三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。
首都圏からのアクセスもよく、
通勤圏でありながら海や里山の豊かな恵みをあわせもち、
自然とともにある生活を楽しめるエリアです。
そんな「千葉の魅力」を支えるさまざまな活動や
想いムーブメントなどにスポットを当て、
現地取材の声も通して「魅力あふれる千葉」をご紹介していきます。

毎週月~木 18:35頃~「YOU 遊 チバ」はこちら
※「YOU 遊 チバ」は、ミンナノチカラ~CHIBA~と連動し週ごとにさまざまなテーマで千葉の魅力をお届けしているコーナーです。

Every Fri. 18:45~18:59

「いすみの星空に魅せられて」

2023/9/8 UP!

今回は、「いすみの星空」に魅せられて移住。星空の観察方法や、上手に写真を撮る方法のレクチャーをされている写真家の方の活動を ご紹介したいと思います。千葉県の外房に位置するいすみ市は東と南に海があり、周囲に高い山もないため、年間を通して広い夜空に満天の星を楽しめる場所です。今回は、「いすみ星空学校」を主宰している、星空写真家の草原学(くさはらまなぶ)さんにお話を伺っています。まずは、草原さんと星空との出会い、そしていすみで活動を始められた経緯を伺いました。

草原さん:昔、登山をやっておりまして、北アルプスの燕(つばくろ)岳に登った時の頂上で見た天の川を見て写真に収めたいと思いまして、星空の写真を始めました。もともといすみ市に移住をしようと思っていて、家を探しながら風景の写真も撮りながらしていたところを、いすみ市役所で地域おこし協力隊の募集があり、写真を撮ることによって地域おこしをしたい。もちろん、その星空であったりいすみ鉄道であったり、蛍というフォトジェニックの素材がたくさんあるので、これを広めていきたいと言うふうにお話ししました。わりと行政の方は、ある程度その硬いというかね、そういうイメージが強かったんですけれども、理解していただくのは割と早かったと思います。真剣に聞いてくれて、一緒になって活動していただきました。

地域おこし協力隊にはミッションが決まっているものとそうでないパターンがあるようでして、草原さんの場合は、いすみ市の魅力発信を、草原さんの人脈を生かし「(ば)える」写真で、と、ご自身から行政のかたに提案して認められたんです。まずは こんな活動からスタートしました。

草原さん:最初からですね、もう写真に特化したので。一番最初は、いすみ鉄道と都内の出版社と協力して、ウェブサイトでSNS発信している会社と一緒にイベントを行ないました。そのページインプレッションが100万プレビューあったということで。まあ、星空もツアーをまず行いまして。旅行会社さんだったり、望遠鏡メーカーさんのご協力いただいてやりました。最初は「星空×ヨガ」「星空×写真」ということで、望遠鏡メーカーさんだったり、ツアー会社さんのご提案をいただきながら一緒にツアーを造成していったという感じですかね。(実は当日曇っていてあの外にはでなかったですけども)そういうアイデアをいただきながらやりました。いすみでやってよかったというよりも、いすみでなくてはできなかったと思っています。

草原さんが撮影した「いすみの夜空」

主宰されている「いすみ星空学校」では年に数回、無料で開催される大人気のイベントがあるそうです。いったいどんなイベントなんでしょう。

草原さん:いすみ市星空観望会です。二ヶ月に一度定期的に行っております。こちらはどなたでもご参加自由で観望会をやってる時間であれば、入退場自由、参加費無料と言うことで市の施設を借りてやっております望遠鏡を使ってその時の旬な天体をお見せするような形になっています。子供さんの反応は生の星というか、望遠鏡を使ってみることがあまり経験がないので、非常に喜ばれております。年齢関係なくお年寄りまで、かなり長い時間見ていらっしゃる方多いですね。天体クラブっていうのはどこの学校にもあったんですけど、今は天体クラブっていうのがほぼないので、望遠鏡も学校に置いてある所が珍しいんじゃないかと思うんですね。子供の頃って、夜に外に出るとワクワクするじゃないですか。楽しさもあって、子供達にとっては貴重な機会になってるんじゃないかなと思います。70人ぐらいはいらっしゃいます。一番多い時で120人ぐらいいらっしゃることもありますけど。

「いすみ星空学校」では、星空の素晴らしさ伝える活動を担う人材である「星のソムリエ®」を養成する講座を行っていて、認定を受けた方たちと一緒に星の観望会を運営しています。望遠鏡の扱い方はもちろん、星にまつわるあれこれ楽しい話・・・たとえば、千葉県は酪農が盛んですから、酪農に関係した名前の星や星座の説明をしたりして、参加した皆さんとコミュニケーションをとりながら星の世界を案内するなど、星のソムリエ、つまり「星空案内人」の方たちの活躍の場も創り出し「星空」を大切に活動する人たちを増やしていっているんですね。そして他にも「いすみだから撮影できる写真」教えていただきました。

草原さん:蛍の写真も多少コツはいるんですけど、誰でも撮れます。事前にそれも講座をやってお連れするので、天気さえ良ければ星と一緒に蛍を撮ることもできます。地上の星と天井の星と一緒に撮る事はできますねいすみ市は別に流星群じゃなくても空が暗いので、流れ星は多かったり少なかったりはするんですけども流れ星を見ることは割と簡単にできます。条件がいいときはもう非常に本当・・・12月の中旬ですね、ふたご座流星群なんて量が流れるので、ビュンビュン流れますね。かなりの数が見ることができます。あの寒くても見る価値がある。都会に比べたら全然見える個体数が多いと思います。はい。町全体が星空案内人がいる町にしたい。きちんと想いをつないでくれる人たちを育てていきたいかなと思ってます。自慢できる素材なので、自信を持って「星を見にいすみにおいでよ」って言って欲しいと思いますね。

いすみの皆さんにとっては当たり前の星空かもしれませんが、その素晴らしさをぜひ自慢してもらいたい。美味しい魚介類や菜の花、いすみ鉄道とともに、夜空の魅力を広めていっていただきたいですね。無料観望会は今後、10月7日土曜日、12月23日土曜日そして来年2月24日土曜日を予定しています。

素晴らしい星空を見にいすみにお出かけになりませんか?

いすみ星空学校

いすみ星空学校 X(旧ツイッター)

勝浦をフィルムコミッションで盛り上げる!倉橋定良さん

2023/9/1 UP!

千葉を盛り上げるミンナノチカラがテーマ。「地域おこし協力隊」として勝浦を盛り上げている方の活動をご紹介します。今回ご紹介するのは、ミュージシャンで勝浦市の地域おこし協力隊として活動する倉橋(くらはし)定良(さだよし)さんです。フィルムコミッションの窓口として活動されている倉橋さんですが、まずは、地域おこし協力隊との出会い、勝浦にくることになったいきさつを伺いました。

倉橋さん:年齢がある程度行って、いろんなことを経験してきた中で、ちょっと今度は海の近くで生活もしながら仕事もしていきたいなあっていう思いがずっとあったんですけれども、いろんなところを探していたら勝浦にたどり着きました。でそれが仕事何かっていうと地域おこし協力隊っていう仕事だったんですが、もともと音楽業界でずっと仕事してたので、それに関わるというか、全く関係ないところの仕事はできないかなと思ったので、ちょうどフィルムコミッションって、そのまあエンタメ系でもあるし、映画とかドラマとかミュージックビデオも含めて、そういったものを誘致したり、ロケのコーディネートをするという仕事を見つけて、ぜひやりたいと。今まで東京生まれ、東京育ちだったので、ちょっと海の見えるところで新たな 人生を第2の人生ですね、をやってみたいなと思っていました。

東京を離れて暮らしたいと思いながらも、そう遠くにはいきたくないなど色々な思いがあった中で勝浦の募集を知り、「これだ!」と思って応募したそうです。そして無事「地域おこし協力隊」となった倉橋さんでしたが、仕事を始めてすぐに大きな壁にぶつかりました。 いったい何があったのでしょうか?

倉橋さん:実際、このお仕事が決まって、その年にコロナが流行してしまい、世の中が激変してしまったんですね。である意味、ポジティブに考えると東京にいた時よりも、もう右も左もわからない土地に来た瞬間に仕事も入ってこなくなっちゃった。じゃあ時間が有るんだからどうしようかと思ったときに、じゃあ右も左も分かんないんだったら、もう全部歩き回ろうと。で車でも走り回って、もうどこでもいこう。もうどんな道でも入ってったら、色んな景色が見れるんじゃないかって、もう毎日、毎日、それをやってました。で、それをやることによって、いろんな写真撮ったりとかして、情報発信をしたんですね。こんないい場所があるんだっていうことをどんどん情報発信して、逆にそれがまたロケ地のリストにもどんどん自分の中で引き出しが増えていったんですね。「こんないい場所があった。」「こんなとこみつけた。」「地元のひともしらないところ見つけちゃった」みたいなの情報発信して、そういう活動をずっとしてました。勝手にそんなとこ入ってくるなとか、そんな写真載せて観光客来たらどうすんだとかって、もう散々怒られましたけれども、その当時は、、

細かく細かくいろんなところに行ったので、勝浦の地元の方も知らないポイントもたくさん発見したそうです。そして、それを毎回毎回SNSで発信。

地元の人には怪しまれることも度々あったそうです。それはそうですよね、人があまり行かないところに入っていって写真を撮りまくったり調べたりしているわけですから。でもコロナ禍が落ち着くと、その増えた引き出しを活かせることになるんです。

フィルムコミッションに関わる業務を行い、直近では、ドラマ「ファーストペンギン」の他、映画「水は海に向かって流れる」などのロケ誘致に成功していますが、ご自身がinstagram及びfacebook「日々、かつうら」で勝浦の魅力を発信していることにも大きい意味があったようです。

倉橋さん:情報発信ってものすごく大事で、そこから信頼されることも大きいと思うんですね。常日頃活動している状況を説明して行く必要があると思ったんです。それがSNSだったんです。いつも見てますよとかって言って、はい、そういうふうに声かけてくれて。もうやっぱりそうすると向こうも安心して声かけてくれるとか信頼が持ってもらえたのかなっていうのは思いますけど。撮影が決まったりすると、例えば大人数だと百人規模で市内に来られたりする。そうすると、じゃあどこに泊まろうか? あとお弁当も百個用意しなくちゃいけないっていうので、自分はどこの弁当がいいのかっていうのもまったく分からなかったので、最初は何件も食べ歩きまして、ロケ弁リストっての作ったんです。いわゆる観光地の撮影のためのコーディネートだけじゃなくて、そういった細かい手配もやらなきゃいけないなってのに気づきまして。それは結構大変ではありましたけどね。

ロケーションはもちろんのこと、撮影隊が気持ちよくスムーズに行動できるというのは本当に大事ですよね。宿泊や食事に至るまで、色々と情報でバックアップできるのは、ミュージシャン活動もされている倉橋さんならではの視点が役にたっているんじゃないでしょうか。

さらに倉橋さん、ご自身でイベントも仕掛けたそうなんです!どんなイベントなんでしょう。

倉橋さん:地域おこし協力隊は、移住して地元に根付いていくというパターンが多いんですけども、自分の場合もやっぱり勝浦市をPRしたい。協力隊の任期が終わった後もシティプロモーションっていう形で何か外にも発信して行きたいと思って一般社団法人を作りました。情報発信して行きたいなと思って活動しています。勝浦スイーツandミュージックフェスタっていうのも、若い女の子たちが楽しめるような、そういう若いイベントを企画して、ゴールデンウィークにやったんですけど、大成功になりましたので、これも続けていければなと思っています。勝浦の良さをまったく知らない人もたくさんいるし、でまあ歴史がすごく古くて、それなりにもういっぱい完成してる部分もあるんですけども、まだまだ人に知られてない。面白い。それがやりがいですね。 いや、もう本当にやっててよかった。この仕事はもう良かったと思います。

倉橋さんの地域おこし協力隊の任期は最初3年ということでした、本来なら昨年の年末でその期間が終了という予定だったんですが、コロナ禍で活動がままならなかったこともあり、特別に任期が延長になっています。この先任期が終わっても、勝浦のために新たな形でプロモーション活動を続けていかれるんでしょうね

https://www.instagram.com/hibi_katsuura/

https://www.facebook.com/hashtag/%E5%8B%9D%E6%B5%A6%E5%B8%82/?locale=ja_JP

農林水産大臣賞受賞「近藤牧場」が作るクレマ・カタラーナ(南房総市)

2023/8/25 UP!

自社牧場の牛乳からつくったスイーツ・・・名前を「クレマ・カタラーナ」といいます。その美味しさが認められて「農林水産大臣賞」を受賞した近藤牧場さんをご紹介します。

戦後から乳牛を育て、牛乳を出荷していたのですが、あることがきっかけで六次産業化を目指すことになります。オーナーの近藤(こんどう)(しゅう)(へい)さんにお話を聞いています。

周平さんと拓也さん

近藤周平さん:たまたまね友達とずっとアイスクリームを作ってて、2人でいつかはアイスクリーム屋をやりたいねっていう話をしてる時に、当時の富浦町なんですけれども、道の駅ができるっていうことで募集があったんで、私はそれに応募して出店することができたんですけど、もうあの四年間は大赤字でした。まあ、高速の中にパーキングエリアとしてオープンすることが決まってたんで、まあその時を期待して待ってましたけど。それからはだんだんだんだん売上が増えてきて、高速が通ったら、まあそれからまあ爆発的に売れるようになったんですけれども。 ほっとしました。

道の駅とハイウェイオアシスは2023年7月21日にリニューアルオープンしています。お店も新しくなりました。

2003年に県内14番目の道の駅として当時の富浦町に 「道の駅(ふ)楽里(らり)とみやま」 がオープンするのをきっかけに、農家自らが色々と製品を作って出していこうということになったんです。この施設、一般道路沿いの道の駅からスタートしましたが、翌年・富津館山道路が全線開通して、高速道路のパーキングエリアからもアクセスできる「ハイウェイオアシス富楽里」としても利用できるようになり、多くの方が立ち寄る人気のスポットとなりました。近藤牧場さんはこの道の駅で、ソフトクリームなどの販売からスタートしました。

周平さんが若い頃に酪農を学んだ北海道の農場に勉強に行っていた、息子の近藤拓也さんが地元に帰ってきて、新しいアプローチが始まります。 拓也さんのお話です。

近藤拓也さん:チーズを習いに行ったので北海道に居る頃は結局自分でやらせてもらえなかったので、見て覚えるしかない状態でモッツァレラチーズとあのリコッタチーズっていうチーズを見てました。帰ってきて自分で作ってみたら、思うようにやっぱり行かず、売れないチーズはもちろん捨ててましたし、悔しくて鍋とか投げたりしてました。安定したチーズを作るまでに、いろいろ苦労しました。それとあともう一つは、モッツァレラっていうそういう馴染みがない地域だったので、人にあげるとどうして食べていいかわからないとか、そういう人が多かったので味を知ってもらいたかったですね。おじさんがやってたラーメン屋さんだったとこがたまたま空いていたので、そこでピザパスタで提供できればいいかな と思って、25歳ぐらいの時にピザパスタメインのイタリアンを始めました。

イタリア語で風を意味する「VENTO(ヴェント)」という名前のイタリアンレストランは閉店しましたが、今は道の駅の中にあるお店「kondo farm」にその大半のメニューが引き継がれ楽しむことができます。そしてパスタやPIZZAに加え近藤牧場さん、スイーツ作りにもさらに力が入っていくんです。

いよいよ農林水産大臣賞を受賞したスイーツ「クレマ・カタラーナ」の登場です。クレマ・カタラーナは、もともとスペインのカタルーニャ地方発祥のスイーツとされていて、フランスのクレームブリュレという表面を焦がしたクリーム菓子のルーツとも言われています。その「クレマ・カタラーナ」を作り始めたきっかけを周平さんに伺いました。

近藤周平さん:たまたま(北海道の)空港で見つけたこのクレマカタラーナを買ってきて、食べたら美味しかったんで、自分で製品化しようと思いました。県関係の人がいらっしゃってくださいまして、これを是非「食のちばの逸品に出品してみてくれ」っていうことで、早速応募したんですけれども、そしたら金賞いただいたんですけども。県の方で国の方に推薦してくださいまして、畜水産部門というところで農林水産大臣賞を頂いたんですけれども。その次の年にやっぱり食のちばの逸品にこのプリン出したんですけれども、リコッタチーズを使ったプリンを出したんですけれども、それをまた金賞いただいて。で、次の年に牛乳のゼリーがあったんですけれどそれを出品したら銀賞をいただいたんですけど三年連続賞をいただいて。 いろいろ評価されるようになりまして。まあお客さんがリピーターの方もたくさんいらっしゃるようになってくださいまして、まあ本当に 良かったなと思ってますけど。

北海道に牧場の皆さんで研修旅行に行った帰りの空港でたまたま見つけた「クレマ・カタラーナ」を食べて「うちの牛乳で作ったらもっとおいしいかも」と直感したそうです。近藤牧場さんの牛乳は、ブラウンスイスやジャージー牛といったコクのある味わいのものに、飼育が難しく希少なガンジー牛なども飼育していて早速、開発に着手したんでだそうです。

自信をかたちにしたらすぐにおいしさが認められて、食のちばの逸品で「金賞」。さらに、これは国レベルのおいしさだ!ということで推薦されて、農林水産大臣賞まで受賞しまうなんてすごいですね。

道の駅富楽里とみやまで販売している製品、ほかにもあります。息子のタクヤさんが苦労して作り上げた リコッタチーズ、モッツァレラチーズ、食のちばの逸品で賞を取ったリコッタプディングやミルクジュレ、そしてVENTOで販売していたPIZZAやパスタなども人気です。売切れになることもあるそうです。

最後に、近藤牧場のこれから、そして地域の課題についても息子の拓也さんにお話しいただきました。

近藤拓也さん:なんかこの街に結構後継者が少ないので、まあその人となんか協力し合いながらお客さんを呼んだりしたいですね。カンノーリっていうイタリアのお菓子をやりたいなと思っていて、揚げたパイ生地の中にうちで作ったリコッタチーズと牛乳を使ってドライフルーツとあえて、その中に詰めて売ります。 新商品として売りたいと思っています。

自分の生産物に他の人が作った地域の農産物を組みあわせて価値を出していく、 地産地消の新しい形なのかもしれないですね。牛乳だけの出荷から、加工品としてスイーツやチーズをつくり、そして地元の食材とのコラボまで、自らアイディアを出し、広げていく近藤牧場さん次にどんなおいしいものを提案してくれるのか楽しみです。

instagram

https://www.instagram.com/kondofarm11369/

HP

http://www.kondo-farm.com/sub2.html

「TAKIVILLAGE」でキャンプデビュー!

2023/8/18 UP!

今回は、「キャンプの楽園!千葉」にスポットを当てます。

千葉県内には多くのキャンプ場があります。都心からのアクセスもよく、人気があります。

今回はその中でも、キャンプ初心者の方でも楽しめる、いすみ市にある、「TAKIVILLAGE(タキヴィレッジ)」というキャンプ場をご紹介したいと思います。こちらは2020年3月にオープンしました。キャンプ好きが高じてキャンプ場をオープンするに至った代表の新谷(しんかい)(りょう)(た)さんに、そのいきさつと開設の理由を伺いました。

新谷さん:理由は大きく三つあって、理由が、1つが、自分で何かビジネスを作りたいっていうのは昔からあってでそれが好きなことにしたいっていうところだったんで、キャンプ好きになったんで、キャンプいいんじゃないかなっていうのが一つと。もう1つが、こうインスタグラムとかに投稿すると、友達からめちゃくちゃこう一緒に行きたいとか、やってみたいとかいう相談があるんですよね。いろんな人にキャンプを教えてあげたいなと思ったんですけど、キャンプ場作ってきてもらえばいいんじゃないかっていう思ったんですよね。それが、2つ目で。3つ目が、僕がサッカーの指導者を学生時代バイトでしていて、結構子供が休憩時間すぐスマホいじったりとか、あとは闘争心がなかったりとか、自分で考えなかったりとか、コミュニケーション下手だったりとかって、いろいろこう感じる部分があったんですけど、それをキャンプで全部解決できるんじゃないかっていうふうに思って。キャンプ場やって、子供にそういうことを体験させてあげられるような場所を作りたい っていうのが3つ目の理由ですね。

いつかは自分で事業をやってみたいと思っていた新谷さん、会社員だったとき、先輩にキャンプに連れて行ってもらって、その開放感・楽しさに感動、すっかりハマってしまいます。そこに子供達への思いも重なって、会社を辞めてキャンプ場オ-プンに向けて行動を起こしていきます。

新谷さんは東京のご出身。なぜいすみにキャンプ場を開くことになったのでしょうか?

新谷さん:アクセスが都心から一時間半以内とか便利な立地とか、色々条件あったんですけど、その中で探していて、たまたまその知人から紹介された土地がいすみ市だった、本当たまたまですね。開墾開拓が必要だったので、ここを切り開いてやろうっていう感じですね。最初はもうめちゃくちゃ楽しかったですね。いろんな人がこう覗きに来てくれたり、噂を聞いて会いに来てくれたりで、なんかいろいろ本当に手伝ってくれたりとか、いろんな人紹介してくれたりとか、本当にこう優しく、あの受け入れてくれたんで。本当結果いすみでよかったって思ってますね。とにかく人を繋いでくれて、で繋いでくれた人がみんな優しくて、ただご飯行くだけになった関係の人もいますし。本当にこう飲み友みたいなで年上のおじちゃん、おばちゃんとかなんですけど、飲み仲間みたいな人もいます。

現在ではグランピングサイト、フリーテントサイト、森の中にテントが張れるエリアがあり、いろんなスタイルで楽しめるようになっています。手ぶらで行って、現地でテントなど一式も借りられるプランもありますし、ランタンや椅子など道具レンタルも充実していて、初心者からベテランのキャンパーまで対応しています。

そしてこのTAKIVILLAGEで注目なのが「焚き火の学校」です。「大自然で遊んで学ぶ」をテーマに親子で体験する1泊2日のキャンププログラム。屋外ですから夏は暑く、冬は寒い。そして近くには食べ物屋さんやコンビニもない、わざわざ不便な場所で、自然の環境変化などに対応していく。不便を笑って楽しめる子どもになってほしいという思いが込められたプログラムなんです。

新谷さん:そもそも焚き火の学校は子供向けのプログラムで、大人はもう引きはがして、大人は大人で勝手によそでキャンプさせるっていうちょっと離れたところで見守っててもらうっていうコンセプトでテント立てたりとか、料理作るとかっていうところを自分たちで考えて初めて会ったその同年代の友達と相談して、とにかくキャンプを楽しく過ごすっていうような形ですかね。焚火の学校をこの日にやりますって言って、応募者がじゃあ5組だとしたら、5組とも全然知らない家族たちで「はじめまして」。ただ、プログラムは一緒に進んでいくっていう感じですね。子供に口出しできない普段家とかだとああだこうだって手助けしちゃうのができない状況に、うちは焚き火の学校でしてるので。そうすることによって子ども意外と自分で問題解決だとか、あのできるじゃん、と、新たな発見があったりとか。子どもへの接し方っていう意味で、親御さんも一歩我慢して、より子どもが育つ環境が作れるっていうようなことを、今まであの参加したお父さん、お母さんに言ってもらえたので、そんな発見も大人もあると思います。

親には口出しさせず見守るだけでグッと堪えてもらう。初対面の子供達で問題解決するというのは、なかなかできない体験ですよね。何かを成し遂げた達成感や、その後見る星空の美しさとか、考えてみると羨ましい体験ですね。

そして、キャンプでの焚き火の魅力、新谷さんはこう話されてます。

新谷さん:焚き火をしながらしんみり飲んでると、普段何十年来の付き合いでも十年間したこともないようなあの話ができたり本音が聞けたり、逆にその日初めてあった人と焚き火してると、なんか幼馴染だったんじゃないかぐらい仲良くなったりとかするんで、そういうきっかけになってくれるコミュニケーションツールだと思いますね。四季(季節)によって対策さえしてくれれば、一年中楽しめて、特にオススメなのは僕は冬だと思っていて焚き火がよりあったかい、正直、夏って焚き火しない人もいるぐらいなんで防寒さえしてくれば、なんか寒くてできないイメージ強いと思うんですけど、千葉の冬って大したことなくて、で逆に虫がいない。人も少ない。星がきれい。空気澄んでる。料理も夏はできない鍋系の料理ができたりとか、あのそういう楽しみもあるんで、本当に冬キャンプがおすすめですね。自然の中で、スマホとかもパソコンとかはもう基本的にはほぼノータッチで過ごしてほしいですね。

新谷さんのお話によると、スマホなしだと最初はそわそわするけど、途中で気にならなくなる方が殆どなんですって。美しい星空のもと、みんなで囲んだ炎を見ながら、心を開いて話せる不思議な力が焚き火にはあるということなんですね。

↑グランピングサイトもあります。

もうひとつ、新谷さんにはこだわりがあるそうで、大人数での予約は受け付けていないそうなんです。理由は、盛り上がりすぎて騒がしくなってしまうから。こぢんまりした人数でそれぞれ焚き火を囲んで、いい時間を過ごしてもらいたいので、別々で予約して現地で合流、というのもお断りしているそうです。ここで過ごす時間を大切にしてほしいという想いが伝わってきますね。

TAKIVILLAGEホームページ

房総の山々2 烏場山「花嫁街道」をハイキング

2023/8/11 UP!

今日は山の日の祝日、ということで今日は房総の山々を紹介する第2弾です。

千葉県は、そんなに高い山はありません。最高峰の愛宕山(あたごやま)で標高408mと、平均標高が全国で最も低いのですが、すぐそばに海もあったりして、絶景や変化に富んだ山歩きが楽しめるんです。比較的簡単に登れる山が多いので、たくさんのハイキングコースがあるんです。今日はその中の一つ、南房総市にある烏場山(からすばやま)の花嫁街道をご紹介したいと思います。

南房総市、JR内房線、和田浦(わだうら)駅から新日本百名山のひとつ、標高266メートルの烏場山(からすばやま)を上り戻ってくる周回ルートです。房総の山々はもちろん、天気がよければ伊豆大島や富士山をのぞめる眺望や、15メートルの落差の「黒滝」。そして、花の一大生産地・和田町の花づくりをはじめた間宮(まみや)七郎(しちろう)(べい)が開墾した「(ほう)(こ)(えん)」などたくさんの名所も楽しめるルートなんです。

和田浦駅前には大きな鯨の骨格標本があることでも分かる通り、古くから捕鯨のまちとして知られているし、花の生産地としても有名なんです。

今回はこのハイキングコースをボランティアで整備、維持活動をされている「花嫁街道保存会」の皆さんにお話を伺っています。まずは会長の相川好夫(あいかわよしお)さんに花嫁街道の名前の由来を伺いました。

相川さん:花嫁街道の由来はもともとは昔からいうあの「潮汲みの道」っていうのものでして、海辺の町に漁業の材料にする竹を運んで、かごを創ったりする竹ですよね。その帰りにこの魚を買って、帰ったその道なんで。花嫁行列もそこを通ったから名づけられました。登った時はきついですけども、尾根に上がるとほとんど多少の上がり下がりしかありません。実際、花嫁さんとして歩いて嫁いだ人がいます。昭和25年に18歳でお嫁に行った人が居まして、今から40年ほど前に山歩きの会が道を作った際にネーミングもいいので「花嫁街道」という名前になったようですね。

花嫁街道ハイキングコースはおよそ13.5㎞。40年ほど前、国鉄で車掌をされていた会長の相川さんが、荒れ放題だったこの道を地元の仲間たちと歩きやすいように整備しようと思ったのが始まりなんだそうです。花嫁街道保存会の皆さんを中心に、現在も維持活動が行われています。どんなことをされているのか、庶務担当の北見和美(きたみかずみ)さんにお話伺いました。

北見さん:花嫁街道の整備ですが、4月ごろからですね。草ボーボーになります。ハイキングコースの草刈り、加えてこの辺は強風の時期もあって倒木もおきますのでね、倒木の撤去、コースの階段の整備ですね。ステップって言ってますけどね、階段の整備などが主な作業となっております。他にはですね、休憩場所のベンチの作成ですね。現地発生材でね、見晴台とか要所要所にね、そういうベンチの設置もしてますね。加えて道標と看板ですね。ところどころにありますのでね。あのそれぞれの名称表示してますので、それのメンテナンスを含めてね、整備ですね。会長の相川さんがね。もうもっぱら担っているわけですけどね。担当してるわけですけどね。あのまあハイカーの方にはね、わかりやすいということで好評です。

写真右が相川さん、左が北見さんです。

保存会やボランティアの皆さんの努力もあって、花嫁街道ハイキングコースは歩きやすい道になっていったんです。1994年には、東京の両国駅から「快速歩け歩け号」というハイカーのための臨時列車が、和田浦駅まで走るほどの人気コースになりました。2018年から始まっているJR東日本の人気イベント「駅からハイキング」の第1号ハイキングコースとしても選ばれたそうです。イベントの時には訪れたハイカーに、スタート地点である和田浦駅で鰯のつみれや鯨の竜田揚げをサービス、なんてこともあったそうです。

ハイキングコースの維持活動にはそのほかの団体も協力しているようです。

北見さん:例えば、地元ではですね、NPO法人の「ネイチャースクールわくわく和田」という団体があるんですけど。そこのメンバーの人たち「もりびとプロジェクト」という任意団体があるんですけども、月一回、花嫁街道の整備をしようということでね、あの関わってもらってまして、この人たちにも協力してもらってます。協力してくださる方々がいて保存されているということはあるわけでありましてね。非常にありがたく思っています。近年ではね、あのこの花嫁街道ハイキングコースを利用した大会もありまして過ぎた3月12日には、花嫁街道トレイルラン大会というのがありまして、これ三年目になるんですけどね。280人の参加者があってね、実施されました。さらに過ぎた5月12日には、千葉県総合体育大会の、登山大会というのが行われましてね、高校生の大会ですかね?まあ烏場山ゴールでね、実施されたということもあります。

保存会以外の地元の団体が維持活動に協力してくれたり登山部やスポーツ大会の会場になったり、いろいろ活用されているんです。コースはもともとは山歩きの会が整備されていたんですが、高齢化などによって活動自体が難しくなり、そこのメンバーでもあった相川さんや北見さんが花嫁街道保存会を立ち上げ、地元のボランティア団体などと連携して維持されているんですね。今では高校・登山部の大会や、山の中のマラソンともいわれるトレイルランの会場としても利用されていて、北見さんもトレイルランには選手として参加されたそうですよ。最後に北見さん、相川さん、お二人に花嫁街道ハイキングコースで「お気に入りの景色」をあげていただきました。

北見さん:まあ一番は烏場山は新日本百名山にも選ばれてますしね、第三展望台は特にね お天気の時はね富士山見えますしね。季節ごとのね景色がいいですよ。であとはね、そのカヤバ見晴台のカヤバですよね。海側の景色がね広くこう開けてますんでね。まあカヤバっていうぐらいでね。昔はこの茅が一面生えていたというところで、炭窯の後もありますしね。まあ、そこ休憩場所に一番いいですよね。ここは。 メインのおすすめの場所ということでしょうか。

相川さん:落ち葉が落ちてまして、足に優しくサクサクと音をさせながら歩くコースが私は大好きですね。私の一番好きな場所は、見晴台から海の水平線上を船が走っている景色、空を船が走ってるっていう言葉も出るほど広々として良いですね。あそこからの夕日、ダイヤモンド富士、私一回だけ見ましたけど、それは綺麗だったですね。

天気が良ければ伊豆大島、富士山を見ることができますし、季節によって様々な花や、緑、、、抱湖園の寒桜など名所もありますので、四季さまざまな景色を楽しみ に訪れてみてはいかがでしょうか?

こだわりの『ありの実』!「与佐ヱ門の梨」

2023/8/4 UP!

今回は、200年以上続く市川市にある農家さんで「梨屋 与佐ヱ門」というブランドで、美味しい梨をつくるため、都会の喧騒から離れた富里市にも梨畑を構え生産している8代目農家さんの奮闘ぶりをご紹介します。

市川市や船橋市など東葛地区は梨の生産で有名で、美味しい梨がたくさん出荷されています。そんな中、注目されているのがオリジナルブランド「与左ヱ門」の梨、そして梨の加工品の「ありの実」シリーズです。その開発秘話も伺います。

お話を伺った方は、市川で200年以上続く農家の8代目田中総吉(たなかそうきち)さんです。梨農家を継ぐということは子供の頃は考えていなかったそうです。その理由と、梨農家を継ぐ前に社会人を経験されているそうなんですが、そのとき得た教訓をお話しくださいました。

田中さん:私で八代目になりまして、約200年ぐらい前から農家として代々受けついできているというところです。梨に関しましては私の祖父ですね。六代目の時に梨を栽培を始めて、現在に至ってます。まあ、約60年から70年ぐらい経ってるという感じです。はい、小さい頃からあんまり興味は持ってなかったですね。あの農薬メーカーにあの就職させてもらって五年間ほど。実家は何やってるんだと言うことで、まあ、千葉でなしをやってますっていうことで、そしたらまあ、たまたま父を知っている方が在職しておりまして、、、ということは、お前はゆくゆくは跡取りだなと。これからの農業はただ農産物を作ってるだけじゃなくて、経営者にならなくちゃダメだと、まあ、そういうアドバイスを常にしていただいて。 でとにかく経営者になる勉強もしなさいと仕事をしてきました。

いまだに虫が苦手という、田中さんです。梨は、時期の早い順に、幸水、豊水、新高(こうすい、ほうすい、にいたか)、あきづき、などを作られています。田中さんの市川の農地、梨畑は昔は周りに家も少ない感じだったそうなんですが、その後、宅地化が進み、大型道路の計画などで農地が狭くなったりということもあり、市川で梨を作りながらも、千葉県富里市内にも土地を取得されます。そこで試験的に梨を作り始めました。ところが、同じ種類の梨の木を植えて育てても、何かが違うということで、田中さん、ごひいきさんから叱られたりと相当苦労されたんです。

田中さん:どうしてもやっぱり市川の肥沃 な土と違うので、出来上がった梨に微妙な味の違いだとか、食感の違いっていうのが出ていたんですね。ごひいきのお客様は市川で作ってたなしの味とそれから富里できた梨の味の違いに敏感にこう反応していただきまして「おい、親父が作ってたお前息子が作り始めたお前が作ったのはまずい」と、もう散々言われまして。もう僕としてもなんかもう行き場のないやり場のない悲しみと怒りでもう本当に大変でした。はい、大臣賞もらったときに、まあごひいきのお客さまが電話をかけてくれたり、直接来てくれたり泣いてくれたんですよね。よかったねって努力したかいがあったねって。 言って頂いて「おいしくないなお前が作った梨は」と言われたあの本当にご贔屓の お客様は誰よりも先に来てくれてね。肩たたいてくれて「いや、よく頑張ったなと。俺も今となっちゃひどいこと言ったって思ってるんだぞ」なんて言ってね、あの本当に評価してくれて、それが本当に今でも励みになってますね。

いま、大臣賞というコメントがありましたが、これは、2010年に開催された「千葉なし味自慢コンテスト」で、豊水(ほうすい)という種類で農林水産大臣賞(1位)を獲得したということなんです。数ある千葉県内のの梨農家さんの味自慢で1位は大変名誉なことなんです。

この富里での梨畑は10年以上かけて土を改良したのだそうです。最初少し梨の木を植えて作ってみたのだそうですが、先ほどのおはなしのように味の評判が悪かったので、追加で梨の木を植えることをやめ、残りの土地には苗木を植える前に、高さ2メートルにもなる牧草を植えて、秋冬に枯れたら、それを土にすき込み、また2年かけて作った堆肥も混ぜ、それを10年間続けたそうです。知り合いや周りの農家さんは「スイカやにんじんなど富里でも美味しいもの作れるから、とりあえずそれを作ったらどうか?」と勧められたそうですが、浮気せず、市川のような肥沃な土をつくるために一筋で土づくりをしたんです。

さて、こちらでは、梨の加工品も作られています。いくつか種類がありまして、これらを「ありの実」シリーズとしているんです。もう、お気づきかもしれませんが、「なし」を縁起のいい言葉「あり」にかえているんですね

シリーズにはありの実のジュース、飲むゼリー、「食のちばの逸品を発掘2019」直売所部門で金賞を受賞した「ありの実コンフィチュール」、そして珍しいと思うんですが、梨のドライフルーツもあるんですよ。

これらの加工品、作ることになったきっかけがあったそうなんです。ある年、収穫前の梨が嵐でたくさん落ちてしまったんだそうです。そのまま放置していると、発酵して、酸っぱい匂いがしてきた。これはお酢にできるかもと思って、商品化を思い付きます。ところがその思いつきか簡単には実現しませんでした。

田中さん:ちょっと名前を挙げられませんけども、たくさんのあのお酢の醸造元に連絡をしたんですけど梨で酢は 作れないだとかロット数が少ないからとかってゆって、全く相手にしてもらえなくて。県内もふくめて全国の醸造所に本当に連絡をしてでまあ最終的に九州のお酢(の会社)の社長に出会いまして、そこでなんとかね。もうここしかもう最後の最後だったような気もするんですね。とにかくうちの梨を食べてくれと、で食べて、あの酢にならないような梨、要はあんま糖度が乗ってない梨であれば、もうそれでいいけども、まずは食べて評価をして欲しいって言うことで、半ば強引に梨を送りつけてですね、そのすぐに電話がかかってきまして、「千葉県の梨がこんなに美味しいのか」と「申し訳なかった」と「作らせてくれ」と作ろう。作ろうとあの言ってくれて、お酢の製造をやってもらうことになりました。

この加工品を作ることで、規格外の梨や、ちょっと見た目が悪いものや嵐で収穫前に落ちてしまったものなど有効か通用でき、フードロスにもならず、一年中買うことがで流ようになったんですね。ところで皆さん、梨のシーズンは何時ごろまでだと思いますか?実は、梨屋与左ヱ門では年末年始でも梨を出荷しているんです。

田中さん:千葉県ではだいたい今年10月の中旬ぐらいまでが梨の出荷シーズンっていう形になるんですが、まあ弊社では、その後に王秋(おうしゅう)という王様の秋って書く品種がありまして、これは収穫は10月にするんですけども、冷蔵庫で貯蔵して来年の春まで販売が続きます。なので王秋はお歳暮でクリスマスだとか、お歳暮とかあとお正月に行っていうお客様で結構出荷がかなりの量の出荷が見込めます。当初は秋になるとね、千葉県だとさつまいもだったり、まあキウイフルーツや柿ていうのが主流になってくるんですね。千葉県の特産としてあると思うんですけど、梨って皆さんね、首を傾げたんですけども、やっぱり今、もう完全に与佐ヱ門の中でも柱になってまして、冬といえば王秋っていうふうになるぐらい、やっぱり知名度が上がってきました。とてもさっぱりしてて、ドリンク感覚で食べれる梨なんですね。冬に向かって忘年会とかね、結構お酒とか油っこいものとか食べるんですけど、その後にこの王秋梨をデザートとして食べると、もう喉越しもさっぱり、みたいな感じで、そういう特徴のある梨なのでごく人気が出てきてますね。

この王秋、年末以降は甘みが増して、より一層甘い梨に変化していくそうです。 王秋はとれたてと保存後とで二度楽しめる最高の梨と田中さんは仰っています。

ドライフルーツ、あれは王秋で作られたものだそうですよ。  市川の肥沃な土の恵みから生まれた甘い梨。そして、富里で10年以上かけて作った土で育った梨。今では、その違いはごひいきさんでもわからないぐらいだそうです。社会人経験で培った事業経営のノウハウや考え方をヒントに、これからも梨に関する様々なことに挑戦していきたいということでした。

https://www.yozaemon.jp/

「与佐ヱ門の梨」

 房州うちわ

2023/7/28 UP!

暑い日が続いています。皆さんどうやって涼を取られていますか?

千葉県の館山市南房総あたりでは昔からうちわの生産が盛んで、作られたうちわは「房州うちわ」として人気があります。この房州うちわ、「京都の京うちわ」「香川の丸亀(まるがめ)うちわ」とともに日本三大うちわのひとつとされていて、歴史もありますし、伝統的工芸品としてその技術も注目されているんですね。今回は、その房州うちわをご紹介します。

うちわ中国から伝わってきたもので、風を起こす道具としてだけでなく、古くは飛鳥奈良時代には虫やホコリを払ったり、位の高い人が、顔を隠したりするのにも使われていました。今回ご紹介の房州うちわは、明治時代に現在の館山市那古地区で作り始められたということなんですね。その歴史についtて「房州うちわ振興協議会」会長のうちわの太田屋 4代目・ 太田(おおた)(み)津江(つえ)さんにお話を伺いました。

太田さん:房州うちわは一本の丸い竹を使いまして、持ち手の部分「(え)」と言うんですけれども、「え」と面を作られたうちわになります。うちわに向く良い竹が取れるのと、昔は農閑期に竹を切り出してくれる農家の方がたくさんいたのと、あとシケで漁に出られない漁師さんとか漁師さんの女将さんたちが手内職でうちわ作りを手伝ってくれたことが生産地になったんだと思います。関東大震災で問屋さんと職人さんの家がなくなったりしたことも大きな原因で、生産地である房州に問屋さんと職人が移り住んできたのと消費地が近かったっていうのも大きな理由になると思います。関東大震災を境に製品として出荷できるっていうことが大きな強みになって一大生産地になったと思います。

房州うちわの特徴は、房州産の女竹(めだけ)の丸みをいかした「丸柄」と、その先を細く割いていって作り出す骨を糸で編んで作られる丸い格子模様の美しい窓です。1本の竹からうちわが作り出されていくんですね。平成15年に千葉県初の経済産業大臣指定伝統的工芸品に認定され、装飾品や贈答品としても、現在も親しまれている房州うちわは、古くからの漁師町、那古、船形、富浦周辺のおかみさんたちの手内職としても生産が拡大していきました。太田美津江さんはもともとお父様の手伝いをしていたんですが、それを継ぐことになったのも自然な流れだったようです。

太田さん:千葉県に住んでいて、まあ父親の手伝いを十年以上すると、県からの看板がいただけるんだそうです。父親が「お前看板もらえる資格があるんだけど、どうする?」って聞かれたときに、私、それまで本当にのほほんと父親の手伝いだけしていて、その話を聞いた時、もしかして私ここのうちの後を継ぐのかなっていう。それが大きなきっかけです。でその看板持ってたことが父親にとっては誇りにもなってたんじゃないかなと思います。私の時は全部県の職員の方が見えたりで、「太田さん、この「割き」をやってください。「あみ」をやってください。「貼り」をやってください。「ヘリ」をやってください」。なんかひと通りやってお見せした記憶が あるんですね。だからこれはちょっと難しい権威のある看板なんだって。

「看板」とお話されていましたが、これはお父様の太田一男さんが昭和59年に、そして美津江さんが平成9年に千葉県指定伝統的工芸品製作者に認定されたことを示しています。現在までに認定されている団体や個人は、199ということで決して簡単なことではありません。大変貴重な技術をお持ちなんです。でも、後継者の問題も抱えていらっしゃいます。

うちわの製作は、だいたい21の工程があります。それぞれの工程を行う専門の方がいて、それを組み合わせてチームでつくるものだそうです。冬の寒い時期に竹を刈り、皮を剥いて機械で磨き、乾燥、ここまでが準備。その後、製作に入ると、中心から上半分を48本から64本に割いていきます。それを編んでうちわの骨組みの元が出来上がり、糸などで固定、形を整えたら紙や布を貼って、乾かして、最後、竹の下の断面に漆を塗って、仕上げ作業して 出来上がりです。

さて、太田屋さんのうちわには紙ではなく、布を貼ったものがあります。これはどのようないきさつから作ることになったのでしょう?

太田さん:ある時、浴衣屋さんと出会って、浴衣屋さんが浴衣を作ったときに30~40cm布が残るんだけど、これでうちわ作って同じ柄で浴衣とうちわがコラボできるといいねっていうことで、浴衣の生地を貼り出したのが初めなんですね。でも、浴衣よりもうちわの方が値段も安いですしね。数が出るようになって、またうちで独自で浴衣(生地)を仕入れて浴衣生地を貼ったうちわを作り始めた。今もうどなたでもやってますので、その他にまた父親がちりめんの布うちわ用に染めてもらってちりめんうちわを作ったり。いろいろサイズがあのお客さんの要望で、このサイズが欲しいとか、そういうもの言われれば、また作っていったり。でも今ね、手縫いでしないので30~40cm残らないんです。今工場でなってきちゃうでしょ?だからご自分で手縫いですれば30~40cmだから、父の時代はそういう時代だったんで、残った布があったんですよね。今は残らないので。うちで反物で買ってきて、それでうちわにしちゃうっていう。

今は、浴衣を仕立てる人も少ないから端切れ布がそもそも少ないということですが、この布を貼ったものは紙とはまた違う独特の味わいがありますよね。そしてちりめんを貼ったものもあるんだそうです。ちりめんというのは主に和服の材料として作られている布なんですが、こちらも独特の鮮やかさがあって飾っておきたいほどの存在感なんです。

さて、こう言ったうちわを作り技術、後継者はいるのでしょうか?

太田さん:南房総市と館山市で後継者育成事業というのを毎年秋にやってまして、そこで習った方たちが続々と卒業して、うちわ作りに励んでくれまして、もう心配はないです。もう熱量すごいです。自分で作ったものをきちんとお客さんに買っていただきたいっていうことを最終目標にしてますのでね。きちんとしたものを作ってらっしゃいます。また、出したいと思っている方が練習してます。あのコスタリカからお嫁に来て、で、もう20年近くなると思うんですけれども、その方が房州うちわ作りをしたいっていうことで、後継者育成事業に参加してくださって。とっても器用で頭のいい方でね、できるようになって。でもとっても熱心なんですやはり。人の言葉を聞く力が強いですよね。だから楽しみです。

太田さんが会長の房州うちわ振興協議会では時代の変化に合わせて、それまで分業でやってきたうちわ製作の主に21の工程をひとりで行う職人の育成に力を入れてきたんだそうです。テクニックを身につけるのは時間と根気を要しますが、これを乗り越えた次の世代の職人が誕生していて、第一号は伝統工芸士の太田さん。そして、他に5名の方が「房州うちわ振興協議会 認定職人」として既にうちわを作られています。お話にあったコスタリカ出身の方は出口タティアナさんといって、認定第5号としてうちわ作りをされています。その技術が大切に受け継がれていく、「房州うちわ」は道の駅などで販売していますし、インターネットでの購入もできます。そして、「渚の駅たてやま」にある「渚の博物館」では、来年3月まで「房州うちわ 技の伝承展」を開催しています。また、うちわの太田屋さんでは房州うちわ作りの体験もできるそうなので、南房総へお出かけの際はぜひお立ち寄りください。今年の夏は、房州うちわのやわらかな風で涼をとってみませんか?

http://ota-ya.net/ うちわの太田屋

https://www.bosyu-uchiwa.com/ 房州うちわ

第160回 夏の夜空を彩る伝統の技「福山花火工場」

2023/7/21 UP!

今年はたくさんの花火大会の開催が予定されています。あの夜空に開く大輪の花火、地上にセットされた筒から花火(はなび)(だま)を発射して、それが大きく花開くわけですが、その花火玉を作る工場が千葉県にもあるんです。

今日ご紹介するのは君津市の奥の方にある「福山花火工場」さんです。江戸時代後期創業でその打ち上げ花火は千葉県指定伝統的工芸品にも登録されています。こちらは、伝統の中にも新しい風を吹き込みながら花火づくりを続けているんです。

昔から上総地方では、「手製の花火の打ち上げ」が盛んで、その花火作りの名人だった初代が、江戸天保年間に打上花火作りの技を書き残したのをルーツにその歴史が始まったんだそうです。まずは、福山花火工場の現在の社長である小林琢也(こばやしたくや)さんに、ご自身と花火の関わりについて伺いました。小林さんは今年3月高崎で行われた花火コンクールで、40歳以下、若手花火師対象のコンクールで、見事1位に輝いた方なんです。

小林さん:遠くで見た花火大会によって打ち上げられた花火を見て、それに感動をおぼえて興味が湧き、花火を調べ始めて、で調べるうちにどんどん興味が湧いて、高校二年生から調べ始めて実際に行動移したのが高校三年生、18歳の時です。花火会社のリストっていうものをインターネットで見つけて、まあ、それを電話だと全部ダメだったので、もう直接行ってみようと思って調べた場所に何件か行ってみて。で今のその福山花火工場の先代の福山一郎さんが大学に入って夏のアルバイトだったら雇ってあげるよっていうことを言ってくれたので、とりあえず大学を目指して大学に入って、大学四年間バイトさせていただいたという感じです。花火大会のお手伝い、筒を運んだり、玉の準備をしたりとか、まあ打ち上げのお手伝いですね

花火玉は作るのにどのぐらいの時間を必要とするのでしょうか?

小林さん:材料の研究とかも含めちゃうと、かなりの日数になるかなと思います。その研究がどこまでかかるかにもよるので、最短で1ヶ月でまあ4号玉ぐらいだったら作れるかなあと思います。10号玉とかだと三ヶ月間かなぁと思います。  その部品をどうしても作んなきゃいけないので、花火の色になるその星っていうものを作るのに、数週間はやっぱかけないといけないので、それを作って、後は、割り火薬っていう火薬もかけて干さないといけないので、それができてようやく玉こめ。玉を込めたら、今度上から紙を貼っていかなきゃいけないので、それものりをつけてるので、乾かさなきゃいけないんで、貼って乾かし貼って乾かしての繰り返しなので、それも数日かかるような感じですね。

1か月でできる4号玉が大体直径12センチ。CDくらいのサイズの打ち上げ花火が150メートルくらいの高さで直径60メートルに広がります。3か月かかる10号玉が直径30センチ。330メートルの高さで160メートルの大輪を咲かせるんだって。10号玉で重さが8キロ。そう考えると、何千発とか上がる花火大会は、相当前から仕込みが必要です。夏は打ち上げに専念されるようですから、それ以外のシーズンはもしかして、ずっと 玉を作っているのかもしれないですね。

さて、2019年の夏が終わり、翌年の夏に向かって秋から花火の玉の制作をしていた頃、コロナ禍でオリンピックの延期、非常事態宣言となり、花火大会も中止。福山花火工場でも大変な在庫を抱えてしまいましたが、でも、小林さんたちは、 慌てず、こんな風に過ごしていたそうなんです。

小林さん:今年はもう花火、大会はないかもしれないっていう事態に陥ってんでどうすんだってなった時に、福山花火工場は一切休まずずっと研究開発をしてました。雇用調整助成金はうちは使ってないので、使わずにずっと研究ばっかやってました。(今年は)まず木更津がやるって言ってくれて。まあ、去年は分散開催をしてくれたんですけど、まあ今年は通常開催してくれるっていう一報が入って。あとは一宮町さんも今年は通常開催で頑張ってやるっていうことを言ってくれて。あとは館山さんも通常に戻したいっていうことを言ってくれて、結構戻ってきたなあっていう印象はありますね。隅田川がやるって言ってるので、 だいたいできるんじゃないかなと思ってたんですけど。

あの鮮やかな色はどんなものを混ぜればできるのか?どのぐらいの時間輝いているのか?同じ店から同じ原料を仕入れても、少し発色が違うとか、絵や文字を夜空に出すための球の中の火薬の仕込み方であるとか、しっかりとデータを取りながら地道に研究検証を続けていたそうです。コロナ禍が収まって、花火大会が再開されたときに、みんなを あっ!といわせる花火を作りたい、と努力をされていたそうです。

最後に、作り手として、小林さんは花火大会をどんなふうにみてもらいたいと思っているのか、きいてみました。

小林さん:自分もそうだったんですけど、ま当何気なく見てた。花火に感動したっていうのは、理由ってのは本当にどうでもいいのかなと思ってて。やっぱり海外の花火もまあきれいはきれいだったりもするんですけど、日本の方がやっぱ形が綺麗だったり、色が綺麗だったりはするかなとは思ったり言われたりします。花火大会って花火会社だけが頑張ってるわけじゃなくて、主催者っていう方々もすごい一生懸命、今、みんな一生懸命頑張ってるので、その方々のことも考えてもらいながら、花火大会に行ってほしいなあと見てもらいたいなあと思います。

遠くで見た花火に感動して花火工場直談判という行動を起こしてから、もうすぐ20年という小林さん。なんで感動したのかは今でもよくわからない。けれど心が震えた。そんな気持ちが今につながっているとおっしゃいます。今年の夏、夜空に大きな素敵な花火が各地に戻ってきます。花火師さん、花火大会を行う人、様々な人たちの思いが詰まった花火をぜひ楽しんで下さいね。

http://www.fukuyamahanabi.jp/

福山花火工場

第159回 絶景と共に楽しむ海「CHOSHI KAYAKS」

2023/7/14 UP!

今回は、銚子の雄大な景色を感じることができて、トライしやすいと今評判のシーカヤックをご紹介します。

「シーカヤック」とはカヌーの一種で、海の上をパドルで漕いで進む小さな舟のこと。このシーカヤックを銚子で教えているのが、ライフセイバーの田村(たむら)憲章(としゆき)さんです。 田村さん、実はライフセイバーの能力を競う大会でいまだに破られない世界記録をお持ちになっているすごい方なんです!その田村さんに、銚子でシーカヤックのツアーを始めることになったきっかけを伺いました。

田村さん:銚子の海、銚子マリーナ海水浴場を発着として屏風ヶ浦、その前に面した海でカヤックをやっております。前々からとても景色がいいなっていう風に、銚子マリーナの海水浴場で景色が良いっていうふうに感じていて、そこでできるアクティビティがあればいいなというふうに感じたんですけども、自分がやっちゃえということで、カヤックツアーを始めることにしました。ライフセービングスポーツ競技の中にサーフスキーというカヤックの一つなんですけども、そういう種目がありましたので、カヤックに乗るっていう自体は得意な方でしたので、まあそこから少しカヤックツアーとしてやるには知識が少ない部分もあったので、なんとかこう研修などをさせていただいて、カヤックツアーを始める事が出来ました。

銚子の海から見る屛風ヶ浦の美しさをしってもらいたい、その他にも、実は、コロナ禍で海水浴場が開かれず、海水浴場の監視という仕事がなかったこの数年新しいことを始めたいと思ったのもきっかけの一つだったそうです。ライフセービングスポーツ競技をされていて、カヤックに慣れていた田村さんがカヤックツアーを実現するまでにそんなに時間はかからず、実際にツアーを始めると、その雄大な景色や海の雄大さを感じ、楽しめることなどから人気になりました。

千葉県の最東端、犬吠埼(いぬぼうさき)の少し南側にある屏風ヶ浦は、お隣、旭市の刑部(ぎょうぶ)(みさき)まで約10キロメートルにわたり40~50メートル続く断崖。切り立った崖が続くさまは、英仏(えいふつ)海峡のドーバーの「白い壁」のようで、「東洋のドーバー」とも呼ばれています。2016年3月には、国の名勝と天然記念物に指定されました。映画の撮影などにもよく使用されているんです。その雄大さを感じられるんです。その他にも運が良ければ素敵な出会いもあるそうなんですよ。

田村さん:時間にしてだいたい1時間ちょっと、1時間から1時間30分。で、距離にすると片道・・だいたい屏風ヶ浦の崖の下近くまで行くんですけども、直線で1キロ、往復で2キロから3キロ以内ぐらいの距離をパドリングするコースになってます。運がいいと、一年中屏風ヶ浦・銚子の海にはスナメリが生息しておりますので、カヤックに乗っていてもスナメリに会うことができます。もうあの乗ってすぐに出会える時もありますし、まあ海岸から100m以内のところで会う事が出来ます。偶然、カヤックのすぐそばに来ることはあります。皆さん喜び度が増すので、僕たちも必死に探してます。

参加に必要なものは、着替えぐらいで、はじめにスタッフから説明を受けて、浅瀬でパドリングの練習をしてから、その習熟度にあわせたツアーをしてくれるので、初めての方もすぐに楽しめるそうです。        

シーカヤックツアーが行われている銚子マリーナ海水浴場のあたりは、少し湾のようになっていて、太平洋に面している割には波が穏やかなので、小さいお子さんでも安心して挑戦できるそうなんです。

田村さん:保護者の方、中学生以上の方と一緒でしたら、4歳以上の方から受け入れております。で、2人乗りのカヤックを用意してますので、保護者の方が頑張って(後方で)こぐ。お子さんが楽しくパドリングする。はい、ほぼ保護者のかたが頑張ってこぐような形にはなるんですけども、それでも楽しめるアクティビティだと思います。比較的簡単にカヤック自体は進みますので、力はいらないです。頑張って競争みたいにする人もいるんですけども、そういうことしなければ、体力はそれほど必要ないです。さらには、漕げなくなった、疲れた、操作やっぱりできないっていうことでしたら、スタッフがすぐに引っ張り引っ張ったりだとか、お手伝いしたり、あるいはスタッフが一緒に乗ったりいうこともできますので、安心してご参加していただければと思います。そうですね。男性女性関わらず参加される方は多いですけども、どっちかというと、女性のグループで参加される方が多いかなというふうに感じています。

皆さんライフセイバーの資格を持っているということなので、心強いですね。田村さん、日本体育大学に入ってからはライフセービングクラブに入ったそうです。当時、部員は三百人もいて夏になると、いろんな海水浴場で監視員活動をするんですが、田村さんは大学の4年間、銚子の海岸で監視員をして、その4年間でこの銚子の海の良さ、たとえば、波が比較的穏やかであることだったり、日の出、日の入りの夕陽の両方を見ることができる場所であること、そして素晴らしい屏風ヶ浦の景色を知って愛着が湧き、この素晴らしい海の安全を守っていきたいと強く思ったそうです。ご自身の会社の本拠地を千葉県内に据えて銚子市や旭市の監視業務を担当され るようになり、現在は銚子ライフセービングクラブの事務局長もされています。

最後に田村さんからメッセージをいただきました。

田村さん:波が高いなりに楽しめる場合もあるんですけども、やっぱり初めての方ですと怖がってしまったりだとか、操作が難しかったりしますので、比較的穏やかな日を選んで開催するようにしてます。通年開催しておりますので、季節それぞれの楽しみ景色が違ったり等もありますので、いろんな季節にご参加いただければと思います。銚子は魚も美味しいですし、犬吠埼灯台もある。見るところもたくさんあります。醤油工場もありますけどその中にシーカヤックツアーも選んでいただき、銚子をたっぷりと楽しんでいただければと思います。

ちなみに田村さんは、夕方のちょっと日が影ってきた時間帯の屏風ヶ浦の景色がお好きだそうです。シーカヤックに乗って海のお散歩、皆さんも満喫して みませんか?

銚子カヤックCHOSHI KAYAKS

https://www.choshi-kayaks.com/

第158回 茂原七夕まつり

2023/7/7 UP!

今回は、今年4年ぶり開催の茂原七夕まつりについてご紹介していきます。茂原七夕まつりは、湘南ひらつか七夕まつり、狭山市入間川七夕まつりと並んで関東三大七夕まつりとして有名です。

コロナ禍前は例年80万人もの人たちが訪れていたそうです。茂原市の人口がおよそ8万5千人ということですから、およそ10倍近くの方が 茂原に集まるということになりますね。

4年ぶり、久しぶりの開催ということで、「こころ踊る再会の(トキ)~「やっと逢えたね・・織姫」「ずっと逢いたかったよ・・彦星」をテーマに「七夕」と久々の祭りの再会を大事にしたものにしています。茂原商工会議所の会頭で茂原七夕まつりの実行委員長でもある、秋葉(あきば)(よし)(あき)さんにお話を伺いました。どんな祭りになるのでしょう?

秋葉さん:昭和29年に茂原市の一番中心の榎町の商店街で七夕やってみようということで、まあ旦那衆が導入したんですけども、思った以上に市民に、お客様に非常に評判が良かったために、昭和30年、1955年ですけども、まあ茂原市全体のそういうの商店街も含めて、会議所も巻き込んで「茂原七夕まつり」それが第一回ということになります。で以来69回目ということになりますけども、残念ながら3年間コロナで中止しましたけども、一応今年69回ということになります。その間、最初は飾りの中心の七夕だったんですけども、だんだんだんだんいろいろなイベントですね、やるようになって。イベントと飾りがですね非常にバランスが取れた七夕だというふうに思っております。

昭和29年に商店街で始まり、その盛り上がりから町全体で盛り上がろうと、昭和30年「茂原七夕祭り」がスタート。もともとは3日間の開催でしたが、今年は7月29日土曜日と30日日曜日、2日間の開催です。300を超える出店が参加予定ということで、楽しみにいらっしゃる方も多いでしょうね。そしてなんといっても盛り上がるのは、2日間に分けて行われるメインイベント、なんです。

秋葉さん:一つは徳島の阿波踊りってことで「茂原阿波踊り」というのが土曜日ですね。土日、今年は土日開催ですけども、まあずっとですね。土曜日に茂原阿波踊りを実施しています。それから日曜日の方は「よさこい夏の陣」ということで、よさこいの踊りということがこれがまあ双璧、2大イベントということになってます。かなりの人数の方が参加していただき、見に来ていただく方もたくさん来ていただいております。阿波踊りの場合は会社の会員中心としたまあ企業連ですね。企業のチームでコンペといったような仕組みも、まあずっと続けてます。それからよさこいの方は茂原の連が1~2にあるんですけども、それ以外は概ね県内からみなさん来ていただいて、結構広い範囲の連のみなさん来ていただいて、これもコンペやるといったような形になってます。一つは徳島の阿波踊りってことで「茂原阿波踊り」というのが土曜日ですね。土日、今年は土日開催ですけども、まあずっとですね。土曜日に茂原阿波踊りを実施しています。それから日曜日の方は「よさこい夏の陣」ということで、よさこいの踊りということがこれがまあ双璧、2大イベントということになってます。かなりの人数の方が参加していただき、見に来ていただく方もたくさん来ていただいております。阿波踊りの場合は会社の会員中心としたまあ企業連ですね。企業のチームでコンペといったような仕組みも、まあずっと続けてます。それからよさこいの方は茂原の連が1~2にあるんですけども、それ以外は概ね県内からみなさん来ていただいて、結構広い範囲の連のみなさん来ていただいて、これもコンペやるといったような形になってます。

よさこい鳴子踊りの方は12チームが参加予定となっています。

関東三大七夕まつりの一つとして知られる茂原七夕まつり。30日日曜日はよさこい鳴子踊りがありますが、こちら、優秀賞がかなりすごいんです。

秋葉さん:よさこいの方は、千葉県知事賞と高知県知事賞の二つが大きな賞なんですけども、千葉県知事の方も優勝旗ありますし、高知県の方も県知事からいただいた優勝旗ということで、これはまあ全国いろんなエリアでよさこいのコンペやってるんですけど、高知県知事からいただいている優勝旗は比較的限定されたエリアだけというふうに聞いています。受賞式の時はですね。東京の高知県事務所の所長が来て渡していただいてるんで、間違いなく公認になっています。イベント広場はほぼですね。オープニングセレモニーの後から、もうすぐイベントが始まってですね。フィナーレの前までまあ2日、今年の場合は2日ですけども、ほとんどの時間が全て埋まっている状況で踊りですね、若い人のまあダンスとか、それからバンド、それからハワイアンの踊りとかいうのが、もうぎっしり時間いっぱいまで参加いただいてます。

そして、その他にもダンスやバンドによるイベントステージも盛況で、今年は、早くから出演枠申し込みがいっぱいになってしまったそうです。みなさん、この時を待ってました!という感じなんでしょうか?フェスタ21(にじゅういち)と銘打ったこのイベント、午前中から夜まで繰り広げられます。さらに七夕飾り、毎年手の込んだものがたくさん夏の風を受けてなびいていますがこの素晴らしさを競うコンテストもあるということです。ぜひじっくりとみてください。市役所、商工会議所などが中心になって運営をされている茂原七夕まつり。最後に秋葉実行委員長からメッセージをいただきました。

秋葉さん:69回目いよいよ実施できることになりました。皆さんに楽しんでいただけるような飾り、それからイベント、飲食も含めてですね。皆さんに楽しんでいただけるようなことをですね。一番重視して進めていきたいと思います。安全安心、楽しんで帰れるためにはですね。安全安心の七夕いうことが何よりも大事だと思いますので、楽しんでいただけるようにしたいと思いますので、ぜひ来場していただければなというふうに思います。会議所の青年部の実行部隊の中心でもありますので、まあその人たちはいつも熱い気持ちでやってくれてますので今年もそれは変わらず進めてくるというふうに思っています。

秋葉実行委員長ご自身も子供の頃から慣れ親しんできたという茂原七夕まつり。それだけに、久々に開催されるまつりに対してはとても熱い気持ちをお持ちです。もばら阿波踊り会場は茂原駅東口の駅前広場からサンシティ町保(まちぼ)商店街の間、YOSAKOI夏の陣は駅の反対側から出店がならぶ通りを進んで茂原商工会議所周辺道路、と、いずれも茂原駅からすぐに行かれる場所で行われます。期間中の会場付近は交通規制も入り、渋滞が予想されますので、公共交通機関を利用してのお出かけがおすすめです。

一緒に踊ったり声を出したり、家族みんなで楽しめる「茂原七夕まつり」この夏の思い出づくりに、お出かけになってみてはいかがでしょう?

茂原七夕まつり

http://www.mobara-tanabata.com/

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