三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。
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【醤油のまち・野田】 醤油に関する資料が豊富「野田市郷土博物館」

2026/9/25 UP!

今回は、醤油の香りが漂うまち・野田市の歴史と文化を伝える施設にスポットを当てていきます。

野田市といえば千葉県の最北端の市。キッコーマンやキノエネ醤油などの工場があることでもお馴染みですね?

今回は、そんな、醤油醸造で栄えた野田市の歴史を知ることができる郷土博物館をご紹介します。

江戸川と利根川に囲まれ、水運を活かした物流の拠点として栄えてきた野田市。醤油のまちとして発展し、醤油づくりの歴史や文化が、まちの至るところに息づいています。1959年に開館した「野田市郷土博物館」も、その歴史や文化を今に伝える施設のひとつです。館内には、醤油に関する資料が数多く展示されていて、その充実ぶりは、全国的にも珍しく、“ユニークな博物館”としても知られています。まずは、野田がどのようにして、醤油のまちとして発展してきたのか。野田市郷土博物館の学芸員、稲垣沙希さんに伺いました。

稲垣さん:野田は、利根川と江戸川に挟まれているので、この水運を利用して、醤油の原料を集めて完成した醤油を江戸へ運ぶということができました。近隣の地域から、醤油の原料である大豆と小麦、これは主に、埼玉や茨城、あとは神奈川ですね、から運んできていて、塩は主にあの瀬戸内海の方から運んできていました。江戸では、上方からの下り醤油っていうのが主に消費されていたんですけれども、江戸の町の発展に伴って、次第に銚子と野田をはじめとする関東産の醤油が優位となっていきます。その後、江戸時代後半になると、その中でも、野田が大きな生産の伸びを示していて、関東産の醤油は、銚子と野田が二大産地となっているんですけれども、銚子は野田より早く醤油醸造を始めていましたが、できた醤油を運ぶのに、銚子から江戸までは船で4〜5日から10日程度かかっていたので、一方でですね、あの野田からは、その日中に江戸に運べたので、その需要にいち早く応えることができたんですね。野田の醤油醸造の発展は、地理的な条件に恵まれていたということが挙げられます。

野田からならその日のうちに江戸へ運べたんですね!地の利を活かして、野田が醤油の一大産地になっていったんだね。醤油の原料となる大豆や小麦、そして塩まで、日本各地から運ばれていたとは意外でした。

そんな醤油の歴史を伝える野田市郷土博物館、実は建物そのものも、2021年に国の登録有形文化財となっていて、大きな見どころなんです。建物の特徴について、引き続き稲垣さんに伺いました。

稲垣さん:設計は山田守氏の設計になります。外観は正倉院の校倉作りをイメージしたものになります。内部は吹き抜けの2階構造になっていて1階では特別展や企画展を開催していて、年4回展示を入れ替えています。2階は常設展となっていて、野田の歴史や文化をご紹介する内容になっています。建物の見どころとしては、いろいろあるんですけれども一つは階段が挙げられます。階段が、よく見ると緩やかなカーブを描いていて、その階段には木製の手すりがあるんですけれども、手すりの角の部分もですね、丸みを帯びて階段を含めて全体の印象を柔らかく整えています。展示ケースというのも特徴の一つでして、木の枠にガラスケースがはめられているんですけれども、当時のガラス製造の技術なので独特の歪みがあります。時代を感じさせる点ということで特徴的になっています。

正倉院の校倉(あぜくら)造りをイメージした外観に、緩やかなカーブを描く階段。展示ケースのガラスの歪みからも、時代を感じられるっていうのがいいですね。

郷土資料も興味あるけど建物そのものが貴重なものだというのがわかりますね。

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設計を手がけた山田(やまだ)守(まもる)さんは、日本武道館や京都タワーなどを手掛けたことで知られる建築家です。1923年の関東大震災の後、後の復興局である復興院で、橋梁課(きょうりょうか)の嘱託職員として橋などのデザインに携わり、なかでも御茶ノ水駅近くにある聖(ひじり)橋(ばし)は、山田守さんのデザインの特徴が色濃く表れた橋として知られています。稲垣さんに、この建物のどんなところが気に入っているかを聞いてみたところ、入り口のガラス扉に印字されている「野田市郷土博物館」という文字の形(フォント)が好きだとおっしゃっていました。確かに趣がありますね。昔はこう言ったガラスよくあったんですよね。

野田の代表的な産業である醤油醸造の歴史や文化を伝える野田市郷土博物館。建物は、国の登録有形文化財に登録されていて、館内には醤油に関する貴重な資料が数多く展示されています。具体的にどのような所蔵品があるのか、稲垣さんに紹介していただきました。

稲垣さん:やはり、野田の代表的な産業である醤油醸造に関する資料を多く展示しています。当館は、醤油関係の資料を豊富に所蔵してまして、当館の所蔵資料の中核をなしています。運営当初から、積極的な醤油関係の資料の収集を行っていて、まあ、その多くはキッコーマンの寄託資料も含まれています。例えば、当館を代表するコレクションで、野田市指定の民俗文化財である押絵扁額「野田醤油醸造之図」という資料があるんですけれども、こちらもキッコーマンからの寄託品になっていまして、まあ、こちらは当館の代表的なコレクションになるんですけれども、これは明治時代に4代勝文斎という絵師によって、野田の醤油作りの様子と、それを見学する人々が押絵という布を用いた貼り絵で描かれたものになります。

当時の作業風景や写真、街の賑わいなどを記録した資料も多く、野田の歴史を知る上で貴重な資料が残されています。また、博物館の敷地内には、キッコーマンの創業家・茂木家の10代目、茂木佐平治さんの邸宅も残されていて、現在は野田市市民会館として、市民の文化活動などに活用されているんです。最後に、野田市郷土博物館の大きな特徴のひとつ、市民参加型の展示について教えていただきました。

稲垣さん:私がやってきた仕事で、特に印象的なものとしては、今年の4月から6月まで開催していた展示を担当しまして、それが市民公募展という展示になります。当館は、市民参加型の展示を行うのが大きな特徴となっていまして、今回は、学芸員がテーマを決めて、それをもとに、市民の方から資料を公募するというものになりますが、今回のテーマが「入れ物」という形で募集して展示を行いました。募集に非常に苦労したんですけれども、各所にチラシを配って募集の説明をして回ってというのを繰り返していって、期限ギリギリまで粘ってなんとか集められたということがあります。展示室が埋められるかという不安と常に戦っていたんですけれども、市民の皆様のご協力があって無事に開催することができたということですね。こうした募集だったり、展示内容を考えたりというのも、学芸員の仕事として大きな1つになります。

チラシを配って呼びかけて、期限ギリギリまで粘って集めた展示、稲垣さんの努力の賜物ですね。

10月10日から12月17日までは、特別展「野田の近代美術―郷土ゆかりの画家たち―」が開催されます。醤油のまち・野田に残る近現代の絵師、画家による美術作品を紹介するそうです。こちらも楽しみですね。醤油のまち・野田の歴史と文化、そして名建築を今に伝える「野田市郷土博物館」開館時間は午前9時から午後5時までで、休館日は毎週火曜日と年末年始など。なお、火曜日が祝日の場合は開館しています。入館料は無料です。敷地内の旧茂木佐平治邸である市民会館とあわせて、ぜひ足を運んでみてください。詳しくは、野田市郷土博物館のホームページをご確認ください。

https://noda-muse.jp

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