリカに留学し、博士号を取得。その後、スミソニアン国立自然史博物館の研究員を経て、2015年から国立科学博物館・地学研究部の研究員。専門は陸上の哺乳類化石、特にネズミやリスなどの、齧歯類(げっしるい)の進化と生態を研究していらっしゃいます。そして先頃、『もがいて、もがいて、古生物学者〜みんなが恐竜博士になれるわけじゃないから』という本を出されました。
きょうは古生物学や化石の発掘、そして大好きな恐竜への思いなどうかがいます。
☆写真協力:木村由莉

骨の研究のため、アメリカへ!
※木村さんのご専門、古生物学とはどんな学問なんでしょう?
「古生物学、漢字で書くと古い生物学ですよね。絶滅して化石になってしまった生物について、その生物が一体どんな姿をしていたのかとか、見た目ですね。あと何を食べていたのかを知る学問になるんですけれども、今生きている生物と絶滅した生物は全然、無関係ではなくて、必ず進化の道筋で繋がっているんです。
古生物学っていうのは何か地面から見つけたものをなんだろう? っていう、それだけではなくて、生物の進化について研究するために、絶滅した生物を研究材料にしているっていうような感じになります。
どうしても恐竜の骨とかが一般的なイメージになるんですけれども、例えばその生物が付けた足跡とか、あとは住処、それに排泄物も実は研究対象になるんです」
●そうなんですね〜。古生物の研究が進んでいる国っていうと、どちらになるんですか?
「地面から見つかっている、偶然出てくるものを対象にするので、保存状態の良い化石が産出する国じゃないといけないんですよ。日本っていうのはなかなか大きな化石を見つけるのはすごく大変です。どうしてもやっぱり土地自体が広くて、あんまり人が住んでいないようなところが、化石を見つけるのにちょうどいいんで、アメリカやカナダ、最近では中国辺りがやっぱり古生物の研究、良い標本があるっていう意味では進んでいる国なのかなって思っています。
中国なんて羽毛恐竜なんていうのも見つかっているんですね。それに対して日本はどうかというと化石自体はそんなに見つからないんですけども、その分クリエイティビティの高い研究がたくさんされているので、論文を読んでみると、日本人の著者の論文は実はすごく面白かったりもするんです」
●へー! では木村さんも海外で学ばれたということですよね?
「そうなんです。大学は東京の大学に行っているんですけども、大学院の時に、そのまま進学したんです。でも、やっぱり骨の研究したいな〜って思った時に、当時はまだ骨化石を専門にする先生が(日本の)大学にほとんどいらっしゃらなかったっていうのもあって、アメリカに行ってみようということで、テキサス州の大学院で、修士課程、博士課程を学びました」

<恐竜化石の宝庫>
さて、木村さんのお話にもあった通り、恐竜の化石はカナダ、アメリカ、中国で多く発掘されています。
カナダで世界屈指の化石発掘地として知られるのがアルバータ州のカナディアン・バッドランドで、氷河の浸食による荒涼とした大地から恐竜や古代生物の化石が数多く発見されています。
また、ユネスコの世界遺産にも登録された州立恐竜公園があり、白亜紀の化石が世界で最も見つかる場所として今も発掘作業が行なわれています。
アメリカでは様々な州で恐竜の化石が発見されていますが、特に有名なのがモンタナ州で、州内各地で恐竜たちの痕跡が見つかっています。マコシカ州立公園内やその周辺では10種類もの恐竜が発見され、トリケラトプス・ホリドゥスの完全な頭の骨や、非常に珍しいテスケロサウルス類のほぼ完全に近い形の化石も見つかりました。州内にはこれらを展示している施設もたくさんあります。
そして、中国で世界有数の恐竜化石の産地となっているのが、モンゴルにかけて広がるゴビ砂漠。1922年から30年にかけてアメリカの調査隊が数々の化石を発見し、保存状態の良いものが多数見つかったことで知れ渡りました。日本の大学の調査隊も2016年に1メートルを超える足跡の化石を発見したそうです。

一方で日本でも恐竜の化石は発見されています。まずは福井県。勝山(かつやま)市で恐竜の化石が多数発掘され、「恐竜王国」とも呼ばれています。また、北海道も恐竜やアンモナイトなどの化石の宝庫として知られ、展示施設も多数あります。
大恐竜博とジュラシック・パーク
※ところで、古生物学者になろうと思ったのはいつ頃だったのでしょうか。
「結構ずーっと子供の頃から恐竜のことを好きだったんですけども、すごくよく覚えているのが6〜7歳の時に行った恐竜展なんですよ。幕張であった『大恐竜博』っていう展示なんですけども、その時日本にいながらカナダの化石がいっぱいやってきて。
すごく大きな会場で、ある人はクリーニングしていたり、あとは復元された恐竜がドーンと展示されていたりで、もうワクワクがいっぱいの場所だったんですね。その時にやっぱり恐竜好きだな〜って小さいながらに思ったんですよ。
で、もうひとつの転換期が、小学校高学年になってから上映された初代の『ジュラシックパーク』です。これで古生物学、むしろ恐竜がお仕事になるんだっていう風にわかったんですよね。古生物学者っていう人たちがいて、恐竜を対象にお仕事をしている、これを自分でもやってみたいなっていうのが、古生物学者になろうと思ったきっかけになります。
(『ジュラシック・パーク』で)すごく印象的なのが、今もすぐに思い出せるシーンなんですけども、トリケラトプスが毒の草を飲んでちょっと弱っているような状態で、女性の古植物学者さんがそのトリケラトプスに近づいて、もしかしたら毒を飲んだのかもしれないって言って、排泄物に手を入れて一体何が問題だったのかを探ろうとするようなシーンがあるんですよ。それがすっごい衝撃的で、その時に初めて、今までは化石っていうのは石に閉じ込められてしまった動物みたいなイメージもあったんですけども、実際、恐竜はこういう風に地球上に生きていた動物なんだなっていう風に、すごく気付くようなきっかけになりました」
●余談なんですけれども、テレビの科学番組で再現される恐竜が大きく変わってきたということで話題になったりします。そのひとつが体毛や体の色ということなんですけども、昔は爬虫類のような皮膚で再現されていたものが、今はどんどん変わってきているということで、その辺り木村さんはどのように感じられていますか?
「鳥に近いグループですよね。昔は鱗で表現されていたのが、羽毛恐竜っていうのが実際に見つかって、だんだん復元図でも羽毛が足された姿が出てきましたよね。昔はまさに羽毛こそが鳥の印だったんですけども、実際は恐竜の段階から羽毛っていうものが生えていたっていうことが分かったっていうので、ここ10年は特にすごくて羽毛の色っていうのも分かってくるようになりました。
それは化石化したメラノソームっていうものなんですけども、色素を作っているようなところ、それの形態を見ることによって大体こんな色っていうのが特定できるんですね。それによっていくつかの恐竜に関してはトサカの部分は赤くて体の部分が黒、ちょっと白が混じっているだとか、そういう風に本当の、石に閉ざされた生物じゃなくて、昔、地球上にいた生物として復元が鮮やかになってきています。そういうのはすごく嬉しいです」
もうひとつの明るい道
※恐竜が大好きだった少女がどうやって古生物学者になったのか、そこには古生物学の第一人者「冨田幸光(とみだ・ゆきみつ)」先生との運命的な出会いがあったからなんです。
木村さんが高校一年生のときに、国立科学博物館で開催された、南半球・ゴンドワナ大陸の化石を展示した恐竜展を見学。その恐竜展を監修したのが冨田先生だったんです。木村さんは古生物学者になりたい一心で、その熱い思いを何枚もの便箋にしたため、冨田先生に送ります。そして、分厚い封筒を受け取った先生からなんと返事が来たんです。
実は当時、先生はアメリカで開催される学会を前に多忙を極めていて、何通も来る相談の手紙を読むような時間はなかったそうです。ところが! 気分転換のつもりで、たまたま木村さんの手紙を開き、そして興味を持った先生は、学会が終わったら、研究室で話を聞く約束をしてくれたんです。
冨田先生と出会ったことで、木村さんは一気に古生物学者への道を進んでいったことは言うまでもありませんよね。冨田幸光先生との出会いについては、木村さんの本『もがいて、もがいて、古生物学者〜みんな恐竜博士になれるわけじゃないから』に詳しく載っています。

現在木村さんの専門は恐竜ではなく、ネズミやリスなどの齧歯類。なぜ哺乳類化石の研究者になったのか、そのいきさつについてお話しいただきました。
「冨田先生はゴンドワナの恐竜展を監修していたんですけども、その頃の専門はウサギの化石がメインだったんですよね。私は大学に入ってから富田先生の研究室にちょこちょこ出入りするようになるんですが、先生の部屋っていうのは小さな哺乳類の化石だとか、あとは今生きている動物の、骨になった姿とかがたくさん置いてあるんですよ。
空き時間に先生の部屋でそういう動物たちのスケッチとかしていると、スケッチがだんだん溜まっていって愛着が湧いて、大学生の低学年の頃には結構、齧歯類も可愛いなと、ウサギも可愛いなと思うようになったんですよ。骨を見て可愛いなと思っているんで、ちょっと気持ち悪いかもしれないんですけど(笑)、骨を見て可愛いなと思っていたりするんですね。

一方で大学に入って、恐竜の研究をしたいって言っている別の学生にも出会うわけですよね。その時に自分が恐竜を研究したいっていう広い枠組みで思っていることに対して、その時に出会った今の友人たちは、こういう研究をしたいっていうテーマがすごく特定されていたんですよ。
大学生の段階でそのくらい違うっていうことを考えた時に、もしかしたら恐竜っていうのは古生物っていう入り口なだけであって、本当に恐竜を研究したいっていうのとちょっと違うかもしれない、もしくは恐竜(専門)で進んでいったら、きっと友人たちは学者さんになるけど、自分は学者さんにはなれないかなとか、そういうことを思っていたんですね。
また一方でフィールドワークって言って、野外に化石を探しに行くっていう調査に参加するようになるんですけれども、その調査ですごく身に染みたのは、自分は身体も小さいので周りの人に比べて背負えるリュックの重さっていうのが断然軽いんですよ。そうなると大きな恐竜の化石を見つけた時にそんな非力な人をなかなか連れて行かないんじゃないかなって。
もし私が先生で誰か学生さんと恐竜発掘に行くみたいになった時に、恐竜が実際に見つかりました、川で見つけてそれを例えば道路まで運びますってなった時に、やっぱり力のある人を連れて行くんじゃないかなと思った時に、自分はもしかしたら恐竜をやっていると選ばれないかもしれないなっていう風に思ったんです。
それがちょっとした挫折のポイントだったんですけど、その時にいろいろやっていたひとつとして小っちゃな齧歯類化石、小っちゃいから運べるじゃん! っていう(笑)、これだったらできるじゃん! みたいな感じで結構明るい道として私には映ったんですよ。恐竜でもしかしたらできないかもしれないな、研究者にはなれないかもしれないなって思った時に、齧歯類の化石がすごい明るい道に見えて、これで行けるところまで行ってみたいっていうのが、私が今、齧歯類の化石で研究者になっている経緯になります」


夢の捉え方
※木村さんの専門、ネズミなどの哺乳類は小さいので、その化石を見つけるのは大変じゃないですか?
「本当にその通りで、実際には死んでしまって有機物の部分がバラバラになった時に、骨自体が一個一個バラバラになってしまうんですね。それでも大きな動物の場合は重量があるから、ある程度まとまって留まってくれるのに対して、小さい骨の場合は本当にバラバラに崩れて壊れてしまって、川に流されたりして崩れてしまうんですよ。
そういう意味で小さい動物の化石そのものを探すのは実はすごく大変なんですけども、小さい動物の場合たくさん子供を産むし、それに1匹の個体の生きている年齢もそんなに長くないですよね。地質年代的にはすごくたくさんのネズミが存在していることになるので、確率論的にはネズミの化石もバラバラに崩れながらも実はたくさん見つかるんです」

●なるほど〜!
「骨はやっぱり壊れやすいんですけども、歯はすごく硬い物質、アパタイトって硬い鉱物でできているので、砂粒みたいな状態で残ってくれるんですよ。
フィールドワークに行くと、みんながコンコンって化石発掘したり、ブラシで表面を拭ったりして骨を出して、ジュラシックパークみたいな状態で化石発掘している人たちの横で、私はどんなことをしているかっていうと、堆積物を土嚢の中に入れてたくさん取ってきて、それをふるいの上で洗うんですよ。
ふるいの上には少し粗いものが残って、下からは泥が出てくっていう風になるんです。砂つぶと、もしあったら歯の化石とか骨の化石がふるいの上に残るので、そのふるいの上に残った残渣物を集めて、それを顕微鏡でゆっくり見ていって化石を探していく、そんな感じで、実は小型の哺乳類の化石はたくさん見つかるんです」


●研究している上でいちばん嬉しい瞬間ってどんな時ですか?
「日本から出ないと思われていた化石が出てきたっていう報道ってありますよね、新聞の報道に。そういう風に通説を覆すような発見に繋がりそうって分かった時に嬉しいな〜っていう風に思います」
●小さい頃からそういった化石とかがお好きだったわけですからね!
「そうですね!」
●子どもの頃から考えたら夢のような日々ですよね〜!
「本当にそうだと思います、自分でもびっくりするくらい。恐竜っていう部分に関しては、いつも少し夢が叶って少し夢が叶わなかったな〜なんて思うんですよ。
私は東京近辺に住んでいたので国立科学博物館によく通っていて、なんとなくイメージとしてこんなところで働きたいなっていう風に小っちゃい頃は思っていたので、そこで今働けているって意味ではひとつ夢が叶っているんです。
ただ恐竜の博士になりたいっていうのも、ものすごく大きな夢だったので、それが恐竜から体のサイズをぐーっと小さくした齧歯類の研究をしているってことで、ひとつ夢が叶わなかったっていうのはあるんですけど、その夢も夢の捉え方なのかなって思っていて。もし恐竜をやっていたら学者になれなかったかもしれないっていう、道が先にあるんだったら、自分はすごい研究者になってみたいと思っていたので、齧歯類の化石をこれから自分で有名にしていくぞ!っていう気持ちで研究ができる、こっちのほうが今は好きかなって思っています」
INFORMATION
木村由莉さん情報
『もがいて、もがいて、古生物学者!!〜みんなが恐竜博士になれるわけじゃないから』
タイトル通り、恐竜博士になることを夢見た少女が、もがいて、もがいて小さな哺乳類化石の研究者になるまでを綴った自伝的エッセイ。応援したくなる感動の一冊! 古生物学者を目指す子供たちへの進路アドバイスも載っています。ぜひ読んでください。ブックマン社から絶賛発売中です。
◎ブックマン社HP:
https://bookman.co.jp/book/b524508.html
木村さんの研究や活動については国立科学博物館のオフィシャル・サイトを見てください。
◎木村由莉さんのHP:
https://www.kahaku.go.jp/research/researcher/researcher.php?d=ykimura
2020/8/29 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、気象予報士の「菊池真以(きくち・まい)」さんです。
菊池さんは茨城県竜ヶ崎市出身。慶應大学在学中に民間の気象会社でお天気キャスターを務め、気象予報士の資格を取得。その後、NHKの気象キャスターとして活躍。現在はお天気関連の本の執筆、講演活動のほか、自分で撮影した空や雲の写真展を開催するなど、幅広い活動をされています。先頃出された新しい本『ときめく雲図鑑』は掲載写真のほとんどが菊池さんが撮影した写真なんです。
そんな気象予報士・菊池さんにきょうは雲のことをいろいろ教えていただきます。
☆写真協力:菊池真以、山と渓谷社

雲の名前に法則!?
※まずは雲の名前について。たくさん名前があると思っていたんですが、雲は10種類に分類されるそうですね。
「そうなんです。空に浮かんでいる雲って、よく何種類あると思う?って聞くとみんな、無限にあるんじゃないの?っていう風に言う方が多いんですけども、基本的にはほとんどの雲は10種類に分けることができるんですね。それで大きく10種類に分類された中から、さらに細分化されて何種類もあるっていうことになるんです」
●どうやって分けられているんですか?
「雲が浮かんでいる高さ、あとは形、それによって10種類に分けられています。正式名称で言うと巻雲とか巻積雲とかちょっと難しい言葉に聞こえるかもしれないんですけども」

●名前に使われる漢字によっても、雲の高さとか形を知ることができるという風に本に書かれていましたけれども。
「そうなんです。さっきいちばん初めにお伝えした正式名称のほうですね。例えば巻雲とか巻積雲、巻層雲、高積雲、乱層雲とか、そういった漢字が並んでいるのが正式名称のほうなんですけども、それに付いている漢字を見ると雲の形とか高さが分かるようになっているんですね。
小学生とか、覚えなきゃいけないな〜って学生さんにちょっとアドバイスをお伝えしますと、”乱”っていう漢字が付くと雨を降らせる雲なんですね。例えば積乱雲、積乱雲はご存知ですよね? 積乱雲にも乱が付いていて、それも雨を降らせる雲で、他には乱層雲。乱が付くので雨を降らせる雲だなっていう風に分かるんですよね。
他には”積”、積み重ねるの“積”っていう漢字なんですけども、それが積雲、俗称で言うとわた雲、丸い雲ですね。その雲ってどんどんと積み重なるようにして大きくなっていくので、積っていう漢字が付きます」
●積乱雲もそうですよね?
「積乱雲も積ですし、積雲も積、ちょっと漢字で難しい話になりましたね(笑)」
●いろいろ法則があるんですね〜。
「そうなんです! 最初に10種類全部覚えてくださいって理科の授業とかであるとすると、最初は漢字が並んでいて難しいなって思うと思うんですよ。なのでその時は漢字を見て少し法則を考えると分かりやすいかと思います。 あとは昔から呼ばれてきた俗称のほう、すじ雲とかうろこ雲とか、そういった俗称で覚えるのも1つの手かなという風に思います!」
<基本の雲10種類のまとめ>
さて、気象予報士の菊池真以さんに教えていただいた、高さや形から10種類に分類される雲をまとめると・・・大きく分けると、空の高いところにある順に「上層雲(じょうそううん)」、「中層雲(ちゅうそううん)」、「下層雲(かそううん)」の3つになります。
地上5000メートル以上の最も高いところにできる上層雲に分類されるのは、「すじ雲」とも呼ばれる巻雲(けんうん)と、「いわし雲・うろこ雲」などの巻積雲(けんせきうん)、そして空一面に薄く広がる巻層雲(けんそううん)です。
続いて、高度2000メートルから7000メートルあたりに広がる中層雲には、「ひつじ雲」と呼ばれる高積雲(こうせきうん)と、空全体が灰色っぽくなる高層雲(こうそううん)があります。
一番低い高度2000メートル以下のところにできるのは層雲(そううん)、別名「きり雲」と、丸みのあるかたまり状の層積雲(そうせきうん)、そして「雨雲・雪雲」でおなじみの乱層雲(らんそううん)です。

ここまで挙げた雲は8つ、いずれも水平に広がるタイプです。残りの2つは「対流雲(たいりゅううん)」という、もくもくとした厚みのある雲になります。「わた雲」で知られる積雲(せきうん)と「入道雲」でおなじみ積乱雲(せきらんうん)で、上へ上へと成長し、地上2000メートルから1万メートルの高さまで発達するものもあるんです。積乱雲を見るとザ・夏!という感じがしますが、冬に日本海側に大雪を降らせるのも積乱雲のしわざなんだそうです。
これからの季節は、すじ雲やいわし雲、つまり地上5000メートル以上の最も高いところにできる雲がよく見られるようになります。ぜひ菊池さんの本『ときめく雲図鑑』を参考に、観察されてみてはいかがでしょうか。

雲の基礎知識
※続いて、雲の定義について教えていただきました。
「雲って地面から少しでも離れていたら雲なんです!」
●え!? そうなんですか?
「霧と雲の違いってご存知ですか? 」
●教えてください!
「霧と雲の違いは地面から少しでも離れているかどうか」
●空に浮かんでいるとかそういったものは関係ないんですか?
「地面から少しでも離れていたら雲です。例えば霧が出ているとするじゃないですか、で、霧が地面にくっ付いていたら霧です。それが少しでも離れたら雲になります。層雲っていう、きり雲って言ったりもするんですけども」

●逆に高い雲はどれくらいの高さになるんですか?
「飛行機に乗るとよく窓から雲をご覧になることがあると思うんですけども、飛行機が飛ぶ高さ、それぐらいがいちばん高い雲、もう少し高いところかな? 飛行機が飛ぶ高さか、もう少し高いところが雲ができる限界です。
大体地上から13キロメートルくらい、季節によって雲ができる限界の高さは変わってくるんですけど。雲は、例外もあるんですけども、ほとんどが地上からおよそ13キロメートルのところ、対流圏って言うんですけど、そこの間でできるんですよ。
13キロメートルくらいがてっぺんの部分で、よく入道雲をご覧になること多いと思うんですけど、よく見ると、てっぺんが平らになっているのって見たことありませんか? “かなとこ雲”って言ったりするんですけど、入道曇ってどんどん大きくなっていきますよね。大きくなっていって限界にきたってところで、もうそれ以上上にいけないから、今度は横に広がるしかなくなるんですね。
なので上だけ横に広がって、“かなとこ”っていう昔よく大工さんが使ったものがあるそうなんです。加工する時の金属が“かなとこ”って言うそうなんですけど、その形に似ていることから、“かなとこ雲”って言うんです。なので入道雲のてっぺんが平らになっているのを見たら、あそこが雲ができる限界だ!っていう風に分かるんですよ」


●すぐに消えてしまう雲と、雨を降らす雲の違いっていうのは、どういったところにあるんですか?
「雨を降らせる雲って黒っぽくないですか? 怪しげな色をしていますよね(笑)。黒い雲ですよね。それって雲に厚みがあるからなんです。空を見ている時に雲が白く見えるのって、太陽の光が当たって、それで白く私たちに見えているんですけども、雲がどんどん厚くなってくると底のほうまで光が届かないんですよ。なので下から見ると黒っぽく見えるんです!」
●そういうことなんですね!
「はい。それで厚みのある雲っていうのは、いっぱい水分を蓄えているわけですから、そこから雨が降ることが多いってことなんですね」
●なるほど〜。改めて、雲の発生のメカニズムっていうとどうなっているんですか?(笑)
「簡単に言いますと蒸発した地上の水が・・・空って冷たいじゃないですか、山とか登ると上のほうって寒いですよね。蒸発した地上の水が空で冷やされることによって、小さな雲つぶとしてまた現れるわけですね。その小さな雲つぶがいっぱい集まって雲になっているわけなんです」
ときめき、癒され

※雲を撮影するときのアドバイスをいただきました。
「今回、図鑑なので雲だけが写っている写真っていうのも多いと思うんですけど、是非周りの景色とも一緒に撮っていただくと、その時の気持ちとかその時の雲の出ていた状況とか、そういったものも分かりやすくなるので、風景も入れてみるといいかなっていう風に思いました。
その時に水平線、地平線とかをまっすぐにするといいと思います! ちょっと曲がっているとやっぱり見栄えはよくないので、まっすぐにするとちょっと上手くみえるかなっていう風に思います」
●分かりました、やってみます!
「はい!」
●いつも雲の写真を撮りながら、ときめいてらっしゃるんですか?
「基本的には、なんかここが可愛いなとか、ここが綺麗だなっていう風に思って。多分写真を撮る時ってそうじゃないですか?」
●そうですね!
「人を撮るにしても景色を撮るにしても、多分ここが綺麗だなって思ったらシャッターを切ることが多いと思うんですけども、基本的には雲でここが可愛いなとか綺麗だなって時に写真を撮っています。それがときめきかなっていう風に思っているんですが。
雲の名前っていうのも、やっぱり形とかその雲の特徴、可愛らしい部分とか綺麗な部分とか、特徴から名前が付いているものも結構多くって、例えば二重雲とかあるんですけども、それって本当に二重に重なり合う雲のことを言っているんですね。重なっていると綺麗だなって。他にも肋骨のような雲のことを肋骨雲って言ったりもするんですよ」
●面白いネーミングですね!
「そうなんです。なので写真を撮る時、その雲がいいなってときめく瞬間と、その名前の付け方がたとえたものに似ているな〜と思う瞬間があるんです」

●空に浮かぶ雲を見ているだけでもすごく癒されますよね。
「私はもうすごく癒されて(笑)、本当に家事の合間とかでも空を見て癒されております!」
●ゲストの方もいちばん身近な自然が空だっておっしゃっていた方もいたんですけれども、本当にその通りですよね。誰もが見上げれば見ることができるというか。
「家からでも窓があれば見ることができるので、空はいつでも楽しめるのかなっていう風に思っています。私がいちばん好きなのはやっぱり夕方の時間の雲でして、時間によって結構雲の色とか表情が変わってくるので夕方の空はお勧めです」

空の変化を見逃さない
※気象衛星やコンピューターの発達によって、気象予報の精度は格段にあがりましたよね。でも、局地的で急激な変化にはなかなか追いつかないようにも思うんですが、自分や家族を守るために、何か心がけておきたいことはありますか?
「よくお伝えしているのが2つありまして、1つは自分は大丈夫だと思わないこと。どこが危険かとかどんなことが起きるのかっていうのを、想像する力っていうのがすごく大事だなっていう風に思っています。
よく災害が起きてしまったりすると、まさか!っていう風に思うじゃないですか。なのでそのまさかが減っていくといいなっていう風に私は思っています。それを減らすためには大雨が来そうだとか、大雨が来たらここにはどんな危険があるのかなとか、そういったことを想像できる力っていうのは大切になってくるかなって思っています。
もう1つはやっぱり空の変化を見逃さないことだと思いますね。昔は空とか雲の様子を見て危ないって感じることが多かったっていう風によく聞くんですけども、今は天気予報が便利に、どこでもスマートフォン1台あれば見られるので、本当に便利になったのはいいことですけど。
その反面、極端な自然現象に対して少し察知するのが難しくなってきているのかなっていうことは感じていますね。なので”ときめく雲図鑑”では雲を楽しんでもらいたいと思って作っているんですけども、一方で空からのメッセージに対して、日頃からアンテナを広げていただけるきっかけになったらいいなと思っています」
INFORMATION
菊池真以さん情報
『ときめく雲図鑑』
菊池さんが専門的な言葉をなるべく使わないように心がけて書いた本です。とにかく写真が素敵で、食べ物にたとえた表現なども面白く、ほかにも雲を楽しむための情報が満載!
山と渓谷社から絶賛発売中です。詳しくは、以下のサイトをご覧ください。
◎山と渓谷社HP:
https://www.yamakei.co.jp/products/2820202460.html
菊池さんの活動についてはオフィシャルサイトを見てくださいね。
◎菊池真以さんのHP:https://www.maisorairo.com
2020/8/22 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、世界157カ国を、およそ8年半かけて旅をした自転車冒険家「小口良平(おぐち・りょうへい)」さんです。
☆写真提供:小口良平

小口さんは1980年生まれ。長野県岡谷市出身。2007年から1年かけて、自転車で日本一周。2009年3月から2016年10月にかけて、世界157カ国を自転車旅。移動した距離はおよそ15万キロだそうです。そして先頃、世界一周の旅をまとめた本『果てまで走れ! 157カ国、自転車で地球一周 15万キロの旅』を出されました。
きょうはそんな小口さんに、世界一周の旅で出会った人々や忘れられない出来事、そして自転車の魅力などうかがいます。

3つの魔法の言葉
※世界一周の旅に出ると決意した小口さんは大学卒業後、建設会社で働きながら、一日2食の節約生活を5年近くも続け、旅の資金を貯め、そしてついに世界一周の旅に出たそうなんですが、どんなルートで世界を巡ったのでしょうか。
「日本からいきなり飛行機でオーストラリアに飛びました。で、オーストラリアのからオセアニア諸島ですね、ニュージーランドとか走りながらインドネシア、インドネシアからずっと東南アジアを上がって、インドのほうまで上がりました。そのあとシルクロードをずーっと東のほうから、アジアから中央アジアを超えて、中東を超えて、ヨーロッパを周ったあとにアフリカ。で、東アフリカを走ったあとに、今度はヨーロッパの北欧と西欧、で、西アフリカに南下しました。最後は2年ちょっとかけて北中南米大陸を、北のアラスカのほうからぐーっと南のほうに下がってゴールがニューヨーク。アメリカのニューヨークから最後、日本に戻ってまいりました」
●言葉はどうされていたんですか? 勉強されていたんですか?
「それが恥ずかしながら、英語もまともに喋れなかったんです(笑)。最初に行ったオーストラリアでカタコトな英語発音だけは覚えて、一応ブロークン・イングリッシュを使って、世界の人とコンタクトしていたんですけども、やっぱり人間なのでジェスチャーがある程度通じていました。ただ、世界を周るにおいて、現地の言葉を3つ覚えていたらコミュニケーションがとれるっていうのを発見しまして、私はそれを魔法の言葉と呼んでいるんです」
●へー! その3つはなんですか?
「1つ目が“こんにちは”、例えば英語だとハローとかスペイン語だとオッラー、フランス語はボンジュールとかなんですけども、それで相手の警戒心を解くことができたんですね。
2つ目が“ありがとう”、センキュー、メルシー、グラシアスとかなんですけれども、やっぱり自分が感謝を示すっていうことでオープンマインド、仲良くしたいですっていうメッセージが届いていたので、向こうもありがとうって言われて嫌な気分になる人はいないと思うんですよね。話を聞いてくれるような親身な状態になってくれていましたね。
最後が“うまい”“おいしい”、英語だとヤミーとかスペイン語だとサブロッソとか言うんですけども、やっぱり人間なので食べ物を食べて生きています。同じ食べ物を食べて共感してくれるっていうことが非常に相手の、やっぱり文化を尊重してくれているっていうように多分思ってくれたと思うんです。食っていう字を分解すると“人を良くする”って書いてあるんですね」
●おー! 確かにそうですね!
「はい、まさに私もそうです。この間も海外の友達が来て、納豆を食べておいしいって言ってくれて、何か納豆を褒めてくれる=日本を褒めてくれるような気になっていました。私も同じように現地のものを、現地の言葉でおいしいって言ったら、すぐに仲良くなって家に泊めてくれたりとか、優しくしていただいていました」
●そうなんですね! 本当に魔法の言葉ですね!
「そうですね! ちょっと言葉に自信のない方はとりあえず、この3つの言葉を現地語で覚えていくことをお勧めします!」
車の接近が鼻で分かる大自然!?
※およそ8年半の世界を巡る旅では、とんでもないハプニングがたくさんあったと思いますが、その中から、いろんな「いちばん」を聞いていきたいと思います。まずは、いちばん嬉しかった出来事はなんですか?
「そうですね。世界中で会った人と再会の場面がありまして、例えば、他に私と同じように自転車旅をしているスペインの友達がいて、たまたま一度会ったあと再会をしたりとかしていました。その中で実は私、旅の最中に出会った日本人の女性、エジプトのラハブっていうところで会ったんですけども。で、帰ってきて2016年、5年半ぶりに再会して、その女性と少し仲良くなりまして、実は2年前に結婚して、先々月、子どもも生まれました(笑)」
●わあ! おめでとうございます!
「ありがとうございます! それこそ多分、旅をしてなかったら日本でも絶対出会ってなかったので、そういう意味ではトータルすると、旅で嬉しかったことは再会かなと、そして妻との出会いかなっていう風に今では振り返りができました」
●そうなんですね〜! では、いちばん美しいと思った景色はどこですか?
「中央アジアのタジキスタンにパミール高原と呼ばれているところがありました。標高が4000メートルを超えているような場所なんですけれども、政治的な理由もあってちょっと内乱をしばらくしていましたので、割と観光で入れるようになったのは最近になります。

私が行った時も全然人に会わないようなところで、峠をいくつも越えて行って走っておりました。そしたら、何か鼻につんざくような匂いが感じられたんです。何の匂いかなと思った時に、ガソリン? って思った瞬間に、次は目で視覚として2キロ〜3キロ先に車がやってくるのが分かりました。そして近づいてくると音でようやくそれが車だって分かったんです。
つまりはですね、そこに人が全然いないので空気が非常に澄んでおりまして、車の存在が目や耳よりも、先に鼻で分かるような大自然が残されているような場所でした。夜空の星なんかも流星が降ってくるような、本当にロケットが落ちてきているんじゃないかって思えるような大自然があって、まだまだ地球にはこんなところが残っているんだ! ってワクワクした景色が本当にいちばん美しかったかなと感じました」
●素敵ですね〜。では、いちばん美味しかったご飯は何ですか?
「中東料理なんですけども、イランという国に行った時に食べさせてもらった “ドンドルマ“っていう料理がありました。田舎料理みたいなんですけれども、トマトとかナスとかの中をくりぬいて、そこにお肉を詰めたりお米を詰めたりとかして。

イランはオリーブオイルが非常に有名で、純度の高いオリーブオイルがありまして、その肉詰めしたもの、米詰めしたものの野菜をオリーブオイルで1日中煮込みつつ、次の日になったらそれを取り出してお皿に並べて最後に乾燥ローズ、バラのチップをふわーっと振りかけて、なんとも優雅な、エクセレントな食べ物をいただきました。
味はどこか日本の煮込み料理にも非常に似てて、そういった意味もありまして美味しくいただいていました!
この料理がですね、実はあんまりレストランに並んでいなくて、仲良くなったご褒美の証に家に招いてもらっていただいていたので、そういったことも含めて、本当にいちばん美味しかったご飯かなって思います」
カンボジアの恩人、無償の愛と約束
※世界を巡る旅では、たくさんの人に出会い、助けてもらったことも多いと思うんですが、特に記憶に残っている人はいるのでしょうか。

「カンボジアで出会った家族になります。私の中で今でも約束と思って活動をしているんですけれども。カンボジアに行った時にカンボジアの現地通貨が切れてしまって、銀行で両替しようと思ったんですけど、土日で空いていませんでした。お金が一切なくて、川を渡らなくてはいけないんですけれども、その渡し船のお金も払えなくて。
ひとまずキャンプをしようと思って、地域の人たちにキャンプをさせてくれって言ったんです。普段だったらキャンプをさせてくれるんですが、小さい村だったので、ダメだって追い払われてしまったんですね。
体調も非常に悪かったので、泣く泣く学校の裏に隠れて張ったんですけども、やっぱり見つかってしまって、出てけ!って、みんなに追い払われた時にある人が近づいてきてくださって、その人がこっち来いよと言ってくれたんです。ついていくとその人が渡し船のお金を払ってくれて、対岸のですね、屋台があったんですけども、その屋台に連れて行ってくれました。で、ご飯をご馳走してくれて、結果その彼の家に招いてくれて、一泊させてもらいました。
次の日の朝になると当然のように朝ごはんが出てきて。私もそれだけ優しくされて体調も徐々に良くなって、じゃあきょう出発できる!って思って、出発しようとした時に彼が私の手の上に置いたのが現地のお金だったんです。
それも多分、今で換算するとカンボジアの、一般の人の平均給料の半分くらいのお金、日本円だと10万円とかそのぐらいの大金を彼が家族を振り切って渡してくれたんですね。彼には小さい子どももいるので、さすがにこれは受け取れないよって返したんですけれども、彼がそれは絶対持っていけと、世界一周するっていう人間が、日曜日だし、きょうも食べられなかったら、世界一周なんかできないと、きょう君が来てくれたから家族みんなが笑顔になっていると、またしばらくしたら、変な日本人、今頃どこにいるのかな、なんて言ってまた家族がハッピーになってスマイルになる瞬間があるから、これは感謝の証だ、って言ってくれて渡してくれたんです。
本当に世界中いろんな人が優しくしてくれましたけども、本当に無償の愛をたくさん受け取って、いつか私がこの家族を私の故郷の長野県に呼びたいなっていうのと、私自身も新しくできた家族を自転車でまたカンボジアに、この町に行きたいなっていう風に思って、彼との約束を今も、まあ果たせずにはいるんですけども、それを果たしたいなと思って今の活動をしています」
●この本を読んでいると、いろんなハプニングがあって、どうしてそこまでして旅を続けるんだろう?っていう風に思ってしまったんですけれども、旅を続けることのモチベーションってどこからきたんですか?
「やっぱり人に優しくされたっていうのがいちばん大きかったなと思います。応援してくれている人の気持ちを裏切れないな、応えたいなっていう思いがあったと思います。多分自分だけの約束であれば、変な話、弱い人間なので途中で帰っていたかもしれないんですけれども、やっぱりこれだけ優しくされて、次に再会した時に世界一周できなかったって言ったら、ガッカリさせちゃうなとかって思うと、頑張って世界一周して再会した時に、君のおかげで世界一周できたんだよ、ありがとう!って言いたいなっていうのが、本当に最後の最後までモチベーションになっていました」
サドルの上の原風景
※ところで、小口さんが自転車の魅力にハマったのはいつ頃だったのでしょうか?

「いちばん最初に自転車って楽しいな〜って思ったのが、兄がいるんですけども、兄と一緒に、私の故郷には諏訪湖という一周16キロぐらい、当時は道路が綺麗じゃなかったので22〜23キロあったんですけど、その諏訪湖一周を8歳の時にしました。
その時にお腹を空かせながらも走っていると、普段車でばーっと過ぎていた風景がしっかりと全部自分の頭の中に入ってきていました。例えばこんなところにお店があったんだなとか、親戚のばあちゃんの家ってこんな遠くにあったんだとかですね、鳥とか草花の音が聴こえたり、車では感じられなかったものがサドルの上ですごく良く感じられて、その一周が私にとっての大冒険だったんです。それがなんか原風景として心の中に残っています」
●小口さんにとって最初の冒険なんですね。
「そうですね、はい」
●現在、小口さんはジャパン・アルプス・サイクリング・プロジェクトの副代表を務めてらっしゃいますけれども、これはどんなプロジェクトなんですか?
「はい、長野県の県知事のもとに官民連携の協議会を作りまして、私はそこで副代表をさせてもらっているんです。長野県をサイクリングで、その魅力を伝えていこうということで、今大きく観光プロモーションをしていて、長野県を一周するサイクリングロード800キロを今作っているところです。
自転車乗りの人にとっては坂とか峠、山が実はご馳走のような場所になるんです。これを登るために一生懸命汗をかいたりとか。標高2000メートルを超えると森林限界、植生が変わってくるので、そこにいる動植物も変わってきます。そして長野県ならではの温泉であったり、食文化、海こそないけれど、山菜やそば、そういったものを楽しんでもらえるようなものを周遊観光として今みんなで作っているところです」


●平坦な道のりじゃダメなんですね(笑)
「そうですね! 平坦は平坦でいいんですけど、やっぱり初級者から中級者、上級者までが楽しめるのが長野県の魅力かなっていう風に思っています。そして今だと電動アシスト付きの自転車、Eバイクがありますので、この登場によって今、老若男女の方が楽しめるような環境が整ってきています」
南極大陸、そして月へ
※小口さんは地元長野でバイク・パッキング・ツアーのガイドもされています。どんなツアーなんでしょうか。
「自転車に荷物を載せまして、そこにテントであったりとか食料、寝袋とか、そういったものを付けて1泊2日。もしくは来年、本格的にやろうとしているのが子どもたちを、今私がいる日本のど真ん中と呼ばれている辰野町から海を目指して、5泊6日で行くようなツアー、そういったもののガイドをしています」
●へー! 初心者でも大丈夫ですか?
「そうですね。それこそ今私たちの辰野町というところを、ゆっくりのんびり走ってもらおうということで、主にちょっと都会とかで仕事に疲れてしまった30〜40歳くらいの女性をターゲットに可愛らしいマップを作ったりとか、そういった方々が楽しめる、おいしくてお洒落で綺麗な、インスタ映えするようなコースとか、そういったコンテンツを作ったりしています」

●車では感じられないことが感じられますね。
「そうですね。時速15キロで走ると全然今までと違った時間軸で見えてきます。汗をかいたりとかすると頭の中もスッキリしだして、本当に、自分の人生の中で大切なものってなんだったかなーっていう風に見返りの時間になるので、是非こういった速度を変えるアクティヴティをしてもらえたらなと思っています」
●小口さんが今後、自転車で行きたいところはどこですか?
「いろいろあるんですけれど、今実は157ヶ国のあとに1年に1ヶ国ずつ行っておりまして、死ぬまでに全ての国を行こうと思っていて、196ヶ国あるので76歳くらいになったら全ての国を走りきれると思っています。
それとあとは南極大陸、こちらも自転車でチャレンジしてみたいなと思って、今少しずつ練習とかしているところです。今年も、新型コロナウイルスの関係はありますけれども、もし状況が芳しくなったら、モンゴルのウランバートルからロシアのイルクーツクっていうところまで800キロくらい、冬場をカットバイクっていう冬を走れる自転車で練習をしていきたいなという風に思っています」
●すごいですね!
「そして最後にはいつか、まあ『ET』っていう映画の影響もあったんですけど、月を自転車で走ってみたいなっていうのもあります。多分30年後には叶うんじゃないかなと思っています(笑)」
●夢が広がりますね〜。では最後に自転車の魅力を一言で言うならば!
「日常を冒険や旅に変えられる、身近な場所をそういった場所に変えられるかなっていう風に思っています!」

INFORMATION
小口良平さん情報
『果てまで走れ! 157カ国、自転車で地球一周 15万キロの旅』
現地の人たちと触れ合いながら世界を走破。その自転車旅の全貌が綴られた感動の冒険エッセイです! ぜひ読んでください。詳しくは、河出書房新社のサイトをご覧ください。
◎河出書房新社HP:
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309417660/
小口さんは10月17日から地元長野県上伊那郡辰野町で、世界一周したサイクリスト13人の写真と言葉の企画展を開催する予定です。詳しくは小口さんのオフィシャルブログを見てください。
◎小口さんのHP:https://ameblo.jp/gwh175r/
◎小口さんが副代表を務める
「ジャパン・アルプス・サイクリング・プロジェクト」のHP:
https://japanalpscycling.jp
2020/8/15 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストはニホンザルの研究者、石巻専修大学・准教授の「辻 大和(つじ・やまと)」さんです。

辻さんは1977年、北海道生まれ。東京大学大学院・修了後、京都大学霊長類研究所を経て、今年から石巻専修大学の准教授としてご活躍されています。辻さんは大学生の時に、上野動物園のボランティア活動で担当したニホンザルに興味を抱き、研究をスタート。石巻市の沖合にある「金華山島」に生息する野生のニホンザルを20年にわたって観察・研究し、その成果を一冊の本、『与えるサルと食べるシカ〜つながりの生態学』にまとめ、先頃出版されました。
きょうは「ニホンザルの新常識」! 知られざる生態について辻さんにうかがいます。
☆写真提供:辻 大和

実はボス猿はいない!?
※ニホンザルは、群れを率いるボスがいて、そのボスを中心にサルの社会が成り立っているとよく聞きますが、辻さん、それは本当なんですか?
「それはよく誤解されている点なんですけれども、実は野生ではボスザルっていうのはいないっていう風に今、私たちは理解しています。群れの中でケンカの強いオスっていうのは確かにいるんですけれども、ただそのケンカに強いオスっていうのが人間の社会で言うところのボスの役割、例えばケンカを仲裁したりとか、争いが起きた時に最前線で戦うとか、あるいは群れの行き先を決めるといった役割は野生状態では確認されていないんですね。それで私たちは野生のサルにはボスはいないという風に理解しています」
●そうだったんですね! サルたちって家族単位で生息しているんですか?
「そうですね。サルのオスは大きくなると生まれた群れを出て行くんですけれども、メスっていうのは基本的に生まれた群れで生涯過ごします。ですからサルの家族っていうのはメスとその子どもたちっていうことになりますね。群れの中でお母さんと娘、あるいはお姉さんと妹っていうのはとても仲がいいですね」
●子育てをするのはメスだけってことですか?
「そうです。ですからサルの群れにはオスはいるんですけれども、お父さんはいないっていう風になります」
●ニホンザルって何を食べているんですか?
「サルはなんでも食べる雑食性の動物ですけれども、でもいちばん好きなのは果物とかドングリの仲間ですね。他には葉っぱですとか花とか、あとはキノコとか虫なんかも食べます」
●サルたちの行動のどんなところに注目して研究されるんですか?
「私は専門が“食べ物“ですから、サルたちがまず何を食べているか、どこで食べているか、あと誰と食べているかっていうところに注目しています。群れの中にはやっぱり順位関係ですとか性別とかいろんな状態、ステータスがありますよね。そういう社会的な要因がそのサルたちの”食べる“っていう行動にどう影響しているのかっていうのを調べるのが、私の専門としてそういうことに注目しています」

サルの役割、種子散布
※続いて「ニホンザルの新常識」その2!
野鳥は植物の実を食べて、そのタネを遠くに運んで、植物の分布を助けているという話を聞いたことがありますが、野生のニホンザルもそんな役割を担っていたりするのでしょうか。
「はい、そうですね! 自然界におけるサルの重要な役割のひとつが種を運ぶ、種子散布と言うんですけれども、そういう役割です。私はサルの行動観察と一緒にサルたちのウンチを集めて分析をしたことがあるんですけれども、サルの糞からはなんと36種類の植物の種が出てきました。サルは鳥に比べて体も大きいですし、また動き回る範囲も大きいですから、より広い範囲にいろんな植物の種をばらまいていると考えられます」
●森にとってはサルの影響っていうのはすごく大きいんですね。
「はい、私はそう考えています」
●秋口になるとサルたちが里へ降りてきて、畑の作物を荒らしちゃうっていうようなニュースもありますけれども、気候変動とかによってサルたちの環境とかには影響はでているんでしょうか?
「その点については、はっきりしたことは申し上げられないんですけれども、ただサルたちが畑を荒らす行動っていうのが山の実りと関係があるっていうことはよく言われています。サルたちが大好きな木の実の実りには、年によって大きな違いがあるんですね。山の実りが乏しい年にサルたちが食べものを求めて畑にやって来ちゃうんです。その結果多くのサルが有害獣として駆除されてしまうっていう、そういう現象があります」
●それはどうしたら対策できるんでしょうか。
「例えばですね、山の実りはどれくらいかっていうことをモニタリングするっていうのがひとつ方法かもしれません。今年は山にドングリがあんまりないなっていうことが分かれば、今年は畑にやって来そうだぞっていうことを、あらかじめ予想して対策が打てるかもしれませんね。そしたらむやみに殺さなくても済むんじゃないかっていう風に私は思っています」
●今、辻さんがいちばん気になっていることってなんですか?
「そうですね。1年間に2万頭を超えるサルが有害駆除されてしまっているって現象はとても心が痛いですね。実際、駆除に科学的な根拠があるわけでは必ずしもないんです。ですから山の実りをモニタリングして、サルたちが畑にやってくる時期を予測したりとか、あとはさっき種子散布の話をしましたけれども、サルたちが山の中でこんな大事な働きをしているんだよっていうことを、多くの人に知ってもらうことによって、サルたちに対するネガティブなイメージを改めていただければなという風に思っています」

サルの楽園「金華山島」
※「辻」さんの研究のメイン・フィールド「金華山島」は、いったいどんな島なんでしょうか。
「島の大きさは10平方キロメートルくらいで、そんなに大きな島ではないんですけれども、東北地方の三大霊場のひとつになっています。島の中には大きな神社がありまして、昔から信仰を集めています。ブナとかモミの林で覆われたとても美しいところです」

●ニホンザルは何頭くらいいるんですか?
「はい、現在は200〜250頭ぐらいいまして、6つの群れに分かれて暮らしています」
●その島は人は多いんですか?
「神社の関係者と参拝客、そして私たち研究者以外には実はいません。それに昔から狩猟が禁じられていますので、サルたちはとてものんびりと暮らしています」
●人よりもサルのほうがのびのびとたくさんいるようなイメージなんですね!?
「そうですね。サルの楽園と言ってもいいと思います!(笑)」
●それってわんぱくに育っちゃったりしないんですか?
「金華山のサルは他の場所に比べて性格が穏やかで、顔もとても美人というか可愛いサルが多いですね」
●具体的に注目しているサルはいるんですか?
「はい、学生時代は対象の群れの1個体ずつ、17個体いたんですけれども、それぞれマークして3カ月くらいぶっ続けでそいつらを、1日3個体ぐらいずつ決めて追っ掛けていました」
●素人からすると違いが分からないような気もするんですけども(笑)、どうやって見分けるんですか?
「サルたちは比較的表情が豊かで、しかも個性的なんですよね。ですから他の動物に比べると、これは誰かっていうのは非常に分かりやすいと思います。私は人間の識別よりもサルの識別のほうが楽だと思います(笑)」
●本当ですか!?(笑)サルに名前を付けたりしないんですか?
「付けていますよ。アテナちゃんとかビーとかシフとか、そういう名前はずっと代々先輩たちから受け継いだ名前を付けています!」
●辻さんも名前を付けることはあるんですか?
「一度付けたことがあります(笑)。オトハちゃんとかネネちゃんとか付けました。今元気かなぁ」

サルとシカが共生!?

※ラストは「ニホンザルの驚くべき新常識」その3です。「サルの楽園」ともいえる「金華山島」には、ほかにどんな動物がいるのでしょう。そしてその動物との関係は!?
「サルの他には大型の動物としてシカが500頭くらいいます。あとはモグラですとかネズミ、そして鳥とか虫の仲間なんかもたくさんいますね」
●へ〜! じゃあ本当に動物たちの楽園ですね。この“与えるサルと食べるシカ”というタイトルですけれども、この本のタイトルにもなっているサルとシカの珍しい行動を目撃されたということですね。それはどんな行動だったんですか?
「サルが木の上で葉っぱとか果物を食べている時に、サルたちが一部をぽろっと落とすんです。その木の下にシカがやってきて、サルが落とした葉っぱや果物を食べるという関係です。私たちはこれを“落穂拾い”と呼んでいます」
●木の上で暮らすサルと地上で暮らしているシカって、なかなか関わりがなさそうなイメージがありましたけど、関わっているんですね。
「はい、私も初め見たとき、すごくびっくりしました。無関係だと思っていたのに、実はこうやって食べ物を通じて結びついていたんだなと分かって、とてもびっくりしました」
●シカはサルの行動を分かって集まってくるってことですか?
「私は多分シカはサルの出す音を聞きつけて、集まってくるんだと思っています。例えばサルが木に登って食べる時に枝をガサガサと揺らしたり、あるいは大きな声で鳴いたりするんですね。多分ご馳走を見つけて嬉しいのかなと思うんですけれども、シカたちはそういう音を聞きつけて集まってくるのかなと思います」

●逆にサルはシカたちによって何かプラスなことはあるんですか?
「金華山では、私はサルがシカから何か利益を得ているっていうのは、まだ見たことはありません。ただ他の国ではですね、例えばこれはインドの例なんですけれども、外敵が近づいてきた時にシカが警戒音をピーって上げるんですね。それを聞いてサルたちが逃げるっていう関係も知られています」
●そういった動物たちの関係性って他の動物とかにもあるんですか?
「そうですね。これは共生関係って言うんですけれども、例えばイソギンチャクとヤドカリのように、ヤドカリが住処を提供してあげる、イソギンチャクは食べ物のおこぼれに預かるとか、そういう関係は古くから知られています。ただ大型の動物でこういう共生関係っていうのが見つかったのは、多分私たちの研究が初めてじゃないかなと思います」
●そうだったんですね〜。もし島のサルと話ができるとしたら何を聞いてみたいですか?
「そうですね。私が気になっているのは、木の上からサルたちが葉っぱを落とす時に、それは本当に私たちが思っているようにたまたまなのか、それともシカのことを考えて、わざと落としてあげているのかなって可能性もありますよね。それはやっぱり彼らに聞いてみたいと思っています(笑)」
●確かに!
INFORMATION
辻大和さん情報
『与えるサルと食べるシカ〜つながりの生態学』
「金華山島」に生息するニホンザルの、20年にもおよぶ観察・研究の集大成。山小屋に寝泊りしながら、長い時には3〜4ヶ月も観察していたそうです。そんな地道な研究がサルとシカの共生関係を明らかにしたんですね。ニホンザルに関する“新常識”が満載の本です。ぜひ読んでください。 詳しくは、地人書館のサイトをご覧ください。
◎地人書館のHP:
http://www.chijinshokan.co.jp/Books/ISBN978-4-8052-0942-4.htm
辻さんの活動については研究室のサイトを見てください。