2024/4/21 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. DINOSAUR / KE$HA
M2. NOW THAT I FOUND YOU / CARLY RAE JEPSEN
M3. WALK THE DINOSAUR / WAS(NOT WAS)
M4. NOW I’M HERE / QUEEN
M5. 怪獣の花唄 / VAUNDY
M6. BOOGIE WONDERLAND / EARTH, WIND & FIRE
M7. WANNA BE STARTIN’ SOMETHIN’ / MICHAEL JACKSON
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2024/4/14 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、自転車の旅人、モデルの「山下晃和(やました・あきかず)」さんです。
山下さんは1980年生まれ、東京都出身。高校生の時に海外に行きたい、そんな思いから、ロサンゼルスに語学留学。その時、文化の違いにカルチャーショックを受け、もっと広く世界を見てみたいと思い、大学では語学を学んだそうです。
きょうは、そんな山下さんに東南アジアや中南米の自転車旅のお話ほか、山下さんが主宰する自転車とキャンプを楽しむイベント「BIKE & CAMP」についてうかがいます。
☆写真協力:山下晃和

スペイン語と自転車旅
※得意の語学を活かす意味でも、山下さんは自転車での旅をライフワークにされ、海外に出かけています。移動手段に自転車を選んだのは、なにかきっかけがあったのでしょうか。
「それは20代の頃に、モデルの仕事が本業なので、自転車雑誌の仕事で自転車ウエアを着ることがあったり、あと自転車メーカーのカタログとか、雑誌のページで自転車を見ることがあって、その中でツーリング自転車っていう、旅専用の自転車があるのを知ったんですね。
その雑誌はレース系の雑誌だったので、普通の自転車ではなくて、レース用の、ドロップハンドルって言われているような、スピード出すための自転車が多かったんですけども、バッグをくくりつけて、タイヤがちょっと太めで、いろんなキャンプ道具を積載できる自転車があるのを知って、すぐ買いましたね」
●実際に初めて、そのツーリング自転車で行った国はどちらだったんですか?
「いちばん最初に行った国は東南アジア、早速縦断しました」
●えー! いきなり縦断ですか! そんな急にできるものなんですか?
「できると思って行ったんですけど、もちろんできないところというか・・・そもそも僕は香港からスタートしたんですね。香港のチョンキンマンションっていう安宿街があって、沢木耕太郎さんの『深夜特急』っていう本を読んで憧れていたんで、そこをスタート地点にしたんですけど、行ってから香港が地続きで自転車で走れないことに気づいて(笑)、早速フェリーに乗せて中国本土に渡るみたいなこともあったりしました。
ほかにもカンボジアも国道がつながっていると思ったら、川を渡らないと国道がつながってないってところがあるんですね。そういうところも含めると、全部自転車じゃねえだろうってなると思うんですけど、でも一応、目的としていた国は全部走りましたね」
●それ以降、旅する時の移動手段は基本的には自転車なんですか?
「自転車のことが多いですね」
●今まで自転車で、どんなところを巡ったんですか?
「最終的に僕が目標にしていた中南米に行きたいと思って、大学で勉強していたのがスペイン語 だったんですよ。スペイン語は中南米の国で主要な公用語になっているところが多いんです。そこを(地元の人と)話をしながら旅をするには自転車がいちばんいい手段というか・・・観光地をずっと旅していくと英語を使うケースが増えてしまうと思ったんで、できるだけ公共交通機関、バスとかそういうものを使えればいいなと思ったんですね。
自転車雑誌でツーリング自転車を見つけてから、自転車だともっと面白い旅になりそうだぞって思って、それを組み合わせて、中南米を自転車で走ったら、たくさん言葉を使えるんじゃないかっていうのがあって、それを最終目的で、練習で東南アジアを走ったという感じです」
●確かに自転車だと出会う人の数が増えそうですよね?
「そうですね。困りごとがあったら自転車の場合、本当にすぐその人に話しかけないと、次にどなたに会えるかがわからないので、身振り手振りいろいろ使ってですけども、会話しようと頑張るんですね。自分は、そういうところに身を置かないと、ついついほかの言葉を使っちゃいそうになるんですよ」

(編集部注:山下さんがこれまでに自転車旅で訪れた国は約30か国。国内外を走ったトータルの距離はおよそ3万3千キロ。ちなみに、キャンプ道具と自転車の総重量は50キロから55キロ、1日の移動距離は80キロから100キロほどにもなるそうです。
旅のスタイルは目的地だけを決めて、あとは行き当たりばったり。東南アジアも中南米も、半年くらいかけて旅をされたそうです)
笑って旅したバングラデシュ
※自転車旅の魅力は、どんなところにありますか?
「自転車旅の魅力は、いちばんはやっぱりその国の純度の高い文化が見えることだと僕は思っています。観光地は英語がしゃべれるかたがいたりとか、観光地でもその国の文化、ちょっと着色しているような文化があると思うんですね。
観光地と観光地の間にある、本当に小さな町とか村には全くそういうのがなくて、日々の暮らしそのままを見せてもらえるというか、見ることができる機会があるので、それが自転車旅のいちばんの良さかなって思いますね」
●これまでの旅で印象に残っている場所とか、人との出会いって何かありますか?
「観光する場所としては、マチュピチュとかアンコールワットは素晴らしいとは思ったんですけども、実際にそういう素晴らしい景色以外に、自分の中に面白いとか、記憶にずっと残っているところは、実はバングラデシュという国で、そこが本当に面白かったですね」
●どういうふうに面白いんですか?
「まず、人が面白いです! 僕が自転車で旅をしているので、その時はインドから入ったんですけど、最初の町に着いて、商店みたいなところで飲み物を飲んでいたら、村中の人が集まってきたんですよ。日本人が来たぞ、みたいな噂が流れたらしくて、たくさん集まってきて、ジロジロジロジロ見て一緒に写真を撮ろうとか、あとSNSにあげてもいいかみたいに言われて、ちょっとヒーローみたいな気分になって、面白いなと思っていたんですね。
その村が特別に日本人が少ない場所なんだと思っていたところ、止まるところ止まるところで集まってくるんですよ、人が・・・。どうやらSNSを見た人が次にこの町に来るかもしれないよみたいになって、僕を追いかけてくれるというか、(SNSを)見たよっていうような人もいて、本当に笑っちゃいましたね。なんで知ってるのとか、君見たよ、何かで、みたいな感じで、もう笑い続けてました。おじさんが隣にいて写真を撮ったりするんで、誰だろうとか思いながら、そんな笑いの連続でしたね(笑)」

ラオスの親切、ボリビアのアルパカ
※ほかにも東南アジアの旅でこんな出来事があったそうですよ。
「いちばん面白いことがありまして、ラオスで・・・本当にラオスという国を僕は知らなさすぎて、町と町の間がけっこうな山あいで、進むのが本当に大変だったところが多かったんです。
なにせ50キロ近いキャンプ道具を積んで、さらに自転車でアップダウン、標高1000メートルから0メートルみたいなところを、ずっと行ったり来たりして大変だった時に、僕はキャンプするつもりで、その村に入ってテントを張らせて欲しいっていう感じで、民家のかたにお願いしようとしたら、そんなことしなくていいよ、こっちに部屋があるよって言われて・・・学校の小屋みたいなところがあって、誰も人はいなかったんですけど、小さな小屋にここに寝ていいよって言って案内してもらったんですね。
で、けっこう綺麗だったんですよ。ここで寝ていいんだと思っていたら、この町は実はお風呂は少ないから、あの竹から出ている水で水浴びしてもいいよっておっしゃって、子供たちと一緒にキャッキャッ言いながら水浴びさせてもらったんですよ。で、就寝しようと思っていたら、コンコンって音が鳴って、ろうそくを持ってきてくれたんですよ。暗いだろうって言って、これ使っていいよって持ってきてくれて・・・そこで、一晩過ごしたことがありましたね」
●すごいですね。親切なかたというか。
「最高でしたね。0円でしたけど、本当にスーパー高級ホテルなんじゃないかなってぐらい感動した 1日でした。
また面白いのは、その小屋から夜ちょっと外に出たら、星空がめちゃくちゃ綺麗で、光がないとこんなに星って見えるんだって思って、黒いカーテンみたいなところにいっぱい白いペンキをバーッてつけたような、そんな夜空でした。震えました」
●忘れられない情景ですね。
「一生たぶん忘れられない景色ですね、あの星空は」
※ほかに 自転車の旅で出会った絶景などありますか?
「ボリビアのアルティプラーノっていうところがあるんですけど、標高が3000メートル近いところで山の上なんですね。でも山の上だからといって、アップダウンがあるんじゃなくて、アルティプラーノは高い所の平らな所っていう意味があるんです。
高い所をずーっと走る、山の稜線をずっと走るみたいな箇所があって、そこは人工物がほぼなくて、高い所なんで植生がなくて、草原みたいな感じのところが続いて、ずーっとアルパカの群れがいて、その中を走るみたいな光景があったんで、それは感動しましたね」
●アルパカと一緒に走れちゃうんですか?
「走れていましたね、その時は。草を食べている姿を横に見ながら、ずーっと自転車で直線の道を永遠に走っている時は、幸せだな〜自転車でよかったな〜っていう瞬間がありましたね」
(編集部注:山下さんが海外に旅に出るのは、いろんな国の文化や風土に触れることで、改めて、日本の良さを再認識することや、現地の人々の暮らしや生き方を見てみたい、そんな理由もあるそうです)

自転車とキャンプ、恩返しと車椅子
※山下さんは「BIKE & CAMP」というイベントを主宰されていますが、どんなイベントなのか、教えてください。
「このイベントは自転車とキャンプをテーマにした『旅イベント』ってうたっています。自転車とキャンプって、けっこうハードなイメージだと思うんですけど、旅フェスにするとちょっと緩く感じると思うんですよ。
そこに会場があって、みんなで集まってキャンプをして1日過ごすのは、旅の目的地としてもいいですし、あとは自転車の試乗もできるんです。旅用の自転車ってなかなか見る機会少ないと思うんですけど、自転車メーカーが来てくださって、そういう試乗もできて、アウトドア道具とかも展示してある、そんなイベントになっています」
●イベントの趣旨というか目的っていうのは、どんなところにありますか?
「いちばんの目的は、自転車キャンパーをひとりでも増やすことっていうのが僕らの目標にあります。自転車で早く走る、ロードバイクとかはけっこう今人気になってきてはいるんですけど、ちょっとスポーツになってしまうので、その土地の魅力をもうちょっと感じてもらいたい場合には、キャンプで一泊をすることによって、たとえば地元のスーパーで買い出ししたりとか、本当に行き先がわかんなかったら誰かに聞かなくちゃいけなかったりとか・・・。
あとはキャンプを終えた次の朝とかは、学生が通学している風景が見られて、その横を自転車で走ることができたりとかすると、その場所の暮らしがわかるんですよ。
そういった観光の新しいスタイルが自転車キャンプには含まれているなと思っているんです。そういうのをもっと体験してもらいたい、自分が好きだからっていうのもあるんですけど、それをもっと初心者向けにワークショップなどをしながら、やりやすいような環境を作りたいなと思って始めたイベントだっていうのがひとつ。
あともうひとつは、僕が海外を旅していて、いろんな人にお世話になったんですね。たとえば自転車で走っていたら、うちに来てご飯を食べていきなよ!とか、突然言われたこともあったりしたんです、カンボジアとかであったんですけど・・・。あとは突然、これはネパールだったかな・・・これ食べていいよ!とか水を飲んでいいよ!って言って渡されたことがあったりとか、いろんな人に助けてもらいながら旅をしていたんで、恩返しをしたいっていう思いもあって・・・。
実はこのイベントでチャリティオークションをやっているんです。このチャリティでは『海外に子ども用車椅子を送る会』に全部寄付金としてお渡ししています。 海外にはその車椅子がすごく少なくて・・・日本の車椅子は世界でもナンバーワンの造りなんですね。そのナンバーワンの車椅子が、子供が成長したら捨てられてしまうケースが多いので、それを会のかたが修理して直して、海外に送るっていうボランティアをやっているんです。それに僕はすごく感銘を受けて、実は僕もボランティアで年に何回か直しに行っています。自転車と同じパーツなんで直せるんですよ」

●なるほど〜。
「タイヤも一緒、ブレーキも一緒なんで、協会のメンバーみんなで直しに行ったりしています。海外の子供たちに恩返しになるかなと思って、それは(イベントで)前面にはうたってはないんですけども、何か役に立てるかなと思って、そういう思いも込めてチャリティにはしています」
(編集部注:「BIKE & CAMP」は一般社団法人「自転車キャンプツーリズム協会」が行なっているイベントで、山下さんはその協会の理事でもいらっしゃいます)
5月開催の「BIKE & CAMP」
※5月に開催を予定している「BIKE & CAMP」、その日程や開催場所など、詳細を教えてください。
「5月の25日、26日の土日で、福島県いわき市のワンダーファームという所でやります。あと関東でも10月26日、27日に茨城県土浦市で開催が決定しました」
●お〜、そうなんですね! 秋に!
「秋に関東でやります」
●ワークショップみたいなものはありますか?
「はい、あります。毎回焚き火のワークショップはやっているんです。それ以外に僕はたぶん、自転車キャンプの道具をどうやったら、バッグにうまく詰められるのかなとか、どういったバッグを選べばいいのかとか、あとはどういう自転車を選べばいいのかみたいなところを含めた自転車旅のワークショップっていう、ざっくりとした本当に初心者向けのものをやる予定ですね」

●自転車でキャンプって、どうしてもちょっと大変そうなイメージがあるので、一歩踏み出すのに勇気がいると思うんですけど・・・。
「そうなんですよね(苦笑)」
●でもそういうかたには絶対いいですよね。簡単にできるんだよっていうのを教えてもらえるわけですよね。
「そうなんです。だからカゴ付きの普通のシティバイクで乗りつけてもらっても、できるようなやりかたを教えます」
●いいですね! 参加したいかたはどうしたらいいんでしょうか?
「ワークショップは基本的には無料でやっているので、その場に来てもらえればすぐ教えます。宿泊だけはホームページから予約いただくんですけども、だいたい100名くらいまでで締め切りにはなっちゃうんですけど・・・」
●なるほど。じゃあ早めがいいですね?
「そうですね。宿泊したいかたは、できるだけ早めにホームページから予約していただければと思います。日帰りで来たいかたはもう自由です! 無料です! 誰でもOKです」
●では最後に、今後こんな旅をしてみたいという夢があれば、ぜひ教えてください。
「そうですね・・・夢というか、今年は中国の(新疆)ウイグル自治区を旅したいなと思っています。そこは本当に以前からずっと行きたかったんですけど、コロナ禍があってなかなか行けなかったんですね。民族衣装とか、あとウイグル人は帽子をいっぱい被るのがオシャレだっていうの聞いて、見てみたいなと思って・・・」
●きょうも帽子をかぶっていらっしゃいますね!
「帽子が好きすぎて(笑)」
●そうなんですね!
「いっぱい持っているんですよ。ウイグル人はどうやら男性は帽子をかぶることがオシャレだっていうことで、もともとモデルとして仕事をしていて、ファッションにも興味があるんで、どんな帽子なんだろうと思って・・・」
●いいですね〜。
「帽子探しの旅にしようかな〜(笑)」
●いいですね! ファッション・チェックに!
「ファッション・チェックに行こうと思っています!(笑)」
INFORMATION

5月開催の「BIKE & CAMP」、日程は5月25日(土)から26日(日)。開催場所は福島県いわき市の「ワンダーファーム」。どなたでも無料で参加できますが、宿泊を希望される方は、事前にご予約ください。山下さんのワークショップほか、ツーリング自転車の試乗もできます。ぜひご参加ください。
詳しくは「BIKE & CAMP」のオフィシャルサイトをご覧ください。
◎BIKE & CAMP TOUHOKU24:https://touhoku24.bikeand.camp
◎自転車キャンプツーリズム協会:https://bikeand.camp
山下さんのオフィシャルブログもぜひ見てくださいね。
◎山下晃和オフィシャルブログ:http://blog.livedoor.jp/akikazoo/
2024/4/14 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. BICYCLE / LIVINGSTON TAYLOR
M2. CONVERSATIONS / CILLA BLACK
M3. FUNNYMAN / KT TUNSTALL
M4. BEAUTIFUL TIMES / OWL CITY
M5. サイクリングに行こう / 村田和人
M6. ALL GOD’S CHILDREN / BELINDA CARLISLE
M7. I’M YOURS / JASON MRAZ
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2024/4/7 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、記念すべき第1回目の出演者、冒険ライダー、そして地球元気村の大村長「風間深志」さんです。
風間さんは1950年生まれ、山梨市出身。1982年に日本人として初めて「パリ・ダカールラリー」に参戦。さらに、バイクによる史上初の北極点と南極点に到達など、前人未到の大冒険を成し遂げたレジェンドなんです。
そんな風間さんが1988年に仲間と設立したのが「地球元気村」で「人と自然が調和している社会」の実現を目指して活動しているNPO法人です。
今回は、20年以上続けているモンゴルでの植林活動のほか、地球をナビゲートする「テラなびサミット」のことなどうかがいます。

モンゴルのゴビ砂漠で植林活動
●今週のゲストは、この番組の記念すべき第一回目のゲスト、冒険ライダーそして地球元気村の大村長、風間深志さんです。ご無沙汰しています。よろしくお願いいたします!
「どうもどうも! あれからあっという間の1年だね〜、早いもんですね、本当に」
●風間さんには、毎年4月の第1週目にご出演いただいています。
「そうだ。この時期にお声がかかるんですよね、なぜかね」
●この番組「ザ・フリントストーン 」がこの4月から33年目ということで、長いお付き合い、本当にありがとうございます!
「33年! すごいな〜、よく続いているね、フリントストーン。まあ続かないとね!」
●長寿番組として頑張っております!
「意味は火打ち石でしょ? フリントストーンっていうのは・・・みなさん、わかっていますか〜?」
●今回は、この話題からいきたいと思います。地球元気村では2013年からモンゴルで植林活動などを行なっていらっしゃるということで、モンゴルで活動するようになったのは何かきっかけがあったんですか?
「きっかけ? モンゴルに通い始めてから20年は経つんですよ。ただ行くだけじゃ、と思ってね。どうせなら、ゴビ砂漠が好きだから、あそこは砂漠化していて、遊牧民のかたたちの牧草地も草がなくなってきているって話を聞いたんですよね。だったらゴビ砂漠で植林やっちゃおうって・・・。で、行き始めたのが2013年で、まあそれからもう10年経ちましたね」
●どのあたりに行くんですか?
「僕がよく行っているのは・・・いろいろあるけど、最初に行ったのはドルノゴビ県って言って、中国との国境に面しているっていうかね。まあモンゴルのいちばん暑いところだね。ラクダに乗って、それで時として馬にも乗りながら内陸のほうに入っていって(植林を)やるんですね」
●植林は毎年されるんですか?
「毎年! 大変なんですよ。植林はするだけだとだめでね。(植林)した後のメンテナンス、それで水をちゃんとあげるとかやらなきゃいけないから、やっぱり井戸掘りからだなっていうんで、いちばん最初の2013年は植林だけやったんだけど、2014年には井戸を掘りました」
●すぐに水って出るんですか?
「いやもう大変・・・150メートルとか掘って、それで水がピューって出るわけ。出るんですよ、結構!」
●どうでした? その時。
「すごく気持ちよかった! あそこはある意味、永久凍土なんだよね。地下水はすんごい冷たいから、夏でも手が痺れるほど冷たい。その水も美味しかったな〜」
●感動しそうですね、水が出た時!
「もう感動、感動しまくりのゴビ砂漠(笑)」
●モンゴルの活動には地球元気村の村民(会員)のかたがたも参加されているんですよね。
「行けるんだよ、いつでも。いつでも行ってもらいたいし、今年も行くからね。今年もたぶん7月の終わりくらいに行くかな。行こうと思っているので、ぜひ興味のあるかたは行ってもらいたいですね」
●行ってみなさんで何をされるんですか?
「僕の場合バイクに乗るのが好きだから・・・植林するでしょ? で、植林を3日間くらいやるんだよね。そうしたら飽きるじゃないですか。バイクでトレッキングに行くわけ。あちこちを見学しながら、それがすごく楽しい」
●いいですね〜!
「あんまり早いマシンに乗ると、かっ飛びたくなるから、あれはだめなの! パワーのない125ccくらいのマシンで行くといいね。モンゴルはやっぱり草原が魅力ですから、遊牧民のかたたちがいっぱい住んでいて、もう本当にピースフルだね」
ノマド文化に学べ
※地球元気村では、モンゴルの遊牧民の生き方や伝統ともいえる「ノマド文化」に学ぶことを提唱されています。改めて「ノマド文化」について教えてください。
「ノマドっていうのは遊牧民っていう人たち、定住しない人たちのことをノマドって言って、例えばサハラ砂漠周辺にはトゥアレグ族って人たち、ラクダの民がいて、200万人くらいいるんだよね。
一方モンゴルにも、モンゴル全体で300万人だけど、ウランバートルに180万人が住んでいて、300万人引く180万人、120万人がノマドなんですね! って言ったら、いやそこまではいかないと(笑)。ということで、80万人くらいいるんだよね。その人たちが本当に昔ながらの生活をしているわけ。南米のパタゴニアに行くとガウチョっていう人たちがいて、それもやっぱりノマドの人たちなんだよね。
で、僕らは定住して、物質文明に、氾濫する物質に覆われていて、幸せの単位が物の数とか、たくさん物を持つとかっていうところに幸せを感じるけど、大間違いなんでよね。
モンゴルの人たちは、1年間に5回くらい場所を変えて住むわけ。そうすると、持っていく物は本当に必要最低限の、これはいらないかなっていうのは、絶対捨てていくっていう流儀なんだって。そのくらい、俺たちの1%にも満たない物で過ごして、幸せを感じて子供も作って、豊かな生活を送っているんだよね。
だから僕らはそこの人たちに、あなたたちにとって幸せとは何ですか? とか聞いてみたい。そういう勉強を今、俺たちはしなきゃいけないなと思って、地球元気村で、一生懸命ノマド・ノマド・ノマド! って言っています(笑)」
●2019年には「地球元気村 in モンゴル」を設立されました。その拠点はどこにあるんですか?
「向こうに地球元気村モンゴルがあるの。Googleで調べて、モンゴル地球元気村って(検索)やるとパシっと出てくる。ウランバートルから南に40キロくらい走ったところにキャンプがある。そこがモンゴル地球元気村で、そこで楽しくやっています。
来てくださいね、ぜひ。いいんだよ〜本当に! 夜は満点の星空なんていうもんじゃない。ものすごい。星が降るっていうのはあのことだね。そうやって焚き火して、みんなモンゴルの人たちはやっぱり遊びがないから、結構みんな歌を歌うんだよね。代わる代わるにみんな歌を歌って夜を過ごすわけ。心が高揚して、人情も濃いし、本当に現代社会の人間たちが忘れかけてしまったことや物が全部あるね」
●あったかい場所ですね。
「そうです。だから今モンゴルの遊牧民たちに目を向けて、全員あの真似はできないけど、俺たちはね。でもそこにある心の持ち方、俺たちはやっぱりすごくそこを学ばなきゃいけない時期かなと思って・・・」
「テラなびサミット」開催!
※地球元気村では、先月の3月6日から7日に山梨市で「第一回 テラなびサミット」を開催しました。これは2022年に「地球元気村」のサポートメンバーと作った「テラなび委員会」がもとになっているということなんですが、改めて「テラなび委員会」とは何か、説明していただきました。
「『テラ』はギリシャ語の地球、『ナビ』はナビゲーションのナビで、地球をナビゲートするっていう委員会を作って、それでなんか考えようってね。
この夏、くそ暑い夏がまた来るんですよ。お年寄りみんな、いやだって、なんとかしてほしいって言うじゃん。でもこれは文明が作った、様々な部分で作ったひとつの結果だから、直そうったって、そうはいかねえんだ。だからそれを考えての結論は、ひとりひとりのライフスタイルを変えていくってことに、そこにゴールするんだけど、みんなの生活の価値観を変えるってことなのね。
例えば10何年前に計画停電があったよね。あの時、真っ暗になったよね。8時以降は電気を止めようとかね。みんな、できるのかなって(思って)やったけど、やったらさ、気持ちよかったじゃん。夜なんて暗いのは当たり前だよって。何も夜中に落とした10円玉探さなくていいだろうって。
そういうことで、夜の闇は闇として受け入れるほうが気持ちいいねっていう気づきがあったよね。そういうふうにライフスタイルを、みんな自然に寄り添うような形で変えていくっていうのは、大事な時代になったね」
●「テラなびサミット」は山梨市で行なわれたんですよね?
「やった! このあいだね、すげえウケたよ! 小学生たち30人呼んでね。テラなびサミットの人たちは、だいたい先生ばっかりだから、大学の教授、校長先生を40年やりましたとか、なんかの先生だから、子供たちに話しかけるのが上手でさ。(小学校の)校長先生がすっげえ感動しちゃった。”素晴らしい1日をきょうは過ごしていただきました”ってすごく喜んでくれた。
この時代はみなさん、こういうふうに変えましょうなんて言わないでしょ。だから俺は地球元気村を36年やって、何のために地球元気村を今までやっていたんだろう・・・やっぱりこういう時に、言わない大人が言おうと、みなさん変えましょうって、生活のベクトルっていうかね、そういうものを変えていくっていうのが、どっかですごく必要だ。
そうしなかったら、また40度を超える夏は来るし、生物多様性もこの30年で8割の昆虫がいなくなって、それから脊髄動物の67%がこの27年でいなくなっちゃったんだって。そのぐらいひどいんだよ、今」

能登の被災地で炊き出し
●今年の初めには能登半島で大きな地震があって、多くのかたが被災されて、風間さんも地球元気村のスタッフのみなさんと一緒に現地で炊き出しされたんですよね。
「行きましたよ! ちょっと(名刺を)あげるね」
●お名刺、ありがとうございます。石川県観光大使!?
「去年の10月に(石川県観光大使に)なったの、観光大使だからね。能登半島は羽咋市と輪島市の観光大使もやっているからね。3つに関係するからじゃないんだけど、非常に馴染み深いのね。あの人たちが大変なことになったので、できることって何かと思ってね。
とんでもない倒壊とかね、道が混乱するほどの状態になったから、なかなか近づけなかったけど、先月は行ってきました。今月も再来週に行きます。山梨のほうとうを持って行ったの! 喜んでくれたよ!」
●風間さんがネギを切っている写真がホームページに載っていましたね。
「ネギをあんだけ切るとさ、400人分切ったの、目にすげえ染みるね! 玉ねぎだけかと思ったら、ネギもこんなに染みるのかって、やってみなきゃわかんないことをやりましたけど。もうなんだろう、あんなに時間が経っているのに、こんな料理を食べたのは初めてだっていうんだよ。ほとんどカップラーメン、あれが定番化していて、ああいうものばっかり食べているみたい・・・」
●風間さんは能登にバイクのイベントで何度も行っていますよね。
「SSTR(*)ですごくお世話になっているんですよ。SSTRで(参加者が)1万人を超えたでしょ。調査とそのあとにも行くから、数万人のかたたちがお世話になっているからね、年間。だからそこにはみんなふるさと意識を持っているしね。やっぱり困った時は本当にお助けさせてもらいたいと思うんですよ」
●今後も支援活動は続けていくんですか?
「これから2年から3年続くね。間違いなくずっとやりますよ」
(*「サンライズ・サンセット・ツーリング・ラリー」の略)
自然と共存できるように
※風間さんは去年、この番組のインタビューで、2026年頃に4輪で「ダカールラリー」にチャレンジしようかな〜というお話もされていたんですが・・・その後、4輪の国際ライセンスを取得するなど、着々と準備を進めているようですよ。
「なんか自分でも思うよ。なんつーのかな・・・富士スピードウェイのストレートを200何十キロで走って、そんなこと、俺やっていいのかよって・・・現実に潰されちゃうような歳だからね、今(笑)。
そういう心の葛藤がありながら、でも生きている限り青春でね、頑張ろうと思っています。そういったことでみなさんが、なんか勇気をもらえるって言ってくれるから、俺はそういう役割だなと思って、向こう見ずみたいなことやっていますけど、要は簡単に言うとバカなんだけどね(笑)」
●生きている限り青春ってかっこいいです!
「あ、本当ですか? 言ってみたいでしょ!」
●素敵です!
「言っちゃたら、自分も」
●はい! メモらせていただきます。
「言えばいいんですよ、生きている限り青春だって!」
●全力で遊んで全力で学ぶって、かっこいい!
「遊ぶってのがいちばん大事なこと。仕事は誰でもやるんだけど、遊びがうまくできるか、遊べる時間を確保できるか、これはやっぱりね、人生の生き方上手かもしれないね。だからみんな楽しく過ごしたいじゃない? どうせこの地球に生まれたら、楽しく笑って死にたいよね、年寄りっぽいけど(笑)」
●改めて、今後の地球元気村としてのチャレンジがあれば、教えてください。
「今ね、この時代でしょ、地球温暖化、気候変動、ひどいじゃん。こういったものさ、笑って見ていられないから、本当にみなさんが地球元気村で感じたような、自然に親しみを持って、自然に優しい生き方が、まず自分のそれぞれのスタンスでできるようになってくれればいいなっていう・・・。
そういうかしこまった言い方をするとすごくウケないんだけど、本当にそれをやんないといけないんですよ。 だから俺は本当にみんなが楽しく、そういったことを受け入れられて、それが実践できる方法がないかなって、もう20年も考えていますね。
昔はよかったんです。(自然を)好きになることがいちばんの普及だって言って、キャンプも流行らせました。アウトドアも思いっきり流行らす原動力になりました。でも今この状態じゃん。
で、それがどういうことかって・・・この自然というものに対する向かい方、人間と人間が生きることっていうことを、みんなで考えなきゃいけないね。俺ひとりの力では何にもできないから、みなさんの力を借りて、メディアの力も借りながら、みんなと自然と共存できる方向に歩いていきたいね」
☆この他の風間深志さんのトークもご覧ください。
INFORMATION
山梨市の地球元気村ファーム「天空のはたけ」では5月中旬にサツマイモの植え付けが予定されています。また、地球元気村が運営している山梨県山中湖村の村営山中湖キャンプ場では、だれでも参加できるイベントを月に一回開催しているそうです。
そんな地球元気村では、随時村民を募集中です。プレミアム村民は会費が年間10,000円、村民になると年4回、会報誌「地球元気村」が届くほか、イベントの参加費が割引になるなどの特典がありますよ。
詳しくはNPO法人「地球元気村」のオフィシャルサイトをご覧ください。
◎地球元気村:https://chikyugenkimura.jp
風間さんが主宰されている一般社団法人「日本ライダーズフォーラム」でもイベントが目白押しです。
地域社会を元気にするための「にっぽん応援ツーリング」が4月27日からスタート。そして世界環境デーにあわせて、6月2日にはライダーの立場で地球環境の未来について考える「第2回 へそミーティングin山中湖」が開催されます。ほかにも、女子だけのツーリングラリーなども予定されていますよ。
詳しくは「日本ライダーズフォーラム」のオフィシャルサイトをご覧ください。
◎日本ライダーズフォーラム:https://www.round4poles.com
2024/4/7 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. 地球は元気 / 地球元気村の仲間たち
M2. PEACEFUL EASY FEELING / THE EAGLES
M3. WAITING FOR A STAR TO FALL / BOY MEETS GIRL
M4. EVERYTHING HAS CHANGED / FRIDA
M5. 幾億光年 / OMOINOTAKE
M6. 真心おたがい様 / 地球元気村の仲間たち
M7. WALK ON / U2
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2024/3/31 UP!
◎増本幸恵(「リトルギフトブックス」の代表)・近藤純夫(ハワイのスペシャリスト/エッセイスト)
『「ありがとう マウイ」〜大災害に見舞われたマウイ島への思い』(2024.3.31)
◎相場大佑(公益財団法人「深田地質研究所」研究員/古生物学者)
『アンモナイトは「巻貝」の仲間ではありません〜謎だらけのアンモナイトに迫る!』(2024.3.24)
◎北澤 功(東京都大田区で動物病院を営む獣医師)
『家庭で飼えない動物を飼ったら、1日いくらかかるか、「妄想」しましょう!』(2024.3.17)
◎江口亜維子(千葉大学・予防医学センター特任研究員/「エディブルウェイ」の代表)
『エディブルウェイ=食べられる道〜人と人、人と町の「つながり」をつくる景観〜』(2024.3.10)
◎塚田英晴(麻布大学・獣医学部の教授)
『あなたが知らないキツネの世界〜コンコンとは鳴かない!?』(2024.3.3)
2024/3/31 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、「リトルギフトブックス」の代表「増本幸恵(ますもと・ゆきえ)」さんと、ハワイのスペシャリストで、エッセイストの「近藤純夫(こんどう・すみお)」さんです。
「リトルギフトブックス」は、もともと編集者だった増本さんが、いま世の中に出しておくべき本、贈り物として届けられる本を出していきたいという思いで、去年の3月に鎌倉で立ち上げた出版社です。
増本さんと近藤さんは、「アロハスタイル」という雑誌の創刊号からの付き合いで、20数年前に最初の取材先としてマウイ島を訪れ、世界最大級の休火山とも言われるハレアカラにも行ったそうです。
近藤さんはハワイの伝統や文化、歴史、そして自然、特に植物に精通した、まさにハワイのスペシャリストで、この番組の初出演は1995年6月、その時はケービング、つまり洞窟探検のスペシャリストとしてお話をうかがいました。ちなみに火山島のハワイの島々には洞窟がたくさんあって、近藤さんは以前は、洞窟探検のためにハワイに通っていたそうです。

ハワイは数多くの島や環礁からなる諸島で、おもな島はワイキキのあるオアフ島やビッグアイランドと呼ばれるハワイ島を含め、魅力的で個性的な島が6つあります。そのうち、ハワイ島に次いで2番目に大きな島、マウイ島で昨年8月8日に大規模な山火事が発生、ラハイナという街が焼失してしまったのは、記憶に新しいことだと思います。
そんなマウイ島の復興支援のために、今年2月に『Dear Maui マウイを巡る12の物語』という本が発売されました。
今週は、その本を出版した増本幸恵さんと、企画の段階からサポートされた近藤純夫さんをお迎えし、マウイ島への思いや、その後の状況などについてうかがいます。
☆写真協力:リトルギフトブック
マウイへの思い
※「リトルギフトブックス」から出版された『Dear Maui マウイを巡る12の物語』、この本を企画したのは、増本さんなんですよね?
増本さん「企画したというよりも・・・日本で夜、ニュースを見ていたら、マウイの火災のことが飛び込んできまして、本当にどうしようと思って、わなわな震えるような感じでした。まずは、どこに寄付をしたらいいのかを相談しようと思って、近藤さんにメールを送ろうとしていたんですね。
そのメールの文章を考えて打っている時に、いや、待てよと・・・。私は出版社を立ち上げたばっかりなんだから、もしこれを本にすることができて、それを復興支援に充てられたら、お金もそうですけれども、その本を見てくれた人の気持ちもマウイに向くし、そんなことができないかなと思ったんですね。
その思いを文章にして、近藤さんにメールでお送りしたんです。そしたら確か夜10時過ぎていたと思うんですけれど、5分も10分経たないうちに近藤さんからお電話をいただいて、よし、やろう! っていうふうに言ってくださったので、企画がスタートしてというよりも、思いつきで走り出したという感じだと思いますね」

●近藤さんは、増本さんからお話を聞いて、いかがでしたか?
近藤さん「災害がかなり激しかったので、これは街のレベルとかハワイ州のレベルを超えて、アメリカ合衆国自体がバックアップしないと、到底復興できないだろうなと感じたんですね。ハワイは、復興基金というのをすぐに立ち上げまして、この復興基金のことを知っていたので、増本さんから相談があった時に、これを寄付するという形が最もストレートに現地に伝わるんじゃないだろうかっていうお話をしました」
(編集部注:本作りの資金は、クラウドファンディングを募り、結果、156名のかたからの支援があったそうです)
※この本には、12名のかたが原稿や写真を寄せていらっしゃいます。みなさん、お知り合いだったんですか?
近藤さん「メンバーのうちの3分の2ぐらいは僕の知り合いでもありますので、直接お願いする形を取ればよかったんですが、やっぱりこの企画の発起人は増本さんなので、増本さんを通じて、みなさんに依頼を差し上げたという形です。みなさん、ふたつ返事で、すぐにやるよ! って言ってくださったのはすごく感謝ですよね。

ラハイナの災害というのはよく知られているんですけれども、実はこの火災はラハイナだけじゃないんですよ。ラハイナの北の街でもあったし、南の遥か離れたところにもありましたし、なんとハワイ島にも起きたんですね。相当離れたところに広範囲に火災が起きていたんですけれども、その中でもマウイ島はかなりの場所で火災が起きましたので、島全体も含めてラハイナを応援したいなというのがまず基本にありました」
●増本さんは12名のかたからそれぞれ原稿があがってきて、編集者としてどんなお気持ちでしたか?
増本さん「12名の中でいちばん最初に写真をあげてくださったかたが、佐藤秀明さんという写真家のかたなんですね。写真とエッセイをいただいたんですけれども、そのエッセイのいちばん最初が『ありがとうマウイ』っていうひとことで始まっていたんです。それを見て涙が出そうになって・・・。
その後、みなさんからいろんな原稿が届く中で、なるほどなって・・・みなさん『ありがとうマウイ』っていう気持ちで書いてくださったり、寄せてくださったんだなっていうのがわかったので、そこからスムーズに、例えば順番だったり写真の選び方だったりっていうのは、本当にスムーズに流れていきました。写真家さんにしてもテキストを書くかたも全然個性が違うので、すごく面白かったです。編集自体はとっても面白かったですね」
(編集部注:『Dear Maui マウイを巡る12の物語』に原稿や写真を寄せている12名のかたはボランティアという形で協力されています)
歴史的にも重要な島
※近藤さんはマウイ島、そしてラハイナにもよく出かけていたんですよね?
近藤さん「仕事柄ハワイのことをやっていますので、等しくいろいろな島に行きましたけれども、マウイ島は・・・僕は中でも植物のことを結構よく本にしていまして、その先生がマウイ島にいるんですね。なので、一般には行かないマウイ島の素顔みたいなものをいろいろと教えていただいたこともあって、思いはたくさんありました。
ラハイナは兎にも角にも昔のハワイ州の首都ですから、そういう意味でもいろいろと象徴的なものがたくさんあったところなんですよね。それがすっかりなくなったことには相当ショックを受けました」

●改めてマウイ島はどんな島で、ラハイナはどんな町だったのか、教えてください。
近藤さん「ラハイナは先ほど言いましたように、かつてハワイ州の首都だったんですね。首都っていうことは国だったわけですけど、国である前の、まだ伝統文化の社会の時代からいちばん大事な場所だったんですね。それはハワイ諸島の右側、つまり東側に当たるところに大きなハワイ島という島があって、左側の日本側になる西側には小さな島がいくつも連なるんですけど、(マウイ島は)ちょうどその真ん中にあるんですよ。
だから、このマウイ島を制するものは全部の島々を制するみたいなものが、ずっと伝統文化の時代にあったんですね。厳密にはマウイ島の左端にあるラハイナと、右端にあるハナという街、このふたつが最も重要な街だったんですね。
なので、ここからいろんなものが始まっていますし、それから現代になって、つまり国が、ハワイ王国というのが作られた後からも、ハワイで最初に文字が・・・ポリネシアって文字がないので言葉だけなんですけど、最初に文字が作られたところなんですよ。
その文字を学んで、いわゆる識字率と言って、読んだり書いたりできる人たちは、当時アメリカ合衆国全体でも2番目に高かったという場所なんですね。そういう伝統的にも文化的にもハワイの象徴と言える街だっていうのがあって、ハワイの人たちにとってラハイナは特別な場所だったんですよね」
(編集部注:近藤さんによれば、さとうきびから砂糖を作る産業に多くの日本人移民が関わっていた歴史があり、明治から大正にかけて、ラハイナに暮らしていた人たちの半分以上が日本人だったそうです。ハワイと日本の結びつきを感じますよね)

※増本さんは初めてマウイ島に行った時は、どんな印象を持ちましたか?
増本さん「行くまでは本当にハワイのイメージは、いかにもワイキキなイメージだったんですけれども、例えばハレアカラは、圧倒的なスケールで迎えてくれましたね。それからハナのほうに行くと全然違う景色で、緑が豊かで田舎の漁村のような雰囲気も残っていて、そしてちょっと行くと素敵なリゾートホテルがあったりという、すごく面白い島ですね。でもなんていうか、地球の鼓動というか、ハワイ島とも違う営みを感じました」
忘れてほしくない
※増本さんはマウイ島に、お知り合いはいらっしゃるんですか?
増本さん「例えば今回の著者のひとり、岡崎友子さんはマウイ島にお住まいで、ご自分でも支援活動に回っていらしたんですね。みなさん、火災のあとは無事に過ごされているんですが、最初に聞こえてくる声と今聞こえてくる声は随分違っています。
初期の頃はとにかくメディアの人たちが、日本に限らず世界中のメディアの人たちが、悲惨なラハイナを撮りたい、聞きたいというオファーがすごくあって、困ったっていう声が聞こえてきたりしていたんですが、だんだん落ち着いてきました。今お話をしていると、復興は進んでいるそうですが、問題もいろいろあるようです。
こんな本を作ったよ! ってお伝えすると、すごく喜んでくださるんですよね。
というのも、もう7か月ぐらい経ちますけれども、世界の人はラハイナに火事があったことを忘れかけているんじゃないか、自分たちのことは忘れられているんじゃないかって、なんとなくうちひしがれているところに、日本でこんなに応援してくれている人がいることに勇気づけられたっていう声を聞きます」
●近藤さんの知り合いのかたは、みなさんご無事でしたか?
近藤さん「レストランを経営している友達とか、先ほど言いました学者のかたとか、いろいろと(知り合いが)いまして、地元で長く暮らしているんですけども、多くのかたがやっぱり増本さんが言われるように、忘れて欲しくないというのは、強い思いとしてあるんですね。でも一方で、我々日本人も正月から能登の大災害を見たりして、やっぱり災害は次々起きるので、そうするといつも同じ気持ちを持ってということはできませんよね。
で、思ったのが、増本さんとも強く話をしたんですけども、本という形を取って、我々は物書きだったり写真家だったりするわけですから、その持っているパワーでできることをしたい。でもそれがすぐ消えてしまうような類いの本であってはよくないんじゃないかと・・・。ずっとわずかであっても、そう言い続けることができるような立ち位置の本を出したいという気持ちが強くありました。
それを伝えたところ、本という形でこれが残るっていうことはすごくいいことだと言っていただいてはいます。なので、その気持ちも大切に、またハワイに関わっていく身としては、これからも忘れずにマウイという島を見続けていきたいなっていうのは、今の偽らざる気持ちです」

大火災の原因は?
※去年8月8日に発生したマウイ島の山火事、その原因は特定されたんでしょうか?
近藤さん「特定はされていませんけれども、ほぼという形で一応言われているのが火の不始末です」
●火の不始末?
近藤さん「ハワイは、この大火災で世界中に知られましたけど、山火事は毎年起きています。それがいろいろな悪いタイミングで重なったために大きな災害となったんですけれども、その8割が人の火の不始末と言われています。その不始末のうちのしかも半分以上が観光客じゃないかと言われているんですね。だから我々にとっては他人事ではないということですよね」
●やっぱり気候変動による乾燥とかも影響しているんですか?
近藤さん「それもあるとは思います。ハワイはすごくざっくりと言うと、島の右上と左下で気候が全く違うんです。なぜかというと、広い太平洋を北東側から、つまりアメリカ大陸の側からずーっと湿った風が来るんですけれども、山に当たると全部雨で落ちるんです。
だから地図の右上は緑が生い茂っているんですけど、山を越えると、もともと乾燥しているんです。だから火事は起きやすいんですね。右上では起きないけど、左下では起きる。でも悪いことばっかりじゃなくて、左下は晴れていることが多いってことですから、リゾート地はどの島でも左下にあるんですね」
●なるほど・・・。私もフラダンスを習っていて、フラの仲間とみんなで寄付させていただいたんですけれども、焼失から7ヶ月余り経ってラハイナの復興は、現状はどういう感じなんでしょうか?
近藤さん「まずラハイナと、それからその隣にあるカアナパリとか、さらに上にはカパルアという町がありまして、下のほうには街はそれほどないんですけども、この周辺はほぼ被災しているので、焼け残ったものもわずかながらあるんですが、ホテルを含めてそれはすべて避難所になったんですね。
だからラハイナにあるホテルで残ったものは、すべて今は避難されているかたが住んでいます。で、カアナパリはラハイナと比べると、もうちょっと大きい街なんですが、ここは被害がラハイナほどではなかったので、ラハイナの住民はここに避難しているかたが多いです。カアナパリから順にホテルの運営を再開しているんですが、それはなぜというと、避難民のための建物を作って、そこに移動できたから(ホテルを)やっているわけですよね。
ではラハイナはどうだったのか? っていうと、なかなかそう簡単にいかなくて、まずは避難民の落ち着く先がないとどうにもならない。しかも建物が少ないということで、なかなかできなかったんですけど、先月からまずカフェとレストランとがひとつふたつと再オープンしているところで、まだこれからですね。相当先になると思います」
●観光で訪れることができるのは、いつぐらいになりますか?
近藤さん「訪れられます。今も大丈夫ですよ。焼け野原になっていますけども、シャットアウトはしていませんので訪れることはできます」
●そうなんですね。
近藤さん「はい。ただ宿泊施設はないので、そこはどっか遠くから車で移動して、また戻るみたいな形になると思います」
マウイストロング基金
※本の売り上げは、寄付されるんですよね? そのあたりのお話を少し詳しく教えてください。
増本さん「はい、売り上げから利益の分をすべて寄付させていただきます」
●寄付する先は決まっているんですか?
増本さん「はい、マウイストロング基金という地元の支援団体がありまして、そこにとは思っているんですけれども・・・」
近藤さん「もうちょっと詳細にお伝えしますと、マウイストロング基金っていうのは、ハワイコミュニティ財団っていうところが運営しているんですね。これは突然作られたものではなくて、もう100年以上こういう活動をしていまして、すごく長い歴史を持っているんです。
年間の予算もすごくて、そういうところなもんですから、ハワイ州政府も観光客も含めて、すべてここを起点にして動くようにできているので、ここがいちばん確かだろうということで、我々も(寄付する先を)ここにいたしました」
●そうなんですね。おふたりそれぞれにおうかがいしたいんですけれども、改めてこの本『Dear Maui マウイを巡る12の物語』を通して、どんなことを伝えたいですか? では増本さんからお願いします。
増本さん「なんでしょう・・・私は本当にマウイを好きになってもらうのがいちばん嬉しくて、私が知っていたマウイと、この本を通して知るマウイは全然違うというか、知らないことばっかりだったんですね。なので、この本を見ていただいて、みなさんもマウイを好きになってもらって、マウイに行ってもらうのがいちばん嬉しいです」
●近藤さんはいかがですか?
近藤さん「マウイは観光地としては特別によく知られているところで、結構、長期滞在されるかたの多いところなんですね。でも、逆に言うと歴史とか自然とかそういったものは、あまり多く語られてこなかったところがあります。
大災害が起きましたけども、これを機会にマウイをリピーターのかたにはもうちょっと深く、新しいかたには観光地の象徴となるラハイナがなくなったことで、これから再建されますけれども、観光地というのをまた違う目で見ていただけたらいいなと思っています。この本がそういうことにはとても役立つと思っていますので、ぜひみなさんに読んでいただきたいなと思っています」
☆この他の近藤純夫さんのトークもご覧ください。
INFORMATION
今年2月に出版された、マウイ島の復興支援のためのこの本には、近藤さん始め、写真家の佐藤秀明さんや高砂淳二さん、フリーライターの今井栄一さん、ハワイ研究家の平川享さん、そしてオーシャンアスリートの岡崎友子さんほか、合わせて12名のかたが原稿や写真で、マウイ島への思いを寄せていらっしゃいます。本の収益はすべてマウイストロング基金に寄付されます。
お買い求めは「リトルギフトブックス」のオフィシャルサイトから、どうぞ。
なお、本の発売を記念して、鎌倉のブック&ギャラリー「海と本」で4月14日までフェアを開催中。また、代々木上原の「シティライトブック」でも、4月19日から24日までフェアを開催。ほかにも本屋さんやフラの大会でブースを出店する予定だそうです。
詳しくは「リトルギフトブックス」のオフィシャルサイトをご覧ください。
◎リトルギフトブックス:https://littlegiftbooks.com
2024/3/31 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. HANOHANO ‘O MAUI / KEALI’L REICHE
M2. COUNT ON ME / BRUNO MARS
M3. OUR HAWAI’I / NA LEO
M4. BLUE HAWAII / ELVIS PRESLEY
M5. SLOW & EASY / 平井 大
M6. OVER THE RAINBOW / ISRAEL KAMAKAWIWO’OLE
M7. IN MY LIFE / KEALI’L REICHEL
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2024/3/24 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、アンモナイト博士、公益財団法人「深田地質研究所」の研究員で、古生物学者の「相場大佑(あいば・だいすけ)」さんです。
相場さんは大学院時代、訪ねた研究室で先生から本物の化石を手渡され、生まれて初めて触った、てのひらに載るアンモナイトの化石に猛烈に感動! 謎に包まれたアンモナイトの研究の道に進んでいらっしゃいます。そして、新種をふたつも発見するなど、若手の研究者として注目を集め、さらに巡回展「ポケモン化石博物館」の企画と総合監修を務めたことでも知られています。
きょうはそんな相場さんに、アンモナイトはいったい何の仲間なのか、どうしてぐるぐる巻いているのか、海の中をどうやって移動していたのかなど、知られざるアンモナイトの生態についてうかがいます。
☆写真協力:相場大佑

アンモナイトはなんの仲間?
相場さんは1989年、東京都生まれ。横浜国立大学大学院から北海道・三笠市立博物館の学芸員を経て、現職。専門は古生物学。特にアンモナイトの分類や進化、生態などを研究し、生物としての姿を解き明かそうとされています。
そして先頃、新しい本『アンモナイト学入門〜殻の形から読み解く進化と生態』を出されました。
●表紙のアンモナイトのイラストを見て驚いたんですけど、アンモナイトって目とか口とか、あとこれは腕ですか? 数本の腕のようなものがあるんですね?
「はい、そうなんですよ。渦巻きの殻を持っているので、(一般のかたは)巻貝やカタツムリみたいな体をイメージされるんですけれども、実は(殻の中の)本体の化石ってなかなか見つからないんです。研究からこんな姿をしていたんじゃないか、腕がいっぱいあったり大きな目を持っていたりっていうことが、最近わかったりしています」
●巻貝だと思っていたんですけど(アンモナイトは)巻貝じゃないってことですか?
「はい、そうです。アンモナイトはこう見えても、実はイカとかタコの仲間なんです」
●イカとかタコとは、見た目も全然違いますけど・・・。
「イカとかタコのことを頭足類(とうそくるい)というんです。イカ、タコのほかに、オウムガイっていう生き物もいまして、殻を持った頭足類なんですけども、実はイカも殻を持っているんですよ、体に・・・。
体の中にプラスチックのペラペラの棒みたいなのが入っていて、あれが実は貝殻の名残りだったりするんですけども、その貝殻が退化せずにこうやって残っていたのがアンモナイトです」
●表紙のイラストは、相場さんが発見されたアンモナイトをもとに描かれたと、うかがったんですけど・・・。
「そうですね。僕が学生時代に北海道で見つけたお気に入りのアンモナイトがあって、きょうは(それを)持ってきているんですけど・・・」

●わぁ~〜ちょっと触ってもいいですか? けっこうずっしりと重いんですね! 手のひらサイズの、ドーナツのようなベーグルのような形ですけれども、これがアンモナイトなんですね!
「そうですね」
●確かに渦を巻いていますよね。
「渦を巻いていて、殻が剥がれているところで、ちょっと内部構造が見えていたりとかして・・・」
●白地に所々に茶色いところがありますね。
「はい、そうですね。この白いところが殻で、この茶色のところが、殻が剥がれて内部構造が見えているところって感じですね。学生時代から北海道で調査したいんですけども、そこでこれ見つけて、ほとんどこの状態で川に落ちていて・・・」
●えっ! 落ちていたんですか?
「そうですね。で、拾って、うわ! すごい! と思って、一発ハンマーでボコってやったら、この形が出てきて・・・(笑)」
●えぇ~そんなに簡単にアンモナイトって発見できるものなんですか?
「そうですね。北海道には、アンモナイトが生きていた白亜紀の地層が広がっているところがあって、そこの流域の川をいくと、こういったアンモナイトはよく見つけることができたりします」
●今もすごく触りながら愛でている感じがありますけれども・・・(笑)
「持っていると落ち着くんです(笑)」

どうして絶滅したのか!?
※アンモナイトという呼び名には、何か由来はありますか?
「アンモナイトっていう名前ですけども、もともと“アモン”っていう、古代エジプトの神様がいて、太陽神なんですけど、その神様の頭の部分に羊のツノみたいな渦巻き状のツノがついていたんです。アンモナイトが最初に見つかった時に、これはアモンの頭の部分なんじゃないかみたいなことが考えられて、”アモンの石”という名前でアンモナイトとつけられています」
●へぇ〜そういう由来があったんですね! アンモナイトは絶滅した、いわゆる古生物と言われている生き物ですけれども、どうして絶滅しちゃったんですか?
「アンモナイトが絶滅したのは、中世代・白亜紀末で、同じ時期に恐竜とか絶滅しているんです。それはなぜかというと、巨大な隕石が現在のメキシコのユカタン半島という所に落ちて、それがきっかけで地球全体の環境がガラッと変わってしまって、その環境変動に耐えられなくて絶滅してしまったというふうに言われています」
●アンモナイトはいつ頃、地球上に誕生したんですか?
「アンモナイトが誕生したのが、今からだいたい4億年ぐらい前です」
●4億年前に誕生して、そこから絶滅まではどれぐらい繁栄していたんですか?
「絶滅したのがおよそ6600万年前ですので、3億年以上にわたって地球上で
繁栄していたと言われています」
●化石の代名詞とも言えるのがやっぱりアンモナイトだと思うんですけど、世界中でこれまでに何種類ぐらいのアンモナイトが見つかっているんですか?
「アンモナイトは確かに化石の代名詞、なんかアイコンみたいな感じですね。世界中から化石が見つかっていて、今の時点で1万種以上、もしかしたら2万種近くかもしれないというぐらいの数が見つかっています」

●みんな渦を巻いて、基本的な形は同じ感じなんですか? 何がそんなに違うんですか?
「渦を巻いているのが基本ではあるんですけども、異常巻きアンモナイトっていう少し巻きがほどけたものとか、そういったものもあります。巻いているってひとことで言っても、殻が横に膨れてぶっとくなっていたりとか、円盤のようにぺっちゃんこになっていたりとか、それから突起が付いていたりとか、殻の表面にそういう装飾があったりとか、いろんな特徴によってアンモナイトは分類されています」
ぐるぐる巻きの理由
※アンモナイトはイカやタコ、そしてオウムガイの仲間ということなんですが、見た目でいちばん似ているのは、オウムガイ・・・ですよね。ということは、アンモナイトを研究する上で、生きているオウムガイを参考にすることも多いですか?
「そうです。まさにその通りで、実は系統でいうとイカとかタコのほうに近い、オウムガイはちょっと親戚関係としては遠いんですね・・・なんですけれども、やっぱり体の外に殻を持っている頭足類という意味では、現在、生きているオウムガイが唯一になりますので、泳ぐ時の殻の挙動とか、研究する上ではオウムガイはすごく参考にされている側面があります」

●アンモナイトのいちばんの特徴でいうと、やっぱりぐるぐる巻いた殻かなって思うんですけど、そもそもどうしてぐるぐる巻きなんですか?
「実はアンモナイトの祖先は棒状で巻いていなかったです。さかのぼると巻いていなかった、ボールペンみたいな形の殻をしていたんですけども、それがある時に巻いて、アンモナイトが登場するわけです」
●どうして? 何があったんですか?
「それは、答えからいうとおそらく巻いていたほうが、泳ぎやすかったっていうのがあって、アンモナイトが登場した時代、古生代のデボン紀っていう時代なんですけど、その時代はたくさんいろんな種類の魚が登場した時代で、すごく速く泳ぐ魚とかが登場したんですね。そんな時にアンモナイトは食べられる側だったわけですけども、その食べられる側のアンモナイトも速く泳げたほうが逃れることができるということで、より巻いたものが残っていって、巻いた形に進化したと・・・」
●まっすぐなほうが速く動けそうじゃないですか?
「あ〜確かに、そんなイメージもあるんですけども、例えば私たちが頭に帽子をかぶったことを考えた時に、とんがり帽子をかぶると、たぶんすごく邪魔だと思うんですね。そのとんがっている部分が巻いてあったほうが頭が動かしやすい・・・なんていうんでしょう・・・コンパクトになっているほうが抵抗がないというか、海の中では邪魔にならない・・・。
しかも、実はアンモナイトの殻の中に空気が入っていて、浮きの役割をしていたので、まっすぐだと浮きになっている部分が邪魔になってしまうというか、そういうのがたぶんあると思います」
●殻自体は硬いんですよね?
「殻自体は硬いです。普通の貝殻と同じです」
(編集部注:アンモナイトは、速く泳ぐためにぐるぐる巻きになったというお話でしたが、魚の歯形がついた化石も見つかっていて、ほかの生き物から身を守るために、丸い形になったとも考えられるそうです。
また、色や柄は化石として残らないけれど、中にはその痕跡が残っている化石も見つかり、殻にストライプや点線、放射状の模様を確認できたそうです。
そして、今まで見つかったアンモナイトの化石で最大のものは殻の直径がなんと! 2メートル50センチくらい、一方、小さいものは1センチにも満たないそうですよ)
殻の形で泳ぎが変わる!?
※アンモナイトは海の中をどうやって移動していたんですか?
「アンモナイトは、すごくいろんな形があって、その形ごとにけっこう生き方が違ったんじゃないか、みたいなことが最近言われていて、中にはもしかしたらあまり泳がなかった種類もいたかもしれない・・・なんですけど、それあとで説明するとして・・・。
泳ぐものとしては、形によるんですけども、ディスクみたいな平べったいアンモナイトは、海の中を切るように一直線にぴゃーっと、速いスピードで泳いだかもしれないみたいなことが言われていたり、ずんぐりした丸っこいアンモナイト、(きょう)持ってきているやつよりも、もっと丸っこいボールみたいなアンモナイトもいるんですけども、そういうアンモナイトはあまり速く泳がない代わりに、いろんな方向に方向転換できて、泳いでいたんじゃないかと言われたりします。
実は最近、アンモナイトのロボットを作って、そのロボットがどういう泳ぎ方をするか、みたいなことを調べた研究があって、そんなことがわかっています。で、泳がなかったんじゃないかなと言われているやつがいて、異常巻アンモナイトって呼ばれているちょっとヘンテコな形をしたアンモナイトなんですけども・・・」
●細長〜い渦みたいな感じになっているんですね。
「そうですね。ワインを開けるコークスクリューみたいな形をしていたりとか、それを限界まで引き延ばしたようなものとか、巻貝みたいな形のものとか、そういったものがいろいろあって、アンモナイトはもしかしたら、あまり泳げなかったんじゃないかなと・・・。アンモナイトが泳いでいる挙動を直接見ることはできないんですけれども、それこそ、今生きているオウムガイから推測することができますね。
オウムガイがどんなふうに泳いでいるかっていうと、まず水を吸い込むんですよ。吸い込んだ水を筋肉を使って体の外に押し出すんですね。その時に漏斗(ろうと)っていって、管みたいなものがあって、そこから水をピューッと噴射するんです。それがオウムガイの泳ぎ方なんですね。
アンモナイトもやっぱり同じように泳いだのではないかと言われていて、実際に漏斗の化石と思われるようなやつも痕跡が見つかっていたりとかするので、おそらくオウムガイと同じように水を吸い込んで、漏斗から噴射して、後ろの方向に進む、そんな泳ぎ方をしていたんじゃないかなっていう想像がされています」
(編集部注:相場さんによると、この10年くらいで見つかったアンモナイトの化石の中には、大きな目の痕跡が残っていて、視力の良さを推測できたり、殻の中にある内臓の胃の部分に、消化されていないミジンコやウミホタルの仲間「貝形虫(かいけいちゅう)」などの化石が見つかり、アンモナイトが何を食べていたのかも少しずつわかってきているそうです。
また、アンモナイトにはオスとメスがいたということですが、どうやって繁殖していたのかはまだわかっていないそうです。孵化する前の卵の化石は見つかっているので、おそらくイカやタコのように大量に卵を産んで子孫を残す戦略だったと、考えられるということでした)
もっと知りたいアンモナイト
※アンモナイトのいちばんの魅力はどんなところですか?
「これ、難しいですね・・・(笑)。魅力はいろいろあるんですけども、いちばんっていうと、なかなか難しいですね・・・そうですね・・・やっぱりこれだけ数が見つかっていて有名な化石なのに、まだまだたくさん謎があるっていうことですかね。その体の、本体のことで言えば、足がおそらく10本だったんじゃないかって推測はされているんですけども、実際に足の化石は見つかっていなかったりするので、正確には足が何本かわからないとか、いろんな謎があります。
1万種以上見つかっているって言いましたけども、今生きている現世の頭足類でイカ、タコが700種類なんですよ。でもイカ、タコってすごくいろんな形のものがいますよね。すごく大きいものがいたりとか、透明にスケスケになっているイカがいたりとか、いろんなイカ、タコがいて、それでも700種類なんですよ。
だから1万種以上いるアンモナイトって、たぶん僕たちが想像できないような姿をしたようなやつも、もしかしたらいたかもしれないって思うと、すごくワクワクしますよね」
●まだまだ謎が多いということですけれども、今後解き明かしたいことって何かありますか?
「アンモナイトには謎がいっぱいありますけども、解き明かしたいことでいうと、例えば、異常巻きアンモナイト、ヘンテコな形をしたアンモナイトがいますけども、なんでそういう形に進化したかって、はっきりわかっていなかったりするんですよ。なので、そういうヘンテコな形、私たちにとってヘンテコに見える形が、なんでその形になったのかは、やっぱり明らかにしたいっていうのがあります。
それから、先ほどのお話もちょっと被りますけども、やっぱり本体、どんな姿をしていたのか、どんなふうに海の中で生きていたのか、一生をどういうふうに過ごしていたのか、そういう生き物の側面をもっともっと知っていきたいなと思います」
●生きているアンモナイトが発見されたら面白いのになって思っちゃうんですけど、そういう空想をされたことはありますか?(笑)
「そうですね。想像はしたことありますけど・・・見つかるかな〜(笑)」
(編集部注:相場さんに首都圏で、アンモナイトの化石が展示してあるおすすめの博物館を教えていただきました。まずは、上野にある国立科学博物館の日本館のほうに、北海道で発見された化石がたくさん展示されているそうです。ほかにも、神奈川県立生命の星地球博物館、千葉県立中央博物館などを挙げてくださいました。
そして、都内の施設でアンモナイトが見つかる場所として、東京駅の地下構内や、地下鉄三越前駅の改札付近、そして日本橋三越本店の、石材の壁や床に化石が眠っているそうですよ)
INFORMATION
アンモナイトがどんな生き物だったのかを最新のトピックや研究、そして写真やイラストを交え、わかりやすく解説。まさにアンモナイトを知るための、うってつけの入門書です。ぜひ読んでください。誠文堂新光社から絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。
◎誠文堂新光社:https://www.seibundo-shinkosha.net/book/science/85247/
◎公益財団法人 深田地質研究所:https://fukadaken.or.jp
2024/3/24 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. ELEVATION / U2
M2. THE RIVER OF DREAMS / BILLY JOEL
M3. I HEAR YOUR NAME / INCOGNITO
M4. ROUND AND ROUND / AMIEL
M5. タイムマシンにおねがい / サディスティック・ミカ・バンド
M6. SWIM / MADONNA
M7. I STILL HAVEN’T FOUND WHAT I’M LOOKING FOR / THE CHIMES
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」








