毎回スペシャルなゲストをお迎えし、
自然にまつわるトークや音楽をお送りする1時間。

生き物の不思議から、地球規模の環境問題まで
幅広く取り上げご紹介しています。

~2020年3月放送分までのサイトはこちら

Every Sun. 20:00~20:54

「馬が合う」馬たちは、古くから私たちの相棒 〜馬のコミュニケーション能力と特性に迫る!

2026/1/11 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、馬のコミュニケーション能力に注目し、研究をされている北海道大学大学院・文学研究院・准教授の「瀧本彩加(たきもと・あやか)」さんです。

 瀧本さんは1984年、和歌山生まれ。京都大学大学院・修了。2015年から同大学院の准教授として活躍されています。

 ご専門は動物心理学、比較認知科学。これまでの研究から人以外の動物にも心があるとされていて、瀧本さんは特に馬のコミュニケーション能力を研究されています。そして先頃、新しい本『馬のこころ〜人の相棒になれた理由(わけ)』を出されました。

『馬のこころ〜人の相棒になれた理由(わけ)』

 ところで、なぜ馬を研究対象にしたのか、実は瀧本さんは京都大学時代は馬術部に所属。入部のきっかけは、入学前に先輩に誘われ、部活を見学。馬の説明をする先輩がまぶしく、また乗馬体験を通して、馬に魅力を感じて入部。

 大学時代は朝6時に集合し、餌やり、掃除、馬術を学ぶ日々。当時の馬術部には17頭の馬がいて部員の数よりも多く、ひとり2頭担当することもあったそうです。

 馬は体が大きいのでたくさん食べるため、年間の餌代が高級車を買えるほどの金額になるとかで、餌代を捻出するために、馬術部員が競馬場などでバイトしていたそうですよ。

 瀧本さん曰く、自分の部屋の掃除より、馬の部屋の掃除。自分の洋服より、馬に着せる布製の上着(馬着)などを買うことを優先。馬にすべてをかけていた大学時代だったそうです。

写真協力:瀧本彩加

 きょうはそんな瀧本さんに、馬どうしはもちろん、人とも絆を築ける馬の驚くべき能力や特性についてうかがいます。

☆写真協力:瀧本彩加

阿吽の呼吸、馬は相棒

※まずは、馬術部での経験が、滝本さんにもたらしたものは、何かお聞きしました。

「ペットも何も飼ったことがなかった私に、人以外の動物がこんなにも豊かな心を持っているっていう可能性を示してくれたのが、馬なんですね。

 馬が何を考えているのか、どうしたら調教中に指示がスムーズに伝わったり、馬に気持ちよく運動してもらえたりするのかを日々馬と向き合う中で考えていて、馬の心をもっとよく知りたい、動物の心理ってどんなものがあるんだろう? って、動物心理学に興味を持つ大きなきっかけを与えてくれたと思います」

(編集部注:人は古くから馬の力を借りてきた、そんな歴史がありますよね。人や荷物を運んだり、軍馬だったり、農作業などの労働力としても、私たちの生活を支えてくれていました)

写真協力:瀧本彩加

※馬が人にとって有益な存在になったのは、どうしてなんですか?

「これはちょっと話が長くなるんですけど、まず馬のもともと持っている習性が家畜化されるのに適していたということが前提としてあります。

餌の調達がしやすいとか繁殖させやすい、気性が荒くない、縄張りを持たずに順位のある群れを形成するので、馬が人も群れの一員、しかも馬にとって人は、馬よりも順位が高いものというふうに理解をすると、人の指示に従ってくれやすい、扱いやすいというようなことがあったと思うんですよね。

 それから馬が草食動物で襲われる側の動物だったので、臆病で周りをよく見聞きして、周りの環境にすごく敏感であったことも大事だったんじゃないかと思っています。そうした特性が、人が示す様々な合図だったり、仕草だったり、表情だったり、声色だったりというシグナルへの感受性を高めたんじゃないかなと思っています。

 そうしたシグナルの意味合いを学習する力が、馬はすごく高くて、その理解に基づいて自分の行動を調整する力に長けていて、どうすればスムーズに人とやり取りすることができるか、そのコツやルールを見い出して、それを実行したり記憶する力も備えていたからではないかと思っています。

 そうして(馬は)阿吽の呼吸で人の思いを汲み取って、相棒として人を支え、人に頼られる存在になってきたのではないかなと思っています」

写真協力:瀧本彩加

馬と人は「馬が合う」!?

※「馬が合う」という表現があります。馬と人は古くから「馬が合う」関係だったんですか?

「これは私の憶測になってしまうんですけど、最初は人が馬をよく見て、人のほうが馬に合わせて、人が馬にとってのリーダーになると馬は納得して、そのリーダーに従うっていう関係性を構築していく側面が強くあったと思うのですね。

 そのうちにいい関係性、馬が納得して人に従うことができるようになってくれば、馬のほうも人に合わせて、互いに歩み寄って『馬が合う』環境を作ってこられたんじゃないかなというふうに思っています」

●馬が人に合わせてくれていたんですね。馬は「人を見る」ということも聞いたことがあります。その人が馬を好きか、怖がっているかって、馬はわかるんですか?

「そうですね。わかると思います。馬の視力は、人の視力検査の0.8と言われています。猫や犬だと0.2とか0.3だと言われているので、猫や犬に比べると随分視力がいいんですよね。そして(馬は)目で見て些細な変化も見逃さない・・・。

 私たちの研究からも馬が人の表情や声色に敏感で、表情から声色を連想しつつ、人の感情を読み取っていることがわかってきています。馬はその人が馬を好きなのか怖がっているかというのは、馬を前にした人の緊張が、表情や姿勢のリラックス度合い、こわばり度合いから推察できると思います」

馬の目と口、耳を見よ!

※馬がいまどんな状態なのか、リラックスしているのか、怒っているのか、どこを見ればわかりますか?

「リラックスは目と口、怒りは耳を見るとわかりやすいかなと思います。リラックスしている時は、目がとろ~んとちょっと眠そうに見えたり、あと口の周りの筋肉も緩んで力が入っていない感じで、年を取った馬だと下唇がビローンとたるんで見えたりもします(笑)。

 マッサージしてもらって、“気持ちがいい~”っていうリラックスの感じだと、馬の鼻の下の、上唇のあたりがちょっと伸びた感じで、すごく気持ち良さそう~な顔をしていたりします(笑)。

 一方、怒っている時は、両耳が揃って後ろに深く伏せられて、時には歯を剥き出しにして威嚇してくるようなことがあるので、耳を後ろに伏せだしたら、ちょっと怒っているかもしれないということで、馬から距離を置いた方が安全ですね」

●馬の鳴き声にも意味はあるんですよね?

「そうですね。馬の鳴き声として、みなさんが一般にイメージするのは、“ヒヒーン”という嘶きだと思うんですけど、この嘶きには馬の感情が現れることがわかっています。
 例えば、馬は群れで生活する動物なので、ほかの仲間と引き離されると、ちょっと悲しい不安な状態になるんですね。そういう時は高くて長い嘶きを発すると言われていて、例えばこんな感じです。“ヒ~ヒヒヒヒヒヒ~ン”みたいな・・・」

●へえ~〜っ!

「で、逆に仲間と再会できて、ほっとした時には、短く低い嘶きを発することがわかっていて、こんな感じです。“ヒヒヒヒヒヒン”みたいな・・・(笑)」

●へえ~、面白い! 同じ“ヒヒーン”でも全然違うんですね?

「そうですね」

写真協力:瀧本彩加

喧嘩の仲裁をする馬!?

※馬は群れで暮らす動物ですから、「馬が合う」のは、馬どうしでもありますよね?

「そうですね。馬は『相互毛繕い』と言って、お互いに迎え合わせになって、首のあたりとかお尻のあたりを甘噛みして毛繕いをするんですね。

 この毛繕いは、自分では首を伸ばして口でかけないところ、見えないところを相手の馬にかいてもらうことになるので、相手を信頼していないと毛繕い相手としては認めないというか、誰とでも毛繕いができるわけではなくて、30頭ぐらいで暮らしていても、毛繕い相手は5、6頭だけみたいな、選りすぐりの相手がいるんですよね。

 私が観察してきた中では、10年ほど同じ毛繕い相手とずっと毛繕いしているペアがいたりするので、特定のお気に入りのお友達がいるというような感じです。

 あとは血縁度が高い、つまり血のつながりが強くあるほど、あとは群れの中の順位が似ているほど・・・私たちの研究では、年齢が近い子供だと誕生日が近いほど仲良くなりやすいってデータも出てきています」

●面白いデータですね。喧嘩する馬たちがいると、仲裁する馬も出てくるんですか?

「はい、それは私の静内(しずない)の研究牧場で観察したエピソードにはなってしまうんですけど、そういうこともあります。

 どういうことかと言うと、若いメス同士が蹴り合って悲鳴をあげながら大喧嘩をしていたんですね。そこに群れのナンバー2の長老メスが駆け寄っていって、“もういい加減、喧嘩をやめなさい!”とでも言うかのように、若いメスの片方のお尻をガブっと噛んで喧嘩を一旦やめさせました(笑)。

 それだけでは終わらなくて、まだ2頭が近くにいて、また喧嘩を再開させるような素振りがあったので、ほかのメスがやってきて、2頭のお尻をそれぞれ押して、馬と馬の距離を開けて、その仲裁に入ってきた馬の、仲のいいほうの若いメスを囲うようにして距離を開けさせるっていう、なんか連携して仲裁するみたいなことも見られたりしました(笑)」

写真協力:瀧本彩加

馬も嫉妬する!?

※人は、好きな異性がほかの人と一緒にいたりすると、嫉妬したりしますが、馬でもありますか?

「異性間の嫉妬もあるかもしれないんですけど、私はまだ見たことがないし、論文にもなってはいないんですよね。ただ論文で報告があるのはメスの同性間の嫉妬で、自分と仲のいい馬がほかの馬と毛繕いをして、仲良くしたりしているのを見ると、それを邪魔してやめさせるようなことがあります」

●馬の、人を巡る嫉妬っていうのもあるんですか?

「これは私が実験しようとして失敗してしまったものですが、実験の手続きを工夫すれば、うまく取り出せるんじゃないかなとは思っています。

 エピソードとしては、私が馬術部だった時に担当していた馬の一頭がものすごく美形で、女子にすごく人気があったんですよね。

 すごくチヤホヤされていてプリンスのように扱われてきていたので、担当者の私が(馬の)手入れをする時に何頭か隣に並ばせているんですけど、ほかの馬を可愛がったりしていると、自分のところに戻ってこいっていうことで、前足を掻き鳴らして、“早く戻って来い!”という要求行動というか、そういうことがあって、戻るとその要求行動はやむので、戻ってきて欲しかったのかなって思ったりしたことはあります」

写真協力:瀧本彩加

(編集部注:ここでちょっと「馬のミニ知識」。瀧本さんによると、野生の馬は世界中、どこにもいないとのこと。野生のように暮らしている馬はいますが、もともとは家畜化した馬。それが逃げ出したりしたもので、「再野生化した馬」と呼ぶそうです。

 日本の、再野生化した馬の代表が、宮崎県串間市(くしまし)の都井岬(といみさき)に生息する「御崎馬(みさきうま)」。そして日本の在来種は8品種で、全部で約1600頭。中でも北海道和種馬(わしゅば)「どさんこ」が1000頭以上いるとのこと。

 日本で飼育されている馬のうち、サラブレッドを含む、競走馬がおよそ7割で、サラブレッドの生産は98%が北海道で行なわれているそうです)

競走馬の「リ・トレーニング」

※乗馬クラブで飼育されている馬たちは、もともとは競走馬だったんですよね?

「日本の場合は、そうですね。乗馬クラブや大学馬術部に、もともと競争馬だったサラブレッドが多くいます。

 馬の寿命はだいたい25歳程度、長生きする馬は30歳とか35歳を超えることもあるんですけど、競争馬の引退は3歳から5歳がほとんどで、人の年齢に例えると15歳から21歳くらいで引退するということになります。

 つまり、その後の余生のほうが競争馬としての現役の時代よりも長くて、引退後のセカンド・キャリアをどう過ごせるかというのが大切になってきます」

●でも、そもそもその競争馬たちは速く走ることに特化していたわけですよね。いわゆるアスリートだと思うんですけれども、それを乗馬クラブ用の馬にするには、何か特別なトレーニングとかされるんですか?

「そうですね。もともとは競争馬として速く走って、ほかの馬と競って勝つ! というための調教をされていたんですけど、これをリセットして、大人しく従順に、ほかの馬を気にすることなく、乗っている人の指示に集中して運動することができるように、再調教『リ・トレーニング』をします。

 そのリ・トレーニングの中では、慌てずにゆっくり歩くこととか、しっかり止まることも教えられて、プロだけではなくて子供など初級者が乗った時に、馬が乗った人の先生になって振る舞えるように、指示が違うと動かず、言うことを聞かないで、“正しい扶助はそれじゃないよ、こうするんだよ!”って、騎乗者に教えられるくらいに調教が徐々に進められていくという感じになります」

●トレーニングで従順な馬になるんですね?

「そうですね。その過程で馬が“この人と一緒にいると安心できる”とか、“この人の言うことだったら聞きたい”って思えるような関係性を築きながら、調教することも大事なのかなとは思うんですね。

 従順に従うような馬に(していく)、競争馬時代もプロの言うことは聞いていたと思うんですけど、乗馬になると、より乗る人が多様になるので、その人に合わせて下手な人の指示にでも従えるように基礎を叩き込まれるというか、そんな感じですかね」

写真協力:瀧本彩加

温かくて大きな存在に安心感

※ホースセラピーを体験できる乗馬クラブも多くありますが、馬と接すると癒されるのは、どうしてなんでしょうね?

「これは私が思うには・・・馬は触れるとほんのり温かいんですよね。それもそのはずで、人よりも体温が1度高いんですよね。平熱が37度で38度を超えると熱があるっていう感じなんですね。

 そして(馬の)目を見ると、つぶらな大きな瞳が優しくこちらを見つめてきてくれると、温かくて大きな存在に受け入れられると特別に安心感があるっていうか・・・赤ちゃんがお母さんに抱っこされると安心するみたいな・・・そういうところがあるんじゃないかなと思って、そういう安心感が得られることが、癒されるということの正体ではないかな~と思っています。

 あとは、この人は安全で大丈夫な人だ!と馬が思うと、馬のほうから、あの大きな体で人に甘えてきたりするので、そういう可愛らしさもあるかなと思います」

●馬のどんなところにいちばん魅力を感じていますか?

「それは・・・大きくてかっこいい見た目なんだけれども、実は繊細で優しい一面もあるというギャップ! 怒ることもあるけど、懐いて甘えてきたり頼ってきたりして、母性本能をくすぐられるというか(笑)、そういうところがあるからというふうに思っています」

●馬の研究者として今後、解き明かしたいことがあればぜひ教えてください。

「まだちょっと具体的には考えきれてはいないんですけれども、馬の福祉向上というのを目指して、人馬における望ましい関係性、つまり互いに一緒にいると居心地がいいと思えるような関係性を築いて、それを維持するために人ができることは何だろうということを明らかにしていきたいと考えています」

写真協力:瀧本彩加

(編集部注:瀧本さんは、北海道大学の静内研究牧場で「どさんこ」の子育てを10年以上観察しているそうです。基本はお母さん一頭で育てるそうですが、ほかの個体が手伝ったりすることもあるので、その違いがどうして起こるのか、その性質を研究しているとおっしゃっていました)


INFORMATION

『馬のこころ〜人の相棒になれた理由(わけ)』

『馬のこころ〜人の相棒になれた理由(わけ)』

 瀧本さんのお話を聞いて、もっと馬のことを知りたいと思ったかたは、新しい本をぜひ読んでください。特に馬が持つコミュニケーション能力と、その最新の研究結果は必読です。「馬の心」に迫った、とても示唆に富んだ一冊です。

 岩波書店の岩波科学ライブラリー・シリーズの一冊として絶賛発売中! 詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎岩波書店:https://www.iwanami.co.jp/book/b10151778.html

 瀧本さんの研究室のサイトもぜひ見てください。

◎瀧本彩加研究室:https://www.let.hokudai.ac.jp/staff/takimoto-ayaka

Dr.クラゲさん「水族館は人生です。水族館愛をおすそ分け」!

2026/1/4 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、福山大学の講師で海洋生物学者の「泉 貴人(いずみ・たかと)」さんです。

 泉さんは1991年、船橋市生まれ。東京大学・理学部から大学院を経て、現職の福山大学・生命工学部・海洋生物科学科の講師。ご専門は分類学で、おもな研究対象がクラゲやイソギンチャク。子供の頃、最初に好きになった生き物もクラゲで、お父さんに船橋海浜公園や三番瀬によく連れて行ってもらったそうです。

 生き物好きが講じて、少年時代にはハゼやカニ、ヤドカリやイソギンチャクなどを飼育。また、葛西臨海水族園には中学生の時に月一回は行くほど通い、名物のクロマグロの大水槽に張り付いて見ていたとか。全国の水族館を巡り出したのは、中学2年生の頃からで、これまでになんと160館以上を制覇!

 そんな泉さんは「Dr.クラゲさん」として、YouTubeなどで大人気! また、日本全国の水族館を巡った「水族館マニア」としても知られています。そして先頃、新しい本『水族館のひみつ〜海洋生物学者が教える水族館のきらめき』を出されています。きょうはその本を参考にお話をうかがっていきます。

☆写真協力:泉 貴人

泉 貴人さん

野望を持って名付けた「水族館生物学」

※水族館のイメージは、一般のかたはレジャー施設か、子供たちの学びの場と捉えているかたが多いと思います。もともと水族館は博物館の施設として始まったということで、泉さんは水族館を学術施設として見ていて、「水族館生物学」という新しい学問を提唱されています。これはどんな学問なんですか?

「これは、広く言えば、水族館が必要な学者がタッグを組みながらやっていたんですけれども、私がいろんな学問が水族館とコラボしてできるっていうことを、マニアの目線から思いついて、それ自体をひとつの学問にしてしまおうと、私が野望を持って名付けた、そんな学問ですね」

●研究者が注目する生き物が、水族館にはたくさんいるっていうことですよね?

「そうなんですよ。例えば水族館に繁殖賞と言って、この生き物の繁殖に成功しましたとか、この生き物を子供から育てました、みたいなレリーフが飾ってあることがあるんですけれども、研究者のほうが、”え! こんなもん、成功してたの!?”って驚くようなものが結構あるんですよ。

 あとは、研究者が水槽で飼えないようなサイズの生き物も、水族館の水槽なら飼えるわけで、そんな面でそれこそ新種がいたりとか、いろんなポテンシャルが水族館は持っていて、何よりそれがあんまり世間に注目されてこなかったという、そういうところが私の研究前夜にはあったわけです」

●そもそも水族館は、展示する生き物をどうやって手に入れているんですか?

「本当に千差万別です。詳しくは私の本を読んでほしいんですが、それもしっかり書いてあるんですけども・・・例えば、飼育員さん自ら、その辺の海や川から網や釣り竿で獲ってくる、釣ってくる・・・。

 それから漁師さんが採取したものの中で、売り物にならないような種類が一緒に獲れることがあるんですけど、そういうレアなものをもらってきたりとか・・・あるいは水族館同士で手塩にかけて育てたものを、ポケモン交換じゃないですけど、物々交換して、お互いの水族館で展示しあったりとか、いろんなパターンがございます」

●自分たちで採取した、割と小さな海洋生物の中には名前がわからない生き物とかもいますよね? そういう場合は展示しないんですか?

「している場合もあります。水族館の水槽の上に魚の名前が書いた展示板が貼ってある時に、そういう生き物は何々の一種とか、名前がわかりませんとかって貼ってあったりするんですけれども・・・基本的にやっぱり名前がわかる生き物を展示するので、わからない生き物は水族館の裏側にある、バックヤードって言うんですけど、そこの水槽に入っていたりするものですね」

●バックヤードでしか見られない生き物もいるっていうことなんですか?

「そうですね。表の展示に出されていなければ、スタッフ・オンリーの場所がバックヤードなので、客は入れないですから、バックヤードに入る機会がある研究者とか、あるいはバックヤード・ツアーっていうお金を払って入る客とかが見ることができる生き物が実はいるんですよね。むしろバックヤードのほうが生き物は多いんですよ」

(編集部注:水族館のバックヤードには、展示前に健康状態を調べていたり、生まれたばかりの稚魚だったり、名前を調べている最中の生き物などが飼育されているそうです)

バックヤードで新種発見!

写真協力:泉 貴人

※泉さんは「沖縄美ら海水族館」の水槽から新種のイソギンチャクを発見されたんですよね。見てすぐに新種だとわかったんですか? 

「それこそ、さっき言ったバックヤードに、実は15年間も名前がわかんないイソギンチャクが、15年間ですよ! 飼われていたわけですよね。

 で、そこに大学院生時代の私が、そういうのがいるという情報を聞いて、沖縄美ら海水族館さんの飼育員さんと連絡を取って(バックヤードに)入って(それを)見て、一瞬で”あっ、これは論文を書いたら新種になる種類だな”という、そんなことが見てわかったんです。何よりほかの種より思いっきり大きかったんで・・・」

●根拠で言うと、大きさってことですか?

「大きさもそうですし、形も相当ほかの種類より、まがまがしい複雑な形をしていたんで、しかもそいつの仲間って世界で1種類しか、100年前に1種類しか発見されていなかったんで、その種類と違えば、絶対に新種だなって言えるわけです」

写真協力:泉 貴人

●結局それは何ていう名前だったんですか?

「新種だったんで、名前はなかったんですよ。沖縄美ら海水族館、並びに美しい海の美ら海の名前を借りて、『チュラウミカワリギンチャク』という名前をつけさせていただきました」

●ほかにも水族館との共同研究で発見した新種もいるんですか?

「沖縄美ら海さんからもう一種発見していまして、その時についでの如く渡された種類のほうも新種だったんです。で、沖縄の雰囲気にちなんで、そっちは『リュウグウノゴテン』という名前をつけました。竜宮の、赤瓦の沖縄の御殿みたいな色をしていたんで・・・あとほかにも何種類か新種の論文を書くときに水族館との共同研究になったものがおります」

●泉さんの新種発見の代表作と言えるのが「テンプライソギンチャク」ですよね。写真を見たんですけど、エビの天ぷらにそっくりですね!

写真協力:泉 貴人

「まあ自信のあるネーミングというか、これを生涯かけて越えられるかっていうネーミングができましたね(笑)」

●こんなイソギンチャクがいるんですね。どういう特徴があるんですか?

「まさに天ぷらみたいなイソギンチャクで、っていうのは見た目ではなくて・・・このイソギンチャク、中にそのイソギンチャクが入っているんですが、外側は別の生き物なんですよ。

 別の生き物に衣のように包まれているっていうんで、まさに天ぷらっぽいんですよね。サイズはYouTuberが試しても、たぶん絶対食べられないぐらい小さいんですよ。

 そのイソギンチャクと外側の別の生き物が、共生と言うんですが、非常に密接に関係を築きながら生きているという、小さいんですけど、非常に面白い生態を持っていますね」

●見た目だけじゃなくて、特徴としても天ぷらっぽいんですね!

「天ぷらに近いですね、はい」

●これまでに発見した新種は、すべてイソギンチャクですか?

「いや、実はクラゲも一種発見していて、このあと2種類目がたぶんその論文が認められることになるんですけれども、イソギンチャクとしては26種という新種を発見しております。で、自慢ですけど、これは亡くなったかたも含めて、日本人でぶっちぎりのトップです!」

葛西臨海水族園がいちばん好き

※水族館マニアとして、または研究者として、おすすめの水族館をいくつかあげるとしたら・・・首都圏では、どこの水族館がおすすめでしょう?

「これはひいき目なしに私、葛西臨海水族園をお勧めしますね、私が日本でいちばん好きな水族館があそこです」

●そうですか~!

写真協力:泉 貴人

「マグロの水槽、あれが日本でいちばん大きなドーナツ型という、マグロは一周泳がないんですけど、一周できる水槽なんです。それを除いても、例えば北極海の生き物がいるのは葛西臨海水族園さんだけだったりとか、7つの海の生き物がいて、東京の海の生き物がいてみたいな・・・。

 やっぱり生き物好きとして、人気の生き物だけじゃなく、いろんな生き物を見てもらいたいという時に葛西さんをお勧めするのが、いつも私の常套手段ですわ」

●2028年にリニューアルするんですよね?

「そうなんですよね、そこでどうなるかわかりませんが・・・。最近いろんな水族館で、それこそ“レジャー化したリニューアル”って私が呼んでいる、あんまり私が好きじゃないリニューアルもいろんなところで起きているんですけど、葛西さんに限って、それしないだろうなって、今のリニューアル構想図を見ていると思っています」

●千葉県で言うと、鴨川シーワールドはどうですか?

「鴨川シーワールド・・・あれは葛西さんと逆で、それこそイルカもいりゃアシカもアザラシも、そしてシャチもいるみたいな・・・人気の生き物が、いわゆる哺乳類と鳥類系がいっぱいいて、そっちもそっちで動物を見るのが好きな人には面白いと思います。

 あと、やっぱりパフォーマンスって言うんですか。最近はショーって言わずにパフォーマンスって言うんですけど、パフォーマンスも4種類あるので、それ見るだけで大体2時間ぐらい使うという、やっぱり時間をとって行ってもらいたい水族館ですね」

●私も去年、夏休みに鴨川シーワールドに行きましたけど、大人の私たちがすごくハマっちゃうほど、ダイナミックですよね。

「そうですね。鴨川シーワールドは、そういうところに注目されがちですけれども、実は魚とかクラゲとかの展示もしっかりしているので、ショーが終わって即帰らずに、そこもちょっと見てから帰っていただくっていうのが、私のマニアとしての目線です」

クラゲ飼育の四天王!?

※ご専門のクラゲの展示で、お勧めの水族館はどこでしょう?

「私はクラゲ飼育の四天王というのを勝手に認定しています。挙げていくなら、まずここは四天王どころかチャンピオン・クラスなんですけど、『鶴岡市立加茂水族館』、山形にある有名なクラゲの水族館で、80種近いクラゲが展示されているんですね。

写真協力:泉 貴人

 今後リニューアルで常時100種展示すると、館長がおっしゃっていたんで・・・あ、館長と知り合いで、飲み仲間なんですけど(笑)・・・今リニューアル中で、4月ぐらいにリニューアル・オープンしたら、私も真っ先に仕事で行こうと思いますが、みなさんも行って、見てほしいところです。

 関東で言えば、四天王のひとつが『新江ノ島水族館』、神奈川の江ノ島の近くにある水族館も、クラゲの展示はすごいですし、関西で言えば(大阪市の)『海遊館』はすべての魚の展示を抜けたあとに『海月銀河(くらげぎんが)』っていう、ものすごいクラゲ・コーナーが待っています。

 さらに佐世保にある『九十九島水族館 海きらら』ってところも、私も研究でお世話になっていますが、西のほうではクラゲ展示の、ほぼトップ・ワン・ツー・クラスの種数を誇る水族館ですね」

●クラゲの展示を見ると、割と狭い水槽で飼育されていて、水流で絶えず動いているように見えるんですけれども、それはどうしてなんですか?

写真協力:泉 貴人

「実はあの水槽って一周、水流を起こすようにしていて、クラゲが下に沈まないようになっているんですよ。クラゲって難儀な生き物で、海で生きているはずなのに水流がないと沈んで、自分の重さで潰れて死ぬことがあるんですよ。

 それを防ぐために、底のほうに落ちたクラゲを水流で上に持ってきてあげるみたいな感じの、そういう水槽で飼育しているんですね。なので、意外とあの水槽、周囲の部分を隠していることがあるんで、見た目よりも広いです」

●クラゲは飼育が難しい生き物なんですね?

「そうですね。知名度にしてはおそらく飼育は絶対的に難しくて、今の私の学生連中もなかなか飼育には、みんな苦労しながら勉強しているというそんな感じです」

(編集部注:泉さんによると、日本の水族館は世界的に評価が高く、先ほどクラゲの飼育ではチャンピオンだとおっしゃっていた山形県の「鶴岡市立加茂水族館」には、クラゲ飼育を学ぶために世界中から研修に来ているとのこと。日本の水族館は飼育技術や繁殖、そして新種の研究なども含め、世界から注目されているとのことです)

写真協力:泉 貴人

魚も人を見ている!?

※動物園だと、動物が来園した人たちを見て、なんとなく人間を認識しているように感じたりしますが、魚はそういうことはないですよね?

「いや、実は見てはいるんです。魚も(人を)見ている種類がいて、例えばちょっと前かな・・・去年の夏頃にニュースになっていたんですけど、『市立しものせき水族館・海響館』っていう山口県の下関にある水族館で、リニューアルで客を入れなくなったら、マンボウが元気がなくなったっていう話があって、どうもマンボウが客を認識しているらしくて、その後スタッフが服とかそれっぽいものを水槽のガラスに貼ったら元気になったそうです。

 意外とフグは人に慣れるんですけど、人を認識しているような魚もいるんですよね・・・さすがにクラゲは(人を)認識していませんが・・・だから餌を与えようとする飼育員さんの服の色を認識してるのか、飼育員さんの服を着た人が来ると、餌をもらえると思って、上に集まってきたりしますね」

●魚にも好奇心があるというか、すごいですね。人に馴れる魚がいるんですね。

「それどころか最近は減ってしまいましたけど、魚のショーがあって芸を覚えてくれるような魚もいるんですよ」

●飼育員さんたちが苦労されている姿をたくさんご覧になってきたと思うんですけれども、いちばん大変なことってどんなことですか?

「相手が生き物なので、あの人たちの勤務は24時間365日、交代があるとは言え、月月火水木金金ですから、常に働き者で動いているような感じです。

 (私が)これだけマニアなのになぜ水族館に勤めなかったかって、あの人たちの姿を見て、怠け者の私には絶対無理だと・・・だから、私は研究のほうで水族館に関わっていこうって思ったぐらい・・・生き物相手なので、どんなイレギュラーも起きるものですから、それくらい熱意を持って取り組まれているのが、まさにすごいところですね!」

水族館は、人生です。

※泉さんが水族館を作るとしたら、どんな水族館にしたいですか?

「経営はできないので、あくまでコンセプトで、という話ですけど、やはり日本に、たぶんその頃になったら(水族館が)だいぶ減っていると思いますんで、昔ながらの水族館を残すか・・・もしくは博物館と合体した学問的な水族館に仕上げるか、みたいなそんなイメージです。

 それこそ『水族館生物学』を体現する水族館みたいな、そんなようなものが作れたら、客が入るかは別にしても楽しいですね」

●面白そうですね~!

「どこかから声がかかったら、絶対YouTubeとかXとかで言っていると思いますんで、私が関わっていますと(笑)」

『水族館のひみつ〜海洋生物学者が教える水族館のきらめき』

●改めてになりますが、新しい本『水族館の秘密〜海洋生物学者が教える水族館のきらめき』は、筆者としてどんな思いを込めて作った本ですか?

「まずひとつ目は、私が20年、ひたすら行ってきた水族館の魅力を伝えるというのがポイントなんですが、この本は水族館側からと言いますと、業界人目線がメインなんですよ。

 なのでひとつとしては、水族館のありのままを伝えるということで、キラキラした部分だけではなくて、今の苦境とかそういったものをみなさまに知ってもらいたいというのと・・・。

 あとこの本はオールカラーの新書なんで、挿絵も写真もほぼ全部自分で描いて撮りました。私のそこがマニアとしての要素ですけれども、“水族館愛”をちょっとでもみなさまにおすそ分けできたらと思いまして、2冊目、3冊目と、二の矢、三の矢を予定していますんで、その口火としてぜひ見ていただければと思います」

●絵や写真も豊富ですけど、これすべて泉さんが・・・?

「提供のクレジットがなければ、全部私が描いて、そして水族館で撮った写真を利用したものです」

●そういう才能もあるんですね。器用ですね!

「まあ“武芸百般”ならの“手芸百般”と呼んでいますが、いろいろ小技があるので、そういったところも、割とベラベラ喋りますけど・・・この前も別のテレビに出ましたけど、そういうようなところで水族館の魅力をアピールしてみたりとか、そんな小技を活かした本にしてくれた編集者さんに感謝ですね」

●泉さんにとって水族館とは?

「まあ“人生です!”と言っておきましょうか。たぶん水族館生物学とクラゲ、イソギンチャク以外は人生でやらないでしょ。

 私はこれから水族館と研究しながら、200館300館と行ってこようと思います。千葉の水族館の開拓も、実は結構、噂があるところがまだなので、地元に帰省した時などにちょこちょこ行って、千葉にも何館あるのか、そんなところをやってみたいなと思います」

(編集部注:日本にはいくつ水族館があるのか、泉さんにお聞きしたら、地元の人向けの、知られていない水族館もあるので、正確な数字はわからないそうですが、先ほどおっしゃった200〜300館はあるでしょうとのことでした)


INFORMATION

『水族館のひみつ〜海洋生物学者が教える水族館のきらめき』

『水族館のひみつ〜海洋生物学者が教える水族館のきらめき』

 泉さんの新しい本をぜひ読んでください。タイトル通り、泉さんだから知り得た水族館の秘密が満載です。地域別のおすすめの水族館も載っていますよ。泉さんが発見した新種の「テンプライソギンチャク」や「チュラウミカワリギンチャク」の写真はもちろん、泉さんが描いたイラストにも注目です!

 中央公論新社の中公新書ラクレ・シリーズの一冊として絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎中央公論新社:https://www.chuko.co.jp/laclef/2025/08/150848.html

 「Dr.クラゲさん」のYouTubeもぜひ見てくださいね。東京大学時代に「落語研究会」で磨いた泉さんの話術も楽しめますよ。

https://www.youtube.com/@dr.kuragesan_lab

「エコロジカル チャイルド」〜沖縄の海からもらった恩恵を、沖縄の子供たちに還したい

2025/12/28 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、沖縄在住の水中写真家「石野昇太(いしの・しょうた)」さんです。

 石野さんは、ダイビングショップの経営者3人と立ち上げた一般社団法人「エコロジカル チャイルド」の代表理事でもいらっしゃいます。

 石野さんは東京生まれ、沖縄育ち。立教大学卒業。大学時代に先輩に地球の3分の2は海、その海の世界を見たくないかと誘われ、ダイビングサークルに入部し、スキューバダイビングのライセンスを取得。現在は水中写真家、そしてプロダイバーとしてダイビングツアーを企画するなど、ガイドとしても活躍されています。

 そして3年前に立ち上げたエコロジカル チャイルドは、地元沖縄の子供たちにシュノーケル体験を提供する活動からスタート。現在は一般社団法人として、活動の幅を広げていらっしゃいます。

 きょうはエコロジカル チャイルドで行なっている子供たちの海の体験イベントや、石野さんの海への思い、そして、今年出版した、『神秘的で美しい 海の生きもの図鑑』のことなどうかがいます。

☆写真協力:石野昇太

石野昇太さん
写真協力:石野昇太

海の美しさ、大切を子供たちに

※どんな思いで「エコロジカル チャイルド」を始めたのか、教えてください。

「私たちプロダイバーは、日頃から海に接して働いているという職業なので、もともと海への関心は高い部類にいるんですね。それは私たち自身が海の価値を身近に感じているからなんじゃないかな~と思っています。

 もともと沖縄に暮らす人々は、あまりマリンレジャーに関心がある人っていないんですけど、もっと地元の人に海の価値を知ってもらいたいというような思いから(エコロジカルチャイルドを)スタートしました。

 エコロジカルチャイルドの発想っていうのは、子供の頃から自然に触れていれば、自ずと自然を大切にする大人に育つよねっていう考えからスタートしています。

 私自身、弟と年の離れた妹がいるんですけど、子供の頃から弟と私は、沖縄に里帰りしていることが多かったんですね。そのせいというか、沖縄の文化に慣れ親しんでいる幼少期を過ごしたんです。今は弟も沖縄に移住してきていて・・・。

 一方で妹はけっこう年が離れていて、あまり里帰りしていないんですよね。なので、あまり沖縄には興味はなさそうなんですけど・・・。

 だから・・・何て言うんですかね・・・自由に暮らしている兄ふたりを見て、(妹は)堅実に成長したと言いますか・・・。
 要は子供の頃の体験は、将来の人格形成に影響するんだろうということから、自然に対するリスペクトを早めに育んでおけば、その子供たちが大人になった時に、考え方っていうのはどんどんつながっていくんじゃないかと思っていて、子供たちに海の美しさ、大切さを知ってもらおうという活動を始めたっていう感じです」

写真協力:石野昇太

(編集部注:エコロジカルチャイルドの現在のおもな活動は、地元沖縄の環境保護団体が開催するビーチクリーン・イベントに参加してくれた家族を対象にシュノーケル体験を無償で提供。また、水中で撮った写真や映像を子供たちに見せて、海の生き物について教える、環境教育的なことにも取り組んでいるそうです)

沖縄の子供たちのために

※キッズ・シュノーケルなどのイベントには、沖縄以外の子供たちも参加していますか?

「いや、実はですね、沖縄の子供たち限定でやっているものなんですよ。というのも、沖縄って子供の相対的貧困率が全国でワースト1位なんですね。あと、ひとり親世代の発生率も全国平均の約2倍ぐらいあって・・・。

 マリンレジャーの料金がコロナ禍以降、物価高の影響で、いろんな物価高がありますけど、それに合わせてマリンレジャーも料金が上がっています。そんな状況ですので、沖縄の子供たちにマリンレジャーに参加してほしいと思っても、あまりそういう活動に参加できる人っていないかなと思っていて・・・。

 なので、観光で沖縄に来られる人は、ちょっと言い方が悪いんですけれども、お金を払ってもらってレジャーに参加してもらう。そのお金を地元の人に還元する・・・。私たちプロダイバー、沖縄で働いているプロダイバーは、沖縄の海の資源をお借りして仕事をさせてもらっているので、地元の人に還元しようっていう思いがあって、沖縄の子供たちを限定にして活動をしています」

●なるほど。近くに海があるのに実際に遊べる子供たちは、意外と多くはないかもしれないってことなんですね。

「そうですね」

●イベントに参加した子供たちの反応はいかがですか?

「実際お子さんたちも、海を見たことがない子ってけっこう多いんですよ。なので、やっぱり楽しそうにしてくれますね。
 初めて海に潜るので、水に顔を付けるのも怖がっていたお子さんたちが、何回も参加してくださるうちに、もっと泳げるようになっているんですよ。それを見られるのはやっぱり嬉しいですし、できたら大人になったら(私と)同じようにダイバーになってくれたら、嬉しいな〜なんて思っているんですけどね」

写真協力:石野昇太

海を見て、知って、体験してもらう

※キッズ・シュノーケルなど、海でのアクティビティを子供たちと一緒にやる時に心がけていることは、どんなことですか?

「私たちは自然を守りたいっていう思いでやってはいるんですよ。それを子供たちに知ってほしいなと思っているんですけど、それを押し付けるつもりはなくて、ただ海のことを見て、知って、体験してもらうっていう、それだけが願いですね。

 やっぱり自分のテリトリーというか、例えば自分の家の庭にゴミが落ちていたら拾うでしょうし、ゴミを捨てようなんて考える人はまずいないと思うんですよ。ダイバーがゴミに対して関心が高いのは、たぶんそこにあって、やっぱり子供たちも実際に海に入って遊べば、そこは自分のテリトリーだという意識が自然に生まれるような気がするんですね。なので子供たちには、ただただ海で遊んでもらいたいっていうことだけを考えています」

●海で遊ぶ子供たちとか若い人が減っているなんていう話もありますけれども、やっぱり海に親しむことって大事ですよね。

「そうですね。海ってやっぱり風もあるし、波もあるし、人間の五感を研ぎ澄ませるには、とてもいい場所だとは思うんですよ。
 ただやっぱり海に入ると、ちょっと面倒くさいんですよね。潮があってベトベトするし、日焼けもするし、現代の人々にとってはちょっとマイナスなことって、けっこう多いかなとは思うんですけど、実際海に入るとやっぱり童心に返ると言いますか・・・やっぱりいいな! って思うと思うんですよ。

 やっぱり自然に触れればリラックスもするし・・・お客さんに多いのが、東京で仕事で忙しい思いをしている人たちが、海に入ってリラックスするっていうことは多々ありますので、なるべく海に入って、それでリラックスしてほしいなと思いますね」

図鑑らしくない図鑑!?

※水中写真家になろうと思ったのは、どうしてなんですか? 何かきっかけのようなものがあったんですか?

「僕は、実は大学を卒業した後に八丈島っていう東京の離島に5年ぐらい暮らしていたんです。そこでダイビング・インストラクターをしていたんですね。
  
 もともと写真家にはなりたいなとは思っていたんですけれども、どういう写真を撮るかって考えた時に、商業的な水中写真というよりは、ホームとなる目の前の海で毎日潜り込んで、生態というんですけど、生物たちの営みを記録していくことが大事じゃないかなと・・・そういうのを観察する上で撮影をして写真にするほうが、人の心を打つんじゃないかなと思ったんですね。

 それでしばらくダイビング・インストラクターをしていたんです。そうやってプロダイバーとしてお客様に生物の生態行動を通して、海の変化だとか海の魅力を伝えてはきたんですけれども、次の段階として海に潜らない人々に実際、海の中では何が起きているのかとか、海の中を見て感じてもらいたいなと思って、写真家としての活動をスタートしたっていう感じですね」

『神秘的で美しい海の生きもの図鑑』

●水中写真家として先頃出された新しい本『神秘的で美しい海の生き物図鑑』を私も拝見させていただきました。タイトルの通り本当に神秘的で美しいですね!

「ありがとうございます!」

●引き込まれました! 図鑑というよりも写真集のような印象だったんですけれども、この図鑑のいちばんのアピール・ポイントはどんなところでしょうか?

「今おっしゃってもらったように、図鑑らしくないところがいちばんのアピール・ポイントなんですよね。図鑑ってちょっと堅苦しいイメージがあるんじゃないかなと思うんですけど、この本は写真集的な見せ方をしていて、魚の背景がカラフルな写真が多いことが特徴です。魚も色鮮やかで可愛い種類を中心に選んでいて、ほかにも面白い顔だったり、不思議な形をしている生物を載せています。

写真協力:石野昇太
写真協力:石野昇太

 その上で長年、海を見続けてきた立場として、繁殖とか生態行動を紹介していて、小さいけど生態系にとっても重要なプランクトンの章もあったりするんですよ。普段、海とは遠い生活をしている人々にとって、海のことに少しでも思いを馳せながらリラックスしてほしいなと思って、この本が作られています」

●やはり沖縄の海で撮った写真が多いですか?

「実は・・・5年間暮らしていた八丈島の写真もけっこう載せてあって・・・あと日本だけじゃなく世界中、例えばオーストラリアとかモルジブ、パラオなんかで撮ってきた海(の生き物)なんかも入っています」

(編集部注:新しい本『神秘的で美しい海の生きもの図鑑』は、水中写真家の茂野優太(しげの・ゆうた)さんとの共著となっていて、掲載している写真は半分ずつくらいだそうです。監修は北里大学・名誉教授の井田 齋(いだ・ひとし)さんとなっています)

オスの求愛行動に感情移入!?

写真協力:石野昇太

※海の中で生き物たちを見ていて、どんなことを感じますか?

「魚たちは生き残るために、あるいは子孫を残すために巧妙な戦略を練っていて、生物の多様性に日々驚かされているっていう感じですね。あまり擬人化するのは好きじゃないんですけど、産卵のシーンとか求愛のシーンを見ている時はどうしても感情移入してしまいますね」

●それはどんなふうに感情移入されるんですか?

「キンチャクダイ科の魚を例にすると・・・春になると産卵が始まるんですけど、最初はオスもメスも産卵に慣れてないので、ちょっと下手くそなんですよ。なので、産卵に至るまでの求愛行動がけっこう長めに行なわれるんですね。

 見ているほうとしては、頑張れ! っていう気持ちになりますね。それが真夏になってくると上手になるので、ポンポンポンポン産卵しちゃうんですよ。だから観察している身としては物足りないと言いますか、もう終わっちゃったの? っていう感じになるんですね。

 夏も暮れてきて晩夏になってくると、メスはもう産卵する気がないんですけど、オスだけはまだバリバリやる気で、ずーっと求愛しているんですよ。男としてはそこはちょっと悲しいというか、これはたぶん男にしかわかんないかなと思うんですけどね(苦笑)。一生懸命、求愛しているんですけど、もうメスはやる気ない・・・。

 魚の世界は種類にもよるんですけど、基本的にメス主体で産卵が行なわれるので、メスの同意がなければ、絶対に産卵に至れないんです。そういうことを人間の世界に置き換えた時にちょっと悲しくなるというか、そういう感情移入の仕方をしますね」

●そうなんですね。この図鑑を手に取るかたに、どんなふうに楽しんでもらいたいですか?

「ダイビング・ガイドとして長年海に潜っていて、興味深いなと思ったことをなるべく詰め込みました。

写真協力:石野昇太

 卵から生まれて浮遊期間を経て成長して、また産卵するまで・・・そういう魚の一生を見ることができる本じゃないかなと思っているんですよ。なので、生きるために考え抜かれた戦略ですとか、どうしてそうなったんだろう? っていう不思議な形をした魚がいっぱいなんですね。

 そういう人の想像を超えてくる生物が、200種以上載っているので、ひとつひとつの生物と向き合いながら1年の流れを感じつつ、ゆっくり読んで欲しいなと思います」

(編集部注:石野さんは南の海だけじゃなく、北海道の海にも通っていて、知床では流氷ダイビングのガイドもやっているそうです。

 石野さんご自身は来年、琉球大学大学院に入り、海の生き物の研究者にもなるそうです。ダイビング・インストラクターの地位を高めたいという、そういう思いもあるとおっしゃっていました。)


INFORMATION

『神秘的で美しい海の生きもの図鑑』

『神秘的で美しい海の生きもの図鑑』

 水中写真家、石野さんと同じく茂野優太さんのふたりによる新しい本をぜひ見てください。石野さんもおっしゃっていましたが、いい意味で「図鑑らしくない図鑑」、とにかく写真がカラフルで綺麗なんです。海の生き物、およそ280種を紹介。神秘的で美しい生き物たちに癒されること、間違いなしです! 
ナツメ社から絶賛発売中! 詳しくは、出版社のサイトをご覧ください。

◎ナツメ社:https://www.natsume.co.jp/np/isbn/9784816377358/

 エコロジカル チャイルドとしては、来年6月に開催される「世界海洋デー」に向けて、チャリティ・イベントを予定。現在、その準備を行なっているそうです。また、雑誌を作る計画もあるとのこと。これは去年、高い海水温のため、沖縄のおよそ90%のサンゴが白化し、死滅したそうですが、その後の少しずつ回復している様子を写真に収めているので、それを見てもらうためだそうです。

写真協力:石野昇太

 エコロジカル チャイルドの活動については、オフィシャル・サイトを見てください。寄付という形で支援することもできます。

◎エコロジカル チャイルド:https://www.ecologicalchild.org

森にハマったモリアゲねえさん、日本の森をモリアゲる!

2025/12/21 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、ベンチャー企業
「モリアゲ」の代表「長野麻子(ながの・あさこ)」さんです。

 長野さんは愛知県安城市(あんじょうし)生まれ。東京大学卒業後、94年に農林水産省に入省。キャリア官僚として食品産業や広報の室長などを歴任後、2018年に林野庁の木材利用課長に。この時に森にハマってしまい、2022年に早期退職。その年にモリアゲを設立。現在、森林業コンサルタントとして全国を飛び回り、日本の森を盛り上げる活動に取り組んでいらっしゃいます。

 社名の由来は「日本の森をモリアゲる」から来ていて、ご本人曰くダジャレ。創業した頃は、社名を言うのが恥ずかしかったそうですが、わかりやすくて覚えやすいことや、起業から3年で41の都道府県を巡り、講演活動などに取り組んだことで長野さんの知名度もどんどんアップ! 今では業界で「モリアゲねえさん」と呼ばれ、親しまれているそうです。

 きょうはそんな長野さんに、農林水産省を早期退職するに至った思いや、企業と森を結びつける「一社一山(いっしゃひとやま)」運動、そして木の暮らしを取り戻すための「ウッド・チェンジ」プロジェクトのことなどうかがいます。

☆写真協力:モリアゲ

長野麻子さん

企業と森をつなぐ「一社一山」運動

※長野さんは、日本の森をモリアゲるために会社として、そして森林業コンサルタントとして、いろんな活動をされています。どんなことに取り組んでいるのか、教えてください。

「ひとことで言うと、難しいですけど、好きなことをやっているだけなんですよ。日本の森の現状を考えると、これまで先人が植えてくれた木を育てている間に、森にお金が貯まらなくなっちゃったっていうか、儲からなくなっちゃったっていうのがあるんですね。

 森にきちんと、次の森を作るためのお金が戻るように、森への資金循環って言ってますけれども、そういうことができるように企業のみなさんに森に関わってもらう「一社一山」運動とかですね。

 あとは森林環境税っていう、国民のみなさんからもらったお金を、森の整備に使う仕組みもありますので、そういうものが地域の森のためにうまく使われるようなコンサルティングをしたりしています。

 森と人の暮らしが離れちゃったのはなぜかっていうと、木を使わなくなった・・・森の大きな恵みのひとつである木材を、私たちの暮らしに使わなくなったっていうのがあるんですね。

 木のある暮らしをもう一度取り戻すという意味で、建物はもちろん、家具ですとか日用品とかっていうものも、鉄とかコンクリートとかプラスチックから、木に替える『ウッド・チェンジ』っていう活動をやり始めて、木のある暮らしをどうやったら楽しくできるかっていうのをアドバイスしたり・・・。

 あとは、みんな森に行かなくなったんですね。これだけ日本には森があるのに、森との距離が離れてしまって、ほとんど森に行かなくなってしまったんですよ。もう一度、森のことを学ばないと、なかなかその距離が近くならないということがあって、自然教育とか環境教育・・・企業のみなさんに森のセミナーで、森での学びを提供するような、そういうのを全体まるっとして、森林業コンサルタントと勝手に自称しております」

●「一社一山」ひとつの会社、ひとつの山っていうことですけども、どんな取り組みなんですか?

「一社一山は、企業のみなさんに森に関わってほしいっていう思いがあります。というのも昔、山は地元の名手とかお金を持っているかたが、きちんとその地域のために森が大事だということで、森を持ってお手入れをしてくださっていたんですけど、そういうかたがたもどんどんいなくなってしまったんですね。

 今お金があるのはどこかなって考えると、やっぱり企業さんなんですよね。企業さんが森の恵みを受けて、水であるとか空気であるとか、いろんな木材にしても、森の恵みの資源を受けてお仕事されているので、そういうかたに森に少し恩返ししてほしいという意味で、企業のみなさんに、例えば企業の森ということで、〇〇会社の森とか、あとは社有林を持っていただくとか・・・。

 あとは企業のみなさんが研修とかセミナーを森の中でやると、すごくリフレッシュもするし、チーム・ビルディングにも役だったりするんですね。企業のみなさんに森を人材育成などにも活用してもらうというような形で、企業と森との関わり合いはいろんな形でできるようになってきていますので、企業のみなさんにいろんな形で森に関わってもらう、自分ごととして森のことを考えていただく運動の名前ですね」

写真協力:モリアゲ

森への思いが抑えきれなくて

※先ほどもお話がありましたが、「ウッド・チェンジ」という活動にも取り組んでいらっしゃいます。これはどんな活動なのか、もう少し詳しく教えていただけますか?

「私がもともと農林水産省の林野庁で、木材担当をしていた時に立ち上げた運動なんですけど、木材のいちばんの利用先って建物なんですよね。それが鉄やコンクリート作りになってしまったもんですから、それを木材に替えようと、鉄やコンクリートから木に替える、それを『ウッド・チェンジ』っていうことで、国民運動として展開しようっていうことをやっています。

 これは今でも林野庁として、森の国を作ろうっていうことで運動が続いているんですけど、実際に現場で、具体的に建物の建て方に木を使うとか、なるべく内装に木を使っていくとか、家具を日本の木にするとか、そういうことを企業さんと一緒に、また生活者のみなさんと一緒に取り組むというそんな活動ですね」

●今もお話ありましたけれども、長野さんは農林水産省にお勤めだったんですよね?

「ですね。28年やっていました」

●なぜ官僚をやめてベンチャー企業「モリアゲ」を立ち上げることにしたんですか?

「農林水産省の中ではいろんな部署を、例えば2年とかで移動する、そういう立場だったんです。その中でたまたま2018年に森の担当の木材利用課長になったんですね。それでウッドチェンジを立ち上げたりしたんですけども、そこでめっちゃくちゃ森にハマっちゃいましてですね。

 当時40代後半だったんですけど、森っていいなとか、森を大事にしないと農林水産省全体の、例えば1次産業の農業でも水産業でも、豊かな水があるのは森のお陰げだったり、水産資源もね。

 『森は海の恋人』なんて言って、豊かな森があれば海も大丈夫っていうようなことも言われているので、森がいちばんしっかりしないといけないのに、これからもずっと森で働きたいなって思っていた矢先に、また恒例の人事異動があって、森とは全然関係のない部署に行って・・・それもそれですごく大事な仕事ではあったんですけど、森への思いが抑えきれなくなってやめました(苦笑)」

●官僚を辞めるって、かなり重い決断だったんじゃないですか?

「いや、みんなにそう言われたりするんですけど、確かにね。28年もすごくお世話になったし、とても勉強にもなったので、楽しい場所で働かせていただいたんですけど、どうにも森へ行きたいっていう気持ちが抑えられなくなって(笑)、そういう、まあわがままですね。50歳の時に、年齢とか言っちゃうんですけど、やろうということで、遅咲きでやってみました」

国産材が使われない理由

※日本は国土の約7割が森林なのに、国産材があまり使われない現状があると思います。改めてその原因を教えてください。

「木を使うこと自体がなくなってしまって、森から木を出して使えることをみんな忘れちゃったっていうね。
 そもそも森とか木への無関心がすごくあると思いますし、林業の現場だと林業をやったりする人たちが高齢化しています。なかなか木材の採算があわなくて儲からないんで、もう林業をやめちゃいます。製材所も儲かんないからやめちゃいます。

 そうすると国産材のサプライチェーンがうまくつながりません。輸入材はあんなに遠くから持ってくるけど、ちゃんと安定供給できるのに、国産材はなかなか安定供給できないというのがあって使われてないのかなと・・・。
 ひとつだけの理由じゃないんですけど、みんながもっと国産材を、森のために使おうって気持ちが高まらないといけないのかなと思っています」

●木材の地産地消って、なかなか難しいんですか?

「そうですね。(日本の面積の)7割が森なので、自分が飲んでいる水が来る流域の上流には森があるんですよね。なので、そこの木を地産地消で使いたいと思ったとしても、木を伐ってくれる木こりさんが元気かとか、その木を伐ったあと丸太にして、丸太のままでは使えないので、板とか柱に製材してくれる人たちがちゃんといるかっていうのがあるんですね。

 今、小さい製材所はどんどんなくなっていて、山から(木を)出してくる人もいない、それを加工する人もいないっていうのがあるので、林業自体は別ですけれども、場所によっては難しいっていうのがあるのかなと思っています。

 人工林っていう人の手で植えられた森が4割あるんですよね。せっかく先人が私たちに使って欲しいと思って植えてくださったので、きちんとそれを使って、そして次の世代にどういう森を残していくかを考えていくのが、今すごく大事な時かなと思っています」

●植林されたスギやヒノキは、今が伐り時だと聞いたことがあります。そうなんですか?

「50年くらい経つと、場所によりますよ、育ち方にもよりますけど、一般的に50年くらい経つと丸太のサイズが、柱が取れるぐらいになるので、使い時、伐り時ですよ~なんていうふうになりますけど・・・場所によります。
 50年以上経った森が、今日本の森林面積の6割以上なんですよね。そうすると、だいたい過半は50年以上は経っているんですね。

 (木を)伐ってちゃん使う当てがあれば、使う当てがなければ、伐るのはよくないと思いますけど、使えるのであれば、伐ったらいいなと思います。
 (木材の)自給率は4割なので、6割は今でも海外の森のお世話になっているわけですね。せっかく先人の森が育って伐り時を迎えているんだったら、それを使ってあげたほうがいいなと思っています」

写真協力:モリアゲ

(編集部注:モリアゲの一社一山運動として、長野県木島平村のカヤの平高原で2023年からブナの植林活動を行なっています。活動場所は、もともとブナ林だった所で、牛を飼うために伐採し、牧草地となっていた跡地。10年ほど前にNPO「森のライフスタイル研究所」がブナの植林を始め、その活動をモリアゲが引き継いだ形だそうです。

 モリアゲは、木島平村と「森林(もり)の里親」協定を結び、応援してくださるかたたちと秘密結社「モリアゲ団」を立ち上げ、年に2回、夏と秋に植林。長野県林業総合センターのブナ博士、小山泰弘先生の指導のもと、ブナの実から芽を出した、ブナの赤ちゃんを植えているそうです。モリアゲ団では、Tシャツなどのグッズを作り、その売り上げの一部を活動資金に充てているそうです)

森をつないで、次の世代に

※カヤの平高原で行なっているブナの植林活動には、もちろん長野さんも参加されているんですよね。木を植えているときって、どんな気持ちなんですか?

「カヤの平に行って、大きい空の下でブナの赤ちゃんを探して、みんなでいい汗を流して・・・すごくリフレッシュするしね。
 今は私たちが植え替えているので、人の手で植えられた森なんですけど、そのブナたちがまた大きくなって、いくつかは育ってタネを出して、天然の更新っていうんですか。小山先生曰く“ブナの森に戻る”、本当の天然林に、自然の力だけでブナの原生林に戻るのは、あと300年くらいかかるって言われているんですね。

 私たちは12年間やったんで、あと288年って言っているんですけど、すごく気の長~い話なんですよ。なんですけど、そういう時間の流れの中で私たちは生かされていて、時間の流れの中に身を置いているなっていう気持ちに行くたびになりますね。

 毎年、去年植えたブナたちが雪に埋もれながらも頑張って生きていたりすると、あ~そういう時間の流れに乗ったかな、乗らなかったかな、なんてことを考えたりしますね。

 町だといろんなこと考えますよね。私は今もう上司はいないけど、会社の人だったら、何とか計画が~とか、これは儲かるのか~とか考えますけど、そういうこと抜きに純粋な気持ちでというか、森と共にあるなっていう気持ちでやっていますね」

●確かに木を育てて森を再生する活動って、本当に成果が出るまでにすごく時間がかかりますよね。

「そうなんですよ。だから自分がその最終形は見られない、そもそも見られないんですよね。現代の人たちからすると、なかなか理解しがたいというか、それは明日どうなるんだ~みたいなタイム・スケジュールで考えていると、なかなか理解できないことではあるんですけどね。

 我々の先祖たちは、そうやって森をつないできてくれて、自分がその木を使えるわけじゃないけど、孫のために植えて時間をつないでくれているんですね。そういうことを私たちの世代で諦めちゃいけないな~っていうのを、勝手な使命感として思っているんですね。本当に長い時間がかかるけど、その長い時間が切れないように、微力ながらつなぎたいなと思っています」

写真協力:モリアゲ

目標は人口の7割を、森を想う人に

※森は、私たちが生きていくために必要な「水」や「酸素」を供給。また、温暖化の原因となっている二酸化炭素の吸収のほか、いろんな生き物を育んでくれています。そんな大切な森が荒れている現状を踏まえ、健康的な森を取り戻すためには、どんなことが必要でしょうか?

「難しいことじゃなくて、やっぱりその森のことを思うのがまず大事で、現状を知ることが大事だと思います。そういう危機的な状況にあるってことも、都会に暮らしていると知らないと思うんですよね。

 だからそういうことを知ってもらって、そこから何ができるかを少し考えて、例えばその地域の木の製品を生活に取り入れてみるとか、お家を建てることがあれば、国産の木を選んでいただくとか、そういうこともできると思います。

 あとはやっぱり森に行ってもらって、もちろん自分がリフレッシュするために行っていただいていいんですけど、その森がある山村地域には日本全体の人口の、今だと多分2.5%ぐらいしか住んでないんですよね。その人たちだけで森を守っていくのはどだい無理なので、そこにどうやって町のかたとか、森の恩恵を受ける企業のかたが関わっていけるかっていうことを、少しでも考えていただいて・・・。

 例えば、ふるさと納税でお金を出すってことでもいいですし、本当は森に行ってもらって森林浴をしていただいて、その地域にお金を落としていただくとか。森の整備の手が足りていないところであれば、森林ボランティアっていう形で、町や村、地域の森の人たちを少し助けていただくとか、いろんなやり方があると思うんですよね。そういうことを知っていただいて、考えて行動に移していただく、そのステップをみんなにやってもらいたいな~と思っています」

●今後、モリアゲとして、森林業コンサルタントとして、どんなことにいちばん力を入れていきたいですか?

「モリアゲの目標、勝手な目標は日本の森の面積が7割なので、それと同じだけ、人口の7割は森を思ってほしいっていうことを目標にしています。まず知るっていうことが大事だし、興味を持ってもらうことが大事なので、森のことをひとりでも多くのかたに、ちょっと関心を持ってもらえるような活動をしたいなと思っていますね」

●最後に100年後の日本の森はどうあってほしいですか?

「100年後って、もうすぐなんです! 森の時間からするとね(笑)。だから100年後の森を作るには、今どういう森にするかを考えるのがすごく大事ですね。100年後、自分の孫とかにどんな森を見せたいかっていうことを、地域の人が考えてプレゼントとして残してもらいたいなと思っています。

 そして、森林面積は変わらないで、森の国であり続けてほしいと思います。地域地域によっていろんな森があると思うので、そういう地域のいろんな森が豊かになっている・・・そしてみんながもっと森と仲よく暮らして、森とのつながりをもう一度取り戻したら、たぶん動物ともうまく住み分けられると思うし、人間が森を放棄してから、どんどんクマとかが出てきちゃうっていうことがあると思うんですよね。

 もう一度、森との暮らし方を、現在のライフ・スタイルにどうやって森を取り入れていくかを、100年後に向けて今やっていって、“森があってよかったよね”と、“日本はやっぱり森の国で7割は森だよね”と、“経済も豊かだけど、森も豊かだね”っていう国のままでいてほしいと思います」


INFORMATION

 モリアゲでは「一社一山」運動や「ウッド・チェンジ」プロジェクトのほか、各地の森の課題解決のお手伝いもしていて、お困りごとがあったら、ぜひご相談くださいとのことです。

 また、秘密結社モリアゲ団のグッズを販売するオンラインショップも運営。サイトには可愛いTシャツがたくさんアップされていますよ。売り上げの一部はブナの植林活動に生かされます。ぜひご支援ください。

 長野さんは森林業コンサルタントとして、日本全国を飛び回って、講演活動もされています。長野さんのお話を聞きたいというかた、ぜひご参加ください。いずれも詳しくは、モリアゲのオフィシャルサイトをご覧ください。

◎モリアゲ:https://mori-age.jp

来年、活動55周年のイルカさん、20年ぶりに出演!〜「あいのたね♡まこう!」、地球と人への思いに迫る

2025/12/14 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、シンガー・ソングライターの「イルカ」さんです。

 1975年、「なごり雪」の大ヒットで、シンガーとしての地位を確立。現在も毎年全国ツアーを行なうなど、精力的に音楽活動を続け、来年、活動55周年をお迎えになります。

 音楽以外にも絵本作家、エッセイスト、ラジオのパーソナリティ、母校の女子美術大学・客員教授などの顔もあり、幅広く活動。そして2004年にIUCN国際自然保護連合の初代親善大使に就任。2022年からはIUCNの日本委員会と共に活動を続けていらっしゃいます。

 きょうはそんなイルカさんに、IUCNでの活動のほか、台所に立つ主婦目線のエコ意識、そして最新シングルに込めた思いなどうかがいます。

☆写真協力:イルカオフィス

写真協力:イルカオフィス

「あいのたね♡まこう!」

●今週のゲストは、シンガーソングライターのイルカさんです。この度はありがとうございます。20年ぶりのご出演となります。

「あっという間に20年経ったんですね」

●私は初めてお話をうかがいます。改めて、イルカさん、よろしくお願いいたします。

「よろしくお願いいたします」

●イルカさんは来年、活動55周年をお迎えになるということで、おめでとうございます!

「ありがとうございます。来年の5月からになるので、“5・5・5”という感じになりますね(笑)」

●今年はプレ55周年イヤーということなんですよね?

「そうですね」

●半世紀以上、音楽活動を続けてこられて、今どんな思いがありますか?

「そうですね~、短い感じもするんですけど、いろいろ思い返すと長いな〜と思ったり・・・それから最近思うのは、あとどのくらい歌っていけるのかな~って感じですね」

●去年は紅白歌合戦にもご出演されて、大変話題にもなりました。

「ありがとうございます。32年ぶりということでね」

●そして最新の配信限定シングルが『あいのたね♡まこう!』という曲です。この曲にはどんな思いが込められているんですか?

「この言葉自体がちょうど、おととしあたりかな~、なんかね私、曲が生まれる時っていつも自分の目の前にふわっと現れるんですね。で、“あいのたね、まこう”って何だろう? そんなの当たり前じゃないかって、自分でもすごく否定気味だったんですけれども・・・。

 でも周りを見ると、やっぱりニュースを聞いたり見たりしていても、非常に不安定なことがずっと続いていて・・・やはり災害がものすごく多くなった。それから戦争なんていう・・・まさか自分が生きているうちに、こんなにたくさんのところで戦争が起きてしまうなんて・・・というものがあったり・・・。

 それから、ウイルスのパンデミックということがあって、そして自然破壊というようなことがいろいろ日々、織り重なるようにどんどん拡大しているような気がして・・・。

 そして何よりも、いちばん恐ろしいなと思ったのは、人々同士が憎しみ合ってしまうことですね。やはり悲惨な目にあったら、相手を憎んでしまうタネが生まれてしまうのかもしれないんですね。

 じゃあ、どうしたらいいのかということは、ひとりの力ではどうにもならないんですけれども、どんなに小さくてもいいから、一粒でもいいから、私が生きているうちに“愛のタネ”を蒔いていったら、いつか花が咲いて、そこから芽が出るかもしれないな~っていうそんな気がしたんですね。だから、“ばあちゃんの遺言のような歌”って言っているんですよ」

あいのたね まこう

みんな生き物同士、一心同体

※この番組「ザ・フリントストーン」のテーマが「自然」や「環境」です。改めてになるんですが、イルカさんの「自然感」のようなものをお聞きしたいと思います。生まれも育ちも東京ですよね。どんなお子さんでしたか?

「私は自分が思っていることを一切、言えない子供でした。だから学校でも、手を挙げて、“は~い!”とか “先生、わかります!”とか言うことが絶対できない子だったんですよ。

 それでいつも心の中にいろんなことが、膨らんで膨らんで膨らんでいるような子で、ひとり遊びばっかりしているような、そんな子だったんですね。その時に相手になって遊んでくれたのは、石ころとかアリンコとか葉っぱとか、そういう身近にあるようなものだったんですね。

 (生まれは)東京ですから、そんなにいろんなものに囲まれているわけじゃないんだけど、私の昭和の子供の時代(苦笑)、東京でも中野区で生まれ育ったんですけど、それでもまだまだ身近にいろんな虫がいたりして、そういう虫とかアリンコとか、石ころで遊んでいたので、自分が人間で相手が動物で鉱物で、とかっていう境がないんですよね、私の中には。

 だからこの地球の上に棲んでいる、みんな生き物同士っていう、そういう感覚が今でも続いていますね」

●そうだったんですね。お花を摘んだりとか虫取りしたりとか、植物とか小さな生き物に対する好奇心は旺盛だったっていうことなんですね?

「好奇心っていうよりか、横にいてくれる友達って感じですね」

●自然や生き物から教わったことってありますか?

「それはもうたくさんあると思いますね。やっぱり生きる力っていうのがすごいなと思ってね。
 アリンコの行列を見ていると、ものすごく小さいのにものすごく大きなものを運んで、頭の上にいっぱい乗っけて、だ~っと・・・(アリは)何のためにやっているのかなとかいろいろ思って、これは冬を迎えるために準備しているのかとか、そういうお話の中から小さな頭でいろんなことを考えてみるんですけども・・・。

 それでも中には死んでいるアリがいたりするわけですよね、暑い夏。それから人に踏まれている生き物もいたり、そうすると、あ~あ・・・でもこれが土に返って、またいつか新しい命として生まれるんだな~とかね。そんなことも虫とか土とか葉っぱとか、そういうものから本当に教わった気がしますね」

●そういった子供の頃の体験は、曲作りに活かされているって思われますか?

「活かそうっていう気持ちは全然ないんですよ、私の中には。それしかないから(苦笑)。自分で活かしているのかどうかわからないんだけれども、私の場合は逆にラヴ・ソングを書くほうが難しくて・・・活かせるような恋をいっぱいすれば、よかったなと思うぐらい・・・(苦笑)

 だから生き物たちっていうのは、常に何か一心同体のような感じがしているので、風がさ~っと吹いてきたものを見れば、あ〜、葉っぱをひとつずつ揺らしていくんだなとか、そこから一曲生まれたりとかね。すべての、何て言うんですかね、“森羅万象”から受け取れるメッセージっていうものを、今でもとても大切にしていますね」

IUCN親善大使、日本委員会

※イルカさんは2004年7月にIUCN国際自然保護連合の初代親善大使に就任され、2022年からはIUCNの日本委員会と一緒に活動を続けているということなんですが・・・そもそもIUCNの初代親善大使に就任されたのは、何かきっかけがあったんですか?

「これは外務省と環境省が国家会員という形で(IUCNに)入って、外務省のほうから私に“親善大使として、いかがですか?”っていうのが、まずあったんですよ。なぜかというとIUCN自体の歴史は古いんですけども、特にアジア地域においてはなかなか、みなさんに知っていただけないと・・・じゃあ親善大使という形で誰か選出したらいいんじゃないかっていうことだったらしくて、いろいろリサーチされたらしいの。

 それでスポーツ選手のかただとか、女優さんだとか俳優さんだとか、いろいろなかたたちをリサーチされていたらしいんですけど、その中で“あっ! イルカっていう人は、いろいろ生き物の歌をたくさん作って歌っているらしい“ということで、調べられたんでしょうね、きっと(笑)。

 それで“この人だったら、やってくれるかな?”っていうことで、私のところに“(親善大使をお願いしたいのですが)いかがですか?”ということで(お話を)いただいて、“それは大変光栄なことですね”っていうことで、2004年から(IUCNの)親善大使という形で・・・ですからその時、世界で初めて親善大使っていうシステムを作ったわけですね。

 で、先ほど2022年から日本委員会っておっしゃってくださったのは、実はコロナ禍ということもあって、世界中に少しずつ少しずつ親善大使は増えていったんですけれども、なかなか(コロナ禍で)みなさん、あまり活動ができなかったということもあったと思うんですね。それで“親善大使というシステムをやめましょう”ということになったんですよ。

 それで私がそのことを受け取ったんですけれども、逆に、“いや、ちょっと待ってよ。私は任命されてから毎年IUCNのためのコンサートをやっているし、募金活動もやっているし、いろいろな形ですごくアピールしてきた。物作りとかそういうものも・・・”。なので今さら“そうですか。はい、やめます”っていうのは、今まで協力してくださったみなさまに対して大変申し訳ないから、私は“何か違う形で、自分たちで進めていく方法を考えたい”って言ったら・・・、

 “イルカさんは今まで(IUCNに)大変貢献してくださったことは、本当にみんなが認めていることなので、イルカさんが独自に、IUCNの世界での親善大使システムはやめたとしても、イルカさんはぜひ続けてください!“ということになって、“じゃあ日本委員会のみなさんと頑張りましょう!”っていうことで、公認いただいたという形ですね。これはみなさまにも発表しています」

●イルカさんから日本委員会に、いろいろ提案をされたりもするんですか?

「いや、私はひたすら勉強させてもらう立場です。私はやっぱり物作りをする人間で専門家ではないので・・・。私、小さい頃は本当にジャングルの奥地に行って、調査をしたり、野生生物を救う、そういう仕事しようって決めていた人間なんだけど、気がついたら歌っていたんですよ(笑)。

 だから学者のみなさんのことも大変尊敬していて、そういうみなさまは本当に1日も欠かさず、世界中で素晴らしい調査と活動をたくさんのかたがされているんですね。そういう今の地球のレアな情報を聞かせていただき、学ばせていただくってことは、私にとってものすごく大きなことです。それをものすごく噛み砕いて(一般の)みなさんに、“こんな感じなんだよ!”っていうことを、硬くない感じで伝えるのが親善大使としての役目だと思っています」

●もともとは自然の道に進もうと、そう考えていたんですね?

「そうなの! 小さい頃はね。だからまず獣医さんになって、それから密林に入ろうと思っていました(笑)」

ネイチャー・ポジティヴ! ユース世代の育成

※IUCNの日本委員会で、いまいちばん力を入れていることは、なんでしょうか?

「全体としては“生物多様性”ということを基本に置いていますけれども、最近いろんな言葉を提案しています。『ネイチャー・ポジティヴ』という、みなさんもいろんなところでそろそろ聞いていらっしゃると思いますけど・・・。

 今まで絶滅危惧種とか、そういう観点からみなさんに提案したり、調査の発表をしているんですけど、やっぱり今の地球は“どんどん悪くなっているよ~。大変だよ~。危機感を持って!”っていうことばかりを伝えてきたんですね。

 それだけじゃなくて、私たちが何とか頑張れば回復する力も持っているんだ! ということを、もうちょっと伝えていこうじゃないかということです。事実、回復している部分もあるんですね。

 ですから、“最後だ、最後だ、もうダメだ “ってそういうことではなく、まだまだいろんなことをポジティヴに考えていこうってことで、『ネイチャー・ポジティヴ』、それにはやっぱりこれから生まれてくる子供たちとか、それから若い人たちに頑張ってもらわなきゃいけないということで、特に私は2、3年前からユースのみなさん、若者のみなさんの育成に募金を使わせていただいています」

(編集部注:募金で集まったお金は、頻繁に開催される国際会議にユース世代が参加するための渡航費用に充てているそうです。若い人が国際会議の現場に行くと、見違えるように成長して帰ってくると、イルカさんはおっしゃっていました。

 イルカさんは、IUCN国際自然保護連合の活動をひとりでも多くのかたに知ってもらいたいという思いで「イルカwith Friends」というコンサートを毎年のように開催。IUCNの活動を紹介するコーナーがあったり、会場のロビーに展示ブースも設置。来年は20回目のコンサートが予定されています。
 イルカさんがおっしゃるには出演者の顔ぶれが毎回変わるので、出演してほしいゲストにお手紙を書いて協力をお願いするため、準備に半年ほどかかるとのことでした)

地球を汚すものは買わないぞ! 主婦の権限!?

※イルカさんは、以前のインタビューで「お台所でいろいろ考えることが多い」とおっしゃっていたんですが、これはやはり「食」のことですか?

「そうですね。『わたしのキッチンファーム』っていう歌ができたのは、息子がとってもまだちっちゃい頃なんですけれど、私は働く主婦なので家にいる時も忙しいから、息子が赤ちゃんの頃から台所で遊ばせながら、料理したり家事をやっていたんですよ。

 息子がやっと片言で喋れるようになった時に、大根の土を洗っていたら、“お母さん、この土はどこへいくの?”って聞かれたんです。その時に“これはね、ここから流れて、下水から川に行くんだよ。で、川から海につながっているから、うちのお台所は世界の海につながっているんだよ“って言った時に、自分でハッとなって・・・そうだよって。

 だから、その当時はまだ息子のママ友っていうのかな? お母さんがた、仕事している人はそんな多くなかった、まだね。もう40年ぐらい前ですから・・・。それで、私は仕事しているけど、そういうお母さんたちが、“主婦業ってなんかつまんないし、それからすごく自分が社会から隔絶されたところにいるような気がして、寂しくなる時がある“っていうそんな話をよく聞かされたんですよ。

 私は“いや、そんなことないよ! 本当にこのお台所から地球につながっているんだから、そういうことの根底を握っているのが主婦なんだから、お互いに頑張ろうよ“って話をしたら、”あっ! そうなんだ!“って言って喜んでくれたんですよ、みんな。

 それで『わたしのキッチンファーム』っていう歌を作ったんだけど、自分の中では今でもお台所仕事はそういう意味で、洗剤ひとつ選ぶことに関してもそうだし、お野菜も極力、自然農法で作ったものを食べたいと思っているし、自分自身はできないけれども、そういうお仕事をしているみなさんを支持したり応援するってことは、私たち主婦がその権限を持っているんだ!(笑)ということで、“納得しないものは買わないぞ! 世の中、地球を汚すものは買わないぞ!“っていう、そういうことでも私たち環境活動に参加できるんだよ! って、そんな話をよくしていたんですよね」

●私も今年の5月に息子を出産したんですけれども・・・。

「おめでとうございます!」

●ありがとうございます! 確かに今イルカさんのお話を聞いて、ハッとしました!

「あらっ!」

●台所から地球につながっていますね。そうですね~!

「そうなのよ! ですから、子供ってそういうものをいろいろ教えてくれるから、これから楽しみですね! 若いお母さん!」

●ありがとうございます! ちゃんといいものを選ばなきゃっていう感じですね。

「そうよ! だって一日一日食べているものの積み重ねで、私達の体ができているからね。だからそういう意味では、未来の子供たちには、やっぱりこれでいいやっていうことにはならないでしょ、ねっ!」

●自然や環境のために普段の生活で心がけていることってありますか?

「極力ね。ですから生きているだけで、私たちって地球に対して申し訳ないことをいっぱいしているんだって、いつも思うんですね。だからこれ以上、地球に迷惑をかけないように生きていかなきゃって思うと、水や土や空気を汚さないものは何だろうっていうことを、衣食住の中で常に考えてチョイスするということですね。

 それには正確な情報がないと自分で選べないじゃないですか。だからそういう意味では、IUCNの学者さんたちが、“今こんな感じで、ここの地域はこんな感じ”って言うことを、レポートで教えていただいたことを、なるべくみなさんにわかるような形で、“今やっぱり海水の温度がすごく上がってしまっているんだってよ “とか、”異常気象っていうのは、私たちが作ったものかもしれないね“とかね。そういうことを私の言葉でお伝えできたらいいなと思っています」

今この地球に生きている

※私たち人間が地球と仲良くして、よりよい地球を次の世代に渡すためには、改めて、どんなことが大事になってくると思いますか?

「まずやっぱり意識ですよね。自分は今この地球に生きているんだって。これ、息子がお腹にいる時に思ったんですよ。 “どんな息子さんを望みますか?”なんてよく聞かれたの。その時なんだろう・・・いちばん何を望む? まず健康で生まれてきてほしいっていうのは、みなさん同じなんだけれども、それ以上、何か? って言ったら、“今僕はこの瞬間にこの地球に生きているんだ!”ってことを、常に意識して生きてほしいと思ったんですよね。

 だって、ご先祖様がず~っとつなげてくれた命じゃないですか。これは自分で終わらせちゃダメなんですよ。自分のこの世代で、私達の世代で、この地球を破壊して終わらせちゃったら、本当に申し訳ないじゃないですか。だから次の世代、未来の子供たちのために、今の地球を預かっているんだっていう、そういう意識ですよね。

 そう思っているので、常に何千年も先の子供たちのためにっていう、そういう気持ちで生きています。でもできないことのほうが多いけどね・・・」

●本当に私たちの子供の世代、孫たちの世代、ずっとずっとその先も、よりいいものにしていかないといけないですよね。

「そうですね。それができるのは今だからね。今が未来につながっているでしょ。だから今を壊しちゃったら、やっぱり申し訳ないので・・・壊しちゃったら、“ごめんなさい!”って少しでもじたばたして修復しないとね」

●来年、活動55周年をお迎えになります。音楽を通してどんなことをいちばん伝えたいですか?

「そうですね。音楽は本当に音を楽しむものですからね、感性で・・・。メッセージ・ソングっていうことも、とても大切にしているんですけれども、あまりお説教ぽくならないように気をつけていますね(苦笑)。

 夫はもう亡くなって18年経つんですけれども、夫がいつも私に言っていたのは、 “活動家になるな!”と・・・。“君はすぐそういう方向に行きがちだから、活動家になるのは、そういう専門の人がやればいいことであって、君はミュージシャンであり、アーティストなんだから、やっぱり作品としての美しさがなければいけない。だから説教くさいことを言ったりとかっていうのは、ほかの人に任せておけばいい。君には君にしかできないことがあるんだから、“美しさ、まあ言ってみれば「真善美(しんぜんび)」を失うな!“ということですね、アーティストとしての。

 だからそこはいつも気をつけて、お説教くさい歌は作らないように気をつけて(苦笑)、少しでも芸術性の高いものを作って、みなさんがご自身の心の中で消化していただけるような作品を心がけたいなと思っていますね」

(編集部注:イルカさんは、親戚が呉服の仕事をやっていることもあって、2012年から「生物多様性」をテーマに着物のデザインも手掛けていらっしゃいます。展示会で一般のかたに、生物多様性のことなどをアピールできる良い機会になるとおっしゃっていました。以前は1年に一作つくっていたそうですが、コロナ禍があってストップしてしまったので、来年再開したいとのことでした)


INFORMATION

写真協力:イルカオフィス

 イルカさんは現在、最新の配信シングル「あいのたね♡まこう!」をツアータイトルにした、プレ55周年の全国ツアーを展開中。年明け2026年1月には、宮城、北海道、福島、2月には栃木、愛知、3月には神奈川でコンサート、その合間にはジョイントコンサートも予定。

 そして2026年5月からはいよいよ「イルカ55周年コンサート〜あいのたね♡まこう」のバンド編成ツアーがスタートします。スケジュールや開催場所について詳しくは、イルカさんのオフィシャルサイトをご覧ください。

 なお、ソロコンサートの会場には募金箱を設置し、IUCNの支援活動は続けていくとのことです。

◎イルカ・オフィシャルサイト:http://www.iruka-office.co.jp

写真展『Boundary|中心』〜世界の中心は一体どこにあるのか?

2025/12/7 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、世界を股にかける写真家「竹沢うるま」さんです。

 「大地」と「人間」をテーマに撮影を続ける竹沢さんの作品は、国内外で高い評価を得ていて、2014年には「日経ナショナルジオグラフィック」の写真賞を受賞。そして2015年にニューヨークで開催した個展は、多くのメディアで取り上げられるなど、大きな反響を呼びました。

 きょうは、そんな竹沢さんに100カ国以上を巡った旅の本質や、「大地」と「人間」の写真に込めた思い、そして、銀座のキャノンギャラリーで開催される写真展のことなどうかがいます。

☆写真:竹沢うるま

竹沢うるまさん

気がついたら3年、世界を放浪!?

 竹沢さんは1977年生まれ、大阪府出身。18歳の時に初めて行った沖縄の海に感動し、水中写真を撮るようになったそうです。そして同志社大学の3年生の時に、就職活動が嫌になって1年間アメリカに滞在。半年ほど西海岸で過ごし、LAの沖に浮かぶカタリナ・アイランドでよく写真を撮っていたとか。その後、アメリカを転々としながら、出会った写真家に撮り方を教わるなど、独学で写真を学んだとのこと。

 そして帰国後、仕事をするなら、やりたいことをやる、という思いで、ダイビング雑誌の出版社に写真や履歴書を送り、めでたく採用。社員カメラマンとして、おもに海外で撮影の仕事をこなし、2004年24歳の時に独立し、フリーランスに。

 ところが、食べていくために写真を撮る日々に疑問を感じ、このまま写真を仕事として続けるなら、自分の写真について考える時間が必要だと思い、思い切って仕事をストップ。1年ほど日本を離れて、海外へ。結果、2010年から2012年までのおよそ3年間、103カ国を巡る旅になったそうです。

※この3年にわたる旅では、どんな国々を巡ったんですか?

「1年くらい日本を離れて旅してみようかなと思って、で、考えていたのは南米に半年、アフリカにちょこっと、ユーラシア、それで1年。長くなったとしても1年半かなと思って日本を出ました。

 その時は海から離れて、いろんな伝統とか文化が色濃いところを訪ね歩いていってたんですけども、日本で考えていたよりも世界って広いんだなっていうのを、すごく実感して旅をしていましたね。

 で、ここいいな〜、あそこも行ってみたいな〜っていうのを追い求めてやっていると、気がついたら1年経った時点で、南米にまだいたんですよ。やばいな〜、アフリカに行かないと、と思って、そこから中東に行ってアフリカに行きました。

 全部陸路で、大陸を渡る時は飛行機ですけども、大陸の中では全部、バスとか鉄道だったんですね。で、アフリカを縦断して、アフリカは面白いな〜と思って、そのあとまた北のほうに上がって行って、気がついたらアフリカが終わった時点で2年経っていましたね。

 こうなったらもういいや、行くだけ行こうと思って、結局、最後はユーラシアも最西端のポルトガルのロカ岬から陸路でずっと日本まで帰ってきたと・・・それでさらにまた1年かかって結局3年弱ぐらい・・・別に望んでいたわけではないんですけど(笑)、結果そうなった感じですね」

写真:竹沢うるま

●バックパッカーみたいな旅だったんですか?

「そうですね。思いっきりバックパッカーですね。たぶん誰よりもバックパッカー的なバックパッカーだと思いますよ(笑)。バックパッカーの方法論はすべて実践してきた感じではありますけども、本当にいいスタイルだと思います。

 今でも時々バックパックを担いで旅をしますけれども、バックパッカーの自由さというか、縛りがない感じは自分を解き放つ感じがして、それを旅の世界で表現していくっていう感覚がありましたね。

 ある意味、バックパック・スタイルで旅をするっていうのは、自己表現なんだなっていうのもあったので、すごくいい旅をしていたんだなって今思いますけどね」

旅の本質は「移動」、「線」にある

※世界を巡る旅では、インフラが整っていない国や地域にも行ったんですよね?

「そういうところを中心に行ってましたね。そういったところのほうが、より人間の営みが濃いというか、大地の力強さがより強いとか、そういった感覚があったので、そういったところを好んで行ってたっていうのはありますね」

●目的地に着くまでも大変そうですけど・・・。

「まあ大変ですよ(笑)。大変だけど、目的地っていうのはただの目的地。旅の本質ってやっぱり移動にあるので、充実した移動であればあるほど・・・僕が言っている充実した移動というのは、効率的な移動ではなくて、自分の足で動いて行っている・・・きちんと途中の風景なり出会いというものを大切にして移動していく。

 そこが旅の本質だと思うので、目的地は単なる便宜的なゴールであって、そこに着いて何かを見るっていうよりかは、移動中にこそ旅の見るべきものがあるんじゃないかなという感覚がありましたね。でも大変っちゃ大変でしたね。バスに乗って24時間の移動とかは近いなって感じだから・・・」

●ええ〜っ!?

「アフリカでは、おんぼろバスに40時間乗り続けるってこともあったし、いちばん長い移動だったのは中国ですね。ウイグルから四川省まで列車で移動したんですけれども、国慶節にかぶっていて、すごく大混雑する時期だったんですよ。

 それで速い列車が取れなくて、しかも指定が取れなくて、席の奪い合いみたいなことをして、なんとか席を確保して、そこから80時間列車の中、乗りっぱなし・・・寝台でもなんでもない普通の列車に80時間乗りっぱなしとかもありましたけどね」

●80時間〜! でもその移動が竹沢さんにとっては、大事なポイントになるんですよね?

「そうですね。移動こそが、飛行機を使わなかったっていうのが、やっぱりそこなんですけども、点として旅を捉えるのではなくて、点と点がつながって線になっているっていう、線として自分の動いていった軌跡を残したいなっていうのもあって、線となったその旅の軌跡はやっぱり人それぞれ違うんですよ。どういう線になるのかっていうのは・・・。

 旅が終わって振り返った時にひとつの線になっているわけですよね。それってやっぱり自己表現なんじゃないかなって、その人がやってきた旅の個性なんじゃないかなと思っていて、だからこそ線が大切である。で、線はどういうことかって言うと移動、そこが最も本質的なところなんじゃないかなと思っていますね」

(編集部注:竹沢さんがこれまでに訪れた国は、なんと145から150カ国ほどだそうです。とはいえ、この5〜6年は日本で撮影していることが多く、最近では鹿児島県三島村の黒島・硫黄島・竹島、トカラ列島の悪石島などに行って写真を撮っていたそうですよ)

日本にいちばん違和感!?

※2010年から2012年までの世界を巡る、およそ3年間の旅は竹沢さんにとって、どのような意味がありましたか?

「あの旅に関してはWalkaboutってタイトルにつけているんですけども、ひとことで言えば、”通過儀礼”だったなと思いますね。そのWalkaboutって何かって言うと、オーストラリアの先住民アボリジニのかたがたは、ある一定の年齢に達するとひとりで旅に出るんですね。

 ひとりで旅に出て、半年から1年ぐらい何も持たずに、ずっと大地を旅するんですよ。その旅を終えて帰ってきた時にその村の一員として、大人として受け入れられるんですけども、その旅のことをWalkaboutって言うんですね。

 一種の通過儀礼、ひとりの人間として成立する上での通過儀礼、自分にとって、この3年間の旅は通過儀礼だったんじゃないかなというところで、Walkaboutというタイトルをつけているんですよ」

●旅をする中で、やっぱり自分は日本人だなって思う瞬間はありましたか?

「異文化の人たち、全く違う価値観の人たちと会うので、どんどん自分っていうのは、こういう人間なんだなっていうアイデンティティは明確化していくと思うんですよ。自分ってやっぱり、日本人だなとは思わないんですけども、彼らとは違うんだなっていうのはすごく思います。

 最終的に3年、旅して日本に帰ってきて、最後、韓国の釜山から船に乗って福岡にフェリーで帰ってきたんですね。
 ちょうどクリスマスのタイミングで夜着いて、福岡市の駅に着いた時にイルミネーションがすごくて、人が多くて、みんな綺麗な服を着ていて、すごく歩くのが早くて・・・その時に、3年ぶりに帰ってきた時に思ったのは、この旅で103か国をまわったけど、日本がいちばん違和感があるなっていう(笑)、なんかちょっと違うとこに来ちゃったなみたいな感覚がすごくありましたね。

 要は、もちろん旅をしている間に自分は、日本人っていうのを自覚することは多かったけれども、やっぱり会う人々、価値観、文化、伝統を出会うたびに自分の中に取り入れてきてたんだな、それが3年分集積されていて、自分を形成していたと・・・なので、3年ぶりに日本 帰ってくると、日本がすごく外国に見えたというか、そういう感じはありましたね」

人を撮る時、敬意を持って接する

※竹沢さんの撮影のテーマは「大地」、そして「人間」ということなんですが、特に人間を撮る時に心がけていることがあったら、教えてください。

「第一はやっぱり相手を尊重することかなと思いますね。相手の文化だったり価値観というものに、まずそこに対して敬意を持つこと。それプラス、写真を撮るっていう行為は結構、暴力的な行為なんですね。

 その人に属している時間を写真に撮ることによって、写真に落とし込んで、それをいわゆる写真家である僕で言うと、自分の作品として発表するわけですね。その人に属している時間だったりとか、というものを自分のところに引き寄せてしまうという行為でもあるんですね。

 非常に暴力的で、だからこそやっぱり相手に対しては、撮影する時は敬意を持って接する必要があるんだろうなと、そういうふうに考えていますよね」

●竹沢さんの作品を見ていると、人々の熱狂だったり祈りだったり、少女の笑顔があったり、その一方で厳しい自然の風景があったり、はたまたどういう状況の写真なのかなっていうのをすぐには掴めずに、じ~っと作品に見入ったりすることもあるという感じだったんですけれども、写真家として見る人に考えてもらうっていうことを意識されて作品を作られているんですか?

「いや、特に考えてもらうということはあまり意識してなくて、一時的には衝動的には撮っていますけども、僕としては見る側に、こうであってほしいなっていうのは、考えてもらうっていうよりかは、その写真がその人の中に深く長くとどまってくれるものであったら嬉しいかな~っていうのは、常々考えているとこではありますね」

写真:竹沢うるま

●シャッターを押す時って、構図を考えてじっくり待ってから押すんですか? それとも、これだ! と思って瞬間的に押すんですか?

「僕の場合は瞬間的に押す場合が多いですね。写真って考えたものがビジュアルに落とし込まれると、だいたい退屈なんですよ。人間の想像の枠の範囲内のものしか出てこないので・・・そういったものは、見る側も読み取れてしまうので、この人こうやって考えたって・・・要は感覚として伝わってこないんですね。

 表面的に、この人はこういうふうに考えたんだったなっていうのが先に伝わってしまうので、それよりかは何も考えずに衝動的に撮っていくほうが、よりその相手に何かしら伝えるものになっていくんじゃないかなとは思っていますね」

写真展「Boundary | 中心」〜世界の中心は?

※12月9日からキャノンギャラリー銀座で、写真展「Boundary | 中心」が開催されます。これはどんな写真展なんですか?

「この『Boundary(バウンダリー)』というシリーズは、これで2回目なんですけれども、1回目は『Boundary|境界』というテーマで、境界ってどういうことなんだろうかと・・・自分と相手を隔てる境界、もしくは国と国を隔てる境界、価値観と価値観を隔てる境界って何だろうか? そこを考えるシリーズだったんですね。

 今回の『Boundary|中心』は、世界の中心って一体どこにあるんだろうか? その問いを自分の中に持って世界各地を旅して、撮影したところはインドネシア、ベナン、モンゴル、ペルー、クック諸島、インド、日本ですね。

 世界のそういう国々の、いわゆる我々日本人から考えると、とても異質なもの、自分たちの価値観と遠く離れた価値観を持っている人たちを訪れて、果たして世界の中心ってどこにあるんだろうか? っていうのを写真で問いかける内容になっていますね」

●何点ぐらい展示されるんですか?

「展示は、60点ぐらいですね」

●写真展の開催に向けて、ここを見てほしいというようなポイントがあれば、ぜひ教えてください。

写真:竹沢うるま

「写真展で展示している写真には、こっちを見つめている人の写真が多くあると思うんですよね。彼らの目線を捉えた時に、自分の中でどういった問いかけが起こるのかっていうのをぜひ感じてもらいたいなと・・・。

 そういった写真の中で、彼らの目線から世界に中心ってどこにあるんだろうかっていう問いかけが来ると思いますので、それに対して自分はどういうふうに答えるんだろうかと、そういうふうに考えながら見てもらえると嬉しいかなと思いますね」

●これからの写真家人生のテーマも、変わらずに「人間」であり「大地」ですか?

「そうですね。これで一段落するわけですけど、次のテーマとしてやるとしたら・・・まあでも『人間』っていうのは変わらないかなと思います。やっぱり自分が旅を始めた頃に接した人たちは、今も変わらず、そこにいると思うんですよ。もう一回訪れてみたいなと思うんですよね。

 それは何でかって言うと、やっぱり自分の考え方が変わったから・・・世界の中心はどこにあるんだろうかとか、境界って何なんだろうかって、そうやってこの5年ぐらいで多く旅をしてきたからこそ、辿り着いたテーマではあるんですけれども、その上で自分なりに結論みたいなものを得たので、そういった自分の今の感覚を持って、もう一度、人間に会いに行きたいなっていうのはありますね」

●では最後に、竹沢さんにとって写真とは?

「自分にとって写真とは、“存在証明”かなと思っていますね。自分が確かにその場に立って、風景でも人間でもいいけれども、その前に立って自分の心の揺らぎというか、流れみたいなものを確かに感じていたと、それが写真としてビジュアル化されたもの、それが写真なんだと、自分にとっての写真なんだと・・・だから自分が確かにそこに存在していたっていう存在証明なのかなと思っています」

写真:竹沢うるま

INFORMATION

写真展「Boundary |中心」

写真展「Boundary |中心」

 12月9日から24日まで、キャノンギャラリー銀座で開催。
開館時間は午前10時30分から午後6時30分まで。入場は無料です。
見るものに問いかけるような竹沢さんの作品をぜひご覧いただき、
「世界の中心」はどこにあるのか、考えてみてはいかがしょうか。

 12月13日と20日のいずれも土曜日の午後2時から、
竹沢さんのギャラリートークが予定されています。

写真集『Boundary |中心』

 12月中旬に青幻舎から発売予定の写真集にもぜひご注目ください。
384ページにも及ぶ渾身の一冊で、
日本人には想像もつかないような世界の写真が掲載されているそうです。

写真展「On The Shore〜波の音が生まれる場所」

 竹沢さんは地元鎌倉でも、別のテーマで写真展を開催されます。
二拠点生活をしていた南太平洋のクック諸島と、鎌倉で撮った
およそ30点の写真を展示。

開催は12月15日から年明け1月18日まで。
会場は隣接するふたつの店舗「OFF SESSiON」と「海と本」のギャラリー。
入場は無料。

写真展や写真集について
詳しくは竹沢さんのオフィシャルサイトをご覧ください。
◎竹沢うるま:https://uruma-photo.com

「アリがしゃべる」!?〜アリ語の解明に挑む「アリ先生」!

2025/11/30 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、「アリ先生」として知られる岡山理科大学・理学部の教授「村上貴弘(むらかみ・たかひろ)」さんです。

 村上さんは1971年、神奈川県生まれ。茨城大学卒業。北海道大学大学院で博士号を取得。研究テーマは「菌食アリの行動生態」。菌食アリは「菌を食べるアリ」と書くんですが、おもにハキリアリのことだそうです。

 きょうは村上さんが出された新しい本『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』を参考に、農業をするアリ「ハキリアリ」の、音を使ったコミュニケーションや、コロニーを維持するための高度な社会性など、驚くべき生態に迫ります。

『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』

地球はアリの惑星!?

※本の最初に「地球はアリの惑星」と書いていらっしゃいます。その心は?

「意外に思われるかもしれないんですが、地球上にいるアリを全部集めて重さを測ると、全人類の重さより重くなるっていう研究があるんですよ」

●あんなに小さいアリなのに!?

「はい、しかも数的には二京、それぐらいの個体数がいて、地球のあらゆるところにいるので、実は地球は『アリの惑星』って言えるんじゃないかっていうことですね」

●ええ~っ! アリはいつ頃地球に出現したんですか?

「かなり昔で、だいたい1億1千万から2千万年前ぐらいにこの地球上に誕生したと言われています。人間が20万年前ぐらい前なんで、そう考えると随分(アリは)先輩だなという感じですね」

●大先輩なんですね~。現在、世界で何種類のアリが確認されているんですか?

「これも毎年新種が出るので、なかなか難しいんですけど、だいたい1万1千から2千種ぐらい記載されていまして、日本国内だと300種類ほど、記載されていますね」

●その中から村上さんがメインに研究されているのが「ハキリアリ」なんですよね?

「はい、そうです」

●改めて、どんな生態を持つアリなのか教えていただけますか。

「テレビとかで、葉っぱ運んでいるアリをよくご覧になることもあるかとは思いますが、あれがハキリアリです。日本には生息してなくて、アメリカ南部とか中米、ブラジルとかパナマとか、そういったところにしか棲んでないんですね。

 森から葉っぱを切り出して、行列で運んで巣に持って帰るんですけど、直接あの葉っぱを食べるわけじゃなくて、それを細かくちぎって丸いボール状にして、そこにキノコを植え付けて、育てたキノコを女王とか幼虫が食べるっていう、そういう農業をするアリなんですよ」

●キノコは、どうやって育てているんですか?

「どうやってっていうか・・・我々、農業をするかたがやっているのと一緒で、肥料をあげたりとか、伸びすぎたら切り取ったりとか、雑草っていうか、ほかの菌が生えたら取り除いたりとかっていうのを、本当に日々細々、ず~っとお世話をして維持しているっていう感じですね」

●キノコアリということですよね?

「基本は、はい」

●そのキノコアリは世界に何種類いるんですか?

「キノコアリは、それも250種か260種ぐらいです」

●ハキリアリも、キノコアリの仲間なんですよね?

「仲間ですね。その中で、いっぱい葉っぱ切るのをハキリアリって呼んでいます。

●キノコを食料としているんですか?

「そうです。ただ働きアリがキノコをいっぱい食べるわけじゃなくて、女王アリと幼虫がメインでキノコを食べています」

●働きアリたちは何を食べているんですか?

「これが意外とご存知ないというか、なかなかシビアな話なんですけど、働きアリになると、実はあんまりご飯を食べないんですよね。だから葉っぱを切っている時にしみ出たお汁をちょっと吸うぐらいで・・・」

●ええ~っ!

「そうなんですよ」

●ハキリアリの女王アリは、ひとつのコロニーに1匹・・・?

「そうです」

●女王アリの寿命は、だいたいどれぐらいなんですか?

「これも非常に驚かれるんですけど、僕が調べた中でも21年ぐらい生きたやつがいて、だいたい20年ぐらいは生きているって言われています」

●その中で生涯産む卵の数はどれくらいなんですか?

「1個体で3000万個以上って言われているんで、それだけいっぱい卵を産むんですよ」

巨大な巣に、天然の換気システム

※ハキリアリの巣の大きさは、どれくらいなんですか?

「これも地域によってサイズがばらつくんですけど、ブラジルの草原に作るやつがいちばん大きくて、それはショベルカーで掘るほどの大きさで、だいたい直径が10mぐらい、深さが5mぐらいの巣になっちゃいます」

●どんな構造になっているんですか?

「だいたい直径15cmぐらいのキノコ畑が、その地中にマンションのように埋まっていて、10mぐらいの巣だと、2000個とか3000個ぐらいのキノコ畑がありますね」

●部屋が分かれている感じなんですね?

「そうですね、はい」

●本に「天然の換気システム」と書かれていました。これはどういうことなんですか?

「僕はテキサスとパナマで、ハキリアリの巣を10個ぐらい掘ったことがあるんですけど、そういったキノコ畑の部屋のほかに、脇のほうにもっと深い地中につながる大きな穴が開いているんですよ。

 そこから冷たい空気がわ~と吹き込んできて、キノコが発酵している熱と混ざって、巣の中が27度、湿度がだいたい70%から80%ぐらいで、ず~っとキープされていて、余分な空気は煙突みたいなところから排気されるっていうふうになっています。なので、全く電気も使わないのにエアコンが完備されているっていう素晴らしいシステムになっていますね」

生まれた時から、仕事が決まっている!?

※そんな大きな巣は働きアリが作っていると思うんですけど・・・「働く」といっても、いろんな仕事があるんですよね?

「そうですね。僕は最初そういう研究をしていました。ハキリアリのワーカー、働きアリに1個1個、点を付けてマーキングして、どの個体がどんな仕事しているのかなっていうのを100時間ぐらい観察して、そうするとだいたい30ぐらいのタスク、お仕事しているっていうことがわかっています。33ぐらい・・・?」

●どんな仕事があるんですか?

「ありとあらゆる仕事があるんですけど、葉っぱを切ってきて戻ってきたら、その葉っぱを綺麗にする係もいれば、細かくちぎって組み上げるのもいれば、肥料をあげる係もいて、ゴミ捨てをする係もいて、巣の掃除、それから幼虫の世話、いろんな仕事がありますね」

●「私、ゴミ捨てやる」とか「私、掃除する」とか、そういうのって、どうやって決まるんですか?

「社会があんまり大きくないアリだと、年齢で決まっているんですよ」

●え~っ!

「これもちょっとなかなか、人間に当てはめると大変なんですけど、歳を取ると危険な仕事するんですよ」

●そうなんですか・・・?

「はい、若いうちに危険な仕事して命を落としちゃうと、コロニー全体の労働力にとって、すごく損失が出ちゃうんで、老い先短いほうが外に出て、何かあったとしても、ほぼ寿命だろうということにするんですが、ハキリアリぐらい(コロニーが)大きくなっちゃうと、それだとなかなか間に合わないので、基本的にハキリアリは遺伝的に生まれた時からだいたい仕事が決まっています」

●そうなんですか。生まれた時から決まっているんですか?

「はい、だから“私はキノコの世話しかしない”ってなったら、死ぬまでキノコの世話しかしない」

●ず~っと同じ仕事やり続けるっていうことなんですか?

「はい」

●え~っ!

「ただ先ほどハキリアリの女王アリは20年、生きるって言ったんですけど、働きアリは3ヶ月しか生きないので、一生と言っても短いんですよね」

●なるほど。働きアリって、休むこともありますよね?

「ハキリアリの働きアリは、ほとんど休まないです」

●そうなんですか。

「だから3ヶ月しか生きない・・・」

(編集部注:ハキリアリに限らず、働きアリは全部メス。女王アリはオスも産むそうですが、オスは1年のうち、限られた時期にしか出てこないそうです。 

 村上さんがおっしゃるには、オスは遺伝子的にいろんなことができないため、普段はなにもせず、巣の中をうろうろしているだけ。働きアリからは、煙たがられているそうです。

 オスは翅があるので飛んでいって、ほかの巣の女王アリと交尾して、一生を終えるとのこと。言ってみれば、オスは繁殖のためだけにいるってことなんですね。

 ちなみに、村上さんが初めてハキリアリに出会ったのは、1993年10月、パナマ運河に浮かぶ「バロ・コロラド島」という無人島。子供の頃から昆虫図鑑で知っていた、憧れのアリの実物に出会えたのは22歳の時で、その後、毎年のようにバロ・コロラド島に通ってハキリアリの調査・研究をされています)

ハキリアリはおしゃべり!?

※村上さんの本『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』のタイトルにある「おしゃべりなアリ」、これは村上さんが2012年から研究されている、ハキリアリが発する声というか、音なんですよね。

●ハキリアリってしゃべるんですか?

「そうなんですよ。ハキリアリだけじゃなくてアリの(種の)半分ぐらいがしゃべれるんですけど、我々の研究グループで開発した録音装置を使うと、ハキリアリだと、すごくおしゃべりをするっていうのを見つけたのが2012年ですね」

●言葉のようなもので、コミュニケーションをとっているっていうことなんですか?

「まあ言語と言っちゃうと怒られるんですけど、解析している感覚だとやっぱり言葉に近い、言語に近いものを使っているんじゃないかなって思って解析を進めています」

●どうしてそれに気づいたんですか?

「最初にハキリアリの巣の中に録音装置を入れてイヤフォンで聴いた時に、めちゃくちゃしゃべっているんですよ。音がすごく溢れていて、なんか宇宙人の会話を聴いているような、それぐらい音のやり取りがあって、何かしら意思の疎通をしているんじゃなかろうかっていうぐらい活発な音があって、これはちゃんと解析せにゃいけんなっていう感じでしたね」

●初めて聴いた時はどうでした?

「もう本当にびっくりして・・・なんかちょっと感動というよりは怖かったですね」

●なんだ、これという感じ?(笑)

「なんだ、これはっていう・・・これはやばい世界をそれこそ覗いてしまっている、盗み聴きしてしまっているんじゃないだろうかって・・・」

●ハキリアリにはその声というか、音を出す器官みたいなものがあるっていうことですか?

「はい、半分ぐらいのアリはそもそも発音する器官を持っていて、それは電子顕微鏡とかで確認しているんですね」

●会話ができているっていうことは、耳のような音を聴く器官もあるっていうことですよね?

「はい、意外なことにアリの耳がどこにあるかっていうのを、正確にはまだちょっとわかってなかったんですけど、一応我々の研究チームで耳の研究もしていまして、今のところアリの耳は確実にちゃんと、しかもいっぱいあるっていうのがわかっています」

●いっぱい、あるんですか?

「いっぱいあったんですよ」

●へぇ~、どこにあったんですか?

「各足に2個ずつあって、触覚にもあるので14個あるんですよ」

キュキュ、キョッキョッ・・・アリ語!?

※村上さんはハキリアリの、ごくごく小さな音を録音するために、15年ほど前に専門家と一緒に録音装置を共同開発。それは秋葉原などで市販されている安価なコンデンサーマイクを使って作った録音機材で、アンプとパソコンにつないで増幅して、音を聴くそうです。

●これまでにどれくらいの時間、録音して、どの程度、解析できたんですか?

「いちばん一生懸命、研究しているときだと3ヶ月まるまる使って・・・それでもファイルの時間数でいうと、合計で10時間分くらいなんですね。その解析に例えばひとつ15分のファイルで1ヶ月半ぐらいかかっています。その解析まで含めたら膨大な時間をかけてやっています」

●言葉のようなものをひとつひとつ拾っていくってことですよね?

「しかも別に参照するデータがあるわけじゃないので、この音は例えば僕らが聴こえる音の感じだと、“キュッ”なのか“キョッ”なのか“ギッ”なのかっていうのをちょっと当てはめてメモして、それを切り出して、音素解析っていうのをやっていくんですけど、さっき言った15分のファイルで1ヶ月半かかったファイルだと、7700回くらい音が出ているんですよ。

 大学にいる間に解析が終わらないので、家に帰ってもやるんですけど、あまりに大変で寝落ちしちゃって、娘が起こしてくれたんですけど、その時に娘に向かって“キュキュキュキュ、キョッキョッキョッ”って・・・(笑)。(娘が)“お父さん、お父さん、アリ語、喋っているよ?”ってなってしまったぐらいな感じにはやっています」

●本当にたくさんの時間をかけて研究されていたんですね(笑)。これまでにわかった言葉のようなものって何種類ぐらいあるんですか?

「統計的に優位な差が出ているのは15種類あって、そのうち体のサイズも合わせてやるとなると、条件を厳しくして11種類になっているので、日本語で51音、英語で26音と考えると、音のタイプとしては結構多いんじゃないかなと思います」

●それぞれ意味があるんですよね?

「基本的には、この刺激とかこの状況でこういう音っていう・・・」

(*放送ではここで、特別にお借りしたハキリアリの音のデータを聴いていただきました。流した音は3つ。いずれも働きアリで「マメ科の葉っぱを切る時に発する音」「キノコ畑での警戒音」「幼虫の世話をいている時の音」)

●女王アリも音を発するんですか?

「女王アリの出す音は、ちょっと怖い音を出すっていうのがわかっています」

●ほかのアリとはまた別の音ですか?

「全然違いますね」

●どう違うんですか?

「(女王アリは)ものすごく大きい音を出すんですけど、その音を聴かせると働きアリはその場でフリーズしちゃうんですよ。

 僕が女王アリの音を録っている時の状況は、どうしても巣を破壊している時が多いので、働きアリが右往左往としている時に、女王アリが大きい音を出すと、働きアリはそこで一瞬フリーズするんですね。

 おそらくその隙に女王アリは逃げちゃうと・・・だからその音の役割としては、“あなたたちは、ここに留まって闘いなさいよ”っていう意味なんじゃないかなっていうふうに推測しています」

(*放送ではここで特別に、女王アリが発する音をお聴かせました)

●ハキリアリ以外のアリも、おしゃべりはするんですか?

「そうですね。これも僕の研究なんですけど、社会があまり大きくないグループって、おしゃべりじゃないんですよ。ちっちゃいコロニー、あまり働きアリがいっぱいいないやつは、すご~く静かな社会です。

 社会がどんどん複雑になればなるほど、すごくおしゃべりになっていくので、これは別にアリに限ったことじゃなくて、やっぱり社会を維持するところでは、結構、普遍的な原理なのかなっていうふうに思っています」

アリとネゴシエーション!?

※村上さんの研究で、ハキリアリの言葉のようなものがわかってきて、今後「アリ語」の解明がもっと進めば、どんなことに役立つと思いますか?

「基本的には純粋にサイエンスを追求したいというのがあるんですが、ハキリアリは習性を知っていただければわかるように葉っぱを切っちゃうんで、非常に人間の社会にとっては影響が大きいと・・・。

 例えば農作物とか果樹園の木の葉っぱを切っちゃって農業被害が出ちゃうんですが、ブラジルの国家予算の10%くらいがハキリアリ対策予算って言われていて、それがだいたい化学物質、農薬とか殺虫剤を使っちゃうんですけど、かなり環境の負荷が大きいんですね。

 音を使ってアリに言うことを聞かせるっていうかネゴシエーションして、腹を割って話して、“こっちに来ないで”とか、もうちょっと進んだら、“うちの雑草を刈ってよ”とか、そういうふうなことができると、とてもいいなって思って研究しています」

●村上さんがアリ語をしゃべれたら、アリに何を聞きたいですか?

「もう30年くらいアリを飼育していたり、研究しているので、なんとなくはアリの言っていることはわかる気がするんですね。特別にこれを聞きたいっていうことはないんですけど、まあなんか日常会話をしてみたいなっていう気はしています」

●いずれは「アリ語辞典」とかも作ったりできるってことですよね?

「そうですね。だから一部、そういうふうなものを作りつつあるっていうことだとは思うんですけど・・・」

●寝言でアリ語をしゃべっちゃう村上さんですけど、アリになりたいと思ったことはありますか?(笑)

「だからそういうことしている時って、アリと人間の境目は割とない感じはしていて(笑)、一生懸命、行動観察とかしていても、どっちかっていうとアリの世界の中に降りていっている感じがしているから、既にアリの一部にはなっているんじゃないかなって思っています」

●では最後に、この本『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』を通して、どんなことをいちばん伝えたいですか?

「そうですね・・・さっきもちょっと言いましたけれど、やっぱりアリの多様な世界を見て、そして我々がなんとなく先入観で、進化ってすごくいいものが残るみたいに思っているんですけど、そうじゃなくて、多様でいろんなものがこの地球上には残る可能性があって、それはあまりカチカチと考えるんじゃなくて、アリをのんびり眺めていれば、よくわかるんじゃないかなっていうのが伝わるといいな~って思っています」

(編集部注:村上さんは小・中学生の子供達と「アリリンガル」プロジェクトを進めていらっしゃいます。アリとおしゃべりするための、アリ語翻訳機を子供たちと一緒に作っているそうですよ)では、結構、普遍的な原理なのかなっていうふうに思っています」


INFORMATION

『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』

『アリ先生、おしゃべりなアリの世界をのぞく』

 村上さんの新しい本には、アリの生態に魅せられた村上さんの、少年時代のエピソードから、研究者になってからの、とんでもなくユニークな日々が綴られています。老若男女が楽しめるエッセイをぜひ読んでください。

 巻末には、村上さんが描いたイラストによるアリ図鑑も掲載。そしてQRコードからハキリアリの発する音が聴ける特典がありますよ。ぜひ本をお買い求めのうえ、特典にアクセスしてください。

 扶桑社から絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎扶桑社:https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594101435

国立科学博物館で開催中の『大絶滅展〜生命史のビッグファイブ』を特集!

2025/11/23 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、国立科学博物館・生命史研究部・進化古生物研究グループ長の「矢部 淳(やべ・あつし)」さんです。

 現在、上野の国立科学博物館で好評開催中の『大絶滅展〜生命史のビッグファイブ』。この特別展は、地球に生命が誕生して40億年の間に起こった「大量絶滅」にスポットを当てた、これまでにはない展示となっています。

 海の古代生物の化石や恐竜の骨格標本など、なかなかお目にかかれない貴重な標本が工夫を凝らして展示。迫力のある映像にも圧倒されます。

 さらに音声ナビゲーターとして「福山雅治」さんが出演。また、福山さんが世界の秘境や辺境で撮った写真も展示されていて、こちらも話題になっています。

 今週はそんな『大絶滅展〜生命史のビッグファイブ』をクローズアップ!

 この特別展の総合監修を担当された国立科学博物館の古生物学者、矢部 淳さんをお迎えし、これまでに地球で起こった5回の大量絶滅を紐解きつつ、今回の特別展の見どころなど、お話しいただきます。

☆写真協力:国立科学博物館

福山雅治さんと矢部淳さん
福山雅治さんと矢部淳さん

5回の大量絶滅「ビッグファイブ」

※矢部さんは1971年、茨城県生まれ。筑波大学から大学院、そして福井県立恐竜博物館を経て、2012年から国立科学博物館の古生物学者として活躍されています。

 ご専門は植物の進化。日本全国、北は北海道から南は沖縄まで調査に出かけ、植物の化石などを採取。植物がどんな環境で移り変わってきたのかに注目し、研究。古代の植物から当時の環境と生き物との関係性を知ることができるそうです。

●それでは矢部さんにお話をうかがっていきます。今回の特別展は「大量絶滅」にフォーカスした展示になっています。大量絶滅をテーマにしたのは、どうしてなんですか?

「大量絶滅、今回は大絶滅という言い方もしているんですけども、みなさん一般的には、おそらく恐竜が絶滅したことがよく知られていると思うんですよね。多くのかたのイメージとしては、恐竜は隕石が衝突して絶滅した、その研究はもう終わってしまっていて・・・というふうな印象があるんじゃないかと思ったんですね。

 実はこのあとお話をする5回の大量絶滅、全部について、現在も多くの研究が行なわれていて、研究会というか学術会ですごくホットなんですよね。

 そういったことを紹介したいなっていうことがひとつと、もうひとつは現在、私たちが暮らす環境において、いろんな生物が絶滅の危機に瀕していることが知られていると思うんですけれども、過去に学ぶことで、私たちの今のことを考えるきっかけになればいいな、そういったふたつの思いがありました」

写真協力:国立科学博物館

●この特別展の副題に「生命史のビッグファイブ」とあります。改めてこのビッグファイブとは、どういったことなんでしょうか?

「目に見えるサイズの化石が見つかるようになったのが、およそ5億4000万年ぐらい前なんですね。それ以降、化石がたくさん見つかるようになります。それはなぜかというと、殻を持つもの、あるいは骨格を持つものがその時期に現れたからなんですね。

 それ以降の時代で、生物の多様性を並べてみた時に5回、多様性がすごく減る時期があることが知られていて、それが大量絶滅と言われるものなんですけれども、その5回を『ビッグファイブ』と呼んでいます」

●先ほど矢部さんからお話がありましたけれども、巨大な隕石が衝突して恐竜が絶滅したという話は聞いたことはありました。それ以外の大量絶滅は、どんな原因があったんですか?

写真協力:国立科学博物館

「まだわかってないこともいろいろあるんですけれども、最近の研究でようやくわかってきたのが、5回のうちの4回、要は恐竜の絶滅以外の4回は、いずれも大規模な火山の活動によるものだったと考えられるようになってきています。

 火山の活動が活発になると、小尾さんもたぶん想像できると思うんですけど、温室効果ガスがたくさん含まれているんですよね。CO2ですけども、それがたくさん含まれているものが放出されると、例えば温暖化するとか、逆に火山灰が地球の成層圏を覆ってしまうと、太陽の光が届かなくて寒冷化するとか、火山の活動がきっかけとなって、いろいろな環境の変化が起こる、それがいろんな生物に影響した、そういったことだと考えられるようになっています」

(編集部注:矢部さんによると、学者や研究者が大量絶滅に気づいたのは、意外に早くて、19世紀の中頃で、地層に残っていた化石が地質年代の前後で大きく変わることから、大絶滅があったとわかったそうです)

「大絶滅展」の監修を務めた10人の研究者
「大絶滅展」の監修を務めた10人の研究者

3番目の大絶滅が最大級!

※5回の大量絶滅それぞれで、どんな生き物が絶滅し、そのあと、どんな生物が繁栄していったのか、教えてください。

「5回の絶滅は古くなればなるほど、みなさんにあまり馴染みのない生き物が多くなるので、ちょっと難しいかもしれないんですが・・・いちばん最初の絶滅、これは古生代の前半、オルドビス紀とシルル紀という時代の境、およそ4億4500万年ぐらい前だと言われているんですね。

 この時期の絶滅は、まだ陸上に生き物がほとんどいなかった時代なので、おもには海で起こっていて、その頃生きていた、例えば三葉虫とか腕足動物とか聞いたことありますかね・・・そういった生き物が大きな影響を受けていますね。

 その後の世界は、実はそれまでにいなかった珊瑚の仲間がすごく発達して、そのお陰でそれを中心とした、例えば顎を持った魚とか、様々な生き物があとの世界で繁栄したと考えられています。

 2番目の絶滅、これはデボン紀という時代の終わり頃に起こったと言われていて、3億7000万年前ですね。この時の絶滅では先ほど言った珊瑚類が結構、実は影響を受けて、三葉虫の仲間も影響を受けて、顎を持たない魚・・・これらの仲間が絶滅をしたと言われています」

 その後の世界に出てくるのが、今私たちの身のまわりにいる魚に近い軟骨魚類、サメとか、硬骨魚類とか、そういった仲間が現れたり・・・この時期、ちょっと特徴的なのは、それより前の時代は海の生き物ばっかりだったっていう話をしたと思うんですけども、このデボン紀という時代の終わりの絶滅以降は、陸上の世界がすごく華やかになったと言われています。

 で、3番目の絶滅ですが、これは古生代末、ペルム紀と中生代の最初の三畳紀という時代の境で起こった絶滅ですね。2億5000万年ぐらい前なんですけども、この時には先ほどまでずっと紹介してきた三葉虫の仲間、ここまでかろうじて生き延びてきたんですけれども、それが完全にいなくなったり、腕足動物もほとんどがいなくなったりというようなことが起こりました。陸上でも非常に大きな絶滅が起こりました。

 実はこの時期の絶滅が5回のうちで最も大きくて、陸でも海でも90%を超えるような絶滅が起こったと考えられているので、本当にありとあらゆるものが絶滅したと言っていいと思うんですね。

 その後は、かろうじて生き残ったものとして、私たち哺乳類につながるような仲間、キノドン類って言うんですけれども、そういった仲間とか・・・海の中では爬虫類の仲間なんですけど、魚竜と言って海の中で生きるような仲間がいるんですけれども、そういった生き物がその絶滅の後に繁栄したと言われたりしています」

進化のきっかけは大量絶滅!?

※続いて、4番目と5番目の絶滅について説明していただきました。

「4番目の絶滅、これは中生代の前半の三畳紀とジュラ紀の間、およそ2億年ぐらい前なんですけども、この時には海にいたアンモナイトであるとか、先ほど言った原始的な魚竜の仲間が絶滅して、その結果として、実は一般にすごく馴染みのある恐竜とか、いわゆる中生代を特徴づけるような生き物がこの後、華やかになっていったと言われています。

写真協力:国立科学博物館

 5番目が、最初のほうにもお話をした中生代と新生代の境界、白亜紀と古第三紀の境界ですね。6600万年前、小惑星の衝突によって起こったという絶滅イベントなんですけども、この時にいわゆる鳥以外の恐竜が絶滅し、ほかにも海ではアンモナイトとか、海生の爬虫類の仲間が絶滅したり、様々な生き物がこの時も絶滅したんですね。その後の世界に私たち哺乳類の繁栄が訪れたということになります。

 植物で言うと、それ以前から現れてはいたんですけれども、この後の時代に花を咲かせる植物、被子植物っていうんですが、それが非常に繁栄した、そんな変化がありました」

●絶滅っていうと、どうしてもネガティブなイメージがありますけれども、生命の進化というふうに考えるとネガティブではなさそうですね?

「いいところを強調していただいてありがとうございます。普段の絶滅というのも、進化の陰でというか、進化と同時に起こっているんですが、大量絶滅が特にその進化に影響したと考えられているんですね。

 なぜかというと、例えば何十%とかっていう種がいなくなってしまうと、それらがいた場所がぽっかりと空くわけですよね。そうするとわずかに生き残った生き物がそこで多様に広がっていく機会ができる、そういった捉え方ができるのかなと思っています」

(編集部注:先ほど、最も大きかった3番目の大量絶滅では、陸でも海でも90%以上の生き物が絶滅したというお話がありましたが、ひとくちに大量絶滅といって40%から70%のこともあったりと、まちまちだそうです。それでも、生き物が60%から70%も絶滅するというのは凄まじいことだと矢部さんはおっしゃっていました)

6つのコーナーを束ねる「大絶滅スフィア」!

※今回の特別展は、総合監修の矢部さんを含め、10人の研究者のかたが監修にあたり、6つのコーナーに分けて、海の古代生物や恐竜の化石などを展示しています。その中から、見どころというか、特徴的な展示をいくつか教えてください。

「実は6つのコーナーを束ねる場所があって、展示のちょうど中央付近、私たち『大絶滅スフィア』って呼んでいるんですけど・・・スフィアってわかりますか? 地球儀のような球体を言うんですが、それが中央にでーんと鎮座しているんですね。

写真協力:国立科学博物館

 そこで何をしているかっていうと・・・先ほどまでお話してきた大絶滅、その大部分が火山の活動で起こっていることがわかってきていて、その火山の活動は、大地の動きが火山の原因であったり、火山の噴火の結果であったりするんですけども、大地の動きと火山の噴火、それがわかるようなモニターとして、大絶滅スフィアを置いています。

 そこが展示のイントロであるとか、展示の全体の関連性みたいなのを知るのにすごくいいところなので、大変美しいモニターですし、ぜひ見ていただきたいなと思っています。

 それ以外にも、本当にたくさんあるんですけども、実は6つのコーナーのそれぞれに、その時代を特徴づけるようなハイライト展示みたいなのを置いているんですね。それはお立ち台のようになっていて、そこにその時代を特徴づける生き物の化石であるとか、それを説明するための原寸大の模型のようなものを置いていて、それが非常にわかりやすいし、迫力があるかなと思っています。

写真協力:国立科学博物館

 展示しているものとしては、チラシとかでも紹介しているんですけど・・・オルドビス紀で言えば、『アノマロカリス』というカンブリア紀を代表する生き物がいるんですけども、それの仲間であるとか・・・。

 私が好きなところでは、2番目の絶滅に関連しているところに『ダンクルオステウス』っていう、甲冑魚みたいな・・・体の外側に甲冑を持っているような巨大な魚で、そういったものが展示されていたり・・・。

写真協力:国立科学博物館

 あとは4番目の絶滅、三畳紀やジュラ紀のところでは、巨大な恐竜と恐竜ではない爬虫類が展示されていたりとか・・・そういったものをぜひ見ていただきたいなと思っています」

(編集部注:今回の特別展では、世界有数のコレクションで知られる、アメリカ・コロラド州にあるデンバー自然科学博物館の貴重な標本の数々が展示されています。その中には日本初公開の標本もあるんですよ)

「大絶滅展」のためにモロッコで発掘調査

※この特別展のためにモロッコで発掘調査をされて、その展示もありました。どうしてモロッコだったんですか?

「モロッコは、実は5回の絶滅事変の1番目、2番目、4番目に関係する地層、そして化石が見つかる場所なんですよ。なので今回『大絶滅展』を展示で扱うにあたって、新しい情報を自分たちで見つけて提供したいなって思った時に、その3つの絶滅事変に関係している地層があるっていうのはすごく魅力的で、それでモロッコで調査をしたいなと思ったわけなんですよね」

●いつ頃、どれぐらいの期間、発掘調査をされたんですか?

「2023年の12月年末ですね。3週間ぐらい発掘をしていました」

●矢部さんも参加されたんですね?

「あ、いえいえ、いかにも(発掘調査に参加)したかのよう言い方をしていましたけども、そうではなくて10名のうちの3名が参加して調査をしてきました」

●どんな化石が見つかりましたか?

「第1章、第2章で展示をしているような様々な無脊椎動物、脊椎動物の化石が見つかっているんですね。ちょっと聞き慣れない言葉かもしれないんですけども、オルドビス紀という、最初の絶滅の前の時代で、今世界的に注目されている化石群集っていうのがあって『フェゾウアタ化石群』っていうんですけども、そこの様々な化石を収集することができました。

 その中には例えば、ウニやヒトデの仲間のとても原始的なものであるとか、先ほど言った『エーギロカシス』っていうアノマロカリス類の仲間であるとか、そういったものが見つかっているところなんです。そのフェゾウアタ化石群で、様々なものを見つけたっていうのがひとつあります。

 もうひとつは、これは共同で発掘した、東京都市大学の発掘で見つかったものなんですね。デボン紀、2番目の絶滅イベントの絶滅前の時代ですけど、先ほど言ったダンクルオステウスっていう甲冑魚、その実物の化石が見つかっていて、それを模型と一緒に展示をしています。

 あとは化石ばかりではなくて、絶滅イベントに関係した、そのきっかけとして火山活動があったと言いましたけども、その大規模な火山活動によって出てきた溶岩流とか、これは三畳紀末のものだったりするんですけども、それを観察して調査をして岩石を採取することができて、それも展示室で見ることができます」

●では最後に「大絶滅展」の総合監修を担当された矢部さんから、ここは特に見てほしい、そしてこんなことを感じてくれたら嬉しい、ということがあれば、ぜひお願いします。

「何度か申し上げていることかもしれないんですけども・・・絶滅というと、どうしてもネガティブに捉えがちだと思うんですけど、実はそうとばかりも言えない側面があることを知っていただきたいなというところですね。

 展示会場は、さすがに(照明が)明るくてってことはないんですけども、デザインもすごくポップで楽しげな展示室にもなっているので、どういうふうにして今の多様な世界につながっているのか、そんなことを感じていただければいいかなと思っています」


INFORMATION

 開催は来年の2月23日まで。開館時間は午前9時から午後5時まで。入館は4時30分まで。入場料は、当日券で 一般・大学生2,300円、小・中・高校生600円。福山雅治さんが音声ナビゲーターとして出演されている、音声ガイドのレンタル機器はおひとり1台650円。矢部さんもナビゲーターとして登場されますよ。

写真協力:国立科学博物館

 第二会場では特別企画として、福山さんが世界の秘境や辺境で撮った生き物や風景の写真を展示。つい最近取材で出かけたというガラパゴス諸島で撮った最新の写真も見ることができます。ぜひお出かけください。

 詳しくはオフィシャルサイトをご覧ください。

◎『大絶滅展〜生命史のビッグファイブ』:https://daizetsumetsu.jp

イカやタコの奇想天外な繁殖方法〜リレーバトン方式!? 電車方式!?

2025/11/16 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東海大学・海洋学部の准教授「佐藤成祥(さとう・のりよし)」さんです。

 佐藤さんは1980年、北海道札幌市生まれ。北里大学水産学部を卒業後、北海道大学 環境科学院で学位を取得。

 ご専門は、動物の行動や進化を研究する「行動生態学」。おもな研究対象はイカやタコ。いろんな生き物がいる中で、なぜイカやタコを選んだのか、それは海の中で独自の生き方をし、面白い特徴があるからだそうです。

 そんな佐藤さんが先頃『イカの恋、タコの愛』という本を出されました。本のタイトルにとても興味を持った当番組のスタッフがどうしてもお話をお聞きしたいということで、学会のために沖縄に出張していた佐藤さんをつかまえて、リモートでお話をお聞きすることができました。

 きょうは、イカやタコの不思議な生態の中から、特に繁殖のための駆け引きや、子孫を残すための驚くべき戦略のお話などをお届けします。

☆写真提供:佐藤成祥

佐藤成祥さん

貝の仲間、頭足類

※まずは、イカやタコがどんな生き物なのか、お聞きしました。

「基本的なところで言いますと、イカやタコは海の中の生き物でいちばん近いのが貝です。貝というと、どっちかというとあまり表情がない・・・みなさん食事でシジミとかアサリとか食べていると思うんですけれども、(イカやタコは)貝殻を失って、その代わりに機動力が増した、動けるようになった仲間がイカやタコですね。

 動けるようになる、そういう進化の過程で、賢くなったり目が良くなったりという・・・我々が見ても顔がなじみのあるような形にどんどんとなっていったということです。今はもう貝とは似ているなという感じには思わなくなってはいるんですけれども、もともとは貝と非常に近いところにいた生き物なんです」

●体付きは人間とは全く違っていて、胴体と足だけに見えますけど、どんな構造になっているんですか?

「よく漫画で、火星人とか頭でっかちで足だけで歩いているような感じで描かれているので、特にタコなんかは胴体というか、頭でっかちって印象があるのかもしれないですけども、あれが全部胴体なんですね。

 頭自体は目があるところの中心に脳みそがある。実は頭はそれほどでかくないんですけれども、その頭から直接手足が生えている。なので、“頭足類”の仲間たちというところですね。体の仕組みは我々とはだいぶ違っている感じになっています」

マダコ
マダコ

●骨はないですよね?

「そうですね。もともと貝類もイカ・タコ類も含めて軟体動物と総称で言われるんですけれども、その名の通り柔らかいんです。それは体を支持する、我々だったら骨があるわけですけれども、そういうのが一切ない。

 逆に骨で体を保つのを外側に持ってきた、いわゆる“外骨格”って言うんですけれども、貝殻を外に持ってきて、それで身を守る。あるいは形を保つようになったのが貝なんですね。

 なので、もともとは骨があって、それが外側にある。我々のように体の中にある骨とは違って、体の外にあるんですけれども、それすらもイカとタコはなくなってしまった、ちっちゃくなってしまったということです」


●イカ焼き食べると、透明なプラスチックのようなものが出てきたりすると思うんですけど、あれは何ですか?

「まさにそれが骨の名残りですね。貝殻は身を守るにはいいんですけれども、やっぱり鎧っていうのは重いですから素早く動けない。そんな時に彼らは素早く動きたい方向に進化したので、外側の殻をどんどん小さくして体の中に収まるようにしていった。なので、いわゆる貝殻の名残り、骨のような名残りみたいな感じなのが、“軟甲(なんこう)”と言われているプラスチックの棒のようなものです」

(編集部注:イカの足は10本、タコは8本ありますが、佐藤さんたち研究者は、足ではなく、腕という認識で、その腕には吸盤と強力な筋肉がついているので、大きい獲物を捕まえることができるそうです)

水を噴射して自由自在!?

※イカやタコは、海中を自由自在に動き回っているようなイメージがありますが、何を使って、どんなふうに泳いでいるんですか?

「イカもタコも昔の漫画とかで、おちょぼ口のような感じで描かれているのが頭に思い浮かぶかと思うんですけれども、あれは口ではなくて “漏斗(ろうと)”と言って水の噴出する管なんですね。

 体の中に水を取り込んで、それを管から水をビュッーと噴射する。それが推進力になって、ジェット噴射をして、高速で移動できるんですね。その管は上下左右いろんな方向に曲げることができるので、その曲げた方向によってはバックもできますし、飛びかかったりっていうことが可能になっています」

●イカやタコの目って大きいですよね? 視力はいいってことですか?

「人間の測り方でどれぐらい遠くまで見られるかっていう視力自体は、なかなか測ったことがないので、どの程度、遠くまで見られるかわからないんですけれども、脊椎動物じゃない、いわゆる背骨のない無脊椎動物の中で、我々人間と同じような目の作りをしているんですね。

 それは“カメラ眼”と呼ばれているんですけれども、我々の目には瞳、レンズがあって、目の筋肉を調整することで、レンズの厚さを広げたり細くしたりして、それでピントを合わせることができるんですね。

 なので、我々は非常に細かく詳細な形を知ることができる、目がいい生き物なんですけれども、ほかの無脊椎動物は、そういう力はかなり劣っていると言われています。はっきりとした形を見ることができない無脊椎動物の中で、イカやタコは目がいいという・・・独自に進化したんですね」

●タコが墨を吐くのは、あれは敵から逃げるためなんですか?

「そうですね。タコもイカも普段は体の色を自在に変化させて、とにかく見つからないように生きているんですね。防御力が非常にある。貝殻を失った生き物たちなので、見つかって攻撃されるとすぐ傷つくし、食べられてしまうんです。それを補うようにとにかく見つからないように生きているんですよね。

 そんな中でもやっぱり見つかってしまう。そうなったときにどうするかと言うと、墨を吐いて相手を混乱させる。タコの場合は煙幕のようにバーっと散って視界を塞いでいく。イカの場合はダマになった墨をポンと吐いて、自分の分身を作るような形で、狙いを定めさせないようなことで、その隙に逃げるというそういうことをしています」

(編集部注:イカやタコは墨をはいて、敵から逃げるという話がありましたが、イカやタコのいちばんの天敵は、クジラやイルカなどの鯨類、そしてサメやマグロなどの大型の魚だそうです。特にクジラやイルカは音を使って獲物を探し、捕まえるので、逃げるために吐く墨は役に立たないとか。

 ちなみに世界にはイカの仲間がおよそ500種、タコが300種ほど。日本にはイカがおよそ200種、タコが70種ほどいるそうですよ)

精子のバトンの受け渡し

※ここからは、佐藤さんが先頃出された本『イカの恋、タコの愛』をもとにお話をうかがっていきます。この本はタイトルからもわかるように、ほかの生き物にはない特徴を持つイカやタコの繁殖方法を、ぜひ知ってほしいと思って書いた本だそうです。

『イカの恋、タコの愛』

 第二章に、頭足類の繁殖方法は「精子のバトンの受け渡し」と書いてありました。これはどういうことなんですか?

「生き物の繁殖というと子供を作るための行動なんですけれども、普通は交尾をする。オスの交尾器をメスの交尾器に挿入して精子を噴出し、受精がメスの体内で起こるというパターンと、あるいは海の動物にあるように、卵と精子をそのまま海中に投棄して、それが体の外で受精するという、大体そのふたつのパターンに別れると思うんですね。

 イカとタコに関しては体内受精っぽいですね。いわゆる組み付いて繁殖が開始されるんですけれども、交尾器というもので精子を渡すというよりは、精子のカプセルをオスが手渡しでメスにパスするというそういう特徴があるんですよね。これはほかの動物には全くない、ちょっと変わった行動だったりします」

●確かに面白いですよね。しかも“交尾”じゃなくて“交接”っていうふうに本に書かれていましたけれども・・・。

「そうですね。交尾というと、先ほど言ったように“交尾器“のようなものを交わせて、精子の受け渡しをするということなんですけれども、交尾器がないものっていうか、精子のやり取りをしないので、“交接”というふうに言っていますね」

●その交接方法でも、イカとタコそれぞれに違いがあるんですよね? 

「そうですね。イカは先ほど言ったように、精子のカプセルをオスが手渡しでメスに渡すリレー競争のバトンパスのような方式で行われるんですね。

 タコの場合はちょっとその方法が違っていて、繁殖専用の腕“交接腕”というものをオスがまずメスの体内に入れて、その腕には先端から根元までずっと溝があるんです。その溝に沿って精子のカプセルをずっと走らせて、メスの体内に運んでいく。だから電車をイメージするといいかなと思います。精子のカプセルがメスに向けて走っていくような感じで、受け渡しが行なわれています」

アオリイカ
アオリイカ

※交接のあと、メスが産卵しますが、イカやタコ、それぞれ好んで産卵する場所はどんなところなんですか?

「今回の場合はタコから先にお話しします。タコは巣を持っているんですね。海の底にべったりと這うようにして生きているタコは、普段は岩の陰であったり、あるいは砂の中に穴を掘って巣を構えて、そこを拠点に行動します。産卵の時はその巣の中に卵を産み付けて、それを守るような形です。

 イカに関して言うと、そういう巣は作ることはなくて、自由に遊泳したりしているんですね。産卵の時はサンゴだったり、岩の下だったり・・・産卵基質(さんらんきしつ)と言われている、何か物に対して卵をひとつずつくっつけていくような形で産卵が行なわれます。」

●産卵したら、その後はどうなるんですか?

「イカの場合は、そのまま産みっぱなしです」

●産みっぱなし・・・?

「はい、そうです。産卵したらメスは役割を終えたということで、その場を立ち去ります。しかし、タコに関して言うと、そこからがタコの長い繁殖のスタートで、メスが卵をかいがいしく孵化するまで世話するというようなことが知られています」

(編集部注:タコのメスが巣にとどまって卵を守り、お世話するのは、種類によりますが、数週間から1ヶ月ほど。新鮮な海水を卵に吹きかけて酸素を供給するなど献身的に世話をし、その間、飲まず食わず。そのため、筋肉も細り、体はぼろぼろ。卵が孵化したあと、メスは一生を終えるとか。

 ちなみに寿命はマダコで1年から2年ほど、ミズダコで3年から4年ほど。繁殖期はイカもタコも一生に一回だそうです)

求愛は「ゼブラ・ディスプレイ」

※子孫を残すための求愛行動は、イカやタコでもありますか?

「これに関してはタコは非常に乏しいんですね。この本の中でも書きましたが、“タコの愛”と銘打って、本当はたくさんのタコの繁殖の例を紹介したかったんですけども、研究していてもほとんどその例がないんですね。とても淡白で求愛とかほとんど行なわないんですね。

 それに比べてイカは、沿岸性のコウイカとかヤリイカは、オスがメスに向けて体の色を激しく変化させて求愛を行なことが知られています」

アメリカアオリイカの求愛
アメリカアオリイカの求愛

●いろんな柄になったりするんですよね?

「そうですね。それがイカやタコの面白いところですね。やっぱり普段、身を守るために周りに体の模様を溶け込ませる能力が、ここで求愛に役に立つ。本当に一瞬で体の色をパっと変えることができるんですね。

 とても顕著なのは“ゼブラ・ディスプレイ”といいまして、シマウマ柄ですね。白と黒のシマシマになって、メスに対してアピールをするっていうことが知られています」

●モテるオスの特徴として挙げられることって、どんなことですか?

「はい、これもイカ・タコに限定されず、多くの動物はやっぱり力強いオス、それからキラびやかな、要するにかっこいいオス、強いオスはモテるんですね。それは子孫を残しやすかったり、できた子供が強かったりっていうことがあるんですね。

 しかし、だからといって、絶対必ず大きいオスの交尾を受け入れて、小さいオスの交尾を受け入れないかっていうと、そんなことは全然なくてですね。そこら辺の基準っていうのは、実際に我々もそうですけど、聞いたらわかるものではないので、一体何が起こっているかっていうところがあるんですね。だから必ずしも強いオスだとか、かっこいいオスがモテるわけじゃないっていうのが、イカ・タコの世界でも確実になっています」

(編集部注:近年発見されたタコの興味深い繁殖方法を、佐藤さんが教えてくれました。そのタコは、オーストラリアの「ブルーラインオクトパス」という、毒を持つヒョウモンダコの仲間で、多くのタコと同じようにメスが大きく、オスは小さい。そのため、オスがメスに不用意に近づくと食べられてしまうそうです。

 そこで、ブルーラインオクトパスのオスがとった戦略は、なんと! メスに毒を注入。その毒はフグの毒くらい強いもので、メスは動けなくなり、その間にオスは、精子のカプセルを渡します。メスはその後、ちゃんと回復し、産卵に至るそうです。

 小さなオスが子孫を残すために編み出したひとつの戦略なんですね。詳しくは佐藤さんの本『イカの恋、タコの愛』に載っていますので、ぜひ読んでくださいね)

繁殖の駆け引きが複雑!?

※改めてになりますが、イカやタコの研究をされていて、どんなところにいちばん面白さを感じますか?

「ほかの動物と違って、今回の話でも最初にご紹介していただきましたけれども、精子のやりとりが、普段は我々は見ることができないんですね。我々人間もそうですし、ほかの哺乳類とか多くの動物は、体内でのやりとりで完結するんです。

 イカ・タコの場合は、それを体外でやるので繁殖したあと、メスがやっぱり嫌っていうことで排除することができたりするんですね。そういうふうな駆け引きがイカ・タコの場合は、ほかの動物よりもちょっと複雑で、それを我々は見ることができるのが何よりも特徴なんじゃないかなというふうに考えています」

●では最後にこの本『イカの恋、タコの愛』を読む方が、どんなことを感じ取ってくださったらいいですか?

「単純にイカやタコが面白いなと思ってくれるだけでいいかなと思います。イカやタコに興味を持った人が、さらにプラスで、繁殖についてはこういう側面もあるんだというような感じで、興味がもうちょっと深くなるようなことがあれば、書いて本当によかったなと思う次第ですね」

写真提供:佐藤成祥

(編集部注:佐藤さんのおもな研究対象は世界最小といわれるイカ「ヒメイカ」。体の大きさは1〜2センチほど。ヒメイカを選んだのは、日本各地の浅い海のアマモ場に生息し、網などで採りやすいという理由のほかに、実は飼育が難しいイカやタコの中で飼いやすいからだそうです。

ヒメイカ
ヒメイカ

 ヒメイカは背中に吸着器という器官があって、海藻にくっつくことができる、そんな特徴もあるそうです)


INFORMATION

『イカの恋、タコの愛』

『イカの恋、タコの愛』

 この本には、佐藤さんの研究対象「ヒメイカ」の、これまた面白い恋の駆け引きも紹介。ほかにも、私たちとは似ても似つかない不思議な体を持つイカやタコの、風変わりで面白い生態や繁殖にまつわる研究や情報が満載です。ぜひ、あなたもイカやタコのディープな世界にダイブしてみませんか。

 岩波科学ライブラリーの一冊として絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎岩波科学ライブラリー:https://www.iwanami.co.jp/book/b10140096.html

海の古代生物たちを「ジュラシック水族館」で展示!?

2025/11/9 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、東京都市大学・准教授で、古生物学者の「中島保寿(なかじま・やすひさ)」さんです。

 中島さんは1981年、東京都生まれ。東京大学から大学院に進み、2013年に理学博士に。現在は東京都市大学・准教授として活躍されています。

 子供の頃から博物館や図鑑に親しみ、化石や恐竜が身近な存在だったという中島さんは、ある科学雑誌の表紙になっていた小型の恐竜「デイノニクス」の絵に釘付けに。

 その絵は、今までのイメージを覆すように活動的に描かれていて、それを見た中島少年は「デイノニクス」がまるで生きているかのように活発に動いている様子をリアルに想像できたそうです。そのことがきっかけとなり、古生物の魅力に取り憑かれ、現在は古生物学者として活躍中。

 そんな中島さんが先頃『ジュラシック水族館へようこそ〜日本の化石からわかる海の古代生物』という本を出されました。

 きょうは、その本をもとに、海の古代生物を再現した架空の水族館や、水中に暮らしていた爬虫類の特徴のほか、化石が密集している地層「ボーンベッド」のお話などうかがいます。

☆写真提供:中島保寿、イラストレーション:工藤なくる(化学同人)

中島保寿さん

海の爬虫類「魚竜」

※中島さんのご専門は古生物学ということなんですが、その中でも海の古代生物、特に爬虫類や魚などの脊椎動物グループを研究されているそうですね。陸上の生き物ではなく、海の生物を専門にしたのはどうしてなんですか?

「もちろん海の生き物は水族館にいたりだとか、ダイビングをして観察したりだとか、それだけでもかなり魅力的なものだと思うんですけれど、そもそも陸の生き物と海の生き物、どっちの化石が多いかっていう話になると、これは圧倒的に海の生き物の化石が多いですね。

 というのも、地球の7割以上は海で覆われていて、その中で砂や泥がたまって地層ができて、そこで化石ができあがっていくわけなんですけど、それが陸上の地層に対して圧倒的に(海のほうが)地層の量が多いと・・・。

 化石もやはり(海のほうの)量が多くて、特に日本でいうと、陸上の動物よりも海の動物の化石がやっぱり圧倒的に多く見つかっています。実際にフィールドに行って化石を発掘して研究を行なっていると、最初に出会うのはやはり海の生き物なんですね。なので、より身近でよりアクセスしやすい化石っていうことで、海の生き物を中心に自然と研究するようになりました」

●おもに海のどんな古代生物を研究されているんですか?

「代表的なところでいうと日本の東北地方、宮城県とかで見つかっている化石で、『魚竜』っていう生き物がいるんですけれど、その魚竜は海に棲んでいた爬虫類の仲間です。爬虫類はトカゲとかヘビとかカメだとか、陸上に棲んでいたり、水辺に棲んでいたり、いろんな生き物がいると思うんですけど、特にその魚竜は完全に海の中で生活ができるように進化した生き物ということがわかっています」

魚竜の頭の化石(レプリカ)
魚竜の頭の化石(レプリカ)

●魚ではなく、爬虫類・・・?

「そうですね。形でいうと魚竜は、魚そっくりの形をしているんです。ただよく見てみると、例えば魚に特徴的なエラがなかったりだとか、鱗みたいなものがなかったり、よく見ると手足の形がちゃんとヒレに残っていたりということで、骨格から爬虫類だということがはっきりわかるんですね」

●化石を採取して研究していくんですよね?

「はい、実際に海岸付近の地層を観察したりとか、海岸に落ちている石をよく見てみたりすると、化石が入っていることがあるんですね。骨だとかそういったものの化石がよく見つかります。それを発掘してきて研究をするということを行なっています」

●メインフィールドはどこなんですか?

「先ほど挙げた東北・宮城県の南三陸が、ひとつの大事なフィールドになっています。この辺りはだいたい2億5000万年ぐらい前の化石が発見されるところです。2億5000万年前というと、かなり古い時代になるわけですけど、その頃に海の爬虫類が一斉に進化してきた、そういった記録が化石として見つかっています」

写真提供:中島保寿

「ジュラシック水族館」その真意

※中島さんの新しい本が『ジュラシック水族館へようこそ〜日本の化石からわかる海の古代生物』。タイトルにある「ジュラシック水族館」というのが気になったんですが・・・どんなコンセプトで書いた本なんですか?

「古生物学者の研究とはどういうものなのかを、包み隠さずに全てをお伝えしたいなというのが、ひとつのコンセプトなんですね。その中で我々(古生物学者)は何を目標にして、どんなことを目指して研究をしているのかを、一言で言い表すとどんなことだろうなって考えたんです。

 で、我々の研究はどんな生き物がいたのかっていうことだけではなくて、どんな場所で何を食べて、どのように生活していたのか、その過去の生き物がどのような生き様だったのか、ということを総合的に明らかにしていくこと。言ってみれば、生き物を飼育したりとか、実際に観察したりということができるようになるっていうのが、究極の理想なんだなっていうことを気がついたんですね。

 我々の研究はまるで、過去の生物が飼育されている水族館を建設するような、そういう作業なんだということで、ひとつの例えとして『ジュラシック水族館』という言葉をつけさせていただきました」

●本の最初にあるカラーの口絵が、まさにこの本を象徴しているような感じですね。日本近海に生息していた古代生物をジュラ紀とか白亜紀などに分けて、それぞれ巨大な水槽で飼育しているように再現しているということで、本当に水族館のような絵ですね!

イラストレーション:工藤なくる(化学同人)

「そこはコンセプトとして、実際に水族館のような形で、過去の生物を展示したらどうなるかというのを、イラストレーターのかたにいろいろとアドバイスをしながら描いていただいたという、そういう口絵になっています」

●これ全部、中島さんがイメージされたものなんですか?

「イメージ、デザインというか、こんな感じでどうかなっていうのを私のほうでアドバイスして、実際に描いているかたは、SNSなんかでも活躍されているイラストレーターのかたなんですけども、研究者でもあるんですね。いろいろ情報を提供して、それを形にしていただいているという感じです」

●具体的に何をもとに、どのようにイメージしたのかってありますか?

「やはり生き物の形だとか姿っていうのは、図鑑を見ればある程度、把握はできるんですけれども、それが実際にどういった動きをして泳いでいたのかだとか、何を食べていたのかだとか・・・・。

 あとは、過去の生き物の集合体で、生態系がありますけれど、生態系の中での生物の組み合わせだとか、相互関係がどこか垣間見えるような、そんな形で描いてほしいと・・・。

 なので、ここで描かれているひとつの水槽の中の生き物は、実際に同じ場所で生活していた生き物たちが、同時に描かれているというコンセプトになっています」

●この本は日本で発見された化石に絞って書いた本ですよね?

「そうですね。おもに日本で発見された化石が、もしかしたら、みなさんが知らないかもしれないけれども、こんなに魅力的な古生物の化石は見つかっているんだよということを紹介するのが、ひとつの本のコンセプトになっています」

(編集部注:中島さんによると、発見される化石の量や質はアメリカやモンゴル、中国などには敵わないそうですが、日本は地形的に化石が見つけづらい。それ故に見つかっていない化石が多くあるはずで、日本の化石発掘には、まだまだ可能性があるとおっしゃっていました)

アンモナイト
アンモナイト

海の生き物か、陸の生き物か、その違いとは

※化石を見て、これは海にいた生き物だとわかるのは、どうしてなんですか?

「それはいろんな理由がありますね。ひとつはまず化石は地層の中から出てくるものなので、岩石だったりとか堆積物って言われている、海底や陸上だったら湖で、たまった砂や泥の中から見つかるわけですね。

 で、その砂や泥が陸ではなくて海でたまったものであろうということは、いろいろな特徴から推測ができるわけです。その堆積物がたまった昔の環境から、生きていた場所を推測するという意味で、海の生き物か陸の生き物かを分けることはあります。

 ただ、ほかにもいろいろ理由はつけられることがあって、今も昔も海にしかいない生き物は、中にはいるわけですね。例えばヒトデだとかウニだとか、そういった棘皮動物って言われているものは、どの時代も淡水とか陸上に上がったことはないんですよね。そういった生き物が出てくると、”ああ、ここは海だったんだな”っていうことが推測できたりとか・・・。

 ほかにも例えば、陸上で生きている生き物たちと、水中で生きている生き物たちとの骨格の違いというのもありますね。
 陸上のほうが生活するには結構、制約が大きくて、重力に骨格が耐えなければいけない。そうすると体を支えるための十分な強度の骨があって、しかもそれは体を動かすために不便にならないように、多少軽くなってないといけないとか、いろんな制約が陸上だと、かかってくるんですね。

 で、海の中だとその制約から、ある程度解き放たれて、骨が例えばスカスカでもいいんじゃないとか、もうちょっと浮力に対して重力を加えて骨が重くなっていったりとか、いろんな変化が起こります。それによって、この生き物は陸上だけではなくて水中にも適応していたんだということがわかったりということも、研究としては行なっています」

古生物学は物的証拠次第!?

※以前この番組で「恐竜展」を取材した時に、最新の研究で映画「ジュラシック・パーク」でもお馴染みのスピノサウルスが陸上で暮らしていたのではなく、水中を泳ぐ生き物だったことがわかったということでした。何がわかって、そう結論づけられたんですか? 

「スピノサウルスという生物は、もともとは部分的な骨格しか見つかっていなかった、そういう恐竜なんですね。部分的に例えば、顎だとか背骨の一部だとか、そういったものだけを見ると、恐竜であることはわかっていても、近い生き物からすると陸上で生活していた、例えばティラノサウルスとかアロサウルスだとか、そういった陸上の肉食恐竜と近い生き物だろうということで、最初に陸上動物だという仮定がされていたわけですね。

 ところがその後に何十年もかけて、追加の化石が少しずつ見つかってきて、その中で例えば、手足の骨だとか頭の骨、下顎の骨だけじゃなくて頭の骨が出てきたり、最終的には尻尾の骨が出てきたりしたんですね。

 その結果、全身を復元すると、陸上を歩いていた二足歩行の恐竜としてはちょっと短足すぎると、足指も鋭い爪というよりは平たい爪を持っているし、水かきが付いていたんじゃないかなというふうに考える人もいます。

 最終的には尻尾がうなぎみたいに平たくって、それを使えば水の中で泳ぐことができただろうと、どんどん復元図というのも変わっていったし、それに伴って生活のスタイルもどんどん想像が変わっていったという結果で、イメージがどんどん変わってきた、そういう生き物なんですね」

●化石から読み解くのは楽しいですね!

「そうですね。まさにその物的証拠で、我々がその証拠として持っている部分以外は、推測するか想像するかしかないわけなんですね。やはりそれがこちらの期待とか予想を裏切る形で、何か証拠が新たに出てくると、これは大発見! ということで非常に古生物学の面白い部分になってくると思いますね」

いわき市アンモナイトセンター
いわき市アンモナイトセンター

(編集部注:中島さんが初めて化石を発見したのは、大学2年生の時。鉱物・化石サークルに入部して、福島県いわき市のアンモナイトセンターに化石発掘体験に行った時に、たまたま先輩から渡された割れた岩盤の中に、黒光りしている細長い三角形の物を発見!

 それはエナメル質で、鋭く尖っていて滑らかなだったことから、紛れもなく、サメの歯だとわかったとか。化石発掘の経験のない中島さんが白亜紀の地層からあっけなく化石を見つけてしまい、それが古生物の研究にのめり込むきっかけになったそうです)

サメの歯
サメの歯

「ボーンベッド」を見つけたら大成功!

※本の中に「ボーンベッド」という聞きなれない用語が出てきます。これは何なのか、ご説明いただけますか?

「『ボーンベッド』っていうのは、ボーンが骨とか脊椎動物の化石っていう意味で、ベッドが地層っていう意味ですね。ボーンベッドはそれだけで『骨の化石が密集している地層』という意味になります。

 原因はいろいろなんですが、過去にその地層ができる時に骨だとか歯だとか脊椎動物の死体、遺骸っていうのが密集して堆積するっていうことで、地層の中に骨ばっかりが密に集まっている、そういう地層ができることがあるんですね。フィールドでこれが見つかると大成功というか、いろんな生き物の情報がそこに詰まっているわけですから・・・」

●確かにワクワクしますよね。

「そうですね。これ自体を見つける経験は僕も数回しかないですけれど、非常にこれまでの研究で大きな意味を持っていますね」

●ボーンベッドはどうやって見つけたんですか?

「はい、ボーンベッドは、ぱっと見で骨が密集しているとか、化石が密集しているっていうことがすぐにわかるようなものでもなかったので、コツコツと『地質柱状図』っていう地層の記録を1枚1枚取っていく過程で見つけたんですね。

 地質柱状図は地層の特徴から、例えば環境の変化だとか、どのくらいの時代だったのかを推定するために、基礎的なデータを地層から記録していくんですね。

 その中で例えば、砂が多いだとか石が多いだとか、化石が入っているとか入ってないかっていう細かい記録を取っていく中で、これは魚の歯じゃないか! っていうものが最初に見つかって、その周りを見たら同じような化石が同じ層にずっと続いているっていうのがわかったんですね。

 それは1メートルとか5メートルとかではなくて、数キロにわたって同じような地層が続いているということがわかって、これは大きなボーンベッドであるというのが見つかったと、そういうケースがありました」

●見つけた時は、うわぁ~という喜びや感動があったっていう感じなんですか?

「そうですね。大感激大感動なんですけれど、多くの人がやっているような集団でというか、チームで発掘をしていた時ではなくて、ひとりでコツコツと調査していた時だったので、喜びを分かち合う人がいなくて、こっそりガッツポーズをするという、そんな様子でした(笑)」

(編集部注:中島さんが発掘調査の時に心かげているのは、思い込みを捨てること。経験を積めば積むほど、過去の知見にとらわれて見逃してしまうことがある。だから常に初心に立ち返って、先入観なく見ることを心がけているそうです)

写真提供:中島保寿

古生物学の醍醐味は、大逆転!?

※海の古代生物の研究者として、今後解き明かしたいことは何ですか?

「キーワードのひとつとしては、“大量絶滅”というキーワードがあります。大量絶滅というのは生物がこれまで少しずつ進化をしながら、現在の生き物になるまで変化を続けてきたわけなんですけども、それは必ずしもちょっとずつ変化してきただけではなくて、どこかで大事件があって変化を余儀なくされるというような、そういったことがあったんですね。

 それが大量絶滅というやつで、生き物は40億年ぐらいの歴史があって、その後半に5回ぐらい存亡の危機にさらされている、これを“ビッグファイブ”っていうふうに言ったりするんですが、5回のピンチに陥っているんですね。

 完全に生き物がいなくなってしまった可能性もあったぐらいのピンチに陥っていると・・・それはどうして起こって、そこから生物はどうやって回復して、今までなんとか命をつないできたのかということが、ひとつの大きなテーマになっています。

 私が研究している魚竜もひとつのピンチを乗り越えた生物のひとつで、2億5000万年前に大量絶滅という事件が起こって、これは火山の大噴火があったわけなんです。
 その影響で環境が大きく変わって、生き物の8割か9割ぐらいが死滅してしまうという、そういう大事件が起こったんですが、その直後に登場した魚竜たちは、いったいどうしてその後の時代を生き延びることができたのかということが、ひとつの謎として残っています。これを調べていきたいなと思っています」

●古生物学の魅力って何でしょう?

「先ほども少し申し上げましたが、生き物とか地球の歴史を明らかにする方法には、いろんな方法があると思うんですね。今生きている生き物からいろいろ推測をしたりとか、おそらくこうだろうなと推定をしたりとかもできるんですが、古生物学はやはり化石っていう進化の物的証拠を材料としているために、大逆転が起こることがあるんですね。

 これまでの定説を覆すということが、化石発掘っていうすごくアナログで原始的な方法で引き起こすことができる、大逆転することができる新しい発見を野外で行なえるというのが、ひとつの魅力なんじゃないかなと思います」

中島保寿さん

●最後にこの本を通してどんなことを伝えたいですか?

「この本は古生物の魅力そのものだけではなくて、古生物学という学問の魅力も同時にお伝えしたいなと思って書きました。
 学問の魅力っていうのは、まさにその学問に携わる人たちの魅力だと思うんですね。いろんな人たちがいろんな形で古生物学や化石に関わっています。それぞれの人たちの視点に立って古生物学とか化石を眺めてみると、いろんな楽しみ方ができるというのをお伝えしたいなと思いました」

(編集部注:古生物学を目指すかたへのアドバイスとして、好きは揺るがない。そこは持ち続けてほしい。そして小学生や中学生、高校生で学ぶ、すべて科目は無駄になることはない。生物学の研究に必ず必要になってくるので、しっかり勉強してほしいと中島さんはおっしゃっていました)


INFORMATION

『ジュラシック水族館へようこそ〜日本の化石からわかる海の古代生物』

『ジュラシック水族館へようこそ〜日本の化石からわかる海の古代生物』

 中島さんの新しい本をぜひ読んでください。お話にも出てきましたが、中島さんが日本産の化石からイメージして、細かいところまでこだわって、巻頭の口絵にした 架空の古代生物水族館、これは必見です。読み物としては、中島さん個人の数々のエピソードが記され、古生物学研究の舞台裏を知ることができる興味深い内容に溢れています。

 化学同人のDOJIN選書シリーズの一冊して絶賛発売中です。詳しくは出版社のサイトをご覧ください。

◎化学同人:https://www.kagakudojin.co.jp/book/b654034.html

 中島さんの研究室のサイトもぜひ見てください。

https://www.fossiljapan.com/japanese

1 2 3 4 5 6 7 33
サイトTOPへ戻る
WHAT’s NEW