三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。
首都圏からのアクセスもよく、
通勤圏でありながら海や里山の豊かな恵みをあわせもち、
自然とともにある生活を楽しめるエリアです。
そんな「千葉の魅力」を支えるさまざまな活動や
想いムーブメントなどにスポットを当て、
現地取材の声も通して「魅力あふれる千葉」をご紹介していきます。

毎週月~木 18:35頃~「YOU 遊 チバ」はこちら
※「YOU 遊 チバ」は、ミンナノチカラ~CHIBA~と連動し週ごとにさまざまなテーマで千葉の魅力をお届けしているコーナーです。

Every Fri. 18:45~18:59

第149回 ランドマーク 日西墨三国交通発祥記念之碑

2023/5/12 UP!

今週はランドマークがテーマということで、日西墨三国交通発祥記念之碑についてご紹介していきます。日本、スペイン、メキシコの交流に「御宿」がどんなかかわりがあるのか御宿(まち)国際交流協会の会長 土屋武彌(つちやたけや)さんにお話を伺っています。まずは国際交流協会の活動についてうかがいました。

土屋さん:御宿町の町民が主体となって国際関係を発展させるということがありますもんですから、御宿町とほぼ一体となってやってる団体だと思います。中で「日西墨との交流」というのが、御宿の国際交流の柱になってるわけですね。1609年9月30日のドン・ロドリゴがいわゆる漂着をしたと云う出来事だろうと 思いますね。ビックリしたと思いますね。

1609年、関ヶ原の戦いが1600年ですから江戸時代の初期ですね。その頃に今のフィリピンのマニラから、当時イスパニア領であったメキシコのアカプルコに向かっていた船が、御宿の岩和田、現在の田尻(たじり)(はま)の沖で座礁してしまいます。そのとき浜に流れ着いた300人以上の人を御宿の人たちが救ったんです。当時の住人は300人ほど。決して豊かではなかった生活の中、初めて見る外国人。言葉もわからないし、怖いんじゃないかと思いますが、心やさしい岩和田の人々は、海の寒さに凍える彼らをあたため、着物や食料を 惜しみなく提供したそうです。

土屋さん:御宿村の村民たちが助けてくれなければどうなっていたかとかと。これは今、ロンドンの大英博物館にロドリゴの日本見聞録があるんですが、その中にも原文ですけど、それに書いてありますね・・・いうことには、自分たちはようやく日本に着いたけれども、どういうところがわからないとで、戦う武器も何もないとものも食べるものもないと。その中でどうやってこれから先ここで過ごすのかということを考えると、御宿町の村民の優しさがなければ到底これはしのげなかっただろうとロドリゴ自身が書いてありますので。日本の優しさと、いわゆる日本人の優しさとともに、その中でも御宿町の人たちがなかったらダメだったと言うことで、ロドリゴはいわゆる今流で言えば親日派になったんでしょうね。

御宿町のhpより

救助された後、彼らは御宿(いわ)和田(わだ)にあった大宮寺(おおみやでら)に37日間滞在したそうです。多数の家来を引き連れて彼らの元を訪れた大多喜城主の(ほん)多忠(だただ)(とも)は、ヨーロッパ式にロドリゴの手にキスをし、彼らを城に招き歓迎の(うたげ)を催したそうです。当時、フィリピンの臨時総督だったドン・ロドリゴは、のちに家康にまで拝謁したそうで、最終的には船を作ってもらいメキシコに帰っています。国交が大事とか、まだそういう知識のない中で、当時の御宿町の人たちは大きな働きをしたわけ ですね。

さて、会長の土屋さんは御宿に移住されてきた方なんです。その御宿に移住された経緯についても伺いました。

土屋さんは、大手電機メーカーを勤め上げ、リタイヤ後の第2の人生をのんびり過ごす場所を探していました。伊豆あたりが本命だったそうですが、なかなかいいところが見つからず諦めかけていたところに、ある運命的な電話がありました。

土屋さん:こちらの方の近くの不動産屋さんが「どうしても明日見てくれ」ってうんで家内と行ってみたんですね。きれいな海岸だったですよ。で、家内の方が納得しましたね。言った台詞が1~2分だったと思いますが「ここでいいんじゃないの?」って言ったんですよ。家の上にですね山がありまして、そこの上に塔が立ってたんです。これが一番最初の印象でしたね。それが「日西墨三国(交通)発祥記念碑」というのだったんですね。で調べてったら・・やることがないもんですから定年にもなって・・だから家内とお弁当作ってよく行ってたんですよ。そしたら今度400年記念だと言うこともありまして。で、地元の人はそんなにまだ知り合いがなくて。この期間、この400年のお手伝いぐらいできるかなと言うことが、御宿の人との一番最初の繋がりであったような感じがしますね。

偶然は重なるもので、視察に行った日にスペイン人たちが保護された大宮寺の跡地にたつ大宮神社で、お祭りをやっていた。さらに不動産屋さんに紹介されたのは村人たちが彼らを救い上げた岩和田の浜だった・・・ということで、ここまでくると偶然ではすまされない何かを感じてしまいますよね。最後に、土屋さんに御宿の気に入っているところ、そして、ちょっと心配になっていることについて伺いました。

土屋さん:気に入っているところはですね、私、岩和田地区に住んでおりますけど、優しいですね。その岩田区が偶然にもスペイン人たちを助けた地区の人たちだったっていうのは、これも400年前に戻ると言っていることは本当だった。ロドリゴが言っていることは本当だったと。特にあのロドリゴたちは命を助けられたってことは、いわゆる比較することのできない優しさですけどね。で、そういうそういう意味ではそうですね。小さな町ですけど、充分に子供達にあのそれが伝わってないということを感じましたですね。歴史的史実を深掘りしてで、教育的な見地から子供たちに伝えていかないとこれは残らないということはこれあのはっきり申し上げておりますね。ですから行事をやるということは、あの決して悪いことじゃないしね。イベントをやるということはだけど、それで終わっちゃうんですよ。だからそれは私も何度も申し上げたことありますね。

取材スタッフによると、土屋さんが調べれば調べるほど400年前の御宿の人たちの優しさが伝わるエピソードが出てくるそうで、でもそれが地元にも伝わっていない。これを風化させてはいけないという強い思いを感じたそうです。これからは海外へも、そして海外からも人が行き来しやすくなるからもっと具体的な交流が進むといいですね。記念碑やイベント、資料などは確かにあって、過去にはメキシコの大統領も御宿にやってきて感謝の言葉を述べたということもあったそうですが、土屋さんは、御宿で育つ子供たちに、船が漂着した外国の人を助けた時のこの土地の人たちの思いをもっと知ってもらい、スペインやメキシコと人の行き来だけでなく心の交流ができるようになってほしいと願っています。御宿には月の砂漠という童謡のモデルになった砂浜もあり、海のイメージが強いかもしれませんが、お出かけの際には山の上にある記念碑もぜひ訪れてみてくださいね。

第148回 森林塾 かずさの森

2023/5/5 UP!

今日は、5月5日、子供の日ですね.。今日は、子供を成長させる体験をテーマに、「自然の中で思い切り遊べる体験ができる」ところをご紹介したいと思います。場所は房総半島のほぼ中心、近くの民家からは2キロ以上離れているという、森の中にある施設です。人里離れた野生の森の中で過ごした子供たちはもちろん、大人にもさまざまな変化があるという貴重な体験。いったいどんなものなのかご紹介していきます。 

今回ご紹介するのは、森林塾 かずさの森というところです。周囲は人の気配の全くない、山また山の“陸の孤島”。県下一の野生の森。都会を離れ、ここを訪ねてきた人たちがそこで時間を過ごすことで、現代生活では感じることが難しい”動植物の命をいただいている”“生きる原点を感じることができる”と体験談が口コミで広がって人気となっています。まずは代表の 岩田和久さんに この森を作った始まりを説明していただきました。

岩田さん:房総丘陵の真ん中だと思ってイメージして。千葉県で一番長い川の小櫃川って川があるんですが、そのちょうど源流部です。私が先祖からの相続で、このあたりの山を相続しましてね、山が荒れていたものですから、30歳ごろから山に入り出して、そしてまあ遊んでたわけですね。 でまあ、ご存知のように林業って不況だったもんですから、材木だけで勝負するんじゃなくて、森の持っているたくさんの面を、多様性っていうんですか?それを活かした感動プログラムを作れないかなと思って、山に道作ったり、池を作ったり、施設を作ったり、そんなふうにして遊んでたわけです。

好き勝手やってたらこうなっちゃったってだけど、まして、これもあったらいいじゃないかな。これもあったらいいんじゃないかなっていう。そういう連鎖でそうなったと。

 

深い森の山の中腹に人力、そして、ブルトーザーやショベルカーなどで平らな場所をまずは作り、それを少しづつ広げていったということなので、楽しいといっても大変ですよね。そもそも重機が通る道もなかったということなので、かなり根気が必要な作業だったと思います。

始まりは1995年ごろ、今から30年ぐらい前ですよね。水を引いてきて、大きな池も作ったり、2000年ぐらいから人の受け入れ・・森林塾を始めたのだそうです。今ではその池に天然記念物のモリアオガエルも産卵をするようになったそうです。これは農薬などないきれいな水だからできることなんですって。 森林塾で人も受け入れるということで、それなりの施設が必要になってきますが、これも驚きなんですが、岩田さんが建物までつくってしまったんです。 

岩田さん:雨が降っても体験できるように、まあ、雨をしのげる場所と、炊事食べ物を調理したり、いいなと。体が汚れたら、まあ風呂場もあってもいいんじゃないかなと。布団もあれば、寝てもひと晩泊まりたいってなればそんなあるし、トイレもなきゃいけねーだろと、まあ、そんな感じで次から次へと作っていったとでこれは全部敷地内の山林から自分で切って運んできた。私たちも、例えば食べ物とかね。水とかね。 それからエネルギーとかね。都会はみんなよそから運んで来ないと生活が成り立たないようになってますよね。

ここではできるだけその場であるもので生活できるあまり他者に依存しないでも生活がやれるんだよ。 そういうことを体験してもらえればうれしいなあと思ってたわけ。

本格的な杉の丸太でできた丸太小屋(小屋のレベルではない大きさです)そのほか、木の上にある小部屋のような建物など見てるだけでもワクワクしてきますよね。いま、お話にもありましたが、一つ作ると、これもあったらいいんじゃないか?これがあったら来た人がもっと楽しめるのではないか?と、滞在する人の気持ちになってどんどん作っちゃう。岩田さんは普段は農家さんで、お米などを作っているので、その作業の合間に山に行ってこの場所を作っていったんだそうです。

取材スタッフによると、現地は携帯電話の電波はゼロだそうです。かえってその方がいいのかもしれません。

具体的にどんな体験ができるのかというと、いろいろあるんです。例えば2023年のプログラムからご紹介するとメープルシロップつくり、山菜摘み、野生キノコ採り、子供生き抜く自然塾キャンプ 清流で川遊びというプログラムでは、小櫃川の源流で手づかみ漁が楽しめるんですって。子供だけでなく大人も参加できる、このプログラムを組む意図を代表の岩田さんに伺いました。

岩田さん:例えばね、ざっくばらんにこの間、千葉県もね、3年ぐらい前でしたっけ?大きな台風があって。 全体の被害があったところありましたよね。で、私もあの実際に被害にあったんですけど、その時に自分で掘っ立て小屋みたいなのを作れて緊急避難みたいのができたら、まあ避難所にべったり行かなくてもいいんじゃないかなと言うようなことで掘ったて小屋作りを体験したり。

あるいは今度古民家の再生プロジェクトも4月から始まります。移築して0から。大工さん瓦(職人)さん。それから太陽光も入れますから、それからもちろん水周りなんかも超最新のやつを。 だから、例えば古民家でも中は超快適な家づくりをやろうと思ってるんですよ。それから電気も自給して、そしてなおかつ寒い時には薪ストーブとか。エネルギーも環境に負荷をかけない形で、それを目指して。2年間かけて 学ぶようなプログラムになっています。

そのほかにももうこちらは今年の分は終了しましたが、狩猟・・狩りですね。そしてジビエ解体体験1泊2日というのがあります。森の中で野生の鹿、猪の痕跡を探したり、生態系・野生動物の習性を勉強して檻、罠を使った捕獲体験、その後解体して、お肉は、夜、皆でいただくそうです。

ちょっと子供にはショッキングかもしれませんが、これが本当の命をいただくということなんだというのは、わかると思います、大事なことですよね。 こういった体験をすることで子どもたちの意識にも変化が起きるそうです。

岩田さん:変にストレス思ったりなんかしてる子供たちはここではね、まず好きなことしていいんだよ、我慢しなくていいんだよ、やりたいことやっていいんだよ。自由なんだよ。ただし、自分の命は自分で守ってくださいよ、ってお話しするわけ。で、そうするとね。そんなにハメ外さないですよ。危ないこともしないし、逆にみんなその状況にあった行動するわけ。そうするとね、みんなね、日頃のまあ、これもやりたいで我慢してた子供たちは多分ねどんどんどんどんこう開放的になって楽しかったよって言って帰ってくる。それがまあ。 楽しみですね。私の。こう生きるっていうことはね。人類含めて生き物は、他人の命をいただいて繁殖してるわけですけども、いろんな食べ物とか、いろんな生き物とかの命の多様性によって、私たちは生きてるんだよっていうことを感じてもらえればありがたいかな、と いうのが私の最近の目指すところ。 

森の中の多様性の上に、そこにいるすべての動物、植物は生きている。その中に人間もいるという体験は、きっと昔、、、昭和30年頃までは普通にあったんだと思うね。でも今はそれを知らない大人や子供たちが殆どだから、房総丘陵の貴重な自然と岩田さんのノウハウは価値があるんでしょうね。 

リピーターも増えているそうです。なんだかわかる気がしますね。家に引きこもりがちな子供が活発に変わっていくケースもあるようです。保護者や周りがコレしろ、アレしろ、と指図するのではなく、自分で決めていくというのが大事なんだと岩田さんはお話しくださいました。

森林塾 かずさの森は事前予約制となっています。詳しくは、HPをご覧ください

森林塾 かずさの森

http://www.kazusanomori.com/

第147回 信田缶詰のサバカレー

2023/4/28 UP!

今回のテーマは「ご当地カレー」。「ドラマ」にそのルーツがあることで知られる銚子のサバカレーの缶詰をピックアップ。

ロングセラーのこのサバカレー、銚子の信田缶詰という老舗の缶詰会社が作っています。110年にわたる歴史の中でさまざま取り組んでいるチャレンジなど、ご紹介していきたいと思います。

工場は、銚子の港に近いところにあります。まずは、営業部の半谷仁希さんに会社の歴史について伺いました。

左が半谷さん。右が小林さん。

半谷さん:うちはですね。1905年の明治38年に創業しております。当初はクジラとか貝をメインに缶詰を製造してました。戦後ものがない時とかは缶が手に入らなかったので、ビールの缶を再利用して蓋をハンダで取りつけて缶詰めにしてたっていうことはあったそうです。今はですね、銚子っていうと、もう何年も水揚げが日本一になってるんですけれども、その中でサバとイワシが非常に多く水揚げされているんですね。なので、うちもその地の利を生かしてこの二つの魚種をメインに缶詰を製造しております。やっぱりイワシだったら、やっぱ油の乗る6月、梅雨入りの入梅イワシっていう頃のイワシをあと鯖であれば、寒サバと呼ばれる冬のサバを手に入れるようにしております。で、今で言うと、年明けの1月とか2月でも イワシが大変質が高いものがあがって、いいものがあがっていますので、そういった原料を・・・浜に近いっていう地の利を、ここを生かしながら実際ものを見て買うということをしております。

さて、このサバカレーですが、そのルーツはご存知ですか?実はテレビドラマだったんです。それがこのカレーの開発につながっていくんですが、半谷さん、こう説明してくださいました。

半谷さん:1996年だったと思うんですがテレビドラマでコーチっていう番組がやっていまして、舞台がですねちょうどここ銚子地区・旭地区で、その中にサバカレーで一発逆転っていうか盛り返したよって言うテレビ番組がありまして、そのサバカレーをですねいち早く缶詰化に成功して世に送り出したっていうことですね。お客様のほうに認知されてされ、信田 缶詰の中では上位の販売をキープしております。うまく乗っかって言うかもしれないですね。当時開発した者の努力だと自分は思っていまして。ルーにサバ切ったものを入れる青臭さとか、そういった魚臭が出てすごく嫌がると思うんですけども、うちのこの鯖カレーっていうのは、一口大に切った鯖を一度揚げることによって、そういった臭みを抑えるいう効果が出て。衣にもルーが絡みついて、そこがお客さんの方に好評いただいているんじゃないかな。 一回食べて、それが非常においしかったっていうことで、リピーターにつながって、ずっと今まで続いて来れたのかなと思っております。 

このドラマの波及効果はものすごくて、銚子では信田缶詰さんともう一つの会社がサバカレーを作って、今は信田缶詰さんだけが作り続けていらっしゃいます。しかも、今でも数ある製品ラインナップの中でトップクラスの売り上げ、というんですから、ドラマのブームではなくて、味もちゃんと評価されているのがわかりますね!

ドラマでは実際に缶詰のレシピをつくったわけではないので、本当に商品になるかわからない状態で缶詰づくりをスタート。試行錯誤の上、魚を揚げることで、青臭さを封印できて、このロングセラー商品ができたんですね。

    

信田缶詰はサバカレーだけを作っているわけではありません。お魚の缶詰の定番、水煮やみそ煮などもあるんですが、「もっと楽しい缶詰を提案したい」と、いろいろやられているんです。商品開発部の小林さんにお話を伺いました。

小林さん:商品開発を担当してます。小林と申します。よろしくお願いします。水揚げ港に隣接するこの恵まれた土地を生かして、その原料に徹底的にこだわるっていうのはもちろんですけども。 この原料をいかに美味しさを引き出すか、あとそのお客さんのそのいつも食べてる水煮・味噌煮じゃないっていうところで、もう一つその違ったものを、いかにそのお客さんの目に留めるかっていうのを今、開発のコンセプトに検討して作ってますね。弊社で出してるビストロ缶いう商品がありまして。 こちらのイワシに合う調味料っていうのを徹底的に調査する中で、あのトマトとイワシの相性が良いっていうところで開発をスタートした商品なんですけど、こちらも特別な気持ちを味わえるような完成された料理っていうのを今目指しまして。中華料理の油淋鶏っていうのをヒントに「油淋サバ」っていうのは昨年発売しまして。こちらも今非常に味付け料理としての評価をいただいてまして、今後についてもこういう主婦層に受けるような商品が力を入れて進めてます。 

スタジオで試食しました!

さて、缶詰は「非常食」というイメージもあって、一般家庭ではさらに手を加えることはあまりないそうなんですね。だったら、開けるだけで、それがお料理として成立しているような製品を、と、試作を繰り返しているそうです。いろいろな展開の中ではお魚以外にもこんなコラボをしていました。

小林さん:松屋の牛めし缶なんですけども。特徴としてはその具材だけっていうイメージを持たれるかもしれないんですけども、一番の特徴は本当に御飯も中に入ってますので。 本当に缶を開けたら、そのまま牛めしを食べていただけるっていう商品になっています。この「ご飯がススム」っていう非常に皆さん認知度の高い、家族全員で楽しんでいただけるキムチという商品があるんですが、そちらの調味液を一緒に開発させていただきまして、家族全員でそのサバ缶のおいしさを楽しんでいただける商品という形で発売しております。缶詰は本当に旬の一番おいしい時の。 素材をそのまま詰め込んで作ってますので、ぜひ皆さん備蓄としてストックするだけじゃなくて、あの日頃の料理としてどんどんと毎日でも食べていただきたいなと言う考えです。 

防災備蓄品としての役割もある缶詰ですが、ぜひ普段使いとしてたくさんのシーンで食べてもらいたい、普段から、今日のおかずのプラスワンとして缶詰を利用してください、とおっしゃっていました。ちなみに缶詰は長持ちはしますがやはり賞味期限がありますので、防災リュックの中や棚の奥の缶詰は定期的に期限を確認して、近いものは美味しく食べて、新しいものを補充していただく。そんなローリングストックを買い足す時にも、ぜひいつもとちがった新しい味の缶詰にも注目してみてください。

https://www.shidakanzume.jp/

第146回 波太オルビス

2023/4/21 UP!

今日4月21日は、1986年、日本で初めて本格的なオーベルジュが箱根に誕生した日といわれ、「オーベルジュの日」に制定されています。今日ご紹介するのは、鴨川市にあるオーベルジュ。どんな素敵なところなのでしょうか?

JR内房線 安房鴨川駅から千葉駅に向かって一つ目の太海駅から歩いて5~6分の海岸沿いに、”泊まれるレストラン”、 オーベルジュ「波太オルビス」があります。房総の食材を使った和洋コラボのディナーコースが味わえる人気の宿で、ご主人は鴨川で地魚寿司店を営んできた寿司職人息子さんは一流ホテルで修行をしたフレンチシェフという最強タッグなんです。お部屋は全室オーシャンビューで心配りが行き届くの3部屋のみとなっています。息子さんでフレンチのシェフ、上村航平さんに このオーベルジュはどんなところなのか伺いました。

上村さん:もともと昔の地名、今、ここ太海(ふとみ)と言っているんですが、その太海になる前に波太(なぶと)っていう名前だったんでですぐ裏の山もあの波太富士っていう感じなんでで地元の名前っていうのもあって、まあ地元の人にここを使わしてもらうっていうのもあったんで波太オルビスになりました。オルビスはあのもともと天体とか天の川っていう意味だったりするラテン語の言葉だったんで、ここ自体が非常に海も綺麗で空も綺麗で夜も天の川がみれたりするんで、そういう面もあってその名前を付けましたオーベルジュっていうのは、そもそもまあヨーロッパの方が主流ではあるんですが泊まれるレストランですね。食事をメインにして、その時、お酒を飲んでまあ気持ちよくなったお客さんにこう自分のうちに泊まってもらおうっていうところから始まったものでして、なので、それを意識して食事をメインにして、そのままゆっくりとお部屋で眠ってもらってリフレッシュしてもらおうっていうふうなまあコンセプトの宿ですね。できたのは2019年の10月にこちらにあの元々あったお店から移転してオープンしました。 

宿泊のお部屋が3部屋、海の青、

夕日の赤、

夜空の黒、

と3部屋それぞれのカラーを基調にしていて、もちろんすべてオーシャンビューです。ここで過ごすメインのお食事をとる場所、レストランも広くゆったりとしたつくりで、おなかがいっぱいになったら、そのまま歩いてすぐに部屋に行ける。これなら終電とか帰りの足も気にせず、ゆっくりできますね。

以前はどんなお店であったのか、そして今の食事のラインナップについて伺っています。

↑波太オルビス公式ページより

上村さん:両親が30年前にと、寿司と民宿をメインにした海水浴場の目の前で営業しておりまして、そこが前身の形となったお店となってます。そうですね。和製オーベルジュみたいなものですね。おいしい食事してもらって宿に泊まって海水浴に行ってっていう風な形なので、まあ走りみたいなもんでしたかね。はい。 そうですね。最初に洋食のアミューズ食前のお料理が出まして、次に和食の前菜、洋食の前菜スープ、お口直しのシャーベット、お刺身、お肉料理、最後大将(お父様)が握るお寿司・・・大将がネタをもって、実はお客様の目の前に行きまして、それでお客様の目の前でお寿司を握って提供してっていう風なスタイルをとっております。

↑波太オルビス公式ページより

デザート、コーヒー紅茶っていうようなメニュー構成になっております。お客さんのニーズに合わせて対応してます。アットホームな宿を意識して作業をしております。 

事前に相談すればリクエストにも応じていただけるそうですし、ネタがあれば、お寿司のアンコールもできるそうです。インターネットで検索するとべた褒めの記事が並びます。それもそのはず、料理の腕が確かな親子のタッグはもちろん、その食材もこだわりがあるからなんです。

上村さん:海鮮はもう地元の鴨川の海鮮を使ってまして、もちろん時化だったりするからその時は外房じゃなくて、内房の魚を使ったりすることもあるんですが、基本的には千葉県の魚をメインに使うようにして、お米なんかもあの地元の長狭米という美味しいお米があるんで、その地元の魚と地元の美味しいお米を使って 美味しいお寿司を大将の方が提供しています。そして、お肉に関しても、あの地元の高梨牧場さんが「かずさ和牛」という非常にクオリティの高い黒毛和牛、、ブランド化した黒毛和牛を作ってくださってまして、そこのあの黒毛和牛のお肉を使って、洋食のメインのお肉が出させて頂いております。

和食と洋食、両方出てくるメニュー構成になっているので。 お酒に悩まれる方も非常に多くて、日本酒とワインどっち飲もうかというような方もいたりするので、そういう方もまあ贅沢な悩みと言いますか、こう本当に一口飲んで次変えてっていうふうに出したり。あと中にはペアリングを希望される方もいて、その時はこちらの方で和食に合うもの、洋食に合うものっていうのをチョイスして、提供しています。 

お酒も一緒に楽しまれる方が多く、ワインも日本酒も、いろいろ合わせて出してくださるそうです。リピーターの方も多いようで、 当日を楽しみに事前に食事の内容は聞かない、という方もいらっしゃるんですって。

このオーベルジュが建っている場所は昔、船小屋があったところで、海までには建物や電信柱もなにもありません。どんな景色が見えるのか、そして、どんなお客様がいらっしゃるのか、最後に聴いてみました。 

上村さん:何もない状態。真っ暗な海から赤い太陽が昇ってきて、一面紺色から真っ赤に染まった後に日が昇るにつれて青い海に変わってくるような、いろんなグラデーションの海を楽しめるような環境となっております。

十代後半の学生の友人たちを連れてくるお客様であったり、ご年配のお二人で米寿お祝いしたりとかっていう方もいらっしゃったりするので、非常に幅広くいらして。最近ですと結構女子旅で女性二人で来る、高校の同級生だったり、大学の同級生だったっていう方々が、もう20年来、30年来の付き合いの人達が二人で定期的に遊びに来るって形でいらっしゃってくれたりとかするのが多く見受けられますね。

プロポーズで使われる方もいたりして、その際は食事もプロポーズに意識したお祝いのお皿を用意したりしますし、で中にあのお部屋にバラの花束を置いといてくださっている方もいたりしたので、その際は部屋に隠しておいて、食事の後にそれでお部屋にもどってプロポーズって方もいましたし。で結婚で言うと、まず両家の顔合わせの際に貸切で自分達と互いの両親を連れて三部屋貸切を使って状況の顔合わせのお祝い兼食事会をするお客様なんかもいらっしゃいます。こう温かみであったり、アットホーム感をもってサービスをしているようなことを意識してやってますね。

三方を海に囲まれた、自然の恵み豊かな房総半島ならではのオーベルジュ、

波太オルビス、3部屋のお宿ですので、週末など予約が難しい日もありますがぜひ宿泊とセットで心づくしの時間を楽しんでいただきたいと思います。 

公式サイトはこちら https://nabuto-orbis.com/
第145回 旬の海産物 富津の潮干狩り 

2023/4/14 UP!

今回は、富津の潮干狩りをご紹介します。

関東にお住まいの方は、潮干狩りというと「千葉」のイメージ!って方も多いのではないでしょうか?

千葉県内の潮干狩り場は、アクアラインの袂・木更津一帯の 盤洲干潟、船橋の三番瀬、そして今日ご紹介する富津の3つのエリアです。昔から手軽なレジャーとして人気の、潮干狩り。より一層楽しむためのアドバイスもご紹介します。

千葉県の海岸は、船橋から富津にかけてのおよそ70キロのほとんどが遠浅で、昔はベイエフエムがある幕張周辺など多くの場所で潮干狩りが行われていました。昭和35年頃の千葉県の観光パンフレットにも「潮干狩りにぜひ千葉県にお越しください」と書いてあったそうです。徐々に潮干狩り場は限定されてきましたが、今回は、富津漁業協同組合 副組合長で潮干狩り担当の平野秀夫さんに、まずは、富津の海が、どんなところなのかを教えていただきました。

平野さん:昔から、僕が子供の頃からもうわたくしは75歳になるけど、子供の頃からもうあさりはたくさん湧いてました。子供の頃はね、 海の中を歩いてて、足踏みすると・・・止まって足踏みすると、もうアサリがいっぱい足の下に出てきていました。 

潮干狩りがレジャーとしてブームになる前は、地元で採ったアサリを剥いて串に刺し干したものや焼いたものを加工品として出荷していたそうなんですが、潮干狩りブームが訪れて、貝を獲って剥かなくても、お客さんが自分で掘ってそのまま持って帰っていってくれるということで、大変富津は潤ったのだそうです。

平野さん:2、30年前は結構来てましたよね。昔は,年間15万人ぐらいお客さんが入っていました。今は10万ぐらいですね。 お客さんに全然取れなくて、帰ってもらうのが困るので徐々に貝を放流しております。 お客さんを見て今日のお客さんは貝の量が少ないなととか、そういうお客さんを見て少なかったらすぐ次の放流を早めるとか、そういう風にやっております。 (期間は)3月25日にオープンでゴールデンウィークの潮時のいい時が一番ピークです。 だからその前後にやっぱり団体のお客なんかも来てます。ゴールデンウィーク前後に。おしまいが、8月いっぱいです。 

最近は、長丁場を想定して、テントを張りながら潮干狩りを楽しむ方もいるようです。ちなみに富津で採れるのは あさり と 蛤。マテ貝という細長い貝もいるという噂がありますが、実際は、まずいないそうです。では、この潮干狩りで獲ったアサリを美味しく家で食べるにはどうしたらいいのか。海辺のレジャーとしてゆっくり楽しむ方も多いと思いますが、富津の漁協の皆さんが、見回りをしてくださっているとき、ちょっと気になることがあるそうです。富津漁協の理事で潮干狩り担当の小坂嘉和さんに伺っています。

小坂さん:できれば堀ったら速やかに海水につけるとか、そういうことしてからった方がいいと思います。中には結局掘ってあたたかい砂の上に長く置いてたりすると傷むのが早くて、うち帰ってから海水に入れても、もうその時点で死んでたりしますから、できれば掘ったら速やかに海水に入れて、持ち帰った方が新鮮なおいしいアサリを食べられると思います。車でゆられたりするとびっくりしてて家帰って3時間ぐらいそのままじっとしておけば砂を吐きます。

特に暑い日は、遠浅の潮干狩り場では場所によっては、海水が生ぬるいお湯のような状態になっているところもあるんです。そういうところに置きっぱなしにして、直射日光に当たる状態が長く続くと傷んでしまって、家で貝をみたら残念なことに、、、なんてことがよくあるそうなんですね。せっかく自分で掘ったアサリや蛤ですから美味しくいただきたいですよね。

最後に副組合長の平野さんに、潮干狩りのときのアドバイスいただきました。

平野さん: 潮干狩り場の潮見表とか携帯とか新聞なんかに千葉県の干潮が何時とか載ってるから、そういうのを確認して、その時間に来た方がいいです。早く来ても濡れるだけですので。それで岸辺の方はあまりないから、毎日岸辺から掘っていくから。富津潮干狩り場では無料駐車場で1500台とめられると思います。また、駐車場の目の前が潮干狩り場ですので、また 採った貝を持ち帰るときに、砂出し用の海水のタンクも用意してあります。足洗い場はある。温水シャワーも完備してあります。ですので濡れても温水シャワーを使って着替えて帰れるので、富津潮干狩り場では多くのお客様をお待ちしております。 

取材時は満潮でしたので砂浜の写真を撮ることができませんでした、、、、

アサリは砂の中、だいたい深さ2センチから10センチ位の処に多くいるそうです。お出かけの前に、潮見表で今日潮干狩りが何時頃できるのかご確認ください。また、天候不順のときも潮干狩りはできませんので富津漁業組合に電話でお問合せいただくか、ホームページでご確認ください。

http://www.jf-futtsu.com/

潮見表

http://www.jf-futtsu.com/1-shiohigari/shiomi.html

第144回 印旛女性農業者グループ 姫農MENOU 

2023/4/7 UP!

今日は、印旛地域の女性農業者グループ「姫農」をご紹介しています。このグループに参加している皆さんは、それぞれ農家の奥様や娘さんで、ご自身を含め基本的にはご家族で農業をされています。そのうえで、他の女性農業者の方たちと情報共有したり、研究をしたりということに取り組んでいらっしゃいます。まずは、代表の中込(なかごめ)麻衣子(まいこ)さんと初期からのメンバーの小山(こやま)美香(みか)さんに設立の経緯などを伺いました。

中込さん:印旛女性農業者グループ姫農の会長を務めます。中込麻衣子と申します。よろしくお願いいたします。千葉県の印旛農業事務所が地域の女性農業者の交流の場を作っていたのですが、そこで出会った仲間がもっとこういった場を作ろうということで発展させて2011年に姫農というグループを発足させました最初は十名ほどのメンバーでしたが、今現在は15名のメンバーが仲間になっています。私は姫農のメンバーで一緒に活動しております小山美香と申します。みなさん、同じものをつくっているものではなくて、お米だったり花だったり、あと野菜ですね。露地野菜を作っているメンバーで成り立っております。姫農は農業っていうくくりでは同じなんですけれども、メンバーそれぞれはつくっているものが違うので。 育て方も売り方ももちろん違います。そういった意味では異業種交流会みたいな感じですかね。

最初にその場をつくったのは印旛農業事務所、、これは、県の機関で生産技術の指導や農業の担い手の育成を行うところだよね。その呼びかけで、交流の場が生まれてそこから派生したということですね。農業といってもいろいろあるから、大きくは「農業」だけど、その中での異業種交流会、になるんですね。

茶飲み話ではないですが、女性同士楽しくお話ししていれば何かいいアイデアが出てくるかもしれない、という感じで始まって、それが年を追うごとに、段々と進化してきたんだそうです。

中込さん:発足当初は何からやっていいか本当にわからなかったので、印旛農業事務所からいろいろとアドバイスといただいて、活動を何年かやってたんですね。で自分たちでその後はマルシェへの参加とか、あと勉強会の企画とか今している感じです。そうですね。やりたいことっていうのがはっきりそこでわかっているので。 まあ、いろんなわからないことの質問だったりとかっていうのはとてもたくさん出てきて、自分の為にもなってる感じです。私たち姫農で千葉駅近くでマルシェをすることがあったんですけれども、印旛地域で野菜を直売した時よりも、千葉市内のお客様は鮮度にとても価値を求める方が多く、私たちが想定していた価格よりも、もっと五十円でも百円でも高くてもいいという思ってくださるお客様がとても多く勉強になる機会になったのでとてもよかったと思います。

自ら動くって大切ですね。姫農の活動で、どんどん行動範囲や知識、ノウハウが広がっていったそうです。そして、場所によっては、野菜が新鮮なことがすごく喜ばれる。自分たちにとって当たり前だった「新鮮さ」に高い価値があることに、すごく衝撃を受けたそうです。

乾燥技術の向上と商品化をテーマとした学習会とか、新しい野菜の育て方などを勉強したりしているそうです。生産する人が加工や販売にも取り組む六次産業化への新しい 挑戦など刺激しあいながら勉強できたら楽しそうですよね。

今回は、印旛地域の女性農業者のグループ めのう の活動をご紹介しています。めのう、は漢字で書くとお姫様の「姫」に、農業の「農」。インスタグラムではローマ字で書かれています。その名前にこめられた想いを、命名者の小山さんに説明していただきました。

小山さん:このグループ姫農って言う名前は、実は私がつけた名前なんです。 宝石に瑪瑙(めのう)っていう石があるんです名前はそこから来てるんですね。宝石にも花言葉みたいに石言葉っていうのが実はあるんですよ。で、その瑪瑙には豊作とか長寿とか夫婦円満っていう意味があって、これはもう農業やってる私たちにとって大切な言葉だなと思って、そこからつけました。瑪瑙って漢字で表すと、とっても難しいんですよ。分かりやすいじゃないかなって。ちょっと考えていて。私たち女性の業者が集まってるグループなので、お姫様の姫と、あと農業をしているということで、農このふたつの漢字を当てて姫農としました。今ではもう皆さんに定着してもらっていてよかったなと思います。

それぞれの家業である農業での作物は別々ですが、共有できる情報をみんなで吸収していこうと勉強されているグループの皆さん、今後についてもお話聞いています。

中込さん:今現在はイベントなどで、メンバーそれぞれの農産物や加工品の販売をしています。これからはメンバーが作った農産物を持ち寄って、新しい加工品の開発をして行きたいと思っています。 女性ならではの目線で、さらにお客様へ食べ方の提案など保存方法など食育活動も取り組んでいきたいと思います。

みんなで集まれば、きっと新しいことができるはず。そのためにお互いのコミュニケーションを密に取りながら、高め合っていこうという 姫農 の皆さん。印旛地域の農家の女性のみなさんい広く参加してもらいたいと思っているそうです。佐倉(さくら)成田(なりた)八街(やちまた)富里(とみさと)(さかえ)印西(いんざい)酒々井(しすい)白井(しろい)など周辺の農業女子の皆さん、いかがですか?めのう が参加しているマルシェなどの情報は 姫農 のインスタグラムを参考にしてくださいとのことでした。

https://www.instagram.com/menou2011/

 

白子たまねぎ狩りできます「細谷農園」

2023/4/4 UP!

  • 「なんでも 躊躇なくかじる!?」中西悠理がご紹介しました、長生郡()白子町()の「細谷農園」の情報は、以下のHPでご覧いただけます。
  • ・購入

https://www.tabeiku.com/shopdetail/000000000044/

  • ・たまねぎ狩り

https://www.tabeiku.com/shopdetail/000000000002/

  • アクティブな細谷啓子さんの「細谷農園」での収穫体験は大人気!玉ねぎはネットでも購入できます。
  • 中には450gを超える大きなサイズもあります。美味しいですよ!!
  • 千葉県の新たな魅力を知って、
  • 千葉県の観光・産業を応援していきましょう!
  • 細谷農園でまもなく収穫を迎えるのが白子たまねぎ。
  • 今回はスライス以外の美味しい食べ方も伺っているので是非お聴きください!
ちば県女性農業者ネットワーク

2023/4/3 UP!

  • 「おじいちゃんの教えは お米を30回噛むこと!」の中西悠理がご紹介しました、「ちば県女性農業者ネットワーク」の情報は、以下のHPでご覧いただけます。

https://www.facebook.com/profile.php?id=100064325696125

  • 千葉県内、9地区の女性農業者で構成されている「ちば県女性農業者ネットワーク」
  • 女性ならではの目線で、農業の魅力を伝えて行きたいという魅力的な方々の団体です。
  • 千葉県の新たな魅力を知って、
  • 千葉県の観光・産業を応援していきましょう!
  • 収録後、なぜかソファと同化する中西…。
第143回千葉県庁職員おすすめ道の駅スイーツ 道の駅とみうら枇杷倶楽部「びわパフェ」 

2023/3/31 UP!

今日は、千葉県庁職員に行った「ぜひ他県の人に食べてほしい!」と思う千葉県の道の駅スイーツ アンケート、第1位に輝いた、道の駅とみうら枇杷倶楽部『びわパフェ』をご紹介します。

推薦理由としては「南房総の特産で、皇室にも献上もされているビワを生かしたスイーツです。」「ソフトクリームはどこの道の駅にもあるが、パフェだとデザート感やカフェ感があって楽しい」疲れた体に染み渡る爽やかな枇杷の風味と、ソフトクリームの優しい甘さを皆様にも味わっていただきたいです。」など、聴いているだけで食べたくなるようなコメントが並んでいます。

今回はレストランとカフェ担当の粟田由美さんに、まずは、第1位に選ばれた「びわパフェ」のおいしさの理由、その魅力について教えていただきました。

粟田さん:道の駅とみうら枇杷倶楽部レストランとカフェを担当しております。粟田と申します。よろしくお願いいたします。生まれも育ちも冨浦です。枇杷パフエは枇杷クラブの枇杷を使った商品が一つのカップの中にすべて入っております。 枇杷ジャム、枇杷シャーベット、枇杷ソフト、そして枇杷のシロップ漬け。あの一つのお皿の、あの器の中で一度ではなく、何度でも美味しさを味わっていただける。そして、あのあまりしつこくなくて、え、こんなに?と思われるかもしれないんですがぺろりと食べていただけるようなデザートです。また、寒い冬でも外のお花を見ながらゆったりとした気分で召し上がっていただけるというのが。 一番の理由かなと思います。あのソフトクリームだけじゃなくて、周りのこの風景もたぶん、プラスされてるのではないかなと思います。

以前から枇杷のパフェはあったそうなんですが、今年の1月にリニューアルしました。そのポイントは一番上に枇杷のシロップづけがたっぷり載っていることなんですって。贅沢ですね。食べ応えもしっかりとありそうなボリュームです。

このパフェ実は1500円という価格でちょっとお高いかな?と思うかもしれませんが、そんなことはないです。実は枇杷を育てるのには、こんなご苦労があるんです。 

粟田さん:今の時期はちょうど枇杷に袋をかける時期なんですが、その前に枇杷っていうのは白い本当に可愛い花がたくさん咲きます。で、とてもいい香りがするんですけど、農家さんがその身を一つずつ一つずつ取っていって、最後に二つぐらい残して、さらに一つにして。 袋をかけてその一つを大きな枇杷に育ててます。一本の樹からそんなにたくさんは取れないので、本当に貴重な商品です。ですから、一つの枇杷がお客様も見てびっくりするぐらいのおっきな枇杷です。 枇杷はあのよく見るとあの産毛があるんですよ。その産毛が非常に大事で。 あの握ったら産毛が全部がとれちゃうと、その枇杷は、例えば千円の価値があったとすると0円になってしまうんです。枇杷を扱う時は非常に気を遣ってます。ちょっと当たっただけですぐ黒くなってしまうんです。デリケートですね。

触っただけで産毛が取れちゃうと、価値が落ちるということは一体どこもてばいいのでしょう?

お話によると、上のヘタの部分と先端を親指と人差し指でつまむようにして持つのだそうです。 神経使いますよね。また、収穫の後も、丁寧に扱わないと傷んでしまう。農家さんは収穫の時期は、本当に気を張ってらっしゃるそうです。枇杷の実を使ったシロップづけや加工品も、デリケートな枇杷を大切に丁寧に作られています。 例えば枇杷のソフトクリーム。ソフトクリーム単品でも販売されているんですが、こんな風に作られているんです。 

粟田さん:あの枇杷ソフトに関しましては、毎日手作りしております。枇杷の実をジュースにしてピューレを入れてと言って、毎日2時間ぐらいかかるんですけど、200個ぐらいしかできないんですよ。それを毎日工場で作ってお客様に提供してて。毎日機械を洗って毎日新しいものを入れてっていうようなソフトクリームなんですが、完売してる日もあって、お客様ちょっとがっかりしたりするんですが、なるべくあのカフェに来てくださるお客様にはそういうことがないように提供できるように、私たちがんばってます。 

実は、ソフトクリームやピューレの他に、びわゼリー、枇杷のカレーや石鹸、お線香といった加工品もあるんです。道の駅とみうら枇杷倶楽部に行くと、いろんな製品があるので驚かされます。 

  

令和元年の台風では、この地区の枇杷は大変な被害を受けていて、まだ完全に復活はしていないそうです。そしてコロナ禍もあり、お客さんは一時途絶えてしまったそうですが、今はどうなっているのでしょうか?粟田さんに教えてもらいました。

粟田さん:だいぶお客様も増えてまして、今丁度お花の時期なんです。昔は海の町って言われてたんですけど、今お花がすごく人気で、お花を見に来られるお客様が多くて、バスもひところコロナの時は全くなかったんですが今本当にだいぶお客様が増えて、その帰りに皆さん枇杷クラブに立ち寄っていただいて、お土産を買っていただいたり、周りのお花を散策して頂いたりしてるような状態ですね。

本当に嬉しい限りです。枇杷を知らない方も結構いらっしゃるんです。枇杷ってどんな味?って聞かれると一番困るんですが、本当に召し上がって頂けるのが一番なんですが、そのお部屋のシーズンに来て頂けるのが一番いいんですが、枇杷のシーズンになると、あの入り口のテイクアウトでは生の枇杷を半分にしたものをソフトクリームの脇につけて召し上がっていただける時期が短いんですが、あります。 そんなこともやっておりますので、切らすことなく、いつでも皆様が来て食べていただけるように頑張っていきたいと思います。

道の駅に来て、初めて食べたというお客さんもいるようで、道の駅としてはもっと富浦の特別な枇杷を知ってもらいたいと、さらに新しいメニューや加工品などの開発を進めていきたいと考えていらっしゃるそうです。例年、富浦の枇杷はハウスのものが5月、路地モノが6月に収穫されます。この時期だけのものですから、台風被害から力強く立ち直ろうとしている富浦にぜひ遊びにきてくださいね。そして、道の駅の中のカフェですが、今の時期は窓から見えるところに本当に多くのお花が咲いています。とみうら枇杷倶楽部のこだわりが詰まった、千葉県庁職員おすすめの道の駅スイーツNo1の枇杷パフェをゆっくりと味わいながら、春を満喫してみてはいかがでしょうか?

第142回:世界で最も有名なニンジャマイスターの道場「武神館」

2023/3/24 UP!

今回は、世界中から「その技」と教えを求めて集まる人が後を絶たない、 野田市の道場をご紹介します。実は世界最強の忍者がそこにいるんです。道場の名前は武神館。武道の神様の館と書きます。船橋から柏を経由して埼玉県の大宮までを結ぶ東武アーバンパークラインの 愛宕駅からほど近いところにある道場に現在も世界中から人が集まって武術、忍術、護身術の練習をしています。なぜここに多くの人がひきつけられるのか。探っていきます。

道場の中には50畳の畳が敷いてあり       武神館を創設した初見(はつみ)良昭(まさあき)さんの教えを仰ぎに、時にはいちどに300名もの人が集まります。初見さんは野田市出身の91歳。戸隠流忍術の34代目継承者でもあり、この道場で戸隠流忍術を軸に、さまざまな古武術を取り入れた初見流忍術を指導しています。世界で最も有名な忍者として海外では知られていて、その実力を讃え、ドイツ国立歴史文化連盟”ナイト(騎士)”の称号、英国王立医学協会生涯名誉会員、国際警察インターポール会員でもあるという、ものすごい方なんです!

現在は、「武神館()九流派()八法秘剣()宗家)」であり、「日本伝統武道における達人」と言われています。20代に在日米軍基地での柔道の指導などで活躍、さらに、活動の場を世界に広げ、アメリカのFBI(連邦捜査局)から招かれ、護身術を指導した経験もお持ちです。世界の警察や軍隊などから招かれて指導をされています。

今回は、初見さんの弟子で大師範のアメリカ人、ポール・マーシーさんにお話を 伺っています。まずはこの道場は何を教えているのか、お話しいただきました。

ポールさん:こんにちは、ポール・マーシーです。 武神館の大師範です。体術を通じて友達になったり、お互いに楽しく切磋琢磨しているところです。武術をやってますね。日本人が考えている武術も、あくまでもこう近代的になってくる柔道空手とか、もともとね、そんなんは無かったんですよね。あの戦争で生き残るための動きとか別にね。じゃあ僕は剣道だけやりますとか。 僕は空手だけやりますとかね。それもぼくもずっとやってましたね。空手とか合気道とかね。やってましたけど、僕も思いましたね。なんで分けてやんなきゃいけないんですか?その場、その場、使えるものを使って戦うのは普通じゃないですかね。おかしいじゃないですかね。こうやって分けたりしてさ。 あくまでも、それも人間の本来の生きる姿と違うんじゃないですかね?

例えば、刃物を振り回しながら襲ってくる相手にどう立ち向かうか、自分や仲間を  どう守るか、どう倒すかなどの実戦的な実演や指導を熱心にされています。路上や 戦場で生きのこるための術を教えていますが、全く同じ動きをしなさいと指導するのではなく、自分の力量、体格などに合った動きで対応していくのが大事と教えています。基本はありますが、そこから先はその人次第だというのです。            先ほどのポールさんに、師匠である初見さんは一体どういう方なのか?  印象を聞いてみました。

ポールさん:まどういう方ですかね。あの煙みたいな人ですよね。 つかまえどころがないんですよね。これだと思ったらこれじゃないんですよね。まあリアル忍者だと思います。もう自分の目の前に煙しかないです。煙は捕まえないです。まあ、同じように先生にも捕まえないんですよね。かなかなわない。初めて初見先生会った時はね、本当にすごかった。先生の技動きは まったく理解できませんでした。でも、アメリカであの道場で2年間頑張ってやってたんですけど、武神館の基本はできたと思ってたんですけどね。初見先生、動く動きは全然理解できなかった。やっぱこういう型とか形から離れてる。 どっからアプローチしてもわかんないような動きしてて、でもすごかった。マジックを見てるような感じなんですよね。力は使ったり使わなかったり。でもそれよりも先生はね、僕は教えてないっていつも言ってます。言ってましたね。

初見さんが道場に現れると、道場は鎮まり、集まった人たちはその動きを絶対見逃さないように、話を聞き逃さないようにと意識を集中します。そんな初見さん、もともとは映画監督を目指して大学の演劇科に在籍しながら、柔道や古武道の稽古も続けていた時に出会った武道家に師事、修行の後、1970年代に九流派を統合し千葉県野田市に武神館を起こしました。その後、アメリカを皮切りに世界各国で体術を指導し始め、91歳の現在までに、先ほどご紹介したようにFBIへの指導などの功績にアメリカ大統領から感謝状をもらったり、世界各国の要人からの感謝状・表彰状などがいっぱい届いているんです。武神館の教え、そして初見さんからの直接の教えを仰ぐため、 愛宕の駅の近くには、世界各国から入門希望の方々、そして門下生が集まってきています町のみなさんももう慣れてきて、今では楽しく交流もされているそうです。

初見さんのどんなところが人を引き付けるのか、大師範のポールさんはこのように話してくださいました。

ポールさん:外国人はね、その大切さがすぐ理解できたんじゃないですかね。なぜかというと、日本って平和なんですよね。あんまりね、こう暴力的なことが起こらないですよね。でも海外だと、もうこれ毎日バイオレンス。 起こってる。技じゃない。 それ以上のもちろん技もある。それ超越するところも教えてたんでしょうね。だから外国人は自分の国で帰って自分が安全に暮らせるように武神館を勉強しにくるんですよね。自分で守るしかないんですよね。武術だとどうするんですか?あの銃で撃たれた時ね。でも、初見先生もそういうあの治療も詳しい人でしたね。だからそういうのもヒントを与えるしね。あと。 まあ、武術だとすぐ戦おうとかね、思うんですよね。戦わない事忘れちゃうんだね。武術やってるとね。先生はその戦う。戦わない。 そういうのを両方教えてたんですよね。

ポールさんは現在、横浜の武神館道場の館長をまかされているそうですが、そんな大師範の彼でも、初見さんの言葉に気づかされることがたくさんあると言います。テクニックではなくてメンタルな部分。それが響くんだそうです。

ポールさんはこんな話を最後にしてくださいました。これは世界平和の鍵になるお話しです。

ポールさん:コロナの時は今でもみんなオンラインオンラインやってくださいって言われるんですけどもやりたくないんですよね。やっぱりマンツーマンが大切なんですよね。なんかビデオでは伝わらないものがあるんですよね。本でも伝わらないものがあるんですよね。やっぱりマンツーマンでその、その人の同じ部屋にいるだけで何かが変わるんですよね。教えてること以外にそばに居るだけで何かが伝わっていくんですよね。言葉の間、静かさが大切なんですよね。だから今でもね、ここに来てる人たちロシア人もいるしね。 ウクライナ人もいるし、だけどやっぱマンツーマンで来て、それを忘れてみんな仲良くできるようなスペースなんですよ、ここ。先生の教えはどんだけね、世界に影響があったかはたぶん計算し切れないんでしょうね。だからマンツーマンそれ、その場に居ないと分かりません。しかもみんな300人いてもね、みんなは 大切な教えもらってるんですよね。

忍術を習いたい、実戦的に自分を守るすべをマスターしたいという方門下生になることができます。見学は申し込めばできますので、まずはそこから行動を起こしてみてはいかがでしょうか。

ポールさんが担当している横浜の道場 https://bujinkanyokohama.com/

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