三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。
首都圏からのアクセスもよく、
通勤圏でありながら海や里山の豊かな恵みをあわせもち、
自然とともにある生活を楽しめるエリアです。
そんな「千葉の魅力」を支えるさまざまな活動や
想いムーブメントなどにスポットを当て、
現地取材の声も通して「魅力あふれる千葉」をご紹介していきます。

ミンナノチカラ~CHIBA~と連動したコーナー「YOU 遊 チバ」は2026年3月31日をもって終了いたしました。
過去の投稿をご覧になる際は、 CATEGORYより「YOU 遊 チバ」を選択してお楽しみください。

Every Fri. 18:45~18:59

【海文化が息づく九十九里】九十九里に受け継がれる伝統のお祭り「上総十二社祭り」

2026/9/4 UP!

まだまだ暑い日が続いていますが、暦の上では夏は終わり、秋を迎えています。

夏祭りに続いて、秋にも各地でさまざまなお祭りが開催されますよね。一宮町では、9月になると町全体が一気に活気づきます。1200 年以上の歴史を誇る上総十二社祭りが行われるからなんです。

一宮町にある玉前神社を中心に毎年9月8日から14日にかけて行われるこのお祭り。平安時代の西暦807年(大同2年)から1200年以上続くとされている伝統的なお祭りです。今日は、この上総十二社祭りをご紹介します。

九十九里の南部に位置し、雄大な太平洋を望む一宮町。この町の玉前神社を中心に、伝統のお祭り「上総十二社祭り」が受け継がれています。まずは、「上総國一之宮」として知られる玉前神社と、上総十二社祭りについて、玉前神社の権禰宜の鵜澤幹夫さんにお話を伺いました。

鵜澤さん:当社は、上総國の一之宮として知られ、平安時代中期に作られた延喜式神名帳にも、名神大社と記載されているように、古くから多くの方からのご崇敬を集めています。また、御祭神の玉依姫之命は、初代神武天皇の母親に当たるというところから、子育て、安産、子授、縁結びの神様としても、今でも多くの方々にご崇敬を集めております。当社の例祭の後に行われる神幸祭、お神輿を出すお祭りですが、上総十二社祭りと呼ばれておりまして、近隣市町村からお神輿が集まってまいります。房総最古の浜降り神事と呼ばれておりまして、千葉県の無形民俗文化財と指定されております。お神輿を担ぐ担ぎ手の皆さんが、裸に近い形で波打ち際を走るところから、通称上総の裸祭りとも呼ばれております。

裸祭りは大変人気があって、観客も多いお祭りとして有名ですね。

中西   上総十二社祭りは、毎年9月8日から14日にかけて行われますが、中心となる玉前神社の例大祭は13日に行われます。そのあと、同じ日に、お神輿が釣ヶ崎海岸へ集結する浜降り神事となります。「十二社祭り」という名前は、元々、6つの神社から、12のお神輿とお社(おやしろ)が集まっていたことに由来していますが、現在は、5つの神社、9つのお神輿が集まっています。

そして、浜に集まる理由についてですが、由来となる伝説があります。その伝説によると、御祭神・玉依姫命が房総半島の太東崎、今の釣ヶ崎海岸に上陸して、その一族の神々が年に一度そこに集まるようになったのが起源とのことです。西暦 807年ごろから始まったとされていて、つまり神様たちの「一年に一度の同窓会」が、1200 年以上も続いているというわけなんです。

お神輿が各地から海岸を目指していくのですが、よく見る街中でのお神輿とは違うようなんですね。

鵜澤さん:当社、玉前神社のお神輿は、大宮が米八俵分、約480キロ、若宮が米六俵分、約360キロあると言われておりまして、祭典場である釣ヶ崎海岸まで、片道約8キロという過酷な道のりを担いでいきます。そのような中でも、御輿を担ぐ担ぎ手の皆さんは、白のサラシと短パン、足袋という姿で臨んでいます。街中を練り歩くお神輿と違いまして、少ない人数で担いで走っていくお神輿なので、担ぎ手の皆さんは、お神輿の周りに集まって、都度、交代をしながら、海岸の方まで担いでいっています。

それは体力すごい必要ですね。大宮というのが大きいお神輿で若宮が中ぐらいの大きさのお神輿ですね。

ドドーンと打ち寄せる太平洋の波の音に、お神輿が上下するたびにチリンチリンと激しく鳴り響く「金属製の鈴の音」が混ざり合い、独特の熱気に包まれるそうです。

お神輿は釣ヶ崎海岸に到着すると、砂浜に立つ大きな鳥居を海側からくぐり抜けます。玉前神社では、この海とのご縁にちなんで、「人生の荒波にも耐え、開運の波に乗れる」というお守り、「波乗守」も授与されているそうです。海岸に集まった様子についてもご紹介していきましょう。

毎年9月8日から14日にかけて行われる上総十二社祭り。13日には、玉前神社例大祭に続いて、地域の各方面から釣ヶ埼海岸に9基のお神輿が集まってきます。

鵜澤さん:玉前神社の神輿は、海の中には入らないのですが、神社さんによっては、入っているところもあると聞いております。担ぎ手の皆さんや、見学の皆さん、合わせますと、釣ヶ崎の祭典場がいっぱいになるほど、多くの人々が集まってこられます。釣ヶ崎の祭典場を解散しまして、お神輿は各々、各神社に戻っていきますが、それぞれの地域で、お神輿の練り歩きが行われます。玉前神社では、同じ一宮町内の南宮神社さんと、ご一緒に、4基のお神輿で、国道を練り歩くと、玉前神社では、夕方になりますと、国道の一部を通行止めとさせていただきまして、練り歩いたり、差し上げをしたりしております。

お神輿を担いでいるのは全部で千人以上とも言われているんです。一斉に海岸を疾走する様は圧巻でしょうね。

お祭りの期間は権禰宜である鵜澤さんも大変お忙しいようです。どんなスケジュールなんでしょうか?

鵜澤さん:一応、神社の方で、その発輿祭(はつよさい)、お神輿を出すお祭り、それを行ったり、祭典場に集まったところでは、お旅所祭、お神輿が集まったところのお祭り、そういったのを各所でやりながら、神職としてはやっております。釣ヶ崎の祭典場では、祭りの先頭を走る神馬が、海岸の砂浜を颯爽と駆け抜ける姿、こちらも大きな見どころとなっております。神馬とは、神の馬と書いて、シンメと呼びます。お神輿の一斉差し上げが行われ、非常に盛り上がります。ぜひともお越しいただきまして、一緒に盛り上げていただければと存じます。

九十九里に1200年以上続く伝統の上総十二社祭り、その中心となる玉前神社 は、JR外房線・上総一ノ宮駅から直ぐのところにあります。ぜひお出かけください。

お祭りの詳細については玉前神社のホームページ、または一宮町観光協会のホームページをご覧ください。

https://tamasaki.org/index.htm


【日本一の梨の産地・千葉】 地域をつなぐ梨園「時田園」

2026/8/21 UP!

梨の美味しい季節となりましたね?

千葉県は日本一の産地!美味しい梨がたくさんとれています。今回は、県内に数ある梨の産地の中から、鎌ケ谷市の京成線・くぬぎ山駅の近くにある「時田園」をご紹介します。

都心からのアクセスが良く、都市の利便性と豊かな自然が共存する鎌ケ谷市。県内有数の梨の産地としても知られ、旬の時期を迎えた今、市内の直売所が活気に包まれています。そんな鎌ケ谷市で、地域に寄り添いながら梨づくりを続けているのが「時田園」。丹精込めて育てた梨の販売はもちろん、地域とのつながりを大切にした取組みにも力を入れています。「時田園」の4代目、時田弥寛さんに、まずは、農園で育てている梨の品種類と、この時期おすすめの梨について教えていただきました。

時田さん:幸水、豊水、かおり、秋月、新高、この5品種を栽培、販売して、皆様に楽しんでいただいております。8月21日頃ですと、だいたい豊水の時期になっております。(豊水は)当園が扱っている品種の中で、唯一、甘酸っぱさのある品種というのが特徴になっております。あとは、果肉が柔らかくて特にみずみずしさがあるというのも、豊水の特徴だというふうに思っております当園の一押しの品種です。まあ、ちっちゃい頃ながらに、母がむいてくれて、何か「おやつ」となれば、いつも梨をその時期食べるんですが、やっぱり甘さだけだと飽きてしまう中で、豊水の時期だと、そんな甘酸っぱさもあるっていう変化があってですね、まあ、止まらずにあの梨を食べ続けられるっていうのは、ちっちゃい頃からの思い出記憶となっております。1玉、2玉は、平気で食べちゃいます。

農家さんですら、食べ飽きることがないと言うのはなかなかの事ですよ 

農作業は、お父様の進さんと一緒にされていますが、実は弥寛さん、会社員と二足のわらじで頑張っていらっしゃるんです。梨園を継ぐ決意の裏には、奥様からの思いがけない一言があったそうですよ。

時田さん:妻と出会って、結婚するっていうところが1つ、大きな転換期になっているんですけれども、家業を継ぐつもりは、特に正直なくて、でも、誰かがやらなければいけないんだろうなっていう、なんとなくな危機感を感じつつ、誰も家業を継ぐ人がいないんだよねっていうのを、妻と話した時に、私はやりたい、一緒にやろうよ!というような後押しをいただいてですね、じゃあ、一緒に頑張っていこうというところで、今、サラリーマンを続けながらでありますけれども、家業も真剣に継ぐように取り組んでいる、そういう状況です。今、7年経ちます。で、当然、最初は分からないことも多くて、朝早くから作業を始めなければいけないとか、夏の暑い時期にも、一日汗だくになりながら作業をしているっていうのは、やっぱり、続けていく中で大変だなっていうふうに正直思うところはあるんですけれども、継ぐっていうことの責任感だったり、守っていかなければいけないっていう、やっぱり思いっていうのはやっていく中で強く感じるようになってきたっていうのは1つ大きな変化かなと。

奥様と結婚したことがきっかけ。継ぐ人がいないなら私やりたい!これは思い切った発言ですね。その一言で、弥寛さんも決意。まさに転機となる言葉ですね。

スタジオにも時田園の梨が届きました!

時田園いち推しとも言われる豊水、おいしかったです!ごちそうさまでした!

鎌ケ谷で梨農園を続ける時田さん。地域とのつながりを大切にしたいとの想いから、2023年に直売所を新設。そしてその広いスペースを活用して、お父様の名前がついた「鎌ヶ谷すすむマルシェ」というイベントも2代目と一緒に開催しているんです。

中西   もちろん、美味しいものそれもあるんですが、マルシェの魅力はそれだけではありません。最近は、季節のお花のブーケやアロマ、虫よけスプレー、世界にひとつだけの着物リメイク作品、手作りワークショップなど、多彩な出店者が集まっているんです。回を重ねるごとに、出会いの輪が広がり、地域をつなぐマルシェへと成長しています。

様々な取組をされている一方で、梨の栽培は美味しい実りのために地道ではありますが大事な作業が続きます。梨を作る上で大切にしていることをお聞きしました。

時田さん:梨の栽培の作業の暦みたいものがあるんですね。この時期までには、梨の枝を整えるっていう作業があったり、花が咲く前には花粉を取って、花粉として生成するための作業があったり、実がつき始めると、5月、6月までには終わらせましょう、とかっていうふうに、やっぱり梨の作業の暦があるんですけども暦通りに作業をちゃんと終わらせるっていうところの基本のキっていうのは、意識するようにしています。どうしても、梨の栽培の中で農薬を使うことっていうのはあります。極力、薬を減らせることはないのかな、というところで、例えば、除草作業、除草剤を撒かなくできるように、手作業で草を刈るっていうことを心掛けていたりとかっていうようなところも、当園の1つのこだわりかな、というふうに思っています。

 

梨を育てる上での暦は守っていく・・・その一つでもずれていたら、その後にどんどん響いてくるから大切なんですね。

梨ですが、そのまま食べたり、ジュースで飲むほか、あまり加工品を見かけないですよね?梨は水分が特に多くて、加工に向かないところがあるそうです。それでも、時田さんご夫妻は、梨づくりの過程で出る、例えば傷がついて販売できない梨の活用などについても考えていらっしゃるんです。

時田さん:昨年で言うと、合わせて300キロから400キロぐらい、まあ、これをこのまま廃棄してしまうっていうのは、やっぱりもったいない。社会的にも何かできることないのかなっていうのがあって、例えば、1つ、ドライフルーツとして、販売ということを始めてみたり。クラフトビールを作っているお店の方とつながって、原料として梨をおろしていたり、スムージーとして販売されている方のところにも卸していたりとかっていうような提供という形もあるんですけども、なるべく私たちだけで製造販売できるようにっていうところも取り組んでいまして、昨年の梨をピューレにして、冷凍して、その後ですね、焼き菓子としてカヌレとか、ガトーショコラとして、焼き菓子にして販売していたり、甘酒とあえた梨のジェラートをですね、今年の3月から販売を開始していたりというふうに、いろいろ新しい取り組みっていうのは、取り組んでいます。今後も時田園を広く知ってもらえるような活動というのは、続けていこうというふうに考えております。

  

これは、鎌ケ谷名物になるんじゃないですか?! 時田園の若き夫婦の活躍に今後も期待したいですね。  

時田園の梨は、毎年多くの方に愛されるの人気の梨となっています。6次化によって生まれたいろんな梨の商品の方は、まだまだこれから多くの方に知っていただきたいという段階だそうですが、フードロスを少なくし、一年を通して梨の風味を楽しんでもらいたいとの想いから、様々な業態とコラボしたり、ご夫妻自らも商品開発に取り組んでいます。これからも、4代に渡って受け継がれてきた時田園の想いを大切に、美味しい梨をぜひ作り続けていただきたいですね。時田園の梨は直売所のほかオンラインショップでも購入可能です。また、キッチンカーでジェラートの販売も行っています。詳しくは、時田園のホームページ、インスタグラムをご確認ください。

@susumuno_7483

https://susumuno7483.raku-uru.jp

【フルーツの名産地・安房】 こだわりの完熟パッションフルーツ「RYO’S FARM」

2026/8/14 UP!

千葉県の安房地域は1年を通して温暖な気候で、南国を思わせるような雰囲気があって、早い時期から菜の花が咲くなど、ひと足早く春の訪れを感じられる地域としても知られていますよね。

今回は、そんな温暖な地域にある館山市で、トロピカルフルーツのひとつ。パッションフルーツを育てていらっしゃる農家さんをご紹介します。

温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、様々な農産物が栽培されている館山市。その地で、パッションフルーツの栽培に熱心に取り組んでいるのがRYO’s FARMです。東京から館山市に移住して、新規就農をされたRYO’s FARMの園主・梁 寛樹さんに、まずは農業を始めたきっかけを伺いました。

梁さん:私、もともと大学卒業してからメーカーで働いてたんですけど、サーフィンが好きすぎて、いても立ってもいられなくなって、どっか海の近いところに移住したいなぁって考えていたところ、館山市で地域おこし協力隊を募集してたんですね。地域おこし協力隊っていうのは、3年間その地域の課題を解決してもらうっていうようなプログラムなんですけど、それを使って、私は館山に移住をしました。館山市の地域おこし協力隊のテーマっていうのが農業というテーマだったんですが、当時、私は農業、全くの未経験で、まあ、自分がそのメーカーで働いていた時に、ブランディングとかPRをしていたので、まあそこを生かして、館山市の農家のブランディングだったり、PRをしていけたらいいなと思っていたんですが。

地域おこし協力隊制度を利用したのか!移住の手段として応募したんですね。ご自身がこれまで培ってきたキャリアを活かして、「館山の農産物の認知度を上げたい」「名産品を作って、その魅力を世の中に伝えたい」との思いから、応募したそうです。ところが、いざ、協力隊で館山に移住すると、現場での反応は、想定していたものと全く違うものでした。

梁さん:いざ、地域に入ってみると、そんなことは誰も求めていなくてですね、そんなことはいいから、早く、まあ、1人でも多く、農家の後継者になってほしいっていうような声の方が大きかったんですよね。それで、もともとの予定とは違いましたけれども、もう自分で0から農業をやってみようかなと思って始めました。東京にいた時から、ちょこちょこサーフィンで館山に来ていたんですが、ヤシの木が並んでいたりして、すごい南国のイメージがあったんですよね。なので、まあ、最初、アボカドだったりとか、マンゴー、パッションフルーツっていう、まあ、南国のフルーツを試験栽培していく中で、パッションフルーツが一番美味しく作れたっていうのが、パッションフルーツにした決め手になります。

地域が求めているのは農家をサポートする若者ではなく、若手農家そのもの。それで、自分が農家になることが地域おこしの第一歩だと、早い段階で確信したそうです。とはいえ、梁さんは農業経験ゼロだったので、まずは市内の農家を回りながら少しずつ農産物の栽培について学んでいくことからスタートしました。

中西   館山でサーフィンがしたいという思いがきっかけで、地域おこし協力隊に応募した梁さん。3年間という任期の中で農業を実践しながら、地域とのつながりも深めていきました。パッションフルーツは成長が早く、土壌の質も良かったことから、初年度から収穫ができたそうです。気づくと、梁さんはすっかり館山の人になっていました。

梁さん:単純に、3年間、館山に住んだら、もういいとこすぎて、もう東京に戻れない体になってたっていうのが一番かなと思います。0から農業を始めようとする人たちにとって、まあ、一番の障壁って、やっぱりお金だと思うんですけど、私はその地域おこし協力隊の3年間の間に、人間関係を築いて、農地を借りることもできましたし、農業の機械なんかをそろえることもできましたし、本当に借金することなく、スタートを切ることができたので、本当にこの協力隊としての3年間があって、よかったなと思っています。館山市の農水産課の方だったりとか、地域の農家の方、たくさんサポートしていただいて、かなりいいスタートが切れたんじゃないかなと思います。

梁さんにパッションフルーツの栽培を勧めたのは、県の施設、暖地園芸研究所の研究員の方でした。さらに、パッションフルーツ栽培のハウスは、農業を卒業されるというカーネーション農家の方から借りたそうです。実は、このパッションフルーツ、実が熟してくると、枝から落ちてしまうそうで、工夫して、本来よりも枝についている期間を長くすることでより美味しくなるそうです。

そして目の前に、梁さんが作った赤紫色に輝くパッションフルーツがスタジオにも届きました。

梁さんは毎年、旬の夏の時期に、東京・青山の国連大学前で開かれるファーマーズマーケットに出店して、パッションフルーツを販売しています。お客さんの反応を直接感じられて嬉しいんだそうです。実は、そんなお客さんとの会話から生まれた商品があるんです。それがこちらのリリコイバターです。

パッションフルーツのことをハワイ語で「リリコイ」といいます。リリコイバターは、バター、卵、砂糖を混ぜて作ったもので、ハワイではパンなどに塗って食べられていて、大変人気があります。RYO’S FARMのリリコイバターは、青山ファーマーズマーケットに梁さんが出店した時に、あるハワイ帰りのマダム風の方から、『ハワイでは“リリコイバター”というのを作って食べてるから、あなたも作ってみたらいいんじゃない?』と言われたことをきっかけに商品開発を始めたそうです。

お客さんとの何気ない会話が、新しい商品につながったんですね。これが売れると、冬も安定した収入があって、農業として安定していきますね。

初めは製造を委託しようと思ったそうですが、いろんな事情があり、レシピを教えてもらい、自分で作ることにしたそうです。夏の間に収穫したものを冷凍保存して、夏以外の時期に製造。今では年間の売り上げの8割近くをこのリリコイバターが占めるほどになりました。

ハワイ帰りのマダム風の方が、ものすごいアドバイスをくれたということですね。

梁さんは、パッションフルーツを作り始めた最初の頃の周りの人たちの反応を今も思い出すそうです。

梁さん:結構、周りのおじいちゃん農家からは、なんだ、この種ばっかのフルーツみたいな感じで、こんなん作って売れるわけないだろうみたいなことを言われたんですけど、まあ、それぐらいマイナーなフルーツで、地域にも本当、二、三軒、メインじゃない、農産物として作っているぐらいの方はいらっしゃったんですけど、メインで作ってる方はいらっしゃらなくて。だから、ある意味、本腰入れて、あの専業でパッションフルーツ農家としてやっているのは、自分ぐらいでしたね。

今は農業の規模を広げることは考えていないそうです。2015年に独立してからずっと農地の広さは15アールのままで、25mプールおよそ4〜5個分くらいの広さ。この農地を一人で作業、整備することに拘っていて、一人だからこそ農作業や仕事をコントロールできる自由さがあると話してくださいました。それでも、パッションフルーツは、2万個以上収穫できるそうですよ。

自分ができる範囲で、しっかりとやられている。リリコイバターのような6次化製品も生み出している。でも大きくはやらない。しっかりと続けてもらいたいですね。

梁さんが大切に育てたパッションフルーツ、そしてこのリリコイバターは、近隣の道の駅やオンラインショップでも購入することができます。

詳しくは、RYO’s FARMのホームページをぜひご覧ください。

https://ryosfarm.com

びわの名産地・安房 大粒で果汁たっぷり!「房州びわ」を心行くまで「よぜむファーム」

2026/5/29 UP!

初夏の気持ちいい日々が続いています。フルーツが美味しい季節になってきましたね。

千葉県はさまざまなフルーツが栽培されていています。

今回は、1909年(明治42年)から続く、皇室献上の歴史を持つ南房総の名産品、房州びわ。その生産者をご紹介します。

一年を通して温暖な海洋性気候を活かし、様々なフルーツが生産される南房総市。中でもビワは全国屈指の産地となっていて、例年、「房州びわ」の皇室への献上が行われるなど、この地を代表するフルーツとなっています。「房州びわ」は1751年ごろに南房総市(旧富浦町)で始められたと言われており、270年以上の歴史があります。傷つきやすいびわを東京に運ぶには有利な場所だったことから、栽培が盛んになりました。主に南向きの斜面で育てることが多く、千葉県は全国2位の産出額を誇っているんです。

今回ご紹介するのは、そんな房州びわを栽培する農園のひとつ「よぜむファーム」。まずは、農園を営む山木こずえさんによぜむファームの特徴を伺いました。

山木さん:よぜむファームはビワとイチジクをメインにした小さな果樹農家です。ビワは初夏の大体、5月末から6月中旬ぐらいまでで、イチジクは、8月後半から10月いっぱいぐらいまでやってまして、今収穫期でちょっとめいっぱい忙しい状況です。農業のほかにカフェをやっていまして、自分で作ったビワやイチジクをスイーツとして加工して出したりしてます。そうですねビワは結構加工が難しいんですけれど、基本的にイチオシなのは、ビワゼリー、あとジャムにして販売してます。

栽培だけではなく、加工もやっているんですね。ビワは育てるのに大変手がかることで有名。山や丘の斜面に木があることが多くて、手入れも、梯子や脚立をかけての作業が多いのです。

もともと山木さんのお祖父さまがビワ農家で、今のよぜむファームがあるところが先祖代々の土地と畑だそうです。実は、山木さんは数年前まで東京でOLをされていたそうなんですが、一体なぜ、ビワ農家を継ぐことになったのでしょうか?

山木さん:東京都とこっちで、実家で二拠点をしてたんですが、一度、祖父が持っていたビワ山を1年間管理することになって、実際に作り始めて、いざ出荷というか、販売ってなった時、出来上がったビワが、めちゃめちゃ美味しくて。なんかこう、今まで絶対たくさん食べてきたはずなのに、なんでこんなに美味しいんだって、衝撃だったんですよね。それで、なんかこれを誰かにもっと伝えなきゃいけないと思って。その時、多分6000枚ぐらい袋をかけたビワがあって、それを売り切りたいって思ったんですよね。で、それを販売して、東京に戻って販売したりして動き回っていて、ビワの美味しさを改めて気づかされたというか。それがこっちに移住というか、Uターンするきっかけのひとつになってます。。

お祖父様がお亡くなりになった後、山木さんがビワ山を引き継ぎ、はじめは二拠点生活で、できる範囲でビワ農家を始めたそうです。南房総から会社や東京の知り合いに自分のところのビワを持っていって試食してもらったり、買ってもらったりしていたんだそうですよ。その評価も上々だったということで、翌年には、これは完全移住(Uターン)だと確信されたとのことでした。

南房総市でビワ農園「よぜむファーム」を営む山木こずえさん。この農園の名前の由来を伺ったところ、この地区は苗字が「山木」という方が大変多くお住まいで、みなさんお互いのことを屋号(やごう)で呼んでいたそうなんですね。山木さんのご先祖からの屋号は「与左衛門」(よざえもん)。これがだんだん変化して「よざえもん」 「よぜもん」「よぜむ」になったそうです。さて、そんなよぜむファームの房州びわについて、山木さんは、こんな風に話してくださいました。

山木さん:完熟じゃなくても、水分は多いのであると思うんですけれど、やっぱり完熟になると、甘みが増しているので、水分にもその甘さがこうひたひたってこう浸透していると思ってるんですね。実際、やっぱり食べると甘みを感じられる果実水が出てくるので、もうそれがたまらなく美味しいです。もうそれがビワの美味しさだと、あの私は思ってたりするので、そこを皆さんに食べた時にこう集中して感じてほしいなと思ってます。なんか、その薄ささえ楽しめるというか、果肉も楽しい、美味しいんですけれど、その中の水分を楽しめる果実ってなかなかないと思うので、それを感じれる、ちょっと稀有なフルーツなんじゃないかと持ち上げちゃいますけど。

そして、強調しすぎない上品な甘さも魅力ですよね。

房州びわは肉厚で大粒、みずみずしい上品な甘みが特徴の高級ビワなんです。ビワの実はとにかくデリケート。そして、ものすごく手がかかる、けど美味しい。みんなその魅力に取り憑かれちゃうんですよね。

ではどれだけ手がかかるのか?こずえさんに具体的な話を伺いました。

山木さん:100個ぐらいついてた花から、それをまず二房ぐらいに分けます。20ぐらい残るんですけど。で、袋かけの段階で、その20から多分10ぐらいに減ってるんですね。で、その10個の中から、それこそ産毛がついてて、身も丸くて、大きさもその時期、ちょうどの大きさの実を1つだけ選びます。もう、そこから1/100ぐらいになっている。ような気がします。で、収穫するときに枝を持って実に触らないように優しくもいで、そっと籠の中に入れます。そこから仕分けの担当の方が最後に触るのは、箱詰めをする人だけです。これだけ、やっぱりちょっと手がかかるフルーツなので、美味しく完熟で、旬の時期に、皆さんにぜひ南房総に来てもらって食べてもらいたいなと思っています。

実が付き出したら、袋をかけるけどその袋の内側と実が触れないように慎重に袋をかけ、大きさを調べるときは実に触らぬようにそっと袋を一つずつ開けて中身を確認、収穫の時も枝の部分しか持たない。とにかく新鮮さと産毛の関係は大事で、産毛が取れたりすると直ぐにそこから実が傷んでいってしまうんです。

実に袋をかけたら、最後箱詰めのところで触るだけ。とてもデリケートで手がかかりますが、それがおいしさに直結していると聞くと納得できますね。山木さんは農作業の合間にはカフェの営業もされています。お祖父様から家を引き継いだときに改装して、いま、とてもおしゃれな空間になっています。ちょうど今ごろからがおいしさのピークを迎える南房総の房州びわ。新鮮さが一番ですので、現地に行ってその大きな実を頬張ってみてください。また、こずえさんのところでは実施していませんが、中にはビワ狩りができる農園もあるそうです。詳しくは南房総市観光協会のホームぺージをご覧ください。

よぜむファームの詳しい情報はホームページやインスタグラムで確認できます。併せてご覧ください。

よぜむファームHP

https://yozemu-farm.jimdofree.com

よぜむファームカフェ インスタ

https://www.instagram.com/yozemu_farm_cafe/

白瓜の産地・成田地域 地元の白瓜で伝統の漬物を作り続ける「有限会社沢田漬物」

2026/5/22 UP!

成田の『瓜の鉄砲漬』はご存知ですか

カリカリとした食感とピリッと辛い味わいが特徴で、成田や香取の名産品として広く知られていますよね。今回はこの「瓜の鉄砲漬」を作っている「沢田漬物」の挑戦についてご紹介していきましょう。

成田山新勝寺の門前町として栄えてきた成田市。特に江戸時代、初代市川團十郎が深く信仰したことから、江戸庶民の間で「成田詣」が大流行し、多くの参詣客で賑わいました。

今も新勝寺の表参道には食事処や土産物屋が立ち並んでいますが、そこに店舗を構えるのが「沢田漬物」。千葉県産の野菜を使って「瓜の鉄砲漬」などの漬物を生産する老舗です。

さっそく、沢田漬物の代表取締役沢田克洋さんに、まずはその歴史をうかがいました。

沢田さん:昭和35年に、私の先代、先々代から始めたと。うちの家系は代々農家でございまして、それで、農家がなんで漬け物を始めたのかなと思って聞きましたら、成田山のほうで、鉄砲漬けというものがだいぶはやったということで、鉄砲漬を作ってくれないかというふうな依頼があって、漬け物の製造を始めたというふうに聞いております。多くの方が、成田山新勝寺の方にお越しいただいておりまして、お土産物を買っていくわけなんですけれども、その中で鉄砲漬けというのが大変ブームになりまして、それでですね、たぶん作るのが間に合わなくなったという時代的な背景がありまして、うちにも作ってくれないかというような話がきたと思います。農家の方もやってたんですけれども、農家の方が手が回らなくなるぐらいですね。今度、逆に漬け物がメインになってきたというふうなことだったと思います。

一説によると、成田の有名な料亭の女将が瓜の鉄砲漬を考案して出し始めたのが最初らしいんです。農家さんが、頼まれて作り出したら、農業が続けられなくなるぐらい忙しくなっちゃうって、どれだけ需要があったんでしょう?

一大ブームが起きるほど人気となった瓜の鉄砲漬。沢田さんに基本的な作り方を教えていただきました。そして、沢田さんが、より多くの鉄砲漬を生産するため、合理化を図っていくんですが、これがちょっと不安を生み出すことになりました。

沢田さん:この辺、白瓜がよく取れていまして、使ったお漬け物なんですけれども、両端をカットして、中の種をくりぬいて、塩漬けにして、とうがらしをしその葉っぱで巻いたものを筒の中に差し込んで漬け込んだものが、鉄砲漬けというふうに呼んでおります。うちの方も漬け込みの方をやってたんですけれども、だんだん工場の面積的な部分もありまして、手が回らなくなりまして。そのあとですね、海外から。塩漬けにしたものを輸入するようになりまして、それでどうにかお客様からのですね、注文をこなすというような形で、海外に一時期ですね、原材料をシフトしたという時代がございました。当然、安いというのがあったんですけれども、作業効率がとにかく簡単に済むということもありまして、地元のですね、瓜を取らなくなってしまう、ということがございまして、地元の農家さんにはですね、多分迷惑かけたんじゃないかなと。いうふうには思っております。20年から30年ぐらいですかね。海外の方にシフトしていました。

成田山新勝寺門前や表参道で人気のお土産、瓜の鉄砲漬。原材料と一時、加工を海外に委ねてしまっていた2、30年の間に、沢田さんは「このままで良いのか」と考えさせられる出来事があったと言います。それは、お土産を買うお客さんから「この瓜はどこのものなの?」と聞かれた時に、答えづらいという声がお土産屋さんなどから届き始めたことでした。そこにあるきっかけが訪れて、成田の白瓜で作られた鉄砲漬プロジェクトがスタートします。沢田さんに、その時の様子を伺いました。でも最初は大変だった様なんです、、、

沢田さん:せっかく成田山に来てもらって、お土産物を持たせるのに、海外のものを使った商品でいいのかなというのは、常々、思っておりました。JA成田さんからですね、地元の野菜を使った加工品を作りたいということがあったと思うんですけども、鉄砲漬けを作ってくれないかというような問い合わせがありまして、私どもですね、国産の千葉県地元のですね、鉄砲漬けを作りたいなと思ってましたので。本当に良い提案をいただいたなというふうに思いました。じゃあ、いざ実際にですね、農家さんが作ってくれるのか、説得できるのかというところは、1つ問題がありまして、20年、30年作ってない方で、以前作ってた方を探すのが、まず大変だったこと、そして作り方をちょっと特殊なものですから、それをですね、今度教えていかなきゃいけないということが課題がございました。たまたまですね、以前やってた方がいらっしゃいまして。その方にリーダーになっていただきまして、勉強会開いてですね、みんなで作っていただこうと、これだったら作れるんじゃないかというふうに、まず農家さんに思っていただいて、その辺がちょっと大変だったですかね。今にして思いますと、、、、、

農家さんに、長い間作るのを辞めていた野菜白瓜をまた作ってください、というのは、こちらの都合で海外産のものに切り替えていった手前、なかなか難しい話だったんでしょうね。瓜の作り方の勉強会から始めたということですから、技術的にもゼロからのスタートに近い状態だったんでしょうね。。。

JA成田が地元のオリジナリティを出していきたいということで、瓜の鉄砲漬けを作らないかと提案、それが再び成田で白瓜を生産していくことにつながっていったんですね。

スタジオにも用意いたしました。

いやー これはですね。お酒のつまみにも、ご飯のお供にもちょうどいいですね。このピリッとする味がたまりませんね。クセになっちゃう

丸ごとの物もありますし、スライスされた物もあります。

一時は海外に白瓜の加工の一部を任せていたので、成田産の白瓜に切り替えたことで、当然作業も増えていきます。でも沢田さんはそれでいいのだとおっしゃっています。同じ地域の水で育った野菜たちの組み合わせでないと美味しくできない。こうした思いから、解体してしまったウリを塩漬けにする施設を再び作り直し、農家のみなさんに、もう一度成田の白瓜を作ってもらうための覚悟を見せ、頭を下げてお願いしたそうです。その熱意が伝わり、再び、成田で白瓜が作られるようになりました。今では沢田漬物の瓜の鉄砲漬、およそ8割が地元産の白瓜を使用しているということです。こうして名実ともに、「成田の特産品」になった瓜の鉄砲漬。最後に、最近特に人気の商品を教えていただいたのですが、それはもともとインバウンド向けに考えていた商品なんだそうです。でも、そのニーズは意外なところにありました。

沢田さん:とにかく、インバウンド向けの鉄砲漬けを作ろうと思って、小袋の鉄砲漬けなんですけれども、いざふたを開けてみたら、日本人の方のニーズがそこにありまして。今もう大人数じゃないんで、 小人数なので、小さい袋でパッケージで十分なんだということで、今売れ始めてきたところであります。鉄砲漬けを食べていただきたいのは、当然なんですけれども、なかなか食卓に漬物が乗る機会というのは少なくなってきているんじゃないかなと思っております。これをどうにか毎日とは言いませんけれども、食卓に漬物が1つでも乗るようになっていただければいいかな、というふうに思っております。昔、家庭で必ず漬物をテーブルに乗っかっていましたので、そういったふうになっていただいて、漬物を楽しんでいただければ、食卓の名脇役として並べていただければ、ありがたいなというふうに思います。

小さいパッケージでちょっとしたお土産にと考えたけれども、実は多くの日本人が今の生活スタイルから、便利だということで人気商品になっていったそうです。歴史と生活スタイルの変化、健康に対する意識の変化によって、塩分の量も昔に比べると少なくなりました。その分白瓜のおいしさが分かりやすくもなっています。

時代に合わせていくことで今も人気なのがわかりますね。それで、このパッケージの大きさがまたお土産にちょうどいいんです。デザインも可愛いですね。まさに成田を代表するお土産。沢田漬物の商品は、参道にある店舗のほか、オンラインショップでも購入可能です。そのほかにも、千葉県産の野菜を使った漬物を多く作っていますので、詳しくは沢田漬物のホームページ、インスタグラムをご確認ください。

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リゾート地・安房 東京湾で人魚になろう!「沖ノ島ダイビングサービスマリンスノー」

2026/5/15 UP!

5月の大型連休も終わり、これから夏に向かってレジャーシーズンが本格化しますね。

千葉県はアウトドアアクティビティが豊富ですから、この番組でもたくさん紹介していきたいですね。気温も上がって、さまざまなアクティビティーにも挑戦できるようになってきましたね。

今回は、館山市の無人島・沖ノ島で楽しめるダイビング・スノーケリング体験をご紹介します。

美しい夕日の名所として知られ、波が穏やかで鏡のように美しいことから別名「鏡ヶ浦」とも呼ばれる館山湾。その南端に位置し、南房総国定公園にも指定される「沖ノ島」は、本土と陸続きとなる無人島で、多種多様な生き物が共存しています。

実は、この島はダイビングやスノーケリングなどが楽しめる人気のスポット。そこで、この海をよく知る「沖ノ島ダイビングサービス マリンスノー」の岡本 正和(まさかず)さんに、今の時期に楽しめる海の中の様子をご紹介していただきます。まず「沖ノ島ダイビングサービス マリンスノー」でどんなことができるのかを聞きました。

岡本さん:体験ダイビング、ライセンス取得、もうライセンス持ってる人のファンダイブ、それとあとはスノーケリングとスキンダイビング、この辺をやっています。スノーケリングに関しては8歳から65歳。ダイビングに関しては体験ダイビングとかは基本的にうちは15歳から。ただ、例外としてうちでスノーケリングやって海慣れしてると判断した場合は12歳から受け入れをしています。スノーケリングの場合、水面から見るので、深いところだと魚が見れないので大体1.5から3メーターぐらいのところまでしかいかないんですけどもその範囲内で、かなりの魚なり魚の大群が見れるとそんな感じですね。夏休み近辺で言うと、ネンブツダイとか青いソラスズメダイ。うまく回ってくる場合はイワシのもう何百匹の群れが見れることもありますね。

↓ネンブツダイの群れ(写真提供:マリンスノー)

そんなに深くないところでも結構見ることができるんですね。今の時期だとどんな魚たちを見ることができるのでしょうか?このあたりは海が綺麗で、魚たちが命を育むのに適した場所のようで、4月や5月にはこんな光景に出会えるのだそうです。

↓千葉県館山市の沖ノ島沖にあるダイビングポイントの沖ノ島黒根のミツボシクロスズメダイの群れ

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岡本さん:4月5月ぐらいだとやっぱりどうしても幼魚が結構多い。そういう時期でもありますのでフグの子供がね、もうちっちゃい2センチぐらいかな。それぐらいの子供。このフグに関してはちょっと水面からはなかなか見れないんで体験ダイビングとかだと結構見ることはできます。はい。見れるのもここ2年ぐらい前からフグの子供がよく見れるようになったかなっていう。愛嬌はありますね。ちっちゃくてかわいらしいです。よく見れば表情っていうか普段見るフグそのままがちっちゃくなったって感じですね。ハズレはうちがガイドすればハズレはない。なかなか見えなくても、大体ここにいるだろうっていうのを考えて、そっちの方に移動していくっていう考え方。

↓ミナミハコフグ幼魚

岡本さんによれば、うちがガイドすればハズレなし。心強いですね。浅いところのスノーケリングや体験ダイビングで、こんなお魚たちと出会えるのは豊かな海の証拠でもあります。

5月から6月、場合によっては9月ごろまでアオリイカの産卵シーンがこの沖ノ島の近くで見られます。館山は、漁業と観光が共存する地域です。漁業者にとってアオリイカは重要な収入源であり、年間を通じて水揚げされる高価な魚介類の一つとされています。そこで、産卵をしやすいような場所を作ってあげたりする活動を地元のNPOや漁協が協力して行なっているそうです。豊かな海ならではの資源を大切にして持続可能な漁業と観光のためにいろんな方が力を合わせています。

↓千葉県館山市の沖ノ島沈船【水雷艇】にいたイサキの群れ

波が穏やかで、さまざまな命が育まれる館山湾。沖ノ島で楽しめるダイビング体験と、出会える生き物たちをご紹介しています。今度はもう少し深いところで見られる魚などのお話、教えていただきました。

岡本さん:10メーターの黒根ポイントに関しては、サンゴイソギンチャクこれがびっしりあるようなところなんですけどもミツボシクロスズメダイだとかアカオビハナダイこれがもう越冬してる状態ですね。私が沖ノ島で始めたのが2013年、その頃は、越冬できてなかったんですよ。全部死んじゃってたんですよね、冬やっぱ水温が下がっちゃうんで、今はもう全然もう自然で、もう大体十五、六度からもう下がらないので死なないで、もう今はもう元気に泳ぎ回ってる状態です。ミツボシもそうだし、アカオビハナダイも泳ぎ回って越冬してます。カラフルですねはい。要は温暖化でやっぱりどうしても色味が出てきてるかなって。そうです。だから館山自体だからその温暖化の影響もあって、基本的に四季、一年中だから違った意味でベストシーズン。その一つ一つで考えたら、全部がベストシーズンと考えた方が、、、

↓千葉県館山市の沖ノ島黒根にいたハタタテダイの群れ

少し深く潜ると見えてくる魚もグッと増えてくるんです。温暖化の影響と言われていますが、暖流(黒潮)にのって南からきたカラフルな魚たちが冬を越せるようになってきたというのは考えさせられるところもあるけど、見る分には楽しさが増えていくよね。サンゴの間を泳ぐ魚たち、生で見てみたいですね。

ここ数年で沖ノ島近辺の海の中もカラフルになってきたと岡本さんはおっしゃっていました。それまでは、黒、銀、灰色の魚が主で色がついているのは赤いキンメダイなどぐらいだったそうです。海中の温度は実は秋が一番高くなるのだそうで、その海水温ごとに見られる魚も変わってくるそうです。

沖ノ島はその場所柄、北風が吹いたら島の南側、南風なら島の北側が影になって風が弱い。だからどっちの風が吹いても潜れる可能性が高いのもあって、ダイビングやスノーケリングは人気があるんですよね。

浅瀬でのスノーケリングは特に人気。訪れる人たちも増えてきています。お客さんの声を紹介していただきました。

岡本さん:都会から大体1時間半~2時間なのに海はこれだけ綺麗だと思わなかったっていうそういう感じですね。沖ノ島に関してはナンバー見るともう、県北からも東京、埼玉、神奈川、結構湘南とかのナンバーもあったりしますね。ファミリー層が多いっていう感じのところですね。基本的に四季違った意味でベストシーズン、冬はやっぱり透明度が高いから、スコーンと抜けてる中に魚が見れるっていうベストのシーズンだし、春になれば魚の子供がね、やっぱね、増えてきたりウミウシが増えてくる時期なんで見るためのベストシーズンであり、夏は一般的な、要はスノーケリングだとかそういうお客さんっていうのはどうしても夏がやっぱメインになってくるからそうすると、そのお客さんからするとベストシーズンだし、秋はうちらからすれば、落ち着いてきてだんだんと透明度が上がってきつつ、水温も上がってきてカラフルな魚がどんどん増えてくるベストシーズンっていう。何かしらの、その用はありますね。

↓千葉県館山市の沖ノ島沈船【水雷艇】にいたシロウミウシ

ウミウシって本当に綺麗なんですよね、、、

↓千葉県館山市の沖ノ島沈船【水雷艇】にいたコモンウミウシ

春から初夏にかけて様々なウミウシが観察できるようになる沖ノ島は「ウミウシの天国」として知られています。水深7mほどの浅瀬で、代表的なアオウミウシやゴマフビロードウミウシ、ミスガイなど、色鮮やかな「海の宝石」に出会えるそうですよ。こちらも岡本さんたちのご案内で見にいくことができます。

この豊かな海、守っていきたいですね。

沖ノ島ダイビングサービスマリンスノーや漁協、NPO団体などでは、この豊かな海を守り、育てるべく、海藻を食べてしまうウニの駆除や減ってしまった海藻を増やすといった活動も積極的に行われています。実にカラフル、多種多様な生き物たちを間近で見ることができる沖ノ島の海。これからの行楽シーズンにぜひ行ってみたいですよね。特に平日がおすすめだそうです。沖ノ島ダイビングサービスマリンスノーの予約状況、体験ダイビングやスノーケリング、スキンダイビング、そして、昼とは全く違った世界が見られるナイトダイビングなど、詳しくは「沖ノ島ダイビングサービス マリンスノー」のホームぺージをご覧ください。

https://www.marine-snow.jp

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たまねぎの名産地・白子 九十九里の潮風に育まれたブランド玉ねぎ「白子潮風ファーム」

2026/5/8 UP!

県内のおいしい野菜をこの番組ではいくつもご紹介していますが、今回はまさに今が旬の「玉ねぎ」です。玉ねぎといえば千葉県では白子町(しろこまち)が有名な産地ですね。

九十九里浜に面し、温暖な気候と、ミネラル豊富な土壌の条件が玉ねぎを育てるのに適しているということで、白子町で採れる玉ねぎは「白子たまねぎ」として知名度も年々アップしています。今回は、白子町で就農9年目となるご夫妻の挑戦をご紹介していきます。

九十九里南部に位置し、雄大な太平洋を望む白子町。この土地では、ブランド玉ねぎとして人気の「白子たまねぎ」が生産されていて、今まさに旬を迎えています。毎年5月には白子たまねぎ祭りが開催され、多くの人で賑わっています。その「白子たまねぎ」にこだわり抜き、玉ねぎ専門で農業を営んでいるのが「白子潮風ファーム」。美味しさも収穫量も両方大切にしながら、手間暇を惜しまずにつくられた玉ねぎの味は、肉厚でフルーツのように糖度が高くみずみずしいと評判なんです。まずは、「白子潮風ファーム」の代表 仲田吉範(なかだよしのり)さんの奥様 眞美子(まみこ)さんに、この地で就農のきっかけを伺いました。

仲田さん:主人は船橋市出身のサラリーマンだったんですね。何か別のことを始めたいっていうことで、山梨で農業法人なさってる菅原文太さんの農場の方に勤めまして、そこで農業を初めて知って、もっと深く自分で農業やりたいっていうことで、東金にある農業大学校の方に通わせていただいてそこで研修先として、白子町の農家さんを紹介していただきまして、そこで白子との縁ができまして、ここで玉ねぎを作ろうっていうことになりました。そこの農家さんがとてもよくしていただいて、農地ですね、それを貸してくれるように交渉していただいて、最初は少しずつだったんですけどお借りできて、農業を始めることができました。

菅原文太さんの農業法人は山梨県の明野(あけの)というところにある 竜土(りゅうど)自然農園おひさまの里というところで、菅原さん亡き後も今も農園として農業を続けているところ。そこに転職、思い切りましたね。

その後、仲田さんは、本格的に農業を学びたいということで、東金市にある「千葉県立農業大学校」に通いながら、白子町で研修をされました。そのご縁から、白子町で就農。違う町に研修に行っていたら、玉ねぎ農家にはならなかったかもしれないそうです。でも農家になれたからといって、すぐに成果が上がるというわけではありません。そこで、仲田さんご夫妻、ある方に相談に行きました。

仲田さん2:葉たまねぎという作物、これも白子の名産なんですが、そこで最優秀賞を5年連続で取られてる、もう名人、神様みたいな方がいらっしゃって、教えを乞いに行きまして、快く教えていただいて、追いつきたくて追い越したくて努力しまして、やっと初めて最優秀を取らせていただいて、名人にとても喜んでいただいて本当に嬉しかった記憶があります。玉ねぎを栽培する以外には畑はやっていない休耕をしてる状態なんですが、そのときに緑肥を撒いて、土にすき込んで育てて、土にすき込んで土作りをしています。当時は、周りでやってる方は少なかったんですが、今ではやられる方も増えてきてます。

追いつけ追い越せという前向きな気持ちが嬉しかったんでしょうね。

仲田さんは、葉たまねぎで評価され、JA長生での品評会で、2021年と2024年には最優秀賞。さらに「白子たまねぎ」生産にも力が入っていき、2023年2024年に連続して品質優良賞を獲得されています。大変研究熱心な方で、毎年毎年新しい方法にチャレンジ。うまくいったことは採用して、さらに美味しい「白子たまねぎ」を作っていくようになりました。

「白子潮風ファーム」の仲田さんご夫妻の玉ねぎ作り。美味しい玉ねぎの特徴と、美味しくいただくコツを教えていただきました。

仲田さん:5月から白子では、ソニックという品種を主に作っているところが多いんですが、この品種の特徴としては大きくて肉厚で、瑞々しい。辛味が少なくて甘いっていう特徴があります。農家からのお願いなんですが、スライスされて食べると思うんですが、水にはさらさずに、そのまま召し上がっていただきたいなっていうのが栄養も逃げないし、美味しい甘みも強く感じられるので、美味しいかと思います。スライスしていただいて、そのままお皿の上に置いてもらって、しばらく置いていただくと、辛味は抜けると思います。

スタジオでもいただきました。

オニオンスライス、そしてもう一つ、眞美子さんに教えていただいたのがこちら。絶品、白子たまねぎに上から十字に切れ目を入れてそこにバターを挟み込みレンジで加熱。

白子町では毎年5月、今年は、あさって5月10日日曜日に「白子たまねぎ祭り(しらこたまねぎまつり)」が開催されます。場所は白子自然公園施設内古所海岸前(ふるところかいがんまえ)広場で、午前9時から午後3時までです。玉ねぎの販売はもちろん、キッチンカーによる「玉ねぎグルメ」もたくさん味わえるそうです。最後に仲田さんにこれからの白子町の玉ねぎ作りへの想いを伺いました。

仲田さん:5月中は、各農家さんで玉ねぎ狩りを行ってて、畑で掘る体験もできます。うちもちろん、うちでも行っていますのでぜひいらしてください。最初に始めた頃は人数も少なかったんですが、だんだん徐々に徐々に増えて、リピーターさんも毎年毎年来ていただけるお客様いるので楽しみになってます。毎年、実はご多分に洩れず白子の玉ねぎ農家さんも高齢化していましてあと5年ぐらいで半減してしまうのではっていうのもあるんですが、私の肌感覚で、このところ、新規の農家さんも、全くやったことのない農家さんが増えてきてるなっていうのは感じています。私達が白子の玉ねぎを守っていければなっていうのは、思っています。それでお客様に美味しい玉ねぎをたくさん食べていただきたい、喜んでいただきたいなと思います。

玉ねぎ狩りってなんか無心になってやってしまいます。ジャガイモやさつまいもよりも大きいものもあるから掘りごたえがありますよ!

5月は白子町のあちこちで「玉ねぎ狩り」ののぼり旗が出ています。事前に予約が必要なところもありますので、詳しくは白子町のホームページでご確認下さい。  

新玉ねぎは今の時期だけのものですから、ぜひ召し上がっていただきたいと思います。

仲田さんご夫婦の今後の目標は、白子たまねぎのブランドを底上げすること、そして新規就農者が根付くための土台づくりを担うことです。ご自身がそうしてもらったように、先輩就農者として後輩が農業をしやすい、続けやすい環境をつくり、白子の玉ねぎを守ってさらに広げていきたいと語ってくださいました。白子潮風ファームは主にインスタグラムで情報発信をしています。

白子町のホームページと併せてぜひご覧ください。

インスタグラム   https://www.instagram.com/shirako_shiokazefarm_onion/

白子町      https://www.town.shirako.lg.jp/

ハーブ文化が根付く大多喜 ハーブのまちの新しいガーデン「大多喜有用植物苑」(※5/4が「みどりの日」)

2026/5/1 UP!

ゴールデンウィーク、

その連休の中で5月4日は何の日でしたでしょうか?

色々祝日が動いた時もありましたが、、、「みどりの日」です。今回のミンナノチカラ〜CHIBA〜では、みどりの日にちなんで、大多喜町に最近オープンした「大多喜有用植物苑(おおたきゆうようしょくぶつえん)」をご紹介します。

房総半島の中央部に位置し、豊かな自然に恵まれた大多喜町。広葉樹の森と清らかな水に恵まれたこの町では、古くから薬草・ハーブ文化が育まれてきました。およそ30年にわたってその一翼を担い、惜しまれつつも2年前に閉園した「大多喜ハーブガーデン」が、今年、「大多喜有用植物苑(おおたきゆうようしょくぶつえん)」としてリニューアル。4月1日にグランドオープンしたんです。こちらのプロデュースと、ガーデンデザインを担当された森田 紗都姫(もりたさつき)さんにどんな風に変わったのかを含めお話を伺いました。

森田さん:これから先、10年20年30年、植物と人を繋げるというテーマで、どうやってこう変えていくか、残っていく場所にできるかっていうところを考えて、元々やっていたことも含めてプロデュースの依頼を受けまして、改めて新しい全面的にコンセプトを変えて、施設のリニューアルを2年近くかけて進めてきた流れになります。元々は、西洋ハーブの食堂とかショップとか、お庭のある施設だったところを全面的にリニューアルしまして、日本やアジアの植物を見ることができたり、一緒に過ごすことができたり、食事として楽しめたり。そういった植物を使ったアイテムが購入できるショップを併設する施設として生まれ変わりました。

ハーブと聞くと、西洋のものというイメージを持つ方も多いと思うけど、こちらでは日本、アジアのハーブを見ることができるんですね。

そうなんです。もともとあった建物の3分の1を残し、それ以外の部分は屋外展示に切り替わっています。このプロジェクトのために、建築、インテリア、飲食に関するコンサルタントや、藍染師、香りを作る調香師、庭師など多くのスペシャリストの意見やアイディアを集約してできたのがこちらの植物苑。苑のコンセプトを形にするのに、自然が豊かで森田さんの出身地でもある高知県で合宿もしたそうですよ。

苑の名前にも入っている「有用植物」ってどういう意味なんでしょうか。

ハーブを含め、人間の役に立つ植物全般を「有用植物」というのだそうです。香りやお茶、精油にするだけでなく食べる、養う、癒す、纏(まと)う―。「有用植物」とは、人々の生活に寄り添い、文化として受け継がれてきた植物のことなんです。そんな有用植物と触れ合える施設や展示のこだわりについて、教えていただきました。

森田さん:建築材料だったり、塗料だったり染料だったり、薬だったり、いろいろなものに活用されてきた植物を、お庭の中で植栽をして過ごしていただいて見ていただいたりですとか、四季で変化する食堂のメニューとして食事として楽しんでいただいたりですとか。特徴的なのは、植物素材から作られたインテリアのしつらえだったり、建築っていうところも楽しんでいただけるので、クッションとか座布団が草木染だったり、手織りで作られた布製品からできていたり。メインの食堂のダイナミックなテーブルは竹素材だけ、釘とかも一切使わずに、竹を組み合わせて作ったものに、その場所で採れた土で左官したものだったり。一見スタイリッシュな空間に見えるんですけども、よくよく見ると、植物素材から作られる柔らかな質感を持つものだったりもするのでそういったものも楽しんでもらえたら嬉しいです。

植物そのものだけでなく、使われ方もわかるような展示になっているんですね。

大多喜町で先月グランドオープンした「大多喜有用植物苑」。そのコンセプトから人々の生活に根付いた植物を中心に展示していますが、ただ見るだけでなく、ガイドによる説明付きツアーや体験もできるんです。

森田さん:おそらく西洋ハーブよりも日本のハーブだったり、アジアのハーブの方が見た目でわかりづらい部分もたくさんあると思うので、その背景とかどういうふうに生活で使われてきたかっていうところは、平日はツアーを開催していまして、ガーデナーがお庭を巡って植物の特徴とか、今花が咲いてるものとか、そういったことをご説明するツアーを組んでいたりですとか。あとは平日・休日にワークショップを開催してまして、藍染が体験できるワークショップですとか、お香作りができるものとか、ハーブティーを作って楽しんだりしていただけるものですとか。話を聞きながら植物を生活に取り入れるってどういうことなのかっていうのを体験していただけるものもご用意してます。

説明してもらえるのはありがたいですね。体験もできる、藍染も体験できるところはなかなかないですよ  

丁寧な説明板があったり、苑内で育てられたハーブを取り入れたレストランのメニューも多彩で、目で見る「視覚」以外の感覚で、植物を感じることができるんですね。まさに、植物が息づく暮らしを五感で体験し、心地よい生活を探求できる「ひらかれた庭」ですね。

   

美味しい料理になったり、身近な木の香りに癒やされたり。いい空間作りができているんですね。最後に森田さんに、この植物苑を訪れる方にメッセージをいただきました。

森田さん:足元とか身近な植物の存在とか価値に立ち返って、それがすごく価値があるもので、自分たちの心身を豊かにするものだっていうところを、いろいろな方法を使って、お伝えしていきたいなと思ってます。特にいろんな方にも来ていただきたいんですけども、毎日仕事に追われてたり、ずっとカフェでパソコンを触ってたりとか、最近春になって桜を見るの忘れちゃったなとか、秋になっても紅葉見てないなとか、日本独特の四季があるっていうことの贅沢さっていうところも忘れてしまって、日常に追われているっていう方がいらっしゃったら、ぜひ季節に1回、来ていただいて、自分のなかなかゆっくり自然を感じられてないなっていう部分を持ち帰っていただけるようなお食事とか体験を用意しているので、季節に1回来ていただいて楽しんでいただけたら嬉しいなと思ってます。

雑草と思っていたものが実は美味しいとか、薬の役割をするとか、気づくと楽しくなってくるね。これは季節ごとにいったほうがいいかもしれないね。   

綺麗とかいい香り、だけでなく、人間と植物との関わりを感じられる植物苑というコンセプト、とても新しいし、大切なことだと思います。

季節ごとにいろんな表情を見せてくれそうな大多喜有用植物苑、「みどり」や「人との関わり」を感じに出かけてみてはいかがですか?情報の発信はホームページやインスタグラムで行っていて、営業日、イベントなどの情報もこちらでご覧いただけます。

インスタグラム    https://www.instagram.com/otaki_herbgarden/

大多喜有用植物苑  https://otaki-herbgarden.jp/

職人技が受け継がれるまち銚子 歴史を紡ぎ、絆を紡ぐ「青柳畳店」

2026/4/24 UP!

皆さんのお宅には「畳のお部屋」ありますか?

最近の住宅はフローリング多いような気がしますが、やはり日本人、畳の部屋があるとホッとしますね。

奈良時代に書かれた日本最古の歴史書である古事記にも、畳の原型となるものが書かれています。今のように部屋全体に敷き詰めるようになったのは室町時代あたりからとされています。それだけ日本人にとっては大切な文化の一つでもありますね。今回は、銚子で畳店を営む方に、畳への思いや新たな取り組みを伺います。

銚子電鉄犬吠崖っぷちラインの終点、外川(とかわ)駅から歩いて数分のところにある長崎地区。ここに、世界の有名人にも愛用されている畳グッズを作られている青柳畳店というお店があります。一体どんなお店なのでしょうか?店主の青柳健太郎さんにお話を伺っています。まずは、青柳畳店について、その歴史をうかがいました。

青柳さん:東京で修行していたひいおじいさん(曽祖父)が銚子に戻ってきて創業したのが最初で、今年100年を迎えることができました。私自身は4代目を今継がせていただいてます。高校卒業したときには一度横浜のデザイン学校に入らせてもらって、その後デザイン会社に就職をして、都内で10年弱ぐらいデザインの仕事をさせていただいて、地元に戻ってきて今畳屋を継いでいるっていう状況です。そうですね、昔から父親の友人とか関係者の方々に畳屋を継ぐもんだ、みたいな話をずっとされてたのでそのときは何とも思わなかったんですけど、父親の一緒に仕事してるとこについて行ったりとか、工場で遊んだりしてるうちにやっぱその父親の背中っていうんですかね、そういう姿だったりとかお客様と父親が接してる姿を見てるものの記憶がやっぱすごく強くて、なんかすごく輝いて見えて、こっちが仕事させていただいてありがとうなのになぜかお客様に感謝されるっていうこういう仕事って世の中探すとそんなにないんじゃないかなと思って。はい。

お父様である3代目からは「継いでくれ」とは言われなかったそうですが、自然に継いでからは琉球畳のようなへりなしのものの張り替えや製作もなさっています。

畳屋さんて力仕事。お疲れ様です。畳って昔の人の知恵が詰まっているという話を聞いたことがあります。実は、皆さんあまり知られていないと思うんですが、畳って日本家屋の中でこんな役割を果たしているんです。

青柳さん:畳自体イグサ自体に抗菌性があるっていうものもあるんですけども、生活の中で出た細かい埃とか塵とかそういったものを畳自体が呼吸をして吸着してくれるっていう機能があるので、お客様に説明する時には、空気清浄機のフィルターが部屋に敷き詰めてあると思ってもらった方がいいですよっていうような、そういう話をよくさせていただいてます。その埃はもう畳の中に取り込まれていくので、パンパン叩けば出てくると思うんですけども通常の生活でまた埃が出てくるってことはないので自分たちが畳を張り替える工事をいただいたときに、それをまた掃除して綺麗にしてお客様の家に戻すっていうよな、そういう形をとってます。昔、お茶ガラをまいてほうきで掃いてたっていう時代があったと思うんですけど、今ね、少ないですけどねお茶ガラを撒いて埃を吸着させて掃除をするっていうものと、他に諸説あると思うんですけども、そのお茶の成分のカテキン。カテキンで畳自体を殺菌消毒してたっていうような、そういうようなお話もあるので、昔の人の知恵っていうのはすごいなって思いますね。

床に空気清浄機フィルターを敷き詰めているような役割!畳の張り替えって、実は、そのフィルターの役割をしている部分の取り替えという感じなんですね。

日本人のDNAの中に刻み込まれていると言っても過言ではない「畳」。日本だけでなく、もっといろんな人に知ってもらおうと活動を始めた青柳さん。その活動で作られたものが、なんとアメリカのトランプ大統領やオバマ元大統領、イギリス王家にも届けられているというんです。

親子四代、100年にわたって畳作りを続けている「青柳畳店」。国産天然素材にこだわった畳は、地元銚子はもとより、県外さらには海外へも販路を広げています。さらに、国産イグサを使った畳グッズは、外交の場でも贈り物として使われ、世界のVIPにも愛用されているというんです。きっかけは、勉強のために畳の原料であるイグサの生産地・熊本県に行ったことでした。

青柳さん:熊本のイグサ農家さんのご紹介をいただいて、いろいろイグサの話を聞きに行ったんですけども、イグサ農家さんのこだわりってこんなにすごいんだっていうのを知って、自分たちこの情報全然知らないなっていうのもあって。イグサの長いものと短いものっていうものに自分はすごくっていう感銘を受けるものがあって。自分はこの長いものは流通に乗るから、それは業者さんたちに任せて、この短いものに何か自分のキャリアを生かして世の中に発信できるものはないかなということで、あの短い畳の農家さんに編んでもらって、それを製品化していこうっていうような形を考えました。自分は、元々デザイン業界にいて設計だったりそういうソフトが使えたので、それでいろんな形のものを自分で描いているうちに、当時すごく若いママさん。子供が生まれたママさんたちの発信力に期待をして、まず生まれてきた子供に対してお出迎えするような気持ちもあって、あのマザーズバッグっていうものを作らせていただきました。

イグサって、ある程度の長さがながいと畳にできない。でも、植物だから短いのもある、それは価値がないから捨てられていたのをなんとかならないのかと、短いイグサで編んだ畳でグッズを作っていったんですね。

最初に作ったのは赤ちゃんを連れているお母さんのための「マザーズバッグ」。厚い布地に革と畳があしらわれています。バッグの外側には赤ちゃんサイズに切ったマットのような畳が丸めて取り付けられていて、これがとってもオシャレ。ママさんたちの口コミで人気に火がつきました。

スタジオにも手帳とネームタグが届きましたので拝見しています。

さて、こういった畳グッズなども手掛けている青柳さん。トランプ大統領やオバマ元大統領の手元にも青柳さんデザインのものがあるということですが、一体どういうことなのでしょうか?そこには元総理大臣 安倍晋三さんの奥様、昭恵さんの存在がありました。

青柳さん:当時、昭恵さんは農業にすごく興味を持たれてたので、そのときにお会いしたときに、実は今、畳業界のイグサ農家さんたちってこんなに頑張ってるけどこういうこともあって、こういう困り事もあるんだよという話をしたときに、すごく感銘を受けていただいて、そこから本当に家族ぐるみのお付き合いが始まって、外遊先に、あるときに、日本のものっていうときに畳って思っていただいて小さな畳を作って、当時はトランプさんだったんでトランプ柄側の畳のへりをつけてそういうご縁をいただいて。その繋がりでオバマさんのときは、ファーストレディと一緒に、ファーストドッグっていうワンちゃんも注目されてたので、そのワンちゃんの首輪を作って安倍さんにお土産として持っていっていただきました。そうですね王室もシャーロット王女さんが生まれたときに、昭恵さんが個人的にマザーズバッグを献上という形で持っていっていただいて、メインは安倍さん名義になるんですけども、王室のお礼状もいただいて、何かすごくいい記念になりました。

トランプさんやオバマさん、そしてイギリス王室にまで、青柳さんの作られた畳グッズが!海外の方の方がその価値を感じやすいかもしれませんね

今から10年ほど前、とある会合で昭恵さんと出会った青柳さん。畳について、イグサ農家さんのお話を訴え、短いイグサでこんなものを作っていますと紹介するとその話に感銘を受けられた昭恵さんが、外遊の時などに日本らしいお土産として持っていったのだそうです。そんなこともあって、最近では海外でのお仕事も増えてきて、例えばアメリカのボストンで、子供博物館の畳を現地で張り替え工事とか、香港の大学教授の家の畳の張り替えなどもなさっています。

畳の表替えは、毎回、その規模や程度が違います。何十畳という大きなところもあれば4畳半もあります。それぞれの畳の上で人々の生活が行われています。新しい畳は青々としていて何か清々しい気持ちになりますよね。青柳さんの畳における新しい挑戦、これからも応援していきたいと思います。青柳畳店のホームページ、インスタグラムに、現在の活動、ご紹介した畳グッズなどが掲載されています。ぜひそちらご覧ください。

https://aoyagitatamiten.jp

/https://www.instagram.com/explore/locations/1015826045/qing-liu-die-dian/

そらまめの産地・山武市  無農薬栽培のこだわりそら豆を召し上がれ「三つ豆ファーム」

2026/4/17 UP!

千葉県は農業産出額が第4位で、全国有数の農林水産県。たくさんの農家さんがいてそれぞれの土地にあったいろんな野菜を作っています。首都圏も近いし、全国にも美味しい野菜を届けていますよね

それぞれの農家さんの努力により、作る農産作物の集約や、効率化がはかられ、大規模化されたりしていますが、それとは逆に、一軒の農家でたくさんの種類の農産作物を作っているところがあります。今回はそのこだわりと、千葉県が収穫量全国2位の、まさにこれから旬を迎えるそら豆についてご紹介していきます。

九十九里のほぼ中央に位置する山武市(さんむし)。温暖な気候と豊かな土壌に恵まれ、お米やネギ、ダイコン、ニンジンなど様々な農産物が生産されています。中でも春に旬を迎えるそら豆の生産が盛んで、県内有数の産地として知られています。およそ20年前にこの地で農業を始めた山木(やまき)さん夫婦が経営する「三つ豆ファーム」は、「生き物のこと、次世代のことを考えた持続可能な農業」をモットーに、農薬に頼らず、まるで青果店の様なラインナップの多種多様な野菜を生産しているんです。三つ豆ファームの山木幸介(やまきこうすけ)さんに、この場所で農業を始めたきっかけを伺いました。

山木幸介さん:三つ豆ファームは、農の楽しみを提供する、100年200年続く農業を提供する、旬の野菜を提供するっていう理念のもとにやっている農場です。年間40種類から50種類ぐらいのいろんな野菜を作って、それを詰め合わせのセットにしてお客さんに送っています。第1次産業仕事にすることで、その自分の人間力が鍛えられるんじゃないかなと思いまして、農林水産あるんですけれども、中でも農業が一番入りやすい、やろう!ということでいろいろ調べて、千葉県の成田市にあった株式会社生産者連合デコポンっていう会社があったんですけれども、そこの研修生を受け入れているというところと出会いまして、お金ももらえるし、すぐに始められるなっていうところでそこを選びました。

年間とはいえ、50種類もの野菜を作るのは結構大変だし、経験がものを言いますよね。

こちらの三つ豆ファームは今お話しいただいた 山木幸介さんと 農場の代表である奥様の 山木(やまき)暖子(はるこ)さんが営んでいる農場です。お話しにありましたが、もともと農家ではなく、今から20年ほど前に幸介さんがバックパッカーとしてアジア各国を歴訪した時に、自分の人間力のなさを実感し、それでも真剣に取り組めることは何か?と考えて農業の世界に足を踏み入れたのだそうです。

農地がある山武市は、黒(くろ)ボク土(ど)と呼ばれるフカフカの黒土(くろつち)が広がる台地。土中の豊かな微生物層を土台として、近所でとれる米ぬかなどを発酵させた自家製肥料を使って「たくさんの生き物の中でおいしい野菜は作られる」という考えのもと、農薬に頼らない栽培をされているそうです。作った農産物は、市場(いちば)にだすのではなく、野菜セットの定期便を契約されているお客さんのところに直接届けられます。そしてこれからの時期、美味しいと大評判なのが「そら豆」なんです。

山木暖子さん:5月からゴールデンウィーク過ぎたあたりから、そら豆が旬を迎えます。露地のそら豆の旬はとても短くて2週間から3週間ぐらいで収穫が終わってしまいます。採れたてのそら豆は、やっぱり鮮度が全然違いますのでとってすぐ送ると、皆さん甘さに驚かれます。甘いです。他の豆とまた全然違う、そら豆独特の香りと甘さとシルエットのかわいさと、何回見てもそら豆くんは毎年毎年かわいいなと思いながら収穫しています。お届けするこちらも「どうだ」って思って入れますし、お客さんもすごく、1年に1回で、隔週で取ってるお客さんは1回しか入らないですし、月に1回の人はタイミングずらすと食べることができないぐらい本当に旬が短いので、来たときは皆さんすごく喜んでらっしゃるという印象です。

これは、もうタイミングの問題。2週間から3週間しか旬がないっていうのは、収穫する方も真剣勝負だね。

いまお話ありましたように、定期便のタイミングによっては大人気のそら豆がはいらないこともあると言うことで、それは「時の運」なんだそうです。

        

山武市にある三つ豆ファーム。野菜の詰め合わせセットを契約している方に定期便で新鮮な野菜を送っています。品目を絞らず、年間で40から50種類もの野菜を作っていらっしゃるということですが、その野菜づくりのこだわりについて幸介さんに伺いました。

山木幸介さん:普通の農家はやっぱり野菜の品目を絞ってコストを下げて利益を得るっていうやり方をするんですけれどもそれとはだいぶ反することをやっているんですが、そもそも何でやってるかっていうと、いろんなものをできるような農家になりたいっていうのもあって始めました。美味しい野菜を作る大切な三つのことがありまして、その一つ目が鮮度。とったらすぐに、なるべく最短でお届けできるようにするということです。野菜を送るその日の朝に収穫をしたりしています。二つ目は旬のお野菜を作ってお届けするっていうことをしています。旬の野菜は栄養価が高いことが知られていて、栄養価の高い野菜っていうのは美味しく感じるというふうにも言われております。最後ですが、品種にもこだわっていまして、大根だけでも実は3000種類ぐらい品種があって、そのときに一番美味しい、私が美味しいと思った品種を選んで作っております。

大変な手間ですが、鮮度、旬、そして美味しさ優先の品種選びへのこだわり。大根だけでも3000種類あるというのも驚きだけどその中でコレ!と決めて作って、収穫してその日に発送。これはね相当気合いが必要ですよね。

次から次へと季節をつないで旬の野菜を作り続ける。今回スタジオに三つ豆ファーム野菜セットを送っていただきました。

これは嬉しいですね。農薬を使わない方針で育てている野菜。持続可能な農業をしていくために大切に思っていることについて伺いました。

山木幸介さん暖子さん

(幸介さん)三つ豆ファームっていう名前の由来なんですけれども、3粒の豆のお話というのがありまして、「豆をまくときは3粒ずつ蒔け、一つは空を飛ぶ鳥のために、一つは土の中の虫のために、そしてもう一つを我々人のために」という。詩が私達三つ豆ファームの由来となっております。収穫物を全部我々が持っていくんではなくて、自然の取り分を少し残した上で、やっていく、というのが、その次に繋がる持続可能な農業っていうのを表しているということでこの名前をつけさせて頂きました

(暖子さん)露地野菜しか作っていないので、旬の野菜だけをお届けしています。今美味しい旬の野菜を知ることができる届け方だと思っています。ホームページから購入していただくことができます。

この考え方、人間のためだけに農業やらない。大事なことなのかもしれないですね。

こちらの野菜セット、定期購入のほか、一回だけでも購入できるようです。毎回入っているお野菜が変わっていくということですから、その時が旬のものが届く、と思っていいわけなんです。何が入っているかはその時次第。でも、お客様からの反応はとてもいいそうです。

これから旬になる、暖子さんが可愛くてしょうがないと言っていたそら豆も、皆さんでぜひ楽しんでもらいたいですね。

野菜セット通販の購入方法詳細や、近くで行っている直売などの情報についてはホームページ、インスタグラムをご覧ください。

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