三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。
首都圏からのアクセスもよく、
通勤圏でありながら海や里山の豊かな恵みをあわせもち、
自然とともにある生活を楽しめるエリアです。
そんな「千葉の魅力」を支えるさまざまな活動や
想いムーブメントなどにスポットを当て、
現地取材の声も通して「魅力あふれる千葉」をご紹介していきます。

ミンナノチカラ~CHIBA~と連動したコーナー「YOU 遊 チバ」は2026年3月31日をもって終了いたしました。
過去の投稿をご覧になる際は、 CATEGORYより「YOU 遊 チバ」を選択してお楽しみください。

Every Fri. 18:45~18:59

【醤油のまち・野田】 醤油に関する資料が豊富「野田市郷土博物館」

2026/9/25 UP!

今回は、醤油の香りが漂うまち・野田市の歴史と文化を伝える施設にスポットを当てていきます。

野田市といえば千葉県の最北端の市。キッコーマンやキノエネ醤油などの工場があることでもお馴染みですね?

今回は、そんな、醤油醸造で栄えた野田市の歴史を知ることができる郷土博物館をご紹介します。

江戸川と利根川に囲まれ、水運を活かした物流の拠点として栄えてきた野田市。醤油のまちとして発展し、醤油づくりの歴史や文化が、まちの至るところに息づいています。1959年に開館した「野田市郷土博物館」も、その歴史や文化を今に伝える施設のひとつです。館内には、醤油に関する資料が数多く展示されていて、その充実ぶりは、全国的にも珍しく、“ユニークな博物館”としても知られています。まずは、野田がどのようにして、醤油のまちとして発展してきたのか。野田市郷土博物館の学芸員、稲垣沙希さんに伺いました。

稲垣さん:野田は、利根川と江戸川に挟まれているので、この水運を利用して、醤油の原料を集めて完成した醤油を江戸へ運ぶということができました。近隣の地域から、醤油の原料である大豆と小麦、これは主に、埼玉や茨城、あとは神奈川ですね、から運んできていて、塩は主にあの瀬戸内海の方から運んできていました。江戸では、上方からの下り醤油っていうのが主に消費されていたんですけれども、江戸の町の発展に伴って、次第に銚子と野田をはじめとする関東産の醤油が優位となっていきます。その後、江戸時代後半になると、その中でも、野田が大きな生産の伸びを示していて、関東産の醤油は、銚子と野田が二大産地となっているんですけれども、銚子は野田より早く醤油醸造を始めていましたが、できた醤油を運ぶのに、銚子から江戸までは船で4〜5日から10日程度かかっていたので、一方でですね、あの野田からは、その日中に江戸に運べたので、その需要にいち早く応えることができたんですね。野田の醤油醸造の発展は、地理的な条件に恵まれていたということが挙げられます。

野田からならその日のうちに江戸へ運べたんですね!地の利を活かして、野田が醤油の一大産地になっていったんだね。醤油の原料となる大豆や小麦、そして塩まで、日本各地から運ばれていたとは意外でした。

そんな醤油の歴史を伝える野田市郷土博物館、実は建物そのものも、2021年に国の登録有形文化財となっていて、大きな見どころなんです。建物の特徴について、引き続き稲垣さんに伺いました。

稲垣さん:設計は山田守氏の設計になります。外観は正倉院の校倉作りをイメージしたものになります。内部は吹き抜けの2階構造になっていて1階では特別展や企画展を開催していて、年4回展示を入れ替えています。2階は常設展となっていて、野田の歴史や文化をご紹介する内容になっています。建物の見どころとしては、いろいろあるんですけれども一つは階段が挙げられます。階段が、よく見ると緩やかなカーブを描いていて、その階段には木製の手すりがあるんですけれども、手すりの角の部分もですね、丸みを帯びて階段を含めて全体の印象を柔らかく整えています。展示ケースというのも特徴の一つでして、木の枠にガラスケースがはめられているんですけれども、当時のガラス製造の技術なので独特の歪みがあります。時代を感じさせる点ということで特徴的になっています。

正倉院の校倉(あぜくら)造りをイメージした外観に、緩やかなカーブを描く階段。展示ケースのガラスの歪みからも、時代を感じられるっていうのがいいですね。

郷土資料も興味あるけど建物そのものが貴重なものだというのがわかりますね。

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設計を手がけた山田(やまだ)守(まもる)さんは、日本武道館や京都タワーなどを手掛けたことで知られる建築家です。1923年の関東大震災の後、後の復興局である復興院で、橋梁課(きょうりょうか)の嘱託職員として橋などのデザインに携わり、なかでも御茶ノ水駅近くにある聖(ひじり)橋(ばし)は、山田守さんのデザインの特徴が色濃く表れた橋として知られています。稲垣さんに、この建物のどんなところが気に入っているかを聞いてみたところ、入り口のガラス扉に印字されている「野田市郷土博物館」という文字の形(フォント)が好きだとおっしゃっていました。確かに趣がありますね。昔はこう言ったガラスよくあったんですよね。

野田の代表的な産業である醤油醸造の歴史や文化を伝える野田市郷土博物館。建物は、国の登録有形文化財に登録されていて、館内には醤油に関する貴重な資料が数多く展示されています。具体的にどのような所蔵品があるのか、稲垣さんに紹介していただきました。

稲垣さん:やはり、野田の代表的な産業である醤油醸造に関する資料を多く展示しています。当館は、醤油関係の資料を豊富に所蔵してまして、当館の所蔵資料の中核をなしています。運営当初から、積極的な醤油関係の資料の収集を行っていて、まあ、その多くはキッコーマンの寄託資料も含まれています。例えば、当館を代表するコレクションで、野田市指定の民俗文化財である押絵扁額「野田醤油醸造之図」という資料があるんですけれども、こちらもキッコーマンからの寄託品になっていまして、まあ、こちらは当館の代表的なコレクションになるんですけれども、これは明治時代に4代勝文斎という絵師によって、野田の醤油作りの様子と、それを見学する人々が押絵という布を用いた貼り絵で描かれたものになります。

当時の作業風景や写真、街の賑わいなどを記録した資料も多く、野田の歴史を知る上で貴重な資料が残されています。また、博物館の敷地内には、キッコーマンの創業家・茂木家の10代目、茂木佐平治さんの邸宅も残されていて、現在は野田市市民会館として、市民の文化活動などに活用されているんです。最後に、野田市郷土博物館の大きな特徴のひとつ、市民参加型の展示について教えていただきました。

稲垣さん:私がやってきた仕事で、特に印象的なものとしては、今年の4月から6月まで開催していた展示を担当しまして、それが市民公募展という展示になります。当館は、市民参加型の展示を行うのが大きな特徴となっていまして、今回は、学芸員がテーマを決めて、それをもとに、市民の方から資料を公募するというものになりますが、今回のテーマが「入れ物」という形で募集して展示を行いました。募集に非常に苦労したんですけれども、各所にチラシを配って募集の説明をして回ってというのを繰り返していって、期限ギリギリまで粘ってなんとか集められたということがあります。展示室が埋められるかという不安と常に戦っていたんですけれども、市民の皆様のご協力があって無事に開催することができたということですね。こうした募集だったり、展示内容を考えたりというのも、学芸員の仕事として大きな1つになります。

チラシを配って呼びかけて、期限ギリギリまで粘って集めた展示、稲垣さんの努力の賜物ですね。

10月10日から12月17日までは、特別展「野田の近代美術―郷土ゆかりの画家たち―」が開催されます。醤油のまち・野田に残る近現代の絵師、画家による美術作品を紹介するそうです。こちらも楽しみですね。醤油のまち・野田の歴史と文化、そして名建築を今に伝える「野田市郷土博物館」開館時間は午前9時から午後5時までで、休館日は毎週火曜日と年末年始など。なお、火曜日が祝日の場合は開館しています。入館料は無料です。敷地内の旧茂木佐平治邸である市民会館とあわせて、ぜひ足を運んでみてください。詳しくは、野田市郷土博物館のホームページをご確認ください。

https://noda-muse.jp

【魅力あふれる成田空港周辺】  元ファーストクラスシェフの一皿を!「ICHISARA DINING HILLS CAFE」

2026/9/18 UP!

今回は、食材の宝庫・千葉ならではの「美味しい一皿」に出会えるお店の登場です。

成田空港の西側に位置する酒々井町(しすいまち)にあるレストラン、「ICHISARA DINING HILLS CAFE」。いったいどんなお料理を楽しめるんでしょうか。ご紹介していきます。

都心や成田空港からのアクセスが良く、プレミアム・アウトレットなどの人気の施設もあり、多くの人が訪れる酒々井町。そんな酒々井町の豊かな自然を感じられる場所に佇むレストランが「ICHISARA DINING HILLS CAFE」です。腕をふるうのは、オーナーシェフの西尾義光さん。まずは、店名に込めた想いと、お店の魅力について伺いました。

西尾さん:ICHISARA DINING HILLS CAFEというカフェレストランなんですけど、ICHISARAっていうのは、心を込めた一皿っていうところをICHISARAというふうに命名してつけた店名なんですけどね。緑に囲まれたロケーションの国道沿いで、これだけの本当に田舎なんですけどね。自然に囲まれたところで、飲食店っていうところは売りではありますね。あとは、そのペット同伴っていうところも可能ですし景色のいいところで、食事をしてもらう料理の内容とかは、千葉県の食材をふんだんに使って、私が洋食をずっとやってきたんですけど、まあ、一緒にやってるシェフ、和食の料理長をやってた方が、今一緒にやってる。1つの店で洋食と和食両方のメニューが食することができる。まあ、これはかなり強みだと思います。

「心を込めた一皿」で、イチサラ!素敵な店名ですね。

そんなICHISARAの一皿を支えているのが、西尾さんの豊富な経験です。実は西尾さん、高校卒業後、成田空港の機内食メーカーに就職し、「空の食」に携わってきた、機内食のスペシャリストなんです。

西尾さん:高校卒業して、成田空港で機内食メーカーに就職して、まあ、そこで28年、トータル。まあ、その間にフランスに勉強に行かせていただいたり、ホテルレストランで経験積ませていただいたりっていうことで、機内食の世界大会でも、成績を残すことができて、で、それで、自分の憧れであったコーポレートシェフ、航空会社専属シェフっていうことなんですけど、まあそれに携わることができた。で、世界中の機内食メニューを開発。また、政府専用機のメニューにも携わることができて、日本の要人のメニューに携わり、本当に名誉な仕事をさせていただきました。アフリカ、中東っていうところはやっぱり行きましたよね。あと、インドとか、やっぱ、水とか食材とかまあ、そういうところにちょっと不便性のあるところはあのついていくような感じですね。

機内食の世界大会で成績を残して、憧れの航空会社専属シェフに!しかも政府専用機のメニューまで手がけていたなんて、まさに「空の一流シェフ」ですね。

西尾さんは、2008 年にシンガポールで行われた世界機内食コンクールで、日本人初の優勝。当時所属していた日本航空で、ファーストクラスの機内食メニューも手掛けられていたんです。また、ICHISARAの和食を担当しているシェフは、ユナイテッド航空で和食メニュー開発責任者で、和食料理長を務めていた尾見雅志(おみまさし)さん。アメリカやアジアの主要都市を結ぶ日本発着路線で開発、提供してきた和食メニューは1,000 種類をゆうに超えているそうです。

酒々井にある元、航空会社のファーストクラスシェフが腕を振るう「ICHISARADINING HILLS CAFE」。オーナーシェフで、世界中の機内食を知り尽くした西尾さんが、大事に向き合っているのが地元・千葉の食材です。メイン料理に使う豚肉から、お店で人気のドレッシングまでの、千葉県産食材へのこだわりを伺いました。

西尾さん:豚肉、特に千葉県って豚肉結構いいんですけど、オリヴィアポークっていうポークを使って、それがハンバーグからいろいろ使ってますけど、牛肉と同じぐらいというか、牛肉より使ってますね。脂が非常に美味しいんですよ。あとは、赤身と脂のバランスがいい。その脂の味にひかれて使用しています。野菜はですね、千葉県で一番美味しいのは、ニンジンだと思います。ニンジン、すごく美味しいんですよ千葉県のニンジン。野菜って、僕は整えられたものより、ありのままの野菜が一番美味しいと思ってるんですよ。で、虫も食わないものは美味しくないって思ってるし。だからね、そういうところで、規格外のものでも本当にいいんで、捨てるんであれば分けてくださいっていうのは、よく生産者の人と話していますね。うちのニンジンドレッシング、すごい好評なんですよ。

好評の「ニンジンドレッシング」をこちら用意してもらいました!

洋食から和食まで幅広いメニューが揃う中、千葉県の野菜を9種類使用して、一日に必要な量の野菜の半分を一皿で取ることができる「イチサラハンバーグ」など、西尾さんの千葉県食材に対する想いがたっぷり詰まったメニューがありますそして、幻のメニューと呼ばれる名物料理もあるんです!

西尾さん:私が機内食業に携わっていた時、フランスに勉強しに行かせていただいて帰ってきて、ホテルの方に勤務になったんですけど、そこで作ってたビーフカレーが、JALのファーストラウンジで提供されていた、それを初めて賄いとかで食べた時に、オーソドックスな欧風カレーではありますけど、最初に食べた時に感動したのを覚えています。本当にそれでそのカレーを作るのにも携わることができた。その味をこの店でなんとか、、、もう今はなきラウンジのカレーですけど、それをなんとか再現して、ファーストラウンジってなかなか入れないところで、なかなか食することもできない、1人でも多くの方に味わっていただきたい。それでメニューに入れたっていう感じですね。

こちらは、『JALのファーストラウンジのために』開発されたメニューで、当時と同じレシピで作られています。元々は2007年に成田空港のラウンジリニューアルオープンにあわせてデビューしたカレーなんです。

スタジオでもいただきました。

千葉県の食材のポテンシャルを余すことなく引き出した料理、他のメニューもぜひ食べてみたいと思います。 

「心を込めた一皿を」という想いで名付けられた「ICHISARA」という店名。その名の通り、世界を知るシェフの想いと、千葉の恵みが詰まったお店となっています。

ランチ営業のほか、前日までの予約制でディナーも営業しています。

今日ご紹介したビーフカレーをはじめ、お店の詳しい情報は、ICHISARA DINING HILLS CAFEのホームページ、インスタグラムをご確認ください。

https://www.ichisara.com

https://www.instagram.com/ichisara240

【日本一の落花生の産地・千葉】 落花生の薄皮をアップサイクル「ピーナッツレザー」

2026/9/11 UP!

千葉県の代表的な農産物と言えば、何を思い浮かべますか?

さつまいもとか、落花生(ピーナッツ)とか・・・

今回は、そんな千葉を代表する農産物の落花生に注目します。これまで捨てられていた落花生のある部分を活用して、商品として生まれ変わらせ千葉県内はもちろん、国内、そして海外にも発信していこうと取り組んでいる方をご紹介します。

今年は1876(明治9)年に、千葉県で落花生の栽培が始まってから150年の記念の年。日本一の“落花生県”である千葉には、落花生グルメが豊富にありますが、これまで捨てられていたところをアップサイクルして商品化するなど、グルメ以外の魅力も広がっているんです。

「アップサイクル」って、捨てるはずのものにデザインや新しいアイデアを加えて、価値のある別の製品に生まれ変わらせることですよね、落花生で何ができるのでしょう?

それは、落花生を原料の一部に使っている、合成皮革の製品なんです。こちらは、柏市で革製品を製造する「Harito by 柏レザー」が手掛けています。まずは、代表の飯島暁史さんに、ピーナッツレザーを作ることになったきっかけを伺いました。

飯島さん:ピーナッツの中の薄皮の部分ですね。薄皮を原料としたヴィーガンレザーです。なんでピーナッツレザーを作ろうと思ったかというと、五、六年前ですね、ファッション業界とかで、ヴィーガンレザーっていう言葉をよく耳にすることが多くなってきたときに、まあ、ちょうどコロナの頃とも重なったので。いろいろ調べていたら、海外輸入されたサボテンレザーとか、マッシュルームレザー、パイナップル、アップル、そういった植物由来の素材だっていうことがわかって、私自身、千葉県出身ですし、千葉県柏市でお店もやっているので、まあ、これは日本で千葉県で素材として原料ですね。なんかできないかな?と考えたときに、落花生ピーナッツじゃん、思って、これ使ってヴィーガンレザーできないかなーって思って、これをやってみようっていうのがきっかけです。

ヴィーガンというと、食べ物や身につけるものなど、暮らしの中で動物由来のものを避けるライフスタイルのことですよね。

ヴィーガンを実践している人にはレザーの代わりにいいかもしれませんね。 

スタジオに現物が来ていました。

実は飯島さん、落花生で食べ物ではない何かを作ってみたい!と思って、薄皮の部分と外側の殻の部分、両方で開発チャレンジをしていましたが、先にできたのが薄皮の方だったそうです。

飯島さん:構想を練ってから、だいたい、まあ、1年半ぐらいかけて、やっとこういった1本の反物にすることができました。かばん屋をやって、バッグの業界に携わっていたので、まずはバッグを作ってみよう。あと、お財布、名刺入れ、IDケース、あとペンケース、小物ですね。そういったものを作りました。ただ、やっぱりそれだけではなく、素材としてこう使ってほしいなぁっていう思いも強くて、一昨年にはソファーですね、ソファーベッドのメーカーさんと、ちょっとタイアップをして、ソファーベッドでこのピーナッツレザーを使って作られた会社さんもいらっしゃいます。でさらに言うと、実はこの色なんですけど、薄皮の色もそのままの科学的にこう着色をしているわけではなく。薄皮の色をそのまま表現した色になっています。薄皮色ですね。で、本当にこれ、ちょっと生地が出来上がった直後なんですけど、本当にピーナツのにおいがするんですよ。

飯島さんは、千葉県というと、食の分野で注目されることが多いので、食以外の分野にも、もっと注目してほしいという想いを持っていたそうです。また、こちらでは、このピーナッツレザーの他にも、お店の名前にも入っている千葉県産である柏幻霜(かしわげんそう)ポークから取れる豚革「柏レザー」を使った製品など、様々な革素材を用いたオリジナル商品を手作りして販売しています。

アップサイクルの王道をいかれている感じがしますね。

日本でヴィーガン製品は、馴染みが薄いところがありますが、アメリカなど海外ではヴィーガンに対する社会的認知も高く、評価されています。こちらのピーナッツレザーもNHK国際放送で紹介されたことをきっかけに、海外からインターネットなどを通じて問い合わせが入るようになったそうです。ハワイから直接お店を訪ねてきて、たくさん購入された方もいて、海外での反響に嬉しさを感じると共に、日本でももっと知ってもらいたいという思いが強くなったそうです。

千葉県産落花生の薄皮を練り込んだ合成皮革、ピーナッツレザーを開発し、それを使った製品を作り続けている飯島さん。もっとたくさんの方に、この新たな千葉名物を知ってもらいたいと願っています。そんな飯島さんの、ピーナッツレザーを「こんなところに使って欲しい」という想いを伺いました。

飯島さん:ピーナッツレザーを作った目的の大きな1つにもなっているんですけど、商品を作って販売するのも、それはそれでいいんですけれども、やっぱり素材として使ってくれる施設があれば、もうそれは最高で、特に言うと、やっぱり千葉県、まあ落花生ですよね。日本の空の玄関成田空港の待合室のロビーのソファーが、このピーナッツレザーだったら、もうやっぱり世界中の人に注目される。このソファーは、なんだピーナッツ!みんなに見てもらえる、知ってもらえるきっかけにもなりますし、そこはやっぱり僕の今の夢でもあります。あとは、本当、千葉県庁の入って一階の待合室にいっぱいソファーがあるので、そこのソファーもぜひ、このピーナッツレザーを使っていただけたら、千葉県を挙げて、本当に県のアピールにもなるんじゃないかなと思っています。

これは両方とも、いいPRになると思いますよ!

千葉が大好きという松戸出身の飯島さん、絶対の自信を持つピーナッツレザーが世界でどのように評価されるのかを確かめるため、今年5月ニューヨークで行われたJAPANパレードにブースを出展されました。現地での評価も上々だったようですよ。最後に、千葉県の皆さんにお願いがあるそうです。

飯島さん:まずはね、千葉県の方に使っていただけると、全国世界に向けて発信もできますし、僕なんか名刺入れをずっとピーナッツレザーを使ってるんですけど、紹介するときに、やっぱり皆さんすごい食いついてくれるので、やっぱりそういった本当にこう、もう千葉といえばピーナッツレザーだよね。やっぱりなっていきたいですし、まだまだ本当にまあ、なんといっても、やっぱり千葉県落花生の生産量が全国で85%を占めている中で、本当に千葉県中の農家さんから薄皮を集めて、ピーナッツレザーにして、全国の皆様、世界の皆様に商品が届くようになれば、もう本当にもう願ってもないぐらいの嬉しいことになると思うので、ぜひ、県民の皆様にはピーナッツレザーを、まずは1つ持っていただきたいなと思います。

取材したディレクターも早速購入して使っています。ネタになるからそれだけで嬉しいし、使い心地もいいと言ってました。

落花生の薄皮をアップサイクルして、新たな価値を生み出している飯島さん。ピーナッツレザーの商品は、柏のお店のほか、オンラインショップでも購入する事ができます。

https://nuizaemon-kashiwa.stores.jp

https://www.instagram.com/harito_by_kashiwaleather/?hl=ja

【海文化が息づく九十九里】九十九里に受け継がれる伝統のお祭り「上総十二社祭り」

2026/9/4 UP!

まだまだ暑い日が続いていますが、暦の上では夏は終わり、秋を迎えています。

夏祭りに続いて、秋にも各地でさまざまなお祭りが開催されますよね。一宮町では、9月になると町全体が一気に活気づきます。1200 年以上の歴史を誇る上総十二社祭りが行われるからなんです。

一宮町にある玉前神社を中心に毎年9月8日から14日にかけて行われるこのお祭り。平安時代の西暦807年(大同2年)から1200年以上続くとされている伝統的なお祭りです。今日は、この上総十二社祭りをご紹介します。

九十九里の南部に位置し、雄大な太平洋を望む一宮町。この町の玉前神社を中心に、伝統のお祭り「上総十二社祭り」が受け継がれています。まずは、「上総國一之宮」として知られる玉前神社と、上総十二社祭りについて、玉前神社の権禰宜の鵜澤幹夫さんにお話を伺いました。

鵜澤さん:当社は、上総國の一之宮として知られ、平安時代中期に作られた延喜式神名帳にも、名神大社と記載されているように、古くから多くの方からのご崇敬を集めています。また、御祭神の玉依姫之命は、初代神武天皇の母親に当たるというところから、子育て、安産、子授、縁結びの神様としても、今でも多くの方々にご崇敬を集めております。当社の例祭の後に行われる神幸祭、お神輿を出すお祭りですが、上総十二社祭りと呼ばれておりまして、近隣市町村からお神輿が集まってまいります。房総最古の浜降り神事と呼ばれておりまして、千葉県の無形民俗文化財と指定されております。お神輿を担ぐ担ぎ手の皆さんが、裸に近い形で波打ち際を走るところから、通称上総の裸祭りとも呼ばれております。

裸祭りは大変人気があって、観客も多いお祭りとして有名ですね。

中西   上総十二社祭りは、毎年9月8日から14日にかけて行われますが、中心となる玉前神社の例大祭は13日に行われます。そのあと、同じ日に、お神輿が釣ヶ崎海岸へ集結する浜降り神事となります。「十二社祭り」という名前は、元々、6つの神社から、12のお神輿とお社(おやしろ)が集まっていたことに由来していますが、現在は、5つの神社、9つのお神輿が集まっています。

そして、浜に集まる理由についてですが、由来となる伝説があります。その伝説によると、御祭神・玉依姫命が房総半島の太東崎、今の釣ヶ崎海岸に上陸して、その一族の神々が年に一度そこに集まるようになったのが起源とのことです。西暦 807年ごろから始まったとされていて、つまり神様たちの「一年に一度の同窓会」が、1200 年以上も続いているというわけなんです。

お神輿が各地から海岸を目指していくのですが、よく見る街中でのお神輿とは違うようなんですね。

鵜澤さん:当社、玉前神社のお神輿は、大宮が米八俵分、約480キロ、若宮が米六俵分、約360キロあると言われておりまして、祭典場である釣ヶ崎海岸まで、片道約8キロという過酷な道のりを担いでいきます。そのような中でも、御輿を担ぐ担ぎ手の皆さんは、白のサラシと短パン、足袋という姿で臨んでいます。街中を練り歩くお神輿と違いまして、少ない人数で担いで走っていくお神輿なので、担ぎ手の皆さんは、お神輿の周りに集まって、都度、交代をしながら、海岸の方まで担いでいっています。

それは体力すごい必要ですね。大宮というのが大きいお神輿で若宮が中ぐらいの大きさのお神輿ですね。

ドドーンと打ち寄せる太平洋の波の音に、お神輿が上下するたびにチリンチリンと激しく鳴り響く「金属製の鈴の音」が混ざり合い、独特の熱気に包まれるそうです。

お神輿は釣ヶ崎海岸に到着すると、砂浜に立つ大きな鳥居を海側からくぐり抜けます。玉前神社では、この海とのご縁にちなんで、「人生の荒波にも耐え、開運の波に乗れる」というお守り、「波乗守」も授与されているそうです。海岸に集まった様子についてもご紹介していきましょう。

毎年9月8日から14日にかけて行われる上総十二社祭り。13日には、玉前神社例大祭に続いて、地域の各方面から釣ヶ埼海岸に9基のお神輿が集まってきます。

鵜澤さん:玉前神社の神輿は、海の中には入らないのですが、神社さんによっては、入っているところもあると聞いております。担ぎ手の皆さんや、見学の皆さん、合わせますと、釣ヶ崎の祭典場がいっぱいになるほど、多くの人々が集まってこられます。釣ヶ崎の祭典場を解散しまして、お神輿は各々、各神社に戻っていきますが、それぞれの地域で、お神輿の練り歩きが行われます。玉前神社では、同じ一宮町内の南宮神社さんと、ご一緒に、4基のお神輿で、国道を練り歩くと、玉前神社では、夕方になりますと、国道の一部を通行止めとさせていただきまして、練り歩いたり、差し上げをしたりしております。

お神輿を担いでいるのは全部で千人以上とも言われているんです。一斉に海岸を疾走する様は圧巻でしょうね。

お祭りの期間は権禰宜である鵜澤さんも大変お忙しいようです。どんなスケジュールなんでしょうか?

鵜澤さん:一応、神社の方で、その発輿祭(はつよさい)、お神輿を出すお祭り、それを行ったり、祭典場に集まったところでは、お旅所祭、お神輿が集まったところのお祭り、そういったのを各所でやりながら、神職としてはやっております。釣ヶ崎の祭典場では、祭りの先頭を走る神馬が、海岸の砂浜を颯爽と駆け抜ける姿、こちらも大きな見どころとなっております。神馬とは、神の馬と書いて、シンメと呼びます。お神輿の一斉差し上げが行われ、非常に盛り上がります。ぜひともお越しいただきまして、一緒に盛り上げていただければと存じます。

九十九里に1200年以上続く伝統の上総十二社祭り、その中心となる玉前神社 は、JR外房線・上総一ノ宮駅から直ぐのところにあります。ぜひお出かけください。

お祭りの詳細については玉前神社のホームページ、または一宮町観光協会のホームページをご覧ください。

https://tamasaki.org/index.htm


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