2026/9/27 UP!
◎ショータ・ジェンキンス(中禅寺湖の環境保全などを行なうNPO法人「レイクサイド・ストーリーズ」の理事)
『NPO法人「レイクサイド・ストーリーズ」〜マス釣りの聖地「中禅寺湖」のより良い未来のために』(2026.9.27)
◎内藤 健(「農研機構 遺伝資源研究センター」の上級研究員)
『「アズキの起源」を明らかにした、今話題の研究者、登場!』(2026.9.20)
◎柴田佳秀(科学ジャーナリスト)
『人生が豊かになる「都市鳥」観察〜生き物センサーを磨こう!』(2026.9.13)
◎相馬皓介(YouTubeチャンネル「週末縄文人」の「縄」さん)
『「週末縄文人」から「平日縄文人」へ~さらに進化する「縄文力」に迫る!』(2026.9.6)
2026/9/27 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、中禅寺湖の環境保全などを行なうNPO法人「レイクサイド・ストーリーズ」の理事「ショータ・ジェンキンス」さんです。
このお名前は活動名で、本名は今野祥太さん。イギリスに住んでいた頃の親友のファミリーネームを借りて、ショータ・ジェンキンスという名前で活動していらっしゃいます。
出身は千葉県。いちばん長く住んでいたのが梨の生産で有名な白井市。4、5歳の頃に父親に近所の池に連れて行ってもらったのがきっかけで釣り好きに。大人になってからはイギリスのほか、南米や北米、モンゴルや東南アジアなど、旅をしながら大好きな釣りを楽しみ、その模様をYouTubeにアップされています。
そんなショータさんは現在、地元の仲間たちと中禅寺湖の環境保全やヒメマスの復活を願う活動などに取り組んでいます。
きょうはその活動のほか、以前住んでいたロンドンの釣り事情についてもうかがいます。
☆写真協力:NPO法人「レイクサイド・ストーリーズ」

イギリスの釣り事情
※現在、中禅寺湖をメイン・フィールドに活動するショータさんは、栃木に移住する前は、ワーキングホリデーのビザを取得して、働きながらロンドンに住み、中心部の古い運河に日本にはいない肉食魚ノーザンパイク。中には1メートルを超える大物もいることを知り、毎日のように運河で釣りをしていたそうです。

ショータさんによると、街中での釣りのことを最近は「ストリート・フィッシング」と呼び、ヨーロッパで親しまれているそうです。ロンドンの運河には、家として活用している船「ナローボート」が停泊していることも多いそうですが、そんな場所にもパイクがいるそうですよ。
●ロンドンで魚釣りをする時は、日本でいう「遊漁券」のようなものを買うんですか?
「そうですね。なりましが日本とはちょっと違うんです。日本でいう環境省のようなところが発行しているフィッシング・ライセンス、釣り人として釣りをするんだったら、まず必ず買わなきゃいけないライセンスが決まっています。
その後、日本でいう遊漁券みたいなものは場所によって、フィッシング・クラブだったり、その川を管理している個人とかに払うっていう形になるんですね。ライセンスの制度は日本に比べるとかなり厳しかったりします」

●へぇ〜! イギリスの釣り事情をもう少し詳しく聞きたいんですけれども、課せられたルールとかマナー、河川の保全や魚の保護というのは、日本と比べて、どうですか?
「長年、釣りはしているとはいえ、今みたいな視点でイギリスのその仕組みをずっと見ていたわけではないんですけど、まず明確に違うのが、基本的に例えば、カナル=運河にいる動物というのはイギリスの女王の持ち物として、そこにあるものなので、勝手に持って帰るとか基本的にできないんですね。
それこそ街に飛んでいるハトも、あれは女王様の持ち物で食べるとかっていうのはできないんです。なので、法律でしっかり守られているのと・・・。
あとは(遊漁)券を持っているかどうかっていうのをチェックするのは、普通に警察の人もやるんですね。日本の場合、いわゆる漁協が発行している遊漁券を、持っているか持っていないかを警察がチェックするとか、持っていなかったら何か罰を課せるとかというシステムがたぶんないと思うんです。
海外では当たり前のように、一応きちんと罰則を含めて決まっているので、釣りをするんだったら、基本的にはそれに則ってやっているっていうのはありますよね」

●日本よりも厳しいイメージがあるんですね。
「そうですね。あとは仮にどこか有名な河川で、こういうふうにお金が使われていますよ〜とか、その川のシャケのDNAがほかの河川から持ってこられた魚と混ざったりしないように、その川独自の孵化場みたいなのを設けたりとか・・・。
今でいうサステナブルじゃないですけど、その川の魚を守っていこうみたいな仕組みは、たぶん日本よりは先をいっていたんじゃないかなと思います」
中禅寺湖、狙うは「レイクトラウト」
※栃木県・奥日光の入り口に位置する中禅寺湖は、日光国立公園内にあり、約2万年前に男体山の噴火による溶岩で渓谷が堰き止められてできた、せきとめ湖。
周囲は約25キロ、最も深いところで163メートル、そして標高1,269mに位置する日本一高い場所にある自然の湖です。そんな中禅寺湖は「マス釣りの聖地」と呼ばれていて、釣り人にも人気のスポットです。

●ショータさんは現在、「レイクサイド・ストーリーズ」のメンバーとして活動されていますが、ロンドンから帰国後、どういう流れで中禅寺湖に来て、さらに栃木に移住して、NPO法人の活動をすることになったんですか?
「最初のきっかけは、僕の友人が働いていた釣り具屋というかアウトドア・ショップ、栃木県とかに『ワイルドワン』というアウトドアの店があるんですね。そこで中禅寺湖の釣りを紹介している様々な写真とかポップを見て、たぶん帰国する前、一時帰国で帰ってくる時から、その魚の存在は知っていました。
ロンドンで釣っていたパイクによく似ているんですね、顔つきとか色とかが・・・。いつか釣ってみたいななんて思っていて、日本に本帰国していざ日本でいろいろ釣りをするってなった時に、釣ってみたいなって行ったのがきっかけですね」
●中禅寺湖のトラウトにはどんな魅力がありますか?
「こればっかりはどの釣りを好きになるのかとか、釣り自体好きになるのかを含めて、非常に先天的な面もあるかもしれないんですけれども、気づいたら中禅寺湖に僕はドハマりしてしまって・・・。

中禅寺湖で釣る魚は、レイクトラウトっていう魚がメインで、オフィシャルには中禅寺湖でしか釣れない魚なので、そういった面でもすごくプレミアムというか、釣り人としてはいろんな価値が中禅寺湖にはありますね。
個人的にはヨーロッパで見てきた、スコットランドだったりとか、そういうところの湖によく似ているんですね、見た目も気候も・・・。そういうのもあって、すごく勝手に縁を感じて、気づけばハマってしまったみたいな感じです。
メイン・フィールドと言っても、釣りをするのは年に2〜3ヶ月の話なんです。期間も決まっていますし・・・でもまあ、そうですね、ホームと呼んでいいのかわからないですけど、中禅寺湖ではずっと活動していますね」
●私は釣りに詳しくないので、いろいろ教えていただきたいんですけど、中禅寺湖はマス釣りの聖地と言われていますよね?
「そうですね。マス釣りの聖地とも呼ばれますし、あとはフライ・フィッシングの聖地という名前も、奥日光というふうに括るとあるんですね。
明治時代に初めて日本で西洋人がフライ・フィッシングというカルチャーと、あとは魚も海外から持ち込んだという経緯があって、奥日光の釣り文化が盛り上がったという歴史があります。それで聖地というふうに呼ばれるようになっていると思います」
●そういった背景があるんですね。中禅寺湖には何種類ほどの魚がいるんですか?
「本当に文字通り、マスなんですけれども、いま中禅寺湖にはたぶん7種類のトラウト、マス類がいます。ヒメマス、ホンマス、あとニジマス、イワナ、レイクトラウト、ブラウントラウトっていう種類がいるんですね。
基本的には120何年前までは、中禅寺湖には魚は一切いなかったと言われていて、下流の川からイワナを持ち込んだのがきっかけで、魚が棲むようになった場所です。歴史自体は非常に新しいというか、まだ100年ちょっとという感じなんですね」
(編集部注:中禅寺湖で釣りができる期間は、例年4月1日から9月19日まで。年間2万人以上の釣り人が訪れ、リピーターも多いそうですよ。まさに「マス釣りの聖地」なんですね)
ヒメマスの復活を願う
※ここからは「レイクサイド・ストーリーズ」の活動についてうかがっていきます。現在、おもにどんな活動をしているのか、教えてください。
「お陰さまで注目していただいているアップサイクル・プロジェクトは、最初は湖底清掃っていう名前で始めることになるんですけれども、今年でたぶん(湖底清掃は)4回目の開催になりますかね。
NPOができたのが4年前か5年前くらいで、その時に僕だけじゃなく、代表をやっている人間も含めて、それぞれ中禅寺湖でやりたいことだったりとか、中禅寺湖のために何かできないかなって思っていた人間がたまたま出会い、いろいろ人を紹介してもらったりで、ダイバーさんと出会ったりしながら、こういうことできるね、みたいになって、加速度的に動き始めたっていうところです。
最初は100年後とか、2100年を掲げたりとか・・・要は未来に今のマス釣りを残していこうっていうのがスローガンです。
意外と環境を守ろうというよりかは、もちろん環境を守っていくんですけれども、それ以上にあそこに根づいている釣りの文化だったりとか、地元の人たちと魚との関係みたいなのをまるっと残していきたいっていうところで、今行なっている湖底清掃で回収したルアーをアップサイクルするっていうプロジェクトと・・・。
あとは『ヒメマス・アクション』っていう、地元の人にとっては特産品というか、地元ではずっと親しまれてきた魚ヒメマス、その漁をやる人間たちからすると、その魚がここ何年か急激に減っているということで、その魚の発眼卵放流とかも含めて、今はそのふたつが二本柱で活動をしていますね。
●ヒメマスは、今は急激に減っているっていうお話ですけれども、ほとんどいないんですか?

「そうですね。昔は毎年秋になると、流入河川に真っ赤になったヒメマス・・・紅ジャケみたいな魚で、秋になると真っ赤になる魚なんですけど・・・その魚が遡上してくる姿が風物詩だったんですけど、ここ6年7年は数匹の年もあれば、数十匹みたいな時もあったりで明らかに減っています。
いろいろ原因は考えられるんですけど、まだ明らかにはなっていなくて、それを明らかにしていくっていう観点からっていうのと・・・。
あとは漁協さんが行なっている方法とはちょっと違う形で、卵を放流することでプラスに働くんじゃないかなとか、いろんな試験的なところも含めて、冬になるとだいたい11月・・・今年はちょっとできないんですけど、毎年秋になると流入河川の1本をみんなでちょっと掘ったりして、卵を埋めてヒメマスが孵化して、遠くのほうに下っていくのを見守るみたいなこともやってるんですけど・・・」
●釣り人としては、やはり天然のヒメマスをたくさん釣り上げる未来を想像されていますよね。
「そうですね。ヒメマスに関しては釣りだけじゃなくて、やっぱり地元の漁協の組合員さんたちが・・・そもそもヒメマスをみんなで獲ってそれを食べたりとか、お店に出したりっていうことをするために集まった組合が漁協なので、昔のようにヒメマスがいっぱい獲れるようになるのが、いちばん地元の人にとってはいいことで、栄華を取り戻せるんじゃないかなっていうのは、ひとつ大きなテーマでやっていますね」

(編集部注:先ほどお話に出てきた「ヒメマス」の発眼卵放流(はつがんらんほうりゅう)、これは受精後に、卵の中で黒い目が確認できるほど成長した卵を放流すること。「レイクサイド・ストーリーズ」では3年前に初めて放流し、今年その成果が見られるかもしれないということで期待していましたが、今のところ、今年は確認できていないそうです)
ルアーを「クマ鈴」にアップサイクル
※先ほど話していただいたアップサイクル・プロジェクトの清掃活動は、湖に潜ってゴミを回収するんですか?
「そうですね。まさにその通りで、ダイバーさんに潜っもらって、”根掛かり”て言って、しょうがないで片付けてもいけないんですけど、やっぱり釣りをしていると、どうしても障害物だったり、水の底にルアーとか糸が引っかかって切れてしまうっていうことがあるんですね。

そういった形で水中に放置されてしまったルアーと釣り糸を回収するのが湖底清掃で、ダイバーさんに潜ってもらって、絡めて引っ張り上げてまとめたのを、今度は船の上の回収班がそれをどんどん引き上げていくっていう形でやっているんです」
●具体的にはどんなゴミが多いんですか? やはりルアーとかですか?
「我々はやっぱり釣り人の力で、まずはアップサイクルをしなきゃいけないっていうのもあってやっているんですけれども、正直9割ぐらいは一般のゴミです。ビニール袋とか空き缶とかビンとか・・・。
中禅寺湖って実はゴミが本当に少ない湖で、陸地のゴミってほとんどないんですね。ただどうしても、雨とか風で湖に流れて沈んでしまったゴミは、これまで回収しようがなかったと思うので、かなりの量が沈んでいます。
本当に目につくものとか、釣りゴミに絡めて取れるものはいろいろ回収しているんですけれども、そういった一般ゴミもゼロにできるのは、もうちょっと先の話かなって感じです。今はまずは釣り糸とか根掛かりをメインに掃除しています」
●回収したゴミの何をどうアップサイクルされるんですか?
「アップサイクルしやすいと言いますか、いちばんよく使われているルアーの種類に”スプーン”というルアーがあります。その名の通りアイスクリームを食べたりとかするスプーンに形状が似ているカップ状の金属なんです。
その素材がほとんど真鍮でできていて、それを集めて分別して溶かして、”クマ鈴”に替えるっていうのが、今のいちばん大きなアクションというかプロダクトにしていますね」
●アップサイクルにする狙いっていうのは?
「ボランティアが集まって掃除しようっていうのは、すごくいいことで、ちょっとはやれるとは思ったんですね。でもやっぱりそれって、やれるボリュームとか期間とかには限界があると思っています。
自分たちの力だけで(活動を)回していくためには、やっぱり何かを作って販売するとか、NPOの補助金とか寄付金だけじゃなくて、自分たちで仕組みを作っていきたいねっていうのを最初から考えていたんですね。
今後何か販売していけるプロダクトにしたいなっていう時に、まず最初にやってみようってなったのが”クマ鈴”です。理想はそのクマ鈴を今後販売して、販売した利益を元手に、ダイバーさんに潜ってもらったり、次のクマ鈴の制作費に回したりっていう形で回っていけば、本当の意味でサイクルが生まれるのかなっていうのを目指してやっています」
(編集部注:湖底清掃の頻度は、今年は3日間の日程で4回の開催、計12日間。このあとは10月初旬に2回開催する予定だそうです。湖底清掃の模様は「レイクサイド・ストーリーズ」のオフィシャルサイトをご覧ください)
仲間をもっともっと増やしたい
※3年ほど活動されてきて、課題として感じていることは、どんなことでしょうか?
「もっともっとやっぱり関わる人は増やしていって、規模を大きくしなきゃいけないなっていうところが、まずはいちばんの課題なのと、あとは湖底清掃とヒメマスに関することが二本柱だと言ったんですけど、中禅寺湖が抱える釣り人とか水辺、あとは川にまつわるさまざまな問題はまだいろいろあります。
最近で言うと、中禅寺湖に流れ込む湯川っていう川で、外来植物の『オオカワヂシャ』とか『コカナダモ』っていう植物が増えて、在来の水草が減ったり・・これが影響しているのかはわからないけど、すごく泥が溜まってしまうようになったりとかっていうのもあるんですね。
我々も中禅寺湖に流れ込む川の問題なので、ゆくゆくは湖の問題だなっていうことで、そういった外来植物の駆除活動も、環境省さんとかと一緒にやらせてもらったりはし始めているので、今後はたぶんやりたいことはどんどん増えると思うので、どんどん仲間が欲しいなと思っています。
あとは今は根掛かりを回収するほうに、ベクトルがずいぶん向いているんですけれど、根掛かりを回収することで、次の根掛かりを減らしているっていうことにもなっています。
湖の底に残った釣り糸にまた引っかかって、また根掛かりが生まれているので、未来の根掛かりを外すって言う意味では、今の湖底清掃プラスさまざまな発信とか少しルールとかを設けることで、今度は新しい根掛かりもどんどん減らしていくっていう取り組みも、やっていかなきゃいけないなっていうのは感じています」

●では最後に「レイクサイド・ストーリーズ」の活動を通して、どんなことを伝えていきたいですか?
「やっぱりこれって好きじゃなきゃできないというか縁があって、我々のメンバーはみんな中禅寺湖に特別な愛とか思いを描いてやっていると思うのですけど、どこの湖でも起こりうる問題だし、たぶんどの湖にも我々みたいに、その湖のことが好きでしょうかない人たちがいっぱいいると思うんですね。
僕たちがほかの湖にも行こうなんていうのは時間的に無理な話なんで、”こういうことをやっている人いるんだ”とか、”うまくいっているんだ!”っていうふうに僕らが何かいい影響を及ぼして、こういうことをする人たちがほかの湖とか川でも増えてくれたらいいな〜っていうのは常に思っています」
INFORMATION

中禅寺湖のより良い未来を創ろうとしている「レイクサイド・ストーリーズ」の活動に共感されたかたはぜひご支援ください。寄付もちろんなんですが、ショータさんは、仲間を増やしたいという思いから、サポーター登録を希望されています。サポーターになると活動報告やオリジナルのステッカーが届きますよ。詳しくはオフィシャルサイトをご覧ください。
◎レイクサイド・ストーリーズ:https://lakesidestories.jp/
ショータさんの国内外での釣りの動画はYouTube「ジェンキンス・チャンネル」を見てくださいね。
◎ジェンキンス・チャンネル:https://www.youtube.com/@Shota_jenkins
ショータさんは、釣りのウエアやルアーなどを取り扱うオンラインのブランドショップPIKE STREET MARKETを運営されています。そのオフィシャルサイトもぜひご覧ください。
◎PIKE STREET MARKET:https://store.pikestreetmarket.com/
2026/9/27 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. FISHERMAN’S BLUES / THE WATERBOYS
M2. LONDON CALLING / THE CLASH
M3. ORDINARY WORLD / DURAN DURAN
M4. MAYFLY / JEFFREY FOUCAULT
M5. BIG TIME / PETER GABRIEL
M6. A CHANGE WOULD DO YOU GOOD / SHERYL CROW
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2026/9/20 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、「農研機構 遺伝資源研究センター」の上級研究員「内藤 健(ないとう・けん)」さんです。
内藤さんは1978年、滋賀県出身。京都大学大学院で農学の博士号を取得。現在、農研機構での研究のほか、東京大学大学院で客員教授として講義も担当されています。
茨城県つくば市にある「農研機構」は、食料・農業・農村に関する研究開発を行なう国立の機関です。その農研機構で遺伝資源の研究などに取り組んでいる内藤さんは、日本人には馴染みのあるアズキの研究で世界からも注目されている研究者です。
そんな内藤さんがこの春『アズキの起源』という本を出されたんですが、この本が先頃「第42回 講談社科学出版賞」を受賞。そのタイミングで番組にお迎えすることになりました。
実は内藤さんによると、最終候補となった5作品の中からの受賞だそうです。ほかの作品は、宇宙や生命といった壮大なテーマの本だったのに対し、アズキは最初から名前負けしているから、これは選ばれないと思っていたら、受賞の知らせが届き、びっくり! とても嬉しかったそうですよ。
きょうは、アズキがいったいいつ頃、どこで生まれたのかを突き止めた研究のほか、聞いて面白いアズキの雑学についてもうかがいます。
☆写真:内藤 健

「ジーンバンク」=作物版「ノアの箱舟」
※受賞作『アズキの起源』に沿ったお話の前に、内藤さんが勤務されている「農研機構 遺伝資源研究センター」は「農業生物資源ジーンバンク」と言われる事業をメインに行なう研究機関だそうですね。このジーンバンクとは、どんな事業なんですか?
「ひとことで言ったら“ノアの箱舟”の作物版とか食べ物版というか、そういう施設なんですよね。イネとかムギとかダイズとか、そういういろんな作物を世界中のいろんなところから集めてきて、整理して保存しておく施設になります」
●保存している農作物の遺伝子資源の内訳は、どんな感じなんですか?
「イネが4万点、ムギが6万点、ダイズも1万点で、僕がやっているアズキだと3千点とか、そんな感じの内訳になっていますかね」
●すごい数ですね?
「すごい数ですよね」

●保存しているのは、タネってことですか?
「まあそうですね。いちばん多いのはタネなんですけども、タネでは置いておけないジャガイモとかサツマイモとかは、イモで保存します。
ウシ、ブタ、ニワトリなど家畜の精液なんかも保存しますし、あと害虫とか、人間の生活に関係のありそうな動植物は、だいたい保存するというのが目的の機関ですね」
●このジーンバンクというのは世界各国にあるんですか?
「すべての国にあるかというと、そうでもないかもしれないですけど、持っている国は多いんじゃないんですかね」
●日本のジーンバンクは規模的に世界から見ると、どんな感じなんですか?
「まあ有数ですかね。アメリカ、中国、ロシア、インド、この4つは(遺伝資源を)むちゃうくちゃたくさん持っていて桁違いなんですけど、その次を争う国のひとつが日本という感じです」
●遺伝資源を集めてくるのは、ジーンバンクの研究者のみなさんということなんでしょうか?
「基本的にはうちの研究所で探索隊みたいなのを結成して、日本国内だったり、たまには世界の果てみたいなところに行ったりと、そんな感じです。そこら辺に植わっている作物をとにかく集めてこよう! というそういう感じで集めてきます」
●内藤さんも実際に行かれたことはあるんですか?
「はい、何回か行ったことありますね。行くときは頑張って集めてきます」
●どちらに行かれたんですか?
「いちばんきつかったのはミャンマー・・・とんでもない山奥に派遣された時ですね」

●何がどうきついのでしょうか?
「最初に“行ってこい!”って言われた時に、まず“電気も水道もないところやから、ちゃんと準備していくように!”って言われたんですよね。ちゃんとって何? みたいな・・・(笑)。
すごく大きいカバンに3週間分の着替えと、あとは険しい山道でも歩けそうな靴とかテントに寝袋に、そういうのも全部買い揃えて行くっていう・・・行ったところは、ほんまに電気もガスも水道もない。水は雨水を貯めたようなのを使うとか、そんな感じでした」
●そのミャンマーからは、どれくらい持って帰ることができたんですか?
「150点くらい集めてきたんですけど、見たこともないような珍しいトウガラシだったり、お米もたくさん集めましたね。

自分がやっているのは野生のアズキの仲間なんですけど、車で移動している間、ず~っと道端を見て、僕の研究対象になっている植物が生えていないかって、ず~っと見ながら旅をしていたりという、そんな感じでしたね。
すごく景色が綺麗で、珍しい食べ物もいっぱいあって、それは楽しかったんですけど、まあしんどい(苦笑)・・・日没と共に寝て夜明けと共に起きるみたいな生活を2週間しなきゃいけないっていうは、なかなかしんどかったですね」

(編集部注:農研機構では、およそ24万点の農作物の遺伝資源を保存してあるそうです)
アズキと運命的な出会い
※内藤さんは、本のタイトル通り「アズキの起源」を明らかにした研究者として権威ある科学雑誌「サイエンス誌」にその論文が掲載されるなど、世界的に注目されています。
もともとアメリカの大学でイネの研究をされていた内藤さんがアズキの研究をすることになったのは、いまの職場「農研機構 遺伝資源研究センター」に入ったことが大きかったですか?
「そうですね。ここに就職しなかったら絶対やらなかっただろうと思いますね。イネの研究でほかの大学のポストを狙っていて、そこを落とされて、滑り止めで受かったのが今の職場なんですよね(苦笑)。
たまたま入ったところの上司がアズキの研究者だったという縁があってアズキの研究することになったと・・・きっかけはそんな感じですね。
(農研機構に)入ってその上司がやっていたのは、アズキっていうよりは野生のアズキの仲間なんですけども、入った初日にその上司のコレクションをパッと見せられて、ものすごい多様性だったんですよね。
“ここに今植えられている植物は、全部同じ種だ!”というふうに言われたんですけど、見た目がもう全部、全然違うやんけ! ってなったんですよね。
葉っぱが丸いのもあったら、針みたいにすごく細いのもあったりして、見た目がまず全然違うと・・・見た目の違いはその環境ですかね。それぞれの系統が生えている環境の違いで、自然選択というか、その環境に合わせて進化してきたようなものだと思ったんですよ。
こんだけいっぱいあって、それぞれいろんな異なる環境に生えていて、異なる進化を遂げている。でもみんなアズキの仲間っていう、バックグラウンドは共通しているのに、その末端のところが全然違うっていうのが、“これは面白い!”って思ったんですよね」
●アズキだけで、どれくらいの種類だったんですか。
「え~っと106種、上司の友岡さんが集めていたのが、アズキだけで3千種、アズキの仲間まで入れると7千500種とかそれくらいやったかな。すごい数ですよね!
おもに友岡さんがひとりで集めていたっていうような感じで、“俺、これ使って研究していいんや!”みたいな、第一希望を落ちてよかったなとさえ思うくらい、ほんま運命感じるくらいの出会いでしたね」

縄文人がアズキを栽培!
※その後、内藤さんはアズキの研究に心血をそそぎ「アズキの起源」を明らかにされたわけですが、具体的にはどんなことを明らかにされたんですか?
「アズキってたぶんだいたいの人は、中国から朝鮮半島を経て日本に入ってきたというような、イネもそうですし、ムギもそうですし、そういうほかの作物と似たような経緯で日本に入ってきたやろうなと思っている人が多かったでしょうし、僕自身もそう思っていたんですね。
でもそうじゃなくてアズキは、稲作が日本に入ってきて弥生時代が始まるんですけど、それより前の縄文時代に縄文人が日本列島でアズキの栽培を始めていた! っていうことですね。
その日本生まれのアズキが逆に中国に広がっていったんだよ! という、ほかの作物とは起源も伝わった経緯も逆っていう、それを明らかにしてしまったんですよね、僕が!(笑)。いや〜もうびっくりでしたけど、“そんなことあるんや!”みたいな・・・」
●アズキの起源を、どんな手法を使って明らかにされたんですか?
「ゲノムというDNA分析というやつですね。僕が所属する農研機構ジーンバンクには、アズキのコレクションがありますので、アズキの祖先のサンプルも、今栽培されているアズキのサンプルも、全部DNAを抽出して、そのDNAの配列をお互い比べるっていうことをするんですよね。
DNA配列は、ひとりひとりの個性を決めるような設計図みたいな働きをしていますんで、みんな少しずつ配列が違うと・・・親子関係みたいな近縁の者同士だと。すごく配列は似ているし、遠くの親戚とはだいぶ違うっていう、そういう配列がどれくらい似ていて、どれくらい違うかを総当たりで比較して、こいつとこいつは近い、こいつとこいつは遠いみたいなところから祖先をたどっていう、そういうことをします」
●研究でいちばん大変だったことって、どんなことですか?
「いちばん大変だったのは、最初にDNA解析をした時にパッと見、どう見てもアズキの起源は中国やん! っていう、そういう結果が出てきたんですね(笑)。普通の人が解釈したら、これは中国起源としか考えられないっていう結果が出てきたんですけど、でもそれをよく見るとちょっと怪しい・・・この結果をこのまま信じたらあかんのちゃうか? っていう結果になっていたんですよね。
そこから一回疑って、もうちょっとディープな解析をしたほうがいいじゃないかっていう流れになって、やってみたら、すごい大逆転ですよね。やっぱり日本起源やん! っていうことが明らかになって、あの瞬間がめちゃくちゃ気持ちよかったというか・・・」
※大逆転のきっかけはなんだったのか・・・それは「葉緑体・ミトコンドリア」! 内藤さんによると、当初は細胞の中の、核のゲノムだけを見て研究していたそうですが、核のゲノムは、父親と母親から半分ずつ受け継がれるのに対し、葉緑体のゲノムはお母さんから丸ごとコピーしたものが受け継がれ、交雑をしても混ざることはない。これに着目したこと。
では、具体的に説明をお願いします。
「同じ畑に植えて、そこから収穫したタネを植え続けるということは、結局、現代のアズキにも、いちばん最初に栽培され始めたアズキの葉緑体・ミトコンドリアが受け継がれているんじゃないか、という事実をハッと思い至って、実際調べてみると本当にそうだったと。
日本のアズキも中国で栽培されているアズキも、果てはネパール、ブータンまでアズキって広まっているんですけど、そのネパール、ブータンまで運ばれていったアズキも、みんな葉緑体を見ると日本のヤブツルアズキ、日本の祖先種と同じ葉緑体を持っていたということだったんですよね。

ということは、日本の祖先種から最初のアズキが生まれて、そのアズキを誰かが中国に持って行き、それがさらに果てはネパール、ブータンまで運ばれていったという、そういうことになるということだったんです。100%の証明じゃないんですけど、これが個人的には決定的な決め手になったといいますか、それが逆転の一発目だったわけですよね」
(編集部注:アズキの研究を2019年に始めた内藤さん、2025年に論文を発表されていますので、アズキの起源を明らかにされるまでに約6年を費やしたということです。
内藤さんによると、縄文時代はクリやドングリのほかに、原始的なアズキやダイズも食べていたことは、考古学の研究者の間では、いまや常識だそうですよ)
アズキにまつわる内藤家の因縁
※内藤さんは番組の最初のほうでアズキの研究をすることになったのは、運命的だとおっしゃっていましたが、アズキとの因縁は、内藤さんのご先祖様までさかのぼるそうですね?
「そうなんですよね(笑)。僕、全然知らなかったんですけど、”内藤家は徳川家康の重臣やった人の末裔なんやでと。今、田舎ですごく貧乏しているけど、それは江戸時代から明治時代に変わった時に、あんたのひいひい爺さんがアズキの先物取引に手を出して、すってんてんになったからや!“ってことを言われまして、えっ! ってなって・・・なんか財産運用に失敗したっていうのは聞いていたけど、アズキやったん! みたいな感じですよね(笑)」
●運命ですね(笑)
「ほんまですよね(笑)。最近さらに知って怖くなっているのが、徳川家康の重臣だったいう『内藤正成』っていう武将がいるんですけど、その人が最初に名を挙げた戦いっていうのが『小豆坂(あずきざか)の戦い』っていうらしいんです(笑)」
●すごいですね~!(笑)
「因縁深いにもほどがあるやろうと! いう感じで、ちょっと怖くなっていますね、はい・・・」
●話は変わるんですけれども、大豆は漢字で書くと、大きな豆と書いて “だいず”ですよね。小豆は小さな豆と書いて“あずき”と読みますけど、これは“しょうず”とは読まないじゃないですか?
「そうですよね」
●これはどうしてなんですか?
「不思議ですよね。確かに小豆業界の人たちは“しょうず”って読むんですけど、自分の扱っている商品のことを。でも“アズキ”って言うじゃないですか。アズキっていう言葉自体は『やまとことば』というか、漢字が日本に入ってくるより前から、日本に住んでいた人たちは、小豆のことを“アズキ”と呼んでいたということなんですよね。
その語源は諸説あるんですけど、どの説を見てもアズキの“あ”は、赤から来ていると、赤色の“あ”やと・・・“ずき”っていうのが、火が通りやすい、火が通って煮崩れしやすいとか、柔らかくなるとか・・・あとは赤い粒がなる植物『アカツブキ』から転じて、“アズキ”になったとかはあるんですけど・・・。
なんにせよ、アズキの“あ”は赤から来ていると・・・なので、アズキっていう言葉が成立したころにはアズキって赤かったと、そうとう昔から赤かったんちゃうか! みたいなことは、アズキの名前からも想像できるというか、そんな感じがしますよ」
(編集部注:内藤さんたちの研究チームは、赤いアズキはおそらく1万年前から存在していたことも明らかにしたそうです)本には、このワカケホンセイ インコの解説も詳しく載っていますので、ぜひ読んでみてください)
アズキもクリも日本オリジナル
※今後の研究対象や、明らかにしたいことはなんでしょう?
「今ひとつちょっと面白そうだなと思っているのは、アズキって日本や中国とか東アジア一帯で栽培されているんですけど、日本のアズキだけ、やたらでかいんですよね。
でかくなった変異というか原因の遺伝子は何か? とか、日本人が大きいアズキばかりを好んでより分けていったのは、いつ頃からそういうプレッシャーをかけてきたのか? みたいなのを明らかにできると、面白そうかなというのはあります。
あと、考古学関連だとアズキだけじゃなくて、クリも縄文時代からの作物としては結構有力どころで、日本のクリが少なくとも日本起源というのは間違いないんですよね。
中国にもクリはありますけど、日本のクリと中国のクリは種として別種なので、中国のクリは中国で栽培化されているし、日本のクリは日本で栽培化された、日本に起源があるというのは間違いないと言えます。
ただそれが日本のどこで、いつ頃かっていうのはちょっと面白そうではあるので、その辺も追々っていうか、もうそろそろ発表できるかなというところですけどね。
まあなんにしても和菓子の二大プレイヤー、二大エースみたいな存在がどっちも日本起源っていうのが面白いというか、そんなところに日本オリジナルが残っているんや、みたいなっていうのはちょっと面白いですよね」
●研究者として大事にしていることってなんですか?
「研究者として大事にしていること・・・ワクワク感ですかね。自分だけじゃなくて、自分の周りに話しても“それ、おもろいな~!”って言ってもらえそうみたいな、そういうのはやっぱ大事にしたいですよね」
●最後にこの本『アズキの起源』に込めた思いを教えてください。
「この本はとにかくやっぱり、みなさん基本的にアズキもほかの作物と同じ中国起源だと思っていらっしゃるかたが多いと思うので、その常識をとりあえず壊したい。なるべく多くの人にアズキは日本の作物なんだよっていうのを知ってほしいと思って書いた本です!」
INFORMATION
「講談社科学出版賞」を受賞した、科学的な研究本としての充実度に加え、内藤さんのプライベートなことも散りばめられていて、人となりを垣間見られる読み物としての面白さも秀逸です。ぜひ読んでください。
東京書籍から絶賛発売中。詳しくは出版社のサイトをご覧ください
◎東京書籍:https://www.tokyo-shoseki.co.jp/product/books/81888/
農研機構のオフィシャルサイトもぜひ見てください。
◎農研機構:https://www.naro.go.jp
2026/9/20 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. HERE’S WHERE THE STORY ENDS / TIN TIN OUT
M2. BROKEN LAND / THE ADVENTURES
M3. YOU GET WHAT YOU GIVE / NEW RADICALS
M4. THINGS CAN ONLY GET BETTER / HOWARD JONES
M5. WE COULD BE SOMETHING / 家入レオ
M6. MONEY CHANGES EVERYTHING / CYNDI LAUPER
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2026/9/13 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、科学ジャーナリストの「柴田佳秀(しばた・よしひで)」さんです。
「柴田」さんは1965年、東京生まれ。東京農業大学卒業後、テレビ・ディレクターとして、「生きもの地球紀行」や「地球・ふしぎ大自然」などの自然番組を数多く手掛け、2005年からはフリーランスとして、本や雑誌の執筆、講演活動など、幅広く活動されています。
鳥の専門家で、特に都会に暮らす野鳥「都市鳥」の観察や研究を続けている柴田さんには、私、小尾がこの番組を担当して間もない2019年11月にベイエフエムのすぐ近くにある公園でロケを行ない、バードウォッチングの手ほどきを受けた野鳥観察の先生なんです。
そんな柴田さんが先頃、新しい本『鳥たちはなぜ都会を選んだのか〜都市鳥ウォッチング図鑑』を出されたということで、改めて、番組にお迎えすることになりました。
きょうは、都市鳥と言われる野鳥の実態や、なぜ都市という環境を選んで生きているのか、その背景についてもうかがいます。
☆写真:柴田佳秀、協力:山と渓谷社

表紙に注目! 象徴的な都市鳥
※新しい本『鳥たちはなぜ都会を選んだのか〜都市鳥ウォッチング図鑑』は、バード・ウォッチングの専門誌『BIRDER』に連載されている記事をまとめた本なんですよね。カラーのイラストがリアルで素敵ですね。
「表紙がいいんですよ。帯でちょっと隠れちゃってるけど、帯を取るといろいろ出てくるんですよ。ここに象徴的な鳥が並んでいます。人は僕ですけどね」

●柴田さんがいますね!
「街の中でバード・ウォッチングをしているというところですね。いちばん大きく描いているのが都会の、都市鳥の帝王というハシブトカラス。で、ツバメがやっぱり人のそばにいちばんいる鳥ですね。下にスズメがいて、横に最近、コンビニの鳥と言われているハクセキレイがいて、あと森の鳥が増えているので、シジュウカラとかエナガとか、上でイソヒヨドリが・・・」
●あ、鳴いていますね!
「で、ドバトをハヤブサが襲っていると、これはまさに象徴的なシーンですね」
●都会で、こんなに様々な鳥たちを見ることができるんですね!
「そうですね」
●柴田さんは都会に暮らす鳥、都市鳥の研究をされていますけれども、都市鳥に注目されるようになったのは、どうしてなんですか?
「子供の頃、小学校5年生から鳥を見ているんですけど、最初はやっぱり普通のバード・ウォッチングをして、珍しい鳥を見たり、きれいな鳥を見たりとか・・・あと1日に何種類見られるかとか、そういうことに興味を持ってやっていたんですけど、大学生の時かな・・・家の庭の戸袋のところにキジバトが巣を作ったんですよ。こんなとこに巣を作るんだなと思って観察していたら面白くなって・・・」
●都市鳥を観察するようになって、何年ぐらいになるんですか?
「だから40年ぐらい」
●すごいですね! 都市鳥の定義っていうのはあるんですか?
「都市鳥の定義っていうのは、あってないようなもので、いちおう都会の中で暮らしている鳥、都会の中でいろいろなものを利用して暮らしている鳥を都市鳥という呼び名にしています」
●都会といっても、ビルがあったり公園があったり、住宅街、雑木林とかいろいろあると思うんですけれども、環境的には多様ですよね。
「そうですね。そこに実はあやふやな部分があって、何を都市というのか、また都会というのは何というか難しい問題で、23区の山の手の中は大都会で異論はないと思うんですけど、例えば地方都市とかいろいろありますよね。
そういうところは意外と山が近かったりするから、山の鳥が都市部に出張に来たりすることもあるので、それを都市鳥というかどうかというのは判断が難しい。
もうひとつ、23区の中でも皇居とか明治神宮とか、すごく大きな森がありますよね。あれを都市環境と言うかというのは、いろいろ異論はあると思うんですけど、今回は都市の中にある緑ということで、人工的に作った緑ということで含めています」
●都市鳥といえる野鳥は、何種類ぐらい確認されているんですか?
「本当に純粋な、都市で暮らす鳥というのは大体50種類ぐらいです。その中の代表的な45種類を今回(本で)紹介しています」
都市鳥と、人と社会の変化

※柴田さんが観察を始めたころに比べると、都市鳥は増えているんでしょうか?
「増えた減ったって結構、難しいんですね。種類によっては増えているのもいるし、減っているのもいます。
よくスズメが増えたとか減ったとかって言いますよね。あれはスケールによって変わるので・・・スズメの場合は全国的に見ると減っているんです。それは資料統計とかそういうデータを使って調べると、1960年代とかに比べれば、激減しているというデータがあって、それで減っているって言われるんですけど、都心部に限ると実は今増えているんですね。
みなさんの減った増えたっていうのは、まさに印象なんです。それは自分の生活している範囲だけの話なので、そこはスケールが、分母が違っちゃうと変わるので、増えた減ったって判断が難しいんですね。ただ、種類で言うとやっぱり40年前に比べると、だいぶ(都市で)いろんな種類が見られるようになっています。
この都市鳥という言葉は1982年にできたんですけど、70年代から82年っていろんな鳥の動きが都市で見られるようになったんですね。その時に都市って生き物はいないんだよねという常識の中で見てたら、意外といろんな鳥がいるよねって気がついた人たちが何人かいて、その人たちが情報を集めようとして『都市鳥研究会』という、僕が今所属している研究会を1982年に作ったんです。

その頃、ほかの研究者から、スズメとカラスぐらいしかいないのに何を研究するのって言われたらしいんです。でも意外と調べてみるといろんな鳥がいるし、都市鳥研究会を作った人たちですら、想像できない鳥たちが結構現れ始めたという流れがあるんですね。
40年前ってそんな前じゃないような気がするんですけど、考えてみたら40年経ってんのかっていうのが最近の感想です」
●本当に(都市も)多様な環境ですから、今後10年とかで、さらにいろいろ変わっていきそうですね。
「そうですね。それで何で変わっていくかというと、ひとつに社会が変わっているんです。同じ都会、都市でも我々の生活の仕方がだいぶ40年前から変わっていますよね。街にいろんなものができたりとか、例えばここ(海浜幕張)も80年代は埋め立て地で空き地で、このビルもたぶんなかったと思うんです。
幕張メッセはできたぐらいで、空き地がいっぱいあって・・・僕は80年代から90年代ぐらいに、ここで調査をしたことがあるんですけど、ここにはいっぱい鳥がいたんですよ。シギやチドリとかコアジサシとか・・・。
千葉市の鳥のコアジサシはここにたくさんいて、僕が千葉市の鳥のコアジサシのプロモーション・ビデオをここで撮っているんです。そこのメッセとか、その辺の打瀬とかはコアジサシの繁殖地だったんですよ」

●そうですか。今はそれほどは見られない・・・?
「コアジサシは繁殖地がすごく少なくなって、今は絶滅危惧種です」
●変わってきちゃっていますね。
「だから人の振る舞いというか社会の構造の変化で、鳥たちは追い風になる時もあるし、向かい風になる時もあるんですね」
「コンビニの鳥」ハクセキレイ

※それでは、新しい本『鳥たちはなぜ都会を選んだのか〜都市鳥ウォッチング図鑑』の中から、いくつかピックアップしてお話をうかがっていきます。
ここ海浜幕張でもよく見かける「ハクセキレイ」という小型の野鳥、本では「コンビニの鳥」という表現をされています。それはどうしてなんですか?
「僕が命名したわけじゃないんです。コンビニの鳥ってなんで言うようになったか、SNSを見るとそう書いてあるんです(笑)。『#コンビニの鳥』とか、あと『駐車場の鳥』とかね。
おそらくコンビニの駐車場に行くと、白いテケテケ走る鳥がいて、みんな、何これ?って・・・で、逃げないのでスマホで写真を撮れるんですね。結構かわいいんですね。それでコンビニの鳥というふうなキャッチフレーズがついたらしいです」
●あのトコトコ歩いている小型の鳥ですよね。どんな習性の野鳥なんですか?
「セキレイの仲間ですね。セキレイと言うと、だいたい昔のイメージで言うと川にいる鳥というイメージがあって、それはキセキレイという鳥なんですけど、ハクセキレイはどちらかというと乾いたところでもいる鳥なので、街の中の環境でも結構柔軟にいろんなものを捕れるみたいですね。
で、面白いのは寝るところが繁華街なんですね。僕は千葉県の柏に住んでいるんですけど、柏のデパートの前の街路樹に500羽ぐらい寝ているんです。それもわざわざ人がいっぱいいるところで寝るんです。こうこうと電気が点いていて・・・」
●明るくて騒がしいですよね?
「そう、そういうところのほうがおそらくフクロウとかそういう天敵が来ないので・・・人は危害を加えないってわかっているんですね。
わかっているというより、今都会の人たちって生き物のセンサーが非常に鈍いので、生き物がいても気がつかない人たちがほとんどなんです。僕みたいな気がついちゃう人っていうのは、(彼らにとっては)非常に迷惑らしいんですけど・・・(笑)
ですから、どちらかというと人間がいても空気なんですね、鳥にとって。気にならないんですよ、関心を示さないから。ひとたび関心を示すとバッと逃げますから。だからそういった無関心のところをうまく利用しているのが、都市の鳥のひとつの特徴です」
野鳥界のアイドルが電線に!?
※野鳥界のアイドルといわれている「エナガ」も都心に進出しているんですね。もともとは森にいる野鳥ですよね?

「森の鳥で基本的に森がないところには、今でもいないです。だけど、それでも明治神宮とか孤立した大きな森に、かつてはいなかったんですが、今はいるようになって繁殖もしているんですよね。新宿御苑なんかも人がすぐいるところに巣があったりとかしています。郊外の都心部じゃなくて近くに山があるようなところの住宅街なんかも結構出てきます」
●そうなんですか!
「うちなんかもそうなんですけど、(本にも)書いてある通り、自宅で窓を開けて原稿を書いていたりすると、エナガが・・・“ジュリジュリジュリ”って鳴くんですけど、その声が聴こえてくるんです。
“あっ、エナガが来た!”って見に行くと、ちょうど今頃9月ぐらいだと、特に多くて、なんでなんだろうなと思ったら、サルスベリって木がありますよね。サルスベリにしかつかないカイガラムシっていう害虫がつくんです。
カイガラムシって小鳥が大好きなんです。なぜかというとカイガラムシの“カイガラ”って蝋物質なんですね。あれは脂質なんですよ、油なんです。で、すごくカロリーが高いんで(エナガが)大好きなんですね。それを狙ってくるんです。見ていると庭にあるサルスベリを(エナガが)点々としているんです。どっかでわかったんでしょうね」
●でも家のお庭で見られるようになるとはすごいですね。
「すごいですよね。びっくりしましたよ」
●森の中にいた鳥なのに!
「エナガが目線に・・・うちはマンションなんですが、電線にみんな並んだりとかして・・・(笑)」
●猛禽類のハヤブサが都市のビルに棲んでいるのは、どうしてなんですか?
「ハヤブサって、もともと崖の鳥なんですね。どういうところに多かったかというと、日本で崖があるところって結構、海岸線が多いんですね。なんで海岸線の崖にいるかというと、そこは獲物を獲るための見張り場です。
どういう鳥を獲るかというと、ハトとかヒヨドリとか、そういう鳥専門なんですね。そこで見張って、近くを飛んだやつをものすごいスピードで追っかけて獲るっていうのが、ハヤブサの生活の仕方なんですね。
そのやり方を実は都市でも応用できることに気がついちゃったハヤブサがいて、都市にはハトがいっぱいいますよね。あれがいちばんぴったりな獲物なので、それで崖と同じビルの上に留まって、近くでハトが飛んだらピューって(飛んで)獲る・・・ハヤブサは行動範囲がすごく広い鳥なので、神出鬼没なんですね。
だから必ずそのビルにいるってわけではなくて、駄目だったらどっかにいっちゃうんです。今けっこうタワー・マンションがあるところは(ハヤブサが)います」
(編集部注:柴田さんによると、猛禽類のハヤブサは海外でも同じように高いビルのある都市に暮らしているそうです。

また、本来はインド南部やスリランカに分布している大型の緑色のインコ、日本では外来種になる「ワカケホンセイ インコ」が東京以外にもロンドンやベルリン、LAなど世界の大都市に定着しているとか。
その理由として、これは柴田さんの仮説ですが、1970年代にインコを飼うブームが世界的にあり、逃げ出した個体が寒さにも強い性質があったため、繁殖したのではないかということでした。柴田さんの本には、このワカケホンセイ インコの解説も詳しく載っていますので、ぜひ読んでみてください)
注目株はイソヒヨドリ
※柴田さんが以前から注目している「イソヒヨドリ」。本の「はじめに」に写真も載っています。頭が青くて、胸から下がオレンジ色の綺麗な鳥ですよね。このイソヒヨドリ、「都市鳥研究の注目株」と書かれています。改めて、どんな鳥なのか、教えてください。

「名前からわかると思うんですけど、磯にいる鳥なんです。ヒヨドリという名前が付いていますけど、ヒヨドリではなくてヒタキの仲間なんですね。ちょっと見た目がヒヨドリっぽいので、磯にいるヒヨドリみたいな鳥で『イソヒヨドリ』という名前が付いて・・・(以前は)海辺に行かないと見られない鳥だったんですよ。海辺に行くと、いい声で鳴くんですね。海辺でイソヒヨドリの声を聴くと、“ああ~海辺に来たな”と思うんですね。
それが1990年ぐらいになって、特に大阪から始まったんですけど、海じゃないところにいるよねって、誰か気がついた人がいて、大阪でそういう傾向があって・・・“へえ~そうなの?”って。それからいろいろ調べ始めたら、だんだん“あれっ? うちのほうにもいる”と・・・神奈川が最初だったんですけど、うちのほうにもいてとかって、あと八王子とかも・・・今もう全然、海と関係ないようなところにいます」
●磯じゃないところに!
「だからもう磯でもないし、ヒヨドリでもない。“『ビルヒタキ』という名前にしよう!”(笑)とかっていう話になって・・・。
なんでなんだろうな~っていうのがまだわからないんですね。ここ15年ぐらいで特に内陸進出が顕著になって、今結構どこでもいる鳥で、いちばん多くいるのはニュータウンなんですよ」
●へえ〜!
「新線開発されたようなところの、つくばエクスプレスとか京葉高速鉄道とか、ああいうところの駅前のビルにいるんです」
●なぜなんですか? 新しいところが好きなんですか?
「そう! なぜかと言うと、崖にいたっていう理由がひとつあるんですけど、なんで崖にいたかと言うと、イソヒヨドリって縄張り意識がすごく強い鳥なんですね。イソヒヨドリってイソヒヨドリが嫌いなんですよ!ライバルだから。だから縄張りをがっちり守るんでいっぱい鳴くんですよ。
縄張りに侵入されないために宣伝のために鳴くのが、さえずりの重要なひとつなので、それをどこで鳴くかっていうと、いちばん高いところから鳴いたほうがいいですよね。それで崖の上で鳴くと効果的に“俺の縄張りだ!”っていう宣伝ができるので、その代わりをビルがしているんです」
●へえ〜!
「で、縄張りを守りやすいというひとつと、もうひとつ、イソヒヨドリの食べ物って虫なんですね。虫がいないとだめなんです。郊外ってビルはできているけど、まだ駐車場があったりとか空地があったりとか、まだ開発してないところに草地があるんですよね。そういうところの餌場はあるんです」
●なるほど!
「だから海岸と似たような環境を人間が作ってくれたんですね。森の中だとそれをできないので、ニュータウン開発したところをうまく見つけて・・・よくこういうのって、都市の鳥ってもともと棲んでいたところの環境が破壊されたから、引っ越して移住したっていう話をよくされるんだけど、きっとそんなことは全然なくて、そんな消極的な理由じゃないんですね。
今、海辺に行ってイソヒヨドリは普通にいるんですよ。じゃあ、あいつら何なんなのか? おそらく若い個体です」
●そうなんですか?
「たぶんもう磯がいっぱいなんですね、先住者で。そうすると巣立った子供たちはどうするかって言ったら、いろんな鳥もそうなんですけど、自分の新天地を求めて分散をするんです。渡りじゃなくて・・・。
そういったフロンティア・スピリットがあるやつがいて、おそらく昔からね。秋はイソヒヨドリっていろんなところ、全国の内陸のダムとかに出現しているってのは昔からあったんですね。
そういった鳥がどこかで、“あっ! ここはやっていけるんじゃないかな”、そこで生まれた子孫が、おそらく20年ぐらい前からそういう傾向があって、先駆者がいて、その子孫の子供たちが今度分散しますよね。
おそらく故郷はそういう環境の都市だから、隣の駅に行ってみようかと・・・そうするとライバルがいないから、そこでうまくいってまた子供が増えますよね。また子供がライバルになるので、そうすると人間が新線開発をしていったりとか・・・。あともうひとつ(イソヒヨドリが)よくいるのはショッピング・モールです」
●えええっ!
「ショッピング・モールはだいたいいます」
●そうなんですか?(笑)
「そういうところも満員になってきて、最近は都市の何でもないようなマンションにも現れ始めています」
●どんどん開拓していっているんですね!
「そうですね。それが手に取るように見えたので、もう注目株なんですよ」
●面白いですね!
都市鳥は「写し鏡」!?
※長年「都市鳥」を観察し、研究されてきて、今どんなことを感じていらっしゃいますか?
「鳥って都市というか人間の生活の写し鏡になっているなと思います」
●写し鏡?
「鳥の行動を見ていると、都市ってこういうふうに人間がやっていることの裏返しみたいなものになっているなというのは、非常に感じますよね。思いもよらぬことがよく起きるのが、都市鳥観察の面白さというか、感じることですね」

●では最後にこの本『鳥たちはなぜ都会を選んだのか 都市鳥ウォッチング図鑑』に込めた思いを聞かせてください。
「はい、ここに出てくる鳥たちって基本的にバード・ウォッチングをする人たちが喜ばない鳥なんですよ」
●喜ばない?
「はい、珍しくないから。カワセミとか、そういうのはみなさんは好きです。綺麗だからね。だけども、そうやって人のそばに棲んでいる鳥も、ちゃんと見ると実に面白いと思う。
で、もうひとつ面白いのは、わざわざバード・ウォッチングに行かなくてもいいんですよ。普段の生活で見られる鳥なので・・・。いちばんおすすめなのは、通勤通学の時に気をつけて、生き物センサーを少し研ぎ澄まして、“なんか鳴いているな”とヘッドホンを外して、鳴き声を・・・。
イソヒヨドリなんかすごく綺麗な声なので、“ああ~なんか全然聴いたことのない鳥が鳴いているな”とか、そういう感性を磨いて通勤をすると、1日1日違うんですね、その日その日で・・・。
1年かけると、また何年か経つと、“去年これ鳴いていたけど、今は鳴いてないな”とか“今年はなんかやたらハトが多いけど、何でなんだろうな?”って、そうふうに見てくると、自分の生活の中の、街の解像度がすごく上がるんです。
それってすごく人生が豊かになるので、ただぼ〜っと、苦痛の通勤だけども、そういったいろんな、今まで知らなかった情報が入ってくるので、絶対に人生が楽しくなります」
(編集部注:時間の関係でご紹介できなかったんですが、街中でもよく見かけていたスズメが、どうして減ってしまったのか、茂ったやぶを好むウグイスと、住宅地に残る空き家との関係、そして森にしかいないと思っていたフクロウが都市に進出してきた話なども柴田さんの新しい本に載っています)
☆この他の柴田佳秀さんのトークもご覧ください。
INFORMATION
柴田さんの最新作には全部で45種の都市鳥が、生態を見事に再現したリアルなイラストとともに、一種を見開き2ページで解説されています。生き物センサーを磨くためのきっかけになるかもしれません。おすすめです! 山と渓谷社から絶賛発売中。詳しくは出版社のサイトをご覧ください
◎山と渓谷社:https://www.yamakei.co.jp/products/2826230310.html
柴田さんのオフィシャルサイトもぜひ見てください。
2026/9/13 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. TWO BIRDS / REGINA SPEKTOR
M2. LITTLE BIRD / ANNIE LENNOX
M3. MERCY MERCY ME / MARVIN GAYE
M4. FLY AWAY / LENNY KRAVITZ
M5. NEW KID IN TOWN / THE EAGLES
M6. I CAN SEE CLEARLY NOW / JIMMY CLIFF
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
2026/9/6 UP!
今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、YouTubeチャンネル「週末縄文人」の「縄(じょう)」さんこと、「相馬皓介(そうま・こうすけ)」さんです。
この番組では、以前から週末縄文人の「縄」さんと、相方の「文(もん)」さんの活動に注目していて、2023年11月におふたり一緒にご出演いただきました。
その当時は会社に内緒で活動していたので、顔も名前も明かさないことになっていたんですが、その後、おふたりとも会社を辞めて、活動自体もそれぞれのフィールドで自分のやりたい物づくりなどに取り組むようになったそうです。
これまで明かされなかった相馬さんのプロフィールについて、少しだけ触れておくと、一橋大学を卒業後、2016年にNHKに入局。数々の人気番組を手掛け、退職後は動画プロデューサーとしても活動されています。
そんな相馬さんが5年ほど前に相方の「文」さんとYouTubeチャンネル「週末縄文人」を開設。コンセプトは「自然にあるものだけを使って、ゼロから文明を築く」。文字通り、平日はサラリーマン、週末だけ縄文人として活動。
現代の道具を一切使わず、必死に火を起こし、手作りの石斧(いしおの)で木を伐り、試行錯誤しながら竪穴住居を建てる様子などがアップされたYouTubeチャンネル「週末縄文人」は登録者数がなんと、21万人を超えるほどの人気なんです。
今回はスタジオにお迎えし、相馬さんの新しい本『縄文力』をもとに、さらに進化した縄文の手仕事や技術に迫るほか、人生をかけてチャレンジする縄文暮らし構想についてもうかがいます
☆写真協力:産業編集センター

あるものでなんとかする知性
※相馬さんが先頃出された本が『縄文力』。この本を読んで以前の活動より、さらに進化した、まさに縄文力を感じました。この本のテーマとも言えるのが「縄文人の知性」ではないかと思ったんですが、どうでしょう?
「そうですね。『縄文力』ってつまり何? みたいなところで、たぶんいろんな表現があると思うんです。僕はやっぱり自然のものだけでやることで知った縄文人の強さ、身近な自然で何とかする、あるもので何とかする力が、すごくあったなと思っています。(きょう)持ってきたものに石があるんですけど・・・」

●スタジオに(いろんなものを)お持ちいただきました!
「これ、触っていただけるとわかるんですけど、結構ツルツルの小石です」
●よろしいですか、触っても・・・。
「触って全然、大丈夫です」
●ツルッツルですね!
「ツルツルで気持ちいいですよね」
●気持ちいいです! 全くゴツゴツしてなくて、まん丸いツルツルな石です!
「こういうツルツルな石も、“ツルツルでひんやりして気持ちいいな~”みたいな感じに現代の人は思って、たぶんこれを何か役に立てたりはできないと思うんです。
これはツルツルゆえに土器の内側をピカピカに磨いて、水が溜まるようにするために『目止め』という作業があるんですけど、その目止めの作業にこのツルツルの石がすごく役に立つので、これはちゃんとした道具なんですよ、僕とか縄文人にとっては・・・。
(週末縄文人の)活動を5年ぐらいやっていると、そういういろんなことがすごく増えてきて、石ころであってもツルツルだと土器の目止めになったり、細長いっていうだけで、その真ん中に糸を固定して、布を作るときの重りになったり・・・・。
あとは、割って薄く剥がれるやつを刃物にすることで、矢尻とかナイフになるみたいな、そうやって身近な自然が、生きるために必要な資源や素材になっていくのがすごく楽しくて、そのパワーが縄文人はすごく高かったんだろうな、ということで、身近なもので何とかする力を『縄文力』っていう言葉にして、今回本を出させていただいたっていう次第です」
●(本の)序章に「ブリコラージュ」という言葉が出てきました。これがまさに“あるもので何とかする”っていうことですよね?
「そうですね」
●改めて「ブリコラージュ」についてご説明いただけますか?
「ブリコラージュは、クロード・レヴィ=ストロースというフランスのすごく有名な文化人類学者が提唱した言葉で、“あるもので何とかする”というよりは、フランス語で日曜大工、DIYみたいな意味なんです。
縄文人とかじゃないんですけど、その当時、アマゾンとかそういう奥地に住んでいる先住民の暮らしを見て、現代の人たちは技術も人も素材も足りないものをよそから持ってきて、計画的にスケジュールを組んで、目的に向かって逆算してやる知性みたいなものがすごく発達していたんですけど、それとは違う原始の知性が先住民にあって・・・。
それをブリコラージュと言って、さっき僕が言ったことと、ほぼ同じなんですけど、刃物とか狩猟道具とか服になる糸とか、あとは家の屋根材とか、絶対になくてはならないものを、身近なものから目ざとく見つけて特性を見極めて、うまく活用する知性だっていう話で、まさに縄文力はレヴィ=ストロースの言うブリコラージュだなっていうことで紹介させていただいています」
(編集部注:お話に出てきた「ブリコラージュ」をおさらいすると、フランスの文化人類学者「クロード・レヴィ=ストロース」が名付けたもので、もともとはフランス語で「DIY」や「ありあわせのもので何かを作ること」を意味するそうです。
相馬さんによると、縄文人は 数十人ほどの限られた人数で暮らしていたので、現代と違って、人間も資源もよそからは持ってこれない。そのため、自分たちでなんとかするしかなかった。そんな縄文人の「閉じた世界での知性がかっこいい」と相馬さんはおっしゃっていました。
ちなみに、縄文時代は石を割って刃物などの道具を作る、まさに石器の時代。縄文人にとって、石がたくさんころがっている河原は「宝の山」だったと言えるかもしれませんね)
「火起こし」から「火残し」へ

※この本『縄文力』に書かれていることから、縄文人の知性を感じるような具体例をいくつかうかがっていきます。
摩擦によって火を起こす「きりもみ式」を、相方の「文」さんと試して、火を起こすまでに3ヶ月もかかったというお話は以前うかがったんですが・・・この本に一度起こした火をたやさない方法が記されていて、驚きました。そのあたりの説明をいただけますか?
「文とふたりでよくやっていた頃に、いちばん最初にやったのが火で、ゼロから火を起こすというのも、ふたりで週末だけですけど、3ヶ月かかって、“やっと火が起きた!”となって、そこから火ってやっぱり使うんですよね。
自分を暖めたいとか、料理を作る時も使うし、土器で物を煮るとか調理系が多いんですけど、ほかにも道具にちょっと穴を開けたいとか、いろんな素材を柔らかくしたりとかする時にも火ってすごく大事でなんですね。毎日絶対火を起こせるかと言われると、どんだけ習熟してもできない時があるんですよ。
例えば、梅雨の時期で大雨になって湿気が凄まじいとか・・・。あと僕がいちばん思ったのは、真冬の朝、雪に覆われた時とか、全部が湿っていて・・・超寒いから寒すぎて火を起こさないと死ぬ! と思って火起こしをして、その時、火はボッ! って起きたんですよ。でも薪がないんですよ。雪の中に全部薪っぽいのが埋まっていて、ビッシャビシャで・・・。
最初は頑張って空気を送れば、ギリギリちょっと火になるんだけど、またスンって消えちゃうみたいな・・・火は毎日いるんですよ、やっぱり・・・。でも縄文人って毎朝、火起こししていたのか、そうじゃないなとすごく感覚的に体で感じて・・・。
縄文時代まで遡らないで、柳田国男の『火の昔』っていう本を読んだ時に、やっぱり火を残す技術というのが、マッチやライターが生まれる前に明確に、江戸時代とか明治時代とかくらいまであったんですね。
それは前の晩の火を灰の中に、今(活動拠点の竪穴住居に)いろりがあるんですけど、いろりの灰にちょっと厚くかぶせて、そうすると灰って完全に密閉しないので、火が消えずにちょっとずつ燃焼が進む、燃焼がゆっくりになる効果があるんです。
次の朝まで(火を)灰の下で寝かせて、次の朝、灰を(横に)寄せるとまたポッって赤くなって、それを種火に薪を入れたら火が起きて、それで朝ご飯が作れるっていうのが、マッチやライターが生まれる前に普通の家庭で一般的にやっていた暮らしで・・・。
あっ! これがあれば、縄文時代も火を絶やさずに済むから、めっちゃ周りがビチャビチャでも火を起こせるし、ずっと火が消えないっていうことは、家の周りに濡れた薪を置いとけば、2〜3日したら乾くんですよね。
だから、今、薪ストーブとかやっている人の暮らしみたいに、めちゃくちゃでかい薪棚とかを外に作らなくても、火を絶やさなければ、火はずっと手元に残せるみたいなことがわかって、“火起こし”じゃなくて、“火残し”の話をこの本の中でもさせてもらっていますね」
●初めて、火が残っているのを見た時ってどうでした?
「めちゃくちゃきれいでした!(笑)。それは朝焼けが出る前、ちょっと薄ぐらい朝の4時半とかそのぐらいの時に、最初は灰に包まれているから何も光っていないんですけど、灰を(横に)寄せた瞬間、空気に触れて、ポッってホタルみたいな赤くなって、“あ~生きてる、生きてる! きれい”みたいな・・・(笑)
そこに小枝を乗せて、空気を送ったらボッとなって・・・火起こしをいちからやろうとすると、絶対に10分はかかるんですけど、灰を寄せて、ちょっと小枝を入れてふうふうしたら、本当に1分とたたずに火がついたんで、火が蘇ったように見えてすごくきれいでしたね」
土器づくりの極意は、5日間こねる!?
※相馬さんが取り組んできた縄文時代の道具づくりで、特に弓矢と土器の完成度の高さと、その美しさに惚れ惚れしたんですけど、まず、弓矢は狩猟にも使えるものができたんじゃないですか?
「去年、半年くらいかけて作りました。弓矢って素材がいっぱいいるんですよ。弓になるしなりのある木、どんだけ強く引っ張っても切れないツル、矢も真っ直ぐでほどほどに重みのある、先につける黒曜石みたいな打製石器の鏃(やじり)と、あと石と柄をくっつける接着剤と、まっすぐ飛ばすための鳥の羽とか、素材がいっぱいあって・・・(笑)
それもひとつひとつの加工法とかもよく考えられていて、(作り方を)身につけるまでにすごく時間かかったんですね。素材を厳選するために、縄文時代にあったとされる素材を、わざわざいろんなところに取りに行かせてもらって、ようやくこれならば、やっちゃいけないけど、鳥ぐらいだったら捕れるかな? くらいの威力の弓矢が作れましたね」
●縄文時代と言えば、土器を思い浮かべるかたも多いと思うんですが、スタジオに大きくて立派な土器を用意していただきました。
「これは僕が作った10号土器、10番目の土器ですね」

●すごいですね! 博物館に展示されているような土器ですよね。
「ありがとうございます! そう言っていただけて・・・結構上手くなりました。手前にあるのがいちばん最初に僕が作ったコップサイズの、土器って言っていいのか、ちっちゃい小器(こうつわ)で、そこから5年経って、だいぶ背が高く形状も下から上に向かって、ちょっと開いていくような縄文土器っぽいのができるようになりました」
●すごい! この土器、教科書に載っていますよ!
「さすがにそこまでは・・・いやいや(笑)でもありがとうございます。だいぶ土器はね・・・僕もいろんな博物館に行って、作り方とかわかんないけど、いろんな土器を見て参考にして、ようやくここまでできるようになりましたね」
●これ、どうやって作ったんですか?
「たぶんいちばんブレイクスルーというか、自分の中でそもそもあったのが、今、手前にお見せしているコップサイズの土器は、その日採った粘土をその日に水に混ぜて、こねて作ったんですよ。
正直このくらいのコップサイズの器だったら、その日採れた多少、質が低い粘土でも簡単に作れるですけど、でかい土器、土器って鍋なんでお鍋として縄文人は使っていて、コップサイズでは意味ないんですよ。
家族みんなでご飯を食べようと思ったら、20センチか30センチの高さが必要です。粘土って結構重たいので、採れたての粘土だと粘りがなさすぎて、上に積み上げていくと、下の部分が自重でベタって潰れていくんですね。だからスッと立っていかないんですよ。
だから粘りが天然の粘土だと、そもそも足りないっていうので、いろんな学芸員の方に話を聞いたりして、5日間こねるっていうことを言われて、“えっ!? 5日間?”ってなりましたね。
毎日こねて寝かせ、こねて寝かせを5日間繰り返すと、とんでもなくグニャ~って、いくら伸びてもちぎれないような、すっごい粘りの粘土になって、このぐらいの高さまで積めるようになって、そこから砂を入れたりとか、模様を入れる時に気をつけたりとか、いろいろあるんですけれど、このサイズの土器ができるようになったきっかけで、でかかったのは5日間こね続けるっていうことでしたね」
●粘り気のある粘土を!
「そう、粘りのある粘土を! 粘土に粘りを出す! っていう」
●縄文人はそういうふうにして、粘土を使っていたんですよね?
「そうですね。縄文時代は、粘土が採れない土地以外では、ほぼどのコミュニティでも粘土で土器を作っていたんですね。有田焼とかの産地の、一流の一級品の粘土が採れる場所って限られています。
でも粘土ってすごく重いから、交易の品にもならなかったと思うし、縄文人は大して質がよくない粘土でもなんとか土器にするために、僕みたいに5日間こねるとか、粘りが弱いんだったら藁を入れてみるとか、動物の毛を入れてみるとか、あの手この手で粘りを強くして、大きい鍋の土器を作ったみたいなのがたぶんあったんだろうなと思いますね」
(編集部注:相馬さんによると、鹿の角はやじり作りの道具としても、縫い針やかんざしの素材としても優れていて、木のように柔らかすぎず、石のように硬すぎず、細長く加工できたりと、なにをするにもちょうどいいそうです。実際に使ってみたからこそ、わかることなんですね)

「平日縄文人」「生きた博物館」
※この本『縄文力』を読んで、相馬さんが益々、縄文時代や縄文人に深く傾倒している様子がうかがえるんですが・・・先頃、YouTubeチャンネル「週末縄文人」で重大発表をされました。改めて、この番組でもお伝えいただけますか?
「僕は平日会社員をして、週末に山に行って、縄文人みたいな暮らしをしているっていう活動を5年ぐらい続けてきたんですね。それだけでもすごく楽しかったんですけれども、自分の活動をもう少し深めたいなと思って、いろいろ考えて、平日の会社員の仕事を一回離れて、平たく言うと平日に縄文人をやって、週末に休み的な感じで現代人になるみたいな(笑)、平日と週末をひっくり返そうとしています。
それも動画だけでやるんじゃなくて、僕らがやっている自然のものだけで文明を築く活動・・・土器とか弓矢を作ったり、かんざしを作って髪を留められるようにしたりとかっていうのを博物館にして、誰もが来てその様子を見て、“あっ、土器ってこうやって料理に使っているんだ”とか、”石斧ってこうやって木を伐るんだ“みたいなのも見られるし、もし興味がある人、自分も土器を作ってみたい人がいれば、一緒に粘土をこねて土器を作れるみたいな、そういう博物館を『生きた博物館』っていう名前にして来年やろうと思っております」
●文さんには相談したんですか?
「あっ、文さんとも相談をして動画にも出しました。文は平日、仕事があって自分のやりたいところを大事にしたいということだったので、基本はこの博物館は僕ひとりで、っていうのを考えています」
●サラリーマンに区切りをつけてっていう、すごい決断ですよね!
「そうですね。本当にやってしまったな〜っていう感じではあるんですけれども(笑)、もう会社にも言っちゃったんで・・・」
●「生きた博物館」は、実際にはどんな博物館になりそうですか?
「普通の博物館は、過去の時代に生きた人たちの大事な道具だったり、芸術品みたいなものを、現代とか後世に残していくっていう役割を持っているので、基本やっぱり(展示物は)大事に守られなきゃいけないから、そこで例えば、縄文土器とかは実際に触ったりって大体できないし、何なら持ってみるとかできないんですけど、『生きた博物館』はどっちかっていうと僕が見せ物で、僕が縄文土器を使って生きている! みたいな・・・。
四季もいろんな暮らしがあるので、自然の流れに身をゆだねて、春には山菜を採ったり、カラムシとか繊維になるものが採れやすくなっているので、樹皮とかカラムシを採ったり、来る冬に向けて、秋にはいっぱい恵みが山にはあるので、木の実を集めて乾燥させて保存食にしたり、捕った魚をスモークしたりとか、冬越えのための備えをするっていう・・・そういう自然の中で縄文的に生きるっていうことは、こういう景色なんだっていうのを再現する場所にしたいと思っています」
●相馬さんの生活をそのまま見せるっていうことですか?
「そうですね。もしものちのち(縄文生活を)やりたいっていう人が出て、あとそれでなんとか生計を立てられるみたいなのができたら、僕以外の縄文人もできるかもしれないんですけど、まずは僕ひとりが自然にあるものだけを使って、縄文の暮らしをして、それを基本的には見ていただくっていう、やりたい方は体験していただくっていう場所にしようかなと・・・」
●周りの自然環境も作るっていうことですね?
「そうですね。この活動『生きた博物館』をやりたいなと思ったいちばんの理由はそれで、週末だけの活動で作った、褒めていただいた土器が“すごく本物みたい!”って言っていただいて、すごく嬉しいんですけど、週末だけだと“本物みたいな道具を作る”で終わっちゃうんですよ。
縄文人のクオリティに近い土器を作る、縄文人の本物に近い弓矢を作るで精一杯っていうか、その土器を使って実際に煮炊きをして三食食べてみるとか、暮らしに縄文のものを入れるってことが結構難しいので、それだったら博物館で縄文人として生きる! っていう暮らしをすれば、ちゃんと土器を使って料理をして、それが美味しいのか不味いのか(笑)、美味しくしようと思って、こういう工夫をしてみた! みたいな・・・。
現代の技術を入れたら、その先の時代の技術をやったらだめなんで、できるだけ当時の技術だと言われているもので、でも暮らしを一歩一歩豊かにしていくみたいなことをやっていくのは、もっと活動を深められるし、違う世界が見られる気がするので、それを目指しています」
(編集部注:「生きた博物館」の候補地は、八ヶ岳の麓、長野県諏訪郡富士見町になる見込みで、「井戸尻(いどじり)考古館」から徒歩5分ほどの場所。土地の購入や活動の資金として、先頃クラウドファンディングを実施、目標額を上回る資金が集まったそうですよ。
また、このプロジェクトでは縄文時代の自然環境を作るため「縄文の森」を整備し、ドングリやクリ、トチやクルミの木を植え、畑も耕すことにしているそうです)
あるもので何とかする力
※週末縄文人の活動を5年ほど続け、縄文人が使っていた道具づくりなどに挑戦されてきて、いま、どんなことを感じていますか?
「すごく感じているのは、やっぱりこの活動をやっているのは、人間として強くなりたいなっていう気持ちが漠然とあって、この活動をやっていると強くなれるような気がしていて・・・。
強くなるっていうのは・・・筋トレでムキムキの筋肉をつけるとか、トライアスロンに出るとか、あるいは経済的に裕福になってお金持ちになってとか、いろんな強さがあると思うんですね。
縄文人とか、縄文時代まで遡らなくても、つい100年前までの日本の農村地域のような、限られた人数で衣食住を、自分たちの生活に必要な物を自給できることのほうが、僕が思うカッコいい強さだったりするので・・・。
そこまで考えると理想の強さは、縄文時代は鉄とかもないので、ナイフもその辺の石から作ることを考えると、縄文人は本当に少ない人数で生きるっていうことに長けていると思うんですね。
その強さみたいなものは、別に縄文時代が好きとか、そういう人だけじゃなくても普遍的に大事な気がするので、改めて“あるものでなんとかする!”っていう、縄文人が磨き上げてきたものを、これから自分もより感じられるようになりたいなと思っています」
●この本『縄文力』は、あるもので何とかする力のことと言い切っていいですか?
「そうですね。僕が書いた『縄文力』っていうのは、あるものでなんとかする力そのものだと思っています」
●きっと縄文人の遺伝子は、私たち現代人も受け継いでいますよね。なので、現代人の中にもその遺伝子はあるというか、「あるもので何とかする力」はあるっていうことですよね。
「あると思います! 自分でやっていてすごく思ったのは、現代の暮らしをしていると、誰かが作ってくれた野菜を食べて、誰かがどこかで遠くで作ってくれた電気で夜も明るくって、すごく真面目に考えれば、自分の力で生きたものって何もないなって思っちゃう時がちょっとあるんですよ。夕暮れ時とか、なんかふと・・・すげえ無力感みたいな・・・。
でもこの活動を自分でやると、僕は決して器用な人間ではないんですけど、やっていると針を作れたりとか土器作れたりとか・・・。全部そんな難しい技術じゃないんですけど、それをやると、僕はたぶん信州のフィールドの自然環境で火を起こしたり土器を作ったりという技術を磨いたので、その土地に特化した知性にはなっています。
おかげで質のいい粘土はどの辺にあるかとか、糸に耐えうる繊維の硬さってどれくらいかわかるから、僕が無人島にひとりで放り出されたとしても、ほかの人よりは早く火を起こせるだろうし、僕が普段使っている黒曜石がなくても、貝殻かその辺の石を砕いたりとかして、たぶんほかの人よりは早く刃物は作れると思うし、糸も作って服も作れるかもしれない・・・。
どんな自然環境でもどんなに困難な状況でも、たくましく生き延びられるみたいなものは(縄文人の)血が入っているとは思いますし、大なり小なり強い血を受け継いでいる・・・受け継いでいないかもしれないけど、やっていればちゃんと(技術を)身につけられるので、それはすごく僕にとって救いだったと思います」
(編集部注:来年から取り組む活動「生きた博物館」についてはこの番組でもわかり次第、近況をお伝えしつつ、現地での取材も行ないたいと思います)
INFORMATION
相馬さんの新しい本『縄文力』には、火起こし、紐や布、鏃や弓、そして土器作りなど、生きていくために欠かせない道具を、試行錯誤の上、作り上げていく過程などが記されています。なにより、縄文人の技術への探究心と、尊敬の念が溢れた優れた本だと思います。数々の失敗と、数えきれない体験から導き出した「縄文力」にぜひ触れてください。
産業編集センターから絶賛発売中。詳しくは出版社のサイトをご覧ください
◎産業編集センター:https://book.shc.co.jp/24307
YouTubeチャンネル「週末縄文人」もぜひ見てください。
2026/9/6 UP!
オープニング・テーマ曲「KEEPERS OF THE FLAME / CRAIG CHAQUICO」
M1. 縄文のヒト / さかいゆう
M2. YOU CAN’T ALWAYS GET WHAT YOU WANT / THE ROLLING STONES
M3. 縄文人に相談だ / TATEANAS
M4. 狩りから稲作へ feat. 足軽先生、東インド貿易会社マン / レキシ
M5. MOUNTAIN AT MY GATES / FOALS
M6. HUMAN / RAG’N’BONE MAN
エンディング・テーマ曲「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」








