三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。
首都圏からのアクセスもよく、
通勤圏でありながら海や里山の豊かな恵みをあわせもち、
自然とともにある生活を楽しめるエリアです。
そんな「千葉の魅力」を支えるさまざまな活動や
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第71回 千葉氏中興の祖 千葉常胤

2021/11/5 UP!

今回は、鎌倉幕府の設立に貢献した千葉氏中興の祖・千葉常(つね)胤(たね)のご紹介です。

千葉市郷土博物館に行ってきました。千葉常胤というのは、戦国時代の武将の一人で、今の千葉市を中心に栄えていた千葉一族の始まりの方と言ってもいいでしょう。千葉市郷土博物館の錦織和彦さんにお話を伺いました。

錦織さん:千葉氏のルーツですが、平安京を造った桓武天皇の子孫、平氏(へいし)、平(たいら)というですね、氏をもらっていますので、桓武平氏と呼ばれています。 もともと京都にいたんですが、この地方にやってきまして、土着して、この千葉県北部で代々勢力を築いてきた武士です。当時の武士は、自分が本拠地をおいた土地の名前を氏として名乗りました。 もともと千葉氏も平という氏だったんですが。 この千葉のまちですね1126年に移ってきた時に土地の地名をとって千葉氏と名乗った。そういうわけで、千葉氏というのを名乗りとして代々受け継いできたということになります。

千葉市あたりを中心とした千葉県北部地域は、その当時から千葉と呼ばれていたので、そこに住み着いた、本拠をおいたので苗字も「平」から「千葉」になったということです。鎌倉時代の武士の 苗字は所領の地に由来しているのが普通だったんですね。

ちなみに資料によると、千葉常胤は平清盛と同い年。だそうです。

千葉氏は、安房の国に逃れた源頼朝から頼られたこと、そして当時平氏の勢いに押されて苦しんでいた源氏と千葉氏の復活の機会がきたことに感動し、すぐに源頼朝に加勢することを決めます。でも、この時点で常胤はすでに60歳を超えて、当時としてはかなりの高齢でもありました。おじいちゃんです。そんな中での頼朝との関係を錦織さんはこんな風に教えてくださいました。

錦織さん:当時の頼朝、年齢は30代前半ですね。一方、常胤なんですが、当時はもう60を超えてました。 当時の60は非常に高齢ですので、真っ先に頼朝のもとに馳せ参じた千葉常胤・・非常に今の高齢化社会の中でも希望になるような人物だと思います。今と比べて栄養状態も良くないので、多分現在で言うと70歳ぐらいだと思います。そういうための非常にですね、稀有な存在であるかと思います。 建仁元年1201年に亡くなったんですが、その時は84歳でした。こんなエピソードがあります。(頼朝は)十代のはじめ頃にですね、父、源義朝を失ってますので、そういう意味で、自分がですね、窮地に陥った時にまさに駆けつけた千葉常胤。ちなみにあの鎌倉にですね、向かうように進言したのも彼(常胤)なんですが。そういった意味で、いつも献身的に尽くす常胤はまさに頼朝にとって「父」 という存在だったと思われます。

徐々に源氏が勢力を広げる行程の中で、その貢献に対し千葉氏はいくつかの領地をもらっています。千葉氏の領地は北は青森から西は佐賀県まで、各地にあったそうです。複数の土地に領地があったというのは珍しいですね。その領地のところにはやはり、今でも「千葉さん」が多く住んでいるのだそうです。

鎌倉幕府を支える千葉常胤ですが、その後の千葉一族はどうなっていったんでしょうか?

錦織さん:明治大正時代にに何人か有名な人物を千葉一族はだしています。5000円札になった教育者「新渡戸稲造」 彼は千葉氏の子孫です。明治維新で活躍した「江藤新平」 彼も千葉一族。あるいは、同じ明治の志士として名高い坂本龍馬、彼の剣の「北辰一刀流」という流派があるんですが、それを始めたのが「千葉周作」。これも「千葉」という名乗りがあるように千葉氏の子孫とされています。  このように非常に魅力的な人物千葉常胤、千葉一族の歴史は500年にわたる長い歴史を持っています。徳川の歴史がですね、300年未満ですから、それに比べると千葉氏の500年というのは非常に長い歴史であります。私ども千葉市立郷土博物館では、その千葉常胤と千葉氏の歴史を紹介しておりますので、この機会に、この魅力的な人物とその一族に触れていただければと考えています。

明治以降も千葉一族から有名な方もたくさん出ているんですね。今日ご紹介できたのはほんの触りの部分。千葉常胤、千葉氏についてはさまざまな興味深いエピソードが残されていますが、今回ご登場いただいた錦織さんがいらっしゃる千葉市郷土博物館では、常設展示としてさまざまな資料を展示しています。歌や踊りが得意だったという記録もあるようですよ。「千葉市に千葉氏あり」・・両方とも「チバシ」なので、あえてこういってみましたが、千葉市を代表するキャラクター「千葉常胤」へと盛り上げていくそうですので、楽しみですね。

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