三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。
首都圏からのアクセスもよく、
通勤圏でありながら海や里山の豊かな恵みをあわせもち、
自然とともにある生活を楽しめるエリアです。
そんな「千葉の魅力」を支えるさまざまな活動や
想いムーブメントなどにスポットを当て、
現地取材の声も通して「魅力あふれる千葉」をご紹介していきます。

ミンナノチカラ~CHIBA~と連動したコーナー「YOU 遊 チバ」は2026年3月31日をもって終了いたしました。
過去の投稿をご覧になる際は、 CATEGORYより「YOU 遊 チバ」を選択してお楽しみください。

Every Fri. 18:45~18:59

【ブランド豚の産地・北総エリア】  生産者の想いを届ける「豚肉料理 およ川」

2026/8/28 UP!

食材の宝庫・千葉県では、畜産業が盛んで、中でも豚肉は、全国有数の生産量を誇っています。

北総地域(旭市、匝瑳市、香取市、東庄町など)や市原市を中心に、年間およそ100万頭の豚を出荷しているんです。

豚肉の産出額はおよそ560億円で、千葉の主要な農産物の一つです。いくつかのブランド豚が県内にありますが、今回は、「(ひがし)(たくみ)SPF(エスピーエフ)(とん)」の味に惚れ込んだ豚肉料理専門店をご紹介したいと思います。

九十九里の最北端に位置し、畜産業が盛んな旭市。県内有数の豚肉の産地として知られるこの地に、ブランド豚「東の匠SPF豚」を存分に味わえる専門店「豚肉料理およ川」があります。店主の及川恭平(およかわキョウヘイ)さんは、2023年に地元の旭市でお店をオープン。「東の匠SPF豚」の魅力を最大限に引き出したボリューム満点のポークステーキやスペアリブなどの料理を提供しています。

ちなみに、この「SPF豚」というのは、あらかじめ指定された特定の病原体を持たずに、健康に育てられた豚のことです。まずは、料理人を目指して、若い頃から勉強していた及川さんに、それまでのキャリアと、東の匠SPF豚に出会ったきっかけを伺いました。

及川さん:最初、箱根の旅館に行くことになったんですね。その後に、沼津の割烹の方に就職させていただいて、そこの割烹とちょっと間に居酒屋みたいな形態を挟むっていうところもありながら、沼津で15年ぐらいやってたっていう流れの中で、えっと2020年ぐらいのコロナの時に勤めてたお店の方がやばい感じになってきて。で、もともとこっちの千葉の方に帰ってきて、自分でお店をやりたいという思いがあったので。そのまま旭に帰ってくるっていう感じで、地元に帰ってきたんですけど、その時に、まあ、もちろんコロナだからって、働かないわけにもいかないし、その求人サイトみたいなところを見て、どうしても豚っていって、最初から行ったんではなく、何かしら第一次産業でやりたいなっていう思いがあって、あの「旭市農場」で探してたら、その東の匠さんの農場が旭市にあるところで募集をかけてたので、自分がその時、東の匠さんっていうブランド、全然知らなかったんですよ。で、作ってた豚は、東庄の豚だったっていう結果として、東の匠さんだったっていう最初はもうそこなんですけど。

最初から、豚肉料理店を目指していたわけではないんだね。(など)コロナ禍で何かしら仕事をしないといけない、その中でたまたま東の匠SPF豚の農場の求人を見て応募したという及川さん。最初は掃除、餌やりなど初歩的な仕事からスタートし、働きながら東の匠SPF豚がどのような環境で育っているのかを勉強していきました。こちらで働いている人は、少しだけ安くお肉を購入できるということで、料理人でもある及川さんは、家でシンプルに焼いて食べてみたそうなんです。

及川さん:食べた時に味が濃いんですよ。何の味を付けているわけでもなく、ただ焼いただけの肉で、あの本当に塩を振って食っただけで美味しいってなる。とんかつ用とか、あの生姜焼き用とかって売ってる肉って、だいたいロースだと思うんですけど、その時食べたのは、肩ロースだったんですけど、今もお店で使わせてもらっているの肩ロースなんですけど、肩ロースの東の匠さんのを食べさせていただいた時に、味が全然違うってなったのと、そのぶよぶよしてるとかっていう柔らかさではなくて、ちゃんと肉として噛み応えがありの、ただ、そんな硬いってゴムみたいな感じがするっていうんでもなく、ちゃんと歯切れよく食べられるっていうのに合わせて、しっかり味も自分の中に伝わってくるっていうのがあったので、これでいけるかなっていう思いがあって、とんかつ屋さんとかね、あの食べさせるっていうところも、東の匠さん含めて、いろんな豚肉があったりするんですけど、とんかつ屋さんは、まあ結構あるよねっていうところと。自分が食べて、自分が感動したっていうのが、まずそのステーキのただ塩を振って食べるっていうので、美味しいっていうのがあったので、で、今はステーキを中心にやらせていただいているという形です。

豚肉の味そのもので勝負できると気づいたんですね。塩だけで食べて「美味しい」と感じるのは、まさに肉本来の味を楽しめるってことですよね。

メニューとしては他に、スペアリブ、ハンバーグ定食、豚バラ味噌煮定食、炙りチャーシュー定食、豚キムチ定食、カツ煮定食、ポーク南蛮定食、肉巻きおにぎりなど東の匠SPF豚を使った料理が豊富にそろっています。

コロナ禍をきっかけに、地元・旭市に戻り、たまたま東の匠SPF豚の農場で仕事をしたことが転機となって、そのおいしさに惚れ込みました。そこから豚肉料理のお店を開くことを決意し、現在は、その魅力を生かした料理を提供しています。及川さんに、豚肉のおいしさと調理方法についても伺いました。

及川さん:肩ロースっていう部位に関しては、そのロースよりも脂のりがいい場所なんですよ。脂と赤身のバランスが個人的にはすごくいい部分だと思ってるっていうのと、その柔らかさっていうのも、一緒に兼ね備えている部位だと思っているので、それを焼いて食べるっていう時に、ちょっと強火で表面焼いてやって、中に肉汁止め閉じ込めてやるっていうので、あと余熱で火を通すみたいな感じでやらせていただいて、それで食べるっていうような形を取らせていただいていると、お肉の味の中に残るその柔らかさ自体も損なうこともなし。それで、油がその焼いた時点で、ちょっとの中に閉じ込めた旨味とか脂っていうのが、それで全部出て行っちゃうっていうほどが、それでどうにかなっちゃうっていう程度の旨味ではないので、最終的に味付けなんかしら、ソースを選んでいただいて、食べていただくっていうところになってくると、今度、やっぱりお肉のそのものの味が引き立つかなっていうのも、個人的な考えとしてあるので、その柔らかさっていうところで言うと、あの小技使わなくても十分美味しいので、全然そのなんて言うんですか?肉がすごいんだなぁっていうところしか、個人的にはそんなにね、自分の方でもすごい、なんか手間かけてなんかの技術やってるってわけじゃないので、あっちのポテンシャルのおかげというのはあります。

そして、このお店、ステーキの他にもつ煮込みも名物料理なんですが実はこどもたちにも人気なんだそうです!もつ煮込みといえば、お酒のおつまみというイメージがあるかもしれませんが、およ川では、ご家族づれでテーブルを囲み、みんなで味わうお客さんが多いので、こどもたちにも自然と親しまれているそうです。また、お弁当やカツ煮丼も大人気とのことで、事前に連絡しておけば、ドライブのお供にテイクアウトもできます。九十九里の浜辺や飯岡灯台で食べるのもいいですね。最後に、これからお店を訪れる皆さんへメッセージをいただきました。

及川さん:飯岡の海岸線とか、結構綺麗に整備されていますし、銚子の方とかに、あのツーリングでもドライブでも来られるような感じで、お客さんおられると思うんですけれども、そのついでに美味しい豚肉食べたいなとか思ったときによろしければ、うちの方、立ち寄っていただいて、あの召し上がりいただいてっていう形でいっていただければ、うちとしてはありがたいかなっていう感じのことも思いますし、ただ席数が少ないので、あの、できれば事前に1本電話いただけるとね、テーブル席3つしかないお店ですので、せっかく来ていただいて、あの何分待っていただきますとかって、あの今ちょっといっぱいでっていう感じで、あの1人でやってるお店ですので、ご飯なくなったら終了にしちゃうっていう感じになっちゃって、ちょっと空いてる時間狙って遅くにしようかなってきたらもう店やってなかったというので、それは申し訳ないので、お電話なり、あのInstagramもやってたりするので、そちらでね、DMいただいたり、1本もらえるだけでも電話するだけで変わる未来ありますよっていうことで、ちょっとね、気をつけていただければなっていうのはございます。

地元で出会った美味しい豚をシンプルに焼いて、その味を楽しんでもらっている及川さん。お店の営業時間や定休日、メニューやテイクアウトのお弁当などの情報については、「豚肉料理 およ川」のインスタグラムをご確認ください。

https://www.instagram.com/butaniku_oyokawa

【日本一の梨の産地・千葉】 地域をつなぐ梨園「時田園」

2026/8/21 UP!

梨の美味しい季節となりましたね?

千葉県は日本一の産地!美味しい梨がたくさんとれています。今回は、県内に数ある梨の産地の中から、鎌ケ谷市の京成線・くぬぎ山駅の近くにある「時田園」をご紹介します。

都心からのアクセスが良く、都市の利便性と豊かな自然が共存する鎌ケ谷市。県内有数の梨の産地としても知られ、旬の時期を迎えた今、市内の直売所が活気に包まれています。そんな鎌ケ谷市で、地域に寄り添いながら梨づくりを続けているのが「時田園」。丹精込めて育てた梨の販売はもちろん、地域とのつながりを大切にした取組みにも力を入れています。「時田園」の4代目、時田弥寛さんに、まずは、農園で育てている梨の品種と、この時期おすすめの梨について教えていただきました。

時田さん:幸水、豊水、かおり、秋月、新高、この5品種を栽培、販売して、皆様に楽しんでいただいております。8月21日頃ですと、だいたい豊水の時期になっております。(豊水は)当園が扱っている品種の中で、唯一、甘酸っぱさのある品種というのが特徴になっております。あとは、果肉が柔らかくて特にみずみずしさがあるというのも、豊水の特徴だというふうに思っております当園の一押しの品種です。まあ、ちっちゃい頃ながらに、母がむいてくれて、何か「おやつ」となれば、いつも梨をその時期食べるんですが、やっぱり甘さだけだと飽きてしまう中で、豊水の時期だと、そんな甘酸っぱさもあるっていう変化があってですね、まあ、止まらずにあの梨を食べ続けられるっていうのは、ちっちゃい頃からの思い出記憶となっております。1玉、2玉は、平気で食べちゃいます。

農家さんですら、食べ飽きることがないと言うのはなかなかの事ですよ 

農作業は、お父様の進さんと一緒にされていますが、実は弥寛さん、会社員と二足のわらじで頑張っていらっしゃるんです。梨園を継ぐ決意の裏には、奥様からの思いがけない一言があったそうですよ。

時田さん:妻と出会って、結婚するっていうところが1つ、大きな転換期になっているんですけれども、家業を継ぐつもりは、特に正直なくて、でも、誰かがやらなければいけないんだろうなっていう、なんとなくな危機感を感じつつ、誰も家業を継ぐ人がいないんだよねっていうのを、妻と話した時に、私はやりたい、一緒にやろうよ!というような後押しをいただいてですね、じゃあ、一緒に頑張っていこうというところで、今、サラリーマンを続けながらでありますけれども、家業も真剣に継ぐように取り組んでいる、そういう状況です。今、7年経ちます。で、当然、最初は分からないことも多くて、朝早くから作業を始めなければいけないとか、夏の暑い時期にも、一日汗だくになりながら作業をしているっていうのは、やっぱり、続けていく中で大変だなっていうふうに正直思うところはあるんですけれども、継ぐっていうことの責任感だったり、守っていかなければいけないっていう、やっぱり思いっていうのはやっていく中で強く感じるようになってきたっていうのは1つ大きな変化かなと。

奥様と結婚したことがきっかけ。継ぐ人がいないなら私やりたい!これは思い切った発言ですね。その一言で、弥寛さんも決意。まさに転機となる言葉ですね。

スタジオにも時田園の梨が届きました!

時田園いち推しとも言われる豊水、おいしかったです!ごちそうさまでした!

鎌ケ谷で梨農園を続ける時田さん。地域とのつながりを大切にしたいとの想いから、2023年に直売所を新設。そしてその広いスペースを活用して、お父様の名前がついた「鎌ヶ谷すすむマルシェ」というイベントも2代目と一緒に開催しているんです。

中西   もちろん、美味しいものそれもあるんですが、マルシェの魅力はそれだけではありません。最近は、季節のお花のブーケやアロマ、虫よけスプレー、世界にひとつだけの着物リメイク作品、手作りワークショップなど、多彩な出店者が集まっているんです。回を重ねるごとに、出会いの輪が広がり、地域をつなぐマルシェへと成長しています。

様々な取組をされている一方で、梨の栽培は美味しい実りのために地道ではありますが大事な作業が続きます。梨を作る上で大切にしていることをお聞きしました。

時田さん:梨の栽培の作業の暦みたいものがあるんですね。この時期までには、梨の枝を整えるっていう作業があったり、花が咲く前には花粉を取って、花粉として生成するための作業があったり、実がつき始めると、5月、6月までには終わらせましょう、とかっていうふうに、やっぱり梨の作業の暦があるんですけども暦通りに作業をちゃんと終わらせるっていうところの基本のキっていうのは、意識するようにしています。どうしても、梨の栽培の中で農薬を使うことっていうのはあります。極力、薬を減らせることはないのかな、というところで、例えば、除草作業、除草剤を撒かなくできるように、手作業で草を刈るっていうことを心掛けていたりとかっていうようなところも、当園の1つのこだわりかな、というふうに思っています。

 

梨を育てる上での暦は守っていく・・・その一つでもずれていたら、その後にどんどん響いてくるから大切なんですね。

梨ですが、そのまま食べたり、ジュースで飲むほか、あまり加工品を見かけないですよね?梨は水分が特に多くて、加工に向かないところがあるそうです。それでも、時田さんご夫妻は、梨づくりの過程で出る、例えば傷がついて販売できない梨の活用などについても考えていらっしゃるんです。

時田さん:昨年で言うと、合わせて300キロから400キロぐらい、まあ、これをこのまま廃棄してしまうっていうのは、やっぱりもったいない。社会的にも何かできることないのかなっていうのがあって、例えば、1つ、ドライフルーツとして、販売ということを始めてみたり。クラフトビールを作っているお店の方とつながって、原料として梨をおろしていたり、スムージーとして販売されている方のところにも卸していたりとかっていうような提供という形もあるんですけども、なるべく私たちだけで製造販売できるようにっていうところも取り組んでいまして、昨年の梨をピューレにして、冷凍して、その後ですね、焼き菓子としてカヌレとか、ガトーショコラとして、焼き菓子にして販売していたり、甘酒とあえた梨のジェラートをですね、今年の3月から販売を開始していたりというふうに、いろいろ新しい取り組みっていうのは、取り組んでいます。今後も時田園を広く知ってもらえるような活動というのは、続けていこうというふうに考えております。

  

これは、鎌ケ谷名物になるんじゃないですか?! 時田園の若き夫婦の活躍に今後も期待したいですね。  

時田園の梨は、毎年多くの方に愛される人気の梨となっています。6次化によって生まれたいろんな梨の商品の方は、まだまだこれから多くの方に知っていただきたいという段階だそうですが、フードロスを少なくし、一年を通して梨の風味を楽しんでもらいたいとの想いから、様々な業態とコラボしたり、ご夫妻自らも商品開発に取り組んでいます。これからも、4代に渡って受け継がれてきた時田園の想いを大切に、美味しい梨をぜひ作り続けていただきたいですね。時田園の梨は直売所のほかオンラインショップでも購入可能です。また、キッチンカーでジェラートの販売も行っています。詳しくは、時田園のホームページ、インスタグラムをご確認ください。

@susumuno_7483

https://susumuno7483.raku-uru.jp

【フルーツの名産地・安房】 こだわりの完熟パッションフルーツ「RYO’S FARM」

2026/8/14 UP!

千葉県の安房地域は1年を通して温暖な気候で、南国を思わせるような雰囲気があって、早い時期から菜の花が咲くなど、ひと足早く春の訪れを感じられる地域としても知られていますよね。

今回は、そんな温暖な地域にある館山市で、トロピカルフルーツのひとつ。パッションフルーツを育てていらっしゃる農家さんをご紹介します。

温暖な気候と豊かな自然に恵まれ、様々な農産物が栽培されている館山市。その地で、パッションフルーツの栽培に熱心に取り組んでいるのがRYO’s FARMです。東京から館山市に移住して、新規就農をされたRYO’s FARMの園主・梁 寛樹さんに、まずは農業を始めたきっかけを伺いました。

梁さん:私、もともと大学卒業してからメーカーで働いてたんですけど、サーフィンが好きすぎて、いても立ってもいられなくなって、どっか海の近いところに移住したいなぁって考えていたところ、館山市で地域おこし協力隊を募集してたんですね。地域おこし協力隊っていうのは、3年間その地域の課題を解決してもらうっていうようなプログラムなんですけど、それを使って、私は館山に移住をしました。館山市の地域おこし協力隊のテーマっていうのが農業というテーマだったんですが、当時、私は農業、全くの未経験で、まあ、自分がそのメーカーで働いていた時に、ブランディングとかPRをしていたので、まあそこを生かして、館山市の農家のブランディングだったり、PRをしていけたらいいなと思っていたんですが。

地域おこし協力隊制度を利用したのか!移住の手段として応募したんですね。ご自身がこれまで培ってきたキャリアを活かして、「館山の農産物の認知度を上げたい」「名産品を作って、その魅力を世の中に伝えたい」との思いから、応募したそうです。ところが、いざ、協力隊で館山に移住すると、現場での反応は、想定していたものと全く違うものでした。

梁さん:いざ、地域に入ってみると、そんなことは誰も求めていなくてですね、そんなことはいいから、早く、まあ、1人でも多く、農家の後継者になってほしいっていうような声の方が大きかったんですよね。それで、もともとの予定とは違いましたけれども、もう自分で0から農業をやってみようかなと思って始めました。東京にいた時から、ちょこちょこサーフィンで館山に来ていたんですが、ヤシの木が並んでいたりして、すごい南国のイメージがあったんですよね。なので、まあ、最初、アボカドだったりとか、マンゴー、パッションフルーツっていう、まあ、南国のフルーツを試験栽培していく中で、パッションフルーツが一番美味しく作れたっていうのが、パッションフルーツにした決め手になります。

地域が求めているのは農家をサポートする若者ではなく、若手農家そのもの。それで、自分が農家になることが地域おこしの第一歩だと、早い段階で確信したそうです。とはいえ、梁さんは農業経験ゼロだったので、まずは市内の農家を回りながら少しずつ農産物の栽培について学んでいくことからスタートしました。

中西   館山でサーフィンがしたいという思いがきっかけで、地域おこし協力隊に応募した梁さん。3年間という任期の中で農業を実践しながら、地域とのつながりも深めていきました。パッションフルーツは成長が早く、土壌の質も良かったことから、初年度から収穫ができたそうです。気づくと、梁さんはすっかり館山の人になっていました。

梁さん:単純に、3年間、館山に住んだら、もういいとこすぎて、もう東京に戻れない体になってたっていうのが一番かなと思います。0から農業を始めようとする人たちにとって、まあ、一番の障壁って、やっぱりお金だと思うんですけど、私はその地域おこし協力隊の3年間の間に、人間関係を築いて、農地を借りることもできましたし、農業の機械なんかをそろえることもできましたし、本当に借金することなく、スタートを切ることができたので、本当にこの協力隊としての3年間があって、よかったなと思っています。館山市の農水産課の方だったりとか、地域の農家の方、たくさんサポートしていただいて、かなりいいスタートが切れたんじゃないかなと思います。

梁さんにパッションフルーツの栽培を勧めたのは、県の施設、暖地園芸研究所の研究員の方でした。さらに、パッションフルーツ栽培のハウスは、農業を卒業されるというカーネーション農家の方から借りたそうです。実は、このパッションフルーツ、実が熟してくると、枝から落ちてしまうそうで、工夫して、本来よりも枝についている期間を長くすることでより美味しくなるそうです。

そして目の前に、梁さんが作った赤紫色に輝くパッションフルーツがスタジオにも届きました。

梁さんは毎年、旬の夏の時期に、東京・青山の国連大学前で開かれるファーマーズマーケットに出店して、パッションフルーツを販売しています。お客さんの反応を直接感じられて嬉しいんだそうです。実は、そんなお客さんとの会話から生まれた商品があるんです。それがこちらのリリコイバターです。

パッションフルーツのことをハワイ語で「リリコイ」といいます。リリコイバターは、バター、卵、砂糖を混ぜて作ったもので、ハワイではパンなどに塗って食べられていて、大変人気があります。RYO’S FARMのリリコイバターは、青山ファーマーズマーケットに梁さんが出店した時に、あるハワイ帰りのマダム風の方から、『ハワイでは“リリコイバター”というのを作って食べてるから、あなたも作ってみたらいいんじゃない?』と言われたことをきっかけに商品開発を始めたそうです。

お客さんとの何気ない会話が、新しい商品につながったんですね。これが売れると、冬も安定した収入があって、農業として安定していきますね。

初めは製造を委託しようと思ったそうですが、いろんな事情があり、レシピを教えてもらい、自分で作ることにしたそうです。夏の間に収穫したものを冷凍保存して、夏以外の時期に製造。今では年間の売り上げの8割近くをこのリリコイバターが占めるほどになりました。

ハワイ帰りのマダム風の方が、ものすごいアドバイスをくれたということですね。

梁さんは、パッションフルーツを作り始めた最初の頃の周りの人たちの反応を今も思い出すそうです。

梁さん:結構、周りのおじいちゃん農家からは、なんだ、この種ばっかのフルーツみたいな感じで、こんなん作って売れるわけないだろうみたいなことを言われたんですけど、まあ、それぐらいマイナーなフルーツで、地域にも本当、二、三軒、メインじゃない、農産物として作っているぐらいの方はいらっしゃったんですけど、メインで作ってる方はいらっしゃらなくて。だから、ある意味、本腰入れて、あの専業でパッションフルーツ農家としてやっているのは、自分ぐらいでしたね。

今は農業の規模を広げることは考えていないそうです。2015年に独立してからずっと農地の広さは15アールのままで、25mプールおよそ4〜5個分くらいの広さ。この農地を一人で作業、整備することに拘っていて、一人だからこそ農作業や仕事をコントロールできる自由さがあると話してくださいました。それでも、パッションフルーツは、2万個以上収穫できるそうですよ。

自分ができる範囲で、しっかりとやられている。リリコイバターのような6次化製品も生み出している。でも大きくはやらない。しっかりと続けてもらいたいですね。

梁さんが大切に育てたパッションフルーツ、そしてこのリリコイバターは、近隣の道の駅やオンラインショップでも購入することができます。

詳しくは、RYO’s FARMのホームページをぜひご覧ください。

https://ryosfarm.com

【伝統文化が息づく安房】“伝統を未来へつなぐ「鴨川萬祝染(まいわいぞめ) 鈴染」

2026/8/7 UP!

突然ですが、あなたは、ってご存知ですか?

今回は、千葉県の伝統的工芸品にも指定される鴨川萬祝染を製作している若き4代目にお話を伺いました。漁業のまちとして発展してきた鴨川市。港町ならではの文化が息づくこの地では、漁師の晴れ着として生まれた漁師文化の芸術「萬祝染」が、今も受け継がれています。その伝統や技術を家族で守り続けているのが、1925(大正14)年創業の「鴨川萬祝染 鈴染(すずせん)」。型紙彫りから藍染、縫製まで、全ての工程を手作業で行い、伝統の技を現代へとつないでいます。

「鈴染」の4代目、鈴木理規さんに、まずは「萬祝染」の由来について伺いました。

まず、萬祝染とはなんですけども、もともとは、漁師の方が大漁祝いのときに行う宴や祝宴のこと自体を萬祝と呼んでいました。それが次第に、その宴の時に配られる着物のこと自体を萬祝と呼ぶようになりました。で、この風習自体は、江戸時代後期に千葉県の房総半島で始まったと言われています。その後、北は青森県、南は静岡県へと風習が広がっていきました。多いときだと、あの1000反ぐらい作ってた時もあったんですけど、残念ながら、昭和40年代後期に、2代目の祖父が400点製作したのを最後に、漁師の晴れ着としての萬祝という風習は、だんだん廃れていってしまいました。鴨川萬祝染鈴染では、萬祝の制作のほかにも、地域の祭り半纏を製作したり、のれんの製作などをしています。

萬祝って、もともとは大漁祝いのときの宴のことだったんです。それが、宴で配られる着物のことを言うようになったんですね。 

皆さん、大漁旗はご存知の方も多いと思うんですが、あの賑やかで色鮮やかなデザインはこの萬祝が元になってるという説もあるんですよ。今日は、鈴染さんから、萬祝染の半纏をお借りしてきましたので、これを羽織って、番組をお送りしております。

家業を継ぐことは、当初全く考えていなかったそうなんです。でも、あることがきっかけで、萬祝染を別の視点から見ることになり、家業を継ぐことを決意されました。

小さい頃は全く興味がありませんでした。ですけど、大学在学中の2年生のときですね。ニューヨークにインターンシップで行くことがあって、そこで日本の工芸品をちょっと外に伝えていくっていう仕事があって、それをきっかけに、うちの仕事もなんかちょっと面白いんじゃないかという興味を持つようになりました。ただ、その時点では、まだ(家業を)継ごうという決意までは固まっていなくて、そのあとですね、大学3年生になって、就職活動が始まった時に、2代目の祖父が亡くなったときに、本気でこの仕事を自分が継がなかったら、どうなっていくのかって考えるようになりました。他の企業にも内定をもらっていたので、企業に入って普通のサラリーマンとして働くか、家業としての萬祝染の職人になるかすごい悩んでいて、夏休みを利用して、アメリカのカリフォルニア州のモントレーバックパッカーで、たまたま亡くなった2代目の祖父の作品を見たのをきっかけに、ああ、こうやって、ものを通して、海外の人と関わっていくことは面白いんじゃないかと思うようになって、継ぐことが、決意が固まりました。

内定先に就職するか、家業を継ぐか・・・難しい選択だったと思いますが、亡くなったおじい様の作品を海外で目にできたことで、萬祝染の魅力を改めて実感できたということなのでしょうね。

大漁を祝う漁師の晴れ着として受け継がれてきた芸術「萬祝染」。「鈴染」の4代目、鈴木さんに萬祝の製作工程について伺いました。

萬祝の作に関してなんですけど、工程数がたくさんあって、なかなか簡単に説明することは難しいんですけど、まずは真面目に大事なデザインを描いて、そのデザインをもとにして、型紙というものを製作して、そのあと色差しという色塗りの工程を経て、その後藍染めで地染めをして仕立てていき、ようやく完成という工程になります。継ぐようになってから、いろいろな工程をやってみて思ったこととしては、やっぱり工程数が多いので、すごく難しさはあると感じています。特に、型紙製作する際は、複数の型紙で、1つの図柄が完成しているので、そこで、集中力が切れてしまうと、各図柄がつながらなくなってしまいますので、そういう難しさは、特に感じていますね。乾かした反物を外に出すんですけど、その際に、雨に降られてしまったりとか、鳥のフンが落ちてくると、また最初からやり直しになっていくので、やっぱり自然との戦いだなという思いでも、やっぱり仕事をしていますね。

これは、相当な集中力が必要ですよ?!全部型紙から作っていると考えると、面積も相当あるし、大変な作業だよね。せっかく染めても、自然との戦いもあるなんて厳しいですねぇ

ちなみに、何色も染めるときは「型付糊(のりづけ)」とよばれる「糊」が大事ということで、こちらは染料が混ざるのを防いでくれるんだそうです。

鈴染で使っている糊は、もち米、米糠、塩、石灰などを混ぜ合わせて作る自然由来の特製糊で、鈴木さんのお手製なんです。その日の天気や湿度などを考えて作るので、毎回同じというわけではありません。その後、10以上の工程を経て萬祝染ができあがります。半纏として縫い上げるのは鈴木さんのお姉様が中心に担っています。

中西   鈴木さん、そして3代目でもあるお父様は、この伝統文化を広く知ってもらうための活動も盛んに行っています。仕事のやりがいと、萬祝染のワークショップについても伺いました。

難しさはあるんですけど、やっぱり自分自身で、デザインから作っていて、最終的に商品につながるまで持っていけるので、そういった点で、やっぱり楽しさがあるので、すごくやっぱりこの仕事をして良かったなと思っていますね。で、あとは、うちはお客様の手元に届けるまでも、やっぱり直接お客様と対面することが多いので、その時にお客様に「これもらって良かった」「これ、プレゼントして喜んでもらえたよ」って言っていただけるのが、やっぱり仕事の励みにはなりますね。ワークショップなどを通して、歴史とか、制作体験を通して、萬祝染の魅力を伝えていくことも大切だと思っています。その一環として、父の代からもう30年以上前になるんですけど、ワークショップを始めて。今までだと、全部で5万人ぐらいの方に体験していただいたんですけど、そういうワークショップを通しても、魅力の発信にも努めております。最近ですと、日本人の方だけでなくて、日本に慣れた海外の方も、自分でレンタカーを借りて、当店のワークショップに来ることもあって、海外の方にもこういう萬祝染の文化を知っていただくきっかけ作りにもなっていますね。

30年以上前からワークショップをやっていて、のべ5万人!とんでもない数字ですね。参加者が自分で作れるので大変人気だということです。ちなみに、一番手軽に楽しめるのが、税込1,980円のコースで、所要時間は、1時間~1時間半ほど。鶴・亀・鯛・オットセイ・マンボウ・シャチの6つの図柄から1つを選択して、実際に作ることができます。そのほかにも、もっと手の込んだ図柄や、トートバッグを作るコースもあるそうです。

  

これだったら、鴨川観光の一つに加えられますね。

人気のワークショップは、事前予約制です。午前の部、午後の部があるそうなので、スケジュールを合わせてお出かけしてみてはいかがでしょうか?そのほか、鈴染では、トートバッグやデニムと組み合わせたポーチなど見ているだけでも楽しいお土産もたくさん製作しています。また、ちょっとお値段はしますが、オリジナルの萬祝半纏も注文できます。萬祝染の作品についてやワークショップの種類、予約方法など、詳しくは、鈴染の ホームページをご確認ください。

https://maiwai-suzusen.square.site

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